二度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その2
第二章 それでも、必要だからと拾う神もいる
眼前の少女が何者なのか、未だまったく見当もつかない。 しかし、少なくとも相手の方はこちらをよく知っていそうどころか……。 「……ね、それでアタシが誰だかは分かるカナ?ん?」 「いや、さっきから一体なんの……」 「あは、何のハナシだなんてムダな問答はやめよー?このアタシにはその厚化粧の下のカオが見えてるんだからさぁ」 「ちょ、言い方ぁ……っ!」 確かに間違ったことは言われてないけれど、明らかに年下のコに言われるとムカつ……いや、そうじゃなくてつまりそれが“見える”というコトは……? 「こら、スメラギこれは一体どういう……って、寝てるしぃ……っ!?」 そこで、まずは呑気に肩へもたれかかったままの上司に問いただそうとしたものの、急に静かになっていたと思えば気を失ったように眠り込んでしまっているみたいだった。 「…………っっ」 「ねぇ、そんなに狼狽えないでよ?アタシの知ってる勇者サマはどんなバケモノが出てこようがお構いなしで勝ち誇った笑みを浮かべてたじゃない?」 「……いや、そーだったかもしれないけど」 まさか、こんな時にでも墓荒らしされてしまうなんて……というか、このわたしの過去を知っていてひと目で正体を認識できるって、まさか。 「もしかしてーフヌけちゃった、なんて言わないよね?ちょっと試してみてイイ……?」 すると、眼前の少女は一方的に好き勝手なコトを言い放った後で、見据える瞳にギラリと宿した殺気を向けてきたかと思うと……。 「…………ッッ」 次の瞬間、相手が翳してきた掌から虹色の光線の束が襲い掛かってきたのに合わせて、どんな攻撃にも対処可能な球状の障壁を咄嗟に張り巡らせて防ぐわたし。 「あはっ、まぁこのぐらいは防ぐよねぇ?」 「……たりまえでしょ……ッッ!!」 そしてすぐさま腰から得物を抜くのと同時に背中から翼を広げるや、杖の先端に刃を具現化させつつ相手の懐へ向けて瞬時に斬りかかった。 「あはは!イイ、いいよ……!やっぱテレシア・ルフィンはそうでなくっちゃ!正義のアカシとばかりに白い翼を見せびらかしながら敵はまずブチのめしてからってさぁ!?」 しかし、それも小さな漆黒の翼を広げて大きく宙返りした相手に避けられてしまうと、何やら嬉しそうに厄介ファンみたいなコトを言い出してくる。 「いちいちうっさいわね……!というかあなた、もしかして次の魔王とか……?!」 「……プッ、アタシが魔王だなんてウケルー。魔王サマはねぇ、アタシなんかよりよっぽどスゴいんだからぁ」 ともあれ、こちらも深追いは避けて一旦間合いをとりつつ頭に浮かんでいた推測を向けると、着地した闇の少女から口の辺りに手を当てつつ失笑されてしまった。 (アタシなんかよりもって……) その言い方にイラっとはさせられたものの、正直ここまでのやり取りでも相当ヤバい相手なのを感じ取って鳥肌が泡立ってきているのに。 ……そもそも、さっきの全属性を束ねて仕向けてきた光線だって、わたし以外で防げるのはライラの聖盾くらいのものだろう。 「……けど、魔王サマもアタシもさ、ルフィンのことずっと待ってたんだよ?」 そして、そのまま迂闊に動けず相手の出方を伺うわたしへ、正体不明な少女は真剣な口調に戻ってそう続けてきた後で……。 「え……?」 「だからぁ、あまり道草くってないで早く会いにキテ、だってさ。じゃ伝えたからネ〜?」 それだけ言い放つと、後はかき消えるように姿を眩ましてしまった。 「あっ、ちょっ……!」 「…………。さっさと会いに来て、か……」 今回はただの後始末のつもりだったけれど、何やらいきなりきな臭くなってきたかも。 (どうやら、思っていたより簡単なお仕事じゃあなさそうってコトかな……) * 「……しっかし、まさか初日で正体(ネタ)バレしているとは……」 やがて、地面に横たわって呑気に寝こけたまんまのスメラギを回収して星辰亭に戻り、片方のベッドへ雑に放り投げてやった後で、わたしは窓際の椅子に腰かけて真ん丸なお月様を見上げたまま独りぼやいていた。 まずは問い詰めてやろうにも、ポンコツ上司は泥のように眠り込んで朝まで起きそうもないし、下手に揺さぶって吐かれても困るから、今は寝かせておくしかない。 (しかも、アタシが誰だか分かるか?って言ってたわよね、あのコ……) 一応、魔王討伐の旅の途中でそれこそ数えきれない人達とは出逢ってきたけれど、かと言ってあれだけ強いチカラを秘めていそうだった女の子、ねぇ。 (まさか、あの魔王に隠し子でもいたとか……?いや、隠し子じゃなくてふつーに娘でもいいんだけど) 背中の辺りから常にどす黒いオーラが立ち込めていた魔王(イル・ヴェール)は普通のヒトとはかけ離れた存在ながら、姿形は長身の成人男性に近かったので、人間の女の子に近い姿の子供がいたとしてもおかしくはないのもかもしれないものの、ただ戦いを仕掛けられたとはいえ、あのコから向けられていた感情は憎しみよりむしろ嬉しそうにすら見えたのが引っかかる。 つまり、殺気は向けられても敵意は薄い相手、ということになるんだけど。 (……やっぱ、ライラとルシリエに会いに行って心当たりを相談すべき?……でもなぁ) というか、ずっと一緒に戦ってきた仲間にして何でも話せる親友達だったし、真っ先に会いに行きたい気持ちは燻っているものの、ただあれから五年が経ち、二人とも自分がいない日常の中で新しい生活を送っているはずだから、わたしみたいな亡霊が今更会いに行くのはどうなんだろう?という躊躇いもあったりして。 ……もちろん、二人の前でそんなコトを言おうものなら激怒されると思うけど、わたしが処刑されたと聞いた時にどう受け止めたのか、気にはなるけど怖くもあった。 「…………」 ――まさか、あんな結末が待っているとは思わなかった。 元の世界に還す術は無いのを承知で王家の人達から一方的に召喚され、普通の夢見る女子高生だった石蕗蛍子という存在が一度殺されたのも同然の仕打ちを受けた上に、世界の命運なんてあまりに重たい責務を双肩に担わされて十分な準備期間も与えられないまま僅か二人の仲間と共に幾多の魔軍に占領されていた街や村を開放しつつ魔者達の巣食う魔の山岳地帯へと赴き、その最奥にある災いの中心部へ乗り込み命を賭して魔王を打ち滅ぼして見せた挙句、その勇者に向けられたのは熱賛や圧倒的感謝などではなくて……。 