イリアス@ココロ  その3

Phase-4:ミーニング・オブ・イグジスティング

 夢を見ていた。
 ……いや、通常では目覚めた後でそれが夢だったと分かるものだろうけど、不思議なことに今のわたしは確かに夢の中と認識した上で、目の前に映る一組の男女のやり取りを眺めていた。

「……やはり、行ってしまわれるのですね?」
「すまない……。許してくれとは言わないが、僕は戻って伝えなければならないんだ。この地を訪れて君と出逢い、素晴らしい体験を経て得られた知識を……そして、世界の真実を」
 場所は、月明かりの乏しい、真夜中の暗くて深い森の中。
 手に持った松明の明かりに生気が薄い顔を映して立ち尽くす、若くて綺麗な女性の方は見たことも無い紅白の神秘的な衣装を身に纏っていて、一方の眼鏡をかけた学者風の男性は体格こそ細めなものの、片方の手に持ったランプの他に、様々な装備品をいたる場所へ身につけ、背には大きくて頑丈そうなリュックを負ぶった、まるで探検家みたいな出で立ちだった。
「……貴方がミカドとしてこの地へ留まって下さる様な方ではない事は、始めて出逢った時から分かっておりましたし、いつしかこの日が来るのも覚悟していたつもりでした」
「…………」
「何より、精霊の寵愛を受けた貴方は、大いなる使命を背負ってしまった身。本来は、私が眠っている間に独り出て行こうとしていた貴方を、こうして見送るべきではない事も承知の上です。ですが……」
「いいんだ。僕だって、こうして夜逃げ同然でここから立ち去るのに、何の後ろめたさも感じていないわけじゃない。本来は、恨まれようが泣き叫ばれようが、君の怒りや悲しみを正面から受け止めながら行くべきなのは分かっていたのに……僕は、卑怯な臆病者さ」
 それから、言葉を最後まで言えずに俯いてしまった女性に、男性は彼女の方へ振り向くことなく、静かに自虐を込めてそう告げる。
「いいえ……私の方こそ、故郷を捨てる覚悟で貴方に寄り添い、少しでも御力となるべきでしょうに。課せられた役目の為に最愛の方と別れる道を選んだのは、この私も同じです」
「……君は賢明で立派な決断をした。やはり僕なんかより、君こそがこの地の民を導くべき王の器なのだろう。そんな君がどうして僕なんかに好意を抱いてくれたのかは解けない謎だが、誇りに思う」
「貴方は、精霊の様な方でしたから。風の様に自由で、大地の様に優しく、心は清水の様に澄んでいて、そして炎の様な情熱を持っていた。精霊の巫女である私が惹かれたのは、当然の成り行きです」
「ありがとう。……ならば僕は、天命尽きる日まで君の愛した僕であり続けながら、自らの使命を果たしてみせる事を、ここで改めて誓おう」
「……約束ですよ?私のお腹に宿った子の誇りとなり続けられる様に」
 そして女性はそう告げると、自らのお腹へそっと手を当てた。
「いつか……帰ってくる。必ず……」
「いいえ、貴方はもうここへ戻ってはなりません。一度選んだ道を後退するのは、私の愛した人の行為ではないでしょう?」
「すまない……!だが、ここで二人の手は離れようとも、我が心は常に君と共にある」
「はい……。どうか、お気をつけて」
「ああ。君こそ、くれぐれも自分の身を労わってくれよ?……生まれつき、丈夫には出来ていないのだからな」

                    *

「……なんだ、僕を非難しているのか?」
 それからやがて、愛する女性と別れた男性が歩き始めてしばらくした後、彼は自分以外の誰の姿も見当たらない夜闇の中で、まるで誰かに話しかけられたかの様に独り言を喋り始めてゆく。
「だが、お互いが決めた事だ。残念ながら、僕達には普通の夫婦として幸せに過ごす未来は与えられていなかった。だからせめて、成すべき使命をしっかりと果たすだけさ」
「…………」
「……別に謝る必要なんてない。それより、今一度確認するが本当にいいのか?僕はこれから故郷へ戻り、発見の報告に留まらず、“誰にでも”扱える利用法を提唱するつもりなんだぞ?」
「当然、徒に乱用されてゆく可能性は極めて高い。……それでも構わないのだな?」
 そして、彼本人の頭の中では会話が続いているつもりなのか、少しの沈黙の後で今度は視線を夜空の方へ高く向けると、躊躇いがちに言葉を続けてゆく。
(……えっと、何なのこの人?)
 事情を知らないわたしの目には、何か怪しいモノでも受信している様なアブない人にも見えるものの、本人の表情はいたって真剣そのものだった。
「…………」
「……しかしな、僕の口から言うのも何だが、人間とはそこまで賢い生き物じゃないぞ?確かに僕と君との邂逅は、人類にとって大いなる可能性を秘めているが、如何せん欲深すぎる」
「下手をしたら、いつしか彼らは……いや、我々は君達に感謝を捧げるどころか、牙を剥く可能性だって考えられるんだぞ?しかも自覚しないままに、だ」
(君達……?)
 やっぱり、この人は今でも見えない誰かと会話しているつもりなのだろうか。
 ……もしくは、単にわたしが見えていないだけ?
「それでも、君達は……エレメントは皆に知ってもらい、利用される道を選ぶんだな?」
「…………」
(エレメント……?)
 そこでわたしはふと、歩みを止めない男性の胸元に、何だか見覚えのあるチェーン付きのメダリオンが着けられているコトに気付く。
(あれって、まさか……)
「……確かに、自分の存在が知られていないのは、それは最初からいないのも同然と言えるのかもしれないが……」
「…………」
「……分かった。ならばもう迷うまい。それで、後世の人間が君達をどう扱っていくのかについては、僕もただしっかりと種だけ撒いて……後は正しく育つのを祈るしかないか」
 やがて、男性は最後にそう呟いて口を噤むと、後は無言のまま漆黒の森をひとり歩き続けていった。
(この男性は、もしかして……?)

                    *

「……諸君、本日ここへ集まってもらったのは他でもない。十日前、聖セフィロート政府より“プロジェクト・ガイアレス”と名付けられた極秘プロジェクトに関するコンペを行うとの通告が、A3及びE3本部へ向けて同時に発送された」
 それから、目の前が一旦暗転したかと思えば、今度は会議室らしき広間へと場面が移り変わり、何やら重苦しい空気の中で、「議長」と刻まれたプレートの奥に座る老人が、円卓を囲んだ出席者へ向けて語りかけていた。
「その送られた内容については、既に各研究所へ最重要事項として通知済みであるから、ここに出席している代表者達は把握しているのものとして話を進めさせてもらうが、構わぬな?」
 そして議長がそう続けた後、会議の参加者達は真剣な眼差しを向けたまま、沈黙をもって答えてゆく。
「……よろしい。事は急を要する故、迅速に方向性を決めて、すぐにでも取り掛からねばならん。従って、今回はいかなる個人的な軋轢も、派閥の垣根も無しだ。よいな?」
「…………」
「うむ。では早速だが本題に入ろう。……まずは前提として、我らは何としてでもこのコンペで勝利を収めねばならん。未だエレメント力学面に関しては一日の長があるとは言え、我らと袂を分かった者たちにより創設されたE3との勢力差は、既に逆転不能の領域にまで傾きつつある。DOLL開発事業においても、第三世代における我々のエイリアスドールのシェアは二割を割ってしまった」
「…………」
「その原因として、無論我らの奢りによる部分があるのも否めない。しかし、このままでは資金面においても差が開く一方で、我々は逆転どころか、対抗プロダクトを出し続けていけるのかすら危うくなってしまう」
「つまり、A3自身の存在価値が問われていると?」
「未だ、A3の技術は彼らにとっても必要なものであるから、完全に潰されてしまう事は無いとしても、そう遠くない将来においてE3に吸収統合されてしまう可能性は大いに有り得る話だろう。必然的に、我らは彼らの軍門に下るコトとなる」
「そんな……」
「偉大なる創始者の築いたA3の名が、消える……?」
「……だが、我らにはまだチャンスが残されている。即ちこのコンペに勝利し、聖セフィロート政府からの信頼と庇護を勝ち取れば良いのだ」
 会議の始まりと同時に、悲観的な言葉ばかりが飛び出していき、絶望感漂う空気の中で会場内がざわめき始めるものの、議長は落ち着いた口調で淡々と言葉を続けてゆく。
「とはいえ、コンペの内容は双方で試作機を送り出し、戦わせるというものでしょう?既に軍事用途でも、E3の第三世代モデルにシェアを奪われている現状の中で、勝ち目は?」
「あんた馬鹿?!あるに決まってんじゃない。量産機ではともかく、採算度外視のカスタムモデルでは、まだまだ負けちゃいないわよ?」
 そして、今度は二十代後半くらいの白衣姿の女性が、大きな音を響かせながら机を叩いて立ち上がり、弱気な意見を吐いた出席者へ食ってかかっていった。
「いかにもその通りだ。今回このコンペの通告書に目を通した際、わしは天命が降りたと確信したよ。というのも、一年前にライステード博士が学会で基礎メカニズムを披露した、SGSの事を思い出したからだ」
「…………っ?!」
 すると、議長のその言葉に反応して、先ほど威勢良く啖呵をきった女性の隣に座っていた同年代位の学者風の女性が慌てて立ち上がる。
(ライステード、博士?)
 ……もしかして、ご先祖様?
「議長、まさか……」
「うむ。我らの命運を預けるべき技術はライステード博士、貴君の発案した第四世代構想が相応しいものと考える」
「し、しかし……」
「あれは量産が事実上不可能であったもの故に、あくまで参考技術として実用化への賛同は得られなかったが、その発想はA3技術の集大成と呼べるだけでなく、秘められたポテンシャルもこれまでとは一線を画すものであったと記憶しておる。正に、今回のプロジェクトにうってつけとは思わないかね?」
「ですが、わたしは第四世代構想とはA3が原点に返り、偉大なる創始者の遺志を今一度思い出してもらう為に発表したものであって、この様な形での利用は心外です!」
 それから、ライステード博士と呼ばれた女性の方も、議長に対して同じく机を強く叩きながら激しく反発するものの……。
「理念よりも、今は現実の打破を優先すべきだな。繰り返すが、このコンペでの敗北はA3機関の終焉にも繋がる可能性がある。そうなってしまえば、創始者の遺志を見直す土壌すら失われるのだぞ?」
「…………っ」
「それとも、他に妙案があるのかね?ライステード博士」
「……いえ……」
 結局、「現実」という言葉を突きつけられて反論の糸口を失った(おそらく)ご先祖様は、再び座り込んでしまった。
「よろしい。他の諸君も異存は無いか?」
「…………」
「……うむ。ではこれより、A3に属する全て者が総力を結集し、第四世代エイリアスドールの開発をスタートさせる事を、ここに宣言する。これが最後の花火になるやもしれぬが、寧ろその覚悟をもって、我らが持つ魂と技術の全てを注ぎ込もうではないか」
「うおおおっ!A3万歳ッッ!!」
「面白ぇ、やってやろうじゃねーか。俺達がただ黙って消えていくだけの負け犬と思うなよ!」
「ええ、我々にも意地があるという事を、彼らや聖セフィロート政府へ知らしめてやりましょう」
「ではまず、役割分担を明確にする為、幾つかのグループを編成するとしよう。ライステード研究所を中心としたチームは無属性コアの生成と武装の仕様策定を。メイナード研究所を中心としたチームは、SGSの出力を生かす内部アーキテクションを。そしてフォードラン大の研究チームには、開発中であるSDBの完成を急いでもらおう。場合によっては、“あれ”を実装する事も考慮に入れてな」
 それから、悲壮感に満ちた歓声で沸き立つ中で、おそらくこの当時のA3代表者と思われる老練風の議長は、プロジェクトグループの編成を手際よく指示してゆく。
「おおっ!本当に全部入り、というワケですか」
「そして無論、造型の部門においても一切の妥協を許す気は無い。ここはサーフィス研究所のグループに任せるとしよう。今回のプロジェクトの特性上、こちらも責任は重大だぞ?」
「了解です。一世一代となる、最高の芸術作品を創り上げて見せますわ」
「後はもう一つ、採用後を見据えて別の試作機の開発も必要となるかもしれないが、これは追々でいい。まずは、コンペまでの時間を逆算しながら、ファーストモデルの完成に注力してくれ」
「…………」
『……たー……』
「そうシケた顔しなさんなって。どっちにしても、あんたの提案が現実のものとなるチャンスじゃないのよ」
 しかし、そんな中でただ一人、暗澹たる表情でテーブルに肘をついて項垂れる人物に、隣の女性が小さく肩を叩いてフォローを入れる。
「シンディ……でも……」
「今、A3が創設以来の存続危機を迎えてるってのは、ここにいる誰もが感じてる。だから、あんたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも敢えて飛び込まなきゃならない火中なんじゃないの?」
「…………」
『……ますたー?』
「大丈夫だって。あたし達の代で果たせなかったコトは、ノインみたく後世の人間に託せばいいのよ。A3が存続さえしていれば、またいつの日かあんたみたいな物好きな天才が現れて、遺志を継いでくれるでしょ?」
「……うん……」
『ますたー、起きてください、ますたー?』
「ところで議長、最初の試作機のコードネームは何にしますか?」
「それは発案者が付けるべきだな。ライステード博士、何かアイデアの持ち合わせはあるかね?」
「…………」
「……なら、“エンブリオ”、というのはどうでしょうか?」
「ふむ、悪くないな。新世代を告げる試作品に相応しい名だ」
「エンブリオ……んむうっ?!」
 そこで、エンブリオという名を聞いて思わず叫びそうになった瞬間、突然にわたしの唇は柔らかい感触で塞がれてしまった。
(な、なに……って、ココロ……っ?!)
 驚いて瞼を開くと、視界に入ったのは上半分が天井で、そしてもう下半分は横から屈み込む体勢で唇を重ね合わせてきている、ココロの頭だった。
「ん……っ、はい?呼びましたか?」
 それから、ベッドの上で仰向けになっていたわたしが動き出すと同時に顔を上げ、きょとんとした表情を見せてくるココロ。
「呼びましたか?じゃねーわよ!いきなりナニしてくれてんのよ、あんたはっ!」
「何って、目覚めのキスですけど?」
「ですけどって……」
 こっちは、思ってもみなかった不意打ちを受けて狼狽しているのに、どうしてそんな当たり前の様な顔で答えてきますか、ココロさん?
「だって、朝食の用意が出来た後で呼びに来ましたのに、ますたーったら呼びかけても身体を揺すっても、全然起きてくれないものですから」
「……んで、その最終手段がさっきのぶちゅーってワケ?」
「ええ♪そこで、昨日エルミナさんが旦那様を目覚めのキスで起こすのは妻の役割だと教えてくださったのを思い出したので、もしかしたらますたーはそれを待っていたのかなーと……」
「あ・の・ね……」
 人が知らないうちに何てコトを吹き込みやがりますか、あのヘンタイお嬢様は。
「ともかく、もうそろそろ起きないと朝ごはんを食べる時間が無くなりますよ、ますたー?」
「……ああ、もうそんな時間なんだ……ふぁぁ〜っ」
 そこで、ココロの言葉を受けてベッドの横に置いていた小型の置き時計へと視線を移したら、確かにもう家を出なければならない時間まで、あと二十分を切ってしまっていた。
「そうですよー。せっかく用意したんですから、ちゃんと味わって食べて欲しいです」
「う〜っ、分かってるわよ……」
 どの道、我が家の家訓は、朝食だけは抜かない事なのだから。
 朝食は一日の基本であり、活動のエネルギー源であり、脳を活発化させるものだから、研究職などの体力と知力の限界に挑む様な職にたずさわる者にとっては、三食の中で最も重要であると小さい頃から教え込まれて、わたしも実践してきていた。
「……しゃーないわね。時間もないし、目覚めのちゅーに関しては不問にするけど、何でもかんでも言われたコトを真に受けちゃダメよ?」
「え〜?もしかして、迷惑でしたか……?」
 ともあれ、お説教をしている時間は無いと判断したわたしは寛大にも大目に見てやったものの、ココロの方は感謝するどころか、不服そうな目でこちらを見てくる。
「いや、別に迷惑とまでは言わないけど……」
「それとも、実は凄く苦痛だったとか?」
「あーいや、決してそんなコトは……」
「んじゃ、何がいけないんですか?」
「えっと……」
「…………」
(……あれ?)
 何だかそう言われると、拒む理由も別に無いような気がしてきたりして。
 ……思い起こせば、わたしはココロにひと目惚れした身なんだし、既に始めても奉げてしまったわけで。
「ほら、もしかしたら思い込みに囚われているのは、ますたーの方なのかもしれませんよ?」
 そして、ココロはもうひと押しそう告げると、両手をわたしの背中へと回してくる。
「……そ、そうなのかな?」
「では、もう一度試して確認しませんか?真実はどちらなのか」
「う、うん……」
 確かに、こんがらがってきた頭を整理するには、実体験が一番なのかもしれない。
「ん……っ」
 そんな訳で、わたしはココロに流されるがままに目を閉じてしまうと、程なくして先程の柔らかい感触が再び唇越しに伝わってくる。
(……あ、ホントだ。敢えて受け入れてみたら、悪くないかも……)
 相変わらず、目を閉じていたら本当にDOLLなのか不安になる位にリアルな感触だし。
 ……ついでに、排熱口としての機能も備えているのか、それとも敢えてそういうギミックを仕組んだのかは知らないけど、ちゃんと吐息まで再現されているのが、また変態的だった。
(こーいうのって、グッジョプって言うべきなのかな……?)
「…………」
「…………」
「んふっ♪やっぱり、チサトさんの言われる通りでしたね」
 ……と、そんな事を考えながら、しばし相手に身を委ねていた所で、不意に唇を離してにんまりと笑みを浮かべてくるココロ。
「へ……?」
「ますたーはガードが堅いようで、案外もっともらしい理屈と押しには弱いわよって♪」
「あ、あいつらぁ……」
 元々警戒はしていたつもりだけど、脅威の心配的中率というか、あの二人はココロだけじゃなくて、このコを利用してわたしまでオモチャにするつもりなのかしらん。
(……やっぱり、同じクラスに転入させたのはちょっと早まったかなぁ?)
 今更、箱入り娘に戻す選択肢は無いとはいえ、なんだか予想以上の染まり具合に、危機感と不安を覚えずにはいられなかったりして。

