度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その4


第四章 ただただ、不器用な者たち

「……おいおい。あたしは白昼夢でも見ているのか?」
「さて、いつも現実を見ろとオタクに酷なこと言ってたのは誰でしたっけ?」
 それから、ようやく対峙してきた相手を認識して呆気に取られた様子の旧友に、闘う態勢を整えつつ素っ気なく応えるわたし。
「……だが、やっぱり昔のそのままってわけでもねぇみたいだな?」
「まぁね……いささかフクザツで込み入った事情があって、今はこの世界の住人じゃないの」
「んだよ、天使様にでもなっちまったってか?昔から好んで翼を纏ってやがったし」
「……少なくとも、そんな綺麗な存在じゃない気はするわ、たぶん」
 ともあれ、どうしてこんな行動を起こしたのかは自分でも分からないし、これから身勝手な理由で大切な友達相手に八つ当たりをしようとする愚かさも自覚してる。
 本当はルディアさんに紹介してもらい、二人きりになった後でメイクを解けば、あとは普通に感動の抱擁になったはずなのに。
 けど……。
「とにかく、まずはおめでとうを言わせて。夢の第一歩を踏み出してるじゃないのよ」
「……ありがとよ。誰かさんに付き従って魔王を討伐した箔がついたお陰で、あたしのもとへ騎士志願の相談に来る若い連中が後を絶たなくなってな。ただし、まだ王家の公認は得られてないから任務と言えばグランノール周辺の警備くらいのもんだが」
「んで、今じゃすっかり“先生”が板についてるみたいだけど、その不自然な長い髪は一体なんなの?恋人でも出来て伸ばせと言われた?」
「不自然なのはオマエの方だろ。何なんだ、その当て付けがましい黒づくめのカッコはよ?ったくみっともねぇなぁ」
「…………っっ」
 ともあれ、まずは前哨戦とばかりに言葉でやり合うも、まずは旧友らしい歯に衣着せぬ物言いがぐさりと突き刺さって返り討ちに遭ってしまった。
「髪は引くくらいのカラフルな色に染めて、見てる方が恥ずかしくなるピンクのヒラヒラ礼装を自慢げに着こなしてよ、ワケ分からねぇ決めセリフで悦に浸りながら魔軍共をイキイキと蹴散らしていた気高いオマエは一体どこへ行っちまったんだ?」
「う、うるさいわね……!ガチで闇落ちしてないだけ褒められ案件でしょーよ!」
 しかも、更に追い討ちで黒歴史までほじくり返され、わたしは投げやりに叫びつつ右手に持った魔法の盾を振りかざして駆け出してゆく。
「ま、それはそうかもしらねぇけどな。……いささか手遅れにはなったがよ」
「とにかくっ、アンタのくっころが聞けなかったのも心残りだったけど丁度いい機会だわ。カワイイ弟子たちの前でヒィヒィ泣かせたげるから……!」
「ハッ、やれるもんならやってみやがれ……!」
 それから、まずは小細工など一切抜きのシールドバッシュで互いの盾と盾をぶん回して叩きつけ合うと、眩しい閃光と衝撃で互いに押し戻されてしまう。
「く……ッッ」
「うお……ッッ、っていうか、わざわざこちらに合わせなくたっていいんだぜ?」
「ブン殴り合いしたいと言ったでしょ!?別に勝敗なんてどーでもいいの……!」
 その激しさで目は眩みそうになったものの、目論見通りの勝負が出来そうなのに満足感を覚えつつ、気遣うライラに構わず再び前に出るわたし。
「だったら、あたしも手加減してやらねぇからな……!」
「元々そんな器用なタチじゃなかったでしょーが!っとぉ……っ!」
 すると、呼応して吹っ切れた様子のライラも自分から踏み込み、その勢いに一瞬足が止まったこちらを魔法の盾もろとも殴り飛ばそうとしてくるのを見て、慌ててバックステップしつつ受け流してゆく。
「ほら、もっと打ってこいよ……!」
「アンタがガード下げてくれたらね……っっ」

