使が生まれる街で夢を紡ぐ その2


第二章 死神の影

「…………」
 身内だけが集まった小さな式場の片隅で、わたしは場内に響く導師さんのお経を聞き流しながら、不思議なくらいに淡々とした気持ちで大きく飾られた遺影を見つめていた。
 両隣ではお父さんお母さんがずっとすすり泣きしていて、そのあまりにも早すぎる逝去に皆やるせない表情を浮かべているものの、優奈お姉ちゃんと相思相愛のカンケイを自負していた肝心のわたしは、涙すらロクに出ないまま、むしろ早く終わってしまえとすら感じている。
「…………」
 不慮の交通事故で最愛の人を奪われ、悲しいのか悔しいのか恨めしいのか、間違いなく全ての感情は抱いているのに、こみ上げるはずの怒りは言い知れぬ虚しさがかき消してしまい、何よりそれが起こる直前まで想像の余地すら無かったこの出来事を、現実として受け止められていなかった。
「…………」
 それから、出棺の際におねぇちゃんの死に顔を見るのが怖くなったわたしは供花を拒み、火葬中も控え室の片隅に腰掛けたまま、耳に入ってくる涙ながらの思い出話を冷めた気持ちで受け流しつつ、結局は最後の骨拾いまで他人事の様にこなしてゆくわたし。
「…………」
 ……しかし、やがて全ての葬儀を終えて家に帰り、殆ど無言のまま階段を上がって自室へと戻る途中でふと姉の部屋に立ち寄ったわたしは、机の上に飾られたままになっていた、二人で仲良く腕を組んでピースサインをしている写真を見た時に、とうとうその場で崩れ落ちてしまった。
「…………っ」
 もう、今まで当たり前だった幸せな日常が永遠に奪われてしまった。
 そのコトを改めて実感させられた途端、わたしの目から大粒の涙が溢れ出してしまう。
 いくら自問しようがあの日の行動を悔やもうが、この冷たい部屋にもう二度と温かみは戻ってこないのだから。
「……おねぇ、ちゃん……」
 それから後に、わたしの夢の中へ姉が頻繁に出てくるようになった。
 当初は、何事もなかったかのように目の前にいて、意識が覚めた後で夢と知って落ち込むコトも多かったけれど、それも時間が経つにつれて次第にむしろいい夢を見られたと喜びを感じる程度にまでは変化してきている。
 今でも、時おり不意に思い出しては涙をこぼすコトはあっても、ほんの少しずつでもわたしはお姉ちゃんの死を受け入れてきていたんだと思う。
「…………」
 けど……。
『突然に驚かせてゴメンなさいね、愛奈ちゃん。……けど、実はおねぇちゃんね、あれから天使になっちゃったの♪』
 その、優奈お姉ちゃんは三年の月日が経った命日に再びわたしの前へ……。
「……おねぇちゃん……っ?!」
 それから、サンタクロース姿でベランダからやってきたお姉ちゃんの姿が現れたのを見て、わたしは上半身を起こしつつ目を見開いたものの……。
「…………」
「…………?」
 気づいた時には、室内には誰の姿もなく……。
「ここにゃいないわよ?……ったく、夢の中までもおねぇちゃんおねぇちゃんって、手のつけようがないシスコンなんだから」
 ……もとい、最愛の姉のかわりに、口の悪い妖精が呆れ顔でわたしを見下ろしていた。
「む……。昨日が命日だったんだし、こういう時は夢で見てしまうものなの!」
「ホント、女々しいわねぇ……。いつまでも抱えて生きてても辛いだけでしょーに」
「わたしは女だから女々しくてもいーの。……それに、今はそうでもなくなったから」
 なにせ、人間じゃなくなったとしても、わたしの前にまた姿を見せてくれたんだしね。
「はいはい、あたしゃ勝ち上がってくれればなんでもいいし、精々励みなさいな」
「うん……。それじゃ、朝ごはん食べて顔洗ったら、早速やろっかな?」
 ともあれ、話しているうちにもうウズウズとしてきたわたしは、意気揚々と起き上がってゆく。
「やるって、セラフィム・クエストを?」
「そうだけど?感触忘れないうちにやりこんどきたいし」
 経験上、この手のゲームはよっぽど向いてたとかじゃない限りは、最初に出遅れたらほぼ取り戻せない場合が多いので、てっぺん目指すと決めた以上は、今年の冬休みはこれのみにつぎ込むつもりでやり込まないと。
「あー、やる気があるのはいーんだけどさ、残念ながら受付は夜間のみで、エントリーも一日一回だから、別に朝から気張る必要なんてねーわよ?」
「えー、なにそれ……」
 しかし、そんなやる気もあっさりと冷や水を浴びせられ、いきなり脱力してしまうわたし。
「ま、安全面での配慮もあれば、運営にもイロイロと事情があんのよ。何だかんだで昨晩は5万人くらいのエントリーがあったみたいだし、こっちも手は限られてるんだから、時間区切らないと管理しきれないっての」
「うわぁ……みんな、願いゴトに釣られすぎ……」
 優勝狙うと意気込んだはいいけど、いきなり不安になってきたかも。

「……あ、でもそういえばさ?」
 ともあれ、それからまずは着替えようとパジャマを脱ぎだしたところで、夢に見てた告別式の風景をふと思い出して、独り言のように呟くわたし。
「あによ?」
「いや考えてみたら、うちって仏教の檀家なんだけど……」
 当然、優奈お姉ちゃんのお葬式だって、普段お世話になっているお寺の住職さんにお経をあげてもらって戒名も受けてたし。
「べつに関係ねーわよ。天使の資質に生前の信仰なんてどーでもいいっての」
 しかし、それを聞いたエルの方は、肩を竦めつつ即答で一蹴してしまう。
「え、そーなの?」
「モンダイはさ、そいつが役に立つかどーかでしょ?ぶっちゃけたトコロ」
「いや、まぁ……」
 ……確かにそうかもしれないけど、それはいささかぶっちゃけ過ぎの様な。
「んじゃ、優奈お姉ちゃんにはやっぱり資質があったんだ?」
「まーねぇ。あー見えても何百年に一度出てくるかって素材で期待をかけられて特別な翼と待遇を与えられたんだけど、実際に通常じゃ有り得ない早さで頂まで駆け上がってしまったから、あのコ」
「へー……」
 あー見えてもってのはともかく、やっぱりおねぇちゃんって天使になっても優秀なんだなぁ。
「けど、やっぱ一つだけ難アリだったかしら?」
「え?」
「……アンタと同じで、未練がましいトコ。あのヘンタイ駄天使はね、監視者の能力を悪用して、天使になった後も天界からず〜っと残した妹のコト見てたのよ?」
「わたしを……?」
「そ。寝てたり着替えたり、風呂に入ってる時だろうが、そらもうじっくりと。……もしかしたら、今この時も覗いてるかもよ?」
「おねぇちゃんが……わたしをじっくりねっとり……」

