二度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その3
第三章 置き去りにされた世界の中心で
「……え、昨晩に襲撃を受けてたんですか?」 「うん。少しだけちょっかい出された後で、魔王が首を長くして待ってるからはよこいってさ」 翌朝、何事も無かったように早起きしていたスメラギからしれっとお寝坊を咎められ、イラっときたのに任せてもちもちとした頬っぺたを両手で思いっきり引っ張ってやった後で、わたし達は朝食の前に昨晩入り損ねていたお風呂に仲良く浸かっていた。 ゆっくりと疲れを癒したい冒険者の為にこの星辰亭はお風呂場を広めに取っているのが魅力の一つで、特にこのダブルの部屋は二人でも手足を伸ばせるくらいのバスタブがあるのは嬉しいものの、どこぞのヘンタイ聖女さんと一緒だった時は乙女の貞操を賭けた攻防戦を繰り広げた場所でもあるんだけど、今頃どこかでくしゃみでもしているだろうか。 「それで、そのまま取り逃してしまったんです?」 「追いかけようにも、肩にもたれかかって寝こけてた誰かさんが足を引っ張ってたし」 ともあれ、報告を聞いて自分のことは棚上げで呆れた風な反応を返す残念上司に、わたしもワザとらしく肩を竦めて嫌味っぽく言葉を返してやる。 「あ、あはは……市中での戦闘はなるべく避けるべきでしょうから。それで、見覚えは?」 「ない、と思う。歳は幼女に毛が生えたくらいの……いやたぶん毛は生えて無いだろうけど小柄なコで、顔はフードに覆われて見えなかったし」 「……ただ、わたしの正体をひと目で見破っていたのが気になったかな。あれって、つまりはさ」 「ええ、どうやら魔王以外でもナズナさんと互角に近いチカラを持つ者が尖兵にいるみたいですね。しかも相手はあなたのコトを知っていたと」 「う〜〜ん……やっぱ酔っ払いなんて放置して追いかけるべきだったか……」 一応、こっちも魔王イル・ヴェールを斃した時よりは強くなっている(かもしれない)とはいえ、二対一になるのは避けたいかも。 この引率上司はわたしの戦力になるつもりで来たわけじゃないのでアテには出来ないし。 「まぁまぁ、私もこれから注意深く気配を読んで状況分析しますから、まずはお城で話を聞きましょう。では先に上がりますね、ナズナさん?」 ともあれ、イヤミというよりも半分以上は本気でぼやいたわたしへスメラギは苦笑い交じりに宥めてきた後で、先に湯船から立ち上がって可愛らしい小ぶりなお尻を揺らせながら脱衣所へと戻って行った。 「はいはい……わたしはもうちょっとゆっくり浸かってるから」 スメラギはカラスの行水派みたいってのはともかく、脱いでもやっぱり幼児体型に近かったのは親近感アップ……でもなくて、宿から出ればいよいよ新しいジブン、魔法少女勇者テレシア・ルフィンじゃなく異世界遊撃勇者団員ナズナとしてのお仕事の始まりである。 「まだ呼ばれ慣れない上に、なんか生まれ変わった感も薄いけど……」 昨日、懐かしの市場通りを歩いていて、自分は一度死んでいるという元々薄かった実感がますます希薄になっていた感じで、行く先々で古傷を抉られ続けなければ自然とあの頃のテレシア・ルフィンに戻っていたかもしれない。 「……けど、あれからしっかり五年経ってたよね……このわたし以外は……」 「…………」 * 「……では、簡単な講義(レクチャー)も済んだところで、早速ですがひとつ請けていただきたいお仕事があるのですよ」 新たな雇い主との講義という名のガチ死闘を繰り広げた末に、何やらいい雰囲気になったまま地上まで下ろしてもらうや、異世界遊撃勇者団、通称アンブロジアの代表は人懐っこい笑みを浮かべてわたしにそう告げると、目の前の空間に背丈よりも大きな仮想スクリーンを呼び出してくる。 「ホントに早速なのね……ったく、不老の身になろうが不死身じゃないのに……って」 それに対して、僅かの休憩する間すら与えられずにわたしは不服を隠そうともせずぼやくものの、すぐに映し出された見覚えのある風景を見て言葉が止まってしまった。 「このアステリアという名の王国は現在魔王の脅威に晒されかけていまして、魔軍による本格的な侵略こそはまだ受けていないそうですが、対抗しうる勇者が不在なのです」 「は?いや、魔王の脅威って……どういうこと?」 それが、自分の知っているアステリア王国というのなら、わたし達が確かに……。 「詳しいお話は現地へ行ってからになりますけど、当時の勇者の手により浄化された五年前と比べて魔王特有の気配が立ち込め、瘴気が強まってきているのは事実みたいです」 「そうでしょそーでしょ、確かにわたしが五年前にこの手でって……五年っ!?」 自分の記憶では魔王イル・ヴェールを斃してまだ二ヶ月も経っていないはずなのに、もう新しい魔王の気配が漂っていると聞かされ驚く中で、更に別方向からのサプライズを畳みかけられてしまう。 「あ、まだ言ってませんでしたか?実はあなたが火あぶりになってから新しい身体を提供する準備が整うまでに五年ほどかかっているんですよ。実感は無いでしょうけど」 「うわぁ、一晩寝て起きたくらいの感覚だったのに、その間に五年も……」 とんだプチ浦島太郎気分というか、ひと昔とも言えるくらいの時間が経過していたとは。 「依頼者は魔王の城が領内にあるアステリア王国の国王で、未だ五年まで続いた戦いの傷が癒えていない中、出来れば早めに手を打っておきたい、とのことです」 「国王、の……」 しかも、続けて依頼主を聞いて、一瞬だけど心がざわめいてしまうわたし。 「そこで、あの世界を熟知しているあなたの初仕事にと思ったのですが、どうですか?」 ……どうですか、と言われても……。 「けど、死んだはずのわたしが出向いたら、幽霊騒ぎになるんじゃ?」 特にあの王なんてパニックでも起こしそうで、まぁそれはそれで驚かせてやりたい気持ちもあるんだけど。 「でしたら、出発前にメイクルームで“お化粧”していけばいいかと。幻影魔法の一種で別人の顔と認識させる形ですから、それこそ自由自在ですし」 そして、これも無属性魔法の一種で、術者の同等以上のチカラを持つ者にしか見破ることは出来ませんからと付け加えるスメラギ。 「ああ、そういう手もあるのか……えっと、それでも断ると言ったら?」 「まぁ依頼は他にも沢山あるので、気が向かないのなら別件を担当していただければと」 ……そこはいっそ、ボスの権限を振りかざして新入りに仕事を選ぶ権利は無いと断じてくれた方が楽なのに、あくまでわたしの意志で、というコトらしい。 「…………」 しかも、こちらの葛藤は承知しているはずなのに、スメラギは穏やかな表情で急かすこともなく黙って回答を待ち続けているし。 (……つまり、これは儀礼的なやつでもあるのか) 淑女ミッションだったっけ。ワケアリの新入りが組織へ有用性や忠誠を示す為の。 とすればいきなり酷ではあるけれど、あるいは気を利かせてくれているのかもしれない。 「さて、どうしますか?」 「……了解、やります。ただし……高くつくとだけは言っておいてもらえたら」 「分かりました。そこは思いっきり吹っかけておきますから、安心してくださいね♪」 それから、わたしは捨て台詞みたいな条件を付け足して引き請けると、新しいボスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて頷いた。 「……よろしく」 どの道、あの国には大切な仲間や親しくしてもらっていた人達も大勢いるのだから、何が起こっているのかは知らないけど見過ごすわけにはいかない。 ……ならば、この後始末をもってわたし自身の一つの区切りとしよう。 「では、条件交渉がまとまり次第に出向していただくとして、まずはこれを渡しておきます」 と、決心を固めたわたしへスメラギは相変わらず草が生えそうなほどに早急の通告を返した後で、なにやら目を閉じて魔法を唱える仕草を見せると、彼女の目の前の床から小さな光の柱が迸り、その中から失っていた“相棒”が姿を見せてきた。 