二度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その6
第六章 繋がれた糸は何色?
やがて魔王城での一夜が明け、冷水で顔を洗っても経験したことのない最悪の寝ざめを引きずったまま、わたしは魔法少女衣装に着替えて謁見の間への廊下を独り歩いていた。 「…………」 今の心の中には、やり場のない怒りや憤りに悲しみ、そして意味の無い後悔すら渦巻いていて、正直このまま目的地に着いてもなんて切り出そうかすら纏まっていない。 ……ただ、それでも足が前に進んでいるのは、もう後戻りなど出来ないコトだけは自覚しているからだろうけど。 「おっ、おハヨ〜♪ルフィンママ」 「……お、おはよう、ロメリアちゃん……」 しかし、そんな言い表せない心境の中で、やがて通路の向こうからロメリアちゃんが近付いてくると、すれ違いざまに頭を覆っていたフードを取って無邪気な笑みでのおはようを告げられ、昨晩のコトを考えると頬に熱を帯びてくるのを感じつつ、引きつった笑みで挨拶を返すわたし。 「ん?どしたの?カオがアカいよ?」 「う、ううん……それより、これからお出かけ?」 「まぁた城に向かってキテる冒険者がいるみたいだから、チョイと追い払ってくるね?」 ただ、やっぱりアレは夢みたいだし、現にロメリアちゃんもきょとんとした顔を見せているので、自分から藪を突くこともないとすぐに気を取り直して尋ねると、小さな当代勇者さんは簡単なお使いを頼まれたとばかりにさらりと答えてくる。 ……まぁ、実際このコにとっては誰が相手だろうが簡単なお使いなのだろうけれど。 「それはお疲れ様だけど、なるべく穏便にね……?」 「ワカってるってば、ママからもなるべくケガさせないでって言われてるし」 「そうなんだ。……ルシリエママは魔王になっても優しいよね」 ともあれ、苦笑い交じりに言葉を続けた後で、ロメリアちゃんから返された言葉を聞いて少しだけ憑きものが落ちた心地になったわたしは、僅かに笑みが浮かぶ。 やはり、今はまだ魂が完全に闇に染まってなどいないのは確からしい。 「うん!……けど、やっぱ怒ったらコワいんだけど」 「そうねぇ……わたしも叱られる時はきっちり叱られたし」 自分もついはしゃぎすぎて勇者に相応しくない振舞いを咎められたことは何度もあったけれど、実はそういうのに厳しかったのはライラよりもルシリエの方だったりする。 「んじゃ、ルフィンママもお尻ペンペンされたりした?」 「されたされた……でも、アレはやりたいからやってた疑いもあるけど」 本当はこんなコトしたくないんだけど、なんて心が痛むフリをしつつ、お仕置きのたびに鼻血垂らせて凄くイイ顔してたのは忘れませんから。 「あはは♪ママはホントにルフィンママのことがスキなんだぁ」 「もうちょっと、そのスキが爽やかな方向なら文句なかったんだけど……ね、ところで昔の記憶って少しは戻ったの?家族のことや本当の名前とか」 ともあれ、話しているうちに気分も少しずつ晴れてくる中、ふと気になっていたコトをこの機会にと尋ねてみるわたしだったものの……。 「んーん、聖霊サマには過去なんて捨てるつもりでと言われたし、ルフィンママに貰った名前もスキだし、別に思い出さなくてもイイかなって」 「そう……ありがとね」 「えへへ〜、んじゃちょっと片付けてくるから、ママと朝ゴハン用意しててよ〜?」 アカシア……もといロメリアちゃんは特に迷いもなく否定するや、向日葵の様な笑みで手をぶんぶんと振りつつ、魔王城のエントランスの方へと駆け出して行った。 「別に思い出さなくてもいい、か……」 思えば、あのコも過酷な運命ばかり背負わされてきてるよね。 ……そして、おそらくこれからも……。 「…………」 * 「魔王を討ち取れって簡単に命令してくれるけど、誰だか分かって言ってるの!?あいつはヘンタイだけどわたしの一番大事な仲間で……親友だったのよ……ッッ!」 「すべて承知の上です。だからこそ、彼女を“救って”あげるとすれば貴女でしょう?」 胸倉を掴まれてまで厳命されたものの、それでもはい分かりましたとはとても頷けなくて、その手を引き剥がしにかかりながら感情が爆発しそうになるわたしに、スメラギは食い下がりつつ訴えかけてくる。 「救うって……でも、魔王になってもルシリエはルシリエのままだったし、それにいっそこのまま彼女に魔王をやってもらってた方がこの世界にはいいと思わない?」 もう自分にとっての争点は、今後もここに留まるかどうかになってきていたのに。 「いいえ、それはまだ魔王となって時間が浅いからにすぎません。……ですが、新たな器を与えられて生まれ変わった彼女の魂は完全にトコヨに囚われていますから、これから浸食が進んでゆけばいずれ暴虐で残忍な魔王と変わり果ててゆくでしょう」 しかし、そんなわたしにスメラギは素っ気なく首を横に振ると、全てを知る口調でこの先に待つ見たくもない未来を突き付けてくる。 「そんな……っていうか、トコヨって一体何なのよ……!?」 「トコヨは常なる夜と記し、世界に蓄積され集まった瘴気が自我を持ちカタチとして成した、闇を司る邪悪で危険な存在。幼い少女の姿をしていますが実体は無く、それ故に彼女は宿主となり得る者を求めて彷徨い、やがて強いチカラを有しながら心に闇を抱える魂へ近付き取引を持ちかけ……願いと引き換えに受け入れた者を瘴気で侵食して深淵へと引きずり込み、“魔王”を生み出しているんです」 「……つまり、そのトコヨこそが魔王の本体というか正体、ってこと?」 昨日、この世界に純然たる魔王はいないと聞いたけれど、系譜で受け継がれているんじゃなくて、その時代の誰かがトコヨに選ばれて魔王にされているから、ってコトなのか。 ……それは、まるで聖霊サマに選ばれた勇者のごとく。 「取引に応じて魔王となった者はトコヨに憑依され、彼女のもとに絶え間なく集まり続ける瘴気を源として新たな魔物を生み出すチカラや、自身も圧倒的な魔力を有するようになりますが、その瘴気とは世界に住む者達の怨嗟や悲憤、嫉妬といった負の感情が集まったもの、と言えば分かりますよね?」 「…………」 本来なら、ルシリエがそんな負の感情なんかに負けてしまうワケが無い。 ……だけど、わたしの所為で一度は闇落ちしてしまった今の彼女なら……。 「貴女が斃したイル・ヴェールも、元来は正義感が強く心優しい剣の勇者でした」 「…………っっ」 「……けれど、うら若き仲間達を危険に晒すまいとして単身で魔王と戦う道を選んだ末に、辛うじて勝利は出来たものの自らも帰還が叶わぬ程の深手を負い、死の間際に残った一つの未練と引き換えにトコヨに魂を囚われて……そのまま次の魔王となってしまったのです」 そして、黙り込んでしまったわたしに、スメラギは更に驚きの事実を明かしてきた。 「え……じゃあ、わたし達が戦った魔王の胸にあったあの銀のメダリオンは先代勇者から奪い取ったものなんかじゃなくて……」 「ええ、ルシリエさんと同じくトコヨから新しい器を与えられた“本人”の証です」 「……そういうことだったの。でも、未練って何だったのか知ってる?」 「出立の際に置いてきた幼い一人娘……アカシアさんというそうですけど、彼女をもう一度この手に抱きたい、という願いだったみたいですね。魔王となった彼は自分の妻が勇者敗北の報を聞いた後に再婚した新しい夫とさる集落へ移り住んだと知り、娘を取り戻す為の軍勢を送り込みましたが……結局、別の勇者に阻まれ望みは叶わなかったそうです」 「……っ!?それじゃ、まさかロメリアちゃんは先代勇者の……」 なんという運命の悪戯なんだろう。 わたし達は結局、あのコの保護者でもあり知らずのうちに父の仇にもなっていて、やがて後を継ぐ形で剣の勇者になった今は……。 「……ねぇ、ロメリアちゃんも……あのコもそのトコヨに?」 「いいえ、まだ魂が浸食された兆候は見受けられませんが、それでも今の彼女は魔王ルシリエの為なら何でも喜んでやるでしょうし」 「…………」 「いずれにせよ、このままでは聖女と呼ばれた彼女も魂がどす黒く汚染されてゆき、イル・ヴェールの様に変わり果てた姿へと変貌します。