「……でも、昨夜はいつもより早くお休みになっていたはずですけど、それでも相当お疲れなんですか?」
「ん〜。そうなんだけど、何だか忙しなく色んな夢を見ていた気がするから、あんまり寝つけてはいない感じなのよねぇ」
 それから、ようやく起き上がったわたしへクローゼットから取り出した制服を差し出しながら、やや心配そうに尋ねてくるココロに、パジャマのボタンを外しつつ苦笑いを返す。
 ……もっとも、その内容はもう断片的にしか覚えてはいないんだけど。
「そういえばますたー、さっき『エンブリオ』って言いかけてましたよね?もしかして、私が出てくる夢でも見てましたか?んふっ♪」
「いや、直接は出てなかったと思うけど……でも……」
 あれは作られた夢物語というより、何となく誰かの追憶の映像って感じだった気が。
「何でしたら、今夜はますたーがぐっすりと寝付けるように、添い寝でもしましょうか?SDBには子守唄のレパートリーも豊富ですし」
「い、いいわよ別に……」
 というか、さっきのコトを考えると、添い寝と言われても嫌な予感しかしないんですが。
「では、よかったらお風呂上りに全身マッサージなんてどうです?同じく、ツボ情報とかもソルフィーネから引っ張ってこれますし、ますたーがぐっすり眠れるように、私が心も身体も癒してあげちゃいますよ?」
 すると、ココロはすかさず別の提案を持ち出すと、ワキワキと怪しい手つきを見せてくる。
「だーかーらー、そういうのはいいってばっ」
(……というか、本当にどんな類の情報でも詰まってんのね、そのデータバンクは)
 イザという時の為に、人類の情報の箱舟にでもするつもりだったのかしらん。
「え〜。遠慮ばかりしてないで、もっともっと私を頼って下さいよぉ、ますたー?」
 ともあれ、添い寝よりも更に嫌な予感がしたので、こちらも即座にお断りを入れると、今度は拗ねた様な台詞と一緒に、わたしのパジャマを脱がしにかかってくるココロ。
「だ〜〜っ、着替えの手伝いもいいからっ」
 今朝はもう、じゃれあっている時間は無いってのに。
「やっぱり、お役に立ってこそのエイリアスドールですし、必要とされてこそのエレメントなんですから」
「……別に心配しなくても、わたしがココロを必要としなくなるコトなんて無いわよ、多分ね?」
 もちろん、それだけじゃダメなのも分かっているけど。

                    *

「おはようございます、お嬢様。ココロ氏を迎えてから、少しばかりお寝坊になりましたか?」
 やがて、出来る限り急いで着替えを終えてキッチンへ移動すると、テーブルに並べられたわたしの朝食の向かいで、コーヒーカップを片手に新聞を読んでいたルクソールさんが声をかけてきた。
「おはよう、ルクソールさん。……あはは、ちょっとたるんではきてるのかも」
 確かに、今日はいつもより寝坊気味としても、最近の起きる時間も十五分くらいは遅くなった気はする。
「まぁ、これまでと違って自分で朝食を用意しなくてもいい身分になれば、必然的にそうなりがちですよね」
「……もう、朝っぱらから手厳しいわね……一応は今までの疲れも溜まってるのよ」
 そして、いつもの如くと言えばそれまでだけど、ルクソールさんが向けてきたトゲ含みの台詞に、自分の席へ座りながら小さく溜息を吐くわたし。
 何だかんだで、認定試験までは結構無理をしてきたから、その反動もあるのかもしれない。
「いえいえ?お嬢様はまだ本来、母親から作ってもらっていて当然の年頃ですし、ココロ氏の料理スキルも任せて大丈夫なレベルまで仕込まれているみたいですから、別に後ろめたさを感じる必要はありませんよ?」
「そりゃどーも……」
 痛み入りますと言いたいものの、だけどやっぱりルクソールさんの物言いには、いつも皮肉的な含みを感じるんですけどね。
「ついでに心優しいココロ氏は、たまたま居合わせたこの私にもコーヒーを淹れて下さいまして、まったく有り難い話です」
 でも、当のルクソールさんの方は全く自覚していないのか、こちらの猜疑心にも素知らぬ顔で言葉を続けると、テーブルの向こうでわたし用のコーヒーや野菜スープを用意してくれているココロの方を一瞥した後で、右手のコーヒーカップを小さく掲げて見せた。
「ふ〜ん。それで、腕前の評価はどんな感じ?」
 研究開発なんて仕事を生業にしていると、お茶やコーヒーの類とは切っても切れない関係だからか、無頓着に見えても意外と味には煩い人が多い。
 そこで、わたしは敢えて辛口っぽいルクソールさんに採点を求めてみるものの……。
「まぁ、お嬢様が指導なされたのですから、あくまでその範囲と予測していたんですが……これが驚きですね。ヘタなお店で飲むよりも、遥かに美味しいですよ?」
 その口調こそはいつもの淡々としたものだったけど、内容は意外にもベタ褒めの評価が返ってきてしまった。
「まぁ、あらかじめ内蔵されていたスキルは無くても、必要に応じていくらでも引き出せるみたいだしね」
 多分、例の情報衛星から美味しいコーヒーの淹れ方でも検索したんだろう。
「……と、言いますと?」
「ううん、こちらの話。色々と謎が多い機体だから、正直わたしも良く分かってないの」
 ともあれ、いくら身内でもあまり喋るわけにはいかないので、適当にお茶を濁すわたし。
「そうですか……まぁ、お嬢様には期待していますよ?」
「え……?」
 しかし、そこから続けて見開かれた新聞越しに思ってもみなかった言葉を向けられ、わたしは一瞬動きが止まってしまう。
「DOLL史上、最高のテクノロジーを用いられたと言われながらも、歴史からは抹消されてしまった幻のエイリアスドール。その持ち主となったお嬢様が解明して下さるんですよね?」
「…………!」
「なに、所長へはお嬢様から報告されている以上のコトは何も言っていませんが、ココロ氏はそういうコトなのでしょう?」
「一体何の話……と言いたいけど、その口ぶりじゃ当てずっぽうというわけでもなさそうね」
 そういえば、ルクソールさんってLOTに興味津々だったんだっけ。
「ええ、まぁ。本当は私が見つけたかったのが本音ですけど、まぁこの研究所に古くから伝わる遺物は、自分よりも跡取りであるお嬢様が本来所有すべきでしょうから、是非とも夢を託したいと思いまして」
「悪いけど、そういう風には考えたコト無かったわよ。大体、学会じゃ発表できない研究テーマだし」
「別に、学会で賞賛と栄誉を得て、大儲け出来るモノを発明する事だけが全てじゃないでしょう?研究者として単純に興味は無いんですか?」
「……言われてみたら、確かにそうなのよね。元々は偶然と好奇心から始まったものだったハズだし」
「では、今は違うと?」
「今というか、わたしがリスクを覚悟でココロを側に置いているのは、多分ルクソールさんには全く想像も出来ない理由だろうから」
 逆に言えば、推測されたら困るような誰にも言えない理由なんだけど。
「……やれやれ、流石は所長のご息女だけあって、変わり者みたいですねぇ」
 すると、わたしの返答に呆れてしまったのか、新聞を小さく折り畳んだ後で肩を竦めて見せるルクソールさん。
「んー、それは否定しないけど、でもルクソールさん程じゃないつもりだけどね」
 ちなみにこれもまた、わたしの紛れも無い本音だったりして。
「左様ですか……。ま、いいですけど」
「お待たせしました、ますたー♪たぁんと食べて下さいね♪」
 そして、ちょうど会話もひと区切りとなったいいタイミングで、ココロが上機嫌そうに温め終わった料理の皿を運んできた。