 ぽっ

「ったく、この倒錯姉妹め……けど、それもまたあのチカラの源になってるっぽいのが……」
「あのチカラ?」
「勝ち上がっていけば、いずれ分かるわよ。とにかくバトルは夜からだから、それまでは体調管理にだけ気をつけて好きに過ごしてなさいな?」
「う、うん……」
 正直、昨晩から分からない事だらけというか、自分の及び知らないところで何かが動いてるっぽいのは、何となくわたしにも推測できる。
(ま、いーけどね……)
 それでも、願いさえ叶えてくれるのなら、わたしは黙って勝ち進むのみだけど。

                    *

<んじゃ、準備はいいわね?>
「……あ、その前に一ついい?」
 やがて、日中はお姉ちゃんのコトを考えながら適当にだらだらと過ごしつつ、いよいよやってきたエントリー時間、まずは昨晩と同じくバーチャル空間上のうちの前へアクセスして武器も装備したトコロで、わたしは戦場へ飛ぶ前に待ったをかけた。
<あによ?>
「聞きそびれてたんだけど、この二つの武器って名前はあるの?」
 昨日は適当にハンドガンとランチャーと呼んでたけど、さすがにそれじゃ味気が無さ過ぎ。
<ん?モチロンあるわよ?まず、そのハンドガンのセットが聖魔銃テスタメンツ。これでも天使軍が総力を挙げて新開発した……>
「えー、なんか厨二センス全開で恥ずかしいってば。それよりペアなんだし、優奈&愛奈の方が……」
 すると、既にブキ状態のエルから予想外の即答が返ってきたのに対して、わたしはそれを遮って水を向けてみるものの……。
「却下」
 すぐに、同じく最後まで言わせてもらえないまま一刀両断されてしまった。
「うええっ?!せっかく、昼間にヒマだったからずっと考えてたのに……」
「ウザい&ややこしいっての。戦闘中にあたしが名前を呼ぶ時に困るでしょ?」
「……ぶー、いつもアンタとしか呼ばないくせに……。んじゃ、折衷案でイニシャルのY&Iで『ゆうあんどあい』ね?これは譲れないから」
<はぁ、もう好きになさいよ……>
 しかし、それでもめげずに第二案を向けると、エルは諦めた様に溜息を吐いて折れてくる。
「よしよし、んで、こっちがねぇ……」
<そいつは精霊砲ヘプタカノン。悪いんだけど、そっちは変えないでくれる?>
 それから、続けてもう片方も名づけようとしたものの、またもあっさりと遮られてしまった。
「いやー、それよりも……」
<ええい、ヘプタカノンか、びっくり砲の二択以外は不許可!>
「んじゃ、びっくり砲で」
<なッッ?!>
「だって、覚えにくいんだもん。……ほら、もうウズウズしてるんだから早く繋いでよ?」
<……く……っ>
 一応、あっちも名前を考えてたので残念だけど、まぁY&Iさえ死守できればいいか。
 せっかくなので、装備にお姉ちゃんの名前を入れて一緒に戦いたかっただけだし。

