イリアス@ココロ  その4

Phase-6:アルハディア

「な、なに……?」
 ほんの僅かに触れた程度でも切り裂かれてしまいそうな位の、冷たくて鋭利な刃を突然に突きつけられ、思わずわたしの喉がごくりと鳴る。
 これまで他人の手で死の危険に晒された経験なんて無いけれど、後ろの女性らしき人から向けられている、刃の鋭さにも負けない凍り付く様な視線……おそらく、俗に言う“殺気”ってやつだろうけど、これがわたしに身動きすら出来ない絶対的な恐怖を与えていた。
「ますたー、とりあえず指示に従っておかないとダメですよ?おそらく、ちょっとでも変な動きをしたら、一瞬で首を刎ねられます」
「わざわざ警告どーも……っていうか、あんたが言う台詞じゃないでしょ?」
 ついでに、わたしの首が刎ねられる時は、ココロも一緒でしょうがね。
「侵入者ですか。一体、何処から入ってきました?」
 しかし、背後の声の主は、そんなわたし達のやりとりも無視してしまうと、飾りっけの無い言葉で淡々と詰問してくる。
 その口調こそは慇懃ながら、抑えた感情は殺意の裏返しでもあった。
 ……素人のわたしでも分かる。この人は、間違いなく生粋の戦人(いくさびと)だ。
「どこからと言われたら、Eゲートからだけど……ちょっとココロ、明らかに観光客を招く態度には見えないわよ?」
 客扱いどころか、武器を持った怖い人に侵入者呼ばわりされているし。
「大丈夫ですよ〜。ここの方達は、きっとますたーを歓迎してくれますから」
 そこで、話が違うと不満の矛先を向けるわたしに対して、あくまで余裕たっぷりの笑みを浮かべてくるココロ。
 まるで、ここは自分のホームグラウンドだと言わんばかりである。
「何を根拠に、その様な事を……」
「気付いていないのならば、貴女がたの長(おさ)を呼んで下さいと言いたいところですが、まずはますたーの胸元を確認してもらえれば、すぐに分かると思いますよ?」
「胸元って、お婆ちゃんから貰ったメダリオンのこと?」
「…………っ?!」
 すると、後ろの女性は何やら驚いた様な反応を見せた後で刀を納めると、ココロの言葉に従ってわたし達の目の前へと回り込んできた。
(うおっ、美人……っ?!)
 そして、先ほどまでわたし達に刃を突き付けていた剣士の顔をようやく拝むと同時に、思わず目を見開いてしまうわたし。
 視線だけであれだけ肝を冷やされたんだし、どんな恐ろしい姿かと思っていたら、今まで見た事もないような、美しい女性だった。
 歳はわたしより少し上だろうか、白と赤の特殊な装束に包まれた、長身で凹凸のしっかりした曲線美を持つボディに、目鼻立ちが整った端正な顔立ち。そして、後ろに束ねて腰の辺りまで伸びている烏色の綺麗な髪と、何というかいちいち「完璧」って言葉が良く似合う感じである。
「…………」
 その美貌は、見る者を問答無用で惹きつけてしまう引力も持ち合わせているみたいで……。

 ぎゅっ

「あいたたたたっ!……ちょっ、ココロ何すんのよっ?!」
 ……と、今までの恐怖心など忘れて、思わず見入ってしまいかけたものの、突然ココロに足を強く踏まれて、わたしは悲鳴をあげさせられてしまう。
「いえ別に。ちょっと足が滑っただけです」
 それから、踏まれた右足の甲を指差しながら即座に抗議するわたしに対して、ぷいっと視線を外しながらスルーしてしまうココロ。
「あんたね……。もしかして、妬いてる?」
「……いけませんか?」
「いけないコトはないけど、まさかココロに独占欲を持たれていたなんて、何だか不思議な感じね」
 一応、昨晩も嫉妬混じりの台詞を聞いた気がするけど、正直、今まではわたしとココロの間柄って、何だかんだで認証作業を経て結んだ、主従契約上の関係かと思っていたのに。
 ……まぁ、自分の想像以上に好かれていたというのは、もちろんやぶさかではないんだけど。
「だって、私はますたーの嫁なんですから」
「あはははは、あくまでそれは引っ張り続けるのね……」
 どうやら、もう二度と取り消しはきかなくなっている……のかな?
「……あの。それで、そろそろこちらのお話もよろしいですか?」
「え?あ、ゴメンなさい。……んで、わたし達はやっぱり命が惜しければ帰った方がいいですかね?」
 ともあれ、それから会話の切れ目を見計らって遠慮がちに話を切り出して来た剣士さんに、わたしは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
 何だかもう疲れてきたし、ココロには悪いけど歓迎されないのならこのまま帰ってもいいやと、結構本気で思い始めたものの……。
「……いえ、貴女の持つ“証”を確認させて頂きました。これまでの非礼、どうかお許しを」
 しかし、アルハディアの剣士さんの方は神妙な顔で首を振ると、これまでの態度とは正反対に、片膝を付きながら頭を下げてくる。
「へ?ホントに、これでOKなの?」
「ね?」
「ね?って言われても、わたしには何が何だか……」
 お婆ちゃんの形見であるこのメダリオンは、ご先祖様が遺した開かずの間の施設や、エンブリオを目覚めさせる為のキーというだけじゃなくて、アルハディアへのパスポートでもあったってこと?
「私はこの地で当代の護り部を務めております、草薙 雫(くさなぎ しずく)と申します。ではこれより、我らが長の元へと御案内致しましょう」
「まぁまぁ、その理由はここの長に会えば分かると思いますよ、ますたー?」
「……んじゃ、とりあえず付いていくしかなさそうね」
 どうにも釈然としない気持ちはあるものの、旅は予定通り続行ってコトで。