「……ああ、ところでお嬢様。ココロ氏の運用テストの方は問題なく進捗していますか?」
 やがてそれから、わたしが朝食を半分くらい食べ終えた辺りで、今度はスケジュール帳と睨めっこしていたルクソールさんが、思い出した様に声をかけてくる。
「お蔭様でね。まぁ良くも悪くも、だけど……」
 そこで、「良くも悪くも」のフレーズに色んな想いを込めて、苦笑い混じりに返答するわたし。
 ……というか、珍しくルクソールさんが長々とうちのキッチンでくつろいでいると思ったら、どうやら父さんの代理で経過報告を聞く為にわたしを待っていたみたいだった。
「ええ、とっても貴重な体験をさせてもらっています♪」
「……重ねて言うけど、良くも悪くも、ね」
「なるほど。何か含みは感じますけど、まぁ順調ならば何よりです。所長もあれで結構心配なされていましたから」
「でしょうね。今回はココロを転入させる為に動いてもらっちゃったし。……えっとそれで、うちの親は何か言ってた?」
「いえ、特には何も。何だかんだで親バカな一面もありますから、心配されておられるのはココロ氏の事よりも、愛娘が困った事態に直面していないかという方でしょうし」
「……だったら、直接聞いてくればいいのに。でもまぁ、心配なんてしなくても今の所は学校でトラブルなんて起こっていないから。ココロは好意的に受け入れてもらってるし」
「はい♪クラスのみなさんは、とっても親切な方達ばかりですし」
「親切、ね……」
 もっとも、その親切ゆえに、わたしにとっての頭痛の種になっているのも否めないんだけど。
「それはそれは。お嬢様の日頃の行いの良さゆえか、それともココロ氏の人(?)徳なのかは分かりませんが、それで結局、学校での運用テストはいつまで続けられる予定なんですか?」
「さぁねぇ。元々単なる口実なんだし、とりあえずはココロの気が済むまで……かな?」
 一応、目的そのものはあるとしても、それを果たす道筋はまだ全く見えてないし。
「……では、所長には二人揃って卒業式を迎えるくらいは覚悟しておく様に報告しておきましょうか」
「あはは、お願い……。もしかしたら、大学にまで連れてっちゃうかもしれないけど……」
 ただ、そうなれば間違いなくルクソールさんの母校だけは避けなきゃならなくなるかな。
「ええ、ぜひぜひ♪私はずっとますたーのお側にいるつもりですから」
「やれやれ……。これじゃ、私がお嬢様を娶って次期所長にという野望も叶いそうも無いですねぇ」
 すると、わたしの言葉を聞いて嬉しさに満ちた笑みを浮かべるココロと、対照的に肩を竦めながら投げやりにぼやいてみせるルクソールさん。
「はぁ?本気で言ってる?」
「勿論、冗談ですけど。……ま、それより私もココロ氏に関しては興味がありますし、協力できる事があれば相談に乗りますので、出来れば覚えておいてくださいな」
「うん、ありがと……」
 でも本音を言えば、こっちとしては出来ればそっとしておいて欲しいんだけど、果たしてそれは甘い考えなのかな?
(いや……)
 ……そういうのは、まぁ本当に困った時になって考えればいいか。

                    *

「ふぁぁ、はよ〜っ」
「おはようございま〜す、みなさん♪」
「はよっ、お二人さん。今日はいつもより遅かったじゃない?もしかして、ゆうべは遅くまでお楽しみでしたかね?」
「あらあら、うふふふふ〜♪」
「えっと、おたのしみ……ですか?」
「そうそう。またの表現を夫婦の営みと言ってね、たとえば……」
「……こら、チサトもエルミナも、あんまりココロにしょうもないコト教えてると、本気でシメるわよ?」
 やがて、二人揃って殆ど遅刻ギリギリで登校するや否や、早速不穏な言葉で挨拶代わりの軽口を向けてくるチサトへ、睨みを利かせた視線を返しながらツッコミを入れてやるわたし。
 ……というか、この二人に関しては一度くらい実行しておいた方がよさそうだけど。
「おやおや、朝っぱらから穏やかじゃないわねぇ?」
「でも、そこで怒るって事は〜。お目覚めのちゅーは試してみたんだ、ココロちゃん?」
「えへへ♪おかげさまで〜」
「あーもう……まだ転入したばかりだってのに、先が思いやられるにも程があるわよ……」
 しかし、それでも二人は全く意に介す様子も感じさせない上に、ココロの方までVサインを返しているのを見て、わたしは額を押さえながらため息交じりにぼやく。
(……やれやれ、こんな事なら、あらかじめココロが学習する情報のフィルタリングでもしておくべきだったかしらん?)
 まぁ、思うだけで実際は弄れないんだけど。
「よし、みんな席につけ。ホームルームを始めるぞ?」
「おっとっと、先生来ちゃったか。……んじゃココロ、また後でね?」
 ともあれ、それから間もなく担任のルーファス先生が入ってきたのを見て、わたしはココロの肩を小さく叩いた後で自分の席へと移動していく。
「あ、はい……」
「…………」
 そこでいつもの如く、ココロが何やら寂しそうな視線をこちらへ向けてくるものの、敢えて気づかないフリをするわたし。
 理由としてはもちろん、自分とココロの座席を敢えて離してもらったからだけど、せっかく少しでも多くの人間との交流を求めて転入してきたのだから、学校の中までいつもわたしにべったりでは意味が無いワケで。
「ココロん、おはよ〜♪相変わらず今日も綺麗だねぇ?」
「あ、おはようございます、モエミさん」
「今日も一日、よろしくね?」
「マーガレットさん、こちらこそ〜♪」
「…………」
 ただ、実際はそんな表情も席についてしまうまでの話で、後は周囲の生徒達が寄ってたかって話しかけ始め、ココロは挨拶返しに慌しくなるのが日課だから、心配はいらなさそうだけど。
「よし、ではまず出席確認だが……どうやら、遅刻者はいないみたいで何よりだな。これで授業中の居眠りも無ければ完璧なんだが」
 やがて、名簿と教室の着席状況を交互に睨めっこしながら、ルーファス先生はちらりとわたしの方を一瞥してくるものの……。
「……と言いたいが、最近はユリナも真面目に授業を受けているな。やっぱり嫁の前では恥ずかしいマネは出来ないか?」
 しかし、ココロと一緒に通うコトになってからは、わたしが全く居眠りをしていないのはちゃんと覚えているのか、すぐに訂正とからかいが半々の台詞を続けてくるルーファス先生。
「先生まで使いますか、そのフレーズ……」
 何でか知らないけど、普及しすぎ。
 ……大体、校則によれば学生結婚は禁止でしょーに。
「ははは、冗談だ。それでココロの方は、もう学校には慣れたか?」
「はい♪お陰様で、私のストレージ内にあるマップデータはほぼ完璧です」
「……あ、それいいわね。今度の学祭の時には、案内と迷子係でも頼もうかしら?」
「こらこら、あまり勝手なコト言ってると、ユリナに怒られちゃうわよ。ねぇ?」
「あはは……。まぁ、無茶振りしない程度なら好きに使ってもらえれば」
 ともあれ、今日でココロを転入させて十日あまり。
 一応は、初めて来た時の反応を見て勝算アリのつもりだったけど、ココロが突然うちのクラスに混ざって受け入れてもらえるのかという拭いきれない心配は、無用を通り越して予想以上の滑り出しを見せていた。
「んじゃ、簡単に連絡事項を話すから良く聞いておけよ。まず……」
(あ、後ろのコに髪を結ってもらってる……)
 まぁ、最初はやっぱり物珍しさが先行して群がっていたんだろうけど、次第に好奇心旺盛で疑う事を知らない素直な性格面でも好感を持たれたのか、そろそろ見慣れてきたっぽい今でも、ココロと積極的に接してくれているクラスメートが殆ど減らないのは、リスクを負ってまで踏み出した甲斐があったというものである。
「……では、今朝のホームルームはこれまで。今日も一日、目標をもってしっかり学べよ?」
「起立、礼っ!」
 ただ……。
「ココロ〜、今日の三時間目の教材運びが当番なんだけど、ちょっと重いのがあるから手伝ってくれない?」
「あ、はい♪いいですよ〜」
「助かるわぁ。ユーコとかに頼むとすぐにゴネて、見返りの話ばかりしてくるし」
「……そりゃ、都合良過ぎな言い分でしょ?んじゃ悪いんだけど、ついでに私も手伝ってくれないかな?こっちは、五時間目の実験準備の担当なの」
「ええ、喜んで♪」
「こらこら、あんたら二人とも独占しすぎ。ちゃんと順番で利用しなさいよね」
「…………」
(利用、ねぇ……)
 それでもやっぱり、お友達というよりは、綺麗な等身大のお人形兼、“便利な道具”として認識されているみたいなのは否めないワケであって。
 ……とはいえ、ココロはエイリアスドールだと最初から申告しているんだから、それが当然の反応と言ってしまえば、それまでではある。
(でもなぁ……)
 本当に、ココロの運用テストはこのままの延長線でいいのかな?

                    *

「ね、チサトにとってはさ、ココロってどういう存在?」
 それから迎えたお昼休みの時間、ユーコのお手伝いで一緒に教室を出て行ったココロを見送った後で、わたしは隣で一緒にくつろいでいたチサトへそんな質問を向けてみた。
「なにそれ?禅問答の一種?」
「違うわよ。単純に聞いてるだけ」
「えっと、ユリナの嫁?」
「……それもいいから、運用テストのモニタの一人として真面目に答えなさい」
 というか、頃合を見てココロと触れ合ってくれているクラスメート一人一人に同じ質問を向けてみるつもりだけど、まずは一番腹を割って話が出来るチサトを最初の相手に選んだまでである。
「いいコじゃないの?素直で気立てはいいし、何をやらせても一生懸命で器用だし」
「うん」
「……って、DOLLに“気立てがいい”って表現もヘンな感じっぽいけど、あのココロの人格って誰が作ったの?ユリナの親?」
「ん〜。そこを突っ込まれると、チサトが相手でもちょっと厳しいんだけど……まぁ、ココロは見ての通り、特別製なのよ」
「やっぱ、ワケアリ?」
「……まぁね。だけど考えてみたら、元々DOLLってのは魂が入っている自律人形なのよね」
 なぜなら、精霊石が使われていないDOLLなんて、未だこの世には存在しないのだから。
「ああ。創始者様曰く、エレメントは大自然の意思を持った魂、なんだっけ?」
「実際ね、精霊魔法はエレメントの相性だけじゃなくて、性格まで把握して付き合っていかないと上手く扱えないものだし、そもそもライセンスの取得ってのは、使いたい属性のエレメントに気に入られなきゃならない試練だったそうよ?」
「ふーん……。具体的にはどんな内容だったの?」
「さぁ、なにぶん秘匿性が高い情報だから、そこまでは」
 それでも、何故かわたしは魔法が使えちゃってるんだけど。
「ユリナも知らないんじゃ、どうしようもないわね。……でも、エレメントと付き合うったって、言葉が通じるワケでもないんでしょ?」
「……それでね、これは完全に仮定の話なんだけど、もし、そのエレメントと会話が出来る道具があったとしたら、どうする?」
 そして、実はこれがチサトに聞いてみたかった本題だった。
「どうするって言われても……正直、気まずいわよね?」
 すると、わたしの質問に、特に考える時間を置くこともなく苦笑いを返してくるチサト。
「あはは、やっぱりそうなるわよねぇ……」
「だって、『借りるよ?』『うん』の会話無しで今まで散々勝手に使っておいて……ねぇ?」
「んじゃさ、チサトはエレメント達がそんな自分勝手な人間を恨んでると思ってる?」
「違うの?」
「……さぁね」
 一応、ココロは否定していたけど、本当の胸中はどうなのかな?
「だったら、ユリナに分からないコトが、あたしに分かるワケないって」
「そうでもないわよ?野生のカンなら多分、わたしよりチサトの方が遥かに鋭いだろうし」
「あたしゃ、原始人かっての……」
「でも、わたしはそういうワイルドなチサトも好きだけど?」
 そこで、肩を竦めて見せるチサトへ、わたしはずいっと顔を近づけ、そう告げてやる。
 人ってのは、やっぱり自分に無いモノを持つ相手に惹かれるんだろうなってのは、チサトやココロと付き合っていく中で、しみじみと感じさせられているコトだった。
「……そんなコト言ってると、このままちゅーするわよ?」
「だめ♪」
 今日はもうチサトとエルミナのそれぞれの差し金で、ココロと二回もしちゃったしね。