「……そ、それは……!」 杖と呼ぶにはあまりにも短く、むしろ剣の柄と言った方がしっくりくるコンパクトさが特徴で、その先の翼を象った台座の上には透明で綺麗な丸い石が僅かに浮いて乗っている、わたしがアカシック・タクトと勝手に呼んでいた具現化(メタリラ)の杖という武器。 「何も無しであれだけの無属性エレメントを操れたのですから、やはり貴女はこの神器を持つに相応しい人材であると改めて判断しました♪」 「でも、この杖って確か王家の秘宝と聞いてたけど、回収したの?」 「いいえ?具現化の杖はさる目的の為に聖霊が各世界に一つ支給しているもので回収するわけにはいきませんから、これは改めてあなたの為に誂えた新造品です」 「へぇ、これって聖霊様の武器だったんだ……別名を付けるなら聖霊の杖ってとこ?」 聖霊というのは世界の環境を支えるエレメントを統べる、まぁざっくり言えば守護神とも言える存在で、精霊魔法使いを志す者はまず聖霊様からの許可(ライセンス)を受けるのが儀礼になっていて、わたしもこちらへ来てまず挑んだのがその為の試練だった。 ただし、エレメントと同じく聖霊様も実体は無い、いわゆる神霊としての存在とも聞いているので、おそらく製造は誰かが請け負っているのだろうけど。 「ええ、その杖の先端に浮いている玉なんかは無属性エレメントを結晶化した精霊石でして、それがマナを常時集めたり出力の制御を補助してくれたりと、使い手のイメージを具現化する手助けをしてくれるのですが、まぁ今さら細かい説明は不要ですよね?」 「あーいや、実は今までよく分からないまま使ってたので解説はありがたいかも……」 ぶっちゃけ、渡された時から誰も詳細は知らなくて、わたしも願いを込めたら叶えてくれる都合のいい杖という感覚で使っていたワケだけど、どうやら未知の技術の結晶みたいな謎ブキには違いなくとも、出処は間違いないトコロだったらしい。 「とはいえ、具現化の杖の扱い方は誰かに教わるものではなく、手に取ってみたら何となく使えていたというのが重要なのです。ですから、秘められた能力は正しく認識しつつも、出来るだけこれからも変わらない貴女のままで、というのが私からのお願いですかね?」 そしてスメラギはそう告げた後で、呼び出した杖を手に取り自らこちらへ差し出してきたのを見て……。 「……さらっと難しい要求をするなぁ。何もかも変わるなというのは無理だけど、まぁでも精一杯の善処はしてみましょう」 わたしも手元に戻ってきた内心の嬉しさを隠して素っ気なく応えつつ、彼女の小さな手の上から躊躇いなく相棒を受け取った。 * 「……そうしてわたしは、愛杖(アカシック・タクト)を手に再び戻ってきた、と……」 まぁ、まさか付き添いありとは思わなかったとして。 「ナズナさーん、そろそろ上がらないとのぼせてしまいますよ〜?」 「はいはい、今出るから……」 それから、ちょうど頭に浮かんでいた道連れの上司から浴室のドア越しに母親みたいなことを言われ、ようやく湯船から立ち上がるわたし。 (……しかも、いつの間にやら新しい名前まで勝手に与えられて) 「…………」 * 「……ナズナさん〜?」 「はい。いつまでも新しい名前を申請してくれないので、私が考えました♪」 やがて、思いっきり吹っかけると約束していた交渉もまとまって日取りが決まり、拠点世界での住居としてそのまま提供された実家の洗面所で、着ていく装備と変装メイクのコーデ合わせをしていたところへやってきたボスからいきなり知らない名前で呼ばれて面食らうわたしに、スメラギはどや顔で胸を張ってみせる。 「あー、なかなか思いつかなくってさぁ……」 確かに新しい呼び名も必要ということで、出立前までの宿題になっていたものの、どうやらボスの方がしびれを切らしてしまったらしい。 「では、それでいいですか?いいですね?」 「まぁもう、時間も無いし考えるのも億劫だし……でも、なんでナズナ?」 石頭会長がアステリア世界へ飛ばされた時に王から呼び名を求められた際は、それこそピンとくる名前が出てくるまで徹夜で頭を捻っていたのに、今回は正直もうなんでもいいやと思っていたら逆に何にも浮かばなかったオチになったので、まぁここで難色を示す資格も無いんだろうけれど、ただ和風の名前はいささか意外ではあったかも。 「んー、今のあなたにはぴったりかなって。理由まではいちいち説明しませんが」 「いや、説明してよ……」 それはそれでちょっと怖くなってくるんだけど。 「まぁまぁ、いずれ機会があれば教えてあげますよ。それで、私の方もナズナさんが黒系のコーデで纏めていたのは意外でしたけど、理由を聞いてもいいですか?」 「んー、まぁクローゼットにあったから何となく……?」 自分が深く関わっていた案件だけに責任を感じて請ける事にはしたものの、やっぱり何も無かった様にとはいかない心情を反映してみましたというか。 結局、髪の色は黒のまま前髪の一部だけピンクのメッシュに染めて、顔の方は自分で自分が分からなくなりそうだから弄りすぎない程度にしたのだけど、どうやらメイクよりも今までのテレシア・ルフィンのイメージとは程遠いこの黒ずくめでシンプルデザインの魔術師衣装の方がわたしを別人に仕立ててくれているみたいだった。 ……ただ、ナズナという名前が似合っているかは別として。 「何となく、ですか。てっきりこのまま出発する予定の私に合わせたコーデなのかとちょっぴり嬉しくなっていたんですが」 「相手がどんな権力者だろうが真っ向から立ち向かってきた元石頭会長が、そんな媚びを売る様なマネなんてするもんですか……って、私も出発?」 思えば、一人で校長に直談判したこともある石頭会長時代も、ある意味では勇者みたいなものだったのかもしれないけれど、それよりもさっきから違和感を受ける言葉がちらほらと。 「ええ、私の方はもう準備完了しているので、ナズナさんの支度が整い次第出立です」 「は……?わたしがソロで行くんじゃないの?」 「普段はそうですけど、初仕事の時だけは付き添いすることにしているんです。特にナズナさんには必要となるかもしれませんし」 そこで、寝耳に水と目を丸くするわたしに、スメラギは決定事項として通告してきた。 「必要って、あの世界ならわたしの方が遥かに詳しいし、助けてもらう様なコトも……」 「まぁまぁ、隣で煩く指図したりはしないので安心してください。それに以前あなたを迎えに行った時、久々に私も旅をしてみたくなりまして♪」 「やれやれ、半分は観光旅行のつもりなのね……別にいーけど」 * (……まぁ結局は監視、ってことなんだろうけどさぁ……) それから、脱衣所で丁寧に身体を拭いた後で、黒づくめのアウターに対してこちらは敢えて白で統一した下着を着けながら心の中で呟くわたし。 特に、これから謁見する相手はわたしの“仇”で、心の整理は一応でも済ませたつもりだけど、いざ平然と話が出来るのかは見(まみ)えてみなきゃ正直分からない。 (……しまった、報酬に一発殴らせろも追加して貰えばよかったかな?いやいや……) まぁ確かに、今回のわたしにはイザという時に止めてくれたり諭してくれるパートナーが必要なのかもしれない。 (ある意味、私情との戦いでもあるわけか、今回は……) そういえば、ルフィン時代も仲間二人からいつも私情を捨てろと諭されていたっけ。 勇者といえど神様なんかじゃなくて自らの手の届く範囲しか救えない、現代(いま)風に言うなら人助けRTAをやっている状態だから、私情は動きを鈍らせる足枷でしかないと。 特に、聖女として傷ついた人達を癒して回る旅をしていたルシリエなんて命の選別を強いられる局面をいくつも経験してきたから、余計な考えごとをしている間に一人でも多く助けられるハズと自分を戒め、時には非情に徹していたんだとか。 (……へいへい、分かってるわよルシリエ。