「……はぁ……」 ってまぁ、別に感謝はしてくれなくてもいいどころか、ぶっちゃけ魔王討伐の冒険を終えるまでは逆にこっちがありがとうございます、ってなものだったんだけど。 ……なにせ、こっちに呼び出される直前の頃のわたしって、就寝前は次に目が覚めたら異世界に飛ばされていないかなと真剣に念じながら瞼を閉じていたくらいの、文字通りに末期的なオタ女子だったわけで。 「…………」 すると本当に十八になる直前に夢が叶い、しかも脳内でイメージしたものがカタチになるというチート能力が備わっているのも知らされ、王家に代々伝わっていたらしいそのチカラを引き出す伝説の武具を差し出されて世界を救う勇者になって欲しいと請われたのだから、時には生存者が殆どいない村での悲惨な戦いなども経験して不謹慎かなと思う事もあったけれど、初めて死を覚悟した魔王との死闘すら至福な時間だったと言えるかもしれない。 「…………」 けれど、そんな無我夢中で駆け抜けた冒険は、魔王が斃れ闇の瘴気で操られていた魔物達も一緒に浄化されてひと区切りとなり、平和が戻った王都へ凱旋後は盛大に祝勝の宴が催されたのを区切りとしてパーティーも解散。その後わたしは準貴族の称号と適当な名誉職も与えられたのだけど、お城で華やかながらも虚無な日々を過ごしているうちに、ふと学業や生徒会活動に追われながら隠れオタクを続けていた多忙な学生の日々が懐かしくなり、いつだったか久々に立ち寄ってみた星辰亭で預けたままにしていた制服を受け取った時、元の世界へ戻りたい想いが込み上げて涙と一緒に止まらなくなってしまった。 そこで、ライラや仲良しになっていた宮廷司書さんに相談してみたところ、アステリア王国領とは遠く離れた地方に自分を呼び出した召喚術の基礎を発明した魔術師達の学術都市があり、そこで調べてみれば方法が見つかるかもしれないと教えてもらい、わたしはここらで学生に戻ってみるのも悪くないと久々にワクワクした気持ちにもなって、当たり障りのない名目で留学の許可と推薦状の発行を願い出てみたものの……。 (……俺の答えはこれやって、火炎瓶を投げつけられたのよねぇ……) それからわたしはすぐにベルガモ王に呼び出され、あんなに激しく捲し立てられたのは初めてだったけれど、何やら国王は自分が他国へ亡命しようとしていると勘違いしたみたいで、そこで仕方なく本音を話しても、望むものは何でも与えてやるからずっとこの王国に留まれとの一点張り。 一応、自分達が滅ぼした魔王や魔軍もこれまでの歴史を振り返ればいつしか復活の兆候が表れるはずだからという理由もあったものの、実はベルガモ王は魔王討伐の旅に出ていた時からわたしに対して猜疑心を抱く様になっていたんだそうで。 (もちろん、わたしにとっては寝耳に水だったんだけど……) ゴッドマリー亭の常連さんや心配してくれたお城の政務官さんの話によれば、アステリア王国は世界でも有数の領土を持つ大国だけど、魔物の発生源にして魔王の城がある山脈が領土にあることから真っ先に魔軍の脅威に晒されてきていて、そのたびに世界中から腕利きの冒険者を集め、更に勇者と呼ばれる特別なチカラを持つ者達を招き手厚く支援することで危難を乗り越えてきた歴史を持つが故に、民衆の間では魔王と直接対抗出来る者が国の王にと望む声が根強いみたいで、いつしか王都内でもテレシア・ルフィンが魔王討伐を成し得たあかつきには次代の女王に推す声が上がり始めていたとのこと。 (まったく、当事者の及び知らないところで好き勝手言ってくれてたんだから……) こちとらダメモトで元の世界へ戻る手掛かりを探したいだけなのにと溜息は零しつつも、それを聞いて仕方なく留学願いを一旦取り下げたわたしは、地位やら権力にはまるで興味がないことを丁寧に説明しつつ、まずは王の疑心暗鬼を解消しようとしたものの……。 「…………」 それから一週間後の夜、わたしは城内の処刑場で火あぶりにかけられてしまっていた。 ……と言っても、わたしはその直前に催されていた王家主催のパーティに招かれ、この日は特に機嫌の良さそうだった王より直接振舞われた秘蔵の毒入り葡萄酒を口にして間もなく昏倒したので、自分が何をされたのかを正確に知ったのは後の話だったけれど、いずれにせよ自分は何も知らないまま火葬されるはずだった、らしい。 (けど……) (…………) (…………) (……して……) (……目を、覚ましてください、ツワブキケイコさん……!) (……ん……?) 夢も見ないほどの深くて永い眠りの最中にわたしの名を呼び続ける女の子の声が聞こえ、不意に意識だけが明晰になってゆく。 (お、ようやく気付いてくれましたか、石蕗蛍子さん) (……気安くその名を呼ばないでよ、わたしの名は魔法少女勇者……って……) それから、仲間にすら拒否反応を示す昔のフルネームで呼ばれ続けているのが気に障って言い直させようとしたものの、そこでハッと我に返るわたし。 ……あれ、確かわたしは……? (それより、まだ両眼くらいは開けられるでしょう?状況を確認してみて下さい) (状況……?って……) (…………ッッ?!) ナニが何だか分からないものの、促されるがままに瞼を開いてみると、わたしの身体は夜闇の中で磔にされたまま高く晒され、更に足下からは轟々とした炎と煙が包み込もうとしている信じがたい光景が映し出された。 (え、ちょっ、やめ……え、ええ……っ?!) (残念ながら、あなたの全身は毒に侵され、もう声も出せませんし動けません) そこで、やめてと叫びつつ手足をジタバタさせようとしたものの身体はいう事をきかず、背中の方から聞こえてくる少女の声だけが淡々と非情な現実を告げてくる。 (そんな……ウソでしょ……?) けれど、信じたくないだろうが今の自分は確かに口を除く首の上が僅かに動く程度で、既に足元の靴やロングスカートの裾には火が点いているみたいなのに、焼かれる熱や痛みすら感じないのがそれを物語っていた。 (このまま肉体と魂が繋がったまま焼かれればどちらも滅びる、すなわち“死”が訪れるわけですけど……。魂だけでも助かりたくはありませんか?) そして、復活した知覚と聴覚で状況を理解したわたしへ、姿が見えない少女(?)