                    *

「あれ、ますたー?そんな所でどうしたんですか?」
「……ん?用事は全部終わったの、ココロ?」
 やがて訪れた放課後の時間、校門の柱に背を預けながら一人読書していたわたしは、空の色が変わろうとしてゆく夕暮れ前になってようやく出てきたココロから声をかけられ、右手に持っていた文庫本を畳んで振り向いた。
「ええ、最初の予定がひと通り終わった後で、通りかかった先生に話しかけられたりとか、お手伝いを頼まれたりして、少し遅くなってしまったんですけど……」
「……やれやれ。慣れてきたのはいいけど、その分遠慮なく使われるようになってきてるわね?」
 確か、わたしが知る限りの用事は、マナカに陸上部のグラウンド整備の手伝いを頼まれたのと、精霊石研究部のマリーから、部室を引越しする荷物運びをせがまれた二つだったと思うけど、どうやら更に飛び入りの追加があったらしい。
「まぁ、私の方は一向に構わないんですが、でもますたーがずっと待ってくれていたなんて、知らなかったとはいえ申し訳ないです……」
「そこは別に気にしなくていいわよ?今はちょうど暇な時期だし、ココロと少しばかり寄り道をして帰りたいと思っただけだから」
 認定試験も終わり、ココロに当面やって欲しい雑務も大体教えたし、何より一から十まで仕込まなくても、データバンクから勝手に必要な情報を集めてくるのも分かったので、ぶっちゃけ今のわたしは結構暇人だったりして。
「え?寄り道、ですか?」
「そ。まだ日が落ちるまで時間はあるし、ちょっと付き合ってくれる?」
 そして、わたしは悪戯っぽく片目を閉じながらそう告げると、きょとんとした顔を見せるココロの手を引いていった。

                    *

「はぇ〜っ、色々ありすぎて目移りしちゃうわねぇ?」
「本当ですね〜。どこから見たらいいか、分からないくらいです……」
 それから、ココロを連れて商店街の一角にあるお店へ入った後で、わたし達は比較的広めの店内に所狭しと並べられた商品を物色しながら、その品揃えとシュミに圧倒されていた。
「おっ、この天使の羽がプリントされたシャツ、本当に背中へ翼のアクセが付けられるようになってるじゃない?ほら、実際にセットで売られてるしさ」
「あはは……確かに可愛いですけど、これ人ごみでは迷惑じゃないですか?」
「んなコトいちいち気にしてたら、ファッションなんて楽しめないわよ?……まぁ、わたしもこれはパスだけど」
 ここは、女の子向けのちょっと趣味に走った服を専門に扱っているブティックで、今までは興味こそありながら一人で入る勇気も無ければ、チサト達につき合わせるのも躊躇われたりして、外から指をくわえて眺めるだけだったものの、ようやく足を踏み入れた店内の様子は、想像以上に“キテ”いるみたいだった。
(うはは、何だかワクワクしてきたわよ、わたしゃ)
 ……といっても、実際は奇抜なだけじゃなくて、普通に自分好みの可愛い系の服も多いので、もしかしたら、これから常連さんになるのかなって候補のお店でもあるんだけど。
「んで、ココロが気に入った服って、何かある?」
「そうですねぇ。あそこのハンガーに掛けられている、赤と黒のベルト付きワンピースと、しましまのニーソックスのセットとか、結構ますたーにお似合いじゃないかと……」
「あに言ってんのよ?あんたの服を見に来てるのに」
「ええっ?!」
「ココロの服って、最初に着てたエプロンドレスと制服以外は、基本わたしのお下がりを無理して使ってるでしょ?元々は、着せ替え人形にもなってもらうつもりだったのに」
 だけど、色々着替えさせた所で、見慣れた自分の服では全然楽しくないワケで。
「ああ、そういえば再起動した時に言ってましたね。それも私も義務のうちなんですか?」
「うんまぁ、別にそんな堅苦しい話でもないんだけど、ただしばらくはバタバタしていて余裕が無かったから、そろそろいい頃合かなってね」
「ほほう……ただ、私としては出来ればますたーの方を……」
「はいはい……そっちも後で付き合ってあげるけど、まずはわたしの願望を叶えなさいってね。ただ、認定試験に合格した時に親から必要なモノは何でも買い揃えていいと言われて、浮いた本体分の費用を衣装代につぎ込ませてもらうつもりだったんだけど、ココロを転入させる際に大きな借りを作っちゃったから、気軽におねだりしにくくなってるのよねぇ……」
 いくら自分の子供が通学しているからといって、私立の学校に運用テストの協力を得ようと思えば、やっぱりタダというわけにはいかない。
 具体的に、どういう条件でOKを貰ったのかは、大人の話だからお前が気にすることはないと教えて貰えなかったけど、まぁ学費一人分の追加程度で済んでいないのは確かだろう。
「すみません……」
「あーいや、別にココロが謝る必要なんて無いって。転入はわたしのワガママなんだし、これでも一人娘だから愛情の代わりにお小遣いは結構貰ってる方だしね。……あ、このフリルドレスなんかどう?ちょっとウェディングっぽいけど」
 ともあれ、ココロと雑談を続けながら見ていく中で、やがてわたしはマネキンに着せて飾られた、幾重にもフリルが重ねられたスカートに、胸元が強調されるようなデザインになっている、淡いピンク色のロングドレス(ブーケ付き)が目に留まるものの……。
「ええ、これですか?……何だか、スカートのフリフリが凄すぎて動きにくそうなんですけど」
「だから、可愛いんじゃない?えっと、それでお値段の方は……うげっ、高っ!」
 しかし、続けて値札から価格を確認した所で、思わず手の力が抜けるわたし。
 デザイン的に手が込んでいる品物だけに、安くなさそうなのは覚悟していたものの、それでも想定の価格帯より桁が一つばかり違っていたりして。
「あ、これハンドメイド品みたいですね。裏に、職人さんの名前も縫い込まれていますよ?」
「……さすが、一点モノは高いわね。まぁ、同じく世界に一体だけのココロにはぴったりなんだろうけど、う〜ん……」
 とはいえ、残念ながら今はちょっと手が出そうも無かった。
「まぁまぁ、そんなに悩まないで、私のよりもますたー自身の服にお金をかけて下さいよ?いざとなれば、ソルフィーネに残ってる型紙データと裁縫方法を検索して、自前で用意できますし」
「だめだめ、それじゃ全然面白くないじゃないのよ。着せ替えは服選びが楽しみの半分なのに」
 そもそも、似合うコーディネートを探すだけじゃなくて、敢えてアンバランスなのとか、時には本人が嫌がるのを無理やり着せてニヤニヤしながら眺めるのも醍醐味なんだけど、まぁそれは言わないでおくとして……。
「……分かりました。では、ますたーの意向を尊重して、私の服は基本的にお任せします。……けど、やっぱり自分のコトもちゃんと考えてくださいね?」
「もう、心配性なんだから……。まぁ、それこそイザとなったらココロに作ってもら……いや……」
 やっぱり不安だから、それはやめておこう。
「はい?」
「……ううん、なんでもない。ま、確かに焦る必要はないわよねぇ……」
 とりあえず、わたしはそれ以上藪を突いて蛇を出してしまわないように首を横に振って会話を打ち切ると、再び店内をぐるりと見回して物色してゆく。
 少なくとも、ココロは歳を重ねていくのと共に顔や身体つきが変化していくわけじゃないから、この店に置いてある類の服が色んな意味で着られなくなってしまう心配は無いし。
(……もっとも、わたしの方は着たくてもあと数年ってところかな?)
 つまり、ココロとお揃いにしたいのなら話は別というコトになるんだけど……。
「…………」
(……でもそういえば、今でこそわたしとココロの見た目は同じくらいだけど、これからすぐに追い越してゆくコトになるのか)
 初めて見えた時のわたしは九歳の女の子で、その当時は年上のお姉さんって感じだったココロも、目覚めさせた時には追いついていて……そして、これから先は追い越して離れていく一方になる。
(たとえば、十年後のわたしって二十六歳なんだよね……)
 もちろん、その時になっても変わらず一緒に暮らしている光景は目に浮かべられるけど、ただその頃になると、もうココロとは見た目が年の差カップル状態になってしまっているワケで。
 ……そして更に時間が進めば、わたしもサユリさんみたく、いずれはココロを娘として扱う様な関係に変わっていくのかもしれない。
「…………」
(そっか、そうだよね……)
 ココロはこれから器の維持が出来る限りは、半永久的な命があるのかもしれないけど、普通の人間であるわたしには、限られた寿命というものがある。
「ますたー?」
 ……けどまぁ、今更そんな自然の摂理を嘆くのはナンセンスとしても……。
(だけどもし、わたしが死んでしまった後のココロは、一体どうなるんだろう?)
 わたしと同じように、ユーザーの権利を誰かが引き継ぐのかな?
 もっとも、それは胸のメダリオンがお婆ちゃんからわたしへ受け継がれたように、後継者が将来に見つかればの話であって、もしそうならなかった場合のココロは再び開かずの間で再び眠りに就いて、無かったコトに逆戻りしてしまう?
「…………」
「ますたー、ますたー?突然黙り込んで、どうしちゃったんですか?」
「ん?ああ……ちょっと、考え事をね」
 それから、呼びかけを無視して黙り込み続ける中で、とうとうココロが肩を揺らせてきたのを受けて、先ほど目に付いたドレスへ視線を向けたまま呟くわたし。
(やっぱり、猶予は無限なんかじゃない、か……)
「もしかして、誰かにお金を借りられないかなんて考えていたんじゃないでしょうね?」
「……そんなんじゃないわよ、おばか。服に関してはとりあえずあのドレスは諦めたけど、代わりにあっちの少々イッちゃってるゴシック系でも試してみようかしら?」
 ともあれ、いい具合に勘違いしてくれているココロへ苦笑いを見せた後で、わたしは物色中にピンときた、もう一つの候補を指差してみた。
「ええええ?!あれってタイトスカートが超ミニですし、何か首輪みたいなのも見えますけど……?」
「そりゃ、少しは恥ずかしがったりしてくれないと、いまいち面白みがないじゃない?」
 こういう、デザインは嫌いじゃないけど自分じゃ無理ってモノこそ、人に着せるには最高に楽しいワケで。
「ますたー……もしかして、結構悪趣味だったりします?」
「別に否定はしないわよ?でなきゃ、開かずの間でずっと眠っていた古のお姫様にファースト・キスを捧げたりはしないもの」
「うう〜〜っ……」
「ホント、御先祖様は楽しいオモチャをわたしに遺してくれたもんだわ。ふふふっ」
(……だけど、ココロをお迎えしてから今まで、そんな先の心配なんてしたことなかったのに、今になってどうして?)
「…………」
 ああ、今日はココロの存在についてちょっと考えてしまったから……かな?

                    *

「ね、ココロ。これは本音の話なんだけど、現状をどう受け止めてる?」
 やがて、ショッピングも終えた帰り道、手持ちで買える範囲から手頃なものをそれぞれ一着ずつ買った紙袋を片手に、帰宅路の並木道をしばらく並んで歩いていた所で、わたしはふとそんな話を切り出してみた。
「ふぇ?どう、と言われましても……」
「確かにさ、転入してきてクラスのみんなには可愛がってもらってるとは思うんだけど、でもそれはあくまで高性能なエイリアスドールとして、だよね」
 それは即ち、仲間というよりはむしろ道具として、という意味を含んだ言い回しだけど。
「……別に、私の方は構いませんよ?私の器は確かに人のお役に立つ為の道具ですし、前にも言いましたけど、エレメントだって誰かに使われてこそ、なんです」
「んなコトは分かってるわよ。けど、やっぱり今のままだとエレメントと人との絆をってのには繋がらないでしょ?」
 ……そう。今のままではココロの自己満足にはなっても、成果は生み出さない気がする。
「いいんですよ。私が実感出来ているだけでも、充分意味があるコトですから」
「だけど……」
「なら、仮に私がますたーに同意したとして、どうするべきだと考えているんですか?」
「……やっぱり、思い切って何か大きなデモンストレーションでもやってみないとダメなのかな?」
 漠然としているけど、エレメントのありがたみとか、存在感の大きさを実感させるとか。
 まだ原始的な文明の時代、大自然は人々にとって畏怖の対象で、そこから”神様”という概念が生まれたと言われているのだから、そんな気持ちを起こさせるような出来事を。
「ますたー。そういう押し付け的な行為は、逆に争いや悲劇を生むばかりですよ?」
 しかし、無責任にそんなコトをぼやいてしまったわたしへ、ココロは帰路につく足を止めた後で、真剣そのものな目を向けてきっぱりと否定してきた。
「ココロ……?」
「いいんです。仮にこれからどんな未来が待っているとしても、私はますたーさえ自分のコトを覚えていてくだされば」
「だけど、わたしだって普通の人間なんだから、永遠に側に居られるわけじゃないのよ?」
「……その時は、その時でいいじゃないですか、ますたー」
 そしてココロはそう告げると、今度はわたしの手を引いて抱きしめてくる。
「ちょっ、ココロ……?」
「……ますたー、私の為に素敵な機会を与えてくれて、本当にありがとうございます。私はもうそれだけで充分ですし、これからもこんな幸せな毎日が続いて欲しいと思っていますから」
「…………っ」
「……そっか。んじゃ、わたしもそれでいいのかな?」
「ええ♪ようやく慣れてきた頃なんですから、これからですよ〜」
「うん……」
 一応、頭の中で引っ掛かる様な気持ちは未だにあるものの、でもココロが今の生活を気にいっているのならば、当面のわたしの役割はそれを守るコト。
(……で、いいよね、サユリさん?)
 ココロの為に……そして、わたし自身の為に。

