使が生まれる街で夢を紡ぐ その1


序章 籠の中の大天使

「……やっぱり、ここにいただわさ?」
「ん……」
 孤独に満ちた静寂の中で不意に届いた声に反応して、私は顔を上げた。
 いつもの様に塔の片隅へ腰掛けたまま、物思いに耽る意識を呼び起こされた視界の先の、何も無い空中に姿を見せてきたのは、自分と同じ幾重にも重ねられた純白の翼を纏う一人の少女。
 ……尤も、その小柄で幼げな外見とは裏腹に、元々人間だった私と比べて千倍もの時をその身に刻み、また天使軍の頂点の一角である彼女の翼が放ち続ける特有の輝きは、星空が煌めく夜闇の中で自らの存在を幾倍にも際立たせているんだけど。
「まったく、探すのが楽なのはいいとしても、他に行き場所は無いだわさ、“メタ子”?」
「もう、メタ子はやめてといつも言っているでしょ。……それに、他も何も“ここ”が私にとって唯一の居場所なんだし」
 それから、呆れた様子で肩を竦めて見せてくる知の番人へ、自虐というよりも率直な本音を返す私。
「ふん、この天界で全ての場所へ自由に立ち入り、自らの判断でいかなる行動をも許される唯一無二の天使が、どんな戯言を吐くものだわさ」
「だからこそ、よ。……それに、私の役目は殆どここから済ませられるでしょう?」
 そして、私は素っ気なく言い返した後で、眼下に広がる空間へ向け無数のスクリーンを表示させると、天界や人間界のあらゆる場所の風景が同時に映し出されていった。
「……ほら、特に問題はなし」
 ここは、天界中枢区の遥か上空に存在する、エデンの塔の頂上。
 眼前の彼女を含めた七大天使達の結界で護られているこの唯一神の居城は、天界で最も高く聳える神殿であり、私が佇むこの頂きからは中枢都市の夜景が一望出来ていた。
「…………」
 当然ながら、この絶景も天界で望むことが出来る者はほんの一握りだけなのだけど……。
「やれやれ、相も変わらずとんだ怠け者というか、引き籠り系天使だわさー」
「けれど、これも私の役目なんでしょう?それで、わざわざどうしたの?ザフキエル」
「例の準備が全て完了したのだわさ。……これでいつでも開始の時を迎えられるだわさ」
 ともあれ、口の減らない同僚へ私がようやく用件を尋ねると、素っ気無くも真剣な眼差しで約束していた報告が返ってくる。
「……そう。なにせ初めての取り組みだし、予定通りにコトが運ぶかは“主”でさえも読み切れないだろうけど……」
「無論、予測外のトラブルが付いて回るのは織り込み済みだわさ。しかしそれでも“本命”さえ外さなければ、あとは些細な誤差に過ぎないだわさ」
「でしょーね。その為に今回はこの私も直接出向くわけだし……」
「……けれど、本音はそれだけじゃないだわさ?」
「あはは、それは言いっこなし。……だって、これが今の姿になって、ようやく得られた里帰りの機会なんだから」
「ま、精々我を忘れない様に心得るだわさ。“主”はいつでも見ておられるだわさ?」
「そーねぇ……でも……」
「でも、なんだわさ?」
(……抑えきれるかは、自信ないかな?)
 それから、同時に観察を続ける無数の映像の中で、自室のテレビの前で今も変わらずゲームに夢中になっている一人の愛くるしいツーテール少女の後ろ姿を眺めながら、私は久々に自然の笑みが零れてきていた。
「んーん。……さて、それじゃそろそろ、はじまりの鐘を鳴らせましょうか?」
 ……願わくば、愛奈(あいな)ちゃんがこの酔狂なゲームを少しでも楽しんでくれれば幸いだけど。

