二度咲きの魔法少女勇者は闇に煌く その1
序章 決戦は甘い夢の終焉(オワリ)
――“此処”へ来るまでのわたしの心には、誰にも言えない憧れが常に宿っていた。 『石蕗(つわぶき)会長ってさぁ、やっぱ頼りになるよね〜?前にやってた公開討論会の時は蓮高(れんこう)のコワモテ生徒会長相手に一歩も引かずにやり合ってたし』 『あれカッコよかったよね〜?けど、いっつもピリピリして怖いのがねー……融通の利かないカタブツって評判だしさぁ』 『そーそー、全然笑わないし一体ナニが楽しみで生きてんだろ?ってカンジ』 (……なにが楽しみで生きてる、か……) 居丈高な年輩教師だろうが、好々爺の笑みを浮かべて権力を振りかざす校長だろうが、はたまた眼光鋭い大柄な他校の生徒会長だろうが、誰が相手であれ臆さず毅然と対峙し、常にヒリヒリとした緊張感を周囲に振りまいていた、頼もしくも生真面目で堅物な生徒会の大黒柱である生徒会長、石蕗蛍子(つわぶきけいこ)。 「…………」 いつしか、そんな自分に与えられていた仇名は“石頭”会長、だった。 「……フィン……」 ぶっちゃけ、不名誉で心外という他は無い呼び名だったけれど、皆に頼られそんな人物像を演じることが自らの役割と甘んじていた心の奥底で、自分にはもう一つの顔があったのは誰にも知られていない。 「…………」 それは、幼い頃から密かに憧れて続けていた……。 「……おい、テレシア・ルフィン……!」 「んぁ……っ?!」 やがて、母親に優しく抱きしめられていた時の様な懐かしい感触に包まれつつ、自ら付けたもう一つの真名を前方から鋭く呼ばれて我に返るわたし。 「くッッ、やっと目を覚ましやがったか……ってうお……ッッ!?」 「ファハハハ、さぁどうした異界の勇者よ、大口を叩いた勢いはもう終わりか……?!」 「…………っ!」 まだ頭がクラクラと揺れて記憶も混乱気味なものの、意識が引き戻された眼前には、絶え間なく続く暗黒魔法の追い打ちを受け止めながら心配そうに振り返る、大柄な全身を純白の鎧で包んで物理・魔法問わずあらゆる攻撃を防ぐという聖盾を全身で支えている、毛並みのいい金髪を短く刈り上げた凛々しくも男勝りな防御全振りの姫騎士と……。 「所詮は苦し紛れに召喚された小娘など口ほどにも無いわ。クク……だが貴様らは見せしめとして特に念入りに引き裂いてやろうぞ……!」 その彼女からさらに二、三十メートルほど離れた先の玉座の前で、翳した右手の先から無数のどす黒い光線の刃をこちらへ休み無く畳み掛けている、姿かたちこそは人間の成人男性に近いものの、見ているだけで吸い込まれそうな禍々しい漆黒の瘴気に包まれた闇の王が、かつて返り討ちにしたと言われている先代勇者の白銀色のメダリオンを胸に勝ち誇っていた。 (魔王、イル・ヴェール……!) ……ああ、そうだった。 それでわたしは新たな勇者候補としてこの世界へ呼び出されて魔王討伐に赴き、遂に辿り着いた魔王城の玉座の間で最終決戦に挑んだ最中、彼女の聖盾に隠れつつ急襲のタイミングを見極めて飛び出したものの動きを読まれてしまっていて、敵が発生させた巨大な竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった、と。 (……ったく、マトモに食らったのはこれが初めて、になるのかな?) 自分で言うのもなんだけど、ここまでの敵相手には殆ど寄せ付けず無双してきただけに、流石は魔王とでも言うべきか。 「ち……好き勝手言いやがってよ……おい、まだ動けるか?ケーコ」 「そっちの名は呼ぶなといっつも言ってるでしょーが、パネーゼお嬢様っ!……っていうか、走馬灯が見え始めてたからちょっとヤバかったかも……」 巻き込まれた瞬間、吐きそうになるくらい視界が激しくキリモミして全身がバラバラに砕かれる様な衝撃と共に冷たく硬い床へ容赦なく叩き付けられ、そこから一時的に気を失って記憶が途切れてしまっていたものの、それでも何とかまだ生きているのは、わたしを護りつつ呼び戻してくれた、この聖盾の姫騎士ライラと……。 「もう、魔王は眷属の魔物達とは次元が違うし、聖霊様の加護でも完全には防げないから油断しちゃダメよとあれだけ注意したのに、いつも無謀に飛び出そうとするんだから……!」 この、背中から優しく抱きしめて癒してくれている、息の根さえ止まる前ならば回復可能という、おまいうながら随分とチートな治癒スキルを持つ聖女ルシリエのお陰、なんだけど。 「あはは、ごめ……っていうか、さっきからドコ触ってんの……っっ」 聖女サマと呼ばれているだけあって、底なしの善人で女神の化身かと称される程の美人ながら、ドサクサ紛れというより殆ど無意識レベルでセクハラしてくるのが玉に瑕なヘンタイさんでもあり、今でも胸やらお腹やら太股やら撫でまわされていたりして。 「もう、今はそんなの気にしている場合じゃないでしょ?!」 「気にするよ!っていうか、魔王をナメるなってブーメランになってんじゃない……!」 ただ、こんなノリの三人だからここまで折れずに辿り着けたのかもしれないし、元々最強無敵と名高い魔法剣士だった先代勇者の専属ヒーラーとなるより、巻き込まれて傷ついた人達を癒す道を選んでいた彼女が、どこまで本気か分からないけれどわたしに惚れたという理由でチカラを貸してくれることになったのだから、お安い代償と思うべきなのかもしれない。けど。 (って、何だかんだで染められてきてるなぁ、わたし……) ちなみに、ライラとルシリエは世界の守り神である聖霊サマから魔王を斃し得る“剣”を授けられた勇者をサポートする為に盾と癒しのチカラが与えられた従者達ながら、先代の剣の勇者は年若い二人を連れて行くのを自ら拒んで単独で魔王に挑み返り討ちに遭ってしまったのだそうで、困り果てた国王がもういっそ違う世界からでも適合者を探し出そうとした結果、選ばれ召喚された新しい剣がわたし、ということらしかった。 「……フン、万策尽きたか?ならばそろそろ引導を渡してやるとしようぞ……!」 「……ふ〜〜〜……っ」 と甚だ迷惑なハナシながら、こうして念願の異世界行きが叶ってしまった次第である。 「パネーゼお嬢様呼ばわりはアタシも物申したいが……んなコトより、このまま何時までも受けきれるもんじゃないぜ……くっっ、どーすんだよ?!」 ともあれ、一か所に固まったわたし達へ容赦の無い集中攻撃が浴びせ続けられる中、必死に聖盾を支えながらもじりじりと押され、焦りを隠さず訊ねてくるライラ。 ……確かに、聖盾が砕かれるまではいかなくとも、このままじゃ身動きの取れないままライラの手から弾かれてしまうのも時間の問題かもしれない。 「どーすんだって?んなの、どーにか前に出るしかないでしょーがっ!?」 それに対し、わたしはノータイムで言葉を投げ返して立ち上がると、乱れた精神を統させながら竜巻に巻き込まれた際に一旦消失していた純白の翼を再び背中に広げてゆく。 ついでにちらりと視線を落として見回せば、ルシリエに修繕してもらって使い続けていたピンクと白ベースの、昔にハマっていた魔法少女アニメの主人公が着ていたものを模した一張羅の戦闘衣装も痛々しいコトになっているけれど、これも最終決戦に相応しい出で立ちになったというべきかもしれない。 「おいおい、ヘタに飛び出すとまたぶっ飛ばされんぞ……っッ?!」 「一度や二度叩き落されたからって飛べなくなるザマじゃ勇者サマなんざ務まらないって、それ一番言われてるから。……大丈夫、今度こそ仕留めてみせる――」 大丈夫、油断さえしなければこのわたしが負けるハズがない。 ……まだ、“そこ”は揺らいじゃいないから。 「そうねぇ……ルフィンちゃんが気を失った後で魔王(イル・ヴェール)の中心へ尋常じゃない魔力が集束してきてるから、このままじゃライラちゃんが丸裸に剥かれた後で特大の一撃をズドンってとこかしらん?……私、男性に貫かれるシュミはないんだけどなぁ」 「鎧までは脱げねぇよ!……っていうか、アタシだってゴメンだっての……!」 ルシリエの言う通り、魔王が玉座の前で動かず遠距離攻撃を続けているのは、じっくりと引き裂いてやるとか言いつつも、渾身の一撃でトドメを刺すつもりだからだろう。 (そして、理由は不明のままだけど魔王の謎魔力なら防ぐのは厳しい、か) ……だったら、そいつが解き放たれるまでが勝負である。 「ライラ悪いけど、あと少しだけ耐えてみせてくれる?その間にわたしもありったけの魔力(マナ)チャージするから……!」 「へっ、オマエらだけじゃなく世界そのものを護っていると思えばお安い御用よ……!」 そこで、次の仕掛けを勝負ドコロと決め、愛杖アカシック・タクトを翳して時間稼ぎを頼むと、聖霊に選ばれし誇り高き姫騎士は既に足が震えて限界が近付いているにも関わらず、振り絞った覇気で今一度魔王からの攻撃に真正面から対峙してゆく。 「おお、カッコいい……!それでこそわたし史上イチバンのくっころが見たい姫騎士だわ」 「オマエ……やっぱルシリエに随分と染められきてんぞ?」 「んふふっ、嬉しいけど続きは邪魔者を滅ぼしてからゆっくりじっくりと……ね?」 更に、続けて聖女サマもわたしの両肩に手を当てて不穏な言葉を囁きつつ、自らの残ったチカラを指先から注ぎ込んできた。 「ルシリエが言うとネタに聞こえないから勘弁して……というか、ロメリアちゃんの教育が心配になってくるんだけど……」 ルシリエの娘なら心優しく真っすぐには育つかもしれないけれど、情操教育の部分が。 「だったら、ルフィンちゃんも一緒に子育てする?」 「ん〜、わたしより若いコがママになるアニメは昔に見たけど、まぁ考えとく……」 「とにかく、奴に傷を付けられるのはオマエのデタラメなチカラだけだ。頼むぜ……ッッ」 「デタラメゆーな。……ま、その通りだけど……!」 虚仮(こけ)の一念、岩をも徹すという言葉がある。 これはわたしが高校へ進学した際に、厳格な祖父から今後の心構えとして入学祝と一緒に色紙に認められて贈られた石蕗家代々の家訓だった。 ……とはいっても、あの時は反抗期に入っていたのもあって、そんな文字通りに苔の生えた様な古臭い言葉が心に響いたわけじゃなかったのに。 (まさか、それがわたしに秘められていた能力(スキル)だったなんて……) そう、長年に渡って脳内で積もり積もらせてきた魔法や真なる世界、神や天使に翼といった幻想(ファンタジー)への憧れや妄想を現実(リアル)に形成してしまうチカラ――。 「…………。よし、行ってくる」 「ふふ、いってらっしゃい♪私の魔法少女勇者さん」 それから、脳内でのイメージを研ぎ澄ませつつ、ここまでの魔王と交わした魔力同士の衝突で充満している行き場の無い魔力の源、マナをありったけ充填した後でぽつりと呟くと、ルシリエが加護魔法ついでにお尻を撫でながら送り出してくれた。 (魔法少女勇者、か……) 一体どっちやねん?とセルフツッコミを入れてしまいそうにはなるものの、これもわたしの願望に最大限配慮してくれた呼び名なのよね。 ……だから、自分の役目は振り返らないこと。 「さぁ、異なる世界より我を祓いに参じたとほざく愚かなる小娘よ、身の程を弁えず軽々(けいけい)と楯突いた己の愚かさを呪いながら土塊に還るがよいわ!」 「……生憎だけど、わたしの最終魔杖アカシック・タクトは既に絶対なる敗北の調べを奏で始めているわ。果たして貴方にその因果を断ち切る事が叶うかしら?」 そして、こちらが反撃に出てこないのを万策尽きたとでも勘違いしたのか、実際は勝手に呼び出された遭難者へ向けて言いたい放題に勝ち誇る魔王へ、わたしは自分のチカラを具現化させてくれる魔法の杖を構えて逆チェックメイトを告げてやった。 たぶん、ゲームやアニメなら勝ち確BGMが流れ始める合図になるはず。 「お、キメ台詞出たな?」 「ん〜、十年後くらいに振り返るとちょっとハズかしくなりそうなやつだけど」 「こら、外野がうるさ……」 「ええい、小賢しいわ……ッッ!」 すると、敵よりも味方から手痛い茶々入れを浴びる中、眼光を鋭く光らせた魔王から放たれた痛恨の一撃が炸裂し、とうとうライラの手から聖盾が弾かれてしまう。 「ぐッ、しまっ……ッッ?!」 「梃子摺らせおって、いよいよ常夜の眠りを与えてくれる……!」 「永久(とこしえ)に眠るのはアンタよ、魔王イル・ヴェール……ッッ!!」 だけど、時間稼ぎはもう充分。 わたしは、すかさず魔王がトドメの大技へ魔力を集中させる刹那の間隙を狙い、背中の翼を翻して前方へ飛び出すと、インレンジに入る直前に無数の分身を思い描いた通りに展開して取り囲んでいった。 「愚かなり!いくら数を増やそうが無駄よ……!」 それに対し、魔王は想定内とばかり、前方の魔力と並行させて先程わたしを叩き落した竜巻を発生させて一網打尽を狙ってきたものの……。 「けど、死角が一つあるでしょーが!!」 生憎、それこそがこちらの狙いで、生成した分身が魔王の注意を引き付けた隙にわたし“本体”は天井までは伸びていない竜巻の死角である敵の頭上を取っていた。 「ぬ……?!」 「さぁアカシック・タクト……我が手に魔を祓う刃を……!」 そこから、予めイメージ済みだった剣の勇者に相応しい武器の顕現を念じると、杖の先の水晶体から魔王(イル・ヴェール)の背丈に合わせた、煌びやかな光を発する大剣が一瞬で具現化される。 (こいつで、チェックメイト……!) 「フッ……愚か者よ。その程度で間隙を突いたつもりか」 「え……?」 しかし、魔王は寸時に眉を顰めるも直ぐに邪悪な眼光を飛ばして嗤うや、伸ばした右手から禍々しくも澄んだ漆黒の刃が顕現し……。 (魔剣……ッ?!) わたしが咄嗟に危険を直感して急停止しつつガードを固めると、すぐ眼前に魔王の刀身が迫っていた。 「ほう……止めた、だと?我が太刀をこの様な小娘が……!」 「く……っ、ベツに見切れたワケでもないんだけどね……ッッ!」 ぶっちゃけ、目にも留まらぬ鋭さで殆ど見えていなかったし、受け止められた理由を問われても何となくとしか答えられない。 けど……! 「面白い、ならば貴様は自ら八つ裂きにしてくれん……!」 すると、魔王は好敵手を見つけた様な目でニヤリと嗤い、僅かにバックステップして間合いを取るや、宣言通りに鋭い踏み込みでわたしを切り刻もうと全方位から隙無く繰り出し……。 「やれるっ、もんなら……!」 対して、こちらも負けじと相手の切っ先に意識を集中し、特に意味も無く眩い輝きを持たせた刃で無心に受け止めてゆく。 「お、おいっ、ルフィン気を付けろ!そいつの太刀筋は正統派剣術の……」 「知ったこっちゃねーわよ……!」 すると、背後のライラが何かに気付いたみたいで叫んで来るものの、悪いけど今はスルー。 どうせ、流派なんて教えられたって意味がないというか、目にも留まらぬ鋭さで剣閃なんざ殆ど見えてもいない中で、何ていうか自分が何となく受け止められている姿をイメージすれば身体が勝手に反応してくれている状況なんだし。 「ククク……よもや、この期に及んで我と対等に立ち合える者が現われようとは」 「悪が栄えた試しは無いってね……!先代の勇者を返り討ちにしようが、魔王を滅ぼす者はまたすぐに出てくるものみたいよ?!」 尤も、わたしのケースはイレギュラーかもしれないけれど。 「フッ、直ぐに……か。ククク、ハハハハハ……!」 すると、当代魔王は自虐的にも見える高笑いを見せた後で……。 「な、ナニがおかしいの……?!」 「知る必要はない。……貴様らは、我がここで確実に潰しておくのだからな……ッ!」 「ぐ……ッッ」 玉座の前に集めていた、近付くだけで弾き飛ばされそうな程のどす黒い漆黒の魔力の塊が宝石の様に澄み渡った輝きを見せ始めてゆく。 つまり、密度が極限にまで凝縮されているというコトだけど……。 「ちょっ、まさか……!?」 「そうだ。“こいつ”で貴様らを消滅させる。……この魔王城諸共な」 「あんた……!ぐ……ッッ」 その、予測もつかない魔力の炸裂を予感させる気配に血相が変わるわたしへ、闇の王は連撃の手を緩めないまま冷徹に告げてくる。 ……どうやら、魔王(イル・ヴェール)は刺し違えてもここでわたし達を亡き者にするつもりみたいだけど。 「…………」 「おい、ケーコこのままじゃ……!」 「ええ、もう時間は無いわよ、ルフィンちゃん……!」 「あーもうっっ!