■12/25 PM9時20分 雪祭り会場

 エルから聞いた話では、セラフィム・クエストと銘打たれた今回のバトルイベントの参加対象者は、基本的にこの市内に住む全員らしい。
 もちろん、だからといって全ての住人が参戦してくるワケはないとしても、優勝賞品に夢やロマンが溢れているコトもあって興味を引かれた人は多く、やっぱりというか特に若い世代の参加率が極めて高いんだそうで。
「…………っ?!」
 と、なれば……。
「おっ、あいなちゃんだー?!」
「やっぱり、美佳(みか)……っ?!」
 ……偶然、友達と鉢合わせするコトもあろうってものである。
「やーやー、奇遇だねぇ?」
「まー、あんまり嬉しい合縁でもないけど……」
 あれから戦場(バトルフィールド)へ飛んで索敵を始めたすぐ後で、少し離れた先に見覚えのある姿を見つけて追いかけてみれば、お姉ちゃんの次に付き合いの長い幼馴染みが、何やらでっかい筒を右手と背に負いつつも、戦いの場にはそぐわない、ぽわわんとした無邪気な空気をその丸顔から振りまきながら、わたしに気付いて手を振ってきていた。
「も〜、こんな時まで学校の制服って、ヘンにマジメなんだからー」
「……しゃーないでしょ、結局これってのが思い浮かばなかったんだし」
 それに、これでもパジャマで戦っていた昨日よりは、遥かにマシってものである。
 一方で、美佳の方は相変わらずの甘ロリ系ながら、しっかりと背中の翼に似合うコーデにオシャレしていて、これが女子力の違いだろうか……ってのはともかくとして。
「それにしても、きれーなトコロだよねー?私こういうの一度来てみたかったんだ〜」
「いやまぁ、それはそうかもだけど……」
 北国の雪祭りの会場っぽい今夜のステージは、粉雪の舞う中で沢山の雪像があちらこちらに設置されていて、まぁはしゃぎたくなる気持ちも分からないでもない。
 ……けど、やっぱりユーはなにしにこの場所へ?と聞きたくはなったりして。
「でも、家で目を閉じてるだけで雪祭りの会場に行けるなんて、不思議だけどステキだねー?」
(うーん……)
 ただ確かに、このまま戦えと言われても、姿そのままの友人を撃つのはやっぱり気が引ける。
 ……一応、このバトルって三十分経てばタイムアップで終了するルールらしいし、だったらいっそ今夜は美佳と共闘して他を全滅させた後に、二人でのんびりと見て回るのもアリかもしれない。
「んじゃさ、美佳……」
「あ、でもそーだよね。今対戦中だもんね〜?」
「へ……?」
「いっくよ〜?ええ〜い!」
「どあっ?!」
 ……と、甘いコトを考えたのも束の間、突然に本来の目的を思い出した美佳の方は、躊躇い無くわたしへ向けて、手持ちの大筒をぶっ放してきた。
(……くっ、そっちがその気なら……っ!)
 そこで、わたしもびっくり砲を担いで応戦態勢に入るものの、こちらの倍はある口径の大砲を絶妙な間隔で連射されて、すぐさっきまで居た付近の雪像が次々と破壊されてゆく。
「……ちっ」
 しかも、適当に乱射している様に見えて、意外と狙い(エイム)が正確なのがまた厄介だし……。
「……うわ……っ?!」
「…………っ?!」
 やがて、こっそりとわたしの背後から不意を突こうとしてきていたらしい別のプレーヤーへ流れ弾が命中し、一撃で仕留めてしまう美佳。
「あは、ゴメンね〜?」
「……くっ、助かったけど、やっぱり一確キル武器じゃない?!」
<ったく、知り合いだろーが相手も同じく一回戦の勝者なんだから、油断すんじゃねーわよ!>
「へぇ……やるじゃないの、美佳……っ」
 そーいえば能天気でトロそうに見えて、結構ゲームの腕も上手かったっけ。
 ……というか、おねぇちゃんと同じく、わたしが鍛えてしまったんだろうけど。
「んふっ、その倒した人のを取ってもいいよ〜?」
「……遠慮しとく。ハイエナは王者にはなれないから……っっ」
(とにかく、このままじゃ近づけない……)
 美佳はタイプとしては典型的な砲台キャラで、肩に担いでいるのも含めてどちらも重量級の大砲という無茶苦茶な構成ながら、戸惑うくらいにスキが見当たらなかった。
<やるわね、あのコ……。狙いが正確な上、リロードのタイミングを完璧に把握してるわよ?>
「んなコト、分かってるってば……っ!」
 とにかく、イチかバチか踏み込んでみるしかない。
 ってコトで、わたしは一発を避けた後にびっくり砲を構えて相打ち覚悟の反撃を試みると、美佳も背中の武器に持ち替え、こちらにロックオンされてるのも構わず狙いを定めてくる。
「…………っ!」
 直後、美佳の大砲の内部が急激に眩く光ったのを見て危険を察知したわたしが、咄嗟に上空へ宙返りするように身を翻すと、すぐその下をぶっとい光線が通過して、こちらの誘導弾を飲み込んでしまった。
「ちっ、ビーム砲撃ってやつ?」
<貫通力に優れる光線砲だけど、相変わらず危機回避でいい反応見せるわね?>
「そら、こちとらゲーマーの端くれですから……っ!」
 とはいえ、これで形勢はますます悪くなったといわざるを得ない。
 今のこっちのブキじゃ、ちょっと相性が悪すぎというか。
「さぁ、どんどん行くよー!」
「……く……っ」
 しかも、モタモタしてると背後で気絶中の敵が復活して、挟み撃ちにされかねないし……。
「……えっと、まさか美佳に落とされちゃう?わたし」
<んなワケないでしょ?!アンタはまだヘプタカノン……じゃなかった、その……びっくり砲の能力(チカラ)のほんの一部しか使えてないだけだっての!>
「……口ごもらないでよ……」
 元々はジブンで言い出したくせに。
<とにかくっ、そいつは精霊砲の名の通り、精霊(エレメント)の属性にちなんだ七種の攻撃が可能なブキなの!今まで撃ってたのは、そのうちの属性を持たない無属性の攻撃よ>
「多彩なのはいいけど、そんなに覚えきれないってば……っ!」
 相変わらず美佳は反撃のスキを与えない絶妙な間隔でこちらを狙ってきてるし、間違いなく先に撃ち落されてしまうのはこちらの方だろう。
<使いこなせなきゃ、ショセンはそれまで。これから、相手は手強くなってく一方なんだから>
「まぁ、それもそーか……うおっと!」
 さて、どうしたものか……。
<ちなみにね、あたしのオススメは水属性の冷凍弾。誘導能力も弾自体には威力も無いけど、触れたモノをなんでも一時的に凍らせちゃうわよ?>
「……へー……」
<あとさ、アンタならもう片方のだってもっと使いこなせるはずよ?当てるトコロにさえ当てられればね>
「……あー、つまり“アレ”ですか」
 とはいえ、やっぱり付き合いの長い親友にやるのは気が引けるけど……。
「んじゃ、そろそろ決着つけちゃおっか〜?」
「ええ、恨みっこナシでね……っ」
<属性変更は、トリガーを引きっぱなしにしてる間にローテーションするから、そこで一旦指を離してもう一度引き金を引けばいいだけ。水属性は地・水・火・風・光・闇の二番目よ?>
「……なるほど、ロックオンカーソルの色が水色に変化したわ」
「いっくよ〜?ええーいっ!」
 そして、そうこうするうちに美佳の大筒が眩い光を放ち、極太の熱線がわたしを飲み込もうと再び襲いかかってくる。
(当たり……っ!)
 対してわたしは、敢えてその場に留まったまま冷凍弾を放つと、目の前で瞬時に凍った熱線が美佳との間に壁を作った。
「ほわあっ?!あいなちゃんやるぅっ」
(んで、こっちの読みが合ってるなら……!)
 すると、感心した声をあげながらも、殆ど間伐入れずに美佳のもう片方の砲丸がその壁を破壊してしまったものの……。
「……わ……っ?!」
「ゴメンっ!」
 既に壁の向こうでY&Iに持ち替えて構えていたわたしは、美佳が次の一発を放つ前に集中砲火を浴びせ、やがてそのうちの何発目かが眉間を射抜いて、そのまま空中で弧を描かせた。
「はうぅ……っ」
「……悪いわね、美佳。でも、こっちも紙一重だったんだよ?」
 撃ってきたのが逆なら、おそらくこっちの負けだったし。
 ともあれ、わたしは気が引けながらも早速回収に向かおうとしたものの……。
<ちょい待ち。後ろのヤツが復活しかけてるわよ?>
「おっと……」
 その前に、先ほど美佳が仕留めた男性がフラフラと立ち上がってきているのを見て、容赦なくこちらもリスキルの一撃を加えるわたし。
<……あたしさ、アンタのそういう露骨なトコロは嫌いじゃないわよ?>
「そら、どーも……」
 ハイエナはイヤだけど、まぁ美佳を倒した後なら、獲物総取りでいいよね……?
「……しかし、こんな調子で他の知り合いとも鉢合うコトがあるのかしらん?」
 他人相手なら慣れても身内はやっぱりやりにくいから、出来れば遭遇したくはないけど……。

                    *

「……ほい、今日もお疲れー。何だかんだで順調に進んでるじゃない?」
「いやー、順調っていうには、随分と苦戦させられたけど……」
 やがて、あれから何とか他の敵もみんな倒して勝ち残り、自室に戻った後で昨晩よりも大きい疲労を感じながら苦笑いするわたし。
 それもこれも、せっかくなのでびっくり砲の属性攻撃を一通り試してみたからなんだけど、戦い方の幅が広がったのは嬉しい反面で、考えるコトも増えたのは身のこなしとトレードオフが生じる可能性もあったりして。
「錬度が低いウチはしゃーないわね。けど今はまだ他の連中も条件は同じなんだし、焦る必要はねーわよ」
「けど、中には信じられない速度で上手くなっていく人もいるしなぁ……」
 やってる時間は同じといっても、才能の違いという不均等は確かにあるワケで。
「しょーもない心配してないで、もっと自信を持ちなさいっての。さっきのお友達相手の戦い方なんて、なかなかいいカンジだったし」
 すると、そんなわたしに珍しくエルが普通にフォローしてくれるものの……。
「けど、あれも殆どエルのヒント通りにやっただけ……」
「アタリマエだけど、ナビは全員に付いてるし、尻を蹴っ飛ばしてでもアンタを勝たせるのがあたしの役目なんだから、それこそ余計な悩みだっつーの」
「あはは、ありがと。でも……」
「でも?」
「……やっぱ、友達をHS(ヘッドショット)しちゃったのは気まずいなぁ……」
 まぁ、わたしも負けられない理由があって、小学生からの親友の屍を超えたんだから、これからはそれも背負って戦ってゆく所存ではあるけれど、なんかちょっとお互いに顔を合わせづらくなったような。