Phase-5:トゥルー・ジェネレーション

「……では、これより午後四時まで自由行動とする。博物館の中なら何処へ行っても構わんが、今日の宿題として見学レポートを提出してもらうから、サボってないでしっかりと学んでくる様に」
 やがて訪れた課外授業の日の午後、昼食の後でルーファス先生が入り口のホールにクラス全員を集めると、予告通りに自由時間の始まりを告げた。
 本日訪れた、世界最大の都市であり連邦政府の首都でもあるファーレハイド国にあるこのアーヴァント博物館は、その名の通りA3の始祖にしてエイリアスドールの発明者であるノイン・アーヴァントに関する資料が集められた記念館というだけでなく、E3系列のマシナリードールも含めた、全てのDOLLを対象とした総合資料館で、観光名所としても有名な場所だった。
(やれやれ、やっと好きに歩かせてもらえるのね……)
 ……ともあれ、授業の一環だけあってか、午前中はガイドさんの案内に従ってツアー見学をした後で、今度はホールに集められて、お昼まで創始者の偉業を称える映像を長々と見せられたりと、全く自由が与えられなかったものの、ようやく開放されるらしい。
「あとは、聞きたい事があれば、俺なりガイドさんを捕まえるなり、そこにいる専門家や彼女の嫁にでも直接聞けばいいぞ」
「あの先生、勝手にガイド役を押し付けられても困るんですが……」
 そして、最後にごく当たり前のような口ぶりで迷惑千万な言葉を続けてくる担任へ、手を上げて即刻抗議を入れるわたし。
 ……しかも、気に入ってしまったのか、もしくは単なる嫌がらせなのかは分からないけど、未だに「嫁」って言い回しを使ってくるし、最近は夜更かしする理由も無くなって心を入れ替えているというのに、どうやらルーファス先生の方は、未だ居眠りの事を根に持っているらしかった。
「どうせ、お前さんには退屈な課外授業だろう?こういう時に自分の知識をひけらかすのも楽しいもんだと思うぞ。んじゃ解散!」
 しかし、そんなわたしに対して先生は身も蓋もない言い分であしらってしまうと、一方的に解散を告げて立ち去って行ってしまった。
「……と言われても、わたしも今までここに来た記憶って、殆ど残ってないんだけど……」
 一応、このアーヴァント博物館はエレメント工学を学ぶ過程では必ず一度は足を運ばなければならないと言われているものの、少なくとも研究員を志してから訪れた覚えは無かったりして。
「そうなんですか、ますたー?」
「えっと、幼い頃に一度あったかなって感じだけど……ねぇチサト、わたし達が一緒に来たことってあったっけ?」
「いちおー、エレメンタリーの頃に同じく学校行事で来たはずだけど、あの時はユリナが興味ないってワガママ言い出して、あたしと二人して屋上で遊んでたじゃない?」
「あー、そういえばそうだったっけ……」
 ……何となく思い出した。
 あの時はまだ開かずの間でココロを見つけていなかったし、親が自分を放って夢中になっていたDOLLが嫌いというか、ちょっとしたアレルギーだったんだよね。
「だから結局のところ、泣き出したユリナに付き合わされてずっと一緒だったから、あたしもロクに見て回ったコトが無いって結論になるのよねぇ」
「あは。でもでも〜、美しい友情じゃない〜?」
 それから、ワザとらしく肩を竦めて見せるチサトに、両手を合わせながら何やら嬉しそうな顔を見せてくるエルミナ。
 いつものパターンで言えば、おそらく勝手に幼少期のシーンを捏造されているんだろう。
 とまぁ、それはもう慣れてるからいいとして……。
「……はいはい、悪かったわよー。んじゃ、昔の埋め合わせでチサトには特別に解説役をやってあげるから、今回こそちゃんと見て回りましょ?」
「ん〜。でもガイド役より、後で行く予定のカフェで奢ってくれる方が嬉しいかなーとか思ったりして」
「ええい、調子に乗ってんじゃないわよ。……とにかく、いつまでもここに居たって仕方が無いんだから、そろそろ行きましょうか、ココロ?」
「……って、あれ?」
 そして、ココロに促しつつ出発しようとした所で、いつもの甘ったるい返事が戻ってこないのに違和感を感じて振り返るわたし。
「ココロなら、もうとっくにユーコ達に連れ去られて行ったわよ?」
「ありゃ、そうなの?」
 まったく、油断も隙も無いというか……。
「ココロちゃん、相変らず大人気みたいね〜。妬けちゃう〜?」
「……いや、むしろそのつもりで転入させたんだから、好ましいコトなんだけどね」
「あら、お嫁さんと片時も離れたくないからじゃなかったの〜?」
「全く逆よ、逆っ。ココロの運用テストは、不特定多数の人間と交流させる為なんだから」
 いやまぁ、今みたいに勝手に連れて行かれたり、面白半分に弄くり回されてきたり(この前なんて、お化粧されて帰ってきたし)、複雑な気持ちが全く無いのか言われると、嘘にもなるけど。
「ほほう。もしかしてユリナって、寝取られシュミでもあんの?」
「……いい加減、殴るわよ?ついでに、そんな言葉をココロに教えたりしたら、チサト達と言えど絶交も検討するからね?」
「おお、怖い怖い……。んじゃ、友情が壊れる前に口を慎みますか」
「まったく、もう……」
 とりあえず、交流プログラムが順調なのは確かなんだし、実際にココロと積極的に絡んでいるのは同性のクラスメート中心ってコトもあって、一応悪い虫は寄り付いていないみたいだから、今は敢えて突き放しながらでも見守ってゆくしかない。
「…………」
 ……まぁそういう意味だと、チサトみたいな幼馴染はココロには好ましくなくても、わたしには有り難いんだけどね。

                    *

「……なになに、世紀の発見というものは、時として数奇な偶然によってもたらされる場合があるという事が、過去の歴史において証明されているものの、おそらく人類とエレメントとの邂逅もそのうちの一つと言えるだろう、か。ユリナぁ、このルビ振ってる”邂逅”ってなに?」
「偶然の出会いって表現をカッコ付けて言ってるだけよ。……ほら、いいから続き」
「ふむふむ、フォードラン大学所属の若き自然学者だったノイン・アーヴァントは、旧世紀1210年の春、単身で環境調査と採集目的で極東の未開拓地へと向かったまま、ぱったりと消息を絶ってしまった。……ねぇユリナ、単身でそんな所に行くってコトはさ、ノインって強かったの?」
「さぁね、無謀なだけだったんじゃない?……というか、いちいち脱線してないで最後まで読みなさいっての」
(まったく、集中力が続かないんだから……)
 博物館の順路通りにノイン・アーヴァントの軌跡を生い立ちから順番に辿ってゆく途中で、エレメントの発見からDOLL開発までを大雑把に解説した冊子を見つけたわたしは、チサトの勉強になると思って近くにあった長いすへ一緒に座って読ませることにしたものの、さっきから背中合わせの幼馴染の奴は、少し読んではこちらに話を振ってきての繰り返しだった。
「へいへい……。極東区といえば、コンパスが役に立たずに迷えば二度と戻れないと言われたカミネの森や、その奥地には邪教崇拝の小国が存在するとも噂される危険な場所であり、関係者は誰もがノインの絶望を確信していた。うん、まぁそりゃそーね」
「……しかし、それから約一年半が経過した旧世紀1211年秋、ノインは唐突に無事な姿で大学へ戻ってきた。そして生還を祝福する為に集まってきた学友達へ向けて彼は、『人類史上で最も重要となる発見をした』と高らかに宣言し、その右手にはカミネの森より持ち帰った、後に“精霊石”と名付けられる魔法の鉱石が握られていた……か。でもユリナ、精霊石って別にどこでも採れるよね?」
「まぁ、高純度のものはアルハディアやら他の未開拓地に集中しているんだけど、確かにノインが本当の価値を発見して争奪戦となるまでは、この辺でも山や川で時々拾える透明の綺麗な石って扱いで売られていたそうよ?……ってチサト、あんたって普段読書してる時もそんな感じなの?」
 さすがに、いい加減呆れてきたんですけどね、マイシスター。
「あはは、ついユリナが側にいると話しかけたくなっちゃってさ。……でも、そういうユリナだっていちいち応えてくれてるじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどさぁ……んじゃ、もしかしてわたしがざっと話した方が早い?」
「ん〜、あたしにはそっちの方が向いてるかな?それに、ユリナって説明上手だし」
 そしてそう告げた後で、さり気なくわたしの手を握ってくるチサト。
「……おだてたって何も出ないわよ。とにかく、それからノイン・アーヴァントは他の専門家の力も借りながら、五年の歳月をかけてエレメント利用の為の基礎理論を完成させ、実際に力を仕込んだ精霊石のサンプルを持って、1216年に学会で発表したってわけ。ここらは一応授業で聞いたよねって言いたいけど、確かあんた寝てたっけ?」
「ぎくっ……で、でも本当にライフスタイルから変わっちゃったもんねー。んじゃ、その後の彼は大金持ちになって綺麗なお嫁さんも貰って、うっはうはな人生を送ったの?」
「まぁ、エレメント力学や工学に目をつけた企業だけじゃなくて、聖セフィロート政府自体が国家プロジェクトとして組み込んじゃったからね。特許やら顧問料やら著書の印税やら、財団を立ち上げて自然保護活動やA3維持の為の資金にする位の富は得ていたみたいよ」
「いーなぁ、正に一攫千金。でも、儲けたお金をみんな自分の懐に入れてたワケじゃないんだ?」
「ノインはお金儲けには無頓着で、生粋の学者タイプだったらしいのよね。大富豪と呼ばれる身分になろうが、贅沢をする暇が無い位の仕事や研究の鬼だったとか、綺麗なお嫁さんについても、希望者が殺到して選り取りみどりとなった縁談話を断り続けたって記述が残ってるし」
「ふーん。それじゃ、生涯独身だったの?」
「一応はそういう事になってるけど、諸説があってね〜。当時ノインと最も親しかった友人が、『君の恋人は研究だけかい?』と尋ねたところ、『自分にも愛する者はいる』という返答を受けたって、彼の遺した著書に記されてるの」
 ……もっとも、その一番の親友の息子が、後にE3の創始者になるのだから、運命とは何とも皮肉なものだけど、まぁ閑話休題ってことで。
「ほほ〜う……ってぇコトは、もしかして極東の地に迷い込んでいた時に?」
「相変わらず、そういう時の勘は鋭いわねぇ、チサト?……そ、調査時に立ち寄った極東の小国、アルハディアに恋人を残して戻って来たというのが、有力説の一つなのよね」
 まぁ、アルハディアとの関わりをあまり大っぴらにしたくはないのか、この説に関してはA3、E3双方から割と大人気なく否定されているんだけど。
「だったら、子孫が残ってる可能性もあるんだ。んで、他の説は?」
「もう一つは、彼が心血を注いで創り上げた最初のDOLL、エイリアスに惚れ込み、全てを捧げたという意味で言った説よ。その姿は、若い女性を模したものだったみたいだし」
「……げげ、お人形さんフェチだったってコト?」
「それは知らないけど、ノインはA3の運営が軌道に乗った時期から、一人で専用の研究室に篭り始めるようになって、晩年までひたすらエイリアスドールの研究開発に打ち込み続けたって話だから」
 黎明期のあの時代は、精霊石を使って人や大きな物を運んだりとか、人間の暮らしに直結する発明品が最優先で、複雑な機構でコストも高く、生活必需品とも言えないエイリアスドールの需要はA3内ですら懐疑的だったものの、それでもノイン自身は自分の生涯をかけて完成させるべき最重要な発明と位置付けて譲らなかったらしい。
「ふーん。そのオリジナルのDOLLって、ここにあるの?」
「勿論あるわよ?というか、それがこの博物館の最大の目玉なんだから」
 むしろ、それを見ないで帰れるかって類のものである。
「……んじゃ、お勉強もそろそろ飽きたし、今から見に行きましょ?」
「グッドアイデアとは思うけど、でもチサトは少し真面目に勉強した方がいいわよ?」
 これから、心が折れそうになる位に覚えなきゃならない事が雪崩の如く押し寄せてくるけれど、わたしは要点を纏めたり励ましてやる程度は出来ても、代わりにはやってあげられないしね。
「そうねぇ、またユリナが分かりやすく教えてくれるなら考える」
「もう……いつまでもそうやって、おんぶに抱っこってわけにはいかないっての」
「ま、確かに最近のユリナは、あたしに構うよりもココロちゃんの方にすっかりと夢中みたいだし」
 すると、素っ気無い言葉を返してやるわたしに、チサトはどこまで本気なのか分からない口調でそう言うと、繋いだ手を少しだけ強めてくる。
「あによ、その言い方?」
「……一応、少しはヤキモチも妬いてんのよ?」
「あんたにそんな感情があったなんて、これだけ長い付き合いの中で始めて知ったわ。……だけど、わたしの中ではココロとチサトの存在は競合しないから、別に心配しなくてもいいわよ?」
 ……まぁでも、こいつにも可愛げみたいなものはあったのね。
 と、思わず口元が緩んでしまうわたしなものの、それでも調子に乗らせる気は更々無いので、やっぱり返す言葉はどこか突き放したものになってしまうんだけど。
「つまり、ココロちゃんが奥さんで、あたしは愛人みたいなもん?」
「ばか。そんな薄っぺらい間柄でもないでしょ?……ほら、そろそろお喋りはやめて移動するわよ?」
 ともあれ、わたしは敢えて素っ気無い口ぶりをキープしたままそう告げてやった後で、繋がった手をこちらからも握り返して意思表示してやると、チサトの手を引く様に長いすから立ち上がった。
「……はいはい、そうしますか」
「はぁ〜い♪」
 すると、ぐうたらな幼馴染からの気の無い頷きの後で、別の方向からもチサトとは対照的な明るい返事が返ってくる。
 こちらはチサトほど付き合いが長くないものの、同じくわたしにとって愛すべき友人のエルミナお嬢様だった。
「……そういえば、エルミナもいたのね。相変わらず話に混ざってこないんだから」
「でも〜、手を繋ぎながら仲睦まじそうに囁き合って、入り込む余地が無かったし〜♪」
 そこで、いつもの如く気配を消すのが上手い友人へ謝るよりも苦笑いを向けるわたしへ、反論しながらも良い物を見せてもらったとばかりの満足そうな笑みを返してくるエルミナさん。
「…………」
 ……うんまぁ、そうやって指摘されちゃえば人前で何やってんだって感じよね、わたし達。
 どうやらチサトの方も同じ心地らしく、珍しく照れた顔を見せながら視線を外してるし。
「えっと……なら、エルミナも手を繋ぐ?」
 ってコトで、意味があるのかは分らないものの、今更ながら彼女も仲間に引き込もうとするわたし。
 一応は、口封じも兼ねてね。
「うん♪」