その前に他ならぬ貴女の手で彼女に引導を渡してもらい、一度は取り逃がしてしまったトコヨを今度こそ祓っておきます」 「それが、スメラギも同行してきた理由の一つ?……そういえば、アイツにトドメを刺した瞬間に小さな女の子の幽霊みたいなのが抜け出てた気がしてたんだけど、やっぱりあのコも一緒に浄化しなきゃならなかったのね……」 それをやっていれば、魔王ルシリエも生まれることはなかったと。 ……まぁそれは、再会も叶わなかったという意味でもあるとして。 「確かに、瘴気の発生源が無くならない限りは滅ぼすコトこそ叶いませんが、一度跡形もないくらいに浄化してやれば復活するまでに長い時間が必要となります」 「……それで色々合点もいったわ。でも……」 これで、今回の魔王復活のスパンが短かった理由もはっきりしたし、まぁやっぱりわたしが責任をもって根源を潰しておくしかないのだろう。 けど。 「でも?」 「もし……そのトコヨだけを先に祓えば、ルシリエを助けられないのかな?」 「……残念ですが、一旦トコヨに取り込まれた魂を清める術は、無属性の力を行使して一度の滅びをもって浄化するしかありません。それでも彼女が愛した貴女の手でならば、来世はまた本来の魂の輝きを取り戻した状態で生まれ変わると思います。だから……」 「…………」 「だから、今さら迷わないで下さい……!」 そして、受けている説明自体は理解出来るものの、すぐには了解できないわたしへスメラギは再びパジャマを握る手に力を込め、改めて感情的に働きかけてきた。 「いいですか、なんと思おうが貴女はもう私のものなんです!この私の誘いに乗り、“ナズナ”という名を受け取ったその時から……」 「……って、スメラギ、後ろ……?!」 しかし最後まで言い終える前に、彼女のすぐ背後の足下から魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこから大きな口を開いた悍(おぞ)ましい姿の名状しがたいバケモノが現れて……。 「ふぇ……あああ……ッッ!?」 スメラギが慌てて振り向くも、すぐに伸びて来た触手に絡め取られてわたしから引き剥がされ、そのまま大口の中へひと飲みされるや、不快な咀嚼音と共に再び魔法陣の中へと一緒に消えていった。 「スメラギ……ッッ!!……そんな……」 「…………」 * 「……あら、おはようルフィンちゃん。よく眠れたかしら?」 やがて、朝ごはんの用意をしているというロメリアちゃんの話を聞いて食堂横の調理場へ顔を出してみると、エプロン姿でせっせとパン生地を捏ねていた魔王ルシリエがいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべてわたしを迎え入れてきた。 「おはよ……んー、正直まだかなりねむい……」 「だったら、もう少し寝ていてもいいわよ?今はまだお客さんなのだから」 「けどまぁロメリアちゃんも働いてたし、わたしだけ二度寝してるわけにはねぇ……」 そもそも、安心して眠っていられる保証すら無いし、と嫌みを言うにはまだ早いか。 「ふふ、それじゃまたサラダ用のお野菜を切ってくれる?」 「へーい……」 正直、仲間が目の前で食われた光景を見せられた後もあって食欲は湧かないし、色とりどりの野菜が盛られたボウルの横に三本並べて吊り下げられている食べでのありそうな腸詰も、普段ならお腹が鳴りそうなのが今はちょっと遠慮したい気分になっているものの、ひと仕事終えれば食べ盛りの娘が戻ってくるのだからしっかり用意してあげないと。 (とはいえ、どう切り出したもんかな……) そんなこんなで、まずは素知らぬ顔で手伝うことにしたものの、凄惨な光景を前に一度は芽生えた決意も既に揺らいできて、むしろ気まずい気分にすら陥ってしまっていた。 「…………」 つまり、何だかんだでわたしもそれだけルシリエが好きだったというコトなのだろう。 「……ねぇ、ルフィンちゃんって今はナズナちゃんと呼ばれてるんだ?」 「ん、新しい名前を考えるのがメンドいと思ってるうちに勝手に付けられたんだけどさ」 しかし、それから黙々と調理を続ける中で、生地を乗せたお皿をオーブンに入れたルシリエから不意に水を向けられ、ドキっとさせられつつも素っ気無く返すわたし。 一応、ナズナはわたしの世界に咲く花の名前だと思うけど、花言葉は知らないんだよね。 「もう、名前には強力な言霊が込められるものだから、人任せにするべきじゃないのよ?」 「いやまぁ、それは分かってるつもりだからロメリアちゃんの時は知恵熱出したんだけど……それより、やっぱり昨晩の“アレ”はルシリエがやったの?」 「そうよ?今は人手不足で魔王城の警備が手薄だけど、大事なお客さんの寝室に無断で入り込む不届きな侵入者は排除しておかないとね」 ともあれ、それを皮切りにわたしも一歩踏み込んで尋ねると、ルシリエは当然のことをしたまでという反応を返してきた。 「だからって……いくらなんでもあれは……」 「あの侵入者さんは可愛らしい女の子の姿はしていたけど、ヒトの類ではないんでしょう?」 「それは、そうかもしれないけどさ……」 だから、わたしもあれであっさりと喰い殺されてしまった、とも思っていないんだけど……。 「私のルフィンちゃんの安眠を妨害して掴みかかっていたから引き剥がさないとって思ったら、心の中にいる黒い女の子もキケンだからすぐに排除してとせがんできたし」 「…………」 ……そっか。 「とにかく、ルフィンちゃんに近付く邪魔者はすぐに片づけてあげるから、安心してくつろいでくれていいのよ。ね?」 「……ルシリエ……」 それから、かつて聖女と敬愛されていた者が続けた言葉に、彼女にはとてもそぐわない威圧や禍々しさを感じたわたしは、両目を閉じつつ小さく名を呟いた後で唇を強く噛んだ。 やっぱり、わたしが知るヘンタイさんだけど、ただただ純白の似合う慈愛と優しさに溢れていた彼女はもう……。 「ね、それで昨日の話は考えてくれた?」 「…………」 だったら、やっぱりわたしが取るべき、いや取りたい道は――。 「ごめん……わたしが一緒に暮らしてもいいと思ったのは、聖女のルシリエみたいだから」 それでも、彼女を拒絶する心の痛みは感じながらも、真っすぐ前を向いて自分の仕事の手も止めないまま回答を返した。 「……。そう……もう、“私”じゃ届かないの……」 「これでも、ずっと迷ったんだけど……でも、やっぱり魔王ルシリエはいつまでも見たくない。……どんな形だろうが、また逢えてこうして一緒にごはんが食べられたのはすごく嬉しかったんだけど……ぐすっ」 すると、ルシリエは腸詰を取る手を一瞬だけ止めた後で、素っ気ないくらいの冷淡さで残念そうに呟いたのを聞いて、ボロボロと涙が零れてゆくままに言葉を続けるわたし。 「……うっ、……ぅっ」 主張が相反するようだけど、どちらもわたしにとって紛れもない本音だから……。 「…………」 「……ね、だったら今夜、ロメリアちゃんが眠った後で二人きりの逢瀬をしましょうか」 そして、そこからほんの少しの沈黙の間が続いた後で、ルシリエは少しばかりの闇も感じる優しい笑みを浮かべてわたしに誘いかけてくる。 「……っ、そうだね……」 見えないトコロにお邪魔虫が挟まっているのは気に入らないけれど、静かで誰も寄り付かない最高の場所で想いを遂げ合おう。 「それじゃ、ちゃんとおめかしして来てね?と言いたいけど、やっぱりルフィンちゃんにはその衣装が似合うのよねぇ」 「……けど、これで着納めにするつもりだから、しっかり目に焼き付けときなさいな」 せめてもの餞として、ね。 「うん……楽しみにしてるから……」 「…………」 そして約束の証に手を重ね合わたところで、またじわりと涙が浮かんできたものの……。 バタン 「ただいま〜!はぁお腹すいたぁ〜……」 それからすぐにわたし達の愛娘が空腹を訴えながら調理場へと駆け込んできて、すぐに引き戻されてしまった。 「お、おかえりなさい……!」 「えっと、ずいぶん早かったね……?」 「だぁって、みんなざぁこすぎてハナシになんなかったし。まぁおかげでちょっとオドしてあげたらすぐシッポ撒いて逃げちゃったケドさぁ」 「……ってあれれ、もしかしてママたち泣いてた?」 