                    *

「愛奈ー?美佳ちゃん来てるわよ?」
「こんちは〜♪あいなちゃん元気してるー?」
「あ、うん……いらっしゃい……」
 ……とか思っていた翌日の午後、その友達がまるで何事もなかったかのような笑みを浮かべて訪ねてきてたりして。
「ヒマだったから、一緒に宿題でも片付けよっかなって。あ、もしかしてゲーム中だった?」
「いやまぁ、わたしもヒマしてたからいいんだけど……」
 一応、セラフィム・クエストが終わるまでゲームは休止する事にしたし、年が明けたらあっという間に新学期だから、今のうちに片付けておこうってのはやぶさかじゃない。
 けど……。

「……それでねー、お母さんったらなにを聞き間違えたのか、全然違うもの買ってきてね〜?」
「へ、へぇ……」
 それから、とりあえず部屋に招いて、いつものようにテーブルを囲んで他愛も無い雑談を交わしつつ手分けして英語の課題を片付けてゆくわたし達だったものの、普段と全く変わった様子は見せない美佳に対して、こちらはやっぱり落ち着かない心地だった。
(う〜、だめだめ……)
 リアルとは違う仮想空間の中の勝負事なんだし、恨みっこなしとも言ったんだから、いつまでも引きずってちゃダメなのは分かっているのに。
「でもでも、そういうのって使ってみたら案外良かったりするのも、あるあるだよね〜?ほら、あいなちゃんだって昔……」
「…………」 
「ん?どうしたの〜?今日のあいなちゃん、ちょっと元気ないけど」
「あ、ううん……そんなコトもないんだけどね……」
 ともあれ、そんな心情が表情に出ていたのか、やがてきょとんとした顔で尋ねてくる美佳に、慌てて首を横に振りつつ苦笑いを返すわたし。
「ふ〜ん、おとといがおねぇちゃんの命日だったから、やっぱり寂しくなっちゃった?」
「いやまぁ、それは確かにあるんだけど……」
 あいにく、今は目の前の友達のコトで頭が一杯だったりして。
「そっかぁ……。まぁ、元気を出してなんて無責任なことは言わないけど、寂しくなったら私に甘えてもいいんだよ?」
「あはは、心遣いは嬉しいけど、いまさら美佳に甘えるってのもねぇ……」
 ともあれ、美佳の方は全く気にしていないのか、それとも敢えて触れようとしてこないのか、一向に昨晩の話を持ち出してこない。
(うーん……)
 ……まぁ、それならこちらも敢えて藪を突っつく必要は無いんだけど、実は一つだけ気になってたコトがあって。
「ふぇ?じっと見てどうしたの?」
「……いや、そういえばさ、結局は美佳の願いって何だったのかなって……」
 それから、シャーペンを回しながら少しばかり悩んだ後で、思い切って尋ねてみるわたし。
 エルにはナイショにしてろって言われたけど、まぁ参加者同士ならいいよね。
「うん?願いって、なんのこと〜?」
 しかし、それに対して、美佳はまたもきょとんとした顔を見せてくる。
「いや、だって昨晩にわたしと……」
「昨晩?昨晩はあいなちゃんと会ってないし、電話もしてないよね〜?」
「え……」
「もしかして、あいなちゃんの夢の中に私が出てきたのかな?んふっ♪」
(ゆめ……)
 夢と言ってしまえば、確かに夢みたいなイベントなんだけどさぁ。

                    *

「……んで、どういうコトなの?」
 それから暫くして、お茶のおかわりを一階まで取りに行くついでに、セーターのポケットに入って帯同してきたエルに小声で尋ねてみるわたし。
「どーいうコトもなにも、負けたら全部忘れてもらってるだけ。その方がこっちの都合がいいし、あんたらも後腐れなくていいでしょ?」
「あー、なるほど……」
 確かに、美佳とのコトに関しては重畳の至りではあるけれど……。
「でも、それじゃわたしも負けたら?」
「とーぜん、綺麗さっぱり消させてもらうわ。優奈と再会した記憶ごとね」
「……やっぱ、そうなるのか……」
「元来、天使ってのは必要な場合を除いて、人間界にお邪魔してる間は極力知られちゃいけないルールなのよ。神の使いとして天使を信じて崇めてくれるのはいいんだけど、こちらの世界だと異能な存在だから、騒ぎや混乱のモトになりかねないでしょ?」
「まぁ、確かにそうかもしれないけど……」
「……だから、今回はけっこーギリギリというかハラハラしながらやってんのよ?守秘対策は万全を期してるとはいえ、特定の地域の人間全てにエンジェル・タグを届けて天使のマネゴトをさせようだなんて、ふつーは正気の沙汰とはいえないもの」
「エンジェル・タグ?この貰ったネックレスのこと?」
「そ。そいつに付いてる神霊石にセラフィム・クエスト参加者の認証コードや実績記録が書き込まれてるんだけど、負けて資格を失った際に消失する仕組みになってるから」
「なるほど、つまりこいつの中にセーブデータが……」
 宝石かなにかかと思えば、ストレージの類だったのね。
「……んー、いつもながら理解が早いのは助かるけど、時々アンタがナニ言ってるのか分からなくなるのは難点かしらねぇ?」
 そして、おねぇちゃんから受け取った無色透明のエンジェル・タグとやらをしげしげと眺めながら呟くわたしに、肩を竦めて首を横に振りながらぼやくナビゲーター妖精さん。
「あはは、それはお互い様ってコトで……」