第一章 三年ぶりのクリスマス・プレゼント

「あ、やっぱり降りだしてきてる……」
 テレビの前でコントローラーを握ったまま、なかなか決まらないマッチングを待つ間にふとガラス戸の外へ視線をやると、その向こうのベランダへふわふわとした白い塊が落ちてきているのに気付くわたし。
「は〜〜っ……」
 クリスマスイブの夜なんだし、本当なら神様からの粋な演出に心のひとつも躍るものなんだろうけど、あいにく今の自分にとっては、何やら古傷を抉られた様な気分だった。
 それというのも……。
(ちょうどあの日も、こんな風に雪が舞っていたんだっけ……)
 それから、ひとりでに漏れてしまったため息の後で、わたしはガラス戸の横の机の上に飾られたフォトスタンドの方へ首を傾ける。
「…………」
 写真の前に供えていた二本の線香は既に燃え尽き、小梅の残り香が微かに部屋を包む中、瞳に映る誰よりも慕っていた人の優しくて無垢な笑みが、わたしの胸をさらに締め付けてきたりして。
「…………っ」
(おねぇ……)
「……うおっと?!」
 しかし、そこからじわっと両眼に熱いモノがこみ上げかけたところで、ゲーム開始を告げるジングルが聞こえてきて、慌てて視線を画面に戻すわたし。
「ちょっ、待って……っ」
 既にチームの仲間はみんなスタート地点から飛び出していて、こぼれた涙を拭うヒマも無いまま、わたしも愛用の武器を担いでマップ中央の激戦区(エリア)へと向かって行く。
(っとっと、今はこっちに集中しないと……!)
 同じ、イブの夜なのにこうしてオンゲー三昧な寂しい仲間(フレンド)達のためにも、ね。
「…………」
(……でもそういえば、本格的にオン対戦やるようになったのは、あの後からだっけ……?)
 しかし、そんな気概も長くは続かず、画面の中では見慣れた戦場で幾度も繰り返してきた動きで激しく撃ち合いつつも、またすぐに回想に耽り始めてしまうわたし。
「…………」
 自分のゲーム歴は何だかんだで十年は越えているけど、その大半はむしろ一つの画面の前に二人が並んで……。
(といっても、大概はわたしが一方的に付き合わせてた気もするけど……)
「……って、うおっ?!」
 それから、在りし日の光景が思い浮かんで、再びじんわりと熱い雫がこみ上げてきたものの、その直後に正面の相手から不用意な一撃を食らって、奪い合っていた前線から叩き出されてしまった。
「ぐぁ〜っ……」
 余計なコト考えずにちゃんと集中してたら、今のは楽勝で反応できてたはずなのに……。
「はぁ……」
 ……悪いね、味方チームの方々。