                    *

「はぇ〜っ、これだけのDOLLがお出迎えってのも……なんかちょっと怖いわね?」
「……そうね。むしろ動いていない状態だから、余計にそんな感じなのかも」
 やがて、博物館の奥部にある大きな自動扉を抜けた先の、特別展示室へと向かう通路を少し進んだ辺りから広がってきた、壮観だけど一種異様とも言える光景に、チサトとわたしはやや圧倒されながら率直な感想を洩らす。
 展示場も兼ねているこの広くて長い通路の左右には、それぞれ歴代のエイリアスドールとマシナリードールのサンプルが、解説と共に最新世代から順番に並べられていて、チサトの言葉通り、まるで来場者を出迎えている様でもあった。
 ……そして、通路の先に見える円形の広い展示室には、ノイン・アーヴァントが二十年以上の歳月をかけて創り上げたとされる、オリジナルのエイリアスドールが展示されているはずである。
「すごいね〜。いつしかココロちゃんも、ここに飾られちゃうのかな〜?」
「生憎、わたしは寄贈する気なんて無いわよ」
 それから、こちらの手を両手で握ったまましみじみと呟くエルミナに、わたしは素っ気ない言葉を返してやる。
「そうだよね〜。ココロちゃんはユリナちゃんのお嫁さんだもんね〜?」
「……まぁ、今回は別にそれでもいいわよ」
 ただどの道、仮に展示したいと思ったとしても、ココロは決して日の目を見るコトは叶わないんだけど。
 ほら、その為の場所だって……。
「おりょ?ねぇユリナ、第五世代の次が第三世代になってるんだけど?」
 すると、そんなわたしのモノローグでも受信したのか、絶妙のタイミングでチサトが解説を求めてきた。
「そうよ?A3、E3のどちらも、第四世代は技術的な問題でスキップされてるの」
(……歴史の、表向きの世界ではね)
 ここらは他所様の事情なので、E3にも構想があったのに削除されたのか、最初からスキップされたのかは分からないけれど、DOLL史上において第四世代そのものが無かった事にされているのは確かである。
「…………」
 つまり、E3はそれだけ本気でエンブリオを忌んでいたというコトらしいけど……。
「ふーん……。でも何だか第三世代と第五世代の間って、見た目からショボくなってない?」
「そこがちょうど転換期なのよ。第三世代は大衆向けの第二世代と並行しつつ、コストや燃費を度外視して最高性能が追及された華やかな世代だったけど、逆に第五世代は新世紀に入ってマナ減少の問題に直面してきた時期だから、質素に必要最小限のものをって流れになったからね」
 とはいえ、外観に関してマナ濃度は無関係のはずだけど、まぁ復興期で贅沢は敵って風潮だったみたいだから、これもメーカーのコストダウン兼、質実剛健さのアピール策だったらしい。
「あー、なるへそ。ここでちょうど旧世紀と新世紀を跨いだんだ?」
「それに外見こそ簡略化されても、第五世代からマナのエネルギー変換効率が飛躍的に向上しているし、着実に進化した部分はあるわよ?専門家を目指すなら解説をちゃんと読んで、そういう所を見てあげないと」
「へいへーい」
 実際、第五世代から第六世代にかけて、マナ消費量は第三世代比でエイリアスドールが約四割、マシナリードールに至っては半減を達成しているのだから、本来はもっと評価されるべきなのに、こうやってサンプルだけを見ても理解してもらいにくいというのは不憫と言えた。
 とまぁ、それはともかくとして……。
「……あれ、あっちに見覚えのある人だかりができてるわよ?」
 それから、第二世代の前を通過して通路を渡り終えようかという頃、チサトがその先に見える特別展示室の中央付近で、うちの学校の制服を着た小集団が何やら騒いでいる事に気付く。
「ホントだ。というか、ココロもいるじゃない。……ちょっと二人ともゴメン」
 よく見てみると、その輪の中に連れ去られた身内がいたのを確認したわたしは、エルミナ達の手を離して、駆け足気味に近付いていった。
「ココロっ、ここにいたのね?まったく、わたしと離れる時は一言……」
「あっ、ユリナ?ほら見てみて?」
 程なくして、前方の人だかりの中へ割り込んで顔を出すや否や、わたしはココロへ小言を言い終えるよりも先に他の生徒に掴まると、展示物の前へ強引に押し出されてしまう。
「え、ちょっ、どうしたの……って……」
 そんな、クラスメートからの予想外の反応にまずは戸惑ったものの、理由はすぐに分かった。
 目の前の筒型ケース内にエプロンドレス姿で保存されていたオリジナルのエイリアスドールは、わたし達と同年代くらいの女性の姿をしていて、そのあどけなさを残しながらも綺麗な顔立ちは、初めて見たとは思えない既視感を与えていたりして。
(というか、これって……)
「……ココロと、似てる?」
「ね、そっくりでしょ?」
「う、うん……」
 確かに、「似てる」なんてレベルじゃなくて、「そっくり」という表現の方がしっくりとくる。
(……そういえば、開かずの間で保存されていた時のココロも、エプロンドレス姿だったわね……)
 今の制服姿じゃなくて初期状態のままなら、ますます実感していたかもしれない。
 もちろん、原始モデルだけにつくりの精巧さはエンブリオには到底及ばないものの、その顔立ちの特徴などを見比べれば、ここにいる誰もが同じ感想を持つ程に分かりやすいものだった。
「ココロ、これってやっぱり……」
「偶然じゃない、と思いますよ」
 そこで、遠慮がちに視線を向けながら尋ねるわたしに、ケースの中をじっと見据えたまま、あっさりと頷いて肯定してくるココロ。
「……だよねぇ?」
 つまり、エンブリオはオリジナルのエイリアスを模して作られたのか。
 まぁ、だからどうしたと言われればそれで終わりかもしれないけど、第四世代の開発に生き残りをかけたという当時のA3技術者達の想いは、それだけ並々ならぬものがあったという事だろう。
 ……まぁ、正直暴走しすぎっぽいけど。
「ところでますたーは、なぜA3製のDOLLを『エイリアスドール』と呼ぶのか、知っていますか?」
 ともあれ、それからしばらく心を奪わた様にエイリアスを眺めていると、不意にココロがそんな質問を投げかけてきた。
「んなもの、答えはこの下のプレートに書いてあるじゃない。ノイン・アーヴァントが最初に作ったDOLLの名前からでしょ?」
 そもそも、DOLL史の勉強を始めたら、まず最初に習うくらいの常識でもあるんだけど。
「……では、その彼がどうして“エイリアス”と名付けたのかについては?」
「えっと……それは考えたコトも無かったけど、ココロは知ってるの?」
 言われてみれば、最初からそういう固有名詞として学んでいたので、なかなか意表を突かれた質問だった。
「当然ですよ♪エイリアスとは“擬人化”という意味が込められているんです。つまり……」
「あ、そっか……!ノイン・アーヴァントは、エレメントを擬人化したかったんだ?」
「御名答ですよ、お嬢様。当時のノインはエレメントと人間との間で意思疎通を行う手段の発明に心血を注いでいたそうです。ですから本来エイリアスドールというのは、その過程で生まれた可能性の一つなんですよね」
 それから、ココロのヒントを元にわたしが頭に浮かんだ結論を言葉にして呟いた所で、背後から聞き慣れた男性の声が突然に割り込んでくる。
「ルクソールさん……?どうしてここに?」
「博物館の案内員のバイトですが、何か?」
「え……?」
「ははは、実際の所はA3のファーレハイド支部までお使いを申し付けられましてね。それで、確か今日はお嬢様方が課外授業でアーヴァント博物館へ行かれる予定だったのを思い出して、顔を出してみたんですよ」
 そこで、意外な鉢合わせに驚いて振り返ったわたしへ、うちの研究員の制服を着た声の主は、いつもの飄々とした口調でそう告げてきた。
「わざわざ、案内でもしてくれる為に?」
 この人って、そんな律儀な性格だったっけ?
「まぁ、会えなければ会えないで別に探し回るつもりもなくて、館内のカフェで一服して帰るつもりだったんですが、まさかあっさりと出くわしてしまうとは……」
 そして、ここにいる理由を尋ねたわたしへそう答えた後で、苦笑いを浮かべてくるルクソールさん。
「……そこで困った顔をする位なら、最初から来なきゃ良かったのに」
 相変らず、良く分からない人だった。
 ……まぁ、どっちにしても案内なんて必要ないんだけど。
「ですが、丁度いい機会でもありますかね。……という事でユリナお嬢様、もしよろしければ、少しばかりお茶にでも付き合っていただけませんか?今日は私が奢りますよ?」
 しかし、それでもすぐに気を取り直してしまうと、今度は課外授業中だというのにデートのお誘いをかけてくる。
「え〜?ユリナだけ?」
「すみませんね、ここにおられる御学友全員となると私の懐が厳しいですし、それに出来ればお嬢様と少々二人きりになりたい事情もありまして」
「おおっ、まさかプロポーズ?」
「ホントにモテモテだね〜、ユリナちゃん?」
「……この人の言動は半分以上が冗談なんだから、本気で受け取らないの。つまりわたしに身内絡みの話があるんでしょ?少し位ならいいわよ」
 別にルクソールさんから折りいった話をされる心当たりも無いし、正直お邪魔虫でもあるんだけど、ただこの人も一応はココロのコトを少なからず知っているみたいだから、用件くらいは聞いておいた方がいいかもしれない。
 ……というわけで、少しばかりの胸騒ぎも感じたわたしは、素っ気無い態度で了承の返事を入れた。
「あ、ますたー、私も……っ」
「いや、すぐに戻るから、ココロはみんなと見て回りなさいって。その為に転入したんでしょ?」
 すると、駆け寄ってきたココロが袖を掴んで同行しようとしてくるものの、わたしはやんわりと突き放す。
 一応、二人きりでと言われたし、ココロに聞かせるべき話なのかどうかも分からないしね。
「そうですけど、でも……」
「大丈夫、なるべく早く切り上げて戻るから。それよりも、チサト達にはくれぐれも気をつけてね?またスキあらばロクでもないコトばかり教えようとしてくるんだろうし」
「うわ、ひど……っ」
「全ては日頃の行いよ。さっきのロビーでの忠告、まだ忘れてないからね?」
 ぶっちゃけ、わたしだってせっかく合流したココロと離れたくはないけど、仕方が無い。
 ……まぁそれでも、ココロの方もわたしと離れたくないって不安そうな顔を見せてくれたから、それだけでも幾分は気が晴れたので良しとしておきますか。