は丁寧にこれからの運命の行く末を説明しつつ尋ねてくる。 (魂、だけでも……?) (ええ、第二の人生ってやつですかね?私なら導いてあげられますよ) (私ならって、一体どちらの私なのよ……) あと、ついでに第二どころか第三になると思うんだけど。 (おっと、これは名乗り遅れましたね、私の名はスメラギ。貴女の様な悲運の勇者の魂に新たなる道を示す者です) (悪魔じゃないのなら考えてあげてもいいけど……アナタの目的はなんなの?) すると、背後に張り付いているらしい少女が改めて名乗ってきたのを受けて、とりあえず相手の目的を問い質すわたし。 ……そもそも、この状況で選ばせているということは、助けに来たというよりも取引を持ち掛けられていると考えるべきだろう。 (私は悪魔ではありませんよぅ。神か?と言われてもちょっと返答に困りますが) (うさんくさいなぁ……) 神でも悪魔でも無いのなら、一体なんだというのだか。 (さ、どうします?このままではものの数分も経たずに再び意識を失って……) ……ただ、それでも考える時間は殆ど無いらしく、こちらの猜疑心もどこ吹く風で回答を迫るスメラギに対して……。 (……分かった、分かったわよ……!話に乗ったげるから助けて……!) 結局、わたしは殆ど咄嗟に差し出された半透明の藁を掴んでいた。 (分かりました。ではまた一旦おやすみなさい♪) (…………っ) それから、言葉通りにわたしは再び深い眠りの底へ意識が沈んでいき……。 「…………」 「…………」 「…………」 「……ん、んん……?」 次に再び目が覚めた時には、何やら懐かしい場所でお布団にくるまっていた。 (ここは……って、あれ……?) 瞼を開いた先の天井に貼られている、バイブル的存在だった異世界転生ものラノベがアニメ化された時に買って貼り付けていたポスターにまずはぎょっとさせられ、すぐに上半身を起こして見回すと、カーテン越しに陽光が差し込む六畳半程度の室内は小学生の頃から使い続けていた懐かしの学習机に、参考書だけでなく魔法少女ものや冒険ファンタジー系の書物がきっちりと整頓されて敷き詰められた本棚、ベッドの横にあるテーブルの上には置き去りにされていた肉球ストラップつきのスマホが充電スタンドの上に乗ったままになっていて、改めて思い出すまでもない元の世界の自分の部屋の風景だった。 (ちゃんとココネもいるし……) しかも胸元へ視線を落とせばいつもの猫さん柄の黄色いパジャマ姿で、お腹の辺りにはお布団ごしにわたしの使い魔、という脳内設定にしていたお気に入りのピンクの猫のぬいぐるみも乗っかっていて、そのまま手を伸ばして抱き寄せてみればモフモフ加減もそのままと、懐かしみをすっ飛ばして以前の日常に戻った感覚になってくる。 「えっと……」 ……まさか、今までの全ては夢だったとでも言うのだろうか? だとしたら、せっかくの甘い夢が台無しな終わり方だけど、まぁいいタイミングで目が覚めてくれた……。 「ん……?」 「おはようございます〜♪朝ごはん出来ましたけど、起きてくれてますか?」 と、久々の実家の安らぎ感に包まれながらそんな都合のいい解釈をし始めた矢先、部屋のドアを二度ノックする音の後でエプロン姿な見覚えのない小柄な女の子が後ろに束ねた銀色のロングヘアを揺らせつつ、朗らかな笑みを浮かべて入ってきた。 「あ、うん、おはよう……?」 それに釣られ、こちらもココネを抱きしめたままついおはようを返してしまったものの、ただうちの実家で年下の外国人っぽい女の子と同居していた記憶はないんだけど。 「ふむ、まずは問題なく目が覚めたみたいですね。違和感はありませんか?」 「まぁ違和感ったら、目の前に知らない人がいるくらいかな……?」 それから、なにやら勝手に安心した様子で調子を尋ねられ、率直に一番受けている違和感を答えてやるわたし。 小柄で華奢な背丈と端正な顔立ちは人懐っこい可愛らしさと同時にミステリアスな空気も漂わせていて、それが右手にはおたまを握りしめているあざとさとミスマッチな印象で、何だかまた非日常へと引き戻された気分になってきているというか。 「おっと、そういえばまだ姿は見せていませんでしたっけ。私の声に覚えはありません?」 「声?……あ、もしかして……えっと、スメラギ……だっけ?」 すると、改めて名乗ってくるかと思えばヒントを出され、ようやく心当たりを思い出す。 そういえば、火あぶりにされていた時に呼び掛けてきた声の主である。 (と、いうことは……) 「そうですよ。まぁまずは朝ごはんにしましょう。歩けますか?」 「え?あ、うん……問題ないと思う……」 ともあれ、以前にスメラギと名乗った女の子からまずは食事を促され、言われるがままココネを置いて立ち上がってみると、何やら随分と久しぶりな気がしてきた歩行の感触を思い出しつつ先に部屋から出た相手に付いてゆくわたし。 (……やっぱり、夢じゃなかったかぁ……) そもそも、アステリア世界へ召喚されたのは夕方に学校から帰宅した後で、着替えないままベッドに寝転がったけど意識はしっかりとしていた中だったのを思い出した。 「…………」 「ささ、どうぞ〜遠慮なく」 「……あーはい、いただきます」 それから、二階の自室から一階のキッチンまで連れられると、本当に朝食が並んでいたのに驚かされつつ、スメラギと名乗った少女とテーブルを囲んで両手を合わせるわたし。 (へー、ホントに作ったんだ……?) しかも、ご飯に味噌汁、卵とハムを二つずつのハムエッグにサラダと白菜のお漬物という、飛ばされる前は食べ飽きてたまにはパンとか、この際オートミールにでもならないかなと心の中でぼやいていたうちの定番メニューである。 「……おいしいですか?」 「ええ、まぁ……」 とりあえず生返事は返したものの、美味しいというよりは味の方もしっかりと再現されていて懐かしいというべきか。 「よかった。味覚もしっかりして食事出来ていますし、これなら問題なさそうですね」 「問題?」 「はい、あの時に私が言ったことを覚えてます?」 「……ええと、魂だけでも助かりたくありませんか、だっけ?」 焼かれる前に盛られた毒に冒されて、身体の方はもうどうにもならないからって。 「ええ、そうです。それで、私は助かりたいと望んだ貴女の肉体が焼き尽くされる前に魂だけを切り離して持ち帰ったんです」 「ここに?