 バシッバシッバシッッ

 ……と、いちいち眩しいのは玉に瑕ながら、盾だけに攻勢に出る際は大振りになりがちで捌くのも比較的容易なのは、元々の技量の差が違いすぎるわたしには有利な点と言えた。
「流石、なかなかやる……!と言いたいけどよ、これって不公平じゃね?」
 ただ、それも重さが十キロ以上ある聖霊の盾と違って、こちらの魔法の盾は重量が無いお陰で筋力の貧弱なわたしでも振り負けていないというカラクリがあるから、やっぱりメスゴリラなライラから不平を言われてしまうのだけど……。
「そこはちょうどいいハンデと思いなさいよ、聖盾の勇者さん……!」
 ちなみに非物質の魔法の盾と、物理的にも最強の防御力を持つ聖霊の盾がこんな風に衝突し合っているのは、相手の盾に込められた光属性のエレメントと、こちらの盾に仕込んだ闇のエレメントの反発力によるもので、この二属性は互いに弱体化させる相性な一方、同程度のチカラ同士が衝突した場合は強烈に弾き合う特性がある。
「ち、相変わらずデタラメな能力(スキル)してやがんな……!あたしの盾をあっさり再現かよ」
「といっても、こっちにも不利な部分はあるんだから、ぼやきなさんなって」
 ただし、ライラはわたしを直接ぶん殴ってもKO可能なのに対して、こちらは相手の盾だけを狙って弾き飛ばすしかない、という制約あり。
「っっ……にしてもよ、そんなデタラメな奴があっさりくたばっちまうなんざとても信じられなかったが……うおっっ、やっぱ生きてやがったんだな……ッッ!」
「くっ、ぶっちゃけわたしもこんなあっさり死ぬのかって驚いたけど……おっと、拾う神もありってねッッ!……まぁ、神様なのかどうかもまだ分からなうおっ、けどさぁ……っ」
 ただおそらく、ライラの方もそれは気付いていながら敢えて盾同士のぶつけ合いに付き合ってくれていて、こういう阿吽の呼吸みたいなのがたまらなく嬉しかった。
「だが、生きてたなら今までなにしてやがった?!オマエが処刑を逃れたのをもっと早く知らせてくれていたら、何もかも狂わずに済んだってのに……!」
 ……ものの、ライラはそんなわたしに恨み節でもあるらしく、喜びよりもまずはブン殴らせろと言わんばかりの力任せにガンガン振り回してくる。
「べつに逃れられたワケじゃないし、目が覚めたのもつい何日か前なんだから仕方がないでしょ!?っていうか、狂ったってナニがようぁッッ?!」
 何があったのかは知らないけど、あくまでわたしは被害者です……っ!
「オマエ、先に城へ行ったなら知ってるだろう?ベルガモ王が居ないのによ」
 しかし、そんなわたしにライラは少しだけ手を緩めつつ神妙な面持ちで水を向けてくる。
「心労で倒れたって聞いたけど、お悔やみの言葉も無いわよね!?ホントは仕事を片付けた後でぶん殴ってやるっ、つもりだったのに……っっ」
「……そいつはもう、代わりにやった奴がいるんだ」
「えっ?……って、まさか……」
 そして、今までのよく響いていた声から一転、ポソリと呟く様に続けられた言葉を聞いて、わたしの頭にイヤな予感が過ぎってくる。
「ナズナさんダメです……!」
「隙アリッッ!!」
「わ……ッッ?!」
 そこで、戦闘中というのに一瞬動きが止まって集中力も乱れてしまったわたしへスメラギから鋭い声が届いたものの、後の祭り。
「…………ッッ」
 慌てて我に返ってガードしようとするも、勢いを付けて踏み込んできたライラの強烈なぶちかましを受けきれずに後方の地面へぶっ飛ばされてしまった。
「っててて……」
 もう一体、何だってのよ……!
「……オマエに非なんざ無いのは百も承知だし、そもそもあまりに理不尽な話だった。せめて形式だけでもまずは裁判にかけられていたら、あたし達はこの命も家名も賭けて弁護したろうに、知らされたのは内密で行われた処刑の翌朝だったんだからな」
 それから、腰を強く打ち付けてすぐに立ち上がれないわたしへ、ライラはゆっくりと距離を詰めながら様々な感情が混じった複雑な目で見下ろしつつ当時の話を続けてくる。
「それ故に、オマエを愛していた者達はただただ憤り、ベルガモ王への不信は……」
「ねぇ、アイツは……ルシリエはどうしてるの……!?」
「会いたきゃ、明日にでも連れてってやるよ。オマエの顔を見て喜ぶか、あたしみたく恨み事を言うかは分からねぇけどな」
 そこで、わたしは顔を上げて自分が隙を作る原因になったもう一人の仲間のコトを尋ねるものの、ライラからは訳知りながらも素っ気ない言葉を返されてしまった。
「…………」
「ともかくだ、もう日が落ちるし今夜はうちに泊ってけ。……ルディア、突然で悪ぃがあたしの一番大事な客だ」
「かしこまりました、お嬢様。では早速にご支度いたします」
 そして、ライラは素っ気なくそう続けてルディアさんにも命じると、稽古はもう終わりだとばかりに背を向けたものの……。
「……待ちな、さいよ……っ、まだ勝負は終わっちゃいないでしょーが」
 わたしは杖の先に具現化させたままの盾と背中の翼へ今一度チカラを込めつつ、まだ震える足でよろよろと立ち上がって続行を訴えた。
「オマエ、勝ち負けはどうでもいいと自分から言っといてホント負けず嫌いだなぁ……案外に見た目以外は変わってねぇもんか?」
「お互い……サマでしょ?これが逆の立場なら黙って引き下がってないくせに」
 大体、勇者に敗北は決して許されないといつも高説してたのは誰でしたっけ。
「フッ、違ぇねぇ。……いいぜ、もうちょっとだけ付き合ってやる」
「あとワンセットだけで充分よ……!」
 それから、振り返って再び聖霊の盾を構えたライラに宣言するや、今度はわたしの方が極上の一撃を喰らわせてやるべく、勇気の翼の推進力で相手の懐へ一瞬で飛び込み……。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぬんっっっっッッ!!」
 少しだけ浮いた頭上から渾身の一撃として振り下ろしたわたしの魔法の盾と、迎え撃ったライラの振り上げた聖霊の盾がこれ以上無いタイミングで衝突した瞬間、今までとは比較にならない強烈な衝撃が手元に走って互いの盾が弾き飛ばされてしまう。
「まだよ……!」
「ったりめぇだ……!」
 それでも、わたし達は足を止めることも怯むこともなく素手のまま駆け足で距離を詰めると、伸ばした右拳で互いの頬に万感の思いを込めたクロスカウンターをめり込ませていた。
「……はひがと、これでやっとふっきりひたわ、パネーゼふぁま……」
「あたひもだ……なぁ、よくここへもろってきてくれたな、けーこ……」
「…………っ」
 これで、やっと悪友との失った時間を取り戻せた気がする。
 わたしは二十センチもの身長(リーチ)差に配慮して、まずは先に殴らせてくれたライラの友情にも感銘しつつ、殴り合ったまま二人の瞳からは自然と大粒の涙が零れ始めていた。