                    *

「……まったくもう、クラスメートがたくさんいる中で、誤解を招く言い回しはやめてよね」
「別に、嘘はついていませんよ?それとも、『第四世代エイリアスドールの件でお話があるので、席を外して下さい』と、ストレートに言った方がよろしかったですか?」
 やがて、ココロやチサト達と別れ、本館へ続く通路を戻っていく中で溜息交じりに話を切り出すわたしなものの、ルクソールさんの方は相変らずの人を食ったような態度で切り返してくる。
「やっぱり、ココロに関する事なの?」
「そうですねぇ。あの場で皆さんにガイド出来なかったのは残念ですが、第四世代機……いえエンブリオは“真世代機”とも呼ばれているのは御存知でしたか?ノイン・アーヴァントが目指したエイリアスドールの完成品としてね」
「真世代機……?ココロこそが、ノインの本当に作りたかったものってこと?」
「だって、ああやってお嬢様やクラスメートの皆さんに混じって、お友達みたいに交流しているじゃないですか?普通の人は存在すら知らない、全てのエレメントの中枢である無属性の魂が、ですよ」
「……つまり、擬人化の意味を与えられたDOLLも、エレメントの魂を人工的に作ろうとしたSGSも、元々作りたかったのは、人間と精霊とを繋ぐインターフェイスだったのね」
 そこで、わたしはルクソールさんに向けてというよりも独り言の様にそう呟くと、一旦足を止めて歴代のDOLLが立ち並ぶ周囲を見渡してゆく。
「…………」
 時代の需要に合わせてどちらも第十四世代まで進化している、精霊石仕掛けの器用で働き者な汎用オートマター達。人間にとっては便利な存在だけど、でも発明者の目的を果たす為の機能を実装しているDOLLは、この中には存在しない。
 そして、唯一その役割を果たせるのが連邦政府により存在を抹消された第四世代機というのだから、何とも皮肉な話である。
「まぁ、その用途は最終的に、恐ろしくも素敵な方向へ歪められてしまったみたいですが」
 しかし、そんな感傷に浸りながら、エイリアスの子孫達を眺め続けるわたしへ、ルクソールさんは肩を竦めてそう告げてくる。
「どういう意味?……いや、それ以前にどうしてそんなに詳しいの?」
「LOTに興味があると、以前言いませんでしたっけ?E3は連邦政府を動かして、残った第四世代の資料を片っ端から処分しようとしましたが、そんな簡単に無かった事には出来るものじゃないんですよねぇ」
「まぁ、現にうちにも残ってたわけだしね……んで、その補足説明をする為に、わざわざわたしを誘ってきたの?」
 だったら、家に戻った後でもいいだろうに。
「いえいえ、丁度ファーレハイドまで来られているのですから、よろしければ私の友人をご紹介しておこうかと思いまして」
「友人?」
「はい。ファーレハイド支部で旧世紀に使用されていた暗号の解析を担当している研究員なんですが、きっとお嬢様のお役に立てるんじゃないかと」
 それから、「ちょうどここから支部は目と鼻の先ですし」と続けてくるルクソールさん。
「……開かずの間にあった、暗号資料の事も知っているの?」
「いえ、推測だけで水を向けてみましたけど、ビンゴでしたか。まぁ、隠し部屋で資料を見つけたまでは良かったものの、古い暗号で書かれていて全く読めなかったというのは、よくある話です」
「もう、そういうふっかけは反則でしょ?」
「ははは。なにぶん捻くれ者でして、私は」
 つまり、ルクソールさんは開かずの間にあった資料の暗号解読を協力するかわりに、自分にも中身を見せて欲しいって方向に持っていきたいんだろうけど……。 
「……でも、それらについては既にココロが解読してしまったから、どうぞご心配なく」
 しかし物がモノだけに、訳知りの身内だろうが気軽に見せるわけにはいかないので、きっぱりとお断りを入れるわたし。
 ルクソールさんは単なる好奇心だろうけど、こっちは最悪、命取りになる。
「ははぁ、つまりエンブリオにデコードプログラムが内蔵されていて、彼女だけが読めるようになっていた、ある意味キーロック型の暗号だったという感じですか」
「詳しくは知らないけど、まぁそうじゃない?」
 正確には、ココロが例の情報衛星からダウンロードして、開かずの間のコンソールへインストールして読めるようにしたんだけど、あまりソルフィーネの事とかも喋りたくないしね。
「それで、どんな資料が残っていたんですか?」
「まだ全部確認したわけじゃないけど、まぁ予想通りにあの子の設計データやら、関連する技術書が残されてるみたい。ココロの設計資料はメンテの時に必要だから、いずれ必要に応じて印刷しておこうとは思ってるけど」
 あと、頭が痛い問題として、特注品のエンブリオに使われている部品の殆ど全てが現行モデルとは規格が違うので、いずれは秘密厳守で設計データを元にオーダーメイドしてくれる工房も探さなきゃならないものの、未だアテは無い。
 ……というか、これに関しては本当に自分の力だけではどうにもならなくなるかもしれないものの、ただココロの一番デリケートな部分を曝け出すコトになるから、やっぱり協力は要請しにくかった。
「それはそれは……。お約束通りでも、極めて貴重な資料ですね。第四世代機の設計書なんて、A3本部の秘蔵庫にすら現存しているのか怪しい代物ですから」
「別に、本体共々寄贈する気なんて無いから、どーでもいいわ。とりあえず維持管理に必要な資料は揃っているみたいだから、そこはひと安心だけど」
「……しかし、本当にそれだけでしたか?」
 ともあれ、その話はもう終わりとばかりに素っ気無く切り捨て、再び歩き始めるわたしなものの、ルクソールさんはひと呼吸置いた後で、こちらの背中へ向けて質問を続けてきた。
「それだけ、とは?」
「ココロ氏の口から、“プロジェクト・ガイアレス”という言葉については、何も?」
「なにそれ?」
(……いや、何か聞いた事があるような、無いような?)
 少なくとも、書物で見たり、ココロの口から聞いた覚えが無いのは確かだけど。
「……そうです、か。もうそろそろお誘いをかけてもいい頃合かと思っていましたけど、ちょっと思惑が違ってきているみたいですねぇ?」
「もう、いい加減にして。さっきからワケの分かんないコトばかり……」
 そして、訳知り顔でワザとらしく首をかしげて見せてくるルクソールさんへ、わたしは苛立ちを隠さないまま睨みつける。
 ……しかし、同時にわたしの第六感が、何やらきな臭い空気を感じ始めてもいた。
(何だろう……悪寒?)
「やれやれ、そう身構えないで下さいよ。ただ私は、彼女の所有者になるという事が一体どんな意味を持つのか、ユリナお嬢様がちゃんと理解されているのかを確認しているだけですのに」
「意味、ですって?」
「お嬢様も、第四世代エイリアスドールがどの様な形で利用されたかはご存知でしょう?まさか、ココロ氏が全くの無関係だったとでも思っています?」
「……興味ないわね。そんな黒歴史。あとあまりそういうのはペラペラ喋らない方がいいんじゃない?」
 一応、客足の少ない平日だけあって、辺りには他人の姿は殆ど見えないとしても。
「しかし、それは責任放棄というものでは?お嬢様は開かずの間に保存されていたのが第四世代機という事実を承知の上で再起動させたのですから、全てを知る義務はあるでしょう?」
「だから、知ったこっちゃないって言ってるでしょ?!余計な口出しはしないで」
 ともあれ、何やら得体の知れない嫌な予感に加えて、触れられたくない話をしつこく続けられて、館内で大きな声を出しちゃいけないのは分かっていながらも、ついつい声を荒げてしまうわたし。
「ですが、お嬢様……」
「誰が何と言おうと、ココロはわたしだけのモノよ!自分が見つけて起動させて、認証まで終えてマスターになったんだから、あの子をどうするかは全てわたしの自由。触れられたくない過去を掘り起こすのも、興味が無いからと無視するのもね?」
 そして、こちらの肩に手を当てながら更に食い下がろうとするルクソールさんを、わたしは乱暴に振り払い、ハッキリと言ってやるものの……。
「……それがたとえ、世界の全てを手に入れる事が出来るとしても、ですか?」
「た、たちの悪い冗談はやめてよ、馬鹿馬鹿しい……」
 しかし、続けて彼の口から囁かれた言葉に、わたしは電気が走った様な衝撃を受けてしまう。
「声が震えてますよ?お嬢様」
「う、うるさいわね……!大体、大昔に造られた女神は一世紀以上も昔に破壊されて、今はもう残骸すら残ってないでしょうが」
「……果たして、そうですかねぇ?」
「え……?」
「あくまで仮の話ですが、もし女神創造プロジェクトは未だ終了していないとすれば、お嬢様はどうします?」
「…………っ」
「そして、その為にココロ氏が重要な役割を与えられているとしたら……」
「ち、ちょっと待ってよ。それ、本気で言ってるの?」
「さぁて、何か根拠があって言っているのかもしれませんし、妄想を面白可笑しく書きたてた、トンデモ本の受け売りかもしれません。しかし、今はどうでもいい問題でしょう?」
「……確かに、どうでもいいわね。興味が無い事には変わりはないもの」
 そんな、人をからかって遊んでいるようなルクソールさんの態度に、わたしはぶん殴ってやりたくなったのをぐっと抑えると、努めてつれない態度を見せて吐き捨てた。
(関わっちゃダメ……すぐに離れないと……)
 危険な深みへ引きずり込まれてしまう前に、これ以上は取り合わないに限る。
「そうですか、残念です……」
 すると、ルクソールさんもようやく諦めたのか、腕組みを見せながら今度こそ引き下がっていった。
「……けど、別に全部が無駄話だったわけでもないわよ?ココロとルクソールさんからエイリアスと真世代機の話を聞けたお陰で、わたしがあのコに何をしてあげるべきなのか、より明確に見えてきた気がするから、それについては感謝してるもの」
 今のわたしは、確かにノインの遺志を受け継いでいるんだってね。
「流石ですね、ユリナ・A・ライステードお嬢様。やはり血は争えないという事ですか?」
「はい……?」