                    *

「……あ〜、今日は全っっ然ダメ……」
 それから、何だかんだで小一時間ほど続けていたものの、ひびの入っていたランクゲージがとうとう砕けてしまった所で白旗をあげたわたしはコントローラーをベッドの上へと放り投げ、椅子に腰かけたまま手足を伸ばす。
 明日も休みだし、普段なら意地になって取り戻そうとするところだけど、今宵は明らかに自分が戦犯になり続けているだけに、これ以上は集まったフレンドにもメイワクになるだけである。
(やっぱ、今日はゲーム日和じゃないってコトかなぁ……)
 ましてや、大切な人の命日に撃ち合いゲームだなんて。
「…………」
 けど、だからといって何かをしていなければ、気持ちが闇に沈んで起き上がれなくなりそうってコトで、余計な考え事をするヒマのないゲームに縋ろうとしたものの、所詮はムダな抵抗だったらしい。
「……は〜〜っ……」
 去年は高校受験の直前だったから、らしくもなく勉強に明け暮れて紛らわせてはいたけれど、それから年を重ねようがやっぱり特別な日が近付けば自ずと思い出してしまうみたいで、特に今日なんかは寝ても覚めても脳裏に浮かんできてしまう。
「…………」
「おねぇちゃん……」
 わたしには、最愛といっても過言じゃない姉がいた。
 性別問わずラブレターの処理に困る程の美人だったのもさることながら、困ってる人は放っておけないたちで、常に絶えない笑みが周りを明るく照らしていた様な、そんなおねぇちゃん。
 一応、運動神経だけは人並みか、もしかしたら平均以下だったものの、それ以外の成績は常に頂点付近にいて、何をやらせても器用にこなしてしまうし、生徒会長に推薦されるくらい人望も厚くて、何より誰かの役に立てるのを喜びにしていた優奈(ゆうな)お姉ちゃんは、いつしか周囲から「天使」と称されるようになっていって……。
「…………」
 そして、そんな血を分けた姉妹であまりにも違うスペックに劣等感を覚えてしまうこともなく、わたしは素直に自慢の姉として敬愛してたんだけど、その理由はおそらく、優奈おねぇちゃんは誰よりも自分に一番優しくしてくれたから。
 学校では分け隔てなく公平に振る舞っていたお姉ちゃんながら、それでも「愛奈ちゃんだけは特別な存在だから」と言って、わたしに深い愛情を注いでくれた。
「…………」
 ……ま、だからこうして余計に悲しみを背負う羽目になってしまったんだけど。
「は〜〜っ……」
 しかし、そんな最高にして最愛の姉も、二年前の雪が舞う今日この日、雪道でスリップさせてきた大型のトラックに跳ねられて命を落としてしまったのだから、人の運命なんて分からないものである。
(……しかも、最悪なコトにこのわたしを助けてね……)
 元々、轢かれそうになっていたのはわたしの方だったのに、普段はどんくさかったお姉ちゃんが信じられないチカラで駆け寄ってきて自分を突き飛ばすと、そのまま身代わりになる様にして純白の地面へ真っ赤な花を咲かせてしまった。
「…………」
 そんなワケで、その時から世間様では一年で最も浮かれた日である12月24日は、我が家にとって最もつらい思い出が蘇る日となっていた。
 実際、今日は法事の後で、いつまでも引きずっては優奈お姉ちゃんに悪いからと、夕方には三年ぶりに三人でささやかなクリスマスパーティを復活させたものの、やっぱりご馳走やケーキで華やかに彩られた食卓はどこか重苦しく、カラ元気だけが虚しく空回りしていた感じだったりして。
「……あーもう、今日はさっさと寝よっかな……」
 既に冬休みに入っているし、本当はまだまだそんな時間じゃないんだけど、一番ハマってるゲームでも気が紛れないとなれば、あとはもう眠ってしまうしかない。
 幼馴染みに電話するにしても、話してる間に涙声になってしまいそうで恥ずかしいし。
(けど、こーいう時に限って、なかなか寝付けなかったりするのよねぇ……)
 もしかしたら、親みたくお酒でも飲めればいいのかもしれないけれど、それもまだ数年先の話である。
「ま、いいや……とにかく動こう……」
 ともあれ、ここで考え続けても結局は泣き出してしまいそうだし、わたしは自分に言い聞かせるように呟くと、立ち上がってまずはカーテンを閉めた後で、ベッドの上のパジャマに着替えようとセーターを脱ぎ始めてゆく。
(どうせだから、今日はお姉ちゃんの部屋で寝ようかな……?)
「…………」
 ……いや、やっぱりやめておこう。
 まったく、振り払いたいんだか浸りたいんだか、自分でも分からなくなってくるんだけど。
「…………」
「ホントに、ねぇ……」
 やがて着替えも終えた後で、消灯しようと照明スイッチのある出入り口近くまで移動して改めて室内を見渡すと、中央の丸テーブルの上にお菓子や飲み物と一緒に乗っている大きな靴下が目に入って、苦笑い交じりの独り言をひとつ。
 確かに三年前までは、こうやって靴下を置いておけば、わたしが眠っている間におねぇサンタさんがプレゼントを入れに来てくれていたものだけど……。
「ホント、弱くなったなー、わたし……」
 いつまでもこんなモノを未練がましく持ち出しているから、無用に寂しくなってるのはいい加減に自覚してきている頃なのに、むしろお姉ちゃんが亡くなった後で、余計に想いが強くなってしまっている気もするんだけど……。
「はー、やれやれだわ……んじゃま、おやすみおねぇちゃん……」
 ただ、こういうのはどうしても時間がかかるものみたいなので、今はこの胸の疼きも甘んじて消化してゆくしかない。

 こつこつっ

 ……と、それからこれまた日課となっているお姉ちゃんの写真へおやすみを告げたところで、ガラス戸に何かが当たってきた音が連続して聞こえてくる。
「……ん?……って……」
 そこで、最初は雪の粒かなと思いつつ、視線を横に向けてみると、薄手のカーテン越しのベランダから、いつの間にか何やらぼわんと発光したモノが見えていた。
(な、なに、アレ……?)
 まさか、命日ってコトでお盆よろしくお姉ちゃんの霊でも戻ってきたんだろうか。
(いやいや、いくらなんでもそれは……)