まずは魔王をさくっと倒した後でってね) それが、剣の勇者に出来る最大限に効率的な人助けなのだから。 (それまでは、ベルガモ王のツラもカボチャと思って……いやパプリカの方が近いかな?ほら、すぐ顔を真っ赤にしてたし……) と、今一度深呼吸して自分に言い聞かせていたものの……。 * 「やあ、よくぞ呼びかけに応じてくれましたね、異界より馳せ参じし篤実なる勇者よ」 やがて、身支度を整えてスメラギと二人で勝手知ったる王城へ出向くと、通された謁見の広間でわたし達を出迎えたのは、王家の紋章が大きく刺繍された王衣を身に纏った、優しげで精悍な顔立ちに柔らかい物腰の若い男性だった。 「え?リンドウ王子……?」 「ははは、若輩者ゆえに勘違いされることも多いですが、れっきとした当代国王ですよ」 「あっ、こ、これは失礼しました……!」 その姿を見て、思わず指差しながら零れてしまったこちらの呟きに反応して寛大な笑みを浮かべて訂正した若き国王に、慌てて居住まいを正し頭も下げるわたし。 「構いませんよ。まだまだ威厳が足りないのは、家臣からいつも言われている事です」 「いえ、それは……恐れ入ります……」 (え……でも、リンドウ王子、だよね……?) そこで、狐に化かされた様な気分になったわたしが後ろに立つ上司を一瞥すると、スメラギは悪戯っぽく片目を閉じて見せてきた。 (マジですか……) どうやら、空白の五年の間に代替わりしたみたいだけど、若輩者と自称している通り、自分が知っているリンドウ王子は父王の隣の玉座で好奇心旺盛な視線をいつも向けて来ていた中学生くらいの男の子だったから、今でもまだ十代の王様ということになるはず。 ちなみに、父には似ず金髪の美少年だった面影はすっかり背丈が大きくなった今でも残っていて、人当たりの良さなんかもそのまま。 「では、改めて自己紹介を。この僕があなた方に依頼したアステリア王家の当主であり国王のリンドウです。そちらの名前を伺ってもいいですか?」 「ええ。私は異世界遊撃勇者団の代表であるスメラギで、こちらは本件を担当させていただくナズナさんです。どうぞお見知りおきを」 「どうも、ナズナです……。ご覧の通りわたしも若輩者ですが、お仕事はきっちりとやり遂げますので」 ともあれ、改めて名乗ったリンドウ王子、もとい王に続いてスメラギが挨拶したのに続いて、自虐気味に会釈するわたし。 「いえいえ、かつて魔王イル・ヴェールを斃して下さった剣の勇者殿も貴女と同じくらいの年端の女性でしたから、むしろあの頃を思い出して懐かしさを覚えます」 「……しかし、その魔王がまた復活していると?」 「実のところ、まだ正確には把握できていません。宮廷観測師から魔王特有の気配が再び立ち込めてきたとの報告を受けたのは一年ほど前で、イル・ヴェールが復活しようとしているのか、もしくは新しい魔王が誕生したのか、まずは王家が支援している冒険者ギルドに依頼して魔の山を調査させたのですが、相当に強力な眷族が守っているらしく、魔王城まで辿り着けた者すらいない有様です」 「ちなみに、命からがら逃げ帰った者達より、その眷属は幼い少女の姿をしていたとの報告も受けましたが、最高ランクと認められた冒険者ですら全く歯が立たなかったそうで」 「少女の姿をした強力な眷族……」 もしかして、昨晩に会ったあの子……? 「ただ、魔の山での敵との遭遇率の低さや、麓に近い街や村が襲撃された報告も受けていない事から、魔王が蘇っていたとしても魔の軍勢までは復活していないと見ています」 「ふむ。そこで、今のうちに魔王城へ乗り込んで禍の中心を叩いておけば被害は最小限に抑えられると考え、我々に依頼なされたと」 「ええ。本来ならば貴方がたの手を煩わせずとも、頼るべき勇者がいたはずなのですが」 「…………」 「魔王イル・ヴェールを滅ぼした勇者テレシア・ルフィンは、王家乗っ取りを企てた反逆者として先代の王に処刑されたそうですね?」 「……はい。僕も事後になって父から一方的にそう告げられましたが、今でも信じられません。幼い頃より彼女には親しくしてもらっていた間柄で、清廉で青空の様に心が澄みわたり、権威にも臆せず誰に対しても真っすぐ対峙する芯の強さも持ち合わせていて、これが勇者と呼ばれる方の器なのだと憧れを抱いていましたから」 それから、スメラギが淡々とした物言いながらどこか責める様な口調でわたしの事を言及すると、リンドウ王は視線を落として頷き、握った拳を震わせ唇を強く噛みしめた。 (いや、それはちょっと持ち上げすぎな気もするけど……) 父親と違って関係は良好だったリンドウ王子にも信じて貰えていたのは嬉しいとしても、さすがにそこまで言われると照れくさいを通り越して居心地が悪くなりそう。 「実際、彼女の処刑は国内でも大きな反発を生み、王家に対する悪評や噂が広まり治安が悪化し、父は取り締まりを強めるなどして沈静に追われましたが、それから半年後には心労で倒れそのまま亡くなってしまいました」 「…………っ」 そっか、あれからわたしの後を追う様にすぐ逝ってしまったのか……。 「そして、父の死より一年後に僕が跡を継いで即位しましたが、それから二年も経たないうちに再び魔王の気配が復活したことで、聖霊より賜った勇者を身勝手に処刑した王家への天罰だという声も出ています」 (……聖霊サマからの贈り物、ねぇ……) わたし自身は今までそういう発想はありませんでしたが。 「まぁそうかもしれませんね。元々この世界の当代勇者が魔王討伐に向かったまま帰らぬ人となり、困り果てた最後の手段として聖霊より贈られていたもう一つの神器を扱える者を探して呼び寄せたのが“彼女”なのでしょうから」 「え……?」 スメラギの方はそれを聞いて訳知りな様子で冷淡に頷き返していたりして。 ……しかも、何やら初耳の情報も混じっていた様な。 「ですが、現国王としてこのまま黙って魔王の復活を受け入れる訳にはいきません。どうかテレシア・ルフィンに代わりこの世界を救ってください。その為の対価も用意しています」 「……分かりました。とにかくやってみましょう」 ともあれ、ベルガモ王ともう一度顔を合わせなくて済んだのは正直ほっとした反面、拳を振り下ろす先も失ってすっきりしないものの、この鬱憤は仕事で晴らすとしましょうか。 「では、これからどうしますかナズナさん。すぐに魔王城へ向かいます?」 「いや、もう少しだけ情報収集しておきたいかな……えっと、ルフィンは二人の仲間と共に魔王討伐を成し遂げたと聞いていますけど、今はどちらに?」 「聖盾の勇者こと姫騎士ライラは、王都の離宮から今は生まれ故郷であるグランノールに戻っています。聖女ルシリエの方は、ちょっと所在不明としか言えません……」 それから、話もまとまったところでスメラギから今後の行動について問われ、わたしが昨日から決めていた希望を口にすると、リンドウ王は肩を竦め曖昧な回答を返してくる。 「なるほど。だったらライラ……さんの方から当たってみますか」 ルシリエの所在不明とは、相変わらず人助けの旅を続けているってコトなんだろうけど、ライラ経由なら連絡をつけられるかもしれない。 (……そういえば、あのコもまだ一緒なのかな?) あの聖女サマは魔王討伐後に魔軍との戦いで傷ついた人達を癒す為の旅に出て、その時に幼子を一緒に連れて行ったのを思い出したけど、あれから五年が経っているのならば立派な一人の女性として成長しているはずである。 「分かりました。ではグランノールまでの馬車と僕からの紹介状を用意させましょう」 「あ、いえ別にそれには及びませんので……」 そこで、少しだけ引っ掛かりを覚えつつ、ぎこちない「さん」付けで当面の目的地を決めるやリンドウ王がすぐに気を利かせてくれたのに対して、わたしの方は今さら紹介状が必要な間柄じゃないと苦笑い交じりに辞退しかけたものの……。 