                    *

「今日はいきなりお邪魔したのに、わざわざ送ってもらってありがと〜」
 やがて、友情に亀裂が入る懸念は払拭されたものの、やっぱり何となく余所余所しさが抜けないまま迎えた夕暮れ時、わたしはせめてもの償いのつもりで、帰宅する美佳に付き合って駅前まで一緒にやって来ていた。
「ううん、わたしもたまには外の空気を吸わないとって思ったから……」
「あはは、確かにゆうなお姉ちゃんが亡くなってから、ますます引きこもりがちになっちゃったもんね〜?」
「……いや、多分それ笑いゴトじゃないから……」
 ただ、すっかり塞ぎこんでいた一時期と比べれば、このままじゃヤバいと危機感を持ったり、こうやって友達を見送るついでに散歩でもしようかと思うくらいには復活してるんだけど。
「んじゃ、またねー。……あ、そーだ初詣はどうするの〜?来年こそはいっちゃう?」
「あーそうね……三年ぶりになるけど、久々に一緒に行こっか?」
 つい先日まではまだとても神頼みなんてする気分になれなかったからパスしてたんだけど、来年はまだ勝ち残っていたら久々に願掛けしておいてもいいかもしれない。
「うん♪それじゃ、また連絡するね〜?それと……」
「え?」
「昼間の話、ホントだからね〜?ひとりで寂しくなったら、いつでも泊まりに行ってあげるから」
「ありがと……。それじゃ、気をつけてね?」
 ……まぁ、だったらお言葉に甘えて、もし途中で敗退してしまったら美佳に慰めてもらうとしますか。
「さて、と……」
 ともあれ、こちらへ大きく手を振りながら改札を通っていった親友の姿を見送った後で、わたしはとりあえず駅の外へと移動することに。
 空はすっかりと夕焼けの色に染まっているものの、まだ夕食の時間まで余裕があるし、なにせ自宅からバスで二十分ほど揺られた先にある駅の裏側にはひと通りのお店が揃っている六階建ての商業施設があるので、せっかく久々にここまで来たのにまっすぐ帰るのは気分的にも勿体無い。
(んー、でもなぁ……)
 ただ、じゃあ具体的にどこへ行くのかとなると、アテが無いのも確かであって。
 どうせなら、セラフィム・クエスト攻略の手助けになる様なものでも探したいけれど、そんなのすぐに思いつけるワケもなく。
 ……というか、昔みたいに優奈おねぇちゃんと一緒だったら、適当に歩いて回るだけでも充分楽しかったんだけど……。
「…………」
「……ん……?」
 しかし、それでもまずは現地へ向かおうと連絡通路を進む途中で、天井のミラーごしから茶色のコートに丸い帽子を深く被り、大きなサングラスに鼻の上まですっぽりと覆うマスクを着用した、いかにもといった風貌の女の人がすぐ後ろを歩いているのに気付くわたし。
(なに、あれ……?)
 もちろん、今の段階じゃまだわたしをつけて来てるって確証は無いんだけど、でも不自然さが服を着て歩いているくらいに怪しさ丸出しだし、何よりあの体格には懐かしさと見覚えがあった。
(っていうか、まさか……)
 しかも、それを裏付けるように、振り返ってじっと見つめるこちらの視線を受けて、そそくさと踵を返して離れていこうとするし。
「……ちょ……っ」
 そこで、わたしは小走りに不審者さんを追いかけていき……。
「…………っ?!」
「……えっと、なにやってんの、お姉ちゃん……?」
「はぅ……っ」
 やがてコートの裾を掴んで、こちらからぼそりと声をかけると、怪しい女性は観念して立ち止まり、サングラスとマスクを脱ぎながら振り返ってきた。
「はー、さすがは愛奈ちゃん。こんなにあっさりと見破られてしまうなんて、おねーちゃん感服よ……」
「そりゃまぁ、小さい頃からずっと見てきてるんだし……それより、なんでまたそんな……」
 とりあえず、今日は翼や輪っかは着けてないみたいだけど。
「だって、天使になる時に生前の身体を復元してもらってるから、昔の知り合いさんに出くわさないように変装して買い物に出かけるコトにしたんだけど、駅前まで来た時に愛奈ちゃんの姿を見かけたんで、ついつい足が……」
「……いや、変装は分かるけど、そんなカッコじゃ逆に悪目立ちしてるってば……」
 もちろん、わたし個人としてはおねぇちゃんにストーキングされるのはやぶさかじゃないとしても、これじゃせっかくの美人が台無しの上に、ザ・不審者って感じで通報されたって文句も言えない。
「うーん……だったら、どうすればいいのかしら……」
「一応、お姉ちゃんはもう二年前に亡くなってお葬式もあげたんだし、今更見かけたって他人の空似のそっくりさんがいるってくらいにしか見られないと思うけどな」
 こんなツッコミを自分の口からするのはつらいけど、それでも優奈おねぇちゃんが天使になって舞い戻ってきたなんて想像をナチュラルに出来るのは、よっぽど頭が発症してる類の人くらいだろう。
「そ、そうなのかな……?」
「だから、変装するにしたってもっとさりげない感じでいいと思うけど……しょうがないなぁ、んじゃせっかくだし、わたしがコーデ見繕ってあげるよ。お金は持ってる?」
「あ、ホント?助かるかも……」
 ともあれ、久々に優奈お姉ちゃんの残念ポイントを思い出したわたしが苦笑い混じりに持ちかけると、嬉しそうな天使の笑みが返ってくる。
 ……お姉ちゃんって、決して服装のセンス自体が悪いわけじゃないんだけど、生真面目な性格がこうやって天然ボケの方向へ暴走してしまうコトが、昔から少なからずあったりして。
「はいはい……んじゃ、まずはメガネ屋さんから行ってみよっか?」
 まぁ、とにもかくにも、めでたくこれからウロつく目的が決まったみたいだった。