                    *

「……こ、これは……果たして人の子が軽々(けいけい)と口にしてよいモノなんでしょうか……!?」
「そら普通に、は売ってないかもだけど、ヒトが作って人に供されてるんだから飲んでもいいものでしょうよ。あと、恥ずかしいから友達の家で騒がないで。んぐっ」
 やがて、突然だから大したもてなしは出来ないがと前置きはされたものの、まずは大浴場で汗を流した後に招かれた食堂での、童話の絵本で見たような次から次へと三人ではとても食べきれないご馳走が運ばれてくる自称簡易晩餐会の席で、ライラから直接振舞われた余程の客(ゲスト)以外には出さないというアルバネーゼ家秘蔵の葡萄酒がいたく気に入った様子で感極まったかの如く立ち上がるグルメ漫画系上司の傍ら、空腹だったのもあって遠慮なく取り皿に盛りまくった料理を平らげつつ冷淡にツッコミを入れてやるわたし。
 ちなみに、わたしも一緒に乾杯をして「深み」らしき味わいは分かったものの、あまりごくごくと飲める類のお酒じゃなくてむしろちょっと苦手かもって感想なのだけど。
「しかし、これもこの国で作られた葡萄酒なんですよね……?」
「産地については王国内に大規模なぶどう農園は一つしかないから、この前にマリーさんの店で飲んだやつと一緒だと思うけどね。葡萄の品種までは知らないけどさ」
「いんや、醸造所も原材料も同じだぜ。ただ、熟成年度が五年と五十年ものの違いだ」
「ほうなるほどぉ、時間をかけて熟成すればここまで化けるものなんですね!その五十年の成果を一気に飲み干す背徳感もまた愉悦……」
「あーもう、少しは遠慮しなさいっての……ライラもガツンと言ってやって」
 大体、本日の主賓はわたしでアナタはオマケですから。
「はは、もちろん好きなだけ飲(や)ってくれて構わないぜ。……しかし、なかなかいい飲みっぷりな相棒と旅してるみたいだが、異世界遊撃勇者団アンブロジア、なぁ」
 しかし、ライラの方は楽しそうに笑い返した後で、空になったグラスをくるくると回しつつ、食事の前に改めてスメラギから自己紹介されたわたしの新しい所属先の名を呟いてくる。
「むぐむぐ……知ってた?」
「ん、ウワサ程度だがな。勇者不在の世界で魔王や魔軍からの脅威を片付けてくれるが、報酬は法外で一切の指図も受けねぇ劇薬みたいな連中だと」
「んぐっ……あれ、もしかして結構ぼったくり?」
 とはいえ、請ける時に吹っ掛けろと条件を出したわたしが言えた義理でもないですが。
「法外だなんて、お仕事の内容に見合った対価を請求してるだけですってばぁ。それに安売りしないのは我々が必要とされないならその方がいいからですよぅ。ただ現実は依頼が増える一方れすけろ……いっく」
「まぁた新入り(ルーキー)のモチベ奪う様なことを……あと酔っぱらうの早すぎ……!」
 一応、言いたいコトも分からないでもないんだけど、ね。
「増える一方、か。魔王や魔物ってのは定期的に復活して完全には滅びねぇもんだからな」
「しんどい話だけど、実際どーなのよスメラギ?この流れを断つ方法ってないの?」
「んー、でしたら生きとし生けるものを一旦滅ぼさないとって話になりますけど、いいれふ?」
「……オーケー、やめとこう。さて、おかわりおかわりぃ……っと」
 というか、酔っぱらった勢いで人類を粛清するとか言い出されても困るし。
「けどよ、それにしたって今回は早すぎだな。うちの代々の国王は魔王と対峙する宿命を背負うと言われているが、歴史を紐解いても五十年か百年か、つまり生涯に一度あるか無いかの頻度だったはずだ」
「つまり、滅ぼし方が甘かったのか、何か事故みたいコトでも起こったか……ねぇ、このでかい伊勢エビみたいなの丸ごといっちゃってもいいかな?」
 確かに、あの一撃で魔王の魂が浄化されていったのは間違いないとして、何だか幻覚を見た気がするのがずっと引っ掛かってはいるんだけど。
「オマエの為に用意させたんだから遠慮なく食えよ。……ま、とにかく今度は念入りに潰しておくとしようぜ?向こう二百年は復活出来ねぇくらいにな」
「勿論そのつもり。復活が早かったぶん本調子じゃないかもだし、物知りボスも一緒だから」
 と、遠慮なく大皿の上にでかい殻つきエビのグリル焼きを乗せつつ、何だかんだで頼りにはしている上司の方を見やるものの……。
「ふへ?なにがれすかぁ……?あーおいし……」
 当の呑み助ボスはすっかり出来上がった様子で、最早食べることすらやめて黙々と飲み続けていたりして。
「……疑うワケじゃねぇが、ホントに大丈夫なのか……?」
「うん、自信はないけどたぶんきっと……だったらいいなぁ……」
 というか、気付いたら一人で超高級品のボトルを一本空けてるんですけど、このひと。
「んで、魔王城へはいつ乗り込むつもりなんだ?」
「一応、このヒト(?)が二日酔いにさえなってないなら、明日ルシリエと会ったらその足で向かうつもりだけど。うむ、エビおいしい」
「ひつれいな……わらしは次の日まで残ひませんよぅ……ういっく」
「んじゃ、明日の朝ここを発つまでには身支度を済ませとかきなゃならねぇワケか。こりゃ飲んでる場合じゃないか?」
 ともあれ、明日という言葉を聞いてライラはなにやらそわそわし始めたものの……。
「あ、もうひわけありませんが、今回は我々に任せておいてくらさいねぇ?」
 わたしが言いにくいコトを告げる前に、うちのほろよい上司が先に釘を刺してくれた。
「おいおい、そりゃねぇだろう?!あたしだってまだ現役の……」
「さっき自分でうちの流儀を言ってたでしょーが。そのボスが二人で行くと言ったら、悪いけどもうそういうコトなのよ」
 すると、案の定食い下がるライラに、わたしも心を鬼にしてつれなく突き放す。
 ライラなら一緒に来ると言い出すのは確信していたし、嬉しさだけじゃなく、また戦友と肩を並べて戦いたくなってきている気持ちも心の片隅にはあるんだけど……。
「けどよ、ルフィン……」
「それに、もうテレシア・ルフィンは死んでしまって、今のわたしは異世界遊撃勇者団のナズナなの。ルシリエにもそれはちゃんと告げるつもり」
「…………」
「それに、あの頃は聖盾で世界そのものを護っていたアンタだけど、今はもっと身近で懸け替えの無いものを守り続けなきゃいけない身でしょ?」
 さっき、ライラとのバトルの後で白百合騎士団のコたちに囲まれ、秘密は厳守と誓いつつも昔にわたしに憧れてくれていたとか、中には命の恩人なのだと改めてお礼を言ってくれた人もいたけど、次の世代へ夢と希望を繋ぐ為にも聖盾の勇者はここに残らなきゃならない、はず。
「……あたし抜きでも、本当に勝てるんだな?」
「とーれん、うちのメンバーならこの程度のおひごとは一人でもさくっと片づけてくれないと困りまふ……むにゃ」
「だってさ。ま、今度の祝勝会はこっちでやらせてもらうから準備して待っていて?」
「……ち、やっぱ遠いトコロに行っちまったんだな、オマエは……分かったよ」
「それはお互いサマ、ってね。アルバネーゼ家の次期当主さん」
 そして、こちらの気持ちを汲んでくれたのか、最後は寂しい笑みを見せつつ受け入れたライラに、肩を竦めて自虐気味に返すわたし。
「ふ……じゃ、もう一回乾杯しとこうぜケーコ。誓うは我ら永劫の……」
「……いいけど、クサいやり取りはここまでにしときましょ。さっきから鳥肌パネーゼだし」
 ……ただ、それでもここで袂を分かつことが出来るのは、本質的には何も変わらない二人の友情が普遍なのを確認し合えたからこそ、なんだけど。