 こつこつっ

 すると、反応に困って固まっていたわたしへ、ベランダの発光体が促すように再びノック代わりの体当たりを二度かけてくる。
「え、ええと……あ、はいはい……!」
 ともあれ、わたしは引き寄せられるようにベランダの前へ向かうと、まずはカーテンを開けて相手を確認するのも忘れ、施錠を解いて中から顔を出した。
「…………」
「……えっと……おねぇ……ちゃん?」
「ちょっ、どうして第一声がそれなのよ……」
 それから、少し強めに吹雪いていた外の空気に当てられつつ、滑稽なのは自覚しながらも声に出てしまった呼びかけの後で、すぐ隣から呆れたような言葉が返ってくる。
「へ……?」
「ったく、姉妹揃って聞きしに勝るシスコンっぷりね……。まー都合はいいけど、いきなりちょっとヒいたわよ?」
「え、えええ?!」
 そして、その声のもとへ首を向けると、背中に羽根を生やして宙に浮いている手乗りサイズの女の子の姿をしたモノが、指で額を押さえながら(反論はしにくいけど)失礼なセリフを続けてくる。
 どうやら、この女の子(?)が発光体の正体みたいだけど……。
「よ……妖精……?」
 帰って来たお姉ちゃんの霊かもというのは、確かに非現実的な妄想だったとしても、事実はそれよりもメルヘンだったみたいで、思わず手で両目を擦ってしまうわたし。
 ……しかも、よく見たら赤と白のサンタクロースな格好してるし。
「あー、実際はそーいうんじゃないんだけど、まぁそんなトコでいいわ。ついでに夢でも幻でもねーわよ?」
「じゃ、サンタさんか何か?」
 なんかもう、今なら何を言われても信じてしまいそうである。
「んーまぁ、それもホントは違うんだけど、あながち間違いでもないかしらん?」
「さっきから曖昧な返事ばかりだなぁ……だったら、プレゼントでも届けに来てくれたとでも?」
「ご名答♪んじゃ、アタシの存在を素直に受け入れた良いコちゃんへ、メリークリスマ〜ス!」
 ともあれ、話がなかなか前に進みそうもないのに焦れたわたしが、相手の見た目に合わせて水を向けてやると、妖精っぽいコは嬉しそうにうんうんと頷いた後で……。
「……ほら、そろそろ下りてきていーわよ?」
「はーい、待ってました〜♪」
「…………?!」
 続けて見上げつつ促したお空の先から、もう何年も聞いてなくとも絶対に忘れることの無い、優しく心地のよい声が返ってくる。
(ま、まさかまさか……)
「え、えええ……え……!」
 それから、全身に電撃が走った様な衝撃が収まらないうちに、呼びかけに応じてふわりと音もなく舞い下りてきたのは、同じく背中に翼を纏った人間サイズの女のひと。
 というか……。
「…………!」
「んふふ、お久しぶり〜♪あれからまたすっごく綺麗になったね、愛奈ちゃん?」
「お、おお……お、お……」
 その姿、その澄んだ声に、全身が震えながら言葉がもつれて出てこない。
 ……だって、この長身でスタイルも抜群でロングストレートの黒髪が似合う、まるで大和撫子を絵に描いたような顔立ちに、それでいて包み込んでくれる様な柔らかい物腰は……。
「愛奈、ちゃん……?」
「お、フリーズしてるわね。……まー当然っちゃトーゼンかしらん?」
「…………っ」
 見間違えるワケがない。
 目の前に現れたのは、確かに二年前に亡くなったはずの、優奈お姉ちゃんだった。
 ……ただ二つ、頭の上にピカピカと光る輪っかを浮かばせ、背中に眩しく輝く翼を生やしているのを除けば、だけど。
「お、おね、おね……」
「突然に驚かせてゴメンなさいね、愛奈ちゃん。……けど、実はおねぇちゃんね、あれから天使になっちゃったの♪」
「……え、えええええ……?!」
 そして、昔と変らない天使の笑み(エンジェリック・スマイル)を浮かべたまま、とんでもないカミングアウトをしてきたお姉ちゃんに、わたしはようやく解放された様な大声をあげた。