……って、ここは何処なの?ちなみにわたしの実家という回答は不要です」 「ふふ、なかなかせっかちさんみたいですけど、そうですねぇ。ざっくりと言うなら私の世界の一部分といったところでしょうか?」 そして、あの夜からの経過が大体分かってきた中で、無駄な問答への釘を刺しつつ尋ねると、わたしを助けた少女からはニコニコ顔で何やらスケールのでかい回答が返ってきた。 「スメラギさん、の……?」 「さん付けは無しでいいですよ。一度は別世界へ召喚された経験のあるあなたなら“世界”というものは無数に存在していて、それが立体的に繋がっているという説明は受け入れてもらえると思いますけど、私くらいになれば自分で世界を持てたりもするんです」 「私くらいになればって……んじゃ、この茶番は……?」 よく分からないながらも疑問の一部はそれで解消として、これでますますこのスメラギという女の子の得体は知れなくなってきた様な。 「それで、お招きした歓迎の証と今後の住居の提供を兼ねてあなたの生家を再現してみたわけですけど……茶番なんて言わないでくださいよう」 「……うんまぁ、御厚意だけは受け取っておきます。は〜久々の味噌汁おいしい……」 悪気が無さそうなのは信じるとしても、こんなコトされたら……たとえば今飲んでいる母の味を再現した味噌汁なんて振舞われたら余計につらくなりそうなんだけど、まぁ今はそれ以上に他のツッコミどころが多すぎで棚上げしておけそうだし。 それより……。 「あれ、思ったより反応微妙ですね?あなたの記憶から得られた情報をもとにしたんですけど、まだまだ再現度が低かったですか?」 「それよそれ!一体どうやってと思ったら、勝手に人の記憶を覗かないでよ……」 引っ掛かっていたのは情報ソースの方だったんだけど、オチがまたダイレクトすぎる。 「まぁまぁ、覗いたといってもほんのごく一部だけというか、あくまであなた自身が他人に知られても構わないと思っているレベルの記憶だけなので」 「ふーん、情報の管理は案外にしっかりしてるものなのね……って、そういう問題じゃなくて、人のアタマの中を勝手に見ようという行為そのものが……!」 そこで、とにもかくにもわたしは個人情報の蹂躙を抗議したものの……。 「とはいえ、貴女の身体を複製する為にはどうしても必要だったので、まぁご了承ください」 「ふ、複製……?ってああ、そっか……なるほどね……」 相手からは悪びれることなく正当性を手短に説かれ、わたしも食事の手を止めて改めて今の状態を見まわしてゆく。 自室からキッチンまで降りる際に一度肉体が滅びてしまっていたのをすっかり忘れていた程に違和感がなかったけれど、わたしの身体もこの実家の様に精巧に複製されたということか。 「ええ、あなたの肉体はほぼ完全に再現出来ているはずですけど、それも魂の奥底に記録されている構成図が引っ張り出せればこそなんです」 「へぇ、魂の中にそんな記憶領域があったなんて……。でも、“ほぼ”っていうのは?」 「都合上、成長を司る遺伝子に少しばかり細工をさせてもらいまして、ある程度の幅は持たせていますけど複製時の状態をなるべく保持する様にしています。まぁつまり、ざっくりいえば老化しないってことですね」 しかし、それでも完全ではないという言い回しに嫌な予感を覚えてすぐに問い質すわたしへ、スメラギは食事を続けながら淡々とした口調で反応に困る仕様を突きつけてきた。 「……都合上、ねぇ。まぁあの時のわたしはまな板の鯉も同然だったから、どちらにしても黙って受け入れるしかないんだけど」 それでも、不老の身と聞いたわたしは喜ぶことも反発することもなく、肩を竦めて投げやりに応えると、冷めかけている朝食の平らげを再開してゆく。 どの道、この期に及んで普通に歳とってふつーに結婚したりして年老いた後に子供や孫たちに囲まれて安らかに召されたいみたいな願望があるわけでもないし。 ……それより、彼女がわたしを助けたのは何らかの目的があってのハナシだろうし、気になるのはこの不老ボディに何をやらせる気なのかという方。 「まぁまぁ、そんな身構えないで下さいってば。……実はですね、私はこの世界を拠点としてこういう組織を営んでいるんですよ」 すると、スメラギはそんなわたしに苦笑いを向けた後で、エプロンのポケットから一枚の名刺を取り出してこちらの目の前へ滑らせてきた。 「んっ……異世界遊撃勇者団、アンブロジア……?」 「ええ、自らの力ではどうにもなりそうにない脅威に晒されて助力を必要としている世界へ向けて“勇者”を派遣する事業です」 そこで、わたしがお茶碗を手にしたまま名刺の中央に書かれていた文字を読み上げると、その勇者団の代表らしい少女はドヤ顔で腰に手を当てて説明してくる。 「勇者派遣業、ね……対象はやっぱり魔王とか魔軍が相手?」 「ええまぁ、基本的には。少なくとも、聖霊の加護を受ける勇者は瘴気を根源とする闇の勢力に対抗する希望の光であって、人間同士の諍いに干渉すべきではありませんから」 ともあれ、これで相手の目的も見えてきて安堵、とまではいかなくともようやく落ち着いた心地になりつつ探りを入れるわたしに、スメラギは少しの含みは持たせつつも頷いた。 「なるほど……?むぐむぐ……」 どうやら、勇者とは名ばかりのただの傭兵団(ゴロツキ)ってわけでもなさそうだけど。 「ただし、受け取るのは金貨か宝石、それに準ずるものによる報酬のみで名誉はありません。お仕事が終わればすぐに撤収で後腐れは一切無しがモットーですから」 しかし、それでも続けられた補足を聞けば、あくまでおカネの為らしい。 「つまり、あくまで営利組織(ビジネス)だからそのつもりでってこと?」 「解釈は自由ですけど、あなたには理解していただけると思います。名誉というものは時に勇者を殺めてしまう諸刃ともなりかねませんから」 「……そうね、確かにそうなのかもね……」 これはまた、ぐっさりと痛いトコロを突いてくるもんだ。 「テレシア・ルフィンも希代の能力を秘めた勇者でしたが、魔軍を蹴散らしてゆく中で天下無双と高まり続ける熱賛や名声に、ベルガモ王はいつしか魔王よりもあなた自身が王家を脅かす存在になると恐れを抱く様になっていたそうですね?」 