「こ、これは、さっきタマネギを刻んでたら目に染みたのよ……!」 まさか、リアルでこんな誤魔化しセリフを言う日が来るとは思わなかったけれど。 「ふふ、そうね……でも、すぐにパンが焼けるはずだから」 「うん……っ!」 「…………」 そのロメリアちゃんの何も知らない無邪気な笑みを見ると、また心が締め付けられてくる。 ……でもどうか、このコだけは何があっても闇に囚われたりしませんように。 * 「……んでね、この計算式の解き方は、こう……」 「え〜〜、ムズかしいってばぁ……というかさ、こんなの覚えて使う時なんてあんの?」 「うーん……一応、精霊魔法を使う人はこの数列を使いこなせなきゃ話にならないはずなんだけど、ロメリアちゃんも聖霊様から“特権”を与えられている立場だっけ」 やがて朝食の後片付けが終わった後で、いつもルシリエママが娘に書庫での自習を午前中に課していると聞き、せっかくなので家庭教師をしてあげることにしたわたしは、算術の勉強がてら精霊魔法に使われている数列を使って計算の練習を一緒にやろうとしたものの、ロメリアちゃんからは早速に勉強嫌いあるあるな駄々をこねられて苦笑いを返していた。 「そーそー、聖霊様もムズかしいコト考えないで心の赴くままに使いなさいって」 「他の魔術師さん達が聞いたら馬鹿らしくなってしまいそうだけど、まぁでもロメリアちゃんも勇者になる為に精霊界で血の滲むような修行したんだよね?」 「ん〜、アタシは強くなりたかったからナンてコトなかったけど、あ、これ死んだカモ……?ってのはいつもだったかなぁ」 ……とまぁ、勇者候補として聖霊様の元で修行を重ね、その際に戦うための必要な知識は叩き込まれていたとして、逆にその間は社会で生活してゆくための一般教養を学ぶ暇が無かったみたいで、将来を心配したルシリエが魔王城の書庫から役に立ちそうな本を探してお勉強させることにしたんだそう。 まぁ確かに、本来のロメリアちゃんは遊び盛り学び盛りな年頃だし、ライラはいい学校へ行かせたがっていたみたいだけど、ここから通わせるのは流石に無理がありすぎる。 「うーん、想像しただけでヒェッって感じだけど、でもロメリアちゃんはどうしてそこまでして強くなりたかったの?」 「もう、ルフィンママもルシリエママも死んじゃった後だったから手遅れだったけど……でも、やっぱママ達にアコガれてたから、かなぁ?」 「孤児院の玄関ですぐに迎えに来るから待っていてと約束して魔王討伐に出発していったママたちの背中がすっごくカッコよくてさー、アタシもカタを並べる様になりたいなって」 「ロメリアちゃん……」 「……まぁでも、ホントにスカウトされた時はびっくりしちゃったケド」 「きっと、聖霊様がそんなロメリアちゃんの芯の強さを見抜いたからだと思う。……さて、それはそれとして数字の計算が出来るのは大事よ?」 先代勇者の子孫というのが影響したのかは知らないとして、スメラギ曰く勇者というのはいわゆる損得とか重たすぎる使命感から脱却したヒトが向いているみたいだし。 ……ただ、それで結果的には止むを得なさもあるとはいえ、こうして魔王の側に寝返ってしまっているんだけど。 「うう〜〜……」 「仕組みを覚えてしまえばパズルを解くような感覚になるから、これで結構楽しくなるものよ。ほらもうちょっと頑張ろ?」 「むぅ、ベンキョーを楽しむとか、そんなはっそーは無かったかも……」 「逆に、勉強は苦行なだけと思っているからやる気が出ないのかもよ?たとえばロメリアちゃんは強くなりたかったから、厳しい修行もしんどくてやめたいとは思わなかったんでしょ?」 「うん……どんどん強くなってくのがワカるのが楽しくて、もっとやろうってなってた」 「わたしね、元の世界で勉強は自分のレベルを上げる為の経験値稼ぎと思っていたし、全国模試なんかは上げたレベルでランキングチャレンジというゲーム感覚で考えていたから、不謹慎だって言われそうだけど何だかんだ結構楽しんでやってたと思うのよ」 親や祖父母が厳しかったり、生徒会長という立場や周囲のイメージから頭脳明晰な優等生の姿が求められていた重圧もあったものの、それでもお勉強は嫌いじゃないからと潰されることが無かったのは、早いうちからこんな境地に至れたからなんだろう。 (……そういえば生徒会長の時代に、一度だけ上位に入って表彰されたのよね……) あの時はちょっと天狗になりかけるも最高に気持ちいい達成感を味わったっけ。 ……とか、思い出せばまたホームシックが顔を覗かせてきそうだけど。 「ん〜っ、言ってるイミはよく分かんないけど……でも強くなるためと思えば、何だか楽しくなりそうかも?」 「そうそう、ロメリアちゃんは賢いんだから、すぐにママたちを追い越しちゃうかもよ」 「エヘヘ、ルフィンママが付いていてくれたら、そうなれるかも……?」 ともあれ、確かに例えがイミフだったかもだけど、何となくでも意図を汲み取ってくれた様子のロメリアちゃんをホメつつ頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかみ返してきた。 「そ、そう?」 「だって、ママに教わってる時よりも何だか楽しいし」 「あー、ライラもルシリエも芯の部分は厳しいからなぁ……」 ホメて伸ばすしかないと言われるイマどきにはいささか生真面目すぎるというか。 ……まぁ、このわたしもかつては自分にも他人にも厳しい石頭会長ではあったんだけど。 「うん……二人とも必要なコトだからガンバりなさいってだけだったし、お勉強も楽しもうなんて言ってくれたのはルフィンママがハジめて」 「……そっか、結構相性がいいのかもね?わたし達」 いずれにせよ、ロメリアちゃんの養育に関してはわたしの貢献度が一番低いから、あの二人から何か一本でも取れた感じなのは嬉しいかも。 「うん♪……ね、だから明日もこうやって教えてくれる?」 「…………」 けど、明日のことを言われると口元が締まって言葉が止まってしまうわたし。 どちらに転んだって、明日の今頃にロメリアちゃんがこんな無邪気な笑みを見せてくれているハズが無いのだから。 「ルフィンママ……?」 「……ん、まぁこれから毎日ってわけにもいかないけど、ロメリアちゃんが望むなら、ね」 それでも、ウソはつきたくないので精一杯の曖昧な言葉でもう一度頭を撫でて頷く。 ……ほんと、ロメリアちゃんさえ再び望んでくれるのなら、その時は……。 「あは、約束だからね〜?……そーだ、その時はアタシもお礼してアゲる」 「お、お礼って……?」 「ん〜〜、すぐには思いつかないけど、ルフィンママの言うコトなんでも聞いたげるとか?」 「…………っ」 しかし、真顔になってしまったのも束の間、ロメリアちゃんから悪戯っぽい目を向けられたまますり寄られ、心臓が大きく高鳴ってしまう。 「……んん、ムネがドキドキしてるよ?ねぇ、もしかしてヘンなコト考えちゃった?」 「いっ、いやそんなコトは……!」 というか、ちょっと昨晩の夢に思考が引きずられているのかもしれない。 「も〜〜、ルフィンママも結構えっちだよね?んふふー、でもキラいじゃないよ?」 「……え……」 「だから……ね、もっと楽しいコト、する……?」 そして、何やら二人きりの書庫の空気が妖しくなって戸惑いを隠せないわたしに、血の繋がっていない愛娘が手と手を絡ませつつ耳元から誘惑の言葉を囁いてくる。 「…………」 「…………っ」 ものの……。 「……はいはい、ちゃんと今日の分の課題を片づけられたら、ね?」 しかし、そこはママの一人としての使命と矜持を貫き、それ以上は流されることなくサボりの口実を作ろうとしてきた愛娘に釘を刺してやった。 「ん〜〜、やっぱ手強いなぁルフィンママも……」 「……当然です」 何故ならそれだけ、わたしも大切に想っているってコトだから。 * 「……うわぁ、懐かしいなぁここ……」 やがて、ランチタイムとなってお勉強も切り上げ、思い思いの具材を使ったサンドイッチを作りシェアしてお腹を満たした後の昼下がり、わたしとルシリエは二人きりで昔話に花を咲かせながら魔王城内を散策していた中で、やがて三階の回廊から外へ通じる扉を開いて広々とした正面テラスへ出るや、当時のコトが鮮明に思い出されて自然と呟いていた。 