                    *

「んじゃ、おやすみ。……ったく、うちのボスが面倒かけてゴメンね?」
「オマエよりは全然軽かったし、気にすんな。んじゃ、明日はちゃんと起きてこいよ」
「一言多いわよ……っ!」

「……ふぅ……」
 やがて、尽きない思い出話で長くなった晩餐会もお開きとなり、途中から酔いつぶれてしまっていた上司を二人で客室まで運び、そのままベッドに放り投げた後にライラへお休みを告げて静かな室内で一人になるや、わたしは深いため息を吐いていた。
 何だかんだで、自分もライラに付き合わされて食後酒をしこたま飲まされたから眠れないはずもないんだけど、明日のことを考えれば妙な胸騒ぎがしてすぐに寝付けそうにない。
(でも……懐かしいなぁ、この部屋……)
 宛がわれたのは、それこそ宿屋とは比較どころかカテゴリがまるで違う豪華絢爛な寝室で、一人ずつ寝るのが申し訳なくなる広くてふかふかしたベッドが二つに、サイドテーブルやクローゼット、本棚といったあらゆる丁度品は高級なんて言葉を飛び越えて美術品と表現するに相応しいものばかりと、昔に泊まった時と変わらないまま。
 確か、あの時もアガりまくって眠れなかったところへ、さらに一人で寝るのは寂しいと言い出してやって来たルシリエと枕投げを始めてしまい、挙句にライラまで参戦してきて最後はルディアさんに一喝されてようやく就寝したというオチになったんだけど……。
(ルシリエ……あんた今どうしてるのよ……)
 いつしか、わたしはそのヘンタイ聖女さんのことで頭が一杯になってきていた。
 ライラはルシリエの所在を知っているみたいだけど、リンドウ王からは行方不明と言われていて、更にきな臭い言葉も耳に入ってきているワケで。
 ……けれど、晩餐会の時に何度か訊ねても、明日まで待てと一点張り。
 五年前に何があったとしても、既に過ぎてしまった後だから今となってはただ受け止めるしかないんだけど、ライラの云う「愛してくれていた人達」でまず頭に浮かぶのが彼女だけに、わたしの処刑をどう受け止めたのか、改めて考えると怖くもなってしまう。
(……それに、ロメリアちゃんも元気してるのかな?)
 それから、心を鎮める為に夜風に当たろうとテラスまで出た後で、急に気になり始めたルシリエの“娘”のことに思いを馳せるわたし。
 ……と言っても、実の娘じゃなくて、魔王討伐の旅の途中でルシリエが迎え入れることにした孤児なんだけど。
(あれは、悲惨だったよなぁ……。しかも、理由も分からなかったし)
 あの頃は魔軍の動きが活発で魔の山に近い町が次々と侵略を受けていて、王国騎士団や正規兵を援軍に送るだけでは対処しきれず、冒険者ギルドに多額の報奨金を出して加勢させていた状況だったんだけど……。
 しかし、そんな全体の動きからは大きく外れたさる山岳地帯の、それこそ隠れ里と言うべき小さな集落へ多数の魔物が取り囲む様に向かっているという目撃情報がたまたま近くの村に宿泊していたわたし達の耳に入り、理由は不可解ながらもこれは放ってはおけないと追いかけていったことがあった。
「…………」
 ……けれど、わたし達が到着した時の集落は既に瓦礫と死体の山と化していて、沸き上がった怒りのままに残っていた魔物達を全滅させはしたものの、それから生存者を必死で探しているうち、里の一番奥にあった半壊の家の隅で両親の亡骸に隠される様にして、息も絶え絶えになりながらも命を繋ぎ止めていた幼い女の子を見つけ……。