「しかし、アルバネーゼ家も王国貴族の名家ですので、手ぶらで訪ねてもすぐに取り次いでもらえるとは思えませんが」 「……そうでしたね、すみませんお願いします……」 確かに、今となっては見ず知らずのコブ付き自称勇者と、くっころシチュを一度見てみたい麗しの伯爵令嬢な間柄だったっけ。 (なんか、やっぱ寂しいよね……) ……と、少しだけ会いに行くのが憂鬱な気分になってきたのものの……。 「では、すぐに用意できると思いますので、お茶でも飲んで待っていて下さい」 「いえお構いなく。それよりも、生前のテレシア・ルフィンとの興味深い思い出話などありましたら、今の間にぜひお伺いしておきたいですね!」 「ちょ……っ?!」 隙あらば人の黒歴史を掘り起こそうとしてくる上司を見て、そんな感傷も一瞬で吹っ飛ばされてしまう。 「おお、聞きたいですか?ええ、想い出なんてそれこそ語り尽くせないですけど、異なる世界から来訪されただけに我々の知らない知識が豊富で、僕なんかもあの人が来城された際に召喚される前の日常などを聞かせてもらうのを何よりの楽しみにしていましたよ……!」 「いや、あの、おうじ……」 しかも、リンドウ王も推し仲間が見つかったとばかりに嬉々として乗ってくるし。 「ほほう、いいですねぇ。たとえばどんなお話を聞かせてくれたんですか?」 「……そうですね、例えば彼女の元いた世界では魔術が現実のものとして普及していなかった代わりに、虚構の物語の題材として数多くの作品が作られていたそうですが、特にそういった書物やあにめ?でしたかを鑑賞するのが多忙な日々の中での楽しみだったと、それはもう熱心に語ってくれてました」 「わ、わわわ……!?」 いやま、それは……! 「ただ、こちらの世界には存在しないもので言葉だけではなかなか伝わりにくかったのもあり、それでルフィンはよくこんな風に変身したりするんですよと、『マジカル・ハートウイッチ〜エクセレントグロウアーップ!』とか叫びつつ全身で再現して見せてくれたり、悪を倒す前のお気に入りのカッコいい決めセリフなんかも、こんな感じのポーズを取りながら熱く語ってくれたりと……」 「ちょぉ……!」 そして、止めるに止められないわたしの目の前で、わざわざ身振り手振りで再現してくれつつ楽しそうに思い出を語るリンドウ王。 「なるほどなるほど、それは私もぜひ見てみたいですね!」 「ムリムリムリムリ……!っていうかもう勘弁してください……」 あの頃ならまだいざ知らず、今やれというのは酔っぱらっていてもハードル高すぎ。 「僕はそんな姿を間近で見守りつつ、夢中になれるものに対してなんて純粋で真摯な方なのだと。故にこちらの世界へ来てもこんなに強いのだなとおぼろげながらに感じ取っていました」 「ええ、正しくその通りですよ!彼女のチカラの根源はそういった夢や情熱ですから。ちなみにテレシア・ルフィンとなった後もなんでしたっけ、こんな感じでわたしの最終魔杖アカシック・タクトは既に絶対なる敗北の調べをかなで……むぐっっ」 「……はい、やっぱり喉が渇いたので別室でお茶をご馳走になりましょうか、ボス?」 その後、すっかり意気投合したスメラギも返礼とばかりに手持ちの黒歴史情報を引っ張りだそうとしたところで、とうとうわたしは無理やり口を塞いで止めに入ってやった。 * 「……ねぇ、やっぱスメラギが付いてきた目的ってわたしの墓荒らしなの?」 「さて、今となっては否定できないかもですけど……」 それから、ようやく準備が整いグランノール行きのチャーター馬車に乗せてもらった後で、窓板に肘を付ついたままぼやくわたしに、手伝いに来たのか監視に来たのか足を引っ張りに来たのか分からなくなってきたうちの上司は、肩をくっつけて隣に座ったまま、順調に集まる新情報に満足そうな表情を浮かべて開き直ってくる。 「そこは否定しなさいよ……はぁ、思ってたのと違う方向で油断大敵なお仕事だわ」 この調子じゃ、これからルシリエと並んでわたしのコトを一番良く知っているパネーゼお嬢様に会うのも、せっかくの水入らずが少々どころじゃなく緊張してくるんだけど。 「……けど、少なくともあなたが皆さんに愛されていたのは分かりましたし、お后様にもなり損ねていたみたいですね、ルフィンさん?」 すると、そんなわたしへスメラギはニヤニヤとした目で妙なコトを囁いてきたりして。 「はぁ……?」 「おや気付きませんでしたか?リンドウ王があなたの死に触れた際の悲憤の表情や、生前の思い出を披露していた時の輝かせていた目は、恋をしていた青年そのものでしたよ?」 「……あー、そういえば昔に成人したらお嫁さんになって欲しいと言われたことはあったかな。わたしは真に受けなかったけど」 ただ、それを聞いたルシリエが眉を吊り上げたのを見て慌てて宥めたのは覚えてる。 「しかしながら、その憧憬も届かないどころか、逆に愛する人の死を招く一因になったのは悲劇ですよね。私的には棚ぼたでしたけど」 「あー、そうなるのかぁ……っていうか、スメラギももう少し手心というものをですね……」 今まで一度も自覚したことはなかったけど、わたしって自分で思っていたよりモテモテなのかもしれない? 「……ところで、ナズナさんって誰か好きな人はいたんですか?」 「ん、わたし?わたしはなんていうか……」 元の世界にいた頃は、魔法少女アニメの主人公が初恋だった気がするし……。 「はい?」 「えっと、念願叶って魔法少女になれた自分自身が好きだった……かな?」 思えば、こちらへ来て色恋沙汰に興味を持った記憶がないけど、つまりはそういうコトなんだろうな、と。 昔からの願望が何でも叶う自分自身に夢中になっていたというか。 「あはは、さすがです♪私のナズナさんはそうでなくては」 すると、呆れるどころか何故だか嬉しそうにそう言って腕を組んでくるスメラギ。 「それって、褒めてんの?」 「もちろんですよ。やっぱり、あなたは根っからの勇者に向いている方だなって」 「えええ、勇者ってそういうもんだったっけ……?」 そうかな……いや、そうかもしれないけど。 「……ところで、これから向かうグランノールってどんな場所なんですか?」 「ん……っ?えっと、位置的には王都と魔の山脈の中間くらいで大陸の西の海に面した湾岸交易都市になるのかな。隣国の関所から直通の道が整備されていたり、海からの貿易船も毎日行き来していて、王国内で最も活気があって大きな都市だったはず……ふぁぁ……」 ともあれ、それから会話も一段落した後で、暫く心地よい揺れに身を任せつつ肩を寄せ合ったままウトウトしていた中、ふとスメラギから目的地の情報を尋ねられて瞼を開いたわたしは、あくび交じりにガイドさんを始めてゆく。 別に寝不足でもないはずだけど、さすがは王家の手配してくれた馬車だけあって客席の座り心地の良さが半端ないのに加え、何やら引っ付いて離れない上司の肩枕の感触も妙に気持ちよくて、これは眠りに誘うちょっとしたトラップみたいなものかもしれなかった。 「ほほう、美味しそうなものも沢山ありそうですね!」 「もう、観光客気分を隠そうともしないし……まぁ食べ物だけじゃなくて珍しい雑貨や工芸品なんかも世界中から持ち込まれてるから、王都からの爆買いツアーも人気みたい」 なので、実はわざわざチャーターして貰わなくても馬車の便で困るコトも無かったりする。 「ふふ、賑やかそうな場所は好きですよ。まぁ普段が普段なのもあるからですが」 「なーんか、亜空間の中のポツンと一軒家みたいだもんね、本拠世界って。だから、こうやって機会を見つけては出てきてる感じ?」 まぁ、それを思えば少しくらいは付き合ってあげてもいいかって気にもなるんだけど。 「別にそういうわけでもないんですけど、そうですねぇ、ナズナさんのお仕事の時はこうやってちょくちょく同行してもいいかもしれません」 「なんでよ……?」 わたしとしては、毎回ボスに見張られてのお仕事なんてご勘弁なんですが。 