                    *

 ……既に言ったかもしれないけど、わたしのお姉ちゃんの愛称は「天使」だった。
 別に誰かが命名したというわけでもなく、生前のお姉ちゃんに惹かれた人からいつしかそう呼ばれるようになって、わたしもぴったりだと思っていたから、よくからかい半分に使わせてもらってもいた。
 なにより、わたしから「天使さま」なんて呼ばれた時にお姉ちゃんが見せる、照れと困惑の混じった苦笑いがなんとも可愛くて好きだったし。
 だけど……。
「……まさか、召された後でホントに天使さまになっていたとは……」
 思わず頬を何度か抓ってはみたものの、あれから妖精さんと一緒に部屋の中へ招かれたおねぇちゃんは、懐かしさに溢れる嬉しそうな笑みを見せながら、生前に限りなく近い姿で確かに存在していた。
「そーなの。私もスカウトされた時は驚いたけど……」
「ま、人間の魂が天界へ召されて天使になるのは、過去にも無かったワケじゃないんだけどね?」
「ふぇ〜……って、いうかさ……」
 しかも……。
「……うん?」
「そのカッコだと、天使さまというよりはサンタクロースに生まれ変ったと言われた方が納得しちゃうかも」
 なぜか、二人(?)お揃いで赤と白のサンタさんの衣装に身を包んでいるのが、余計に混乱を増長させていたりして。
「ふふ、だって今日はクリスマス・イブじゃない?」
「うん……。そして、おねぇちゃんの命日……」
「……ええ。せっかくの日に愛奈ちゃんを沢山悲しませてしまったわよね。ゴメンなさい……」
 そこで、再びしんみりとした気持ちに戻ったわたしがぼそりと呟くと、お姉ちゃんも視線を落として申し訳無さそうに謝ってくる。
「そ、そんな……!どうしておねぇちゃんが謝るのさ……むしろ……」
「はいはい、積もる話もあるだろうけど、今はそこまで。……ほら優奈、さっさと用事を済ませなさいな?」
 しかし、そんな重くなった空気も、妖精さんからの素っ気ない横槍があっさりと一掃してしまうと、面倒くさそうにお姉ちゃんを急かしてゆく。
「用事?」
「そ。さっきプレゼントをあげるって言ったでしょ?まさか、天より戻って来たおねぇちゃんが贈り物、とでも思ったの?」
「えっと……実は、ちょっぴり期待してたんだけど……だめ?」
「う〜ん、私もできたらそっちの方が……」
「アンタらね……初っ端でいきなり全部ダイナシにする気?!やっぱ、人選ミスったかしら……」
「……はいはい、分かってますってば。……実はね、お姉ちゃんが久々に降りてきたのは、愛奈ちゃんへクリスマス・プレゼントを渡す為なの」
 ともあれ、それからなにやら話が見えないやりとりを目の前で続けられた後で、優奈お姉ちゃんは気を取り直した様子でわたしに笑みを見せてくる。
「……だから、わざわざそんな格好で?」
「ええ。……けど、愛奈ちゃんもまだ“それ”を出してくれていたみたいね?」
 それから、一旦立ち上がった後で、囲んでいたテーブルの上にある大きなくつしたを懐かしそうに眺めるおねぇちゃん。
「あはは……何となく、ね……」
 ちなみに、これは昔に優奈お姉ちゃんが自ら編んでくれたもので、もう入れる相手がいなくなったのが分かっていながら手放せなかったのは、形見としての一面もあったからだった。
「んじゃ、久々にその中へ入れちゃおうかしら?」
 すると、自嘲気味に笑うわたしへおねぇちゃんは悪戯っぽくそう言って自編みの靴下を手に取ると、手馴れた手つきで持ち込んでいた細長い包みの小さな箱を入れて、最後に通していた紐で口を縛り……。
「……はい、では改めましてメリー・クリスマス♪」
「…………っ」
 やがて、再び天使の笑みを浮かべて差し出してきたお姉ちゃんから、まずは手を伸ばして受け取った後で、ありがとうの言葉の代わりに、今日一日だけで何度目か分からない、じわりとした瞼への熱い感触がこみ上げてくる。
「三年ぶりになっちゃったけど……気に入ってもらえると嬉しいな」
「…………」
 もちろん、優奈おねぇちゃんからのプレゼントを、わたしが気に入らないワケはない。
 ……そして、クリスマスプレゼントよりも、聞きたいコトや言いたいコトだって沢山ある。
「愛奈ちゃん……」
「……っ、……うぐ……っ」
 だけど、なにより今は……。
「うん。……おいで?」
「お、おねぇ……」
「はい、そこまでっ!」
 それから、溜まった涙で揺れてぼやけてきた視界の先におねぇちゃんが両腕を差し出して優しく頷いたのが映って、わたしがいてもたってもいられず、プレゼントを置いて抱きつきに飛び出そうとしたものの、またも横から鋭い制止が入ってしまった。
「…………っ!」
「……ほら、渡すモノ渡したら、さっさと消えなさい。そういう約束でしょう?!」
「うぅ〜〜っ……」
 続けて、尊大な態度で上から目線の妖精さんから厳しい口調で退散を命じられると共に、しっしっと追い払う動作まで見せられ、しゅんと肩を落とすお姉ちゃん。
「ち、ちょっ……」
「アンタはもう少し黙ってて。……これ以上は、ホントにダメだから」
「ダメって……」
 なんで、いきなり割って入ってきた他人(?)に言われなきゃならないのか。
「だってだって……。私は愛奈ちゃんのコト……」
「はい、ストップストーップ!いい?舞い上がって忘れてるみたいだから言っとくけど、アンタはもう天衣(あまぎぬ)優奈じゃないのよ?」
「…………っ」
「……とにかく、今なら見逃してあげるから、さっさと戻る!」
「はぁい……」