「ふふ、そうね。あの時はここから乗り込んだものね」 「そーそー、二人がかりでライラをここまで運んでさ。真正面から入るよりはマシと思ったからだけどアレは大変だったなぁ……」 といっても、あの時は白昼堂々ではなく夜闇に紛れ、魔の山に立ち入る際に冒険者ギルドから選りすぐりのメンバーを二十人くらい集めて助っ人として同行してもらい、魔王城の前で魔軍守備隊との派手な戦闘が繰り広げられた中、わたし達は混乱に乗じて認識阻害に迷彩魔法も重ねがけし、精霊の加護で飛べる自分とルシリエの二人がかりでライラを抱えて、突入場所として選んだこのテラスまで飛び移ってきたんだけど……。 「……よし、なんとか見つからずに乗り込めたな……!」 「そーね。それはいいんだけど……ったく、デカくてかさばるのよアンタは……」 ギルドでも大層な二つ名を持つ精鋭たちを相手に手薄となっていたこのテラスに目を付け、上手い具合に戦闘を回避して城内へ続く扉前へと着地した後でドヤ顔を見せる姫騎士サマに対して、いきなりの重労働に溜息を吐くわたし。 「ふふ、ホントはお姫様だっこしてあげるべきだったろうにね?」 「そら、装備が装備なんだからしょうがねぇだろう?というか、あたしだってお姫様だっこなんざ真っ平ゴメンだ」 「アンタはれっきとしたお姫様でしょーが。でもどさくさ紛れにお尻とか触ってやったら硬い鎧の感触だし、まったくイジり甲斐がないったらありゃしないんだから……」 まぁ、だからこそのいつかくっころシチュに持ち込みたい姫騎士なんだけど。 「……いやオマエさ、着実にルシリエに浸食されてんぞ?気ぃ付けろよ」 「あらあら、少しずつ染めていってあげるつもりだったけれど、順調みたいで何よりね♪」 「うんまぁ、それはちょっと肝に銘じておくかな……」 最近、ちょっとセクハラする方も楽しくなってきている気がするし、ってのはともかく。 「んじゃ、そろそろカチ込むとすっか。ここから先は魔王を仕留めるまで戻れねぇだろうが、オマエら覚悟はいいんだな?」 「ま、お約束だけど愚問よね。そんなの無いヒトがこんなトコまで来てるわけないでしょ」 どうにか敵に見つかっていない状態をキープしたまま扉の前で突入の態勢を整え、いよいよライラが蹴破ろうと足を上げる前に月並みなセリフを吐いてきたのを聞いて、肩を竦めてつれなく言い返してやるわたし。 「ったく、オマエの方こそ相変わらず素直じゃねぇよな。歳が歳だけに反抗期か?」 「えええ……?!」 だったものの、正論を吐いたつもりがライラからはひねくれ者を見る目で見られた上に、 「うふふ、ルフィンちゃんの世界の言葉で言うなら、中二病っていうのよね?」 「ど、どうしてその言葉を……?!」 続けてルシリエからもまさかの単語を引っ張り出され、思わず紅潮してしまうわたし。 「あん、なんだよそれ?病気の一種か?」 「うーん、思春期に誰しも一度はかかる通過儀礼みたいなものかしら。たとえば……」 「……って、解説しなくていいってば……!というか、なんでそんな言葉知ってんの!?」 「ん〜、私はルフィンちゃんのコトなら何でも知っているけど?」 「いや、コワいから……っっ」 「……ま、そんだけ平常通りなら問題ねぇな、さぁ希望へ続く扉をこじ開けてやるぜ……!」 「わたしが言うのもなんだけどさ、つくづくクサいセリフ好きよね、ライラ……」 「…………」 で、結局のところ扉の向こうには集結していた大軍が待ち構えていたオチだったんだけど……。 (カクゴの無い者が、こんなトコまで乗り込んで来ているワケがない、か……) 負っている使命は変わっていないのに、果たして今のわたしは足りているのだろうか? 「はぁ……今日もいい天気だなぁ……何だかのんびり昼寝でもしたくなりそう」 「ええ、この様子ならさぞかし今宵の星空も綺麗でしょうね」 「…………」 もう後戻りはできない決断を下したというのに、魔王の居城にはそぐわない穏やかな陽気に当てられて心が柔らかくなりかけてしまっている。 「…………」 しかも、別にスメラギの仇を討ちたいというより、わたしが慕っていた聖女の清らかな心が瘴気に穢され、魔王となった今も現在進行中で侵食されているのを実感した上での、彼女の魂を救う為の戦いでもあるというのに……。 「はぁ……」 「…………」 「……ツワブキケイコちゃん」 「その名で呼ばないでと言ったでしょ、というかルシリエが呼ぶなんて珍しいわね?」 やがて、テラスの手すりに肘を乗せたまま小さな溜息が漏れたところで、いきなり背中越しに元の世界でのフルネームを呼ばれ、振り返らないままツッコミを返す。 こちらへ飛ばされ、まだテレシア・ルフィンという新しい名前を決める前から知り合っていたライラはわたしをケーコと呼ぶ癖がついてしまったみたいだけど、ルシリエからそちらの名で呼ばれるのは殆どどころか全く記憶に無いくらいだったのに。 「うふふ、今のうちに呼んでみたかったから。これがルフィンちゃんの“真名”でしょう?」 「あはは……そだね……」 すると、すぐ隣までやってきたルシリエがにっこりと笑みを浮かべてそうのたまったのを受け、思わず引きつった笑いを返すわたし。 これまた、痛いトコロを突いてくるもんだ。 「……ね、どうしてケイコちゃんと呼ばれるを嫌がっていたの?」 「まぁ、あの頃は青かったから、としか言いようがないかなぁ?願望叶って異世界で魔法少女になれたから今までの自分は捨ててしまおうと思っていたんだけど、ライラが親から貰った名前は大切にしろとか知った風なお説教してきてさ。それでも嫌がるわたしを見てアイツが面白がり半分で呼んでくるうちに流れが出来ちゃった感じ」 「ふふ、そうなんだ?」 「……だから、さっきルシリエに呼ばれた時も昔からのノリでつい言い返したんだけど、今はぶっちゃけどうでもいいっちゃいいんだよね……」 もう、テレシア・ルフィンは死んでしまい、現在は新しい名前を押し付けられてしまっている身なんだし。 「…………」 「そういえばルシリエこそ、今までどうして全然呼んでこなかったのさ?」 それから、どうでもいいと本音を言われて反応に困ったのか、沈黙してしまったルシリエに今度はわたしの方が問い返す。 このヘンタイ聖女さんはライラ以上にわたしを弄り回して喜怒哀楽を引き出すのを楽しんでいたというのに。 「んーだって、私にとっては出逢った時がテレシア・ルフィンちゃんだったから。自分の知れない“石蕗蛍子”ちゃんのコトを考えると何だか悔しくなってくるじゃない?」 「うわ、そう来ましたかぁ……というか、この際だから聞くけど、なんでそこまでわたしのコト気に入ってたのさ?」 すると、まさかの行き場の無い嫉妬を告白されて困惑するしかないわたしは、最終評価でも訊ねるつもりで水を向けてみたものの……。 「もう、そんな野暮なコトは聞いちゃダメでしょう?そもそも、言葉じゃ語り尽くせないくらいに色んな理由が重なり合った結果、何となく『あ、私この人が好きかも?』ってなるものじゃないのかしら?」 しかし、何なら日が暮れるまで語ってもらってもいいと思っていた返答は、短い正論で纏められてしまった。 「うんまぁ……確かにそういうものかも……?」 それでも一応、短くも濃い付き合いの中で全く理由が分からないって程でもないんだけど、この言い方じゃわたしの欠点までも好きでいてくれたから、なのかもしれない。 「でも、珍しいと言えばルフィンちゃんも殆ど聞いてこなくなったわよね?」 「……そりゃまぁ、最初はどこまでホンキなんだろ?とは思ってたけど、すぐに疑いの余地なんて無くなってきたし、ヘタに疑おうものならカラダで証明してあげるとか言い出しそうでもあったしさぁ」 ただ、確信を持ったきっかけを一つ挙げるとすれば、ルシリエは決してわたしを全肯定したりせずに時には厳しく叱ったり諭してくれたコトだろうか。 それは剣の勇者として云々じゃなくて、ルシリエはわたしのやりたいコトやなりたい姿を理解し誰より応援してくれていたからこそなんだとワカった時があって、ああこれが「愛」ってやつなのかなって。 「それじゃ、同じくこの際に聞かせて欲しいんだけど、ルフィンちゃんの方は私のコトをどう思ってくれていたの?」 「わたし?