「何となく一緒にいて楽しいのと、もっと知りたくなってくるヒトだから、ではダメですか?」 「知りたいって、人の記憶まで覗いといて、この上わたしのナニを知りたいってのよ?」 しかも、この肉体も復元してもらっている相手に。 「それでも、勝手に覗けない部分はあると言いましたよね?そういうのはこうやって一緒に旅をしたりすることで分かってくるものなんですよ」 「いや、そもそも何でそこまで深入りしたがる……って、まぁいいか……」 しかし、言い終える前にツッコミも億劫になってきたわたしは、投げやりに問答を打ち切って後ろ手に背もたれへ身体を沈めてゆく。 こんな身の上になってしまった以上、もう猜疑心とか抱えるのもバカらしくなってくるというもので、ワンチャン拾ったこの命がどんな末路を迎えようが、まぁ毒を盛られて火あぶりにかけられるより悲惨ってコトはないだろう、たぶん。 「それで、グランノールまではまだ遠いんですか?」 「ん〜〜、距離はあるけど、王都と繋ぐ直通の道がしっかり整備されてるから馬車を飛ばせば案外すぐだったりするけどね。というか、もうそろそろ窓の外から見えてきてる……ぐぇっっ」 すると、相手もそれ以上は掘り下げずに話を戻してきたので、すぐ横の窓の方へ視線を促し答えてやるや、膝からお腹の辺りに柔らかい重量物がどすんと圧し掛かってきた。 「ほわぁ、これはまた大きな都市ですね……!」 「うん……でもどうしてわたしの上に乗ってくるかな……?」 「え?だってナズナさんの方が窓際に座ってますから、これが最短距離ですし……」 「……いや、そんなわたしの言い分の方がおかしいみたいに言われても」 何だか元の世界の友達が飼っていた猫ちゃんがいちいち主人の上に乗っかってきていたのを思い出したというか、わたしのコトをもっと知りたいのはいいけど、ちょっとベタベタしすぎじゃないですかね……? * 「……では、お疲れさまでした。しかし、ここから先のご案内は本当によろしいのですか?」 「ええ、場所は知っていますしまだ時間もあるので、少し寄り道してから向かおうかと」 やがて、グランノールの名物門を通過して街路を進み、中心部の馬継ぎ駅まで到着した後に改めて道案内の手配を申し出てもらったものの、馬車を飛び降りてから早速落ち着かない様子でキョロキョロし続けるお子様なボスを尻目に苦笑い交じりで辞退するわたし。 駅の柱時計を見るに時刻はちょうど正午を回ったところだし、このまま真っすぐ向かってもギリギリお昼時にお邪魔することになりそうだから、まぁ少しばかり時間潰しで付き合ってあげるとしますかね。 「承知しました。グランノールの住人でアルバネーゼ家を知らぬ者など殆どいないでしょうから、もし迷われてもその辺の住人に尋ねていけば辿り着けないことはないかと」 「あはは、ですよねー……どうも、ありがとうございました」 考えてみれば、それだけの名家の令嬢と小突き合いの絶えないマブダチ同士だったというのも凄い話だけど。 「……さて、んじゃまずはお昼ごはんにでもしましょうか、ボス?」 「ですね。……それにしても、王都と違って此処はあちこちに繋がっているみたいで何だかワクワクさせられます♪」 それから、御者さんに礼を言って別れた後に改めて好奇心旺盛な可愛らしい上司へ水を向けると、だだっ広くてちょっとしたダンジョンの様な構造の駅構内も、早速観光スポットの一つとして興味を惹かれている御様子だった。 「そら、魔軍からの防衛最優先で南の端に作った今の王都と違って、グランノールは王国領土の中枢都市だから。国内の主要な街だけじゃなくて、さっきも言ったけど隣国との陸路も繋がってるから、運賃さえあればこの駅から世界中のあらゆる場所へ行けるわよ?もちろん、港行きに乗ればそこから船にも乗れるし」 本来なら、わたしも五年前はライラに見送られて遥か西にある魔術学園都市行きの船に乗って旅立つつもりだったのに、結局この国から出ることは叶わなかった。 「なるほど、でしたらいっそ此処から適当にアテもない旅に出てみるのも面白そうですね?もっとも、私もナズナさんもエレメントのチカラで飛べますけど」 「まぁた、ミもフタも無いことを……」 ちなみに、現在この世界の主な移動手段は馬車で、いつかは鉄道も開通する予定で各国と共同での開発が進められているという話はリンドウ「王子」から聞いたことがあるものの、空の便は一部の魔物や精霊魔法使いの特権で、空を飛びたいというのは魔術師を志す人達の最も多い動機の一つでもあるのだとか。 ただし、空を飛べる様になれるのはほんの一握りの上級者だけで、しかも国境を跨ぐ場合はちゃんと関所を通らないと迎撃されて捕まってしまうみたいだけど。 「……それで、ランチはどこで食べるんですか?むふっ」 「んっと、今でもまだやってるのなら、すぐ近くに名店があるんだけど……」 ともあれ、食いしん坊上司は結局すぐに食い気の方へ興が移ってしまったみたいで、わたしは馬車に乗っていた時から決めていたプランを切り出す。 駅を出て少し歩いたところには有名なレストラン街もあるんだけど、それより構内のお店に忘れられない味があることだし、せっかくだからスメラギにも堪能してもらおう。 「ほほう?」 「……なるほど、こうきましたか」 「いや、焦ったわ……。まさかホントに無くなってたのかと思った……」 それから、お茶と一緒に買った昼食の包みを手に馬継ぎ駅から出た後で興味深そうに呟いてくるスメラギへ、苦笑いと安堵の溜息を吐くわたし。 昔の記憶を頼りに向かった先は別のお店に変わっていたのを見て、ようやく構内の風景が大きく様変わりしているのに気付いて肩を落としかけたものの、人気店だったハズなので諦めずに制服姿の駅職員を探して尋ねてみたら、少し分かりにくいけどもっと広い店舗に移転したとの情報を得てひと安心。 評判がいい割に小さなお店だったから売り切れの心配はしていたので、望まれていた方向での移転だったのは何よりだけど、五年という歳月は不意にわたしを置いてけぼりにしようとしてくるから心臓に悪い。 「……それにしても、沢山お弁当の店が立ち並んでいましたね。あれだけ多いと目移りして逆に選べなくなりそうですけど」 「いわゆる駅弁ね。長旅には欠かせないからああいう往来の多い駅だと需要は見込めるとしても、まぁ激戦区には違いないかな?ガイド本も毎月更新されてたし」 「で、これがナズナさんのイチオシ、と。見本によれば何やら可愛らしい食べ物が詰められてましたよね?」 「酢や砂糖、塩を混ぜて炊いた一口サイズのコメの上に、ここの沿岸で獲れる魚介類を具材に乗せた、元の世界だと手鞠寿司と呼ばれてた食べ物でさ。元いた世界でのわたしの好物だったんだけど、初めて見かけた時はこっちにもあったのかと感激したものよ」 それでも、冷蔵庫なんて無い世界だけに、お寿司が食べられるのはグランノールの様な海産物が豊富な一部地域だけみたいだけど。 「好物なんですか……。私は食べるのは初めてですけど楽しみです」 「だったら、口に合えばいいんだけど。初めての人にはちょっとクセがあるかもしれないから……」 すると、相方はスシ初体験と聞いて、少しばかり不安にはなってきたものの。 「いいえ、ナズナさんの好物なら私も食べてみたいですから歓迎ですよ?何でしたらいつか作れる様にもなってあげたいですし」 「そ、そう……?」 (っていうか、新米カノジョか……っ) すぐに健気な言葉を返した後で、にへらと笑いかけてたきたのを見て、思わず心の中でツッコミを入れるわたし。 一体、何でそんなにわたしに惹かれているのかは知らないけれど、石蕗蛍子だった頃は三次元での浮いた話なんて一切無縁だったのに、こっちへ来てから妙にモテる様になったのは勇者となった時に身に付いた主人公体質というやつなのだろうか? 「それで、このお弁当はいつどこで食べるんですか……!?」 「ライラお嬢様の実家へお邪魔する前に案内しときたい公園があるからついでにね。