                    *

「……おう、容体はどうだ?」
「命は取り留めたけど……逆に言えばそれだけね」
「……うん……」
 かろうじて完全な形を保っていた家を診療所にして、わたしも助手として看病していた中、他の生存者の捜索を続けていた手を一旦止めて様子見に戻って来たライラに問われ、ルシリエ先生はベッドの上で寝息を立てている、昨晩から徹夜で付いていた女の子のボロボロになった髪を撫でてやりながら素っ気なく答える。
 普段ならナース服に着替えろと要求してきたり、隙あらば手を伸ばしてお尻を触ってくるヘンタイ聖女様も、今日ばかりは無念さを滲ませた目で黙々と仕事を続けるだけだった。
「やっぱり、この子を隠す様にして死んでいたのは親だったのか?」
「……血液から判断すると、少なくとも女性の方は母親だと思う。ただ、もう少し見つけるのが遅れていたら、この子も助からなかったろうけれど」
 外傷は家が崩れた時に受けたと思われる擦り傷や打撲程度だけど、見つけた建物の状態から見て家の半分は燃えていたみたいで、呼吸困難が続き煙も吸い込んでしまったのが致命傷になるところだった、らしい。
「それで、意識は戻ったのか?……名前は?」
「意識はさっき一時的に戻ったけど、何も覚えていないみたい……」
 それから、いつものでかい声は鳴りを潜めて遠慮がちに小声で訊ねるライラへ、ルシリエの代わりに首を横に振るわたし。
 ……絶対に口にはしないとして、この惨状では果たして生き残ったのが幸せだったのかという疑問すら浮かんできてしまう。
「そうか……で、どうするんだ?」
「……このまま連れて行くわけにはいかないとして、起き上がれる程度に回復したら、一旦麓の町にある孤児院に預けて後で迎えに来ようと思うの。あそこの院長とも顔見知りだし」
 そして、わたしがなかなか口に出せなかった問いかけをライラが向けると、ルシリエは聖女の笑みを浮かべて自分の意志を告げてきた。
「おい、いいのかよ……?!それこそ養子縁組ならあたしが……」
 それを聞いて、ライラは驚いた様子で尋ね返すが、無理もない。
 この時のルシリエはまだ、ライラより一つ下のうら若き独身女性だったのだから。
「名門貴族の嫡子である貴女が動けば、無用なしがらみが発生しかねないでしょう?それに、私にとっては他人事じゃないもの」
「ああ、そうだったな……なら、養育に必要なモノは何でも言えよ?いい学校に入れるならあたしが自ら推薦状書いてやるからな!?」
「ふふ、ありがとう。じゃ、みんなで力を合わせてこの子を育んでいきましょう?」
「……えっと、んじゃわたしにデキるコトって?」
「そうねぇ、私がママになるからルフィンちゃんはパパになってくれる?」
「いや、それはちょっと……」
 そこで、当然わたしも何かしてあげなきゃと水を向けると、ルシリエから悪戯っぽく無理難題をふっかけられて反応に困ってしまうものの……。
「ははっ、だったらルフィンは名前を付けてやれよ」
 すぐに、そんなわたしの反応に笑みを浮かべたライラから大切な役割を持ちかけられた。
「名前?……そっか、当面の呼び名がいるよね」
「あら、素敵な提案。それじゃ、このコの治療が終わるまでに考えてあげてくれる?」
「わ、分かった……!」
 ……そして、二日ほど知恵熱まで出して思い浮かんだのが……。

「……ロメリア」
 名前の由来は、未来への希望という花言葉を持つわたしの世界で春に花を咲かせる植物だけど、心優しき聖女のもとで新しい希望を見出してくれたらという願いを込めて名付けたら、ルシリエ達にも好評で本人もニコっと笑いながら受け取ってくれたのは覚えている。
(あれは、嬉しかったなぁ……)
 ただ、残念ながらあれからロメリアちゃんとは一度も会えていなかった。
 王から留まる様に請われていたのもあり、魔王討伐の祝勝会の後でルシリエが迎えに行ったのを見送って、そう遠くない時期に連れてくるからと約束していたものの、それが果たされる前にわたしは処刑されてしまったわけで。
(でも、ちゃんと育っているなら、そろそろ十五、六歳くらいよね……?)
 助けた頃の記憶が曖昧になってきているのもあり、今のロメリアちゃんがどんな風に成長しているのか想像しにくくてなかなか頭に浮かんでこなかったものの、白百合騎士団の見習いさん達が同じくらいの年頃だったので、あんな感じで夢を見つけて励んでくれてたらいいなと、何やらわたしもママみたいなコトを考え始める様になった次第だけど……。
(子持ちになったんだからさ、ルシリエママもそうそう軽はずみなマネはしないわよね?)
 とにかく、今はそう願うばかりだった。
 ……ほんと、わたしの心配が杞憂だったなら、結婚まではしてあげられないけど欠乏していたルフィン分をまとめて補給させてあげてもいいから……!

                    *

「……さ、着いたぞ?ここだ」
「え、着いたって、ちょっ、ここは……」
 翌日、約束通りにライラがルシリエの所まで案内するための馬車を用意してくれて、まずは黙ってスメラギと共に三人で乗り込み、昨晩とはうって変わって互いに殆ど喋らない重苦しい空気に耐えていたわたしだったものの、到着した目的地に足を踏み入れるや間抜けな声を出してしまっていた。
「……ここは、なんなんです?」
「いや、灯台もと暗し、とでも言うのかな……?」
 ここはグランノールからそう離れていない山の麓にある、花の栽培で有名なガーデナーの村で、透き通った清流の川の側に広がる花畑が観光名所にもなっている風光明媚な場所だけど、ここの外れには癒しの勇者こと聖女ルシリエの家があるのは殆ど知られていない。
 ただ、今までの話の雰囲気からしてライラしか知らない秘密の場所に隠れ住んでいるのを想像していたのに、ここなら別にわざわざ案内してもらう必要すらないんだけど。
「……あ、ライラお嬢様おはようございます!」
 ともあれ、村の入り口で馬車から降りて農作業している人たちと挨拶を交わしつつお花畑を横切り、勝手知ったる仲間の家へ向かうと、ちょうど玄関前で掃き掃除をしていた、ライラの実家のエプロンドレスを着たメイドさんがこちらに気付いて頭を下げてきた。
「……ああ、ご苦労さん。っていうかいつまであたしはお嬢様なんだろうな?」
「当主サマになっても呼ばれ続けるに全財産賭けてもいいわよ、わたしは。……で、これはどういうこと?」
 軽く見まわしてみれば、他にも庭や家の中など複数人が忙しそうに働いているけれど、アルバネーゼ家のメイドさんがハウスキーピングしているのはしらそんである。
「ま、もう必要は無くなってるかもしれねぇんだけどな……とにかく、こっちだ」
 すると、ライラは自虐気味に苦笑いした後で、わたしを家の中じゃなくて崖に面した裏庭の方へ導いてきた。
「え……?」
 裏庭って、確か……。