わたしは……うーん……正直、ぴったりな言葉が見つからないんだけど……」 そして、いつしかわたしも……わたしも……? えっと、心の中では感謝もしつつ姉の様に慕っていた?……いや、なんか違うな。 今になって振り返れば、ヘンタイながら理想のお姉ちゃんみたいな存在だったのかもしれないものの、けどルシリエには不思議とそんな感情を抱いた記憶はなくて……。 「…………」 「えーっと、なんていうかそう易々とルシリエのモノになってあげる気なんて無かったけど、逆にルシリエ以外の誰かにオトされるつもりもない、ってトコだったかな……?」 それじゃまるで宿敵、って感じだけど、まぁこれが一番しっくりくる回答かもしれない。 「……そう。それは、今もそうなの?」 「ん〜、とりあえずまだ誰のモノにもなるつもりはない、ってのは引きずってるかも?」 まぁ、その方が気楽だってのもあるんだけど。 「……そっか、そうなんだ……」 すると、返答になっているのかどうか自信は無いわたしの曖昧な言葉を聞いて、ルシリエはふっと嬉しそうに笑った後で、今度はその笑みが儚いものへと変わってゆく。 「ルシリエ……?」 「ふぅ……自分が思うより、ルフィンちゃんにとっての私の存在は大きかったんだなって」 「え……?まぁ、うん……」 「……だからね、ルフィンちゃんがそれだけ私のコトを好きでいてくれていたのなら、今さらだけど早まったマネなんてしなければ良かったかもって……」 「…………」 「あーあ、バカなコトしちゃったなぁ、私……」 そして、魔王ルシリエはテラスの手すりに両手を付けたまま澄み渡った青空を仰ぎつつ、自虐たっぷりに呟いた。 「……ホントだよ、ルシリエ……」 尤も、一番罪深くてバカだったのはこのわたし、なんだけど。 ……けど、もう謝る言葉もないし、してあげられるコトも限られている。 「…………」 「…………」 「……ね、これはホントどうでもいいコトなんだけど、最後に一つ聞いてくれる?」 それからお互いに黙り込んでしまい、止まった様な時間がしばらく続いた後で、徐にルシリエから静寂を破ってきた。 「なに?何か思い残しがあれば今のうちに……」 そこで、わたしも告白ごとが残っているのなら最後まで付き合うつもりで頷くものの……。 「実はね、私も“真名”があるの。白妙理絵(しらたえりえ)というんだけど」 「……は……?!」 聖女――そして魔王ルシリエの口から最後と前置きされて出てきたのは、これまでで最も衝撃的な不意打ちだった。 「ちなみに、漢字ではこう書くのよ」 しかも、その後で光らせた指先をさらさらと目の前の空間に走らせて自分のフルネームを映し出してくるし。 「……い、いや、でもルシリエって……」 「もう病院は無くなったけど、ラセリアの町医者の長女として生を受けた、でしょう?それも嘘じゃなくて、どうも私には前世の記憶というのが残っているみたい。……これは今まで誰にも、ルフィンちゃん達にも言ってなかった秘密なんだけど」 「マジ、ですか……」 「ちなみに、前世も実家が病院でお医者さんになる夢を持ちながら叶える前に死んじゃった病弱少女でね。いつか自分だけじゃなくて他の苦しんでいる患者さんの為にも冒されていた難病を治す方法を見つける研究に加わりたいと入退院を繰り返しながら受験勉強を頑張っていたんだけど、ある雪の日の学校の帰りにまさかの交通事故に遭っちゃった」 「その日の体調は悪い方じゃなかったんだけど、闘病生活で身体が細くなって体力も落ちていたから、地面が凍結してスリップしてきた大型車を前に何も出来ずに、ね」 「そう、だったんだ……?」 ……まさかの、聖女ルシリエは異世界転生組だったなんて。 わたしの制服みたいな証拠アイテムは無いとしても、それだけこの世界には無い単語(ワード)を並べ立てられるのなら間違い無いのだろう。 (ん……?) しかも、その単語(ワード)って……。 「といっても、こちらの世界に転生した頃から自覚していたわけじゃなくて、きっかけは魔軍に襲われて病院も両親も、そして入院していた患者さんもみんな失った時だった」 「…………」 「……私ね、ホントはあの時に両親を追いかけて死ぬつもりだった。……けど、瓦礫となった病院の前で雨に打たれながらただ立ち尽くしていた私の前に『貴女はまだやり残していることが沢山あるでしょう?』と告げる小さな女の子が現れて、そのコの手で前世の記憶を呼び覚まされたの」 「小さな女の子……?」 何だかやたらと謎の少女が出てくる世界よねって感じだけど……まさか、ね。 「それから、もしもあの事故に遭わなかったとしても満足に受験出来たのか、仮に合格してもちゃんと通学して卒業するまで生きていられたかも分からない身だったのを思い出してね、ここで家族も居場所も全て失ってしまったとしても、まだ私の歩める足は残っているのだからと、もう一度頑張ることにしたってわけ」 「それで、ヒーラーとして行脚する様になって、いつしか聖女と呼ばれる存在に、か」 やっぱり、凄いなぁルシリエは……。 「……まぁ、今はこうしてまかり間違って魔王になってしまったのだけど。ふふ」 「あちゃ……」 「けど、今思えば昔にそんな経験があったから、入水した時に声をかけてきた黒い女の子の誘いに飛びついてしまったのかもしれないのよね……」 一度目は天使だったのかもしれないけれど、二度目は悪魔の手だった、と。 「……そういや、魔王になってからはもう癒しの旅には出られなくなってるんだっけ」 「正直、そこが一番つらいところかしらねぇ。まぁ一旦は引退を決意したし、今はそれほど必要とされている時代でもないし、そんな時代がこれからも続く為の一助が出来るとしても、やっぱりどうしても未練は出てくるかな……」 「…………」 やっぱり、ルシリエは魔王になんてなりたくなかったし、なるべきじゃなかった。 ……けど、それが誰のせいだと今さら追求しても仕方が無い。 「ってコトで、聞いて欲しかったお話はこれでお仕舞い。……実は次に会った時にこの話をして驚かせようと思っていたから、これも心残りだったの。ふふ」 「……まぁ驚いたのは驚いたとして一つだけ引っ掛かってるんだけどさ、ルシリエの前世の名前といい、話してくれた世界の話といい、まさかわたし達って同じトコから来たの?」 「ライラちゃんからルフィンちゃんの元々の名前を聞いてまず驚いた後で、いつも泊まっていた宿屋に預けていた制服を見て二度驚かされたのは覚えてるかな。……だって、あの星美(せいび)学園の制服は、私の住んでいた隣町の高校だったんだから」 「え……しかもそんなに近く……!?」 確かに、制服を見たいとしつこくせがまれて仕方なく見せてやったら、何やら一瞬固まっていたのは覚えているけど、性癖に響き過ぎたのかと思いきやそんな裏話が。 「とは言っても、私がそちらの世界にいた時はまだ蛍子ちゃんは生まれていないはずだし、実はよく似た並行世界なのかもしれないけれど、これも神様の巡り合わせなのかなって」 「……もしかしてそれも、わたしに一目惚れしたという理由?」 「それは想像にお任せだけど……とにかくありがとう、ルフィンちゃん♪貴女のお陰で心の奥に秘めていたもう一つの願いも叶えられたから」 しかも、それからルシリエは唐突にわたしの手を握ってお礼を述べてきたりして。 「今さらルシリエに改めてありがとうと言われても、そんなのお互い様だからとしか言えないけどさ、もう一つの願いって何よ?」 「あのね、一度でいいから“恋”もしてみたいなって。うふふ」 「…………っ」 ルシリエ……。 「……さて、それじゃ私は先に戻るわね。デートまでに片づけておかなきゃならないコトも沢山あるし」 そして、これから一生忘れることは無いかもしれない晴れやかな笑みを浮かべた後でルシリエは繋いだ手を自ら離すと、後は再び”魔王”に戻ってわたしから背を向けた。 「あ、うん……手伝おうか?」 「大丈夫。あ、でもまた夕食は一緒に作ってくれる?」 「もちろん……ロメリアちゃんにはちゃんと食べさせてあげないと」 「そうね……それじゃ、日が沈む前には食堂に来て?」 「うん……」 さてと、わたしもしっかりと準備をしておかなきゃ、ね……? * その夜は、満ちた月が満天の星空で煌々と輝く、最高のデート日和だった。 