「…………」 「実際、魔王討伐後は彼女を次の国王にと推す声も目立ち始め、そんな彼の心情を察知したあなたは国王の座には興味が無いことを再三に渡って伝えていたみたいですが、既に疑心暗鬼に囚われていた彼には逆効果になってしまったんです」 「……だから、魔術学院への留学は自分の首を狙うわたしが視界から消える為の方便と思い込んで、最早処刑しない限りは安心して眠れなくなってしまった、ってとこ?」 わたしは誤解を解きたいだけだったのに、殺意の裏返しと受け止められていたなんて。 ……あと、何だかんだでわたしのコトもしっかりと調べ上げているみたいなのは流石と言うべきなのか。 「なので、勇者というものは必要な時だけ現れて、使命を果たせば静かに消えてゆくのがお互いに好都合なんです。もっとも、あなたの場合はそうしたくても出来ない身の上でしたけど」 「ほんそれ……魔王を倒した後々のことまで考えていなかったのは無邪気すぎだったのかもだけど、んじゃわたしみたいな境遇の元勇者さんも大勢いると?」 自分と同じような目に遭った人達の集まりならすぐに打ち解けられそう、かも。 「……えっと、それがですねぇ、実はまだ立ち上げたばかりでメンバーは数えるほどしかいないんです。しかも、引き合わせておきたくても全員が出払っている状態でして」 「忙(せわ)しいなぁ……」 何やら、わたしもいきなりコキ使われそうな予感が……。 「ほんと、依頼はひっきりなしに届いているのに、人手が全然足らないんですよぉ。なので、貴女にもこれから早速にお仕事を引き請けていただきたいくらいなのですが……」 すると、的中とばかりにスメラギが早速お仕事の話に入ろうとしてくるものの。 「えええ、契約とか研修とかそういうのもナシで?!」 「……まぁ、そういうわけにもいきませんので、これから少しだけ試させてもらってもいいですか?あ、もちろんご飯を食べ終えてからでいいですから」 ちょっと待ってと身を乗り出すわたしに、スカウトしてきた勇者団の代表はニコニコと穏やかながらも圧力を感じる笑みを浮かべてそうのたまった。 「試す……?」 何やら、イヤな予感が……。 * 「……うわ、えっとなんていうか……お久しぶり……?」 ともあれ、朝食を済ませた後でまずは歯を磨きにお風呂場近くの洗面所まで移動するや、鏡に映った懐かしい自分の面構えに、苦笑いを浮かべつつ軽く手を振ってしまうわたし。 自分は厚化粧とかするタイプじゃないんだけど、そういう人が不意に自分のすっぴん姿を見た時ってこんな感じなのだろうか。 「ええ、元々は黒髪でしたので、復元の際に一旦元に戻しておきましたよ?」 「ふむ……一度、石蕗蛍子に戻っちゃったってトコかしらん」 当たり前だけど、以前に通っていた学校で髪を染めるのは重大な校則違反だったから、まさかあの石頭会長が異世界での話とはいえ、頭をカラフルなピンク色に染めていたなんて、当時を知る人たちが聞いたらどんな反応示すだろうなって、今さらながらにちょっと興味が湧いてきてしまったかも。 それこそ、そんな石頭に育てた自分以上にカタブツな両親や祖父母なんて……。 (親、かぁ……) そういえば、わたしって元の世界だとどんな扱いになっているんだろう? 事故にでも遭っての異世界転生なら死んだってことで止むを得ずでも受け入れているだろうけれど、ただいまを告げた帰宅後に突如居なくなってしまってるんだよね、わたし。 ……って、そんなコトを一度死んでしまった後で今更思い出してしまうのもお笑い種ではあるけれど。 「どうせ魔法で染めていたのでしょうし、あとは貴女のお好きなように」 「うーん……このままでも染めるのも、どっちも今更感あるんだよね……」 つまりそれだけ、中途半端な存在になってしまったのかもだけど。 「でしたら、一部だけ残すのもいいかもしれませんが、まずは修練場の方へどうぞ」 「あ、はい……」 確かに、まだわたしは今後のことが何一つ決まってないんだし、考えるべきはその後か。 (でも、メッシュ案は悪くないかな……?) * 「……で、ここが修練場……?」 「ええ。周囲への気兼ねなく全力でぶつかり合える理想的な環境だと思いませんか?」 それから、歯磨きと洗面を手早く済ませてクローゼットに用意されていた普段着に着替えた後で、玄関から一緒に家を出て修練場とやらへ瞬時に転送させられたものの、予想していた風景とのギャップにわたしが意味も無い疑問を呟くと、スメラギは何か問題が?とばかりに尋ね返してくる。 「そうかな……そうかも……?」 アナタが言うのならそうなのだろうとでも返してやりたくなる、ここの主が修練の場と言い張るこの領域は、床に一定距離で描かれた白く発光する円(サークル)以外は、一体どこまで続いているか分からないくらいに暗闇が続いている何も無い空間だった。 (いや、いくらなんでも殺風景すぎでしょ……) スメラギの言い分からしても対人の模擬戦に特化した場所のつもりだろうけれど、その為の武器や防具すらどこにも見当たらない。 「……さて、それでは早速で申し訳ありませんが、これから少しばかりあなたの能力(チカラ)を見定めさせていただきます」 しかし、ツッコミどころしか見つからずにただきょろきょろと立ち尽くすわたしに対して、スメラギは適度に間合いを取った背後から構わず告げてくる。 「やっぱり、入団試験はきっちりやるんだ?」 「身勝手なのは承知の上ですが、我々は手の打ちようが無くなってきた状況下での最後の拠り所となる存在ですから、危険度の低いお仕事とは無縁なわけです。もちろん、相応の対価は請求しますし、見合う報酬もお支払いしますけど」 「最後の拠り所(ラスト・リゾート)って響きはキラいじゃないけど、でも試すと言ったってどうやって?」 「単純です。これからこのわたしと軽く戦ってもらうだけ」 そして、スメラギは素っ気なくも短くそう告げた後で、翳した掌の先にシンプルな細身の剣を模した発光する塊を具現化させてきた。 「まぁ分かりやすいけど、参考までに不合格ならどうなるの……?」 「そのまま普通の人間として次の人生に送り届けてあげますので、ご心配なく」 「容赦なさ過ぎる……」 つまり、使い物になりそうもないのならそれまで、と。 「…………」 けど、力不足なのに気を使われて足手まといになる位なら、その方がマシかもしれない。 