二度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その8
間章 スメラギは煌く者を探す
……これは、私スメラギがナズナさんと出逢う少し前のお話。 「――ほいよぉ、おまちどう。当店名物の蒸しコカトリスの香味ダレと葡萄酒のロゼね」 「あ、どうも……」 少々込み入ったお仕事の依頼を請けていた、とある共和国の首都郊外に構える場末の酒場の片隅に陣取っていた私は、お昼の書き入れ時も終わって客も疎らな午後の店内で二人掛けの小さなテーブルに肘を付き、持参した手の平サイズの水晶球に映る映像を眺めているうちに、とりあえずで注文(オーダー)した料理と飲み物がやって来たのに反応して、一元客にも愛想の良いふくよかな女将さんの方へ視線を見上げる。 「それ、席に付いてから随分と熱心に見入ってるけど、興味深い占い結果でも出てるのかい?」 「んー、まぁ興味深いと言えばそうかもしれませんけど……」 少なくとも、この国のシステムに倣って共和制の勇者群を結成しようとするも大失敗した挙句、翻弄され簒奪され続けたこの世界がようやく一つの節目を迎えようとしているのだから。 ……ただ、この方がそれを歓迎するかは私には知り及ぶところでは無いとして。 「ま、せっかく料理が出来たんだし、暫し食事を楽しんでおくれ」 「ええ、私もそのつもりですが……ほほう、名物を謳うだけあって美味しそうですね」 ともあれ、気にはなる様子は見受けられるも、こちらの曖昧な回答を受けて食い下がることなく食事を奨めてくる女将さんに、私も一旦水晶球をテーブルの端っこへ追いやって頷く。 お皿の上に乗るは食欲を掻き立てられる香ばしいスパイスの芳香漂う鶏肉料理で、グラスに注がれているお任せで頼んだお酒は、宝石の如く美しいピンク色をした若い葡萄酒。 「コカトリスは獰猛で狩るのが大変だけど、肉の味は格別でね。それに魅せられた先代が十年かけて作り上げたのがこの特製ダレで、常連からはよだれ鳥なんて呼ばれているのさ」 「確かに、見た目と香りだけで涎も出てきますね……葡萄酒もいい色です」 「この料理にはさらっとしたロゼタイプが合うからね。んじゃ、メニューから直接オーダーしてくれてもいいし、こういうのが食べたい呑みたいって相談してくれても応じるから、どうぞごゆっくり」 「……ありがとうございます。うん、おいしい……」 それから、片目を閉じて戻っていった女将さんの背中を一瞥した後でフォークを手に取り、さっそく蒸し鶏を一切れ掬って口へ運ぶと、辛すぎず、そして濃すぎない絶妙な味加減に自然と笑みが浮かぶ。 酒場の料理(おつまみ)といえば、お酒を飲ませる為の露骨に濃くて刺激的な味付けが多いものの、ぴりりと辛いのになにやら優しさも感じられるのが好印象かも。 (うん、葡萄酒との相性もいいです……) そして、祝杯の一杯にはまだ早いものの、続けて傾けたグラスから流し込まれた飲み物の程よい甘みと酸味が次の一口へと誘ってゆく。 (なるほど、ローレンさんの情報は正確だったみたいですね……ふむ) つい先程にこの世界へ足を踏み入れたばかりの私が此処を選んだのは、ひと月前からお仕事をして貰っている方たちにオススメされたからですが、なるほど知る人ぞ知るという類のお店みたいです。 と、なれば……。 「……んじゃ、次は蕪の風呂吹きと、せっかくなのでお魚料理もいただきましょうかね」 「ふふ、ノッて来たじゃないか。今日は珍しいアビスカサゴが入ってるけど、から揚げが絶品だよ。食べるかい?」 「ええ、お願いします……それと、次の飲み物は赤でお願いしますね」 「ほいよ!銘柄は任せとくれ」 それから、よだれ鳥を半分平らげ、グラスも空になった頃合で矢継ぎ早に次のオーダーを出すと、女将さんは待ってましたとばかりにしたり顔でオススメを告げてくる。 リィンさんはこういう距離感は苦手と言っていましたが、私はむしろどんどんオススメを出してきて欲しいたちなので、なかなかに楽しいお店です。 「はい、先に葡萄酒の赤おまち。