                 *

「ようこそ始原の国アルハディアへ、懐かしき客人よ。おおよそ三百年ぶり……いや、それ以上になるのかのう?」
 それから、雫より森の中に広がる小さな町の中へと案内され、その中央部に位置している、この辺りで一番大きな「お社(やしろ)」と呼ばれる木造建築の奥殿に通されると、赤色の装束を身に纏い、白ひげを蓄えた、ここの主らしい還暦くらいの老人が、鷹揚とした態度でわたし達を迎え入れてくれた。
「えっと、貴方がアルハディアの長ですか?」
「いかにも。……まぁ長といっても、正確には代理に過ぎないがの。とりあえず、名を聞かせてはくれぬか?」
「あ、はい。わたしはユリナ・A・ライステードといいます。そして隣にいるのがココロで、この子は……」
(えっと……)
「皆まで言わんでも分かっておるよ。そちらのお方は、”聖霊様”が結晶化された化身じゃな」
 そして、自己紹介の途中でどこまで正直に言っていいものか一瞬躊躇った所で、長の方が言葉を割り込ませてくる。
「聖霊様ですか。また懐かしい響きですねぇ」
「懐かしい?」
「自分で言うのもなんですけど、同じ“せいれい”でも、ちょっと意味が違うんです」
「うむ。全ての精霊の根源にして、最も純粋なる存在として、我らは古くから聖なる精霊様という意味で呼ばせて頂いておる。……じゃが、聖霊様の器が未だ残っておったとはな」
「……どうして、それを?」
 ココロが無属性エレメントの魂という事のみならず、第四世代のことも知っている様子な長の口調に驚かされながらも、努めて冷静に質問を返してみるわたし。
「わしらは何でも知っておるよ。表には出ないだけで、A3には創設時から協力しておるからな」
「つまり、ノインとアルハディアの親交は、彼が帰った後も続いていたというワケですか?」
「左様。古来より自然崇拝と、そこより生まれた神々を信仰し続けてきた我らがアルハディアは、大自然の魂たる精霊の研究に関して最も長い歴史を持つと自負しておる。ノイン・アーヴァントが提唱したエレメント力学の基礎も、ここで学んだものが土台となっておるからの」
「なるほど。正に全てのルーツがここにあり、と」
 確か、ノインがカミネの森を訪れた時の立場は自然学者だったけど、見つけたのは新種の動植物じゃなくてエレメントだったなんて、巡り合わせとは数奇なものである。
「またノインが去った後、彼に賛同してこの地を離れ、A3の門を叩いた者も少なくはないし、実際に女神創造プロジェクトに関わった同胞も多数いると聞く。……尤も、これは弊害じゃったがな」
「んじゃ、A3のメンバーには、アルハディアの血を引いている人は結構多いと?」
「少なくとも、お前さんがその一人じゃろ?」
「しかも、第一人者でもありますね〜」
「へ?そうなんですか?」
 わたしがライステード家の長女に生まれて十六年余り経つものの、全くの初耳だった。
「……どうやら見る限り、お前さんは自分自身の事があまり分かっておらぬ様じゃの。となれば、いかなる用でここへ参られた?」
 すると、長はわたしの反応を見て、顎から伸びた長いお髭を撫でながら、思わせぶりな口調で用件を尋ねてくる。
 その態度は決して排他的ではなくて、むしろ友好的に接してきてくれているものの、何となくお互いに噛み合っていない様な感じでもあった。
「いえ、このコが突然旅行へ行こうと言い出しまして。わたしとしては、観光旅行にでも誘われたつもりだったんですけど」
「ふむ」
「だって、ノイン・アーヴァントの末裔が私を再び呼び覚まして、彼の遺志を継いでくれているのですから。やっぱり、全てのはじまりとなった場所へ一度はどうしても案内しておかなければと思いまして♪」
「だ、そうです……」
「…………」
「……って、今なんて言った?!」
 と、笑顔でさらりと用件を告げたココロに、こちらも同じノリで相槌を打とうとしたものの、すぐに相方がとんでもないコトを口走ったのに気付いて振り返るわたし。
 ……というか、ココロと出逢ってからこっち、このパターンが多い気がするんですけど。
「ですから、ますたーは私達の存在を世に知らしめた人類初のエレメンタルマスター、ノイン・アーヴァントの子孫ですってば。その証の一つとして、ますたーのミドルネームは、“アーヴァント”のイニシャルなんですよ?」
「え、ええええっ?!だって、ノインは……」
 そして、何を今更といった口ぶりで説明してくるココロに、わたしの方は口元を引きつらせてしまう。
「表向きは子供がいなかったことにはなっているみたいですけど、実際はそうじゃなかったんですよね」
「うむ。実はノイン・アーヴァントが精霊の基礎研究の為にこの地へ留まっていた折、彼を手助けしていた巫師(ふし)と恋に落ち、やがて二人の間に一人の男子が授かったのじゃ」
 しかし、そんな鏡を見なくても自覚できるくらいの動揺を見せるわたしに対して、ココロは妙に淡々とした口調を維持してそう告げると、長も静かに口を挟んできた。
「ふし、ですか?」
「大自然に宿る精霊の力を集め、様々な効果に変換して利用する能力を持つ者達の事じゃよ。ちなみにそなたらの界隈では、エレメンタラーと呼ばれておるようじゃが」
「ああ、なるほど……。んでもって、巫師ってのはノインが惚れてしまうほどの美しい女性だったと」
 そう、例えば先ほど出逢った雫のような……。
「……まぁ、ありがちな話ですけどね。ノインは好奇心が旺盛でしたが、刹那的でもありましたし」
 そして、少しずつ話をかみ砕きながら呟くわたしへ、今度は素っ気無く言葉を返してくるココロ。
「……なんか微妙に毒があるわね、ココロ。でも、そこからどうやってわたしに繋がるの?」
 少なくとも、ファミリーネームはライステードのままなんだから、直系の子孫にはならないんだろうし。
「うむ。その辺りのいきさつは様々な事情があったらしいが、いずれにしても基礎研究を終えたノインは、精霊の存在を知らしめる為に女を置いて本来の居場所へと一人帰っていき、それから程なくして彼の子を産んだ巫師は悲しみに暮れる中で病にかかり、そのまま亡くなってしまったそうじゃ」
「ノインも一応、彼女の身体は虚弱だってコトは知っていたハズなんですけどね。だから言葉は通じないながらも、まだしばらく一緒にいてあげるべきと警告の意思表示も見せたのに、火が点いてしまっていた彼の情熱は立ち止ることを良しとはできなかったみたいです……」
「ココロ……?」
 ……あれ、何か既視感を感じてる、わたし?
「ともあれ、やがて独り残された子は、父を追いかけてフォードランへ旅立って行ってしまった」
「母の死の報告と、父を責める為に?」
「勿論、その意味もあったんでしょうけど、ただ当時十歳だった息子さんは父親と再会した後、彼の仕事を手伝いたいと申し出ました。そこで当時ノインと親交が深く、また子宝に恵まれなかったA3幹部の一人であるライステード家へ、養子として預けられる事になったんです」
「ああ、なるほどね。そこから先の子供達はライステード家の系譜というだけでなく、ノインの子孫にもなるわけか。……でも、ノインは息子と一緒に暮らそうとは思わなかったのかしら?」
「時代が時代ならば、それも可能だったんじゃろうが、当時の聖セフィロート教国は、宗教観の違う我らの存在を認めなかったからの。A3と協力関係にあったと言うても、あくまで歴史の表舞台には出てこない話じゃ」
「…………」
 まぁ、今も今でE3にとっては都合が悪いのか、やっぱりこの地方は立ち寄る事は決して勧められない未開の地って扱いだけど。
「一応、後にノインは保護すべきエレメントの聖地として、聖セフィロート政府へアルハディアへの軍事的介入は行わない様に嘆願し受諾されたが、結局認めさせるまでには至っておらぬしな」
「……そんなわけで、ノインは心を痛めながらも追いかけてきた自分の息子を公に認知できなかったんですが、せめてもの償いにと、二つの贈り物を彼に与えました。一つは自分の子孫である暗黙の証となる、Aのイニシャルです」
「んで、以後はそれをミドルネームとして受け継いできたのね……全然知らなかった」
 確かに、どうして一文字だけのミドルネームがあるのかと小さい頃から疑問に思ってたけど、親に聞いても「いずれ分かる事だから」と教えてくれなかったっけ。
「おそらく、時が来ればますたーの御両親からお話があったのかもしれませんが、でも勝手に嗅ぎ付けて余計な事を言っちゃった人がいたみたいなので、それならば嫁である私がルーツとなった場所へとご案内して、きちんとお話しすべきかなと思いまして♪」
「……つまり、それが来訪目的という事かの。やれやれ、雫から報告を受けた時、わしはてっきりミカドがお戻りになられたのかと喜んだのじゃが」
 それからお約束の如く、締めくくりにちゃっかりと混ぜてきたココロの嫁発言への反応をわたしが返す前に、長の方が肩を竦めながら溜息交じりにぼやいてきた。
「ミカド?」
「帝と書いてミカドと読む、アルハディアの王様の呼び名です。この場合は対象がますたーですから、女王様というコトになりますかね?」
「じ、女王っ?!だ、誰が?」
「ですから、ますたーが」
 そしてまた、とんでもない展開になってきそうな予感に、驚きつつ身構えるわたしなものの、それに対してココロはニヤニヤと楽しむような笑みを見せながら念を押してくる。
「な、何でよ?」
「どうしてかと言えば、ノインが結ばれた巫師とは、当時のミカドだったからじゃ」
「……んじゃ、わたしってば、ここの元女王様の子孫って事にもなるの?」
 まったく、よりによって迷い込んだ全然知らない国の女王様に手を出すとは、ノイン・アーヴァントも隅に置けないというか、生涯を研究に捧げて独身を貫いたとされる奥手なイメージは、これで完全に崩壊って所だろうか。
「そうなるのう。……であるから本来、我々はこうやってふんぞり返って応対するどころか、ミカドの御帰還を全員が這い蹲ばってお迎えせねばならぬ立場なのじゃよ」
 ともあれ、わたしの確認の言葉に長は神妙に頷くと、後ろで控える雫を含めて、ココロを除いた全員が臣下の礼とばかりに膝を付き、両手を床へ並べようとしてきた。
「ち、ちょっとやめて下さいよぉ。ただでさえアポ無しでお邪魔しているのに、かえって居心地が悪くなってしまいますってばっ!」
 ……しかしながら、生憎わたしの方はそんなマネをされても困るだけというもので。
「ふむ、御主がそう仰せられるのならば。しかし……」
「それに大体、今の時代に血筋だけで決めるってのも、凄くナンセンスな気がするんですけど」
「正論じゃ。しかし、それについてもきちんとした理由があるのじゃよ。まずは誤解を解いておくが、ミカドとなる資質を持つのは、当代最高の能力を持つ巫師であり、血筋だけで選ばれた事などは無い」
「え……?」
「何故ならば、大自然に宿る精霊や神へ五穀豊穣を願い、そして時には力をお借りして民へと恩恵をもたらす役割を担うのがミカドじゃからの」
「だけど、わたしにだってそんな力は……」
 一応、エレメンタラーの端くれという自覚は持っているけど、少なくともそんなご大層な存在じゃない。
「いや、あるハズじゃよ。その胸のメダリオンが偽物でないならの……と言いたいが、隣に聖霊様が付き従っておられるのであれば、それも疑う余地すら無かろうて」
「あはは、そうですねぇ〜」
 しかし、わたしが反論し終える前に長から即座に覆され、続いてココロも笑顔で同意してみせる。
「どういう事よ?……っていうか、結局このメダリオンって何なの?」
「“証”ですよ。この私を意のままにしていいという」
「い、意のままって……」
 そこで、ココロから思わせぶりな台詞と共に悪戯っぽい視線を向けられ、一瞬わたしの胸がどきんと高鳴る。
「つまり、聖霊様を含む全ての元素を自由に行使する事が許された、巫師の頂点に立つ者の証明じゃな」
「それって、まさか……」
「別の言葉では、”エレメンタルマスター”とも呼ばれてますね。六種のエレメント全てのライセンスを得た後で最後に無属性であるこの私と契約を結んだ、エレメンタラーを極めた術師への称号ですが、先程も言いましたけど、ノイン・アーヴァントはライセンス制度を始めて最初にエレメンタル・マスターとなった人物でもあるんです」
「最初に?」
「うむ。その事は、当時のアルハディアの民を大いに驚かせたと聞く。……何せ、この地の巫師達でさえ六種の精霊を扱う事を許可された者はいても、聖霊様の寵愛を受けられた者はおらんからの」
「おらんって、どうして?」
 わたしのココロ評って、人懐っこさの塊みたいな感じなんだけど、それでも気に入らない人ばかりだったとか?
「……ん〜。どうしてというか、逆に言えば、ますたーみたいにそこで『どうして?』と尋ねてくるような人でないとダメなんです」
 すると、こちらとしてはごく当たり前の質問をしたつもりなのに、何故か返答に困った様な顔を見せてくるココロ。
「確かにの。無知は無垢と同義という事か」
 ついでに、何故か長からも苦笑いされてるし。
「えっと、それって褒められてるの?それとも、馬鹿にされてる?」
「無論、前者の方じゃよ。いずれにせよ、聖霊様よりそのメダリオンを託された者に秘められておる力は、歴代のいかなる巫師よりも高いという事になる。……これは埒も無い話じゃが、もしノインがこの地に留まっていたならば、間違いなく彼がミカドになっておったろうからな」
「……だけど、それはご先祖様の話でしょ?」
 まぁ、その巫師とエレメンタルマスターになったノインの間に生まれた息子さんだったら、多少なりとも才能を遺伝していたのかもしれないけど。
「それに関しては、先ほど途切れてしまった話の続きになるんですが、ノインは自分を追いかけてきた、認知できない息子に二つの贈りものをしたと言いましたよね?一つは自分のイニシャルで、そして残りのもう一つとは……」
「もしかして、このメダリオンってコト?」
「流石はますた〜♪御名答です。それでですね、ノインは自分の死が近いと悟った時、私にある無茶なお願いをしてきたんです。そのメダリオンを相続した子孫に、自分が取得したエレメンタルマスターのライセンスも一緒に受け継がせて欲しいって」
「確かに、そりゃ無茶苦茶なお願いね……。でも、どうやって受け継がせるの?」
 そういえば、受け取ったのはいいけど次の人への譲り方はお婆ちゃんから聞いてなかったし。
「そこで私は、渋々ですが持ち主に名前を書き換える権利を特別に与えたんですよ。ですから、今はメダリオンの裏に、前の持ち主の筆跡でますたーの名前が刻まれているはずです」
「ああ、そっか……そーいうコトだったのね」
 そこで、ココロに言われてメダリオンを裏返し、お婆ちゃんの字で自分のフルネームが書き込まれているのをを改めて確認するわたし。
 このメダリオンがそんな凄い代物とは今まで知らなかったけど、その割にはえらく原始的な移譲方法で本当に大丈夫なのかと心配になってきたりして。
「……んじゃ、このメダリオンを作ったのはココロなの?」
「ええ、このアルハディアには古くから鋼鉄よりも遥かに頑丈で、エレメントの力を余すこと無く付与できる”神鋼”と呼ばれる特殊な金属が精製されていましたので、ライセンス制度を始める際に形として残る証が必要かなと考えた私は、それを少しばかり失敬して自分の分身、つまり無属性エレメントの欠片を込めて鋳造してみました♪」
「失敬て……。まぁ、今みたいに言葉が通じないんだろうから仕方が無いか」
 そう考えると、このSGSって本当はエレメント発見に匹敵する程の革命的な発明だったんだろうけど……。
「うむ。我らの祖先とて、聖霊様のお役に立てたのならば本望の極みじゃろう」
「そう言っていただけると助かりますが、ともかく最初に私がそのメダリオンへノインの名前を書き込み、契約を完了したんです。本来は彼が亡くなった後で一旦回収して、次に試練を潜り抜けた者を待ち続けるつもりだったんですけど、まぁ受け継いだ者が相応しくないと判断すれば私の方から一方的に契約破棄していいとの約束で、とりあえず承諾する事にしました」
「ふ〜ん……でも、ノインはどうしてそんなお願いを?」
 ……というか、聞き入れたココロの方も、モノの割には随分と気軽に了承してる感じだけど。
「一応、私は彼の口から理由を聞きましたけど、でもますたーが勝手に解釈しちゃっていいと思いますよ?」
 そこで、続けてごく当たり前の流れで理由を尋ねたわたしだったものの、これについては悪戯っぽく片目を閉じて見せてきたココロからやんわりと突き放されてしまった。
「勝手にって……」
(つまり、自分で考えてみろってコト……?)
 うーん……。
「……んじゃ、こうやっていつかわたしがココロと出逢う為だったとか?」
 そこで、理屈的には絶対にありえない話だけど、思いつかない代わりにパッと頭に浮かんだジョークを呟いてみるわたし。
「あ、いいですねそれ♪採用です」
 しかし、ココロの方は即座に気に入ったらしく、勝手に正式採用してしまった。
「こらこら、それだと結果論もいいトコじゃないのよ?」
「私が気に入ったから、それでいいんです♪長い長い時を経て、ようやく嫁になれたんですから♪」
「……まったくもう、結局そればっかりなんだから。でも、いつものオチもついた所でとりあえず……」
「うむ、その様子では我らの願いに関しては、色よい返事を頂けぬ様じゃな?」
 それから、大体聞くべきコトも聞いた後で、保留中の話を片付けようと向き直ると、長の方が諦めた様に目を伏せながら、先に結論を切り出してきた。
「……すみません。寝耳に水だったのもあるんですが、そもそもわたしはまだ学生の身分ですし」 
「いや、無理に頼みはせんよ。見ての通り、アルハディアも国どころか、今や集落と呼ぶ程度にまで小さくなっておるし、このまま我らの代で歴史に幕を下ろしてしまっても仕方が無いとも思っておる。こうして聖霊様がこの地を覚えておられて、ミカドの末裔を連れて来て下さっただけでも有難いコトじゃ」
「忘れるわけはありませんよ。ここは私達にとって聖地と呼べる領域ですし、出来ればずっと残って欲しい国です」
「……ならば、話はここまで。せっかく足を運ばれたのじゃから、暫しの間のんびりしてゆかれるがいい。ここは何も無い所だろうが、それ故に喧騒を忘れて安らぎの時間を過ごすには向いておるでな」
 そして、ココロの言葉に長は優しげな笑みを浮かべてわたし達にそう告げると、一礼を向けた後で奥殿から立ち去っていった。