わたしがその前に仕留めればいいだけでしょ……!?」 そこでふと直感した違和感も、すぐに仲間二人から思い思いの名を呼ばれて掻き消されるや、純白の翼にチカラを込めつつ、ハッキリと剣筋が見えた袈裟斬りの魔剣へカウンターのパリィを仕掛けて攻勢に転じるわたし。 「チィ……ッッ、我を仕留めるだと……?!“証”も持たぬ道化が思い上がるな……ッッ」 すると、魔王は反動で後方へ弾き飛ばされながらも激昂した反応を見せ、玉座の前で膨張し続ける塊へ魔力を注ぎ込みつつ、透明に近い色に変化させた魔剣の刀身を振りかぶり斬りかかって来る、ものの……。 (あれは……!けど……!) 「…………ッッ」 ガキィッッ 「な、んだと……!?」 「……っとぉ、確かに証はアンタが持ったままだけど、それでもチカラはある……ッッ」 その、本来は聖霊サマに認められた当代勇者以外に受け止められる者は誰もいないはずの“聖魔”の一撃を、わたしは正面から受け止めた。 「貴様……!どうやって……」 「知らねーわよ、何せデタラメなチカラですから……!」 「…………ッッ」 元々、このイル・ヴェールは闇を討ち滅ぼす為の聖なるチカラをも斃した勇者から奪い取って行使していたチート魔王だから手が付けられなくなっていたワケだけど、次第に冷や汗を流して表情を驚愕へ変える魔王を見る限り、わたしの存在は予想外だったに違いない。 となれば、わたしは課せられた宿命に従い役目を果たすだけ、だけど。 「……ホント言うと、少しだけ名残惜しいんだけどね?ルフィン式剣技、姫神の舞……!」 「なに……?ぐぉ……ッッ」 それから、わたしは少しだけ自虐気味に笑うと、自分の魔力で発生させた桃色の花びらと相手の鮮血を派手に散らしつつ、至近距離での華麗な剣舞を披露して同時に複数の傷を負わせて怯ませ、その場から高く翔び上がった。 「けど、そろそろお互いに退場の時間よ……漆黒の魔王イル・ヴェールッッ!!」 何故なら、次の一撃こそがこの国を覆っていた悪夢の終焉と……。 ……わたしの、甘美な夢の時間の終止符となるのかもしれないのだから。 「名残惜しい、だと……ククク、久方ぶりに成し得た究極の魔王たる我の前によもや貴様の様な者が現れ立ちはだかろうとは、是非も無しと言うべきか……!」 「観念したのなら重畳。……では、そろそろ決着(ケリ)をつけましょう……!」 それでも、終わらない物語は無いとばかりに、わたしは大きく高度を上げた後で……。 「トドメよ……敗北の調べ(タクト・オブ・レクイエム)……!!」 こちらに呼応して何やら寂しげな笑みを浮かべ、魔剣を両手に握り締め刃を突き上げる形で迎撃してきた魔王の中心を目がけ、わたしは疑いの無い自分の勝利を胸に躊躇い無く急降下しつつ、浄化のチカラが凝縮された煌光たる刃を突き立てた。 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」 「さぁ、綺麗に浄化してあげるから穏やかに逝きなさい……って……え……っ?!」 その後、甲高い魔王の断末魔と共に瘴気が浄化されてゆく中で、一瞬だけ黒ずくめの小さな女の子がイル・ヴェールの背中から抜け出す姿が見えた気がしたものの……。 「…………」 しかし、それも幻覚だった?と思わせられるくらいにたちまち掻き消え、やがて魔王の骸は捨てられた人形の様にあっけなく冷たい床へと崩れ落ちていった。 (今のは……ま、いいか……) とにかく、禍々しくも邪悪な存在は此処で完全に消失した、それだけは確かだから。 第一章 どうもわたしは短命な運命(さだめ)なのかもしれないけれど 「……ん〜、懐かしの王都アステリアよ、わたしは帰ってきた。か……」 約五年ぶりに再び足を踏み入れた第二の故郷は、すっかり異なる街並みに、とまではいかないまでも、やはり時間の経過を感じさせる程度には様変わりしているみたいだった。 「ふふ、やっぱり嬉しいものですか?」 「うう〜〜ん……まぁ嬉しくないと言えばウソになるけど……」 郊外に広がる深い森の中に繋いだゲートからこの“世界”へと入り込み、高い城壁に囲まれた王都の正門を潜って、まだ日も高く往来の賑やかな中央通りへ出るや、漆黒の魔法少女装束に身を包んだわたしの隣で、頭まですっぽり覆う純白のローブを着込んだ同行者の少女(?)が無邪気な笑みを浮かべて水を向けてきたものの、素直にハイとは言えずに腕組みしたまま唸ってしまう。 「何やらすっきりしないですねぇ?一度は貴女が救った世界でしょうに」 「と言っても、こちとら追放された身だしなぁ……」 しかも、その“追放”という言葉は最大限に控えめな表現でもあって。 「……それにさ、その救った世界がまた闇に閉ざされようとしてるんでしょ?」 「ええ。まだ今すぐに、というわけでもなさそうですけど」 スメラギの言葉通り、現在の王都は自分達が魔王を斃した後の平穏が戻った空気のままながら、魔王城のある魔の山の方角へ目を凝らしてみれば、懐かしさが混じった不穏な気配が微かに漂ってきているのも確かに感じ取れている。 「まーたあそこへ向かう羽目になるのか……やれやれよねぇ」 最果てという言葉が相応しい魔王城のある北の山地へ踏み入るには、近くまで馬車を飛ばしても丸一日じゃ着かない距離があり、更に当時は魔の山に近付くほど魔王の復活で活発化した魔物達の脅威が増していたのもあって、あの時は占領されていた村や集落も解放しながら向かっていた為に想像より遥かに長旅となってしまった。 一応、今はまだあの頃には程遠い危機レベルみたいだから、麓まではファストトラベル出来そうとしても、魔王城に近付けば魔軍のお出迎えも受けるだろうし、あの時は魔王(イル・ヴェール)の座する大広間へ辿り着くまでにどれだけの敵を蹴散らしたか覚えてられない道のりだったワケで。 ……しかもそれが、結局は不完全勝利だったからもう一周行ってこいとか。 「お願いしたのは私ですけど、でもそれが貴女の選んだ道でしょう、ナズナさん?」 「まぁ、ね……」 そこで、湧き上がってきた徒労感に溜息交じりでぼやくと、相棒というよりはお目付け役と言うべき上司から、彼女に付けられた新しい名を呼ばれて頭を掻く。 まぁ今更ながら、どうしてホイホイ話に乗ったんだろうと思わなくもないものの……。 「ちなみに、私はまだやり残したことがあるんだろうなって解釈したんですけど、その割には気のない様子ですね?」 「ん〜、やり残したというよりは……」 「はい?」 「……いやさぁ、最初に生を受けてこのかた四半世紀も経ってないと思うんだけど、もう実質で人生三週目に突入してんのよね、わたし……」 それからスメラギの問いかけにまたも口籠ったあとで、肩を竦めつつ苦笑いを見せる。 「では、今度こそ長生きしてくださいね……?って、私が言えた義理じゃないですか」 「ま、自覚があるだけ何よりだわ」 でもまぁ、結局のところまだ生き足りないだけなんだろーな、とも思うけど。 「……さて、これからどうしましょうか。まずは真っ直ぐお城へ向かいます?」 「ん〜、お約束的にはそうすべきだろうけど、この様子じゃ急ぐ必要もなさげだし……」 ともあれ、それから好奇心に目を輝かせつつ、明らかに本音とは違いそうなセリフを吐く可愛らしい上司に、まだイマイチ足の向かない心地のわたしも同意寄りに呟く。 「ですねぇ。まだ日は高いですけど後は沈んでゆくだけの時間ですし、行ったら行ったで急かされておちおち見て回れなくなるかもしれませんよねっ?」 「ねっ?って言われても、わたしは今さら物見遊山したいワケでもないんだけど」 ただ、今さら顔を見たら殴りかかってしまいそうな衝動こそ薄らいでいようが、依頼主(クライアント)に会う前に少しばかり心の整理が必要かもしれないっぽいのと……。 「けど?」 「まぁ、イロイロとね。……それに、何かの間違いでメイクが効いてなかったら困るから、手近なところで確認もしときたいかな?」 それを確かめるのに丁度いい相手もいたのだけれど、あいにく顔見知りだった門番さんも別の人になっていたことだし。 「それは心配いらないはずですけど、でしたら昔馴染みのお店巡りとしゃれ込みましょうか?」 