さっきより辛口だけど、こいつはどんな料理にも合うよ」 「ありがとうございます」 というか、料理に合うというのも重要ですが、それより今はやっぱり赤の気分ですから。 なぜなら……。 「……さて……」 そして、私は新しいグラスを片手に再び水晶球をテーブル中央へ寄せて映像を投影させると、かつて魔王軍に攻め滅ぼされたという広大な廃城の中庭で、深紅のローブに合わせて赤く染めた長い前髪を軽やかに舞わせて魔術を振るう年端も行かぬ小さな女の子と、その彼女と背中合わせの陣形を取る、まさに“聳え立つ”という言葉の似合う黒づくめな大剣持ちの威風堂々とした男性が、彼女達を取り囲んでいるこの世界の聖霊より与えられた聖剣の持ち主、つまり当代勇者たち相手に立ち回る姿が映し出されてゆく。 「…………」 “こちら”は異世界より訪れた二人組に対して、相手はリーダー格である“無”を筆頭に色とりどりの聖剣を持つ若い男女四人組の勇者パーティと、彼らの更に後方に配置された傭兵たち数十名による弓や魔法による一斉攻撃により、今のところローレンさんが具現化の杖で創り出した大剣でリィンさんを庇いつつの防戦一方といった様相。 まぁ、これだけ念入りに包囲網を敷かれてしまえば万に一つの勝ち目もない。 と、相手は思っているでしょうが……。 (生憎、袋のネズミはそちらなんですよね……) しかし、そんな戦況を前に私はゆっくりとグラスを傾けつつ、声には出さないまま呟く。 最初はターゲットを一人ずつ訊ねていっていたものの、思いの外時間と手間が掛かってしまったので、敢えて誰にも邪魔の入らなさそうなこの場所へ纏めて集めた結果なのですから。 「よっと、すまないがこいつでもつまみながら追加の料理はもう少し待っててくれるかい?風呂吹きもカサゴ揚げも時間かかる料理が被ってしまって先に言っとくべきだったよ」 「いえいえ、せっかくなのでどちらも一番おいしい頃合いに出してくださいな」 そうこうしているうちに、女将さんがチーズの燻製を盛った小皿を差し出しつつ申し訳なさそうな顔で告げてきたのに対して、私はグラスを片手にどうぞごゆっくりという笑みを返す。 さすがに相手もそろそろ“気付いて”きたのか、出方も慎重になってもう少しだけ時間もかかるでしょうし。 「あ、ちなみにその時は葡萄酒のお代わりもお願いしますね?」 ただ、そうなれば今度はリィンさん達が攻める番(ターン)になるわけですが……。 「はいよ!んじゃごゆっくり」 (ごゆっくり、そうですねぇ……) ……さて、料理が出来上がって届けられるのと、果たしてどちらが早いでしょうか。 「…………」 それから、カウンターへ戻ってゆく女将さんの背中を見送った後で再び視線を水晶玉へ戻すと、既に戦況は大きく傾いていて、風を示す翠の聖剣と闇を示す漆黒の聖剣、そして黄金色に輝く光の聖剣を持つ三人が武器を奪われ埃の舞う地面へ倒れ込み、更に残った一人へ反転攻勢をかけてゆく姿が映っていた。 (……ふふ、相変わらずですね。自称勇者スレイヤーさんは) その、長い箒のカタチに変えた具現化の杖に跨り、同じ無属性のチカラを持つ勇者を圧倒しつつもすぐに仕留めようとはせず、絶望する姿が見たいとばかりに追い詰めてゆく魔女リィンさんの楽しそうな笑みがアップで映し出され、思わず笑みが零れてしまう私。 もちろん、この世界の勇者達には何の恨みも無い間柄ながら、リィンさんはかつて故郷の世界で高名な魔女の娘として生まれ、その魔女を快く思わない彼女の故郷の教団から異端扱いを受けて母共々無実の罪を着せられ差し向けられた勇者の手で無慈悲に討伐された過去があり、アンブロジアの一員となった後は誰よりもこの仕事を楽しんでいる我らが最高戦力だけに、まぁ運が悪かったと諦めてもらうしかありません。 (……それに、ローレンさんとの相性も良かったみたいですね。覚えておきましょう) また、普段は単独で任務にあたって貰っているものの、今回は敵の数が多いということで、リィンさんに最近加入された新入り(と言っても最年長ですが)のローレンさんを付けてみましたが、先行する彼女の後方でサポート役に徹して上手く噛み合ったみたいです。 