                    *

「ほぁ〜っ、これが噂の……」
「アルハディア名物の露天風呂ですね♪」
 その夜、夕食をごちそうになった後に、ココロもお奨めしていた温泉へと案内され、タオル一枚だけ持って脱衣場から出た所で大きく息を吐くわたし。
 野外に造られた天然岩の大浴場と聞いて、入る前は抵抗感もあったものの、数十人は軽く利用できそうな広大な敷地に加えて、見上げれば満天の星空が広がるこの開放感は、確かに屋内の狭いお風呂では味わえないモノなのかもしれない。
「……でもこれって、本当に外から覗かれない?」
「もう、何度目ですかその質問……。男湯とは隔離されてますし、ちゃんと警備の目もあるから大丈夫と案内してくれた人が言ってたじゃないですかぁ。……まぁ、ますたーの裸に興味のある女性については知りませんけど」
 ともあれ、視界の先に見える、積み上げられた岩の壁は難攻不落っぽいとはいえ、念のため今一度確認するわたしへ、ココロは何だかくすぐったくなるような視線をこちらへ向けながら、呆れた口ぶりで言葉を返してくる。
 まぁ、確かに脱衣所でも同じ質問を向けたのは覚えているけど……。
「……既に、該当者が目の前にいるじゃないのよ」
 いずれにせよ、やっぱり油断はならないようだった。
「だって、ますたーと一緒にお風呂へ入るのも、裸のお付き合いをするのもこれが初めてですし♪」
「また、ヘンな言葉を覚えてきてるわね〜え……。ま、いいけど……」
 でもまぁ、湯船のお湯は白濁としているし、さっさと浸かってしまえば恥ずかしくない……。
「おっとその前に、身体をきちんと清めるのは最低限のマナーですよ、ますたー?」
 ……と、足早に飛び込もうとした所で、後ろから肩をがっしり掴んで引き止めてくるココロ。
「あはは、ゴメンそうだったわね。……でも、それなに?」
 そして、彼女のもう片方の手には、しっかりと備え付けの石鹸が握られていた。
「この石鹸に、何か不審な点でも?」
「いや、石鹸自体の話じゃなくて……」
 ただ、嫌な予感がするといいますか。

「さ〜ますたー、私が隅々まで丁寧に洗ってあげますね〜♪」
「ああもう、やっぱりこうなるんじゃないのよぉ……っ」
 ……予感的中。
 それから早速とばかり、わたしは石鹸で泡立ってヌルヌルになったココロの両手と格闘する羽目になっていたりして。
「だって、旦那様の身体を洗うのは、嫁の務めと聞きましたし」
「ちょっ、誰よそんなコト吹き込んだの……って、こらそこダメ……っ」
 首筋の辺りは弱いんだってば……っ。
「それなのに、ますたーってば、いつも一人でシャワーを浴びて済ませてしまったりして……」
「だ、だって今までそうだったんだし……っていうか、そもそもココロが湯船に浸かったりしても大丈……ひゃあんっ!」
 最近は防水技術が進んできているとはいっても、基本的にDOLLは精密機械だというのに。
(というか、脇腹に指を這わせるのは勘弁して〜っ)
 洗うというより、明らかに擽って楽しんでるでしょ、ココロ……っっ。
「もう、この私を誰だと思ってるんですかぁ。エンブリオは最も完成品に近いエレメントのエイリアスですよ?人間とあらゆる類のコミュニケーションが可能な様に作られていますってば」
「あらゆるコミュニケーションって……んっ?!」
 今、ココロにされているコトも含めての意味ですか、ご先祖様?
「…………」
 っていうか……。
(そういえば、ボディもえらくリアルな造詣だったわね……)
 こうして背後から触れられていると、本当にDOLLってコトを忘れさせられる感触だけど、脱衣場で見たココロの裸も、言われなきゃ気付かないってレベルの作りこみだったような。
 ……というか、ぶっちゃけ用途的に意味あるのかどうかは疑問だけど、これもエイリアスとして譲れない部分だったんだろうか?
「大体、DOLLの本体ケアだってユーザーの役目なのに、私なんていつもますたーがお休みになった後で、自主的に洗浄しているんですよ?」
「そっ、それは知ってたけど、でもうちのお風呂は狭いし、ココロも一人で入れるんだから……」
「もう、そんなコトを言うますたーには……こうですっ!」
 しかし、正論のつもりなわたしの言い分もココロには気に食わないらしく、最後まで言い終わらないうちに今度は後ろから胸を鷲掴みにされてしまった。
「ひゃいっ?!ちょっ、胸はらめ……っ」
「……つまりですねぇ、いい機会なのではっきりと言わせてもらいますけど、私達には毎日一緒にお風呂へ入って、お互いに綺麗にしあう義務があると思うんですけど?」
 そして、更に絶妙な力加減で繊細な両手の指をわたしの胸にめり込ませながら、ココロは耳元で息を吹きかけるように主張してくる。
「で、でも、色々暴走しそう……くっ、じゃないのよぉ……っ?!」
 ……っていうか、今でも実際に熱暴走していませんかね、ココロさん?
「ほほう、まだ言いますか。……ならば、もっと懇切丁寧に説得するしかありませんねぇ?」
「こっ、こらっ!いつの間にか立場が逆転してきてるじゃないのよっ」
 というか、いよいよシャレにならなくなってきているような予感が……っ。
「まぁ、主従と攻守は別問題ですから〜。んふふふ……」
「誰がそんな屁理屈なんて……いひいっ……っ?!」
 ちょっ、さきっちょ摘んだら……ぁっ。
「もう、理屈なんてどーだっていいんですよ。ノインだって、世の中は実際に体験してみなきゃ分からないコトの方が遥かに多いんだと言ってましたし、ますたーもたまには後先考えずに身を委ねてみましょうよ?ほらほらほら……!」
「ひぃぃっ、あ〜〜れぇぇぇぇ〜〜っっ」
「……あの申し訳ありませんが、ここは一応神聖な禊(みそぎ)の場所でもあるので、どうかお静かに」
 やがてとうとう、貞操の危機を本気で感じてベタな叫びをあげてしまったところで、不意にわたしの達の横から咳払いと共に、別の女性の声が割り込んでくる。
「す、すみません……っっ」
 そこで頭を下げつつ振り返ってみると、助け舟となったのはわたし達の後から入ってきたらしい雫だった。
「……ほ、ほら、他の人の迷惑にもなってるから、調子に乗りすぎないの」
「う〜〜っ」
「大体、ココロの言う嫁の役割って、百歩譲っても背中の話でしょ?他の部分は自分で洗えるから、そこの手拭いを使って、背中だけを流してちょうだい」
 ともあれ、雫からのクレームを受けてココロの手が一旦止まってしまった隙に、わたしは足元に落ちていた二人分のタオルを一枚拾い上げると、仕切りなおしの言葉と一緒に胸元へ押し付けた。
「……けど、せっかく私の指先はセンサー機能も内蔵しているんですから、もっとますたーの身体の隅々まで触れて、気持ちよさそうなツボとか……」
「い・い・か・ら。ここはマスターであるわたしの言うコトを聞きなさい」
 慕ってくれるのは嬉しいとしても、いくらなんでもこっちの制止を無視して暴走しすぎ。
 ……まぁ、それだけ魂を生成するというコアの完成度が完璧ってコトなんだろうけど、それならそれでちゃんと教育はしておかないと。
「はぁ〜い……」
 ともあれ、そこでようやくココロはオイタを諦めたのか、わたしの命令どおりに渋々とタオルへ泡立てた石鹸を馴染ませてゆく。
「ふう……。まったく助かったわ、雫?」
「いえ。乱された空気を戻すのも、この地の護り部の役目みたいなものですから」
 それから、ようやく場が落ち着いてきた頃、すぐ近くで同じく身体を流し始めた救世主へ手を振るわたしに、雫は洗う動作を止めないまま、素っ気無い返事を返してくる。
「そりゃ悪かったわね……。というか、雫はここで生まれ育ったの?」
「ええ。私は、この地を離れられない宿命を背負っていますので」
「護り部だから?」
「……出来れば、あまり自分の事は詮索して頂きたくはないですが、まぁそれで構わないです」
 しかし、そこで「構わない」と投げやりに吐き捨てる雫の表情が曇ったのを、わたしは見逃さなかった。
「…………」
「……そっかぁ。でも、ちょっと勿体無いと言えば、勿体ないかな?」
 そこから、わたしは少しの考える間を置いた後でそう呟くと、改めて彼女の肢体をじっと見つめてみる。
 脱いだ姿は思ったより華奢な体つきながら、やっぱりメリハリのあるボディラインに、所々傷跡は見えるものの、雪の様に白い肌。
 ……何より、その美しくもまるで囚われの身の者が持つ様な憂いを帯びた表情は、余計なお世話と知りながらも、どこか放っておけない気持ちへとさせられていた。
「な、なにがですか……?」
「だってアルハディアの女性って、独特の雰囲気を持つ美人が多いみたいだし」
 そして、こちらの視線を受け止めながら明らかに困惑した態度を見せてくる雫へ、わたしは思わせぶりに片目を閉じつつ、もう一押し余計な台詞を向けてやる。
「んなっ?!か、からかわないで下さい!」
 すると、雫は照れと焦りが混じった露骨な狼狽えっぷりをわたしに見せた後で、ぷいっと背を向けてしまった。
(……おお、しかもココロに負けず劣らずのピュアときたもんだ)
「別に、ふざけてるワケじゃないわよ?確かに雫みたいな人に出逢ったのなら、ノインが手を出しちゃった理由も分かるもの」
 そこで、なんだか恥ずかしがる雫の姿が面白くなってきたわたしは、更にワザとらしく視線を巡らせながら言葉を続けてみる。
 ……皮肉にも、まさかここで先ほどのココロの気持ちが理解出来ようとは思わなかったけど。
「そ、そんな、私は……」
「ねぇ?アルハディアを捨ててとまでは言わないけど、Eゲートでひとっ飛びなんだから、雫も一度試しに刀を置いて、わたし達のいる世界へ来てみない?新しい発見があるかもよ?」
「な、何を馬鹿なコトを。戯れも程々に……」
「……けど、何かを抱えて燻ってるんでしょ?もし、わたしで良ければ相談にいいいいいっっ?!」
 しかし、そこで大人しくタオル越しに背中を流していたココロの指先が不意打ちで背筋を縦断し、わたしは最後まで言い終えることが出来なかった。
「ちょっ、あにすんのよココロっ?!」
「ヤキモチですけど、何か?」
「何かって……」
 本日二度目というか、そこまで堂々と居直られると、こちらも返す言葉が無かったりして。
「大体ですね、嫁が背中を流している時に、他の女性を口説いたりします?」
「別に、口説いてたわけじゃないってば。ちょっとだけ、お節介をしたい気分になっただけ……くしゅんっ」
 そして、更に人聞きの悪い言い分を続けてくるココロへ反論しようとした所で、今度はクシャミに阻まれてしまう。
 ……どうやら、お湯にも浸からずにココロと裸で遊んでいたせいで、いつの間にか身体が冷えてきってしまっていたらしい。
「余計な御心配は痛み入りますが、貴女の場合は他人事の前に、ご自身をしっかりと見つめ直された方がよろしいのではないですか?」
「……へいへい、分かってますよー」
 確かに、ちょっとお節介が過ぎたかもしれない。
「…………」
 ……でも、ここまで無意識に他人の事情に首を突っ込みたがるなんて自分でも驚きというか、もしかして、これもココロをお迎えして一人身ではなくなった影響なんだろうか?