ひとことで勇者と言っても様々だけど、確かに「剣の勇者」なんて呼ばれていたわたしとて、魔王に対抗する最後の希望だったのだから。 「では、あなたも武器を取って下さい」 「ブキ?どこに?」 「あるじゃないですか?ありますよね?」 ともあれ、続けて武器を取れと促されて両手を竦めるわたしに、スメラギは確信を得ている口調でマジックを披露して見せろと要求してきて……。 (あー、なるほど……) ようやくピンときたわたしは心を落ち着かせつつ適当に形を思い浮かべると、相手のものと同じ輝きを放つ白刃の長剣がすぐに手元へ浮かび出てくる。 これまで剣が欲しくなった時はアカシ……もとい具現化の杖を柄として刃の形を生成していたものの、アレはあくまで出力の安定や増幅させる為の補助アイテムであって、本来は無くてもわたしのチートスキルは発揮できるはずで、実際にこうして出てきたと。 「……これのことね?」 つまり、それを見せてみろという試験ですか。 「ええ、それが見たかったんですよ♪では」 すると、どうやらビンゴだったみたいで、まず試験官は納得した様子でにっこりと頷いた後に……。 「…………ッ?!」 不意にスメラギの姿がふっと掻き消えたのを見るや、わたしは反射的に顕現させた剣を取りバックステップで後ろへ跳びつつ、すぐ前方を全力で薙ぎ払っていた。 「く……!」 その後、光の糸を引いた太刀筋は途中で強烈な魔力同士の正面衝突が発生し、金属同士の金切り音が鳴らない代わりに眩い閃光が迸ってゆく。 果たして、これは相手の先制攻撃を防げたというべきか、こちらの先手を受け止められたと言うべきかは定かじゃないけれど……。 「……っっ、いきなり不意打ちなんてエグいことしてくれるじゃない……!」 「ええ、戦場(いくさば)でいつまでもぼさっと立っている人には務まらないお仕事ですから」 目にも留まらぬ疾さで動いたのかホントに消えていたのかもしくはその両方なのか、閃光が落ち着いた頃には鍔迫り合いする姿をくっきりと現していたスメラギにわたしも負けじと押し返しつつ言葉でも反撃を仕掛けてやると、ゆるふわで可愛らしい顔立ちから冷酷な笑みを浮かべて正論を返されてしまう。 「なるほど……っ、見た目によらず荒っぽい育ちなのね……」 ついでに、外見で油断する三流も要らない、ってか。 「ですが、“これ”をちゃんと受け止められたのならば合格です……!」 ともあれ、殆ど無意識の反応ながら最初の一撃を凌いだコトでスメラギが手を緩めないまま合格を告げるや、重なり合っていた魔力がいきなり弾けて鍔迫り合いを捌かれ、わたしは後方の中空へ吹き飛ばされてしまう。 「く……そりゃ、どうも……っ!」 「さて、一応これで試験は完了なんですが……せっかくなのでもう少し遊びましょうか?」 それでも、すかさず背中に纏う自分の姿をイメージして、久々に純白の翼を顕現させ空中で態勢を整えて身構えるこちらに対し、スメラギは戦闘続行を告げた後で追撃してこない代わりにそれぞれ赤、水色、黄緑、茶褐色、そして黒と金色に発光する六体のミニチュアサイズの分身を呼び出してきた。 「げぇっ……まだやるの?っていうかそれファンネルってやつ……!?」 実はわたしも昔に同じ様なコトは考えたコトがあったものの、個別に操るには数だけ脳みそを増やさなきゃいけないのが分かったので断念したけれど、まさかそんな数を一度に操ってくるつもりなんだろうか。 「合格していただけたので本音を言いますけど、貴女はいずれ我々の看板(エース)になり得る人材と見立てています。……ですが、もう一つだけ懸念がありまして、どうもあなたは未だ自分のスキルを正確に理解していない様に見受けられるんですよね……」 「いや、今さらそんなコト言われても……」 それこそ、ゲームクリア後に戦闘システムを理解してなかったと指摘されるような。 「もしも、自らに秘められた能力(スキル)を完璧に自覚し使いこなせていたならば、今ここにはいなかったかもしれません。……ともすれば、別の立場で対峙していたかもしれない類のチカラでもあるのですが」 「は……?」 さっきから、言われている意味が皆目検討もつかない……。 「多くは語りません。その代わりに、ここで程々にレクチャーしておきますね?」 しかし、スメラギの方は苛立ちと困惑が半々状態のわたしにお構いなしでそう告げるや、分身達を一斉にこちらへ襲わせてきた。 「ちょ……っ!?」 まさかと思ったけどホントに六体同時になんてというか、いくらなんでも多勢に無勢。 わたしはまずは回避に専念しようと、素早く翼を翻して更に高く飛び上がり、障害物の無い空間を生かし狙い撃ちされない様に変則的な軌道でロールさせてゆくと、すぐにその背後から火球やら光線やら竜巻やら漆黒の短剣やらといった多種多様な攻撃が雨荒らしの如く降りかかってくる。 (……ああなるほど、やっぱりあのコたちって……) いかにもな六色だったのですぐにピンときたけど、どうやらあのスメラギミニ達はそれぞれが地、水、火、風、光と闇の六種のエレメントの属性を持っていて、各々が特性に応じた攻撃を仕掛けてくるみたいだった。って……。 「くっ、そんなのズルい……ッッ」 当然、それぞれのエレメントには力関係の相関図があり、たとえば……。 「なんの……っっ、氷の盾……っっ」 前方へ回り込んできた赤いスメラギミニが放ってきた火炎放射攻撃は同等以上の魔力を込めた水属性で相殺できるし、 「わわっ?!って……っ、こんなもの……ッッ」 防御でこちらの動きが僅かに止まった隙に金色のスメラギミニが背後からわたしを拘束しようと被せてきたキラキラと眩しいネット攻撃は、武器に闇属性を付与させることで切り払って脱出できるし……。 「そんなっ、程度でぇ……ッッ!!」 すかさず、土のスメラギミニが畳みかけて落としてきた巨大な岩は、剣を持っていないほうの左の拳に風属性のチカラをたっぷりと込めて、昔にハマっていた格闘ゲームの対空ワザみたく迎撃してやれば砕けるということになる。 けど……。 「あつっ、いや冷たいんだけどああもう……っっ!!」 それでも、やはり同時攻撃を仕掛けてくる全属性に対して一つ一つ対処していても到底間に合わないわけで、それから間伐入れずに水のスメラギミニから小さな氷のつぶての雨を浴びせられ、触れた周囲が凍って動きを奪われかけたのを慌てて振りほどきつつ、結局は反撃の糸口は掴めないまま逃げ回るばかりになってしまうわたし。 