ちなみに、このローレンさんは元々勇者に憧れながらも身体能力に恵まれず自分の世界では冒険者ギルドの受付を勤める傍らで物書きをされていた方で、生まれ変わった今は自分の小説の主人公そのものになりきっていて、今後が楽しみな人材の一人でもあるわけですが。 (とにかく、これでこの世界のお仕事も完了となりますか。けど……) どうやら、次の葡萄酒のお代わりが祝杯となりそうなものの、正直言えばあまりいい気分でもないんですよね……。 「はいよ、お待たせしていた蕪の風呂吹きとアビスカサゴのから揚げだよ。どっちも熱いから気を付けとくれ」 「ええ、いただきます」 もちろん、ようやく届いた料理は二品ともすごくおいしそうで……。 「はふはふ……うん、期待通り、いやそれ以上です……!」 実際、じっくりと蒸された蕪には深い味が染みていて、食事の時間として幸せなのは間違いないのだけど。 「ふぅ……」 (……やっぱり、勇者を複数にするのは得策とは言えなかったみたいですね) 魔王に対抗しうる剣の勇者は、通常では誰か一人を選びその方に地・水・火・風・光・闇、そして無の七大属性を込めた聖魔剣を託すものですが、魔軍の拠点が至る場所に存在し各地で脅威を受けているこの世界では、聖霊は一人にではなく聖魔剣のチカラを七本の聖剣に分割してそれを七人の剣の勇者に与え、時には戦力を分散し時には力を合わせて対抗して欲しいという願いを込めて送り出したと聞いています。 果たして、当初はその目論見通りに七人の勇者達が効率的に世界を救って回り、集結した後に魔王も順調に打ち滅ぼしたものの、それは新しい悪夢の始まりとなってしまったのだとか。 その、七大勇者達は世界中の人々から熱賛される中で、魔王を討伐しトコヨも祓って救世主となった自分たちこそが世界を護る為に実権を握るべきであると考え始めるや、今度は手分けをして自分達が救った国々での賛同者や協力者を集め、世界最大の中心的国家だったゼファーレ共和国から新しい覇権国を造るべく動き始めたものの、結局は意思の疎通が上手くいかず、やがて二つの派閥に分かれて内紛が起き始めたとのこと。 (まったく、これじゃ一体何の為に聖霊は人間に与したのやら、ですよね……) それでも、具現化(メタリラ)の杖を託された共和国は使い手を見つけられず、もしもの時の為に教えられていた異世界遊撃勇者団(アンブロジア)への連絡ルートを使い、我々に聖剣を回収して欲しいとの依頼を出して受理させて頂いた次第ですが、やっぱり人間というものはチカラを手に入れてしまえば欲に駆られてしまうもの……。 (……いや、チカラを与えられて欲が出てしまう自体はこの際構わないんです) 私が問題としているのは、その矛先で。 「……さて、ご馳走様でした。お勘定をお願いします」 ともあれ、風呂吹きを平らげて、お一人様のサイズとは言えなかったカサゴのから揚げを半分くらい突っついた後でグラスが空いた頃合いを見計らい、そろそろ潮時と席を立つ私。 水晶玉の向こうでは、リィンさん達がもうとっくに決着をつけてしまい、ローレンさんが四本の聖剣の束を抱えて撤収し始めていることですし。 「おや、もうお帰りかい?まだ締めのオススメの逸品もあったんだがねぇ」 「すみません、そろそろお腹もいっぱいですし、酔っ払ってしまう前に片付けておかなければならないお仕事もありますので」 決戦の舞台となっていた廃城は共和国の領内ですし、お二人は当たり前に空を飛んで帰投するでしょうから、今から待ち合わせ場所へ向かえばちょうどいい頃合いでしょう。 (リィンさん達が呑めるクチなら、ここへ集合でも良かったんですけどね……) どのみち、新規客の長居は無粋というものですし、この調子なら日が暮れてしまう前に合流できそうですから、今日のうちに依頼主への報告や聖剣の返却も片づけておきましょう。 私もその為に、今回はわざわざこうやって馳せ参じたわけですし。 「はいまいどね、また来ておくれよ?」 