「…………っ!」
 果たして、足が止まってしまいそうになった程の嫌な予感は的中し、やがて案内された先に慎ましく立てられていたルシリエの墓標の前でライラが残念そうに首を横に振ったのを見て、わたしは言葉を失って立ち尽くしていた。
 昔にルシリエから死後はここにお墓を建てて欲しいと請われていたのを覚えていたからだけど、実は地下への隠し階段があるというオチかと一縷の望みを抱いていたのに……。
「……ライラ」
「もう、何となくでも察しはついていたろ?……早まったマネしやがってよ」
 それから、声を振り絞って切り出すと、ライラは自分を責めるようにぼやいてきた。
「やっぱり、わたしが考えていた最悪の予想が当たったってこと?どうして!?」
「……だから、言っただろう?オマエが生きているのをもっと早く知らせてくれれば、こうならずには済んだかもしれなかったんだ」
「……っ、スメラギ……いや、なんでもない……」
 そこで、わたしはふっと背後にいる上司に矛先を向けかけたものの、すぐに取り消す。
「残念ですけど、歴史としてあなたはあの場で処刑されたんです。その後の未来を変えたかったのなら、自らがそれを回避するしかありませんでした」
「分かってるよ!そんなの……やっぱり、ベルガモ王はルシリエに殺されたの?」
「オマエの処刑を聞かされて、あたしは暫くアイツへ知らせるのを躊躇っていたんだ。自分でも今すぐ王城へ乗り込んであの王に殴りかかりたい衝動を抑えるのに必死だったのに、ルシリエが聞いたらどれだけ衝撃を受けるか……」
「……けれど、今思えばすぐに会いに行くべきだったのかもしれねぇ。ロメリアの話じゃ旅先で風の噂に聞いて最初は頑なに信じようとしなかったが、王国中の掲示板に張られた王家からの告知を見た時に、往来にも憚らずその場で泣き崩れてしまったんだそうだ」
「…………」
「それから、ロメリアがどうにか宿へ連れ帰った後に一旦平静を取り戻して、それからは娘や患者の前では気丈に振舞っていたそうだが、当分の間は夜になるとロクに眠らずに寝床で涙ぐんでいたんだとよ」
「やめて、もういい……!と言いたいけど、そうもいかないか……」
 その様子を想像するだけで、また明確に思い浮かべられるだけに、胸が張り裂けそうに痛んでわたしも正気でいられなくなりそう。
「気持ちは分かるが、寧ろここからだ。……それから泣き腫らしていたルシリエの様子が次第におかしくなり、いつしか私にとっての魔王はあなたでした、とか呟きだしたのをロメリアが聞いたんだとよ」
「それで、復讐を考えるように……か。結果論なのは分かってるけど、王宮騎士としてライラが止めてあげられなかったの……?」
「……それがなぁ……あたしもやっぱり納得いかないってんでベルガモ王に詰め寄ったら激怒されちまって。一応、リンドウ王子が慌てて仲裁に入ってくれたんだが、あたしは王宮騎士をクビになってグランノールへ帰る羽目になっていたんだ」
 そこで、責めるつもりは毛頭ないとしても、感情的になりかけているわたしの口から無意識に出て来た問いかけに、ライラは腕組みして項垂れながら語ってくる。
「そっか……ライラにも貧乏くじ引かせてしまったわね」
「悪ぃのは全てあの王だし、結局それがあったから白百合騎士団の結成に繋がったんだが、ともかくグランノールへ戻った後でルシリエの事が無性に気になったあたしはこの家に使いを送ったら、ロメリアと一緒に戻って来ていてな」
「へぇ?」
「……それで、ようやく顔を合わせて語り合ったんだが、その時はむしろ喋ってるうちに憤慨してきたあたしが逆に宥められたりして、拍子抜けしたくらいに冷静な様子だったんだ」
「けどまぁ、今は娘がいる身だから……と思ったんだ?思うよね?」
「まぁな。……だが、それはもう決定的となった殺意の裏返しで、あたしに会ったのもおそらく王都から離れたのを確認するのと、動きを気取られない為だったんだと思う」
「……で、とうとう決行してしまった、と。でもどうやって……?」