「どうせ王都は広すぎて一日や二日じゃ見て回れないし、いい落としドコロでしょ?」 やっぱり、良くしてくれていた人達の息災は気になるし、昔の仲間たちにも会えるのならば顔を出しておきたいトコだけど、その辺も探りを入れてみるとしますか。 * 「……けど、さすがは首都だけあって人も多いし活気がありますねぇ。そういえば、ナズナさんってこの王都で暮らしていたんでしたっけ?」 「ん、最初の頃にね。別世界から召喚された女子高生の身で色々準備も必要だったし」 それから、まずは宿を確保しておこうということで、市場が並ぶ表通りから馴染みの宿屋へと向かう途中、初めて王都へやってきたお上りさんまんまの落ち着かない様子できょろきょろしながら尋ねてくる上司を、苦笑い交じりに見守りつつ素っ気なく頷くわたし。 いくら全ての努力を否定する様なチート能力持ちとはいっても、その使い方の訓練やらこの世界で暮らしてゆく上での基礎知識の学習やら、あとライラに基礎体力の向上やら体術なんかも鍛えてもらったりして、何だかんだで出立したのは半年後くらいだったろうか。 「なら、その間は何処に住んでたんです?」 「たまに貴族のお嬢様だった仲間の別邸へお呼ばれもしたけど、基本は宿屋かなー。旅の準備が整い次第、最果てにある魔の山へ向かわなきゃならないんで、住居の代わりにアステリア領内なら何処でも使える宿屋手形を貰ってたの」 それさえ見せれば王家のツケでどこにでも泊まることができて、しかも予約で埋まっていようが勇者一行には最優先で便宜を図る様にという国王からの一筆入り。 「ほほう、それはまた夢のような話ですねぇ。今回も王様から貰えたりするんでしょうか?」 「……悪いけど、もしそうでも断ると思うわ」 今のわたしは、あの王から仕事分の報酬以外に何にも受け取る気なんて起きないから。 「ふぇ〜、経費節減になりますのに……」 「どうせ、成功報酬をふんだくってくれるんでしょ?期待してるから」 「ええ、そこはばっちり任せておいてくださいよ……って、あ、ここですか?」 ともあれ、やがて通りの外れの曲がり角に建つ、三階建ての大きな三角屋根が目印な住居の前で足を止めたわたしを見て、目的地と察したスメラギが興味深そうに顔を上げて尋ねてくる。 「うん……ここは昔のまんまね……」 この星辰(せいしん)亭は冒険者を主な客層にしている、王都内でも比較的リーズナブルな宿屋で、特にこれといった特色もないんだけど、むしろそんな素朴さや気安さが好きだった。 ちなみに、せっかく手形を貰ったのだからと、思い切って貴族階級向けな最高級の宿にも泊まってみたコトはあったものの、何やら分不相応というか場違い感で逆に落ち着かなくてすぐにここへ戻ってしまった辺り、所詮わたしには庶民的な店がお似合いということなんだろう。 「ふふ、ほっとしました?」 「うんまぁ、でも宿屋としてはどうなんだろう?って気もするかな……」 最後に泊まった時より改修工事が入った様子もないし、まぁここのオーナーさん見た目よりも中身(サービス)で勝負と主張していた人だしなぁ。 ……ただ、大体そんな主張しているお店に限って中身もふつーなのはあるあるとして。 「……おう、らっしゃい。お泊りで?」 それから、特に気負いも無く勝手知ったるドアを開けて店内へ入ると、これまた懐かしのオーナーの息子さんがカウンターの向こうから気さくに声をかけてきた。 ただ、やっぱり五年の歳月が経った分、初めて来た時はなかなかハンサムな若旦那って印象だったのが、いくぶん髪も薄くなって着実に“おっちゃん”に近付いているみたいだけど。 「えっと、飛び入りで悪いけどダブルの部屋を一晩お願いできる?無いならシングルを二部屋でもいいんだけど」 「生憎、ダブルは満席でな。シングルならイイ部屋が一つたけ空いてるが、うちなら二人でも泊まれるぜ?」 ともあれ、お元気そうで何よりという懐かしさと、以前なら「おっ、ケーコちゃん毎度な!って、ルフィン嬢ちゃんだったかこいつは失敬!」と、顔を見れば馴れ馴れしく名前を呼んできていたのに、一元客に対しての接客態度を向けられて少し気に障りつつ用件を告げると、宿帳を開くだけ開いてろくに空き部屋の確認もしないままそう返してくる。 「うそ、ホントはちゃんとあるでしょ?あなたの“クセ”は知ってるんだから」 「はは、こいつは失敬。初めてのお客さんと思ったが耄碌してきたかな?」 しかし、それもお決まりの冗談(じゃないかもだけど)なのは分かっているので、わたしが素っ気なくツッコミを入れてやると、苦笑いしつつも腕組みするメントールさん。 ……どうやら、メイクの効果はこれで実証されたみたい、だけど。 「……聞いた噂よ。ところでここはテレシア・ルフィンがよく泊まっていた宿なんでしょ」 「ああ、光栄にもウチなんかを気に入って贔屓してくれてな。勇者さん達が出立した後も噂を呼んで繁盛させてもらったが……まさかあんなコトになっちまうとはなぁ」 そこで、少し情報も集めてみようかと他人を装って探りを入れてみると、その節は何かと世話を焼いてくれていた宿屋の三代目はため息交じりに遠い目でぼやいてきた。 「あんなコト?」 「アンタらも知っていて来たのなら聞いてはいるだろう?魔王を討伐した後に次期国王の座を要求したが断られ、一部の過激派とクーデターを企てるも失敗し、他国へ亡命しようとしたところを捕まって処刑されたのはよ」 「…………」 「ただ、俺の知ってるルフィン嬢ちゃんはそんな大それたコトを考える子にはとても見えなかったんだが……って、王都の商売人が王家からの通告にケチ付けちゃいけねぇやな」 「なるほど、そうかもしれないですね。ところで、ルフィンさんはどんな方だったんです?」 「ん〜、純粋だが少し変わったコだったかな?初めてアルバネーゼ家の姫騎士サマに連れられて来た時は珍妙なカッコ――確か元の世界で通っていた学校の制服だったか?していてよ、なんでも違う世界から呼び出されたってんで、さぞかし心細いだろうなと心配もしたんだが、これが大はしゃぎでなぁ」 「ほほう……!」 「…………っ?!」 しかし、思い出話が始まったところで興味津々に目を輝かせる上司を見て、ヤブヘビだったかと後悔し始めるわたし。 「まるで行楽地に連れて来られた子供みたいにあちこち駆けずり回ってさ、ライラ嬢から他の客に迷惑だろうと一喝されて萎んでたのは噴出しちまったよ。自分で言うのもなんだが、うちは飾りっけのない宿屋なのに、メシを出したら出したで『うおおお噂のモンスター肉のステーキきたぁ!』とか騒ぎ出したりな」 「あ、あはは……」 いえね、あまりにも漫画とかゲームで見たファンタジー世界の宿屋のイメージそのままだったもので、つい。 「ふふ、いいですねぇ!それを聞いてますますファンになりました、私♪すごく純真で無邪気な勇者様であったと」 しかも、スメラギもいっそニヤニヤしながら小突いてくれるならいいのに、本当にファン勢みたいな反応で更に話を聞き出そうとするし。 「……ま、楽しそうなのは何よりだし見てると嬉しくなってもきてたんだけどよ、それ故に一つ気にかかってたコトもあってなぁ」 「気になっていたこと、ですか?」 「ああ。魔王を討伐した後で何やら元気が無くなっていた様に見えてな。特に、例の制服はうちで洗濯を引き請けたままずっと預かっていたんだが、王城暮らしになって暫く経った後で、また旅に出るかもしれないからと引き取りに来た時の影を落とした表情は今でも忘れられんよ。……しかも、ルフィン嬢ちゃんが捕らえられて処刑されたのはそれから間もなくだった」 「…………」 「ま、だからと言って根掘り葉掘り尋ねるわけにもいかなかったし、一体何が起きていたのかは今は知る由もないがね……んで、部屋は二階の隅のシングル一つでいいんだな?」 「三階のダブル部屋を一つ貸せと言ってんのよ。……ほら、余裕で空いてるじゃないの」 それから、何やら空気が湿っぽくなったところで機転を利かせてしれっと話を戻すメントールさんへ、勝手にペンを取って空いていたダブルベッドの部屋の欄に二人分の名前をさらさらと書き込んでゆくわたし。 「へいへい、毎度。ちなみに朝食付きで晩飯は別料金だが、どうする?」 「あ、お構いなく。