                    *

「ふにゃ〜っ……気持ちいい〜」
「あはは、本当に気持ちよさそうな顔ですね、ますたー?」
 ともあれ、それから駆け足気味に身体を流した後で、ようやく湯気が立ち上る乳白色のお湯の中へ手足を伸ばして浸かりながら、わたしは得も言われぬ至福感を満喫していた。
「はぁ〜っ、温泉なんて生まれて初めて入ったけど、こんなにいいものだったなんて……」
 一応、世の中にはそういうものもあるという程度で知ってはいたけれど、これは一種のカルチャーショックである。
 手足を伸ばせる開放感もだけど、この絶妙な加減のお湯が優しく全身を包み込む感触は、冬場に羽毛のシーツに挟まれて眠る時の感じに近いというか、早い話がこの場から離れる気を起こさせなくなる位の心地よさだった。
(うんまぁ、確かに世の中は実際に体験してみなきゃ分からないコトだらけだわ……)
 まぁそれでも、やっぱりココロの言い分は口実がましかったとは思うけど。
「……えっと、それで今このお湯の効能を調べてみましたけど、冷え性や肩こり、切り傷、火傷などの治癒、そして美肌効果があるんだそうです」
「なぬ?んじゃ、入り続けたらお肌が綺麗になるの?」
 こんなに気持ちいいのに加えて、そんなオイシイ効果まであるなんて。
 ……だったら、どうせ自宅からひとっ飛びなんだし、しばらく通ってみるのも悪くないかな?
「でも、美肌に本気で取り組むのなら、温泉以前にまずは食生活や生活態度からですけどね。ますたーはご両親の目が届かない分、自炊はしていても好きなものばかりを食べたり、夜更かしが当たり前だったりと、今まで何かと不摂生な生活が続いていましたし」
「うぐ……っ」
 しかし、そんな楽して綺麗になれるという妄想は、ココロにあっさりと打ち砕かれてしまう。
「今はまだ若いですし、先程チェックした感じではまだ荒れてもいませんでしたけど、もしお肌のコトを気にしているのなら、早いうちから意識改革はした方がいいかもしれませんねぇ」
「……う〜〜っ……」
 それから、ココロの口からまるで母親の様なお説教が続く中で、ヤブヘビだったかと後悔し始めるわたし。
「まぁ、それでも決意は固いというのなら、嫁として私も全面協力はしますけど……でも、ここに通っていたら美肌以前に太っちゃいそうですね?」
「あはは、確かに……」
 ココロの予言通り、あれからわたし達は大切な客として歓迎してもらえることになったものの、何かもう至れり尽せりというか、さっきの夕食時なんて、海や山の幸のご馳走がとても食べ切れないぐらいにずらりと並んだりもして、あまりの手厚さに困惑してしまう程だった。
「でも、来て良かったでしょう、ますたー?」
「うん……。だけど女王、いやミカドだっけ?になるのを断ったのに申し訳ない感じだけど」
「先ほど長も言っていましたけど、この国は縮小してゆく一方ですからね……。ただ、死に絶えたのではなく移住者が多いので、ますたーのように別の国で生まれ育ったアルハディアの血筋そのものは、未だ数多く残っているはずですけど」
「……だけど、もう戻っては来ないわよね?」
 籠から飛び出し空を知ってしまった鳥は、二度と戻っては来ないものだから。
「それは、その人次第なので何ともですが、ただますたーに対しては、昔の仲間が帰って来た様な嬉しさを感じているんだと思います」
「…………」
(昔の仲間、か……)
「……それにしても、まさかわたしがノイン・アーヴァントの子孫だったなんてねぇ」
「やっぱり、驚きましたか?」
「そりゃ驚いたけど、でも冷静になってみれば、だからどうしたって気持ちの方が強いかな?いくらご先祖様が偉大な人物だったとしても、わたしまで無条件でえらいって事にはならないし」
 それに、やっばり大事なのは血筋なんかじゃなくて、彼と志を共にするかどうかなんだと思う。
「ふふ、私はますたーのそういう所も好きですよ?彼の面影を感じますし」
「そりゃ、どーも……。けど、ココロって随分とノインの事に詳しいみたいだけど、もしかしてずっと一緒に居たの?」
 すると、肩を寄り添わせてそう告げてくるココロの言葉から、長との会話の中で浮かんできていたある疑問を思い出したわたしは、何となく水を向けてみることに。
「……ええ。今みたいに直接言葉を交わすコトは出来ませんでしたけど、彼が亡くなるまで稼動していたエイリアスのコアには、無属性エレメントの結晶が入っていたので」
「ああ、そうだったんだ?んじゃココロはあの頃もノインのエイリアスドールとしてずっと見守っていたのね」
「……まぁもっとも、私にとってはなかなか心苦しい日々でもありましたけど……」
 それから、少し言い回しに悩んで「見守る」という表現を口にしたわたしへ、やや陰のある表情で頷いてくるココロ。
「確かに、意思はあっても会話が出来ないなんて、よくよく考えたら凄いストレスよね?それでも、エイリアスドールって器があればこそ、まだ行動で示すことは出来るんだけどさ」
 だから、まだマシだったと思うべきなんて言ってしまうのはデリカシーが無さ過ぎだろうけど、ただどちらの手段も無ければ、あとは推測とか思い込みに頼るしかないし、そんな一方通行同士のやり取りなんて「交流」とはとても言えないワケで。
「そうですねぇ。……ただ、今の私とますたーの場合は、ちょっと言葉に頼りすぎている感じも否めませんけど」
 すると、ココロはそう答えるが早いか、わたしの背中へ手を回して後ろから抱きしめてくる。
「ちょっ、こらまたぁ……っ」
「……ただ、確かにノインが語りかけてくれていたのに、言葉で返せなかったもどかしさはありましたね。やっぱり贅沢と言われようが、どちらが欠けてもダメなんだと思います」
 そして、まるで独り言の様に言葉を続けながら、わたしのおヘソの入り口を指先で弄り回してくるココロ。
「あひっ?!ばかどこ触って……んあ……っ!」
 ちょっ、くすぐった過ぎて死ぬってば……っ。
「まぁでも、ノインと会話が叶わなかったのも、何だかんだで良し悪しな距離感でしたかねぇ?お陰で、ある程度割り切ったお付き合いが出来ましたし」
「な、なんで?実はノインのことはそんなに好きじゃなかったとか?……ひぃっ」
「……もう、この期に及んで出てくる言葉がそれだなんて、ますたーは自力でエレメントのライセンスを得るのは無理みたいですよ?」
「あ……ごめん……」
 今更遅いかもしれないけど、ようやく分かった。
(そっか、むしろココロはノインを……)
 ついでに、これも今更ながらココロがわたしの“嫁”という関係に拘り続けている理由も含めて。
「まぁ、別にいいんですけどね……。今の私にはユリナさんというますたーがいますし」
 それから、ココロは拗ねた様にそう続けると、今度は指先を脇腹へ這わせてくる。
「ひっ?!だからそっちはやめなさいってばっ。……んじゃさ、ココロはノインのどういう所に惹かれたの?まさか、顔がカッコ良かったとか逞しかったとか、そういう理由じゃないんでしょ……つっ?!」
「もちろんそうですよ?私達エレメントが人に惹かれる要素は、個人が持つ魂の輝きです。そういう意味ではノイン程、純粋で情熱的な魂を持つ人間はいませんでしたから」
「な、なるほど……んっ。だったら、性別とかも一切関係無し?」
 ……だーかーらー、擽る手を止めないまま会話を続けようとするのはやめてってば……っっ。
「まぁ、そうなりますかねぇ。最初にメダリオンを受け継いだ息子のトウヤさんは、父親に対しての憎しみと深い尊敬の狭間で、時には悩みながらも自分が決めた意志を貫こうと負けないくらいの煌めきを放っていましたし、サユリさんもノイン譲りの頑固で強靭な意志と、同時に女性らしい優しさに満ちた魂の輝きを放っていたので、すぐに好きになりました」
 そして、「ただ前にも言いましたけど、あの人にとっての私はあくまで”娘”だったみたいですけどね」と、ようやく手を止めた後で苦笑い交じりに付け加えてくるココロ。
「ふ〜ん……。それじゃ、せっかくだからわたしの評価も聞いてみていい?」
「ますたーはですねぇ、ノインやサユリさんみたいな完成された輝きではないですけど、でもその不安定さや未熟さがいいというか、どんな色にも染まりそうというか……ぐふふふふ♪」
 そこで最後に、後ろを振り返って自分の評価を尋ねてみたわたしへ、ココロはにへらと口元を緩めながら、何やら気持ち悪い笑みと声と共にそう告げてきた。
「……未熟で悪かったわね〜え。でも結局、アーヴァントの血筋なら誰でもいいんじゃないの?」
「いいえ。ライセンスは受け継ぐことが出来ても、魂の輝きまでは遺伝されるものじゃありませんよ?むしろ、彼の血が弊害になる事すらあります」
「そっか……」
 まぁ、それはすごく分る気がする……。
 ……正直、わたしも「偉大なる創始者」と比較され続けるくらいなら、子孫だなんて最期まで秘密にしておきたいもの。
「ですけど、いずれにしてもユリナさんはユリナさんとして、大きな可能性を秘めた立派な人物です。それはこの私が保証しちゃいます♪」
「うん……ありがと、ココロ。やっぱり、わたしはいい嫁を貰ったみたい」
 わたしが彼女を見つけたのは偶然だけど、改めてご先祖様に感謝……かな。
「んふふ♪では互いの絆も深まった所で、そろそろふーふの営みとか試してみません?」
 すると、わたしが久々に心からの笑みを返した所で、ココロの目がきゅぴーんと光ったかと思うと、不意にこちらの手を取り、今度は押し倒す様に覆い被さってくる。
「ちょっ、こ、こらぁっ?!すぐ調子に乗らないのっ」
 ……やっぱり、色々と前言撤回っ。
「でも、ふーふというものは、こういうコトは当たり前にするものだと聞きましたけど?」
「色々と間違ってるわよ……っ!そもそも夫婦ってのは、本来男女が……」
「いえいえ、女性同士の営みの方法もちゃんとあると教わりましたので、心配無用です♪」
 そして、あっという間に逃げ場を塞がれて胸の高鳴りと焦りを隠しきれないわたしへ、ココロは満面の笑みでそう告げるや否や、右手をこちらの太股の辺りへと伸ばしてきた。
「い、一体誰によっ?!って、あっ、ちょっ、そこはホントにダメだって……っ」
「えっと、これはエルミナさんでしたかね?」
「……また、あのヘンタイお嬢様かぁ〜〜っ!」
 普段は物静かだから、チサトほど警戒はしていなかったけど、エルミナの方が遥かに要注意人物だったとは。
「チサトさんもエルミナさんも、いつもますたーが喜ぶからって、私に色々と嫁の心得を教えてくださるんですよ?素晴らしいお友達ですよね♪」
「……ああ、ココロにはそーでしょうとも……」
 つまり、さっきから続いているココロの暴走の元凶は、やっぱり奴らなのか。
 ホント油断もすきも無いというか、まったくお約束に忠実なんだから……っっ。
「では、そーいうコトで、今宵はここで更なる絆を深めましょうね?……ほら、まだお互いに見せ合っていない部分だっていくつもありますし……うふふふふ……」
「い、いやまぁ、それはそれでいつかは必要なのかもしれないけど、やっぱりここでそういうコトは他の人の迷惑に……っっ。ね、ねぇ雫……っ」
 そこで、わたしは少し離れた場所で浸かっている雫へ向けて、再び助け舟を要請するものの……。
「いえ、今は他に人もいませんし、あまり騒がしくされないのなら、私は別に……」
 ……しかし、今度はつれない返事と共に背を向けられてしまった。
「えええええ……っ」
 もしかして、先ほどのお節介焼きへのささやかな仕返しのつもりですか……?
「では、これで心置きなく……。あーでも、声はなるべく抑えましょうね、ますたー?」
「こ、こら……。それはズルいってば……あ……っっ?!」
 ……もう、これじゃココロがわたしのモノなんじゃなくて、わたしの方がココロのモノになろうとしてるじゃないのよ……っっ。