……だから、もうちょっとガマンしてて」 ともあれ、そろそろ待ちきれない様子の腹ペコ上司へ足は止めないまま宥めるわたし。 そこで一緒にお弁当を食べながら一休みしていたら丁度いい頃合いになるだろう。 「ふぁい……なかなか生殺しですが……」 「……大丈夫、もうすぐそこだってば」 実際、生ものなのであまりモタモタもしていられないんだけど、そこは計算済みだから。 * 「おお、これはなかなか……!」 「でしょ?わたしも初めて食べた時は不安だったけど、これが案外に悪くないのよ」 やがて、程なくして到着した公園のベンチを陣取り、包みを開けて早速一つ箸で摘まんで食べてみたスメラギが悪くないといった明るい表情を見せたのに安堵しつつ、わたしも五年前と変わらない味を堪能していた。 とは言っても、外国の創作スシバーで頼んだらこんな感じなんだろうなってくらいには違うんだけど、それでもホームシックな感情が芽生える一つのきっかけになったくらいにはちゃんとしたお寿司である。 「なるほどなるほど、一つ一つで味も全然違いますし、見た目も華やかで楽しいです」 「んで、こんなお弁当を持ってお花見にでも行くと風流なんだけど、どうもこの国には桜の木は無さそうなのよね……」 ルシリエ曰く、外の国で見た事はあるらしいとして。 「むぐっ、お花見ですか……そうですねぇ、みんなが集まれそうな時があればやりますか?」 「お、スメラギって案外そういう行事はやりたい系のボス?社員旅行とか」 「いえ、ナズナさんがやりたそうだからですけど」 「……もう、さっきからナンなの?まるでわたしの言いなりにでもなりたそうな風にも見えるのは気のせい?」 さすがにそこまで言われると、嬉しいを通り越して色々疑り深くもなってしまいそう。 「現在(いま)は組織の代表をやっているので命令(オーダー)を出す側になっていますけど、元来の私はそういう存在ですから」 「元来の私、ねぇ……」 それは、一体どういう……。 「……ひかし、都市の規模やらここまでの道中の風景とか見ても、何だかこちらの方が首都っぽいですよね?んぐっ」 「あ、うん……実際にグランノールは昔の王都だったから、歴史の古い貴族の本拠は今でもこっちに集まってるの」 しかし、それ以上あれこれ想像する前に話を戻され、わたしも止まっていた箸を再び動かしながら元々するつもりだった解説を切り出してゆく。 「ほほう?」 「なんでも、二百年くらい前に魔軍から史上最大規模の攻撃を受けて陥落寸前になったことがあって、そこから今の場所に遷都して新しい城塞都市を築き上げたって聞いたけど」 その時の戦いに関する文献はとりわけ多く残されていて、それによると当時は領土の北部の大半が制圧されていて、本気で存亡の危機を迎えていたのは間違いなさそうだった。 「それでさ、そんな未曾有の危機に獅子奮迅の活躍で王家の人達を脱出させて、その後のグランノールの防衛にも大きく貢献した近衛騎士団長がいて、その子孫がこれから会いに行く聖盾の勇者こと姫騎士ライラってわけ」 元々アルバネーゼ家は準爵の家柄だったそうだけど、その時の功績で一気に伯爵家にまで上りつめて国防の要職を担う様になったのだとか。 「ふむふむ……となれば、あの像はその騎士団長さんってコトですか」 「そ。この土地を語る上で外せない存在だから、まず見せとこうかなって。むぐむぐ」 それから、察しのいい上司がお茶の注がれた使い捨てカップを手にしたまま、視線を公園の中央に鎮座されている街のシンボルでもある白銀の鎧に全身を包んだ等身大の騎士像へ向けたのを見て、わたしもエビの乗った一つを口の中へ放り込みつつ頷く。 一応、この住宅街には更にランクの高い侯爵家も住んでいるはずだけど、やっぱりグランノールはアルバネーゼ家の護る旧王都というのが昔からの定着したイメージである。 「……なるほど。しかし、旧王都での防衛戦が続く中で、当時の魔王を人知れず仕留めて侵攻を止めたもう一人の勇者の像は無いんですよね?」 「え……?」 すると、今度は神妙な表情を浮かべつつ、ぽつりと独り言の様にスメラギが思いもよらない言葉を呟いてきたのを受けて、再び箸の手が止まってしまうわたし。 ……確かに、読んだ戦記の一つにはこの騎士団長さんが必死で防衛隊の指揮を執っているうちに、ある夜空けを境に魔軍の増援が途絶えて勢いが急速に衰え、それがきっかけで一気に押し返したとは書いてあった記憶がある。 「いえいえ、こちらの話です。ただ、勇者さんは暗躍するべき存在なのかもしれませんね」 「うーん、日の目を当たる英雄なんかじゃないってこと?」 どうしてそんなコトを知っているのかはともかく、わざわざここでウソを言うとも思えないから、あの時代の勇者は誰も知らない存在だった、というコトになるのか。 「そこまでは言いませんけど、眩し過ぎるのも考えものってことですね。もしも魔王を仕留めたあなたの大先輩が名声を求めていれば、あそこに飾られた像は彼女の姿だったかもしれませんが、あるいは平穏に暮らすことは叶わなかったかもしれません」 「…………」 「たとえば、さっきの売店ではこのお弁当の包みに描かれている可愛らしい魔法少女勇者さんが贔屓にしていたという評判が出回ったお陰で売上が大きく伸びたというお話を聞きましたが、それだけ影響力を持つ雷名となるのは必ずしも……」 「……うんまぁ、今なら分かるんだけどさぁ」 ただ、それだけのコトを成し遂げた後で皆に称えられたいのは当然だと今でも思うし、そのリスクは一度しくじり勇者になってみないことには理解(ワカ)らないだろうなと。 「ですので、勇者さんはただ選び見出すだけでなく、安心して活躍してもらえる仕組みまで整える必要があるのかもしれませんが、いずれにせよ何かを求めるよりも、それ自体を楽しんでいるヒトが向いているってお話なんですよねぇ……」 「あはは、生真面目なライラには、もっと真剣に使命を背負えとよく呆れられてたけど」 だからこそ、わたしの末路を聞いた時は何を思ったのかなとは聞いてみたい様な、触れてあげるべきじゃなさそうな。 「……ちなみに、これから会う姫騎士ライラさんとはどのような方なんです?」 「歳はわたしより五つほど上の、王都にある離宮から通っていた女性では唯一の王宮騎士でね。由緒正しい家柄のお嬢様だから姫騎士という仇名が付いていたんだけど、見た目は顔合わせした時に思わず一歩引いてしまったくらいの大柄なパワー系女子というか、体育会系のメスゴリラって感じかな?でも顔立ちは生まれの高貴さがにじみ出る結構な美人さんなんだけどさ」 「ふむ」 「……で、やっぱりおカタそうというか、住む世界が違う感じで最初は近寄りがたかったけど、これが話し始めたらすぐに打ち解けたくらいに人当たりがよかったの。いい意味で単純(シンプル)思考だし、あと、とにかく面倒見がいいアネゴ肌で」 まだ、召喚されて一体何が起こったのか理解すら追いつかない状態だったわたしを見て、最初は「ホントにこんなちんちくりんが剣の勇者なのかよ?」と怪訝そうにジロジロ見られたけれど、すぐに「ま、疑ってかかっても始まらねぇな。よし!あたしが面倒見てやるよ」とすぐに肩をバンバン叩かれ、それから何かと世話を焼いてくれたのは感謝しかない。 「なるほど、知らない世界での最初のお友達としては申し分ない方だったみたいですね」 「まぁ名家のお嬢様にしては言葉遣いがちょっと乱暴なギャップもあったりして、それを含めて『ああなんてくっころが似合いそうな女騎士なんだろう』と見惚れてしまったものよ」 「くっころ?」 「……いや、こっちの話。むぐ」 幼い頃から立派な騎士を志して色恋沙汰には目もくれずに一直線ってとこも実に逸材というか、それに関してはルシリエも全面合意して一緒に弄っていたくらいだし、やっぱり彼女をひと言で表現するならそれが一番しっくりくると思う。 「まぁ、ナズナさんもナズナさんでムリヤリねじ伏せて『貴女の意志なんてどうでもいい、私のモノになりなさい』とか言いたくなる人ではありますけど。