「ええ、また機会があればぜひ」 ……ただ、名残は惜しいものの、その時は来ない方がいいのだろうけれど。 「ひーふーみー、はい。では七つの聖剣の回収、お疲れさまでした♪」 「ほい、おつかれ……最初はあちこち駆け巡らされてメンドくさかったけど、でも何だかんだで楽しかった、かも」 やがて、酒場を出て通りを少し歩いた近場にある宿屋で仕事を終えたメンバーと合流し、回収した聖剣を確認した後に労いの言葉をかけると、魔女リィンさんは感情の乏しい表情でぽつりと呟いてくる。 「ふふ、決戦の模様を見てましたけどイイ顔してましたね。いつものことですが」 相変わらず、普段と戦闘中での表情のギャップには噴き出しそうになるものの、これでも加入した頃より自分から色々喋ってくれるようになっているのは、いい傾向です。 「大口叩いてきた割にみんなヨワヨワだったし、そういう口ほどにも無い連中に身の程を教えてあげるのって快感……」 「ふむ、勇者とは自らの視界に映る者たちの為に剣を振るうもの。それを忘れ王の座を求めるなど、最早本義より外れた存在であるからな」 「うわぁ、お説教っぽくてうざい……ロリコンオヤジのくせに……」 続けて、勇者のロールプレイを楽しんでいるローレンさんが顎へ手を当てつつ私は全面同意なセリフを呟くも、眉を顰めて珍しく自分から茶々を入れるリィンさん。 「ま、待て待て!この清廉完璧な不死身の勇者、アル・ローレン(gen.2)にそんな隠し設定など無いぞ!?」 「……え、ロリコンさんだったんですか?」 「うん……あたしの寝起きに勝手に部屋に入って来て着替えジロジロ見てた……」 「人聞き悪いこと言わんでくれ!そもそも、寝起きが弱いから新入りらしく先輩を起こしに来いってパシってきたのはそっちだろう?!それで仕方なく起こしに出向いてみればベッドの上で寝ぼけたまま脱ぎ始めただけで……」 「ああ、なるほど……」 リィンさんの寝ぼけぐせは私も良く知っているので、その光景は目に浮かんでくる様ですが。 「……だったら、すぐ出て行けばいいのに、こともあろうかイヤらしい視線を向けながら着替え手伝おうか?とか言い出すし」 「まぁ……!」 「あ、あの時は気が動転していた故……それにイヤらしい目つきは完全な捏造で……いやふむ、もしかしたらこの様なラッキースケベ属性も新機軸としてアリか……?しかも青年期よりも敢えてこの世代のローレンで……」 ともあれ、ローレンさんは自分の背丈の半分くらいの女の子に言葉で追撃されて焦るものの、それから急に何かを思いついた様にブツブツ呟きながら自分の世界に入ってしまった。 「……また勝手に考え込んでるし……まだ物書きの頃の癖が抜けてないの?」 「確かに、元の世界で続けていた不死鳥勇者シリーズは作者の逝去で途切れてしまったが、今も今でまた面白いネタの宝庫なのでなぁ。ふむ、戻ったら久々にペンを取ってみるか」 「ふーん……とにかくこれで暫くお休み貰えるんだよね?あたしは温泉にでも行こうかな」 「温泉か、この老躯にも悪くないな……何ならお供しようか?」 「来なくていい。ヘンタイめ」 「いや、だから……!」 「ふふ、今回も規定通りに五日間の休暇を差し上げますけど、次のお仕事がすぐに待っていますのでしっかりと休んでくださいね」 ともあれ、まだ完了報告は済ませていないものの、既に頭の中は休暇の使い方で埋まってきている様子なお二人へ、申し訳ない気持ちを含みつつの笑みを返す私。 一応、たまにはもっと纏まった長期休暇を差し上げたい気持ちもあるのですが。 「りょーかい。次はまたソロでの仕事に戻るの……?」 「ええ、アルさんにはいささか酷かもしれませんし、もう少し見てみたい組み合わせではありますけど、とにかく手分けして片っ端から片付けてゆくしかないのですよ……」 「……んー、相変わらずか。まぁスメラギには恩もあるし、あたしが頑張るからいーよ」 「自分も生前はスメラギ殿と似た様な仕事をしていた故に、依頼を効率よく回す苦労はお察し申し上げる次第だが、そんなに忙しない状態と?」 「えぇ、まぁ……」 何せ……。 