                    *

「……今日はホントにありがとね、愛奈ちゃん。確かにおねーちゃん、ちょっとヤバヤバだったわね……」
「あはは……。まぁ手遅れになる前に気付いてもらえたならいいんだけど……」
 やがて、小一時間ほどかけて施設内のお店を数件回り、すっかりと様変わりさせた後で、わたしとお姉ちゃんは昔に行き付けだったコーヒーショップで一息ついていた。
「絶対にバレちゃダメと釘を刺されてたから、隠すのに必死で肝心なコト忘れてたみたい……」
「そーそー、別にあんな強引に全体を隠そうとしなくても、少し弄るだけで随分と印象は変わるんだから。ほらね?」
 そんな中で、反省の弁しきりのおねぇちゃんへフォローしつつ、昔にプレゼントししてもらった手鏡を取り出して、改めてリメイク後の姿を見せてあげるわたし。
 まず、サングラスは怪しすぎるから思い切ってレンズなしの伊達メガネにして、帽子を脱がせる代わりに特徴だったロングストレートの綺麗な髪を雑貨屋さんで買ったリボンでまとめ、あとは衣料品店で生前のお姉ちゃんが好んでいたのとは違う方向性でコーデした服を買って着替えさせれば、すっかりといいカンジでイメチェン出来ていたりして。
「はー、こんな姿になった後でも愛奈ちゃんに助けられてしまうなんて、つくづくダメなお姉ちゃんね、私……」
「もう、そういうのは言わない約束。それよりも、また久々に一緒に買い物できてわたしの方は楽しかったよ」
 図らずも、おねぇちゃんと再びデートする機会に恵まれたのもだけど、それ以上に何だかんだで天使になっても相変わらずな部分が見られたのが、わたしにとっては何より嬉しかったかもしれない。
「そうね……。こうやって愛奈ちゃんとこのお店に来るのも何年ぶりかしら?」
「……うん。しばらく来ないうちに、内装も結構変わってるけど……」
 ここは、わたしというよりも、お姉ちゃんのお気に入りだったお店。
 あの事故に巻き込まれるほんの一時間前も、この店でこうして二人でお茶をしていたコトもあって、あれから来るたびにつらい記憶を呼び覚まされてしまいそうになり、思い出の場所ながらわたしの足もすっかりと遠のいてしまっていた。
「でも、このお店にこうして愛奈ちゃんといると、改めて帰って来たんだなって実感しちゃう」
 それから、優奈お姉ちゃんはしみじみとそう呟くと、お気に入りだったカフェ・ショコラの入ったカップをおいしそうに傾ける。
「……けど、それも一時的なんだよね?」
「ええ、セラフィム・クエストが終わるまでの約束だから……。残念だけど」
「あ、それなんだけどね?わたし……」
「うん?」
「えっと……い、いや、なんでもない……」
 そこで、わたしは思わず喉に出かかってしまった願いの言葉を止めて、自分の注文したミルクティーで押し戻してゆく。
「…………」
 自分がそのセラフィム・クエストで優勝したあかつきには、また一緒に居られる様にしてもらうつもりだと告げたら、お姉ちゃんはどんな反応を見せるか知りたいような、怖いような。
「……ところで、やっぱり愛奈ちゃんもセラフィム・クエストに参加してくれてるみたいね?」
「うん、なんか怪しそうだったけど、おねぇちゃんに貰ったプレゼントだし……」
 ともあれ、以心伝心したわけでもないだろうけど、その後でおねぇちゃんが件の話を持ち出してきたのを受けて、わたしは頷きつつ今も胸に着けているネックレスをブラウスの下から取り出して見せた。
「うん、やっぱりよく似合ってる。……それはね、愛奈ちゃんが着けてるのを想像しながら作った私のお手製だから」
「へ?そうなの……?」
「あのね、エンジェル・タグに使う石はみんな共通なんだけど、それを身に着けるインターフェイスは渡す相手に合わせてまちまちなの。ほら、男の人が可愛いネックレスなんて渡されたって困るでしょ?」
「う、うん……」
 まぁ今どきは必ずしもそうとは言えないかもしれないけど確かに。
「……だから、基本的には対象の年代や性別に応じて何種類か用意してるんだけど、愛奈ちゃんのだけは、おねーちゃん手作りの一点ものよ?」
 そして、改めてしげしげとペンダントを眺めるわたしへ、おねぇちゃんは胸を張りつつドヤ顔でそう告げてくる。
「嬉しいけど、いいのかなぁ……」
 もちろん、対戦には影響が無いんだろうけど、ちょっと不公平感。
 ……まぁ、こうやってわたしにだけは特別にしてくれていたのも、また間違いなく優奈おねぇちゃんの一面なんだけど。
「機能に差があるわけじゃないし、いいのいーの。……それに、期待はしてたけどここまで勝ち上がってくれてるから、作った甲斐もあったかな?」
「まー最初は少しだけ戸惑ったけど、何だかんだで体感ゲームの一種と思ったら、案外すんなりと入れたかも?」
「昔からゲーム得意だったもんね?おねぇちゃんは全然勝てなかったけど」
「……いや、おねぇちゃんもだんだん上手くなってたし、最後の頃はもう手加減してなかった?」
 いずれにしても、昔のわたしにとってのゲームとはテレビの前でコントローラーを並べて姉や友達と一緒に遊ぶものだったのに、今はほぼオンライン対戦の一辺倒。
 ……ただ、お姉ちゃんが亡くなった後で、心は満たされないまま寂しさ紛れに明け暮れていた三年間の積み重ねが、まさか役に立つ時がきたのも皮肉な話だけど。
「えー?そんなコトないってば……」
「それに、昨晩は美佳と出くわしちゃったんだけど、余裕どころかギリギリだったんだよねぇ」
「あ、そういえば駅まで一緒にいたのは美佳ちゃんよね。元気にしてる?」
「うん……。お姉ちゃんがいなくなった後で、ずいぶんと助けられてるかな……」
 いつまでも引きずって落ち込み続けるわたしに、何も言わず一緒に居てくれたり、自分よりずっと成績が良かった癖に放ってはおけないからと、一緒の高校まで付いてきてくれたしで。
「……そう。ゴメンね……」
「ど、どうして謝るのさ?むしろゴメンを言わなきゃならないのは、わたしの……」
「…………」
(う〜っ、なんか重苦しい……)
 せっかくまた会えたんだし、あの頃みたいに無邪気に笑い合いたいのに、なんか空気が湿っぽくなりがちなのがつらい。
 ……それもこれも、エルに言わせれば天衣優奈はもう死んでなくなっているのに、それでも目の前にいるのは紛れもなく自分の知ってるおねぇちゃんそのものだからなんだけど。
「…………」
「……あ、それよりもうこんな時間ね……」
「ホントだ……。そろそろ帰らないと、怒られちゃうかな?」
 ともあれ、そこから会話が途切れてしまった後に、お姉ちゃんが左腕に着けた腕時計へ視線を向けたのを見て、わたしもスマホを取り出して時刻確認すると、既に七時半を過ぎていた。
 当たり前だけど、外はもう真っ暗だし。
「うん……。名残惜しいけど、今日はこれでお開きかしら?」
「……あ、帰る前にメルアド教えてよ。SNSとかはやってないの?」
 そして、少し寂しそうにそう告げて腰を上げるお姉ちゃんへ、スマホを持ったまま慌てて制止するわたし。
「ゴメンね……出来れば連絡先を教えときたいんだけど、本来は管理責任者がセラフィム・クエストの参加者と直接関わるのは極力禁じられているの」
「でも、今日はその範囲の外ってコト……?」
「ん……まぁ今回は、任務遂行に支障が出そうな案件でサポートしてもらったし……」
「じゃ、またいつでも協力してあげるから。……ね?」
 必然性なんて適当に作ればいいだけだし、とにかくこれで終わりになんてしたくない。
「うん……。ありがとう……」
 ……もちろん、セラフィム・クエストにだって勝ち続けるつもりだけど、また会える機会が作れるのなら、わたしはなんだってしてあげるから。