「……待っていたわ、ルフィンちゃん。相変わらず時間にはぴったりね」 「これでも、石頭で有名だった元生徒会長ですから。……それに、勇者は約束に誠実であれとわたしに教えたのはルシリエでしょ?」 示し合わせた通り、夕食までは普段通りの日常を送っていつもの時間にロメリアちゃんを寝かしつけた後の約束の時間きっかりに、わたし達はそれぞれ勇者と魔王のシンボルである純白と漆黒の翼を背に纏い、魔王城の遥か上空で待ち合わせをしていた。 「ふふ、見惚れてしまいそうな程に美しい月夜になったわね……まるで、私達の為に用意された特別舞台みたい」 「そうだね……実は少しだけ憧れてもいたんだ、こういうシチュ」 魔王との決戦と言えば城内の玉座前が定番なのだろうけれど、今宵に限って言うならばこの場以上に相応しいステージは無いだろう。 ……ましてや、これから誰にも邪魔されずに二人きりで想いを交わし合うのならば尚更。 「ね、最後にもう一度だけ聞いてもいい?私達とここで家族になるつもりはないのかを」 「……残念だけど、もうお互いにあの頃の二人じゃなくなってしまったみたいだから。今のルシリエは聖女ではなく魔王で、わたしはその魔王とその背後に取り憑ついた鬼を祓う為に派遣された、異世界遊撃勇者団新入りのナズナなの」 それから、穏やかな笑みを浮かべて対峙しつつ今一度尋ねてくる盟友へ、わたしは涙を呑んで迷いを断つと、かつてイル・ヴェールを葬った愛杖を腰から抜いて手に取った。 「……そう。ならば私の願いは二つに一つ。一つは、せめて愛する貴女の手により引導を渡して貰うこと」 対して、ルシリエは一度だけ深いため息を吐き、懐の辺りから細長い指揮棒(タクト)の様な武器を取り出すと、その先端に禍々しい瘴気を凝縮させたどす黒い塊を集めて見せる。 (ん、アレって、もしかして……?) ……いや、それはひとまず置いておくとして。 「もう一つは……?」 「もしくは、貴女の身体を引き裂いて魂を取り出し、永遠(とこしえ)に私の体内(なか)へ閉じ込めておくか」 魔王ルシリエは更にそう続けるや、瞳を紅く光らせ全身から空気を震わせる程の強烈な殺気を魔力に込めて、陽炎の如き漆黒のオーラを全身に渦巻かせた。 「…………ッ!」 ……スメラギの危惧通り、ルシリエの闇落ちは急速に進んでいるというか、もしかしたらわたしがトドメを刺してしまったのかもしれない、けれど。 「……いいよ。それでこそ、わたしも全力で戦える……!」 しかしこちらも決して怯むことなく、夜闇に眩く輝く勇気の翼を大きく広げ、勇者として真っ向から立ち向かう意思を示すと、具現化(メタリラ)の杖の先に魔を貫く白刃を顕現させた。 (ゴメンね、ルシリエ……でも……) せめて、これからどちらかの願いは叶えてあげるから。 「……それでは、これより愛死合いましょう……!」 それを合図に、いよいよ魔王ルシリエが逢瀬の始まりを告げてタクトを振るうと、その先に集まっていた魔力の塊より、数えるヒマもないくらいの漆黒の光線の束がこちらを囲むように襲い掛かってきた。 「望むところ……ッッ」 それに対し、わたしは即座に反応して翼を翻すと後方へ飛び、 (こっちだって……!) 星空を泳ぎ回るように縦横無尽な動きで回避しつつ、同じくこちらも翼の先から光線をばらまくイメージを固めて放つと、同じく各々の光線が追尾し次々と迎撃してゆく。 「ついでに、お返し……ッッ!」 ……だけじゃなくて、全て撃ち落とした後でこちらも翼と同じ色の光線の集中砲火を浴びせてやるも、魔王ルシリエは僅かにタクトを動かして発生させた全方位を囲む盾であっさりと防いで見せてしまった。 (…………っっ、やっぱり、まだルシリエも無属性エレメントが使えるんだ……?) となれば、まだ聖女の能力(チカラ)も健在……? 「ふふ、今宵はたっぷり楽しみましょうね、ルフィンちゃん?」 「く……っ?!」 と、頭の中で一気に膨れ上がってしまった選択肢のせいで迷いが生じて、一旦宙返りして距離を取ってゆく落ち着かないわたしに対し、まだ一歩も動いていないルシリエは楽しげに再びタクトを振るうと、今度はロメリアちゃんも使っていたけれど、その数は比べ物にならない夥しい鋳薔薇が差し向けられ、すぐに再び逃げ回る羽目になってしまう。 「ほら、私にも聞かせて?……ルフィンちゃんの可愛らしい悲鳴を」 「アレは黒歴史化させたから、二度とゴメンよ……!」 あの時との状況の違いは、ロメリアちゃんはわたしを生け捕りにする為に差し向けてきたけれど、今回は捕まってしまえばそのまま容赦なくズタズタに裂かれてしまうだろう。 だけど、あの時と違って複合攻撃じゃないから、焦らずに斬り払っていけば……。 (……いや……) それでも、“師”のワザだから一味違うとはいえ、ルシリエも一度見せた技でわたしを本気で斃すつもりとはどうしても思えなかった。 「やっぱり、ルフィンちゃんにはこんな程度じゃ物足りないわよね……?」 (おそらく、こいつらはオトリ……!) わたしは直感するや、時間差の同時攻撃に備えて後退するよりも前方で壁を作って立ち塞がっていた茨薔薇の束を斬り払って突っ切ると、そのまま相手との距離を詰めてやる。 「…………っ!」 (今だ……!) 果たして読みはビンゴだったらしく、追加攻撃が何だったのかは見えないけどルシリエが追い討ちを不発に終わらせた様子で一瞬の隙が出来たのを見逃さず、懐に飛び込みつつ取り囲む様に分身攻撃を仕掛けるわたし。 「……これは……!」 (ごめん……!) そして、対処に困った様子で立ちすくむ相手に勝機を感じたわたしは、心の中で謝りながらもルシリエが側面の分身を一瞥した隙に正面から袈裟斬りの一撃を浴びせた。 「…………ッッ?!」 ……ものの、その一閃の手応えは肉体を斬る感触ではなく、同質のチカラ同士の衝突。 「もう、それはルフィンちゃんが得意だった戦法じゃない。私が忘れていると思った?」 「ぐ……っっ」 短杖の類ではあるけれど、それ自体に攻撃能力は無いとの予測を裏切り、それこそ諸共に切り裂くつもりだった剣閃は、ルシリエが咄嗟にタクトの先へ形成させた漆黒色に澄んだ細身の刀身で受け止められていた。 「でも、やっぱり本気で私を殺しに来たんだ、ルフィンちゃん?これは喜ぶべきか、悲しむべきなのか……ねぇ、どちらなのかしら?!」 「わたしはナズナだって言ってるでしょ……!?」 しかも……。 「そう……だったわね……ッ!」 「ぐ……ッッ」 それから、ルシリエの瞳に宿す殺気が一段と強くなるのと同時に強烈なチカラで捌かれてしまうと、今度は相手から鋭く踏み込まれて防戦に追い込まれてしまうわたし。 「さて、せっかくのお出かけデートなのだし、私からもエスコートしてあげないと……ね?」 「っっ……杖かと思ったら、魔剣だったんだ、ソレ……っ?!」 確かに、歴代魔王はそれぞれ独自の魔剣を持つらしいとは聞いているけれど……。 「どちらでもあるし、どちらでもないかしら。……だってこれは、ルフィンちゃんが昔よく自称していたアカシック・タクトを自分なりに再現してみたものだし」 「ああもう……っ、ホントどいつもこいつも人の黒歴史を……ッッ」 まぁ、それもルシリエらしいっちゃらしいのかもしれないけどさぁ……っっ。 「ふーん、それじゃ今はあのセリフはもう使ってないんだ?」 「もう以前のわたしじゃないって、ずっと言ってるでしょーが……!」 「……なるほど、弱くなったわけよね……」 そこで、頭に血が上った勢いに乗せて逆に一歩踏み込み攻守交替したものの、魔王ルシリエは何故かガッカリした様に呟いた後で……。 「弱くなったって、どういうイミ……うぐ……っっ?!」 いつの間に鍛えていたのか、刃で他者を傷つけたコトなんて無かったはずの元聖女ルシリエは巧みな剣捌きでわたしの手足や首元へ真っ赤なスジを刻んできた。 「…………ツッ」 というか、昔は後で恥ずかしくなるヤツだとからかってきてたくせに……っっ。 「分からないのなら、貴女の魂を代償に教えてあげる……と言いたいけれど、このままじゃそんな価値すら無いかしら?」 「黙って聞いてりゃ、言いたい放題いってくれるわね……!」 ……だったら、こちらも尚更喰わせてやるわけにもいかないけど……っ。 