 しかし、それから妖精さんに諭された後にもう一度強く促され、お姉ちゃんはしょげ返りながらも渋々頷くと、寂しそうにわたしから背を向けてしまった。
「んじゃ、おねぇちゃん今日はもう行くね……?」
「あ、まって……っ!」
 そして、背中越しから名残惜しそうにそう告げてすごすごとベランダへ戻ろうとする優奈お姉ちゃんを、身を乗り出して制止するわたし。
 なにやら勝手に話が進められてるけど、わたしの方は全く納得してないっての。
「…………」
「えっと、おねぇちゃんこれからずっとここにいるの?」
「……ん〜、ずっとじゃないけど、暫くは居ることになるかな。でも、他の人には内緒にしていてね?」
「だったら、また会える……?」
「いずれ、運命の導きがあれば、かな?……またね、愛奈ちゃん」
 しかし、結局はそこから曖昧な言葉を二言交わした後で、お姉ちゃんは最後にこちらへ顔半分だけ振り返って微笑を浮かべつつ二度手を振ってくると、今度こそベランダから寒空へ向けて綺麗な羽根を散らしつつ飛び去っていってしまった。
「おねぇちゃん……」
「だから、ダメだっつってんのに、あの駄天使は……。まー、それでも滅多にいない逸材ではあるんだけどさー」
「……んで、あなたは帰らないの?」
 それから、お姉ちゃんの後ろ姿が完全に星空へ溶け込んでいったのを見届けた後に、居残ったまま肩をすくめてぼやく謎の妖精さんへ向けて、これ以上ないくらいに素っ気なく尋ねてやるわたし。
 こちらにしてみれば、さっさと退散して欲しかったのは、こっちの口うるさいお邪魔虫の方だったのに。
「ん、帰らないわよ?だって、まだあたしの用事は終わってないもの」
 すると、感動の再会を散々邪魔した妖精さんの方は、こちらの刺々しい視線をあっさり受け流して、こちらと同じ様に素っ気なく言葉を返してきた。
「用事?」
「そ。……つか、あたしが帰るかどうかはそっち次第なんだけど、まずはさっさと受け取ったブツを開封してみなさいよ?」
「ブツって……でも、これって明日の朝起きて開けるもんじゃないの?」
 少なくともそれがうちの暗黙のルールだったし、それでもって翌朝に朝食の席でニヤニヤしながらわたしの反応を待ってるお姉ちゃんがこれまた可愛かったんだけど……。
「いーから、さっさとやんなさいっての。明日に先延ばしにした方が不利になるんだから、は・や・く」
「不利て……もう、開けりゃいいんでしょ、開けりゃ……」
 なんか色々釈然とはしないものの、妖精さんの勢いに押されたわたしは仕方なく靴下の中の包みを取り出し、水色の小箱を包むリボンを解いてゆく。
(でも、三年ぶりのクリスマス・プレゼントかぁ……)
 今までに受け取ってきた物としては、おしゃれに無頓着なわたしを気遣って、大抵が新しいアクセの類で、いつも貰っては一年間そればっかり着けていた繰り返しだったけど……。
「お……」
 ……どうやら、今回も大きく路線変更はないみたいで、やがて封を開けた包みから出てきたのは、綺麗に澄んだ透明のまんまるい石の両横に天使の羽根が二枚付いている、なんとも可愛らしいデザインのシルバーネックレスだった。
「へー、流石はおねぇちゃんだ、かわいいかわいい」
 ぶっちゃけ昔は、どうせなら年末に沢山出る新作ゲームの一つでもくれた方が嬉しいのにとか内心思っていたけど、今はこういう変わらなさがなんとも嬉しいし、なにより天使を連想させる意匠が今のわたしの心情にぴったりである。
「気に入った?」
「もちろん」
 わざわざ尋ねられるまでもなく、これからは無期限でこれがメインになりそうだった。
「そりゃ良かったわ。んじゃ今度はそれ着けたまま、ベッドへ横になって目を閉じてくれる?」
「は……?」
 しかし、続けて何やら不穏な予感のする要求を妖精さんから向けられ、早速留め具を首の裏へ回していたわたしの手がぴたりと止まる。
「結論から言っちゃうとね、そいつはただのネックレスじゃねーのよ。でも、言葉で説明するより体験してもらった方が早いんで、とっととよろしくー」
「……いやでも、さすがにそう言われて素直に従うには不安すぎるんだけど……」
 体験とか言われても、まさか怪しい催眠術でもかけられるんだろうか?
「ん〜。これもアンタの愛しのおねぇちゃんからのプレゼントのうちだと言ったら?」
「う、分かった……」
 ……けど、そう言われてしまえば、逆らえない。
 わたしはそれ以上考えるのをやめると、慣れない手つきで止め具をはめた後に、言われるがままベッドの上へと腰かけた。
「……ちょろい……というか、逆にちょっと心配になってきたわね……」
「え、何か言った?」
「うんにゃ。……ま、強いて言うならあのコが死してなお気にかけ続けてる理由(ワケ)も分からないでもないってくらい?」
「…………」
 死してなお、か……。
「……でも……」
「ん?」
「ホントに、優奈お姉ちゃんは天使になっちゃったんだ……?」
 それから、ふかふかの羽毛ぶとんの上に全身を預けて、あとは目を閉じるだけになったところで、天井を見据えたまま独り言のように呟くわたし。
「背中の翼は見たでしょ?……まー、すぐに信じなさいと言われてもムリかもしれないけど」
「あはは、イメージ的にはぴったりなんだけどねー」
「ま、事実は事実ってコトで、ホラそろそろハナシを前に進めるわよ?そのまま目を閉じていれば、ものの一分もかからないくらいで始まるハズだから」
「う、うん……」
 ……ホント、いったい何ごとが始まるというんだろう?
 疑問は尽きないながらも、とりあえずおねぇちゃんを信じて両目を閉じてみると……。