ふぅ、ごちそうさま」 「ちょ……!?」 「……さて、ではそろそろ向かいますか?あまり寄り道をしていても痺れを切らされてしまいそうですし」 すると、うちのボスはすました顔で物騒な呟きとごちそうさまを告げた後で、ベンチの背後の方を一瞥した。 「あ、やっぱりいるんだ。……昨晩のコかな?」 それを受け、わたしも振り返ったりはしないものの、食べ終えた二人分の包みを一つに纏めながら務めて冷静に囁き返す。 確かに、駅を出てから魔物の気配は微かに感じ取れていたので、わたしも一応は警戒していたんだけど。 「ん〜、ナズナさんが言っていた小柄な女の子じゃないみたいですよ?ほら」 しかし、スメラギはすぐに否定してしまうと、手持ちの杖の先から少しだけ離れた場所にある街燈にもたれかかって腕組みしている、髪を短く切り上げて露出度高めな出で立ちをした長身女性の姿を映し出して見せた。 「……ひぇ、逆監視してたんだ。確かに違う手合いだけど、何のつもりなんだろ?」 自分のボスながら油断も隙もねぇ……ってのはともかく、正面から待ち構えていたあの夜のコと違って今回は物陰からコソコソと見張っているのなら、その目的も違うのかな。 「さて、ただの監視かもしれませんが、向けられた視線から察するにどちらかと言えばナズナさんより私の方に興味があるみたいですね」 「えええ……そんなコトまで……それで、どうする?」 一応、わたし達をライラの元へ行かせたくないのなら、ここへ来るまでに妨害する機会はいくらでもあったはずだし、魔王が呼んでいるらしい魔の山へ行くまでの見張りというのがそれっぽい線だろうが、スメラギを注視しているのはちょっと気になる。 とはいえ、人通りも多いこの往来で捕まえて吐かせるのも考え物ではあるけれど。 「まぁ放っておいてもよさそうですが……何も分かりませんでしたじゃ可哀想ですし」 すると、わたしから対処を委ねられた上司は独り言の様に呟くと、しばらく映像に映った魔族女性をじっと眺め始めるや……。 「…………っ」 程なくして、こっそりと後をつけていたつもりの相手はスメラギの視線に気付いた様にきょろきょろとさせ始めたかと思うと、急に身動きが取れなくなった様子でもがき始めていった。 「あれ、精霊魔法……だよね?って、ああ例の分身か……」 確か、大地と風のエレメントを組み合わせた呪縛魔法だけど、つまりこの相手の存在に気付いてから分身をこっそり飛ばして逆監視しつつ、遠隔で仕掛けさせたと。 「いいえ、アレはナズナさんと遊ぶのに即席で作った玩具(オモチャ)ですけど?」 「は……?」 しかし、ひとり納得して腕組みするわたしに、得体の知れなさ過ぎる上司はさらりと否定してしまう。 「あのヒトは、隙あらば私を狙っていたそれなりの魔族みたいですが、これで呪縛が解けても迂闊に追いかけて来たりはしないんじゃないですかね?」 「わたしじゃなくてスメラギを?どうして……」 「まぁ復活した魔王があなたにリベンジしたいのなら、この私はお邪魔でしょうから」 そして、「もっとも私はそこまで野暮ではないですけど」、とも付け加えるスメラギ。 「…………」 「……さて、それじゃ遅くなりすぎる前に向かいましょうか」 「あ、うん、了解……」 良く分からないくらいに何だか色々と次元が違うというか、最早そんな機会は無いとしても、この見た目だけは文句なしに可愛らしいうちのボスは敵に回しちゃダメな存在っぽいのは確かみたいである。 * 「……畏まりました。ではお取次ぎいたしますのでこちらへどうぞ」 やがて、監視の魔族を放置したまま向かったアルバネーゼ家本邸の正門前でリンドウ王からの紹介状を守衛に見せると、わたしにとっては懐かしの若きメイド長さんがすぐに出てきて案内してくれることになった。 「ほほう、これはまた壮観なお城ですね……」 「わたしも魔王討伐の途中に立ち寄って以来だけど、異世界感あるわよねぇ」 王都にも立派なお屋敷を保有しているものの、モロにお城な感じのこちらは本邸だけあって建物の規模や作りの豪華絢爛さも違うし、そもそも敷地からしてわたしが前の世界で通っていた高校よりも広いときているので、こんなお城でかくれんぼでもしてみたら下手をすれば見つけてもらえないまま飢え死にしてしまうかもしれない。 ……なんて、五年前の自分がライラに言ったら、んじゃあたしら対メイド全員でやってみるか?と意外とノリノリで昔に見たテレビ番組みたいな提案を持ち出されたものの、残念ながら目の前を先導している当時はまだ肩書きが付いていなかったメイドさんにこっぴどく叱られて実現はしなかったっけ。 「それで、ライラ……お嬢様はどちらに?」 「お嬢様は本日も離れの訓練場で白百合騎士団の鍛錬に汗を流しておられます」 ともあれ、正門をくぐって本邸の入り口から一階ロビーも素通りし、まっすぐに敷地の奥へと案内されてゆく途中で訊ねたわたしに、メイド長のルディアさんは黙ってついて来いとばかりに素っ気なく答えてくる。 「……どうやら、あまり歓迎されてなさそうです……?」 「いや、この人は普段からこんなだから……それより」 ただ、淡々と取り付く島がなさそうなこのルディアさん、職業柄か主人と親しい人物と分かるまではこんな風に氷の女を演じているだけで、本当は人懐っこい性格で猫好き仲間でもあったのだけど、まぁそれはともかくとして気になる言葉が。 「あの、白百合騎士団って……。もしかして女性の騎士団ですか?」 「ええ。三年ほど前にアルバネーゼ家の私設騎士団として結成いたしまして、ライラお嬢様が団長を務めておられます」 「……なるほど、やっぱり歴史はしっかりと動き出しているのね……」 ライラと歳の近いルディアさんも五年が経てばやっぱり大人としての深みが増しているし、置き去りにされているのはこのわたしだけで。 「…………」 くそっ。 「なるほど、奥がそのまま訓練場になったんだ……」 やがて、本邸を通過して更に敷地の奥へと続く通路を進むと、以前は薔薇や百合など数多くのお花が植えられていた広大な庭園があった場所が石造りの低い壁と鉄扉で区切られ、その奥には訓練施設や宿舎と思われる建物が軒を連ねている風景が見えてくる。 (綺麗だったんだけどなぁ、あのお庭……) あの夢の光景みたいな庭園風景を始めて見た時は、その場で立ち尽くした程に感動した思い出があるので個人的には少しばかり残念な気持ちもあるものの、そこは他所様のお家の事情なので口には出来ないとして。 「……では、お呼びしてまいりますので、こらちでお待ち下さい」 ともあれ、それから入り口の扉を開けてもらって中に入り、すぐ目の前の研修センターの様な施設のエントランスまで案内されたところで、ルディアさんは一方的にそう言って一礼するや、わたし達を置いて建物から出て行ってしまった。 「行っちゃいましたね……」 「ん〜。こんなトコで放置されても居心地悪いし、追いかけてみよっか?」 「え?まぁ別にいいですけど……」 生憎、ロビーに備え付けられていた長椅子に大人しく座して待っている気にはなれなかったわたしはすぐにそう促すと、面食らった様子の上司を伴ってすぐに引き返し、ルディアさんの向かった方向へ続いてゆくことに。 「……ほほう、皆さん励んでおられますね。ナズナさんもこんな感じで修行していた時期があったんですか?」 やがて、研修施設の横を通って奥へと進むと、軽鎧を着て盾を持ったうら若き姫騎士の卵たちが基礎トレーニングを反復する姿や、木製のハリボテを相手に武器や盾を振るって技量を磨いている景色が見えてきて、スメラギが微笑ましそうに眺めつつ訊ねてくる。 「まぁ、軽くだけど半年くらい毎日ね。わたしの時はのんびりやる余裕が無いからって、最初からライラが直接手ほどきしてくれてたけど」 いくらチート能力持ちだからって、少しは実戦の経験も積んでおかないと戦えなくなるものだし、足腰も鍛えて多少は筋力も付けておかなければ長旅には耐えられないだろうからって。 