晩ごはんを食べる店はもう決めてるし。スメラギもそれでいいでしょ?」 ここのご飯も懐かしくて悪くはないんだけど、久々に戻ってきたのなら避けては通れないお店は他にもあることだし。 「ええまぁ。というか私はおふとん一緒でも構いませんけど、やっぱり狭いですか?」 「うーん、出来ればアナタとはまだちょっと距離を置いておきたい様な……」 すると、勝手に話を進める中で新しい同行者からメントールさんが喜びそうなセリフを向けられたものの、腕組みしつつ本音を漏らすわたし。 悪いけど、まだ猜疑心は抜けきっていない間柄なわけで。 「えええ……そんなぁ」 「……ふーん、俺的にはそれだけでも眼福だが、ナズナさんにスメラギさんか。どうやら普通の旅行客でもなさそうだが、ワケアリの身かい?」 「ふぇ?」 「別に、厄介者じゃないはずだから心配しなくていいわよ。さ、行きましょ?」 「あ、はい……」 そして、案の定ニヤリと表情を緩めつつも鋭いところを突いてきた宿の主人へ、わたしはつれなくそう告げてスメラギの手を取り、再び星辰亭を後にしていった。 「……それにしても、普通の旅行客じゃないってよく見破りましたよね?」 「まぁ、そこは冒険者ギルドからの推薦を長年に渡って受けてきた家族経営の宿屋なんだから、不自然さには敏感なんでしょ」 それから、再び通りを歩き始めた中で感心したように呟いてくるボスへ、小さく肩を竦めつつ応じるわたし。 例えば、どちらもこの国では珍しい名前だけど、南の果てにある王都巡りに来た旅行者の割には手荷物が最小限で、わたし達の出で立ちからも地方からの長旅の果てに辿り着いた痕跡が感じられないトコロとか。 「ふむふむ。……それで、さっきの話ですけど一体どういうことなんですか?」 「さっきの話?あー、あの人はね、女二人連れの客が来た時には決まってシングルしか空いてないっていうのよ……ったく」 「女二人連れの時だけ、ですか?なんの為に?」 「……ま、どの世界にもそーいう手合いはいるってことね」 当然、ライラに連れられてわたしがこの宿へ初めて入った時も同じセリフを言われたし、ルシリエと二人きりの時には絶対に来てはいけない場所扱いだった。 「??……というか、私が聞きたいのはそちらではなく他国へ亡命のほうなんですが」 「……いやね、一旦やるコトがなくなった後で、ふとホームシックになっただけよ」 ともあれ、スメラギにとって気になっていたのは別の話題だったみたいだけど、そちらは更に素っ気無く吐き捨ててやる。 「けど、呼び出すだけ呼び出しておいて元の世界へ戻す術は知らないと言われたから、気分転換も兼ねて王国領以外の色んな国を巡って何か方法は無いか探そうと思ったんだけど、何を勘違いされたのか王が急に怒り出してさぁ」 無論、クーデター云々は完全にでっちあげ。 もっと早く思い付いてさえいれば、再び旅に出たルシリエに同行する口実なんかも作れたろうけれど、まぁそれはそれで身の危険がデンジャラスな予感しかしないか。 「なるほど、分かりました。ちなみに、ホームシックって今でも残ってます?」 「もし残ってたら、どうだってのよ?」 「……いいえ、なんでも」 「でしょーね」 どのみち、今さら帰れたところでもう石頭会長には戻れないわけで。 * 「……お、あったあった。ここも常連だったのよ」 「ほほう、勇者様御用達のお店ですか。トレニアの雑貨店?」 ともあれ、星辰亭を出て更に市場通りの奥を目差して暫く歩いていた途中、同じく以前はよくお世話になっていた小ぢんまりとした佇まいながら、屋根の両端にある二つの突起が目印の商店を見つけて立ち止まると、同じくスメラギも両手で持った杖を軸にして可愛らしく踊るようにくるくる回りつつ、興味津々に出入り口横の立て看板を読み上げてくる。 「文具とか日用品が大体揃っているだけじゃなくて、手作りのお菓子なんかも売っててね。さっきの宿とも近いからよく利用させてもらってたの」 つまり、ちょっとしたコンビニ感覚で利用できるお店、といったところだろうか。 「ふむふむ。……しかも、なかなか特徴的なお店みたいですね?」 「あはは、まぁね」 初見のスメラギがすぐに気付いた通り、店先には家具職人の娘さんが作ったピンクの可愛らしい棚に、種類は違うもののこの世界にも普通にいる猫ちゃん達をモチーフにした可愛らしいマグカップやら掛け時計、テーブルクロスといった生活家具などが並べられていて、わたしに店名を付け直してと頼まれたら「猫屋敷」とでも名付けてしまうかもしれない。 「ふむ、こういうのが好みなんですか?そういえば、自宅のお部屋でも割合多めでしたよね」 「まぁうん、それは否定できないけど……」 「つまり、ナズナさんはネコである、と……。では入りましょうか?」 「ちょ……っ!?」 言い方的に、なんか解釈違い起きてません……? 「いらっしゃいませ〜♪どうぞ、ごゆっくり見ていってください」 「……ほほー、店内もなかなかこだわりを感じる品揃えですねぇ?」 「ほんと、いつもながらよくこれだけ揃えてるモンだと感心するわ……」 それから、店内に入るやネコちゃんの顔の刺繍が入った昔のまんまのエプロンを着けた若い店員さんに出迎えられ、所狭しと並べられた多種多様な猫グッズの山を見まわしつつ、初入店のスメラギだけでなく常連客だったわたしも改めて感嘆していた。 それでも、一つだけ明らかな違いは既に見受けられているとして、お気に入りのお店がほぼ変わらぬ雰囲気のまま残っていたというのは嬉しいものでもあって。 「それで、ルフィンさんが必要だったものは大体このお店で調達していたと」 「まぁ主に文房具とかおやつをね。まずは勉強しなきゃならない事も山ほどあったから」 幸い、勉強は嫌いな方じゃないので苦にもならなかったけれど、ここの雑貨で大分癒されていたのも確かにあるとは思う。 「へぇ、こっちには衣類なんかも揃ってますねぇ?」 「あー、シャツとか下着なんかも時々買ったかな。そういや、プライベート商品増やしたいからって店主さんに頼まれて考えたやつもあったんだけど……って、うわまだ売ってる」 それから、衣装コーナーに興味を惹かれ始めた相方に、わたしもふと思い出したことがあって振り返ると、猫の形を模した白黒の可愛らしさ全振りのブラセットのサンプルが、今でもしっかりと壁際に飾られていたりして。 「うーん、これはこれは、また……」 「あっはっは、まぁ若気の至り……かなぁ?」 と言っても、わたしがデザインしたというより飛ばされる前にネットで見た事がある商品のパクリなんだけどね。 ちょっと興味はあったけれど取り寄せて着けてみる勇気までは無かったやつ。 「で、実際に着用してみたんですか?」 「いや、これがお店に並んた頃はもう出立していて、結局機会がないままだった」 それでも、魔王討伐後に暫く続いた記念セールでは目玉商品になってそれなりに売れたそうだけど、今はテレシア・ルフィンプロデュースをPRしていたサイン入りのバナーは無くなっているみたいだった。 「そうですかぁ……」 「ま、ロングセラーの定番になっているなら何よりだけど……それより、せっかくだからお菓子をいくつか買ってもいい?」 ともあれ、今のわたしが気になっているのは、衣類とは反対側の壁際に並んだお菓子コーナーの方で、開店当時からの名物である店主さん手作りの猫の顔の形をした可愛らしいクッキーと、何度か意見を出させてもらって改良を重ねたルフィン監修のいちご飴などが主に知られているけれど、他にも目移りしてしまうほどに種類は豊富だった。 ……というか、ぶっちゃけこのお店に駄菓子の種類が妙に多いのは、わたしが元いた世界でよく食べていたおやつの話をちょくちょくしていたからでもあったりして。 「いいですけど、おやつは500Gまでですよ?」 「う、なかなか厳しいところ突いてくるなぁ……」 ちなみにクッキーが一つ100Gで、以前は店内で売られていた銀製の缶に詰めて旅にも携行していたんだけど、今回は諦めるしかなさそう、だけど。 「……っていうか、今さら子供のお小遣いレベルも無いんじゃない?」 