「厄介な攻撃を……って、ちょっ、わわわ……っ?!」 しかも、それぞれのミニたちは合体攻撃も可能みたいで、他の属性に追い回されつつも正面の方で今度は風と火のミニたちが合わさり、真正面からさっきの倍加かそれ以上の業火でわたしを飲み込もうと攻めたてられてしまう。 (ちょっ、強い、強すぎだって……!) とはいえ、こんな程度であっさり消し炭にされる様じゃ勇者は名乗れないと、咄嗟に高度を下げつつのバレルロールで転がり落ちる様に回避して見せたものの、ホッとする間も無くその先に待ち構えていた三体が取り囲んで追撃してくるし、ここまで隙の無い攻めは多彩な魔法攻撃で苦しめられたあの魔王イル・ヴェールだって不可能だった、はず。 (ああもうっ、一体何者なのよあのコは……!?) というか、これがゲームのボス戦だったらクソゲー認定してたかも……っ。 「ふぅ、やっぱりあなたは自分のチカラを過小評価していたみたいですね」 そして、反攻への突破口が開ける気配のないまま防戦一方が続くわたしへ、遠く離れた“本体”はどうやっているのか知らないけれど耳元によく届く声で溜息交じりに告げてきた。 「はぁ?!ふつーにチートスキルだと思ってますけど!?」 そもそも魔術というものは、世界に存在する地、水、火、風、そして光と闇の六種のエレメントと契約し、そのチカラを適切な配分で集めて一気に解放するコトで発動する、なかなかに面倒くさい工程を必要とするものである。 それでも、今は積み重ねられてきた研究成果により数千という単位の魔術式がパッケージ化されていて、それらを丸暗記すれば自分の能力に応じて行使可能になってはいるものの、わたしの場合はそんな手間すら省いて、例えるならば頭に思い浮かべたゲーム画面をすぐにテレビに映して遊べる様なもので、これをチートスキルと言わずして何というのか。 「ふつーに、ですか?」 「何か不満でも?!っていうか、ナメんじゃないわよ……ッッ!」 だから、風と水の合体スメラギミニが嵐の様に乱舞させてきた雷撃だって、すぐに避雷針代わりのデコイを頭に浮かべて飛ばすことで回避出来ているから、ここまで何とか叩き落とされずに済んでいるとも言えるわけで。 ついでに言えば、背中に纏っている“勇気の翼”だって自分の妄想から生み出した飛行アタッチメントで、しかも制御は自分の念動力というか飛行イメージだから墜落の心配は無い上に物理法則だってガン無視しているし。 ただ一つ、飛ぶことを恐れたり諦めない限りは、だけど。 「……なるほど、元々あなたは生真面目な方で、アステリア世界へ飛ばされた後もエレメントについて熱心に勉強していたみたいですね?」 「そら、わたしゃ魔法少女……勇者だし……っっ」 一応、エレメント達との契約もちゃんと交わしたし、きちんと構造を把握してどんな魔法が出回っているのかを知っているからこそ、より明確にイメージできるワケで。 「ですが、あなたにとってはそれが逆に仇となっているかもしれません」 しかし、そんな当たり前と思っていたわたしの努力を、スメラギはバッサリと一刀両断してしまった後で……。 「く……っっ、だったらっ、何も勉強なんてしない方がマシだったとでも言うの……?!」 「……そうです。貴女が手にしたのは最も無垢で単純な“支配者”のチカラなのですから」 ここからじゃ表情は読めないものの、わたしにキッパリとそう告げてきた。 「は……?」 支配……? 「それって、どういう……」 「さて、私もここに立ったままでは退屈ですし、そろそろ加わりますね?」 しかし、そんな一瞬でも動きを止めさせられてしまった程のパワーワードのイミを説明する前に、スメラギは絶望的な通告を重ねてくるや……。 「ちょっ、うそ……っ!?」 わたしはてっきり、ミニ達の制御に精一杯で動けないと思っていたのに。 「いつまでも逃げ回られていては埒が明きませんし。では……」 「わ……っ?!」 言うが早いか、スメラギは最初の時と同じ様に自分の姿を霧の如くかき消すと、瞬時にわたしの前まで間合いを詰めるや手持ちの剣を鋭く振り下ろし、逃げる間もなく慌てて受け止めたこちらと膠着状態に持ち込まれてしまう。 (やば……っっ!?) ただ、前回はそれでミッションクリアだったものの、今回の戦況的には最悪の対処と言わざるを得なかった。 「……ほら、何とかしないとこのまま私の分身から袋叩きですよ?」 「な、なんとかって……くっ」 もちろん、それは百も承知なので何とか捌きつつ後ろへ飛んで離れたいのに、屈強なまでのチカラで押されながらぴったりと張り付かれて、とてもままならない。 「まぁ合格を出した後なので、その時はまた器を作り直してあげますけど……でも時間と手間暇がかかってしまうんですよねぇ、これが」 「作り直しって……」 この人(?)、わたしの命を一体なんだと思って……。 「……ですが、これを乗り切れないようでしたら、もう一度……」 「この……フザけんじゃないわよ……ッッ!!」 しかし、あまりに生き死にを軽く扱うスメラギへ無性にむかっ腹が立ってしまったわたしは、沸き上がった怒りに任せ、翼の出力を全開に敢えて前へと出て押し返してやる。 「……っ!?そうきましたか……」 果たしてコレが正解のムーヴだったのかは分からない、けど。 「だったら、その時はアンタも道連れにしてやるから……!さぁ、自分ごと撃ちぬけるものなら撃ち抜いて……」 「ええ、それでは遠慮なく♪」 とにかく、破れかぶれで相手を空中で押し倒すような態勢に持ち込んだわたしは分身を引っ込めるように促すも、スメラギはむしろニッコリと笑みを浮かべた後で……。 「へ……?わぁぁぁぁぁぁぁぁッッ?!」 程なくして、六体の分身から一斉にわたし達へ向けて情け容赦のない集中攻撃が轟音と共に降り注がれていった。 「…………」 「…………」 ものの……。 「ふふ、やれば出来るじゃないですかぁ。これでいいんですよ?」 「……えええ、こんなのでいいの……?」 やがて、ミニ達からの攻撃が止み静寂が戻った後で、満足げに天使の様な笑みを浮かべてようやくお褒めの言葉をかけてくれた新しいボスに対して、まだ生きているコトに驚きつつ苦笑いを返すわたし。 「これで、わたしの言ったイミが分かりました?」 「……分かったけど、なんていうか……」 認識はしたけど、少しだけ脳が理解を拒否していたりして。 ……だって、咄嗟に昔の漫画で見た事のある絶対防御魔法の絵が頭に思い浮かんでイメージしてみたら、あれだけ苦労してやり過ごそうとしていた全部の攻撃をまとめて防いでしまったのだから。 (過小評価、ね……) 確かに、今までのわたしはチートスキル持ちを自負しつつ、バランスブレイカーになるのは無意識で拒んでいたのかもしれない。けど。 「ただその代わり、この障壁を張っている間はあなたに掛かっている魔法効果も全て消えてしまうみたいなので、実用には改良が必要ですけど」 「……いや、だったらなんでわたしは“落ちて”ないのよ?」 それより、腑に落ちないことはまだ沢山あって、まずはスメラギの言葉通り今も二人を包み込むように張ったままの白銀色に輝くこのバリアの内部では、直前まで斬り合っていた武器だけじゃなくて勇気の翼までも消失しているハズなんだけど、未だわたし達はこの場でふわふわと浮いたまま。 となると、この状況でも浮いていられる状態を保っているのは自分じゃなくて……。 「まだまだ、あなたの知らなかった知識や存在もあるということですよ、ふふ」 すると、わたしの思考を読んだのか、目の前の得体の知れない少女は悪戯っぽく微笑みつつ言葉を続けてくる。 「……たとえば、エレメントは一般的に六属性と言われていますけど、七つ目があるのは知らなかったでしょう?」 「え……?」 「と言っても、その存在を知る人は殆どいないと思いますけど、それこそがあなたの能力の正体。“無”属性魔法使いなんです」 「無属性魔法使い……?」 「どんな形にでも成るという無であり、全てを打ち消す無でもあり、更に万能という意味でもあるという、特別な資質を持つ者にしか使えないまぁちょっとズルい魔力の源です」 「はぁ……」 ……もしかしたら人智を超えた存在かもしれない美少女との出逢いと、その彼女の口から伝えられた存在すら殆ど知られていない七番目の属性、か。 魔法少女勇者テレシア・ルフィンを名乗っていい気になっていた頃のわたしなら、よくぞ教えてくれましたと小躍りして喜んだのだろうけど……。 「もう、過去を悔やんでも戻れはしませんが、むしろ私と一緒に進むこれからこそ、真なるチカラを自覚したあなたに相応しい舞台になるんじゃないかと思いますよ?」 「…………」 「ですから……どうか、これからよろしくお願いしますね?」 「……はいはい、わたしは裏切らない相手ならもう誰でもいーわ……」 それから、こちらの心情はつゆ知らずといった様子でトドメの一押しとなる口説き文句を続けた後で、互いの武器が消失して空いていた両手を重ね合わせ、探し続けていた相手が見つかったとばかりの嬉しそうな笑みを見せた謎の少女に、わたしは諦めたように細くも温かい両手を軽く握り返して投げやりな了承を返してやった。 「ふふ、ツンデレさんというやつですね?分かります」 「……それ、わたしの脳内から勝手に覚えた言葉じゃないでしょーね……?」 正直、もう以前の様な情熱は湧いて来てはいないとしても、ただ元勇者様マインド的に言うのなら、まだわたしには為すべき使命が残っているのかもしれないから。 ……それと、決して口にはしてあげないけど、少しばかりこの謎の女の子の笑みに心がときめいてしまったのも否定できないし。 * 「……わたしの妄想を具現化させる無属性エレメント、かぁ……ふぁぁ……」 やがて、回想も一区切りしたところで一旦目を伏せ、欠伸交じりに呟きつつ視線を上げてゆくわたし。 まさかの複合型チートスキルだったというオチだけど、あの後でもう少し詳しく聞いた話によれば、七番目というよりはむしろ零番目とも言うべき根源的な属性なんだそうで。 魔法の源であるエレメントのチカラというのは、まずは“マナ”とも呼ばれる無属性エレメントが世界のあらゆる場所に充満していて、それを土台に環境に応じて発生する六種のエレメントに染められることで属性が付く仕組みになっていて、わたしは知らずのうちに無属性の部分を抽出して妄想の具現化の源泉に利用していたとのことだった。 その無属性エレメントは基本どこにでも満ちていて尽きる事はないし、どの属性に対しての適正もある上に、他のエレメントの効果を打ち消したりするなどの固有の特性もあるんだそうで、確かに自分のスキルと兼ね合わせるなら、余計なコトなんて考えるだけマイナスだったのかもしれない。けど……。 (そんな解説をさらりとしてしまうスメラギって、ホント何者なんだろう……?) それこそ、最初の出逢いからずっと抱え続けている疑問を胸に、はしたない寝相で寝息を立てているポンコツ上司へ改めて視線を向けるわたし。 「…………」 可愛らしい少女な見た目とは裏腹に神か悪魔……は無いと言っていたけど、それに類する存在っぽいのに、今はこうやって酔いつぶれて無防備に寝コケている。 (まぁでも、神話だと神さまって昔からお酒で結構やらかしているしなぁ……) 酔いつぶれた間に退治されたり封印されたりとかの話も結構多いし。 (このまま朝まで起きないのなら、ちょっと裸にひん剥いて調べてみる?いや……) と、肝心な時に役に立ってくれなかった恨みで少しばかり悪戯心も芽生えるものの、今は一応わたしのボスなんだし、正体不明の相手に後が怖いからやめておくべきか。 「ふぁ〜〜ぁ……とりあえず、今夜のところはわたしも寝ゆか……」 それに何だかんだで、払いは心配しなくていいからとわたしもしこたま飲まされたし、明日から忙しくなるかもしれないと思うと急にダルくもなってきた。 「……すー、す〜〜……」 「ま、いつかは教えてよね?……興味はあるんだからさ」 それから、無垢な寝顔を見せる上司へ呟きつつ毛布をかけてやると、わたしも今日はもう店じまいと自分の寝床へ飛び込んでいった。 この分なら、意識が落ちるのはあっという間だろう。 (……に、しても……) ギリギリ少女のうちに念願の異世界行きが叶いチートスキルでわたしTUEEEEEを堪能した後に処刑という形での追放も受けた挙句、謎の美少女とガールミーツガールして秘密めいた組織に勧誘されて今は闇落ちぶった恰好までしていると。 (いくらなんでも、ここまで一気に叶えとは言ってないんだよなぁ……) まぁ、それでもコンティニューを選んだわたしもわたしなんだけど、ね。 次のページへ 前のページへ |