「なるほど。筋力は魔力で補助できますけど、実戦勘に関しては確かにそうかもですね」 「……とはいえ、やっぱり少しばかり楽をしすぎてたのかなぁ、わたし」 こうやって、地道に努力を積み重ねている人達の姿を見ていると、そう思う。 結局、自分は特別な存在という優越感に溺れていたから、魔王討伐後に待ち受けていた死亡フラグも回避出来なかったんじゃないかって。 「全ての方に一律で当てはまるとは思いませんが、ナズナさんの様な勇者さんに重要なのは努力よりも揺れぬ心だと思いますよ?」 すると、天を仰ぐわたしにスメラギはそう諭してぽんと背中を叩いてきた。 「揺れぬ心、ねぇ……」 「つまり、貴女はただ退かぬ媚びぬ省みぬを貫いてくれればいいんです」 「……相変わらず難しい要求してくるなぁ、うちのボスは」 ただ、そう言われると勇者って案外魔王に近い存在なのかも?とか思わされたりして。 * 「……お、いたいた。あれ……かな?」 やがて、ルディアさんを追いかけてゆくうちに、奥にあったすり鉢状の観客席つき闘技場まで辿り着くと、その中央付近では昔に見たまんまのアルバネーゼ家の家紋が刻まれたミスリル合金製の特注プレートアーマーを纏い、左手にはかつて魔王の攻撃をも防いだ具現化(メタリラ)の杖と並び神器と称された聖霊の盾を構えた長身の姫騎士が、身体つきからして未だ成長途中な少女騎士達に囲まれて稽古をつけている姿が目に入ってきた。 「ほら、どうした!?五人がかりでもあたしに指一本触れられないじゃないか!」 「く……ま、まだまだ……!てやぁッッ」 「ふん、根性は買うが、闇雲に突っ込むだけでは能がないと言ったろう!?」 「うぁ……っっ!」 「……あれはどういうお稽古、なんですか?」 「見りゃ分かるでしょ?アルバネーゼ家に代々伝わる盾闘術の模擬戦よ」 他に何がある?ってくらいの状況なのに、わざわざスメラギが尋ねてくる辺り、確かに一種異様な光景ではあるのかもしれない。 なにせ、中央に立つ教官も取り囲む見習い達も、手に持っているのは盾だけなのだから。 「相手を良く見ろ!このあたしにだって隙は必ずある、いや作れるものだ」 「盾闘術……」 「盾を主とした防御重視の闘法で、実戦だと片手剣も一緒に使うんだけど、今は盾だけでやってるみたいね」 ちなみに、ライラからの叱咤にお尻を叩かれる様にして少女騎士達も果敢に挑み続けているものの、聖霊の盾で蹴散らされて有効打どころか近付くことすら叶わぬ様子で、力量の差はさながら幕下力士と横綱といったところだろうか。 「……それで、あの聖霊の盾を持っている方がナズナさんのお仲間ですよね」 「うん。それは間違いないハズなんだけど……」 ともあれ、分かりやすい目印もあってスメラギが確信ありで水を向けてくるも、一つだけ大きな違和感があって歯切れの悪い返事になってしまうわたし。 「けど……?」 「いや、髪伸びたなぁって……」 なにせ、男勝りで凛々しい性格を象徴していたかの様に金色の髪を短く纏めていたのが、今やすっかりと背中から腰の辺りまで伸ばしているのだから。 「さぁどうした!もっとかかってこい!来ないのなら、こちらから征くぞ……!」 「わ、わわ……っ?!」 「こら、陣形崩しちゃ……きゃあっ!」 「……あの方が髪を伸ばしたから、どうなんです?」 「別にどう、というわけじゃないけど……」 実際、それはそれで似合っているし、美しい髪を華麗に棚引かせつつ立ち回る今の彼女も大人の女性としての魅力がいっそう増しているのは認めなくはないけれど、自分が知っているライラとずいぶん印象が変わってしまっているのは正直面白くなかった。 「……ったく、あたしから一本取った者を聖盾の継承者候補にすると言ったが、それもまだ遠い先の話みたいだな」 「敵前で狼狽し足が止まるとは技量以前の問題だが、この戦いで改めて学んだだろう。盾というのは攻防一体の武器でもあるというコトをな!」 「はい!団長……!」 (団長、ね……) そして、ああやってキラキラとした憧れや尊敬の眼差しを浴びせてくる新米騎士達に囲まれながら、見違えた姿で“先生”になっている姿を見ると、何だかすっかりと遠い存在になった気もして、わたしの心に疼きが走ってくる。 自分にとってのライラは、頼れる盾であり軽口が絶えない悪友だったのに。 「ふむ、なるほどナズナさんの評判通りの人物みたいですね。私も嫌いではありませんよ」 「……ねぇ、今さらだけどあのライラの持ってる聖霊の盾って、やっぱり無属性エレメントのチカラが込められていたの?」 「そうですよ?あの盾はオリハルコン合金で鍛えられたものですが、その中心部には聖霊が加護を吹き込んだ無属性と光属性の精霊石がそれぞれ埋め込まれているんです。一応、使い手が術者じゃないのを想定して魔王の操る闇の魔力に対抗できる程度のチカラが予め込められていますけど、なんでしたら少しお借りしていきます?」 「いや、わたしに盾は似合わんでしょ。それにあるイミ既に持ってるとも言えるし」 「……ふふ、確かにそうですね」 そこで、少しばかり思うことが芽生えた後で、まずは隣の物知りボスにぽつりと質問すると、こちらの感情でも読んだのかさらりと物騒な提案まで付け加えて説明を返してくれたものの、それは苦笑い交じりに否定して観客席の階段を下りてゆくわたし。 後継者選びの話が聞こえたのは少々気に障ったとしても、だからといって別に自分が奪い取ろうなんて思っちゃいない。 ただ……。 「騎士の本領とは、祖国や大切な者を守護する為の盾なんだ。だからこそいかなる攻撃からも耐えうる盾術を極め、何者が相手だろうが臆せず立ち向かっていかなくてはならない!」 「はい……!」 「……なるほど、さすがは聖盾の勇者って感じの御高説で痛みいるわ」 「あん、誰だ……!?ここは部外者の立ち入りは禁止だぞ」 やがて、こちらに気付かないまま座らせた弟子たちの前で熱弁を振るうライラに声が届く距離まで近付き、わたしがワザとらしく拍手を浴びせ茶々を入れてやると、かつて生死を共にした仲間は怪訝そうに睨みを返してくる。 「だれって、まぁアンタの鈍さじゃやっぱ分からないかな?」 いや、混乱を避ける為に変装しているのだからそれが当たり前ではあるのだけど、それでも無性にイラみを感じつつ、肩を竦めて挑発してしまうわたし。 ……なんかさっきからムーブが小悪党っぽくなってるのは自覚してる。 してるけど。 「ライラお嬢様、この方々は……」 「あたしはもう次期当主なんだから、いい加減にお嬢様呼ばわりはやめろ!……ああ、なるほど。魔王討伐の為に再び外から呼ばれた新しい剣の勇者サマってか」 「……それはわざわざご苦労なこったが、悪い事は言わねぇ。うちの王家は信用しない方がいい」 それから、すぐ近くで講義が終わるまで控えていたルディアさんが慌てて駆け寄って耳打ちするや、昔は忠誠を何よりの美徳としていた姫騎士は、敵意こそ感じられないとしても冷めた視線で忠告を返してきた。 「そうかもしれないけど、この状況を放置はしておけないでしょ?」 もしもベルガモ王がまだ生きていて、都合のいい言い分でキレかけていたとしても、ね。 「ふん、それであたしに一体何の用だ?」 「いやね、少しばかりの情報収集と……あとは久々に稽古でもつけてもらおうと思って」 ともあれ、今はこのムシャクシャしてきた心を鎮めないことには前に進めそうもない。 そこで、続けて素っ気なく用件を尋ねてきたライラにわたしも同じくさらりと返し、背中に勇気の翼を広げつつ、腰から愛用の杖を抜いて見せるや……。 「……ッッ?!オマエ、その翼に杖は……!!」 「さ、まずはブン殴り合おっか、ライラ……?」 翼を翻してライラの眼前まで一気に飛び降りると、杖の先にこちらも無属性と闇属性を込めた盾を具現化させて悪役キャラっぽくニヤリと笑みを向けてやった。 次のページへ 前のページへ |