                    *

「…………」
「…………」
「ますたぁ、そんなに書く内容に困っているんですか?」
 その夜、机の前で真っ白なレポート用紙と睨めっこしたままの時間がしばらく続く中、キッチンから戻ってきたココロが淹れたてのコーヒーをわたしに差し出しながら、心配そうな顔で覗き込んできた。
「もう。せっかくの自由時間をルクソールさんとのお喋りなんかに使っているからですよぉ?」
「ん〜?ああ、違うわよ。ちょっと考え事をしてただけ。……ありがとね」
 そこで、ココロのヤキモチ交じりっぽい声で我に返ったわたしは苦笑いを返すと、気分転換に受け取ったコーヒーを一口啜る。
(ふう……。あ、また腕を上げたわね……)
 まぁ、考えるのは先に宿題を片付けた後にすべきなんだろうけど、それでも今夜は全く身が入らなかった。
「考え事、ですか?……もしかして、行方不明になったメイナード研究所のお嬢様のコトとか考えていました?」
「それもまぁ、気にはなるけど違うわよ」
 違うけど、帰宅後に母さんから聞かされた話では、以前わたしと一緒に認定試験を受けたメイナード研究所の一人娘であるシンシアが、実は合格発表の後から何かと外出がちになり、とうとうこの十日前くらいから、ずっと家出中という連絡が入ったらしい。
 書き置きの類は無く、最初は事件に巻き込まれた可能性も考えられたものの、よく見ると彼女の部屋から必要最低限の荷造りをした跡が残っていた事から、何らかの理由で家出してしまったという結論に至ったそうで、現在知り合いの研究所に連絡を入れて、手がかりを探している最中なんだそうで。
 ……しかも、どうやらシンシアもわたしと同じく隠れエレメンタラーだったらしく、まさかエレメンタラー狩りに遭ったのではという不安感が、両親を余計に焦らせているらしい。
(……どうりで、あの時にわたしが魔法を使っている事に気付いてたワケだ)
 まぁ、一応は知らない仲でもなくなったわけだし、話を聞いてそれなりに心配な気持ちは芽生えたものの、だからといって、わたしには彼女の行き先への心当たりが全く無いから、考えても時間の無駄だった。
(とりあえず、当局に捕まってるってコトはないでしょ、多分……)
 もし、シンシアがエレメンタラー狩りに遭って拘束されていたとしたら、今頃はメイナード研究所も踏み込まれて蜂の巣を突っついた様な騒ぎになっているだろうし。
 ……ただ、あのコの境遇が自分と同じようなものだとすれば、先方さんの「親子関係に問題は無かった」という主張は、どうにも一方的でアテにはならないと思うけど。
 その証拠に、シンシアがずっと家に戻ってきていないと分かったのは、居なくなってから三日も経過した後だそうだから、やっぱり忙しい研究所の子供というのは放っておかれがちなのかもしれない。
(けど、まぁ何とかやってるでしょ……)
 逆に、だからこそ早いうちから自分のコトは自分でやろうとしたりして、逞しく育つってもんだし。
 ……まぁ、何やら自分ちに隠されていた珍しいモノでも見つけて、監視の目が無いのをいい事にのめり込んだりするかもしれないけど……って、これはわたしのコトか。
「…………」
「では、どんなコトで悩んでるんですか、ますたー?」
「…………」
 ……しかし、それよりも今のわたしの心を奪っているのは、博物館でのやり取りの方だった。
『お嬢様も、第四世代エイリアスドールがどの様な形で利用されたかはご存知でしょう?まさか、ココロ氏が全くの無関係だったとでも思っています?』
『……興味ないわね。そんな黒歴史』
「…………」
 もちろん、本当は全く気になっていないワケじゃない。
 けど……。
「…………」
「…………」
「……ねぇココロ、プロジェクト・ガイアレスって知ってる?」
 それから、またしばらく考え込んだ末にわたしは思い切って、お盆を持って後ろの椅子に腰掛けたまま命令待機中のココロへ話を切り出してみた。
「どうして、その言葉を?」
 すると、特に驚いた様子は見せないものの、しかしいつもの人懐っこい態度じゃなくて、どこか感情を抑えた様な表情を浮かべながら、淡々とした口ぶりで問い返してくるココロ。
「さっき、ルクソールさんと二人きりになった時にね。あとついでに真世代機の話を聞いて、わたしがココロに何をしてあげるべきか分かったと言ったら、血は争えないって言われたりもしたし」
「……なるほど。でも、本当に知りたいですか?」
「……それが分かんないから、さっきから悩んでるの。わたしには知る義務があるような、でも聞くのが怖いようなって感じで。ココロは?」
 そして、ココロから念を押された所で、わたしは視線を中空へと向けながら本音を吐露した。
「私は……本音を言えば、あまり触れられたくはないですけど、ただますたーがどうしても知りたいと言われるのならば」
「そっか。んじゃ、やっぱり知らんぷりしといた方がいいのかなぁ……」
 物事にはタイミングってものがあるし、そもそもココロがその気になっていないのならば、わたしも無理に問いただす理由は無い。
 無いけど……。
「…………」
「…………」
「……ますたー、明日から連休ですよね?突然ですけど、二人で旅行にでも行きませんか?」
 やがてそれから、しばらく会話が途切れて沈黙の時間が続いた後、わたしは唐突にココロから思ってもみなかった提案を向けられてしまう。
「はぁ?いきなり何を言い出してんのよ?」
「実はですね、是非ともますたーをご案内したい場所がありまして♪空気が良くて景色がとても綺麗で、温泉もありますよ?」
 そこで、思わず口をあんぐりと開いたまま振り返るわたしへ、ココロはいつもの笑みを浮かべて話を続けてきた。
「けど、全然仕度とかしてないし、宿の予約も取ってないでしょーが」
「いえいえ、ちょっとした穴場ですから、ご心配なく♪準備も、着替えと歯ブラシ位で大丈夫ですよ?」
「しかも、日帰り旅行じゃないの?お金は?」
「まぁ、お土産でも買うつもりならって所で。交通費とかの旅費は基本不要です♪」
「ふぇ……?」

                    *

「さーて、それではそろそろ出発しますか♪」
「……出発はいいけど、どうしてこの地点からなのよ?」
 そして翌日の朝、何の迷いも感じられない上機嫌な笑みを浮かべて出発を告げるココロの一方で、テンションが上がらないまま、率直なツッコミを入れるわたし。
 特に早起きする必要はないと言われていたのもあって、休日らしいのんびりとした時間に起床してゆっくりと朝食も食べ、昨晩のうちに用意しておいた旅の荷物を手に取ったところで、ココロから行き先を指定された場所は、よりによって一番出入り口から遠く離れた、この開かずの間だった。
 ……これじゃ、とても旅気分になれという方が無理である。
「どうしてと言われましても、ここから目的地まで向かうんですから」
 しかし、そんなわたしへココロはあっさりとそう告げると、鼻歌交じりにコンソールの前で操作を始めてゆく。
「は……?ここに瞬間移動装置でもあるっての?」
「なぁんだ、ちゃんと知ってるじゃないですか?ではすぐに準備しますので、少々お待ちください♪」
「あー、うん。お願い……って、ちょっと待ったっ!何よそれっ」
 それから、ナチュラルに会話を進めてくるココロに釣られて頷きかけたところで、我に返ると同時に慌てて制止をかけるわたし。
「え?ですから今、ますたーが……」
「さっきのは適当に言ってみただけだってのっ!一体全体、これからナニを始めるつもりよ?」
 また、衛星みたいなトンデモ超装置でも引っ張り出してくるんじゃないでしょうね?
「結論から言ってしまえば、この部屋にあるEゲートを利用して、目的地までひとっ飛びしちゃおうかと思いまして♪」
「Eゲート?それってもしかして、この足元の……」
 そこで、ココロの言葉に心当たりを思い出したわたしは、いつも六芒陣の形を描いて意味深に発光し続けている、前々から気にはなっていた床の模様へと視線を移す。
 以前、ココロを呼び覚まそうとコンソールを弄っていたついでにチェックしたステータス一覧で、何やら正常に動いているらしいのは見た覚えがあるものの、あの時は関係無さそうだから放置していたんだっけ。
「そうです♪これは、正式にはエレメンタルゲートと言って、火と風、そして光と闇のエレメントの力を借りて転送物を原子レベルにまで分解、転送後に再結合する瞬間移動装置なのです。これを使えば、稼動中のゲートからゲートへ瞬時に移動する事が可能なのです♪えっへん」
「いや、瞬時はいいんだけどさ……今、原子レベルにまで分解って言わなかった?」
 ココロは胸を張って自慢げに説明してくれているものの、何だかとてつもなく危険なシロモノの予感がするんですが。
「心配しなくても大丈夫ですよ、ますたー?Eゲートは一般普及こそしませんでしたけど、1300年代後半にはA3やE3のみならず政府機関の施設でも要人の移動手段として採用されていた、信頼性は実証済みの技術ですから♪」
「だけど、今は勿論LOT扱い……と」
 やはり、またも無造作にとんでもない超技術が出てきたというか、これも秘密にする以前に、話したところで一般の人は誰も本気に受け止めないだろうっていう、空想科学系だった。
(まったく、百年以上昔の骨董品を引っ張り出しているのに、この部屋はまるで百年先の世界ね……)
 ……もちろん、それだけエレメントの持つ本来のポテンシャルは、甘美で凄まじいものってコトなんだろうけど。
「でも、今確認している所ですけど、未だ大半は健在みたいですね。アルゴル、エイダ、ファーレハイド、それに本部であるフォードランの各拠点内のゲートは現在も使用可能で、更に小さなポイントではここの他にメイナード研究所にもあるみたいです」
「はぇ〜っ、世界中が対象なの?」
 アルゴルとフォードランって、それぞれ世界の裏側同士じゃない。
「そうですよ?……というか、世界中のエレメントは一つに繋がっているという特性を生かした装置ですから、理屈の上では必要なマナさえ確保できれば、どこへでも行けるということになりますねぇ」
「……というコトはさ、もしかしてここって、開かずの間なんかじゃなかったんでないの?」 
 確かに、部屋の外からは入れないだろうけど、A3の拠点に中から繋がっていたんじゃ、むしろ実態はバリアフリーに近いんじゃ……。
「いえいえ、今わたしが言ったのはあくまで基礎的な仕組みの話です。実際のEゲートの出入り口は各々の施設で管理されていて、利用者は事前登録された人だけですし、また転送先の許可が得られなければ行き来も出来ませんから」
 そして、「……というわけで、管理者権限を使って現在このポイントへ出入りする許可を持つのは、ますたーと私だけになるように登録しておきましたから、心配無用です」と補足するココロ。
 どうやら、この開かずの間に関しては、ココロがしっかりと設定してくれたみたいだけど……。
「それで、今から向かう場所には、ちゃんと許可が下りてんの?」
「……大丈夫です、ええ」
 その後で続けた確認のツッコミに対しては、微妙な間を置いた後でこちらを向かないままの頷きが返ってきた。
「なぁんか、引っ掛かる言い方ね……」
 安心できる解答としては、何だか微妙な態度と歯切れの悪さなんですけど。
「まぁ、ちょっとだけ先方さんが驚くかもしれないですけど、あそこはいつも扉は開けていますから♪」
「つまり、それって無許可で押しかけるってコトなんじゃ……?」
「……では、準備も完了しましたので、そろそろ行きますよ?Eゲート起動スイッチ、ポチっとな♪」
「ちょっ、まだ心の準備の方がぁぁぁぁぁぁっ!!」
 しかし、叫び終える前にわたしとココロの身体は足元の六芒陣から立ち上がった眩い光に包まれ、そのまま溶け込まれていってしまう。

                    *

「…………っ」
 それから程なくして、Eゲートから発せられた光が収束した時には、既に目の前の風景はがらりと変わっていて、上空からの眩しい陽光がわたし達を出迎えていた。
「うわあ、すごい……」
 一体何処へ飛ばされたのかと考えるより先に、まずわたしはその光景に圧倒されてしまう。
 転送後にわたし達が立っていたのは、高い木々に囲まれた、閑静で美しい森の奥だった。
「……何もかもが、澄みきってる……?」
「ええ……」
 そして続けて気付かされるのが、取り巻く環境の違い。
 わたし達の周辺には、何だか気軽に深呼吸をすることすら躊躇われるような、柔らかくも清らかな空気が充満し、更にすぐ近くの小川では、お日様の光でキラキラと輝く透明度の高い水が流れ、そして何より、踏み荒らされていないナチュラルな環境の中で、普段住んでいる場所とは比較にならない位の、高密度なマナが充満していた。
(まだ、世界にこんな場所があったなんて……)
「さすがは、“聖域”と呼ばれているだけはありますねぇ。未だ理想的な環境が維持されているみたいで安心しました」
 そこで、思わず心を奪われて辺りを見回し続けるわたしの傍らで、安心した口ぶりで呟くココロ。
「聖域?一体わたしを何処まで連れて来たの?」
「ここは、ノイン・アーヴァントが初めてエレメントと出逢った、”カミネの森”と呼ばれる場所ですよ」
「……って事は、もしかして?」
「そう。全てのはじまりとなった地、アルハディアです。通常の手段でここまで来るのは困難ですけど、Eゲートのネットワークで繋がっていますから」
「なるほど、聖域ね……」
 すぐに確認出来るだけでも、風や水、地、そして光のエレメント達が、まるで形として見えそうな程の存在感を示していて、確かにエレメンタラーにとっての聖地と呼ぶに相応しい場所だった。
「まぁ、これならノインがエレメントを発見した場所と言われても納得するしかないわね。……それとも、旧世紀はどこもかしこも、こんな感じだったの?」
「それでも、この森ほどの濃度を持つ場所はそうそうありませんでしたけど、少なくとも懐かしさを感じる空気ではありますねぇ」
「……だから、この溢れんばかりのマナの息吹に満ちていた環境にあてられて、今じゃ考えられないトンデモ発明品が次々と開発されていったってワケなのね」
 ただ、皮肉な事にマナ濃度と技術力は反比例の関係だったけれど。
 ……いや、それともトレードオフだったのは、人間の環境意識の方かな?
「まぁまぁ、それよりせっかく来たんですから、まずは辺りを散歩でもしましょうか?」
 ともあれ、やがてココロは自分から切り出すと、わたしの手を取って歩き始めた。
「ちょっ……散歩はいいけど、本当に勝手に来ても良かったの?確かアルハディアって今でも連邦政府には加入していない独立国で、ここはその領地なんじゃ?」
 もっと言えば、ノインが受け入れられた事こそが奇跡とも揶揄されているくらい、排他的なお国柄で知られていたような。
「大丈夫ですよ〜♪別に私達は荒らしに来たわけじゃありませんし、ここは縁の地でもありますから」
「だけどさ、現地の人がいるのなら、まずは断りのひとつでも……」
「……では、まずはこの私に話を通して頂きましょうか?」
 しかし最後まで言い終わらないうちに、わたしのすぐ背後から、突然に凛とした女性の声が割り込んでくる。
「へ……?」
「動かないで下さい」
「…………っ?!」
 思わず反応して振り返ろうとしたわたしなものの、すぐに続けられた氷の様に冷たい警告と共に、目にも留まらぬ速さで喉元へ突き付けられた抜き身の刃が、ぴたりとそれを制してしまった。

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