                    *

「……へ……?」
 やがて気が付けば、わたしは家の外へ放り出されていた。
「な、なに、なんなの……?」
 いま立っているのは、ちょうど自宅の庭の中央付近で、目線の正面には二階にある自室のベランダやガラス戸が見えているんだけど、なにぶん文字通りで地に足が着いてない為に、すこぶる居心地が悪い。
 ……つまるところ、部屋のベッドに横たわっているハズのわたしは、何故か家の敷地内に中途半端な高度で浮いちゃってるワケなんだけど……。
「…………っ」
(えっと、もしかしてあのまま眠り込んじゃった……?)
 風景こそいつもの日常の中ながら、この実体感の薄いふわふわとした感覚は、まるで夢の中。
 ただ、妙に意識だけはハッキリとしているのが、余計に不安を煽られまくっていたりして。
(……んっと、確か明晰夢っていうんだっけ、こういうの?)
「はいはい、面食らうのも無理はないけど、ちょっと落ち着きなさいな」
 ともあれ、空中に立ったままキョロキョロと辺りを見回しつつ、おそらく今は夢の中で間違いはないだろうと結論付けようとしたところで、わたしをここへ誘った当人が目線の先に姿を現してきた。
「いや、それはいくらなんでも無理な相談……」
 ただ、地面へ落下するのが怖くてジタバタするのもままならないから、ヘタな身動きがとれていないだけである。
「いーから、よく聞いて。ここは天界が用意した、現(うつつ)と夢のどちらでもない仮初めの空間よ。あのペンダントに埋め込まれた認証用の神霊石を素肌に身に付けて目を閉じると、一時的に肉体と分離された魂がこの空間へ飛ばされる仕組みになってんの。……分かる?」
「……んー、まぁなんとなく」
「え、マジで理解しちゃったの?!凄いわアンタ」
「いやまぁ、後半の方はさっぱりだけど、ようするにココは人工的に構築された仮想世界の中ってコトだよね?」
 言われてみれば、風景だけはそっくりなんだけど、辺りから聞こえてくるのは風の音ってくらいに静かで、人やら生き物の気配がまるで感じられないし、まるで、何かの間違いで生身のままVR(バーチャルリアリティ)の世界に入り込んじゃったみたいな……。
「姉妹揃って順応性の高さには感心するけど、まーハナシが早いのは助かるわ。……んじゃ早速だけど飛び回ってみるわよ?付いてきて」
 すると、妖精さんも細かいコトはどうでもいいと言わんばかりに、小さく肩を竦めつつそう答えると、星空へ向けて先に飛び上がってゆく。
「あ、ちょっ……付いてこいって言われても……っ」
「そこは、なんとなくでダイジョーブだからー!アンタの意思を背中の翼が勝手に汲み取って、あとは自動的に推進してくれるカンジでね?」
「……背中?って、うわわ……っ?!」
 そこで言われて首を回したところで、ようやく空中で“立っている”理由に気付かされるわたし。
「ちょっ、わたしも天使になっちゃってる?!」
 ……そう。今の自分の背中には、お姉ちゃんと同じ……かどうかまでは分からないけど、白銀色に発光する天使の翼が生えてきているみたいだった。
 しかも、わたしは何もしてないのに翼の方は緩やかに羽ばたき続けていて、身体の一部というよりは別の生き物が張り付いてる様な感覚だけど……。
「……ま、そーいうコト。ここはね、簡単に言っちゃえばみんなで“天使ごっこ”をする場所なの」
「天使ごっこ?……みんな?」
「そ、“みんな”。今頃は街中の人間が同じように説明(チュートリアル)を受けてるわよ?」
「え、ええええ……っ?!」
 そして、驚きと呆然が交叉して混乱気味になるわたしへ、更にサプライズな情報が追い打ちで入ってくる。
(街中の人間で、天使ごっこ……?)
 まさか、あのペンダントを受け取ったのは、わたしだけじゃないってコトなんだろうか。
「だからホラ、自分だけ置いてけぼりになりたくなければ、しっかり付いてくる!いいわね?」
 ともあれ、妖精さんの方はそれ以上の細かい説明をしてくれる気は無いらしく、適当に会話を切り上げてしまうと、再び背中の小さな翼を翻して大きく高度を上げていった。
「ちょっ、待ってってばさ……っ!」
 ああもう、ワケ分からなさすぎなんですけど……っ。
「……うはぁっ……っ?!」
 しかしそれから、どうしたものかと迷いを抱きつつも、まずは追いかけるべく上空へ駆け出そうと手を伸ばして小さくジャンプしたのに合わせて背中から強烈な推進力が働き、わたしの身体も押し出されるようにして星空高く舞い上がってゆく。
「うわっとっと!……って……」
(あ、そーいうコト?)
 やっぱり仕組みは分からないけど、確かに背中の翼は勝手に先へ進む妖精さんを追いかけたいというわたしの気持ちを汲んで働いてくれてるみたいだった。
(ってーコトは……)
 やはりどうやら、この天使の翼は鳥のように自分で羽ばたかせる類のモノじゃなくて、後付けで背負った飛行アイテムと考えた方がいいのかもしれない。
「どう?何とかなりそう?」
「んっ、と……っ……へー、これはなかなか……」
 意思で動かすというのを言葉で説明するのは難しいけど、慣れてくればゲームみたく細かいコトは抜きで自由に飛び回れそうだし、もしかしたらコレは結構楽しいかも?
「……うぉっと……っ」
 姿勢の制御も、どうやら自分の目線に合わせて勝手に補正してくれてる感じだし……。
「ほー、やっぱ筋がいいわよ、アンタ?これならイケそうかしら?」
「もう、さっきからアンタアンタって、わたしには愛奈という名前があるってば……!」
「はいはい、もうちょっと好感度が上がったらね?」
「ったく……」
 ここでギャルゲーのヒロイン気取りですかい。