                    *

<そーいえば、今夜辺りにでも中級天使に昇格かしら?>
 やがて、お姉ちゃんと久々にデートした夕方から一日経った天使の時間、いつも以上にテンションが上がっていた昨晩に続いて、無意味にポーズを決めつつ意気揚々とロビー代わりの庭で武器セットを身に着けたわたしに、エルがふと思い出したように話を切り出してくる。
「昇格?」
<そ。集めた翼のポイントに応じて天使の翼(エンジェル・ウィング)のランクが上がるんだけど、ゴーグルの左上辺りに数字が見えるでしょ?>
「ああ、うん……682って出てるけど、これがポイント数?でも……」
 わたしの記憶が確かなら、開始から今日で四回戦目で、一戦ごとに大体3、4人くらい倒してきたペースなのに、なんか桁が違いすぎるような。
<別におかしかないわよ?ライバルを倒せば、そいつが今まで集めてたブンも総取りだから>
「あーなるほど、だからもうこんなに増えてるんだ……」
 正に雪だるま式というか、やっぱり出遅れてしまえば上位プレーヤーのエサにされてしまう仕様らしい。
<んで、アンタはここまで集めたポイントで既にランクが二つ上がっていて、下級天使の中でも第一位に序する“権天使(プリンシパリティ)”になってんだけど、気付いてた?>
「え?……あ、言われてみたらちょっと変わってるかも……?」
 そこで、一階の庭に面しているガラス戸に自分の姿を映して見てみると、確かに翼の形がちょっと大きくも強そうなシルエットになってる様な。
「んじゃもしかして、知らずのうちに翼の性能も上がってた?」
<アタリマエでしょ?ったく鈍感なんだから……。ちなみに、翼のランクは下級第三位から上級第一位までの九段階あって、今夜の戦いで中級第三位の“能天使(パワー)”に昇格すれば、おおっ?!てくらいの変化があるわよ?ただ……>
「ただ?」
<管理天使からの報告によれば、最近なにやらヤバい相手が、ちょうどアンタのランクマッチに出没してるってハナシだから、ゆめゆめ油断しないコトね>
「……もう、始める前に妙なフラグ立てないでよ……」
 まったく、縁起でもない。

■12/27 PM9時30分 煌月の荒城

「……う〜〜っ、やだなぁ……」
 やがて戦場(バトルフィールド)へ飛んでから十五分くらいは経っただろうか、今宵のステージである薄暗くてだだっ広い廃城の踊り場を慎重に進みながら、わたしは冷や汗を滴らせ続けていた。
(ったく、よりによって……)
 得体の知れないヤバいのが紛れ込んでるなんて話を聞いた後で探索するには、ちょっとスリルありすぎなステージというか、なんか今回は今までと雰囲気が明らかに違う。
 ……まぁ、ゲームでも3、4面といったら曲者な難所が入ったりして殺しにかけてくる頃合ではあるんだけど……。
(わたし、ホラー系は得意な方じゃないんだけどなぁ……)
 ただ、この雰囲気に飲まれてしまっているのは他のプレーヤーさん達も同じみたいで、遭遇した瞬間に硬直したり、ビクビクして挙動が鈍かったりと、既に二人を倒して今は廊下の出会い頭で悲鳴をあげつつ一目散に逃げ出してしまった女の子を追いかけている最中だった。
「ねぇ、もう三倍近くまでポイント増えてるし、これで昇格分は溜まってる?」
<ま、生きて帰れればね……>
「…………」
 しかも、こーいう時に限ってエルも口数少ないし、必要以上に盛り上げてくれようとしなくてもいいのに。

「……えっと……」
 ともあれ、やがて二階の踊り場の先にあった重厚な扉を静かに開くと、中庭を横断して奥の建物へと続く連絡通路が伸びていて、視界の先には漆黒の闇の中に白銀色の光点が小さく見えていた。
(お、いたわね……)
 ちょっと一寸先が暗すぎて怖いけど、でも背後から仕留めるチャンスでもある。
 わたしはすかさず背中からびっくり砲を手に取り、前方へ向けつつロックオン可能な距離まで近づこうとしたものの……。
「きゃあああああああっっ?!」
「…………ッッ?!」
 しかし、程なくして奥の方から引き裂かれるような甲高い悲鳴が聞こえたかと思うと、見えていた翼の明かりは消失してしまった。
「…………っ」
<いるわね……あの向こうにヤバいのが……>
 思わず、嫌な予感に生唾を飲み込んだところで、エルが緊張した声で呟いてくる。
「あーもう、カンベンしてよ……」
 ここには、抱きつける相手(おねぇちゃん)もいないんだから。
<しかも、この気配は、まさか……>
「……けど、気配ったって、全く見えないんだけど?」
 みんな闇の中で発光する白銀の翼を纏っているんだから、あの先に誰かいるとすれば、さっきやられた相手と同じくここから微かでも見えそうなものだけど、視界の先は完全な真っ暗闇。
<なら、まずは燻り出す必要があるわね。愛奈、アレを使いなさい?>
「つまり、ステルス能力か何かってコト?……分かった……」
 前方へ向けてスコープを覗いても何も捕捉しないものの、エルの方は既に臨戦態勢みたいだし、ここは素直に信じておこう。
 ……というワケで、わたしはびっくり砲のトリガーを絞りっぱなしにすると、スコープの表示が光属性攻撃アイコンに切り替わったところで一旦離す。
(さて、何が出てくるか……)
 先日の戦いでは知らずに使ってみてピンチになったけど、こいつはなかなか特殊かつ便利な効果を持つ弾で、攻撃能力自体は皆無なかわりに……。
<……っ!近付いてきてるわよ?!>
「うそ?!く……っ!」
 それから、発射タイミングを計ろうとした矢先にエルからの鋭い声が入り、すかさずわたしは見えない相手へ向けてぶっ放すと、少し離れた前方で大きな閃光が炸裂し、何も無かったはずの闇からフードを被った小柄な敵の輪郭が現れてくる。
(いた……っ!)
 しかも、その相手の両手に握られているのは……。
(大鎌(デスサイズ)……?!)
<愛奈っ!>
「わあってる……っ!」
 ともあれ、マーカー弾を使った理由を忘れてなんかいないわたしは、バックステップしつつすぐに属性を無へ戻すと、時間差を置いて二発の羽付きホーミング弾を撃ち放った。
 どうやって闇に溶け込ませているのかは知らないけど、ロックオンカーソルに認識さえさせられれば、あとはこっちのもん……。
「…………っ?!」
 しかし、その一撃必殺の威力を持つ二発の誘導弾は、前方の敵に易々と斬り払われてしまう。
「うそ……!」
 そこでわたしは殆ど無意識にびっくり砲を投げ捨て、Y&Iを素早くホルスターから抜くものの……。
「……く……っ!」
 構えてHS(ヘッドショット)狙いの集中砲火を浴びせるよりも早く、高速で飛び掛ってきた相手はわたしへ向けて大鎌を振り下ろしてきた。