「まぁ今まで燻っていた不満も火種になったんだが、オマエの処刑後には王国各地で悪い噂が流されグランノールでも王家打倒とか独立まで叫ぶ連中も出てきたくらいに抗議の勢いが燃え広がってな、対応に追われ続けたベルガモ王は心労で体調を崩し始めたんだ」
「……なんか、それはちょっと便乗されてる気もするけど、まぁ自業自得よね」
「しかも、日に日に弱ってきているにも関わらず宮廷主治医もベルガモ王に反発して去って行っちまったみたいで、困ったリンドウ王子がダメ元でルシリエに依頼してみたら、自分に課せられた役目は果たすという返事が戻ってきたそうだ。そしてアイツはロメリアを王都の宿に置いて一人で城へ赴いていき、案内された王の寝室で癒しのチカラを逆流させ……それは見るも無残な殺され方をしたと聞いている」
「それで……ルシリエ自身もその時に……?」
「いや、混乱に乗じて城から抜け出したあいつはロメリアを連れて王都から逃げ出し、それから当分の間は行方をくらませていたんだ」
「当分の間って、王殺しの罪を負ってそんなに逃げられるものなの?」
「そりゃ普通は逃げられるもんじゃねぇが、王子の意向でベルガモ王は容体が急に悪化して死亡したことにして、暗殺の事実は伏せられたんだよ。自分がルシリエに依頼した責任もあるだろうが、剣の勇者を処刑した国王が別の勇者から復讐されたと公表すれば、それこそ王家の存続に関わる騒ぎとなりかねないからな。それでルシリエの追跡は公には行われず、あたしを含めたごく一部に捜索命令が出されるのみとなった」
「それで、ライラはルシリエを探しに?……まさか、アンタが見つけ出して討ち取ったとか言わないわよね?」
「……一応、覚悟だけはしていたさ。だが、知っての通りルシリエは癒しだけでなく精霊術士としても高名だったから、暫くはそいつを活用して上手く逃げおおせていたみたいだ」
「…………」
 あの聖女様が返り血に手を染めて逃亡生活、か……。
「けどよ、だからといって何時までも逃げ続けられるもんじゃあねぇし、表通りを歩けなくなって人助けもやりにくくなり、娘(ロメリア)まで逃亡生活に巻き込んでしまったわけだからな」
「うん……」
「それに何より、オマエの仇討ちとはいえ、聖霊に与えられた癒しのチカラで人を殺めてしまった事への呵責で苦しんでいたんだそうだ」
「……だろうね、だから止めて欲しかったのに……」
 きっと、仇にトドメを刺した時、自身にも刃を突き立てた痛みを受けていたと思う。
「それから、追跡任務を受けてふた月が経った頃だったか……自室で机仕事をしていたあたしの元へ伝書鳩でルシリエから伝言が届いてな。家に戻っているから一人で来いって」
「そ、それで……?」
「もちろん、どうやったらルシリエの死罪を回避出来るかを考えながら、約束通りにあたし一人ですぐに馬を飛ばしたさ。……しかし、家の中にいたのは遺言状を託されたロメリアだけだった。読むか?」
 そして、ライラは懐から三つ折りの手紙を取り出し、こちらへ差し出した。
「…………っ」
 そのルシリエの字で簡潔に纏められた遺言状には、禁忌を犯した自分の罪を償う為にこれから村の奥にある泉に入水するつもりだが、娘にはその姿を見せたくないので、ライラには代わりに自分の遺体を回収して裏庭に葬って欲しいという要望と、身勝手ながら後のことは託すというお願いと、これまでありがとう、貴女達と出逢えて私は幸せだったというお礼と……そして、この先でルフィンにまた逢えます様にという願いが認められていた。
「…………」
「……娘に死に際を見せたくないと言ってたが、あたしを出迎えたロメリアは全てを受け入れた目をしてやがったよ。あんの馬鹿野郎が……」
 それから、言葉も出ずに何度も読み返すわたしへ、やるせない顔で続けたライラは無念そうに拳を震わせる。
「それで、望み通りに遺体を回収したの……?」
「……ああ、そう深くない泉だったんですぐに回収できたが、まだ完全な形で残っていたし、魂が抜け落ちたみたく綺麗な死に顔だったぜ。さすがに今掘り起こしても骸骨だろうが」
「しねぇわよ……っ!でも、そっか……ぐすっ……」
 やっぱり、死んでしまったのかぁ、あのヘンタイ聖女は……。