「……現状だけで、ここまでつっかえているのですから」 やがて、事後処理を全て片付けて約束の報酬を受け取り拠点世界へと戻った後で、滅多に集まることは無いブリーフィングルームに一人向かい、ため息交じりに依頼リストを改めて呼び出すと、数十人は収容できる広い室内を概要の記された情報パネルで埋め尽くされてゆく。 「うーん……」 その総数なんて数えるのも億劫ですが、予想を超えるペースで増えてゆく一方なのに、処理する人手は未だ十名にも届かないという状況。 もちろん、それだけ探すのが難しいのは理解しているからこそ、この様な組織を立ち上げたわけですが、遺憾ながら想定を遥かに下回っていると言わざるを得ません。 (いっそ、今のうちだけでも私自身が……?いやいや) しかし、それだけは踏み越えてはならないタブーですし……。 「やれやれ、仕事が一つ片付いた後だと言うのに、随分と浮かない顔をしておるではないか」 「……ファレノさん。これら全てこれから我々の手で片付けなければならない案件ですよ」 そんな時、不意に背後から古風な口調で皮肉かがった女の子の声が届くも、一瞥しないまま相手の名を呼び応える私。 「あっはっは、笑ってしまうしかないよのう?“勇”者(ゆうじゃ)と呼ばれ常夜(トコヨ)を祓うチカラを与えられながら、なんと弱き者の多い事か」 「まったく、どうしてこうも上手くいかないものですかね……“我々”は自分の世界は自らの手で護るべきと考えているからこそ、必要な武器と加護を与えているだけですのに」 そこで、斜に構えた嘲笑でも無く心から楽しそうに笑う、アンブロジアでは唯一となる純魔族の古株メンバーに対して、私は露骨な溜息交じりに普段は言えない弱音を吐く。 「しかも、まだトコヨに負けてしまうのならば仕方がないのですが、与えられたチカラを正しく行使してくれない人達ばかりなんですよね……まったく」 「それこそせん方ない話であろう?ニンゲンがチカラを手に入れ芽生える厄介な欲望とは富や名声などよりも、イデオロギーであろうからの」 「…………」 「此度の様に、魔王を討伐した後は神にでもなった気になり、今度は自らの理想の世界に塗り替えようと考えたりのう。……しかも、本人たちは至って善意のつもりでな」 「そうみたいですね……。ただ、少し不思議なのは聖魔剣を与えられた”勇者”はそんな風になりがちとしても、具現化の杖の使い手たちからは殆ど見ることがありません」 アンブロジアを立ち上げてから厄介なお仕事は色々と受けて来ましたが、具現化の杖を振るう者を屠る羽目になった依頼は、私の記憶では以前にリィンさんが担当した一件だけ。 「ふっ、剣は野望を掴む武器やもしれぬが、“こやつ”はあるイミ遊具であろう?」 すると、ファレノさんは自分の具現化の杖を取り出して掲げ、ニヤリと笑ってくる。 「聖魔剣を超える夢幻のチカラを秘めた神器を遊び道具というのは心外ですが……」 ただ、言い得て妙なのも事実と言わざるを得ないかもしれません。 「故に、この杖の使い手はマジメすぎる者には務まらぬ。自らのことよりも世界の行く末を心配する者などは到底にの」 「……いずれにせよ、まだまだ“こちら”側の人手が足りなさすぎるので、早急に増やしていかなければなりません。ならないんですけど……」 ただ、アテも希望も全くないワケではなく、普段は引きこもり状態なファレノさんが私を訊ねて来たということは。 「……ふん、察しは付いておろうが久々に見つけてやったわ、感謝するがよい」 「ホントですか……?!」 「くっくっく、うって変わってイイ顔を見せるではないか?……ほれ、このアステリア世界の名で識別しておる此処なのだがな」 すると、期待通りの朗報を短い言葉で聞き、私は瞬時に依頼リストを消して今度こそ勢いよく振り返ると、かつては“ラスボス”とも称されていた面影はどこへやらの、上下ジャージ姿で長い髪を雑に束ねたファレノさんが深紅の瞳を輝かせてニヤニヤとほくそ笑みつつ、中央のブリーフィングテーブルの上へ右手を翳して映像を映し出てゆく。 