Phase-7:ジョーカー×ジョーカー

 星々が銀色に輝く夜空を背景に、真ん丸のお月様が煌々と輝いていた。
 結局、お風呂では慌しくてのんびりと眺める暇も無かったけど、どうやら今宵は満月みたいである。
「……しっかし、改めて見ると綺麗よねぇ……」
 一応、実家の自分の部屋の窓から見上げた時でも、見てる月そのものは同じなのは分かっているものの、自然環境に溶け込んだ侘び寂びな風景の中で味わえる眺めは一味違う感じだった。
(やっぱり、空が広いからなのかな……?)
 そもそも、今までこうやって外でじっくりと月を眺めようと思ったこと自体が無かったので、余分に感動もひとしおなのかもしれないけど。
「そうですねぇ。でも、ますたーの方が綺麗ですよーとか言ってみたりして♪」
 すると、わたしの呟きに同意しつつも、視線をこちらへ向けたままそう告げてくるココロ。
「あほうっ、比較対象がおかしいっての」
 ともあれ、結果的にすっかりと長風呂になってしまった後で、わたし達は火照った身体を涼めようと、ココロの提案でお社の北側にある高い鳥居(神聖な場所へ続く門の様なものらしい)近くの芝生へ座り込み、肩を寄り添わせながらお月見としゃれ込んでいた。
 ……けど、提案者の方は全く月を見てなさそうなのはご愛嬌……なのかな?
「だけど、こうしてゆったりとしていると落ち着くわね……すごく気持ちいい♪」
 特に最近の、何かとバタバタ忙しかった日々のことを思い出すと、何やらしばらく失っていたものを取り戻しているような感覚だった。
「気持ちに余裕が無くなると、些細な事でもイライラしたりとか、情緒不安定になりがちですからねぇ。そういう時こそ、一度足を止めてのんびりするのも大切ですよ?」
「確かに、ここはそんな時にはぴったりね。……ありがとう、ココロ。こんな素敵な場所へ連れて来てくれて」
「いえいえ、気に入ってもらえれば私も嬉しいです♪ここなら、休日にますたーと二人きりで過ごすのにいいかなと、少し前から目を付けていましたし」
「あはは、んじゃ今回はいい口実にもなったワケだ。……まぁでも、どうせならチサトやエルミナ達も連れてきてあげたいわねぇ」
 もし先方さんが迷惑でなければ、だけど。
「いいんじゃないですか?一応、アルハディアは排他的な国風ですけど、ますたーのお友達なら受け入れてくれると思いますよ?……ただ、その時はちゃんと事前予約しておいた方がいいでしょうけど」
「あはは……また雫に刃を突きつけられたら困るものね?」
 わたしは何とか硬直だけで済んだけど、チサトとかは恐怖でお漏らしでもしちゃうかもしれないし。
 まぁ、最近はココロの教育絡みであの二人にはちょっと思うところもあるから、サプライズで一泡吹かせてやるのも面白いかもしれないけど、それはともかくとして……。
「……でもさ、本当はもっと多くの人にここを知ってもらうべきだと思うんだよねぇ。あんなにいい温泉もあるんだし、いっそのコトここを保養地として売り出すのも……と言いたいけど、せっかくの聖地が踏み荒らされちゃうかな?」
「残念ながら、そちらの可能性の方が高いかもしれませんねぇ。まぁ、知る人ぞ知る穴場くらいでいいんじゃないですか?」
「んじゃ、やっぱり当面はわたしの安息の地にでもさせてもらおうかな?」
 そしてわたしはそう呟くと、そのまま天然の芝生の上へ背中を預けて寝転んだ。
 領地は決して広くはないけど、ここはこうして気兼ねすることなく、手足を思いっきり伸ばせる場所だし。
「それと、私とますたーの逢引きスポットとしても♪」
「また、そーいうコトを言う……」
「んふふ〜♪だってここなら、ますたーのガードも緩くなってそうですし」
「……確かに、この開放感は危険ね」
 今も、ココロがわたしに覆いかぶさろうと両腕を伸ばしてきているのに、寝心地が良すぎて逃げる気がおきないし。
「…………」
「……残念だが、お前達の安息の地はここではない」
 しかし、そこで突然わたし達の頭上の方から、聞いた事の無い女性の冷たい声が届き、漂っていた甘々な空気が一転して凍り付いてしまう。
「だ、誰っ?!」
 慌てて起き上がり、声の聞こえた方向を見上げた先では、蒼い修道服にヴェールを被った姿の何者かが、満月を背にして鳥居の最上部へ立っていた。
「えっと、あの衣装は聖セフィロート教国の“シスター”と呼ばれる修道女が着ていたものです。勿論、あの頃から残っていたものでは無いでしょうけど、しかしどうしてこんな所に……」
「まさか、昔の亡霊とか言わないでよ?」
 いくら、大自然の魂が充満してる場所だからって。
「クク、なかなか的を得た表現だ。しかし、貴様らには”死神”と名乗るべきだろうがな」
 すると、わたしの冷や汗混じりの軽口に対して、正体不明の女性は自嘲気味にそう告げてくる。
 ……しかも、よく見ると彼女の右手には、月明かりで不気味に光る銀色の槍が握られていた。
「し、死神って……?!」
「……罪深き者よ、懺悔するがいい。女神の慈悲と共に、この私が真の安息の地へと送り届けてやろう」
「ますたー、危ない!」
「…………っ?!」
 それから、シスターの目が一瞬ギラリと光った気がした瞬間、わたしは後方へと突き飛ばされていた。
 ……といっても、鳥居の上に立つ”敵”の攻撃を受けた衝撃ではなく、ココロからのタックルによってだけど。
「こ、ココロ……それ……?」
 しかも、彼女の背中には、いつの間にか白銀色に輝く二枚の翼が生えているし。
「後で説明しますから!それより早く下がって!」
「う、うん……っ」
 ともあれ、厳しい口調でココロに促されて立ち上がると、さっきまで自分が立っていた場所のすぐ後ろに、銀槍の切っ先が深々と突き刺さっているのに気付く。
「…………っ」
 もしかしなくても、今わたしは明確な殺意を持った相手に殺されかけてたって事?
 そんな自覚がえも言えぬ恐怖を瞬時に増長させ、思わず足が竦んでしまうわたし。
「ますたー、止まってはダメですっ!」
 しかし、それは更に自分のピンチを広げるだけだった。
「……フ、避けたか。だが、これならどうだ?!」
 足を止めてしまったわたしにココロが叫ぶが早いか、死神は鳥居から跳躍すると、こちらへ向けて両手を突き出し、火花を散らしながら弾丸の雨を降らせてくる。
(ちょ……嘘っ?!)
「風よ、我が意思に応えて!」
 そこで思わず蜂の巣になるのを覚悟しかけたものの、わたしを抱きかかえて後ろへ飛んだココロが同時に風のエレメントを使った障壁を展開させて防ぎ止め、更にそれをそのまま相手へ弾き返してゆく。
「うはぁっ、凄いじゃないココロ……っ」
 高密度の風のエレメントを利用して、防ぐだけじゃなく反撃まで同時にするなんて。
「本来なら、メダリオンを持つますたーもこの位は出来るハズなんですけど、扱い方を教えている暇はありませんね……そのまま、決して私の前へは出ないで下さい」
 それから、ココロはシスターとの距離をある程度保った後でそう告げると、わたしの盾になる様に刺客との間へ立ち塞がった。
「で、でもココロ一人で大丈夫なの?」
「大丈夫です。旦那様を守るのも、嫁の務めですから♪」
 そして、「こう見えても私、結構強いんですよ?」と、わたしにウィンクして見せるココロ。
「フフ……。やはり楽には片付けられないか……そうこなくてはな」
「でも、一体何なのよ、あいつは……」
 いきなり出てきて死神を名乗ったかと思うと、脅しなんかじゃなく、本気でわたしの息の根を止めようとしてくるなんて……。
「……出来れば聞かない方がいいと思いますよ、ますたー。目の前にいるのは誇張なんかじゃなくて、本当に人の手によって作られた“死神”ですから」
 しかし、そんなわたしのボヤキに、ココロは敵と対峙したまま素っ気無く吐き捨てた。
 ……同時に、今まで見た事もない険しい表情を浮かべながら。
「フッ、光栄だが貴様の言う台詞か?」
「え……?どういう事よ?!」
「SDBより照合が完了しました。彼女は元聖セフィロート教国特殊外交処理部隊『イリーガルズ』の切り札として恐れられていた、第13部署所属のマシナリードールです……!」
「イリーガルズって……もしかして、あの世界最強にして最悪の特殊部隊と言われた?」
 その名は滅びてから一世紀も経つというのに、未だに歴史や物語の中で恐怖の代名詞として語り継がれる存在。
 当時、聖セフィロート教国の陰で暗躍していた暗殺、誘拐、破壊工作、更に粛清など非合法の任務を専門とした秘密組織があり、彼らは「イリーガルズ」と呼ばれて他国のみならず、自国民からも恐れられていたという。
「ええ、先の大戦時に連合軍側の主力大隊の一つを単独で壊滅させ、死神の名を背負った最高戦力、EXE13の一角です。ちなみに更新されていた情報によると、大戦後はシスター・パフィリアと名乗り、連邦政府側の”掃除屋”をしているという事ですが」
「EXE13って、E3製の軍事用DOLLでは最高傑作と言われた、第三世代カスタムじゃない……」
 別にわたしは軍事オタクじゃないものの、それでも当時のE3が技術の粋を集めて作ったとされる彼らは、聖セフィロート教国の切り札として悪魔的な戦闘能力を有し、EXE13から狙われるコトは死刑宣告に等しかったという信じたくない記録を、DOLL開発史で見たことならある。
「この私を含めて、罪深き者達が残した負の遺産は、未だ浄化されていないというコトですよ、ますたー?」
「じ、冗談じゃないわよッッ、どうしてそんな旧世紀の遺物が未だ稼動していて、しかもわたしの命を狙ってくるってのよ?!」
 そろそろ悪い夢なら覚めて欲しいんだけど、残念ながらいくら自分の頬をつねっても痛みだけしか返ってこなかった。
「どうしてだと?貴様らへ向けてこの私が差し向けられる心当たりなど、そう多くはあるまい?」
「…………!まさか……!」
 たった今頭に浮かんだ最悪の推測が当たっているのなら、確かに彼女はわたしやココロへ差し向けられた死神である。
「……ええ、認めたくはないですが、やはり私達の事はそっとしておいてもらえないみたいですね。目の前の刺客を筆頭として」
「当然だろう?私個人としても、貴様とは因縁浅からぬ仲なのだからな」
 そう言って、ココロが唇をかみ締めながら苦々しく呟いたのに対して、ゆっくりと距離を詰めながら、背筋がぞっと寒くなる様な殺気の混じった言葉を向けてくるシスター・パフィリア。
「因縁?」
「フッ、墓荒らしをするならば骨までだ。我らはかつて女神の座を争った“旧友”だろう?」
「まさか、あなたはあの時の……」
「そう、プロジェクト・ガイアレスのコンペでE3側の切り札として送り出され、惨敗したなれの果てだ」
(プロジェクト・ガイアレス……)
 いや、今更尋ね返すまでもなく、おそらく件の女神創造プロジェクトのコトなんだろうけど、何だか猛烈に嫌な予感がわたしの胸を締め付けてくる。
「貴様との戦いに敗れ、あの大戦ですら死に損ない、彷徨う亡霊も同然となったが……長生きもしてみるものだな。こうして雪辱を晴らせる機会が訪れてくるとは」
「……ですが、いずれにせよ貴女が何者であろうと関係ありません。私のますたーを脅かす者は、死神だろうが排除するのみです」
「ココロ……」
 しかし、自虐的ながらもどこか嬉しそうなシスター・パフィリアに対して、ココロは冷たい返事を突き返すと、右手を何も無い中空へとかざしてゆく。
「シスター・パフィリア、大人しく退きなさい。無属性エレメントのエイリアスである、この私の逆鱗に触れる意味を知らないとは言わせませんよ?」
 それから間も無く手の上に六色のマナが集まり、やがて一振りの剣の形を象ると、ココロはそれを手に取って警告と共に軽く薙ぎ払った。
「うお……っ!」
「……クク、まさかそこまで御執心とはな。予想外だが、面白くはなりそうだ」
 同時に、斬撃から発生した衝撃波が前方の敵へと襲いかかり、相手のヴェールを切り裂いて素顔を晒してしまったものの、シスター・パフィリアの方はむしろその端正な顔に期待感を映し出していた。
「ならば、沈みなさい!」
 それを見て、ココロも眼前の敵を打ち倒す覚悟を決めたらしく、背中の翼を大きく翻して強い追い風を呼び、夜闇を切り裂く流星の如き勢いで一気に突進していく。
 どうやら、そのまま一撃で斬り伏せてしまうつもりらしい。
「……だが、貴様と遊ぶのは任務が終わった後だ」
 対して、シスター・パフィリアは下がろうとするどころか、逆に前へ飛び出すと、背中から一本の剣を抜き、ココロの間合いより先に振り下ろした。
「無駄です、反撃の機会は与えません!」
「フ……ッ」
 ……おそらく、ココロは相手の武器の正体は大体予測していたんだと思う。
 先に仕掛けた相手の剣の切っ先が伸びた挙動に合わせて、完璧なタイミングで薙ぎ払ったのだから。
「……え……っ?!」
 ……しかし、そのままココロの刀身が敵の伸縮自在な奇剣に絡みつかれてしまい、武器を弾いて斬りかかるどころか、逆に動きを止められてしまう。
「く……っ、そんな……?」
「悪いが、エレメントを結晶化させた剣など、こいつの前では棒切れも同然だ。そして……単純な腕力勝負ならば、貴様に勝ち目は無い!」
 そしてシスター・パフィリアの言葉通り、僅かな力比べの後で彼女が腕を強く引いたと同時に、ココロの剣が文字通り釣り上げられてしまった。
「ああっ?!」
「私の勝ちだ、エンブリオ!」
 それから、間伐入れずにシスター・パフィリアが再び剣を振るったかと思うと、今度は切っ先が蛇の様にココロの身体へ巻きつき、がんじがらめにしてしまう。
「ココロ……っ?!」
「くっ……力が……?!」
 その後、まるでマナを吸い取られていくかの如く、背中から翼が消え、力なく膝を付いてしまうココロ。
「こいつは”消石”と呼ばれる、新素材を混ぜて鍛えられし武器だ。精霊石を元に品種改良されたこの石は、あらゆるマナを際限なく吸収し、そのまま発散させる」
「……言わば、お前達エレメントを拒絶する武器だよ。精霊石からこんなモノを生み出すとは、人間もなかなか罪深いじゃないか?」
「そんな……」
 消石なんてわたしも初耳だけど、まさかそんなモノが作られていたなんて……。
「クク、身動きが取れないだろう?第四世代のコアは、他に類を見ないエレメント収集能力及びエネルギー変換効率を誇るが、逆に言えばマナに頼りすぎた構造になっている。貴様らエイリアスの欠点って奴だ」
「…………っ」
「あの時、こいつが使えていれば貴様に勝てたかもしれないが、E3側と言えど当時の人間は考えもしなかったろうな?エレメントを憎み、拒絶するなど」
「くぅ……っ。この程度で、この私を完全に抑えられるとでも……っ!」
「思ってはいないさ。……だがその前に、本来の任務を果たさせてもらうとするか」
 それから、絡み付かれながらも力を振り絞って立ち上がろうとするココロへ、シスター・パフィリアは素っ気無くそう告げると、剣を握る腕はそのままに、もう片方の手の袖から銃をスライドさせ、こちらへ冷酷な視線を向けてきた。
(う……っ、来るっ?!)
「ますたー、岩陰に隠れてっ!」
「う、うん……っ!」
 その突き刺す様な視線と対峙して一瞬パニックに陥りそうになったものの、ココロから呼びかけられて我に返ったわたしは、慌てて近くにあった大きな岩の陰へと身体を滑らせてゆく。
 ……確かに、ここなら弾丸は防げるはず。
「ふん、貴様の抗いはその程度か?」
 しかし、シスター・パフィリアはそんなわたしへ嘲笑を向けると、銃口の先を突き刺さった銀槍へ向け、二度トリガーを引いた。
「え……?」
 すると、一発目の弾丸が槍へ命中すると同時に地面から飛び出し、続けざまに放たれた二発目でさらに弾かれ、空中で弧を描いていく。
 ……そして、再び構えた彼女の銃口は、またも槍へと向けられていた。
(まさか……あれで岩ごとわたしを貫く気?!)
「さぁ、目を閉じるがいい。そして我らが女神の慈悲を請えばすぐに終わる。痛みなど一瞬だ」
「じ、冗談……っ?!」
 そこで、これから起こりうる最悪の事態を想像すると同時に、全身から血の気が一気に引いた心地がしたわたしは、思わず踵を返して逃げ出してしまう。
(もっと離れないと……ッッ)
「ますたー、背を向けちゃダメですっ!」
「え……?!」
 それから、すぐに飛んできたココロの叫びを聞いて「しまった」と後悔したものの、もう遅い。
「愚か者がッッ!」
 慌てて振り返った時には、既にシスター・パフィリアの撃ち抜いた銀槍の切っ先が、すぐ目の前まで迫って来ていて……。
「うそ……」