「まぁ、そういう要望は最初のお仕事が終わってから伺いますので」 「へーい……」 相変わらず、ゆるふわな見た目の割にしっかりしている上司(ボス)だことで。 「おばちゃーん、これ下さいな」 「はいはい、いらっしゃいませ。お気に召したものはありましたか?」 ともあれ、渋い予算内でやりくりした駄菓子を入れた小さな籠(これもネコミミ付き)をカウンターまで持って行き、昔のノリで清算をお願いすると、当時なら「まぁまぁルフィンちゃんいつもありがとうねぇ」と孫でも来たみたいに嬉しそうな笑顔を見せてきていた店主のネモフィラさんが、一見客相手の柔和なんだけど他人行儀な接客で応じてきた。 「……ええ、もちろん。ここのお菓子はすごく美味しくてルフィンも常連だったと風の噂に聞いてますし」 勿論、分かってはいたけどその態度に一抹の寂しさも感じてしまうこのネモフィラさんは、この五年の間に還暦を過ぎているはずの、おばちゃんというよりお婆ちゃんな年代の品のいい女性で、王都で暮らしていた頃は何かとお世話様になった一人である。 「ええ、確かに生前は随分と御贔屓にしてもらっていましてねぇ」 品揃えの特化具合の通り、店主さんもかつて猫グッズを集めて世界中を旅したという無類の猫好きとあって意気投合するのもあっという間で、それが短い間ながらも数々のコラボ商品が生まれる要因だったのも間違いない、のだけれど。 「…………」 「では、私はこの猫耳カチューシャと勇者様デザインの下着セットと……あと尻尾ベルトも二組で買っておきましょうかね?」 「ちょっ?!着ないからねわたしは……!」 しかし、入店時からずっと抱える違和感のせいで言葉が止まってしまったところで、しれっとボスが不穏なモノを買おうとしているのを見て慌てて釘を刺すわたし。 ……というか、いつの間に持ってきてた? 「え〜〜、上司命令でもですか?」 「ご存知無いかもしれないけど、わたしの世界じゃセクハラ案件ですよ、そーいうのは」 他の選択肢が無い中で誘いに乗ったのはいいとして、天使の様な見た目で早くもブラックな片鱗を見せ始めているじゃないのよ、この可憐な美少女系ボスは。 「ふふ、勇者様の足跡を辿られているファンの方たちですか?最近はそういったお客さんが時々訪ねて下さるんですよ」 「はい♪私達はテレシア・ルフィン愛好会の会員なんです♪」 すると、わたし達の買い物傾向から何かを察したらしいネモフィラさんが口元に手を当ててくすくすと上品に笑うと、スメラギの方も満面の笑顔で勝手に全肯定してしまった。 「いや、それも初耳なんですけど……!?」 一応、魔王討伐に出立した頃からそういう集まりが各地で興っているらしいというのはライラから聞いたこともあるけれど、わたしは公認した覚えはありませんから……っ。 「ですので、もし他にもコレは押さえとくべきという商品があればですね……」 「……あの、それよりこのお店には確かルフィンが推していた看板ネコちゃんもいると聞いたんですけど?……トレニアちゃんが」 「ああ、トレニアなら一昨年に旅立ってしまいましてねぇ。まぁ十八年も生きてきた中での老衰なので大往生ですけれど」 それから、勝手に話を続けようとする迷惑上司を黙らせるのも兼ねて、店名の由来にもなったネモフィラさんの愛猫の姿がいつまで経っても見当たらないのに我慢の限界を迎えたわたしが口を挟むと、少しだけ表情を落とした飼い主から残念な返事が戻ってくる。 「そ、そうだったんですか……」 一応、常連客だった頃に自分と同じお婆ちゃんなのだと聞いてはいたものの、やっぱりショックだし、出来ればもう一度あの毛並みをモフらせてもらおうと思っていたのに。 「へぇ、それは私も見てみたかったですけど……」 「見るだけなら、すぐそこやら店員さんのエプロンにもいるわよ?」 すると、何も知らない自称ファン勢の上司が食いついてきたのに応えて、ネモフィラさんの頭上に飾られている、ペルシャに近い綺麗な長毛の白猫の絵を指差すわたし。 ついでに言うなら、トレニアちゃんをモデルにしたイラスト入りのグッズも、未だ店内のいたる所に並べられている。 「へぇ、店主さんに似て上品な感じのネコさんですねぇ」 「そうね。昔はお店に入るとあのトレニアちゃんが出迎えてくれた……と聞きました」 わたしが店に足を踏み入れると、耳障りのいい鳴き声と共に駆け寄って来て足をすりすりしてくれたのにどれだけ励まされ癒されていたか。 ……それこそ、このコの為に世界を救ってもいいとか思っていたくらいに。 「ふふ、流石はよくご存じで。……ほんと、トレニアは勇者様御一行にも大層可愛がってもらっていましてねぇ」 「ええ……」 だから、わたしにとってはあのコも掛け替えのない仲間……。 「魔王討伐に出立された朝もわざわざ立ち寄って『では、行ってきますにゃ〜』と頭を撫でてくださって、戻って来られた折も『いま帰ったにゃん♪元気してたかにゃあ?』と抱き上げてただいまを告げられたんですよ」 「…………ッッ!!?」 「ほほう、それはそれは……」 と、図らずも涙が瞼の奥から滲んできたものの、雫が零れる前にネモフィラさんから不意打ちで恥ずかしい記憶を掘り起こされて全身の毛が逆立ってしまうわたし。 ……もしかしたら、頭の上にも一瞬ネコミミが生えていたかもしれないくらいに。 「毎日の様に足繁く通ってくださって心中では孫みたいに思っていた勇者様があの様なコトになり、さらにトレニアまで失って私も一気に老け込んでしまいましてねぇ。それでも、娘がいずれ継いでくれるというのでもうひと頑張りしていますが、今はこうやってあなた方の様なお客様がいらした時に思い出話を聞かせるのが生き甲斐の一つになっているんです」 「なるほどぉ。……きっと、勇者ルフィンもいつまでもお元気でと思っていますよ」 「うん……きっとね」 「ありがとうございます。……それと願わくば、あのコが天国の勇者様のお側へ行けていれば嬉しいんですけどねぇ」 「…………」 もし、天国で自分を探しているのなら、ゴメンねトレニア。 ……まだ、わたしは死にぞこなって此処にいるんだ。 「いや、素敵なお店でしたね〜?また貴重なお話も聞けましたし」 「……あのさ、なんかさっきからわたしの黒歴史を掘り起こすツアーになってるっぽいのは、気のせい?」 それから、会計を済ませて入り口まで見送ってくれたネモフィラさんに手を振って別れた後で、買い物袋を手に満足そうな笑みを浮かべるファン勢上司に対して、望まぬイベントフラグが立っている予感をぽつりと口にするわたし。 まぁ、昔のいきつけの店へ顔を出そうと言い出したのは自分だから自業自得なのだけど。 「もちろん気のせいでしょう。さて、次はどちらに?」 「えっと……」 こうなってくると、次に行く場所もイヤな予感しかしないものの、ただ晩御飯はいらないと言って出てきた以上は行かないワケにもいかない、かぁ。 * 「……ってコトで、今日の晩ごはんはここで食べるから」 「え、ナズナさんって若い美空で酒場通いしてたんですか……?」 やがて、トレニアの雑貨店で少々長居していたのもあり、いつの間にか日が沈みかけて辺りも薄暗くなってきた頃、市場通りの隅っこの城壁に面した酒場の前で足を止めたわたしに、スメラギは意外そうに驚いてみせる。 「言い方ぁ!ここは冒険者や旅行者の集まる大衆酒場だから、時々顔を出しては食事がてら情報集めとかしていたの!」 このゴッドマリー亭はかつて“鮮血の(ブラッディ)・マリー”の異名を持つ魔物狩りで高名だった魔法剣士のマリーさんが引退後に旅の料理人だった旦那さんと王都で始めた冒険者ギルド推薦の夫婦酒場で、ここも星辰亭と同じくライラに連れて来られて、古い顔見知りという店主さんにこれから面倒見て貰うといいと紹介されたお店だった。 「ふむ、それはまた面白いお話が伺えそうですねぇ。して、ごはんの方は?」 「……また藪からどんな蛇が出てくるか不安だけど、それを差し引いてもここの味が忘れられないから来ちゃった、と言えばいい?」 「ほほう。ならば異を唱える理由などなさそうですが、何がオススメなんです?」 「それはやっぱり、特製オムライスと煮込みハンバーグと名物のブラッディ・サラダよねぇ。思い出したらお腹が空いてきたけど、まだやってるのかな?」 