「ほう……」 もちろん、今さらそんな変わり果てた彼女の姿には目を奪われることもなく、真っすぐ画面へ顔を上げると、そこには具現化(メタリラ)の杖を手に魔王の宮殿で魔の軍勢と戦っている、全身を白とピンク色で統一して場違い感すら受ける派手な出で立ちの魔法少女の姿が映し出された。 「この世界の純魔族は稀少種でツテも無くノーマークであったが、わらわの元いた世界の者達が当代魔王に傭兵として雇われ魔王城の警備をしておってのう。何やら最近にデタラメなチカラを振るう小娘が出て来たと教えてくれたのじゃ」 「……ふむ……」 確かに、その魔法少女は奇天烈とも言える見た目通り、背中に生やした白い翼で中空に浮きつつ、見た目を可愛らしく変化させた杖から途切れる事なくハートマークや星型の形をした無属性の魔法をばら撒きながら何百という魔軍の兵力をなぎ倒していた。 「…………」 しかし、何より私の目を引いたのは、彼女の戦場の中でも楽しそうな表情。 リィンさんと似ていますが、勇者狩りは最愛の母と自分の仇討ちという彼女と違い、この方は敵を倒す喜びではなく、具現化の杖を使いこなす自分に酔いしれている目、です。 「いい……ですね……!」 「で、あろう?まぁ敵方にしてみればたまったものでは無かろうがな」 ……とまぁ、魔界と呼ばれる純魔族中心の世界の一つで女王の座に君臨した時代がありながら具現化(メタリラ)の杖の使い手でもあるという希代の人材なファレノさんには、普段は依頼の消化よりも私の片腕として優先度の高い役目を請け負って頂いていて、それは昔取った杵柄とやらで彼女は異なる世界を跨いで純魔族の方々との広い情報網(ネットワーク)を持っており、そこから具現化の杖の適応者の情報を拾い集めて私に報告するというもの。 「……ふふ……」 そして、ファレノさんがこうして三年振りに見つけてきてくれたのはとんでもない逸材の予感で、私の視線と意識は既にこの魔法少女へ釘付けになろうとしていた。 「……ちなみにの、その娘は元々この世界の生まれではないらしいぞ」 「え……?」 ……しかし、そこからファレノさんは不意打ちの様な補足を付け足し、私は視線を下ろして再び振り返る。 「今は魔法少女勇者テレシア・ルフィンなどと名乗っておるそうだが、真なる名は石蕗蛍子と申してのう。剣は廃れ魔法や魔物もおとぎ話や夢物語の中でのみ存在するという、文明の発展と引き換えに何やら無機質となった世界から召喚されたらしいのじゃ」 それから、私の片腕のスカウトは持参した文書をテーブルの上へ滑らせつつ続けると、今度は黒髪に紺色の学校の制服という、対照的とも言っていい姿の映像を追加で映し出してくる。 「夢物語の中で、ですか……」 しかし、人が住める環境ならばその世界にもエレメントもそれを統べる聖霊もちゃんと存在しますし、トコヨや魔王も当然いて勇者だって誰かしら任命されているはずなのですが。 「認知されぬのならば、存在しないも同義であろうが、ただそやつの世界の住人は実在するのを知らぬがまま、幻想としてそういった類へ強い憧れを抱く者が多いみたいでの」 「……いやむしろ、実在の姿を知らぬが故にこそ手に負えぬほどの幻想を抱き、それが……」 「具現化(メタリラ)の杖の使い手の資質となるわけですか。でも、わざわざ異世界へ召還されるとは……」 「アステリア王家には召還術に熱心な者がおったそうでのう。おそらく、次元を超えて具現化の杖が発する波長と適合する者を探す術でも行使したのであろうが、まぁ早期で見つかったのは控えめに言っても奇跡なんて言葉じゃ片づけられぬ僥倖であろうな」 「……つまり、我々へ依頼する前にダメ元で試してみたら大当たりってトコですか」 いささか気に障るお話としても、結果的に我々が彼女の存在を知るご縁となったのならば、むしろ感謝の一つもしておくべきかもしれません。 「で、如何するのじゃスメラギよ?この調子ならば、もうじき我々に代わりトコヨに取り憑かれた当代勇者の成れの果てを始末してくれようが、その後にでも引き抜きにかかるか?」 「もちろん、スカウト出来るものならお誘いしたいですが、頷いてくれそうですかね?」 