 ギィィィィンッッ

「…………っ」
 今度こそ、あの槍に貫かれてしまった。
 ……しかし、死を確信して目を瞑った次の瞬間、槍の先端が胸を貫く痛みの代わりに、金属同士が鋭く衝突した甲高い音がわたしの耳元に届く。
「……あ……れ……?」
 やがて、何故かまだ生きているらしいコトに気付いたわたしが恐る恐る目を開けると、眼前に映っていたのは、赤と白の緋袴に身を包んだ剣士の背中だった。
「し、雫っ?!」
「……戦の最中に敵へ背を向けるとは、不覚悟及び自殺行為も甚だしいですね。まったく」
 それから改めて前方を確認してみれば、わたしを貫く予定だった銀槍は雫に弾き返され、持ち主のすぐ側の地面へと突き刺さっていた。
「だって、しょうがないでしょ?!わたしはついさっきまで、戦いとは全く無縁の一般人だったんだからっ」
「その言葉、敵に向かって吐いた所で、果たして手加減してくれると思いますか?」
 ともあれ、ド素人に無茶を言うなと反論するわたしへ、淡々と辛辣な言葉を吐き捨てる雫。
「思わないけどね……」
 まったく、容赦も愛情も無いんだから。
 ……もっとも、愛情なんて感じる程の仲でもないんだろうけど。
「では、自分がひ弱だと自覚しているのならば、前を向いたまま物陰にでも退いていて下さい」
「助けてくれるの?でも……」
 いくらなんでも、人の身には相手が悪すぎる気が……。
「……私は、この地の守護者ですから。我らが聖域に無断で踏み込み、静穏を脅かす者を見逃す訳にはまいりません」
 しかし、そこで心配を隠せないわたしへ雫は静かに、しかし断固とした声で言い切ると、再び右手を刀の柄へ添えて抜刀の構えを見せる。
「フッ、邪徒が邪魔立てするか?」
「我が名は草薙 雫。第百二十五代目草薙一刀流継承者にして、この地の守護者なり。無作法な侵入者よ、これ以上の狼藉を働くのならば、我が神刀『叢(むらくも)』の名にかけて排除致します」
 そして、雫はわたしだったら足が竦んでしまう程の、強烈な殺気を込めた視線を向けてくるシスター姿の侵入者へ、凛とした声で高らかに宣言した。
「草薙一刀流……噂に名高い神速剣術の使い手か。どうやら貴様がアルハディアの切り札らしいが、見た所はひ弱な小娘そのものだな?」
 すると、シスター・パフィリアは何やら訳知りで不敵な台詞を返すと共に、月明かりで不気味に輝く銀の槍を引き上げると、手の内で不規則に回転させる動作を見せる。
「ならば、確認してみてはどうですか?」
「そう願いたいもの……だなっ!」
 それからやがて、不意に回転が止まった次の瞬間、まるで射られた矢のような鋭さで、銀槍が雫の胸を貫こうと一直線に飛んできた。
「…………」
 それに対して、雫は避ける様子も防御の構えを見せることも無く、右手を刀の柄に置いたままで自分の間合へ引きつけたかと思うと……。