鮮血の(ブラッディ・)サラダと聞くとちょっと身構えてしまいそうだけど、栄養バランスを考えて盛られた野菜にニンジンやベリーで作られた血の様に紅くて甘酸っぱいドレッシングをまぶしたもので、これがサイドメニューと侮るなかれという絶品なのである。 「ん、大丈夫みたいですよ?ほらここに今ナズナさんが挙げたまんまのセットメニューが」 「あ、ホントだ。勇者ルフィンの大好物セットって……」 と、即答した後で今でも食べられるのか不安になってきたわたしへ、スメラギが入り口横の張り紙を見つけて払拭してくる。 「ふふ、楽しい夕食になりそうですね。いい機会ですし今夜は私と酌み交わします?」 「んー、この国の法律だと飲酒の年齢制限は無かったし、一応お酒は魔王討伐の祝勝会で解禁してみたんだけど、ちょっとトラウマになってるのよねぇ」 とりあえず、下戸な方ではないみたいとしても。 「トラウマ?酔っぱらって裸で踊り出したりしたんですか?」 「してねぇわよ……!というか、スメラギって呑むクチだったんだ?」 「ふえ、おかしいですか?」 「……いや、おかしくはない……のかな?」 というか、おかしいのかどうかすら判断不能なくらいにまだ情報不足というのが正解か。 「はいよ〜いらっしゃい!お二人様?空いてるテーブルならどれでも使っとくれ」 ともあれ、お腹も空いているのに立ち話を続けるのも何だからと既に賑わっている店内へ入ると、ブラッディー・マリーという字面からはすっかりとかけ離れてしまっているふくよかな中年女性の店主さんが、忙しそうにトレイに乗ったエールを運びつつ、昔のままのホッとさせられる様な温かみのある笑みを浮かべて迎え入れてくれた。 「ああ、どうも……」 ただ、今までの店でもそうだけど、本当ならお久しぶりですと名乗ってハグのひとつもしたいのに、相手に合わせて初対面の客を演じなきゃならないのは、なかなかにキツい。 「……あの方が、鮮血の(ブラッディー)・マリーさんなのですか?」 「何か問題でも?」 「いえいえ、昔はさぞかしお強かったんでしょうね。魂の輝きが物語っています」 すると、案の定小声でのツッコミを受けたので素っ気なく頷いてやると、スメラギは何やら勝手に納得した様子で手近な空きテーブルについてゆく。 「まぁ、わたしも直接見たことはないんだけどさ……」 ただ、ライラも子供の頃に憧れだったと言っていたくらいだからそのまま信じているけれど、さすがは正体不明のボスらしく根拠が独特、というべきなんだろうか? 「……んじゃ、ご注文はルフィンの好物セットを二人前で、飲み物は葡萄ジュースと、そちらさんは葡萄酒、でいいのかい……?」 「ええ、あとはとりあえずでチーズの盛り合わせでも」 それから、わたし達がテーブルを囲んだ後で早速注文伺いに来た女将さんが、案の定お酒を出せと言われて大丈夫なのかい?といった表情を見せたものの、ぱっと見では十代半ばくらいの少女にしか見えないうちのボスは飲む気満々とばかりに頷くと、さらに繋ぎのアテまで追加オーダーしてゆく。 ……もっとも、わたしの方もギリギリJK勇者から半年ちょい経った後に五年間は周りの時間だけが過ぎていた状態なので、あまりひとのコトは言えないのだけれど。 「あはは、見た目はこんなでも年齢不詳なヒトですので……」 「ふ……だろうね。ところで、お客さん達もルフィンの追っかけ旅をしている観光客かい?」 そこで、わたしが苦笑い交じりにフォローを入れてやると、マリーさんはすぐに何かを悟った様子でニヤリと笑い、続けて今までの店主と同じような質問を向けてきた。 ……それを見て、何やらスメラギとマリーさんの間で達人同士の値踏みを垣間見た様な気がするけれど、まぁそれはともかくとして。 「ええまぁ、星辰亭やトレニアのお店でも言われましたけど、そんなに多いんですか?」 「ああ、真相は怪しいもんだが最後は反逆者扱いになっちまって、一時はあのコに関連する痕跡の一切を撤去しろと御触れが出てたんだけど、もう煩く言われなくなってね。それで最近は違う世界からやって来て不思議なチカラで魔王を仕留めた謎の魔法少女勇者が一体何者だったかの考察やら人気がまた高まってきて、ルフィン詣での観光客が増えているのさ」 「へぇ……」 「……ま、うちは最初からそんなお触れなんざどこ吹く風だったがね!何せ、ルフィンがこの国へやってきた最初の日からの付き合いなんだから、あのコが反逆者だなんて言われても信じられやしないってもんよ」 「……そう、ですか……ですよね……」 一体、どういう風の吹き回しであの疑り深い王のヘイトが薄れたのか知らないし、処刑後に掌を返されるのもそれはそれで腹が立ってくる話だけど、昔馴染みの人達だけでも信じてくれていたのが分かったから、これで少しは気持ちも整理できたかな? 「へぇ、それじゃ勇者様との思い出話なんかも沢山あるわけですね?」 「ははは、残ってるのはもっぱら酒が進む笑い話だけどな。聞きたいかい?」 「ちょっ、また……!?」 と、心の中で綺麗に纏まりそうになったのも束の間、それで満足せず更にわたしの過去を掘り下げようとしてくる厄介上司に、女将さんも笑いながら不穏なセリフで乗ってくる。 「ええ、ぜひ!なんなら高いお酒もオーダーしますから!」 「そこまで言われちゃあ仕方が無いねぇ。あれはこちらへ来てまだ間もない頃に、たまたまあのコが一人で食事にきた時なんだけど、ちょっとガラの悪い一元客に絡まれそうになってさ」 「こ、こら……!」 いや、それはオチが絶対ダメなやつ……! 「お〜い、女将さん追加の注文だ!」 「あいよぉ!おっと、悪いがいつまでもここで長話してるヒマはなさそうだ。すぐ、あんたらの飲み物も運ばせるからね?」 しかし、なりふり構わず止めようとしたところで、近くのテーブルから野太い声を張り上げた別の男性客に阻まれ、マリーさんはすぐにそちらのオーダーを取りに離れてしまった。 (助かった……) というか、わたしの思い出の恥部を最も多く記憶しているのはおそらくあの女将さんで、ぶっちゃけ本日のラスボスのつもりで身構えていたけれど、この店は開店から大体ずっと混んでいるのが幸いして、スメラギ専属の話し相手になっているヒマはなさそうである。 「むぅ、邪魔が入ってしまいましたか……」 「晩ごはんの書き入れ時で忙しいんだから邪魔してるのはそっちの方でしょ?大人しく飲み食いに集中してなさいって」 そこで、わたしもようやく勝ち確を得て正論で抑え込もうとしてやるものの……。 「まぁ、それもいいですけど……って、ほら在りし日のルフィンさんがありますよ?」 「え、ドコ?って……うわ、マジだ……?!」 しかし、スメラギが渋々納得しかけたのも束の間、こちらの背後の方を指さしてきたのを見て振り返ると、ちょうど斜め後ろの壁にピンクと白のゴテゴテした魔法少女衣装の姿で、セミロングの髪もカラフルな真っピンクに染めあげ、右手に愛用の短杖を構えて凛々しくポーズを決めた、ええとあれは確か魔王討伐記念キャンペーン用に作られた全身似顔絵入りの特大ポスターが飾られているのに今さら気付く。 「うわわ……!いや、なつかしいっちゃ懐かしいけどさぁ……!」 どうやら、王都内で昔の姿を残したものは殆どが撤去されてしまったみたいなのでちょっぴり嬉しくなくもない反面で、改めて見るとかなり気恥ずかしかったりして。 「お、何やらセリフも添えられていますね?なになに、わたしの最終魔杖アカシック・タクトは既に絶対なる敗北の調べを奏で始めている。果たして貴方にその因果律を断ち切る事が叶うかしら……?」 「ちょっ、声に出さなくていいから……!」 そして、更に追い討ちをかけるように、かつて得意げに口走っていたキメ台詞を棒で読み上げられ、思わず身を乗り出して止めにかかるわたし。 以前に仲間から十年後の爆弾を予言されていたけれど、五年後でも充分すぎる破壊力だった。 「言葉のイミはよく分かりませんが、イケイケでノリノリだったんですね、流石です♪」 「イケイケっていうか……まぁうん……」 若さは馬鹿さ、とでもいいますか……。 「ちなみにアカシック・タクトってなんなんです?あなたの相棒は具現化(メタリラ)の杖ですよね?」 