魔王を討伐し凱旋すれば、世界を救った英雄として礼賛を浴びる彼女は何不自由の無い暮らしや、望むものは何でも手に入れられる立場となるのに、敢えて戦いと束の間の休息の繰り返しである異世界遊撃勇者団(アンブロジア)への加入を望むなど。 「そこは、お主の腕の見せどころであろう?……それに、いささか不穏な情報もあってのう」 しかし、ファレノさんはそんな私へ事も無げに告げた後で、差し出していた調査報告を読めと促してくる。 「不穏……ですか……」 「……ああ、なるほど。まぁよくある流れでしょうが、どうやら魔王との戦いの先に待つのは富貴を極めた黄金期の幕開けではなく、むしろ甘美な夢の終焉となりそうです、ね」 調査報告によると、どうやら身勝手にもアステリア国王は民たちの期待を一身に受けたルフィンさん一行の魔王討伐報告を複雑な胸中で迎えているとのことですから。 と、なれば……。 「王家に飼われた勇者が世界を救った先に待つ未来など、大体相場が決まっておろう?」 「…………」 「……もしも、この娘が今後も気の済むまで甘い夢を見ていたいのならば……いや、この杖の適合者ならばの」 「ですね。……では、これより動向を注視しておいて下さい」 いずれにせよ、逃すわけにはいきません。 (テレシア・ルフィン……いえ、石蕗蛍子さん、きっと私のモノにして見せますから) その衝動を言葉ではまだ上手く説明出来ないとしても、貴女はこの私にはじめて執着という感情を芽生えさせた方なのですから。 「…………」 「…………」 (だからまぁ、多少のコトも大目に見るつもりですけどね……) 例えば、いま目の前で気を失ったナズナさんに代わってルシリエさんの亡骸を埋葬している当代勇者ロメリアさんも、本来は命までは奪わずとも聖魔剣を剥奪しなければならないところを、特別に見逃してあげているワケですし。 (しかし、一体何なのでしょうね、この感情は……) 単に得がたい人材だから、では説明がつかない気がしますし、そういうトコも含めて、ナズナさんとの出逢いは一つの大きな転機になりそうな予感がしてならないのですが……。 「……ねぇ、ルフィンママも言ってたけどさ、もうママの魂はとっくに天国へ召されてるの?」 「ん?ええ、そうですよ?私はお二人の逢瀬を見守っていましたが、最期に彼女はルフィン……ナズナさんにまだ歓迎会はしないで待っているからと告げて浄化されましたから」 ともあれ、そんな考えゴトをしている中で不意に作業を続けるロメリアさんから背中越しに訊ねられ、素っ気なく事実を応える私。 正直、もう私は興味が薄れているのですが、今は肉体を失った状態なので、このロメリアさんには未だ気を失っているナズナさんの面倒もこの後で見ていただかなくてはいけませんし。 「そ……でも、ママは魔王になっちゃったけど天国へ行けるものなの?」 「さて、私は死後の魂の行く末は専門外ですが、聖女と称されるほど弱き者達の為に尽くした方ですから、愛した人の仇討ちをしてトコヨの誘いに乗った程度では魂の評価は揺るぎなどしないでしょう」 いえ、本当はトコヨの誘いに乗るなど許しがたき暴挙なのですが、これもナズナさんの心情を汲んでそういうコトにしておきましょう。 ……それに、今の私ならルシリエさんに共感出来てしまいますし。 「そっか……あたしも、いつかそこへ行けるかなぁ?」 「まぁ、これからの貴女次第だと思いますよ?まずは当代勇者として彼女の様に皆さんから感謝される存在になりませんと」 一応、何だかんだでトコヨは祓って義務は果たしましたし、おそらくこの方なら領分を超えた欲望に駆られることもないでしょうから、案外に期待できるかもしれませんしね。 「うん……でもさ、結局あなたはダレなの?何だかちょっと懐かしい感じもするんだけど……」 「私ですか?……私は、煌く者を探しているだけです。見守る世界がもっと純粋な慈愛と平和で満ちる為に、ね」 それから、話の締めくくりに改めて何者かを問われると、私は片眼を閉じてそう宣った。 次のページへ 前のページへ |