 ガキィィィィッッ

「…………ッッ」
「……なかなか、やりますね……」
 やがて、金属同士が衝突する甲高い音を響かせ、咄嗟に盾代わりに出した聖魔銃で相手の斬撃を何とか受け止めて鍔迫り合いへと持ち込むと、目と鼻の先まで迫った相手のフードの中から女の子の声が届いてくる。
「え……?」
「…………」
「う……っ?!」
 しかし、驚く間もなく、相手の捌きでこう着状態は弾かれてしまい……。
<外へ逃げなさい!>
「ち……っ!」
 わたしは頬をひっ叩かれるように鋭く飛び込んできた指示に反応して、近くの窓を背中から突き破ると、相手の方へ向いた態勢のまま、真ん丸いお月様の輝く中庭へと踊り出た。
<……お、けっこー器用ね、アンタ?>
「今おだてたって、なにも出せないから……ッッ」
 ともあれ、相手の予測の裏をかけたのか、追撃が遅れて距離を突き放せた死神へ向けてすぐにY&Iの両手弾幕を浴びせてやるわたし。
(まぐれでもいいから、美佳の時みたく眉間へ……っ)
「……な……っ?!」
 しかしそんな願いも虚しく、聖魔銃の弾雨も敵の振るう大鎌によって掬い取られるように受け流されてしまった。
(ああもう、ナンなのよ……ッッ)
 いくらここがバーチャル空間で天使の翼を与えられてるといっても、参加してるのはこの街の住人なハズなのに、まるでアニメかマンガの登場人物の様な人間離れした動き。
「しかも、翼が黒いし……」
 そして、表へ出てから気付いたけど、対峙する相手の背中から生えている翼は、わたし達が纏っているものとは全く違う、淀みの無い漆黒色だった。
<……そ、こいつは“イレギュラー”だから>
「んなの、聞いてねーわよ……っっ!!」
 そんな簡単に片付けられても困るというか、それからすぐにこちらの懐まで踏み込んできた相手の一撃を、制服の裾を掠りながらもフライト系のゲームで覚えたバレルロールで横方向へ回避するわたし。
「……なるほど、やはり少しばかり役者が違うみたいですね?」
「……く……っ」
 多分、リアルでやるならむっちゃ難易度高いんだろうけど、今回に関しては動きがちゃんと頭に浮かべば何とかなってしまうってのは学習済み。
 ついでに、掠めた腹部には切っ先が僅かに届いたみたいで、斬られた衝撃と同時にゴーグルのスクリーンに真っ赤なダメージエフェクトが出たけど、実体が無いので出血も無ければ痛みも感じないし、動きに支障が無いなら問題はなし。
<やるじゃない?……でもこうなったら、大ワザ使って一発で仕留めるしかないわね>
「それが言うほど簡単なら、苦労はしないけど……っ!」
 ……でも、やれなきゃ優奈おねぇちゃんとまた一緒に暮らす願いもここで潰えてしまう。
 相手がバケモノだろうが死神だろうが、その邪魔だけはゼッタイにさせないから……!
「そろそろ、終わりにします……!」
「くっ、やれるもんなら……っ!」
 やがてわたしは、最後に託す攻撃方法を選択すると、先ほど放り投げた後で勝手に背中へ戻って来ていたびっくり砲を再び手に取り、時間を稼ぐため相手に背を向けて全力で飛び上がっていった。
(……無、地、水、火……そして……)
<ちょっ、ヤバいわよ?!>
「だいじょーぶっっ!!」
 それから、いよいよ追い付いてきた死神がわたしの背中へ向けて大鎌を振りかぶった瞬間を見計らい、これまたゲームで覚えたスライスターンを一か八かで決めて回避すると……。
「…………っ?!」
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
 すぐさま姿勢を整えつつ、逃げ回っている間に合わせた“風”属性の攻撃を続けざまに二発浴びせると、縦に伸びる竜巻弾が敵を巻き込み、きりもみさせながら吹き飛ばしていった。
「これで、終わりよ……っ!」
 続けてわたしはすぐにびっくり砲を再び放り投げ、リロードが終わっているY&Iへと持ち替えて、集中砲火を浴びせて仕留めようと狙いを定めてゆく。
<バカ後ろっ!>
 ……しかし、引き金を絞ろうとした直前にエルから鋭い制止がかかり、背筋に寒気が走るのを感じながら振り返ると、いつの間にか敵の手から離れていた大鎌がブーメランの様に回転しながら、こちらの背中を狙ってきていた。
「うわあっ?!」
 それでも、頬を掠めながら、ちょっと前にテレビで見た昔の映画の主人公みたく上半身を全力でのけぞらせて回避するわたしだったものの……。
「……覚悟……!」
「ひ……」
 その間に、竜巻をかいくぐってすぐ前方まで迫ってきていた敵が戻ってきた獲物を受け取り、続けざま態勢を崩したわたしへ向けてトドメの一撃を振り下ろそうとしてきた。
(やられる……!)
 ゴメン、おねぇちゃん……っ。
「…………」
「…………」
「…………?」
 最早これまでかと、すっかり身体も硬直してしまい、いよいよもって敗北をカクゴしたわたしだったものの、相手の動きも同じく止まっているコトに気付く。
「え……?」
<タイムアップよ。……ま、助かったんじゃない?>
「タイムアップ……」
 言われて周囲を見渡すと、確かに真っ赤な月と大きな廃城が崩れる様にホワイトアウトし始めていた。
 ……どうやら、遭遇した時は既に残り時間が少なかったみたい。
「ふぅ……仕留め損ねましたか。でも、人間にしては悪くない動きでした」
 ともあれ、とりあえずの戦闘終了に薄い胸を撫で下ろすわたしへ、大鎌を持った死神が相変わらずの見た目からは想像もつかない声で話しかけてくる。
「え……?」
 ……もとい、フードが飛ばされて露になった死神の正体も、綺麗で長い黒髪を持ち、つぶらで澄んだ瞳を持つ、童顔の可愛らしい顔立ちの女の子だった。
「…………っ」
「……どうしました?敵の眼前で呆然として、恐れでもなしましたか」
「あ、いや……」
 怖いどころか、優奈お姉ちゃんとタイプは違うものの視線を釘付けにされてしまうレベルの美少女っぷりに、これが戦闘中じゃなくて良かったと思ったりもして。
「そうですか……。では生き残っていれば、またいずれ見(まみ)えましょう?」
「え、えっと、その前に名前……聞いてもいい?」
「私の名ですか?私は……烏(からす)。魂の狩人……」
 ともあれ、それから思わず名を尋ねてしまうわたしに、目の前の死神少女は、小さな可愛らしい口を動かしてぽつりと名乗った。
「からす、ちゃん?あ、それでわたしは……」
「知ってます」
 そして、続けてわたしも名乗ろうとしたものの、素っ気なく突き返されてしまう。
「え?」
「……そもそも、この茶番は貴女の為に行なわれている様なものですから、あまりガッカリはさせないで下さいね?」
 それから、烏と名乗った黒い翼の美少女は淡々とイミシンな言葉を残すと、先にステージから消えていってしまった。
「どういうコト……?」
<さーね……イレギュラーの言葉なんてスルーしちゃえば?>
「スルーって言われてもね……」
 ……逆に、あのコの素顔が瞼に焼きついて離れそうもないんだけど。

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