 キィィ……ンッッ

 ツバが軽くかち合った、歯切れのいい音が響いた直後に銀槍は真っ二つに切り裂かれ、雫の両脇を通過して地面へと落ちていった。
「嘘ぉ……っ?!」
 雫の手元が速過ぎて全然見えなかったけど、正しく神業である。
 ……もっとも、決めた雫は僅かも表情を緩めることなく、再び抜刀前の構えへと戻して、引き続き相手との対峙を維持してるけど。
(つまり、この程度は朝飯前ってこと……?)
「……その抜刀術、本物の継承者と認識。ミスリル合金に術式処理を施した断罪の槍を、まるで棒切れの様に切り裂くとはな」
 しかも、シスター・パフィリアの方も動揺するどころか、嬉しそうに微笑すら浮かべていたりして。
「私は、草薙一刀流を復活させる為に造り出された人形。我が剣の真髄が見たいのならば、貴女の命と引き換えになりますが、御覧に入れましょう」
「それは願っても無い……今回の狩りは本当に楽しませてくれる」
(やっぱりあのDOLL、喜んでる……?)
 ココロの時もそうだったけど、まるで強敵が登場したのを楽しんでいるかの様な。
「……参る!」
 ともあれ、それから雫が短く戦闘開始を宣言した次の瞬間には、既に相手の懐まで斬り込み、同時に横凪の抜刀を叩き込んでいた。
「…………っ?!」
(な、何が起こったの……?)
 おそらく、並の相手なら今の一撃で殺された事すら気付かずに昇天していただろうけど、残念ながら解放戦争を生き残った死神には、頬を僅かに切り裂くのみに留まってしまう。
 ……ただし、急速回避でココロを縛っていたガリアンソードは手放す羽目になってしまったみたいだけど。
「成る程。旧世紀の骨董品だろうが、錆び付いてはいないという事ですか」
「気遣いは無用だ。全力でこの私を屠りに来るがいい。我らは先代の仇でもあるのだろう?」
 そして、先制攻撃が不発に終わると同時に鞘へ戻し、バックステップで距離を保った後で淡々とそう告げる雫に対して、腰から短剣よりもやや長い二本の黒ずくめの武器を抜いて逆手の構えを見せながら、同じ様な口調で返すシスター・パフィリア。
「今度は何よ、あれ?次から次へと、妙な武器を……」
 どうやら、全身のいたる場所に武器を仕込んでいるみたいだけど、とりあえず死神が次に手にしたのは、柄からL字に刃が伸びる、特殊な形状の刃物だった。
「……えっと、あれは”ベイオネット”と呼ばれる、本来は突撃銃へ装着される剣です。どうやら雫さんの速度を見て、下手に間合いを開けるよりも、接近戦で受けて立つみたいですね」
 すると、岩陰に隠れつつ見ていたわたしが独り言のつもりで呟いた所で、いつの間にかこちらへ戻ってきたココロが解説を入れてくる。
「ココロ?大丈夫なの、ケガは?!」
「ええ。雫さんのお陰で抜け出せましたし、ダメージもほぼ無傷です……身体の方は」
 そこで、何はともあれ無事を確認しようとしたわたしに、ココロは寂しそうな笑みを見せてくる。
「ココロ……」
 どうやら外傷は無くても、魂の方はコアに蓄積されていたマナを吸い取られただけでなく、先程のシスター・パフィリアの「エレメントを拒絶する技術」という言葉に、相当なショックを受けてしまっているらしい。
「……あまり気にしちゃダメよ?そりゃあ、中には脱エレメントを唱えて歪んだ感情を抱く人だっているみたいだけど、わたしはあくまでココロ達との共存共栄を目指すんだから」
「はい……」
「それに、家出中のメイナード研究所の跡取り娘も、マナ濃度を復活させていつかE3との勢力図をひっくり返してやるって言ってたし、A3がある限りノインの遺志は絶えたりはしないわ」
「……分かっていますよ。少なくとも、ますたーさえ私を必要としてくれればそれで……」
「だから、弱気にならないの。……でも、まずはこのピンチを乗り越えなきゃならないわね?」
 ともあれ、わたしはそう言って視線を雫達の方へと戻すと、目にも留まらぬ速さで刀を繰り出すアルハディアの守護者と、ベイオネットを両手で繰り出す死神との応酬が、まるで武器でも鍛え合っているかの様に激しい火花を散らしていた。
「ですね……。ただ、ここは黙って雫さんの勝利を信じるしかなさそうですが」
「……確かに、今あの二人には割って入れないというか、手出しをしちゃいけない気がするし」
 ただ、今の所は互角の戦いを続けているみたいだけど、長期戦になればやはり人間の雫が不利になるのは目に見えていた。
 そして、シスター・パフィリアも、きっとその事は分かっているだろうから……。
「どうした……?その程度か?」
「く……っ」
 よく見れば、激しく打ち合っているように見えるものの、実際は雫が一方的に打ち込み続けていて、シスター・パフィリアの方は時々反撃を交えながらも、基本は防御一辺倒だった。
 ……逆に言えば、雫は攻めきれていないことになるけど、やはりあれだけの鋭い攻めも、二刀流で防御に徹した手練には厳しいのかもしれない。
「ハハハ、楽しいぞ?もっと打ってこい!」
「……お望みならば……ッ!」
 やがて、雫もこのままでは埒があかないと判断したのか、相手がカウンターを入れてきたタイミングで弧を描いて後ろへ飛ぶと、着地と同時に低い姿勢で構え直し……。
「草薙一刀流奥義、八大蛇(やおろち)……ッ!」
 それから殆ど瞬間移動にも見える鋭い踏み込みで斬り上げると、今度は抜刀した後に鞘へは戻さず、そのまま刃を返して目にも留まらぬ速さでの連撃を繰り出していった。
「フ……」
 ……しかし、それでも四方八方から矢継ぎ早に繰り出される雫の猛攻を、修道服が切り刻まれながらも両手のベイオネットで受け流し続けるシスター・パフィリア。
 しかも、その表情には余裕らしきものも感じられていたりして……。
「あんなに凄い技が、通用してないの……?」
「シスター・パフィリアは、多彩な武器で相手との有利な間合いを確保しながら戦うのが本来のスタイルみたいですけど、インファイトの方も鬼神の如きですね……」
 そして、そんなわたしの推測を肯定するかのように、隣で厳しい顔を見せながら解説してくるココロ。
「んじゃ、やっぱりこのままだと雫が不利?」
「……ええ。残念ながら、雫さんの太刀筋は見切られてきているみたいです」
「そんな……!」
 ……でも確かに、相変らず手元の動きすら見えない速度での斬撃を繰り返しながら、ジリジリと相手を後退させている反面で、雫の表情は一層険しくなっていた。
「動作能力そのものは決して劣るものじゃないと思いますけど、他の部分の差が想像以上に大きいかもしれませんね、ますたー……」
「雫……」
(大丈夫だよね?わたし、信じてるから……っ)
「……しかも、雫さんの方も焦りが出てくる頃でしょうから、そろそろ……」
「どうした?噂に名高い草薙一刀流のキレは、その程度か?!」
「安い挑発を……ッ」
 やがて、雫は休み無しの激しい連撃の中で、不意に叩き込もうとした右からの袈裟斬りをキャンセルして納刀すると、フェイント効果で迷いを誘ったのか、相手のガードが一瞬止まる。
「む……?!」
(あ、チャンス……?!)
「はぁ……ッッ!」
 当然、雫はその刹那の隙を逃さず、空いた脇腹部へ渾身にして必殺の抜刀一閃を叩き込んだ。

 ギインッ

「……ぐ……っ?!」
 ……ハズだったその一撃は、死神が身体を横回転させて決めたカウンターで完璧に迎撃され、逆に雫の手から「ムラクモ」と呼ばれた刀が綺麗に弾かれてしまう。
「そんな、雫が打ち負けた?!」
 ……いや、正しくはココロの言う通り、完全に見切られていたみたいである。
 あれだけの速度の剣術を、初見でここまで見極めてしまうなんて、これが解放戦争の前線で修羅場を潜って生き延びた経験の違いなんだろうか?
「……勢いだけで通用すると思ったか?!未熟ッッ」
 続けて、武器を弾かれ完全にがら空きとなった雫の胸元へ、回避不能な間合いまで踏み込んだシスター・パフィリアのベイオネットが、左右同時に振り下ろされてゆく。
「雫っ?!」
(やられる……っ?!)