                    *

「……ま、ちょっと一服して落ち着こうぜ?」
「ありがと……」
 それから、暫く涙が止まらなくなったわたしはライラに伴われてルシリエの家のリビングへと移動し、テーブルの上に差し出されたハーブティを受け取って短くお礼を述べる。
 どうやら、ここを訪ねた時に生前のルシリエが出してくれていたものと同じ銘柄みたいで、涙を止める効果があるのかは疑問だけど、この村で採れるハーブを使った不思議と心を落ち着かせてくれる効果があるお茶だった。
「……にしても、リンドウ王子……王に行方不明と言われたから、相変わらず人助けの旅をして回ってるんだろうなと思ってたのに……ふぅ……」
「新王にはオマエの正体を明かしてないんだろ?だったら、根掘り葉掘り聞かれたくなかったんじゃねぇかな?」
「ま、そんなトコか……でも泣いてはみたけど、実感はまだ薄いんだよね」
 特に、わたしはこの五年間を体感していないだけに尚更。 
「あたしもだ。……っていうか、この髪だって元々はオマエらが死んだのを何だか受け入れられなくて伸ばし始めたんだしな」
 すると、そんなわたしにライラも頷き、そしてまさかの理由も告げてくる。
「ありゃ、そんな女々な理由だったんだ?今さら乙女にでも目覚めたのかと思えば」
「うーん、やっぱ女々か……?オマエの生存は分かったしそろそろ切るかな?」
「勿体無いからそのままでいいんじゃない?そろそろ結婚とかも考えなきゃならない時期だろうし、そっちの方がモテるわよ、たぶん」
 ただ、ライラの伴侶に相応しいのはどんな人物かは全く想像もつかないけれど。
「結婚かぁ、うざってぇなぁ……ルシリエの奴もオマエ以外とはする気ないとか言ってやがったが、どこまで本気だったのやら」
「……うんまぁ、あれは結構マジだったと思うわよ……」
 隙あらば求婚とセクハラを繰り返していたことから、わたしがいつもヘンタイ呼ばわりしていた癒しの勇者こと聖女ルシリエは地方病院の一人娘として生まれ、幼い頃は跡取りとして医者になることを志して医術を学ぶ傍らで精霊魔法にも強い興味を惹かれた彼女は、いつしか医術と魔術を組み合わせた新しい医療技術を生み出すのを夢見る様になり、飛び級で上級学術機関への入学も予定されていた才女だった。
 ……しかし、彼女の故郷はやがて魔軍の侵攻を受けて壊滅的な被害を受け、ルシリエは十四歳の時に両親と実家の病院を失ってしまったものの、それでも彼女は魔軍を恨むよりも家族を救えなかったことを深く悔やみ、超自然的なエレメントのチカラを借りた治癒術を会得して、多くの人を助けたいと心に決めたというのは語ってくれたことがある。
 その決断は彼女の才能を開花させ、医術の知識と精霊魔法を両立した希代のヒーラーとしてその名を轟かせていき、遂には聖霊様に癒しの勇者として特別な能力(チカラ)を与えられる存在にまでなったものの、ルシリエは本来の役割である剣の勇者の為ではなく、そのチカラを魔軍の脅威に苦しむ名もなき人達へ使いたいと戦場となった各地を回り歩き、その天使のような容姿とも相まって、いつしか“聖女”と呼ばれる様になったんだとか。
 だからこそ、たまたま王都へ立ち寄っていた時にダメ元のつもりで勧誘に訪ねてみれば、何やら一目惚れしたと抱きしめられてすんなりと加わってくれたのに驚いたんだけど……。
(そんな聖女様が、最期は復讐の鬼に成り果てた挙句に自決、か……)
 なんだかベルガモ王よりも自分が罪深い存在に思えてきてしまうというか、こんなコトになるのならホントに結婚するかはともかく、ロメリアちゃんのパパになれという提案を真剣に考えてやるべきだったのかもしれない様な、やっぱりムリがあったような。
「……ところでさ、ずっと気になっていたんだけどロメリアちゃんはどこ?」
「あいつは……旅に出ちまったんだよ。もう何年も前にな」
 ともあれ、お茶を飲みながら昔の他愛も無い悪友ノリで会話を続けるうちに少し気分も紛れてきたところで、ルシリエから託された娘の姿がいつまでも見えないのに改めて疑問を向けると、ライラはテーブルに肘を着いたまま遠い目をして答えてくる。
「は……?」
「最初は、今度こそあたしが引き取るつもりだった。魔王討伐の功績で次期当主も内定したし、誰にも文句なんざ言わせるつもりはなく、な」
「……だが、アイツはそれを断り、たとえ一人になってもママの家で暮らしたいと言うもんだから、それを汲んでやることにしたんだよ」
「そっか……悪いけど、その方が平穏に暮らせるかもね」
 この村はお年寄りが多いが優しい人達ばかりとはルシリエも言っていたし。
「認めるのは癪だが、まぁな。……んで、必要なものは何でも与える約束をして、ちょくちょく会いに行くついでに身を護る為の武術を教えてやったりもして、とにかく独り立ちするまでは責任もって見守るつもりだったんだが、それから半年もしないうちに置き手紙を残して居なくなっちまってたんだ」
「置き手紙?」
「もちろん、そいつもまだ取ってるぞ。おーい、持ってきてくれ」
「かしこまりました!……はい、どうぞ♪」
「……ああ、どうも……どれどれ……」
 それから主人に申し付けられて、ノリのいいメイドさんの一人がツインテを揺らせながら、すぐに鍵付きの戸棚から取り出して差し出してきた一通の手紙を受け取って内容を確認してみると、そこには母と比べるとお世辞にも上手とは言えない字で、ルシリエやライラ、そして名付け親のわたしへの感謝の言葉と、誰にも負けない強さを得る為の修行の旅に出るので探さないで下さいという旨が簡潔に認められていた。
「修行の旅、ね。ライラに手ほどきを受けて本格的に強くなりたいと思ったのかな?」
「そう言われると、またあたしの所為かってなるんだけどな……とにかく、心配は心配だから冒険者ギルドに依頼して探させたが、目撃情報どころか有力な手がかりすらナシだ」
「ふーん……まぁ武者修行なら王国を出て世界中を回っているのかもね」
「そうかもしれねぇが、便りくらいは寄越せってなもんだよな……。ま、いつ帰ってきてもいい様にはこうやって保ってやっているんだが」
「へぇ、優しいじゃない。あとは旅先で無事なのを祈るだけって?」
 むしろ、わたし的には言葉にはしないけどちゃんと生きているんだろうか?という新たな心配事が生まれてきているんだけど。
「……ま、そいつは大丈夫だと思うぜ。少し鍛えてやってすぐに気付いたんだが、アイツの身体能力には天賦の才が備わってるみたいなんだ」
 しかし、そんなわたしの皮肉がかったもの言いに対して、ライラはそれほど心配していない様子の根拠を告げてくる。
「え……そなの?」
「正直、少しばかり不自然なほどにな。あれはまるで……」
「……なるほど、そうかもしれませんね」
 すると、テーブルの隅でここまで自分のお茶を啜りながら黙ってわたし達の会話を聞いていたスメラギが訳知りに口を挟んできた。
「ん、なにが?」
「これから私が説明するよりも、ナズナさんが気付くほうが早いと思いますよ?」
「なによそれ……」
「……って……!?」
「……おい、行くぞ……!」
 そして、スメラギが言うが早いか、屋根の遥か上方から強烈な気配が近付いてくるのを感じたわたしとライラは一瞬だけ顔を見合わせると、慌てて家の外へと駆け出していった。

「……お、いたいたぁ。まぁだこんなトコにいたんだ?」
「あ、あなたは……!」
 それから、襲撃を予感してルシリエの家を飛び出し気配の方を見上げると、屋根より高い位置の中空に黒い翼を生やしてホットパンツとシャツの上に深い紫色のローブを頭から被った出で立ちの、十歳、いやもうちょっとくらい?の少女があの夜と同じく軽薄な言葉遣いとは裏腹に鋭い眼光で見下ろして来ていた。

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