「……ルフィン、いいえナズナちゃんは私が聖女じゃなくなってしまったと言ったけれど、貴女だって同じよ?」 と、こちらも踏ん張らなきゃと、相手の切っ先に注視して防御の刃を重ね合わせつつ反撃の隙を伺う中で、魔王ルシリエは恨みがましくそう告げてくる。 「え……いや、それは前から言ってるでしょ、わたしはもう……」 「ロメリアちゃんに運ばれて来た時のみっともない恰好を見て、今度は心に傷を負った悲劇のヒロイン“ぶる”のを楽しんでいるのかと生暖かい目で見ていたんだけど、まさか本当に闇へ染まりかけていたなんてね」 「あ、あれはちょっとそんな気分になってただけで別に……ッッ」 あのファッション闇落ちコーデはライラにもみっともないと言われてしまったけど、そこまで無様に映っていたのだろうか? 「……だから、私と同じ。自分じゃ変わっていないと思いながら、着実に魂が“浸食”され続けているのよ……ッッ!」 「浸食……?わたしが……?!く……っっ」 言われるイミがっ、分からないしっっ! これも、わたしを引きずり込む為の精神攻撃……。 「……そうよ。一度生まれ変わって立場も変化して、テレシア・ルフィンの名前すら忌まわしい記憶として捨てかけているでしょう?」 「…………っ、それは……」 しかし、続けて刃の切っ先ではなく言葉でぐっさりと痛いトコロを突かれてしまい、剣を構えたまま動きが止まってしまうわたし。 「そして“貴方に全てを委ねる”なんて名を甘んじた今のあなたは、無自覚にあの白い女の子に縛られ言いなりがまま。もう考えるのすら面倒くさくなっているのじゃないかしら?」 そして、ルシリエはそんなわたしに言葉以外では追い討ちをかけることなく鍔迫り合いを捌き、一旦後ろへと引いてゆく。 「……それは……」 「ねぇ、私がルフィンちゃんのどこに一番見惚れていたか、分かる?」 「え……?」 「……もちろん、心もカラダも成熟しきっていないのが凄く美味しそうだったし、弄れば弄るほど可愛らしい反応も見せてくれるから楽しくて仕方がなかったのもあるけれど、貴女ほど純粋で無垢なヒトは今まで見た事がなかった。……だって、ルフィンちゃんは願望叶って魔法少女になれた自分にただただ陶酔し、魔王との死闘すら楽しんでいたんだもの」 「……いや、それってホメてるつもり……?」 結局、またわたしの黒歴史を掘り返しているだけでは……。 「蒸し返されて負い目を感じているのなら、それこそが穢れかけている証拠。……だって、貴女のそんなところに私も共感したもの。やっていたコトは対照的かもしれないとして、私も癒しの勇者として背負った使命よりも自らの欲求のままに動いていたから」 「…………!」 「……だから、そんなルフィンちゃんだからこそ、私は付いてゆくコトにした。使命の為じゃなくて自分の一番やりたいコトとして、ね」 それから、魔王ルシリエは長年の疑問の答え合わせを告白した後で、刀身を引っ込めたタクトで魔法陣を描き始めた。 「……ルシリエ……」 「私は、今でもルフィンちゃんを愛してる。……だから、貴女がこれから他の誰かの操り人形として生きる為に、共に歩んだ記憶を忘却の奥底へと追いやろうとしているのならば……ここで私が諸共喰らいつくしてあげる」 「…………」 「私は貴女のモノだけど、貴女も私のモノ。……ね、ルフィンちゃんは?」 「わたしは……」 「ううん、コトバなんかじゃなく、“これ”で応えて……!」 そして、これ以上の問答を拒んだルシリエはどす黒い魔力で満たされた魔法陣の奥から、昨晩にうちのボスを喰らった瘴気の塊とも言える大口を開けた禍々しい魔物を呼び出し差し向けてきたのを見て……。 「…………」 わたしは……ッッ!! 「…………ッッ」 ヒュガッッ 「…………!!」 「……昼間にも言ったでしょ?わたしは誰のモノでもないよ。今までも、ナズナとなったこれからも、ね」 一番の理解者だった仲間の胸中を汲んだわたしは静かに、しかし研ぎ澄ませた境地で無の刀身を一閃しそれを振り払った。 「ルフィンちゃん……!」 「自分のやりたい様に暴れて、いつかどこかで斃れてしまうのならばそれで本望だけど……でも、それはこの場じゃない」 ……なぜなら、わたしにはやり遂げたいコトが残っているから。 彼女の為にじゃなく、自分の為に大切な仲間の魂を大好きだった聖女に戻したい。 そして望み通りに……綺麗な想い出の中でわたしのモノにしてあげる。 「そう……では、ここから仕切り直しましょうか。覚悟はいい……?」 「……そっちこそ、わたしの最終魔杖アカシック・タクトは既に絶対なる敗北の調べを奏で始めているわ。果たして貴方に……その因果を断ち切る事が叶うかしら?」 そして、わたしは穏やかな笑みを浮かべて決着を望む魔王ルシリエへ、溢れかけた涙を堪え、かつての決めポーズそのままに躊躇いなく言い放ってやった。 「……ふふ、やっぱりルフィンちゃんはステキね」 「アンタもね、ルシリエ……!」 だから、今夜は特別に魔法少女テレシア・ルフィンの真の姿を見せてあげましょう。 わたしは何時ぶりだろうか、完全に吹っ切れた心地そのままに杖の先の剣を引っ込めて先端の球体に口付けすると、指揮棒を操る様にして八の字に動かし……。 「……さて、それじゃ何を見せてくれるのかし……え……っ?!」 「我が意志に従い、押し潰しなさい!……ヘヴンズ・クレイドル……ッッ!!」 タクトの先に再び魔力を集め始めた魔王ルシリエに先んじて杖を振ると、巨大なピンク色のネコの形をした、つまりうちの部屋にあるココネなんだけど――魔力の塊が避けられない速度で覆いかぶさっていった。 「こ、これは……!?」 「……懐かしいでしょ?でも驚いてるヒマなんてないわよ、魔弓アルテミスの餌食になりたくなければね……!」 果たして不意打ちが決まってルシリエの動きを止めた隙に、今度はアカシック・タクトを左手に持ち替え月の色に輝く、子供の頃に見ていた魔法少女アニメのヒロインが持っていたのを参考にしたファンシーな弓をイメージさせて具現化すると、弦を引いた右手の手元に無限に発生する眩い矢を片っ端から顕現させつつ休みなく撃ち放ってやる。 さすがに、これ一発で致命傷とはならないだろうけれど……。 「……く……っ!……ええ、確かに懐かしいわ、いつぶりかしらね……?!」 対して、ルシリエは素早くタクトを十字に切って猫型クレイドルを四つ裂きに斬り剥がしつつ急ぎ矢を回避しようとしたものの、生憎これはエターナル・ターゲッティング機能付きで何処までも追尾してゆく上に……。 「さぁ、“花々”しく散る時よ、魔王ルシリエ……!」 「…………っっ!?」 それから、無駄のない動きですぐに挙動を見切って回避しつつ、タクトで全方位の障壁を描いて防ごうとしたルシリエなものの、取り囲んだ大量の矢が同時に突き刺さった瞬間に綺麗な花火を咲かせて全てが連爆し、分厚い盾もあっという間に破壊してしまった。 (しっかし、我ながら昔はイタいワザばっかり思いついていたわよね……) それが……いつの間に“こうなって”しまったんだろうな、わたし……? ……最初の変化の兆しはロメリアちゃんの故郷での戦いがきっかけだったと思うけど、それから魔王討伐後の自身の境遇を鑑みる中でわたしの心にも不幸の文字が浮かびかけるや、いつしか心から笑えなくなってしまって……。 けど……結局それは自分の首を自ら絞めていただけだったのに。 「……ぐ……っ、ふ、ふふふ……そうよね、これが、ルフィンちゃんの真のチカラ……!」 「まだまだヘバるにゃ早いわよ?!今日くらいはわたしが“攻め”てあげるから……!」 もちろん、爆風の直撃を食らってよろける魔王を前にこれで手を緩めるつもりなど毛頭なく、わたしは更に畳み掛けるべくアカシック・タクトの先端へ渦の様な無属性エレメントの奔流を一か所に集めると、もう片方の手で取った新しい矢の先端に触れさせ、まるで綿菓子を作る要領で大きなハートマークを形成させてゆく。 「目に焼き付けておきなさいよ?わたしからの全力の手向けなんだからさ……!」 いつかイル・ヴェールへ叩き込んでやるつもりだったのが、すっかり頭から消えてしまっていた幻の必殺技だけど、まさか魔王になったルシリエに放つコトになるなんて、ね。 ……けれど、結果的には最高に相応しい機会となったのかもしれない。 「ああ、嬉しい……幸せよ、ルフィンちゃん……。だけど、この私も易々と押しきられるワケにはいかないかしら……!」 すると、ルシリエも魔王たる者の意地とばかり、翳したタクトの先から黒龍の姿を為した巨大な瘴気の塊を具現化させてゆく。 「へぇ魔王っぽくていいじゃない……!んじゃいくよルシリエ?恨みっこナシでさ……!」 「ええ、名残惜しいけどそろそろ幕を引きましょうか……!さぁ、喰らいなさい……!」 「勝負……ッッ!アルティメット・ピュア・ハートアロー!!」 やがて、小細工抜きの真っ向勝負と、互いが掛け声と共に切り札を同時に解き放ち、桃色の流星の如きハートの矢が魔王の解き放った黒龍の吐き出すブレスを貫いて首元から射貫き、音の無い激しい爆発が星空を包んで打ち消し合った。 「はぁぁぁぁぁぁ……ッッ」 そこから、すかさず具現化の杖の先に再び無属性エレメントを結晶化させた刀身を作ると、互いに視界が奪わる程の眩しい閃光の中で、勇気の翼に全力を込めて距離を詰めてゆく。 「ルシリエェェェェェェ!!」 「ルフィンちゃん……!!」 もちろん、ここで叫んでは台無しなのを承知で互いの名を腹の底から呼びつつ、相手もタクトの先へ再び漆黒の刀身を具現化させ迫って来るその懐へ向けて突撃していき……。 「…………ッッ!!」 「…………」 「…………」 「……かは……ッッ?!」 距離(レンジ)が重なる瞬間に交叉した二人の刃は、脇腹への深手と引き換えにしてわたしの刃が生涯忘れることは無いだろう手応えと共に、魔王ルシリエの中心部を貫いていた。 「…………」 「……るし、リエ……?」 「う、ふふ、やっぱりカッコいいよね、ルフィンちゃんは……キメる時は……きっちり……」 「……っ、いや、ワザと外した……でしょ、ルシリエ……?ぐ……っっ」 やがて、あの瞬間に何が起こったかを遅れて認識してゆく中で、わたしに背中まで貫かれたまま満足そうに笑う魔王へ、痺れる様な痛みを堪えつつ言葉を返してやる。 自分に言わせれば、むしろあの刹那で的確に急所を外して見せたルシリエこそ……。 「ううん……刃を交える瞬間にほんの少しだけ動いたでしょ?あれで手元が狂ったの……」 「そんなの知らないよ……!わたしはただ相打ち覚悟で……っ」 「無意識の動きなら……それこそが強くなった証拠……けれど、みんなの希望の星の勇者様が軽々しく相打ちなんて狙っちゃダメ……じゃない……」 「……ごめん……」 「ふふ……あと……さいごにもう一つだけ心残りがあるんだけど、いい……?」 「いいけど……なに……って……?」 それから、ルシリエはそう言ってまずはわたしの腹部を貫いている刀身を消し去ると、そのままタクトを捨てた右手の指先を傷口に触れさせ、真っ白な輝きを放ってゆく。 「……ルシリエ……あなた……」 「…………」 「……これで、もう思い残すことはなにも無い、かな……?あとは……お願いね?」 そして、口元から血を流しつつ自分が致命傷を受けている癖に、わたしの傷が塞がったのを見届けた後で満足そうに笑うと、精根尽きた様に肩口へ顔を埋めてきた。 ここからは……わたしの番、である。 「……ありがとね、ルシリエ……また、あの世か来世で会えたら逢いましょ?」 「うん……歓迎会の準備はまだしないでおくから……」 ホントは言ってあげたい事はまだまだ沢山あるけれど、これ以上は苦しませたくないし新しい未練が残っても困るから、わたしは短くそう告げた後で前髪を掻き分けておでこに口づけしてやると、祈りを捧げる様にして最後の仕事にかかった。 (……聖霊よ、どうか闇に浸食されて尚も気高くも美しい聖女の魂を清めてあげて……お願い!) どさくさ紛れにお尻を撫でてきているのには目を瞑り、アカシック・タクトを持つ手に力を込め、聖女と呼ばれていた彼女の姿を思い浮かべながら浄化を心から願うと、彼女を貫いた刃から温かい光が全身を包み込むように迸り……。 「…………っ」 「ルフィンちゃん……あり……がとう……」 「……わたしもね、ルシリエ。大好きだよ……」 「…………」 「…………」 「…………!っと……」 やがて時間をかけてそれが収まった後は、翼も精気も消えたルシリエの身体がぐらりと抜け殻の様に力なく背中から崩れ落ちかけたのを、慌てて手を伸ばして支えてやるわたし。 「……これで、終わったの?」 確か、イル・ヴェールの時も同じ様な感じで抜け殻になったのは覚えているけど。 「ええ、彼女の魂は聖霊の加護で確かに浄化されましたよ?あなたの願い通りに」 「スメラギ……」 「魔王討伐達成、おめでとうございます♪って空気じゃないですかないですね」 「……それはわたしの都合だから、まぁお好きな様に」 それから、まぁ死んじゃいないだろうとは思っていた、何やら幽霊みたいにふわふわとした姿を見せてきた上司へ、特に驚いてみせる事もなく素っ気ない態度で応えるわたし。 ……なんていうか、別に恨んだり文句を言う筋合いも無いんだけど、それでも今は少しだけ放っておいて欲しいかも。 「そんな、つれなくしないでくださいよ〜。私だって身体を張ってみたんですから」 「はいはい……案外お節介屋さんなのね?だったら……」 「だったら?」 「……いや、なんでもない……」 一応、これで良かったのだとは信じているものの、巡り合わせによっては、わたしとルシリエが逆の立場になっていたかもしれないとか考えると、いや考えても仕方が無いコトだけどやっぱり色々と思うところはあるワケで。 「考えていることは何となく分かりますよ。……ただ、ナズナさんが思っているほど運命の悪戯ではないですけど」 「ああ、そう……ところで、トコヨとやらは一緒に祓ったってコトでいいの?」 「どうなんでしょうね?少なくとも、その器から気配は消えてしまっていますけど」 ともあれ、久々にスメラギの姿を見てもう一つの目的を思い出したわたしが訊ねると、なにやら曖昧な言葉を返されてしまう。 「まぁ、消失させられたならいいんだけどさ……」 出来れば、改めて念入りに祓ってやりたかったのが本音だけど、でも何やらイヤな予感も漂ってきたりして。 「しかし……平穏が戻ったというには、まだ少し不穏な空気が残っていますね」 「……とりあえず、地上に降りようか。ルシリエの亡骸もどうにかしないと」 すると、スメラギも同感なのか神妙な顔を見せたものの、まずはこの重たい荷物を納めるところに納めなければ。 「そうですねぇ。どこかに埋葬しておきます?」 親友同士にしては容赦ないぶっ壊し合いを繰り広げただけに遺体の状態はあまりよろしくはなく、胸元はぐっさりと串刺しにされてわたしの魔法少女衣装が返り血に染まってしまっているし、とりあえずは火葬して骨だけでもルシリエの墓に納めるか……いや。 「うん、この城の裏手に墓地があったはずだし、そこに降りましょ」 姿はそっくりでも、考えてみれば聖女ルシリエにはもう関係の無い魔王の骸なのだから。 * 「……ねぇ、そういえば埋葬には棺もいるんだっけ?」 それから、お姫様だっこに持ち替えて抱えたまま、スメラギを伴って魔王城の外れにある、もしかしたら歴代の魔王が葬られているかもしれない広大な墓地の真ん中へと降り立ったのはいいものの、ふと肝心なコトを思い出すわたし。 「別に、そのまま埋めてもいいんじゃないです?それよりも、まずは場所を決めないと」 「まぁ、そうするしかないか……んで、空いてそうなトコは……あそこね」 しかし、棺なんて探しているヒマはないとばかりに上司からつれなく促されて辺りを見回してみると、どうやら奥よりも入り口近くに墓標の置かれていない場所があるみたいで、亡骸を抱きかかえたまま移動してゆく。 (……これが終われば、あとは報酬を貰って帰るだけ……なんだけど) ただ、やっぱりその前に報告義務がある相手になんて説明しようか。 特に、おそらくわたし以上にルシリエを敬愛しているあのコには……。 「…………」 「……え……?」 しかし、それから空いていた区画のすぐ近くまで移動するや、そんな気の重さすら未だ皮算用だったコトを思い知らされてしまう。 「…………ッッ」 次のページへ 前のページへ |