 ガキィィッッ

「……いちいち叫ばなくとも、心配無用です」
 しかし、その肩口から胸へかけて切り裂くかと思われた死神の斬撃は、硬いモノ同士が衝突した音と共に、雫が咄嗟に交差させた両腕でしっかりと防がれていた。
「嘘……まさか、生身で受け止めてる?」
 というか、あの鋭さなら咄嗟に防具も着けていない腕を出しても手首ごと切り落とされたって不思議じゃないのに、敵の刃は表面の肌にめり込んでいるだけで、骨のあるそこから先はびくともしていない。
 ……それでも、痛々しいのには変わりはないけれど、雫の表情はいたって冷静のままだったりして。
「問題は無いと思いますよ、ますたー。彼女の手足には、人工皮膚の裏に世界で最も硬い金属が埋め込まれていますから」
 そこで、当然ながら驚きを隠せないわたしへ、ココロが冷静な口ぶりでフォローを向けてくる。
「え?まさか、雫って……」
「元は普通の人間でしょうけど、”今”はある意味、私やシスター・パフィリアと近い存在かもしれませんね。おそらく彼女は、この地を護る者としてこの地に古くから伝わる、人の身では体得不能な龍神の剣術を会得させる為に、DOLLの派生技術であるマシナリー処置を施された……」
「……成る程な。人間の反応速度を明らかに越えた動きを見せていると思えば、貴様も兵器だったのか」
 それから、ココロが言葉を選ぼうとしたのか一旦口を止めた後で、同じく雫の秘密に気付いたらしいシスター・パフィリアが、力比べを続けながら口元をニヤリと歪めて嬉しそうに呟いた。
「私は草薙一刀流を復活させる為に造り出された人形だと、既に名乗ったはずです。その程度の武器では、神鋼が張り巡らされたこの手は砕けません」
 それでも、兵器呼ばわりされようが全く動じる素振りも見せず、むしろ素っ気無い位にあっさりと肯定してしまう雫。
「マシナリー処理って……そんな使われ方が……」
 もちろん、マシナリー技術については、研究者の端くれとしてわたしも知っている。
 DOLL開発で培われたノウハウを流用して高度な義足や義手を作り、患者へと移植する医療技術で、将来有望な分野として、こちらもA3とE3が共にしのぎを削っているけど、まさかこんな形で利用されていたなんて……。
「実はですね、ますたー。このアルハディアではエレメントの力の付与効率が高い神鋼を人体の補助に使えないかという研究が古くから行われていて、ノインがDOLLを開発する際も多大な影響を受けたんです」
「……人を超えた戦士を作り出す為に?」
「今でこそ、放置された存在も同然なこの聖地も、かつては聖セフィロート教国や神鋼を狙う侵略者達との戦いに悩まされていましたから……」
「だから、今でも護り部という守護者を作り出して置いている……か」
 なんか凄くやるせない話だけど、でも一番の犠牲者はその護り部……つまり雫なんだよね。
「クク、なかなか健気な話じゃないか。……しかし、わざわざ防いだという事は、私が本来狙った首や胸部は生身のままなんだろう?」
(雫……)
 ……そして、その当代の守護者はわたしの代わりに聖セフィロートの亡霊と戦っていて、やはり刃が腕の内部までは届かないものの、次第にジリジリと相手に押されていっていた。
 おそらく、シスター・パフィリアの方はそうやって雫の動きを止めたまま、生身の部分への一撃を与える隙を伺ってるんだと思う。
「否定はしません。ただ、斬らせる気もありませんが……はぁぁッッ!!」
 ……けれど、雫はそんな危機的状況でさえも顔色ひとつ変えずに淡々と言葉を返した後で、鋭く気を吐きつつ交差させた腕を一気に広げて押し戻すと、今度は死神の刃が二本同時に弾き飛ばされた。
「なに……ッ?!」
「相手を甘く見ていたのは、お互い様という事です……!」
「ち……っ」
「……遅いっ!」
 それから、雫はたまらずバックステップで間合いを空けようとする敵を逃さず、神速で相手の動きに合わせて懐へ踏み込むと、これまた見えない速度で渾身の蹴りを叩き込んだ。
「…………っ!」
「やった……!」
 今度こそ、クリーンヒット。
 まるで居合いの蹴り版とも言えるような鋭い一撃がシスター・パフィリアの脇腹部分へ綺麗に入ったのを見て、形勢逆転を確信するわたし。
「ぐぅ……っ?!」
 ……しかし、後方へ転がりながら吹っ飛ぶシスター・パフィリアと同時に、何故か雫の方も後ろへ飛ばされてしまっていた。
「……え……っ?!」
 そこで、一体何が起こったのか分からないまま相手をよく見ると、遥か向こうで地面に叩きつけられたシスター・パフィリアの手には、もう一本隠し持っていたらしいガリアンソードが握られているのに気付く。
 ……どうやら、死神の方もただ蹴りを喰らうだけでなく、大技の後の隙を見逃さずに、攻撃範囲の長い武器を咄嗟に手に持って反撃していたらしい。
(ば、化物なの……?!)
 それとも、これが痛みの感じないDOLL同士の戦闘というものなのだろうか。
「だ、大丈夫、雫っ?!」
「…………」
 ともあれ、すぐ近くまで吹っ飛んできた雫のもとへ駆け寄って声をかけるわたしなものの、アルハディアの守護者は緋袴が裂かれた腹部の辺りを押さえてうずくまったまま、何も答えなかった。
 それでも、雫の手からは血が漏れ出している様子は見えないので、どうやら生身の部分を突かれたわけじゃないみたいだけど……。
「痛むの……?」
「……痛くないから、痛いんです……」
 しかし、それを見て恐る恐る尋ねるわたしに、静かな声で答える雫の前髪で隠れた瞳からは、一本の滴が筋となって流れ落ちていた。
「……そっか……」
 本当なら、生身の人間だったらとっくの昔に切り刻まれて死んでいたはずだから。
 もちろん、だからこそあの死神に勝てるのかもしれないけれど、雫にとっては致命傷を負うよりも、無傷という現実の方が遥かに辛いコトのようだった。
「…………」
 つまり、自分を人形だなんて名乗りながらも、本当は……。
「……ともあれ、貴女達は今のうちに逃げてください」
 そこで言葉を失い、手を貸すコトすら忘れて呆然と見つめるわたしへ、雫はゆっくりと立ち上がりながらそう促してくる。
「で、でも……」
「相手は私と同じく、敵を打ち倒す為だけに存在する非情の殺人兵器……力無き者にいつまでも修羅場へ留まられては、ミカドの末裔と言えどただ足手まといなだけです」
「私と同じくって、雫はれっきとした人間でしょ?!身体は確かに機械が入っているかもしれないけど、ココロみたいに魂は……」
「同じ事です。修行中に大怪我を負い、巫女の道が閉ざされ……挙げ句、人形となった私に残された道は、ただ戦うことのみ……」
 それから、あまりにも悲しい自虐を突きつけられて即座に反論するわたしなものの、しかし雫はこちらへ一瞥すらせずに吐き捨てた。
「嘘……っ!本当は辛いんでしょう?!」
「早くっ!私が時間を稼ぎますから!」
 そして雫は強い口調でもう一度促すや否や、神速移動で先ほど弾かれた愛刀を拾い上げ、そのまま新しいベイオネットを手に立ち上がった死神へ向けて斬りかかっていった。
「……雫……」
 だけど、その背中がわたしには酷く物悲しく見えて……。
「草薙一刀流継承者、草薙 雫……参るッ!」
「……来い。我が御敵よッッ」
 やがて両者は再び刃を交えると、互いに一歩も引く事なく火花を散らせて応酬させてゆく。
「雫……っ!」
「行きましょう、ますたー」
 それを見て、思わず二人の戦いを止められないかと一歩踏み出そうとした所で、ココロがわたしの手を掴んでそう告げてくる。
「だ、だけど……」
「大丈夫です。この地に充満するエレメント達は彼女の味方ですから。それより今は、雫さんの為にも一刻も早くこの場を立ち去るコトこそ、私達のすべき行動です!」
「…………っ」
 確かに、シスター・パフィリアの狙いはわたし達の命なんだから、自分達さえここから居なくなれば、この戦いの意味が無くなる。
「分かった……今から全力で逃げ出すわよ。後ろの守りは頼むわね?」
「大丈夫です♪あの時に吸収されたマナも既に戻ってますし、防御壁を張りながら移動できます」
「よし。雫っ!絶対また会おうねっ!というか、女王候補の命令なんだからっ!」
 それから、雫の頑張りを無駄にしない為にも遂に決心したわたしは、今一度だけ背後へ向けてそう叫ぶと、後は二人を信じて振り返ること無く一目散に駆け出していった。

                    *

「はぁ、はぁ……っ、何とか、着いたわね……」
「ますたー、すぐにゲートを開きますから、念の為に低い姿勢で待っていて下さい」
「言われなくても、ちょっと休ませてもらうわよ……お風呂上がりなのに、もう汗だくだし」
 やがて、追っ手の気配が無いまま町外れにあるEゲートまで辿り付いた後で、早速備え付けの小型コンソールを起動させて準備を始めるココロを尻目にわたしは悪態をつくと、そのまま六芒陣の上へ腰を下ろす。
 ……まったく、ついさっきまで楽しい慰安旅行だったのに、あの死神の所為で台無しだった。
「それで、とりあえずうちへ戻るの?」
「ええ。まずはルクソールさんを問答無用で締め上げて、全部吐かせてしまいましょう」
「へ?あの人が黒幕だったの?……いやまぁ、いかにも腹に一物ありそうではあったけど」
 ただ、それならそれで、ここでわたしを始末しようとした理由って何だろう?
「だって、ますたーや私に関する情報と居場所を密告して刺客を差し向けさせる事が出来る人なんて、他には居ないでしょうから」
「……まぁね。何の為かは分からないけど」
 仮にココロをわたしから奪い取りたいと考えたところで、あの人も随分と独自で調べていたみたいだから、そんな短絡的なやり方じゃ無理って位は知ってるだろうし。
「おそらく、物凄く卑劣で下らない理由です。……正直、シスター・パフィリアと一緒に本人が出てきていたら、私はブチ切れてあの一帯ごと吹き飛ばしていたかもしれませんけど、さすがに研究所では暴れられませんので、帰るまでに少しは冷静になれていればいいんですが」
 しかし、どうやらココロには思い当たるものがあるらしく、静かな怒りを淡々とした口ぶりに込めてそう告げてくる。
「あはは、まぁそこまで慕ってくれるのは嬉しいんだけどさ」
 けど、締め上げに、ブチ切れって……。
「……それにしても、ほんの短い間に随分とワイルドになってきたわね、ココロ?やっぱり、箱入り娘が順調に毒されてきちゃってるのかしらん?」
「まぁ、戦闘地帯には火のエレメントが発生しやすいので、その影響があるのも確かですけど、私だって怒るときには怒りますし、何よりますたーと出逢ってからの毎日は、本当に幸せですから」
「そう……。んじゃ、それを邪魔する障害は、排除しておかないとね」
「はい♪ますたーの護衛と共に、プライマリミッションとして登録しておきますね。……よし、準備完了です!」
「んじゃ名残惜しいけど、帰りますか……」
 長にきちんと挨拶しないで行儀が悪いけど、これ以上わたし達がここでフラフラしていたら、無関係な人達を巻き込んでしまいそうだし。
「では、ポチっとな♪」
「…………」
(雫、絶対に生き残ってね……!)

                    *

「……ふう、どうにか無事に……って、あれ?」
 それから、行きの時と同じく六芒陣から立ち上った眩い光に包まれ、程なくして再び収束した時にわたし達が立っていたのは、予定とは少しばかり違う風景の場所だった。
「ここは……?」
 わたし達が転送を終えると同時に照明が点いたその部屋は随分と殺風景で、室内には六芒陣やそれを制御するコンソールの他に、古めかしい機械類が並び、天井には翼を生やした女性が祈りを捧げる姿の絵が描かれている。
(ここにも同じく、女神様の絵が……)
 室内の広さも大体同じくらいだし、最初は普通に帰り着いたと思ってしまった位に、本来の行き先だった開かずの間と雰囲気が似ているけれど、それでも明らかにここは別の場所である。
 レイアウトが微妙に違うし、何よりここにはココロを保存していたカプセルが無い。
 ……ただ、全くの無関係とも思えないのは確かだけど。
(もしかして、別の研究所か拠点なのかな……?)
「ま、ますたー……」
 ともあれ、どうやら転送時に何かが起こったのは間違いないらしく、ココロがうろたえた顔でこちらを見ながら、わたしの服の袖を掴んでくる。
「一体何が起きたの、ココロ?まさか転送失敗?」
「……いえ、確かに行き先はライステード研究所を指定しましたし、Eゲートは正常に作動しました」
「でも、ここは明らかに……」
「現在、ジオスキャンで位置情報を検索していますが、確かに全く違う場所です。……ただ、転送そのものには成功しているので、事故というのは有り得ません」
「もし、事故が起こったらどうなるの?」
「転送先のシステムに何か異常が発生した場合は中断して元の場所へと戻されますけど、もし転送中に双方のゲートが同時に機能停止すれば、分解されたまま閉じ込められる可能性も、って所でしょうか」
「さらっと怖いコト言うわね、ココロ……。だったら、まだ別の場所へ転送された方がマシってものかしら?」
 少なくとも、ここは環境的に言えば人が滞在できる場所みたいだし。
「……それが、そうでもなさそうです」
 しかし、思わず肩を竦めながら苦笑いするわたしへ、ココロは曇った顔を見せながら、「今、位置情報の確認が終わりました」と切り出してくる。
「どういうこと?」
「えっと、驚かないで下さいね、ますたー?現在、私達が居るのは……海中です。しかも遥か北の果ての」
「うぇぇぇぇぇぇぇえっ?!」
 そして、ココロの口から出てきた結論は、驚くなと前置きされようが、とてもじゃないけど大声をあげずにはいられない内容だった。

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