「い、いや、なんとなくかっこいいかなって……」 しかし、それでもスメラギの追求の手は緩まず、出来れば触れられたくなかった部分まで容赦なく指摘されて、羞恥に項垂れつつ正直に答えるわたし。 ……ゴメンなさい、何となく「アカシック」って言葉を使ってみたかっただけなんです。 「あはは、い〜いですねぇ。そんなトコロも実にうちに相応しい人材ですよ」 「えっと、勇者ってもしかしてイタい人が当たり前と思ってらっしゃる?」 「まぁ常識などに囚われていてはなかなか務まらないお役目ですし、それにやっぱりご自身の世界観というものが確立されてる方のほうが……」 「……もういいからっ、こんなトコで公開処刑はじめなくても……!」 それから、楽しそうな顔に優しい言葉で皮肉にしか聞こえないフォローを容赦なく浴びせられ、とうとう白旗を上げて許しを請うわたし。 ……というか、みんなの知っている石頭会長は常識やルールに厳格で飾りっけの無い堅物女だったはずなんだけど、ね。 「まぁでも、私もあの衣装で魔王と戦う姿を見せてもらいましたけど、正義のヒロインというアイデンティティが強調されてステキでしたよ?貴女のなりたかった姿そのままって感じで」 「……うんまぁ、小学生の頃なんかは魔法の杖の玩具やら衣装を買ってもらって友達と魔法少女ごっこして遊んでたしね、わたし」 その後、中学に上がって漫画やラノベにハマりだして、そこからチートスキルを持って異世界に行ってみたいと妄想する様にもなって複合化してしまったというか。 「ちなみに、希望でしたら復刻も可能ですが?」 「いや、さすがにもういいかな……何だかんだでわたしも大人になってしまったというか」 魔王イル・ヴェールを倒して一通り満足してしまったのもあるし、その後のコトもあって魔法少女勇者テレシア・ルフィンはもう引退の方向で。 「そうですか?私の目には今の貴女も殆ど変わっていない様子ですけど」 しかし、そんなわたしへ飼い主となった少女は素っ気無くそう言い放つ。 「え、そう……?」 「だって、そのあからさまに自虐めいた黒ずくめな格好は、“そういう”ことでしょう?」 「うぐ……!」 「でも、私はそれがナズナさんのいい所だと思っているので、むしろどんどん思い出していって欲しいんですよ♪」 「…………」 何もかもお見通しなつもりなんだろうけれど、慈愛の女神みたいな笑みを浮かべてまた無慈悲な要求をしてくれるんだから。 「はい、お待たせしましたぁ。葡萄ジュースと葡萄酒、それとチーズ盛り合わせです」 「お、きたきたきましたよー、待ってました♪」 「……あの、ウェイトレスさんやっぱりわたしにも葡萄酒ひとつ」 そこで、次第にヤケクソな気分になってきたわたしは、葡萄酒で酷い目に遭った過去(トラウマ)もそっちのけで、最初の飲み物が運ばれて来た際に右手を上げて追加オーダーしてしまっていた。 「はーい、よろこんで〜♪」 「ったく……けどま、ここの葡萄酒は飲まなきゃ損ってくらいの逸品だしね……」 マリーさんの現役時代のツテで仕入れていて王都内で飲めるのはここだけという特別な銘柄と聞いているし、この後の予定は宿屋に戻って寝るだけだから、まだまだ墓荒らしが続くというのならわたしもお酒のチカラを借りるとしますか……。 「ふふ、ではナズナさんの葡萄酒が来たら乾杯しましょうね?」 「乾杯ねぇ……」 出来れば、最初のお仕事が終わるまで取っておくつもりだったんだけど。 * 「……あーもう、お酒好きはいいけどオトナなら自分の適量は知ってなさいよね……」 「えええ、まらよってませんよぅ……うにゅ」 「だから、酔っ払いはみんなそういうの……ったく」 やがて、最初は二人でささやかに飲むつもりが、そのうち女将さんだけでなく店内を巻き込んでルフィンとの思い出話に花が咲いていったゲリラ宴もたけなわのうちにどっぷりと夜が更け、お店を出て昼間はひっきりなしだった往来もすっかりと疎らになっていた市場通りの帰り道、わたしは足下もおぼつかなくなったへべれけ上司に肩を貸しつつぼやいていた。 一応、精霊魔法で補助しているので重たくはないとしても、べったりとしがみつかれて耳元へ酒臭い息が吹きかけられるのは、まぁ控えめに言っても鬱陶しい。 「う〜〜……そのきになればまらまら樽のひとつやふたつ……」 「やめときなさいって……しかし、相変わらず夜は寒いわね……心地はいいけどさ」 季節はもう春を迎えていながら、まだまだ王都の夜はひんやりとした夜風が顔を凪いでくるけれど、こういう時には宿屋に戻るまでのいい酔い覚ましになってくれそうである。 「ひっかひ、さすがはゆうひゃさまれすねぇ、あんなおいひぃぶろうしゅを置いてるおみふぇをおさえてるとは……いっく」 「満足してもらったなら光栄だけど、でも明日からは控えてもらうからね?」 「わかってまふよぅ、でもおひごとがおわったらまたよっていきまひょうねぇ?」 「はいはい、そりゃマリーさんもしてやったりなんじゃないの」 ちょっと上手いと思ってしまった酔っ払いギャグはスルーとして、まぁスメラギがこんなになっているのも、飲みっぷりに気を良くしたマリーさんがルフィンの思い出話をおつまみにどんどん勧めたからだし、売上げアップ大成功ってとこか。 (……に、しても……) ぶっちゃけ、スメラギって人間なのかどうかも怪しいと思っているのに、おサケ飲んだら普通に酔っ払うんだなぁって。 「……ふぇ、わらひが人間なのか、れすかぁ?」 「ちょっ、どさくさ紛れに心を読まないでよ……」 もうやりたい放題だなぁ、この酔っ払いは。 「わらひが何者なのかは……かいひゃくしらいですかねぇ。というか、いまのナズナしゃんが自分をどう思ってるかでも変わってくるとおもいまふからぁ」 「うーん……なるほど?」 わからん。 「でも、他のひとにたいろうしてる時は、こんなにのんだりしないんれすけどねぇ」 「……いや、なんでわたしならいいのよ?」 正直、特別感アピールとしても嬉しくない部類だし。 「ん〜。ろうひてといわれたら、ナズナさんはぜったい手放したくないっていうかぁ、いっひょにいるとすごく心地よくて、どうしてもかんぱいしたくなってしまったんでふよぉ」 「なんか告られてる?……それは酔っ払いのたわごと?それとも根拠あるの?」 「ん〜〜、こんきょはありまふけろぉ、それを言葉にするのはぶしゅ……ぶすいってものじゃないですかねぇ、あはは」 「はぁ……」 既に呂律が回らなくなっていてよく分からないけれど、まぁわたしのコトをいたく気に入っているのは理解してあげよう。 ……それが、どんなイミなのかという警戒心はまだ消える事はないとして。 (けどま、ついて来てもらったのは正解だったんだよなぁ……) 自分の死後世界へ誰にも秘密で潜り込むのは思っていたよりもしんどいみたいだから、出立前に同行すると言い出したスメラギの判断に少しは感謝もしているんだけど。 「とにかくぅ、これからあなたにはおおいに期待してまふからねぇ……」 「はいはい……」 いずれにせよ、改めて頼まれなくたって、今のわたしは……。 「……ん……?」 しかし、続きの言葉を頭に思い浮かべる前に、すぐ先の道の真ん中で一人の小柄な女の子が立ち塞がる様にして立っているのに気付く。 「…………」 月明かりに照らされたその姿は背丈が十二、三歳くらいの華奢な体躯で、わたしと同じく全身黒ずくめ……いや、深い紫色がベースのローブにすっぽりと頭を覆われていて顔は良く見えないながら、その奥から向けられる眼光は明らかな敵意こそ感じないものの、射貫く様な鋭さでこちらをじっと見据えていた。 (とりあえず見覚えは無いと思う、けど……) 状況的に、わたしを待ち構えていたのは間違いなさそうである。 (さて、どう出る……?) ともあれ、場の空気が一変して張り詰めてきたのを覚えつつ、無言のままもう少しだけ近付き、話しかけるのに適度な間合いになったところで足を止めるや……。 「……へー、ホントに戻ってきたんだ?テレシア・ルフィン」 「は……?」 いきなり、相手から興味津々そうに化けの皮を剥がされ、わたしはほろ酔い気分が一瞬で吹き飛ばされてしまった。 次のページへ 戻る |