                    *

「……よっし、とりあえず飛ぶ方は問題ないみたいね?」
「うん、まぁなんとか……」
 やがて、先行する妖精さんに引っ張られるようにしてしばらくご近所の上空を飛び回った後で、元の自宅の庭まで戻ってチュートリアルの合格をいただくわたし。
 まずは、初級編クリアといったところだろうか。
「重ねて言っとくけど、今のアンタは生身じゃなくて、落ちたり建物に衝突したりでケガする心配はしなくていいんだから、どんなに高度が上がってもビビるこたないわよ?」
「へー、それはいいかも……」
 最初は戸惑ったけど、そうやって心配していた要素がどんどん取り払われれば、これはなかなかステキな体験かもしれない。
(はぁ……おねぇちゃん、ステキなプレゼントをありがとう……!)
 あとは叶うものなら、優奈お姉ちゃんと二人きりの空間で誰にも邪魔されずにキャッキャウフフ出来れば言うコトはないんだけど……。
「……まーそれでも、衝撃自体はダメージとして蓄積されるから、あまり高速でぶつかると気を失っちゃうでしょーけど」
「ん……?ダメージ?」
 しかし、そんな浮かれてきた気分も束の間、何やら不穏な言葉が続けられてくる。
「アタリマエでしょ?ここはヤり合う為に用意されたバトルフィールドなんだから」
「なんですとっ?!」
 いや、そんな物騒なお話をさらりと通告されても。
「……じゃ、あとは武装ね。ほら、もっと近くへ寄んなさい?」
「いやいやいや、ちょっと待った!やり合うってどーいう意味よ?!……というか、ひとの地元を勝手に戦場にしないで欲しいんだけどっっ」
「仮想空間なんだから、別にいーじゃない?それに、ただ飛んでるだけじゃタイクツでしょ?」
「そーいうモンダイなのかな……?」
「ま、ショセンは遊びよ遊び。……ってコトで、ほらさっさとあたしに触れなさい?」
 ともあれ、チュートリアル妖精さんの方は一方的に話を進めてくると、面食らうわたしのすぐ手元で腰に手を当ててふんぞり返ってきた。
「ふ、触れるって、ドコを……?」
「んなもん、ドコだっていーわよ。ただ、握りつぶされるのは気分的にカンベンかしら?」
「う、うん……」
 まぁそれならばと、わたしはとりあえず無難な部位として、ピカピカと闇を照らし続ける頭上に右手を伸ばしてみることに。
「……わ……?!」
 すると、指先を触れさせた途端に妖精さんの身体が眩しい閃光を伴って弾けてしまい、更にその光がわたしを頭から包み込んできたかと思うと……。
「な、何なの……?」
 やがて、収まった時には背中や腰へいくらかの重量感がのしかかってきていた。
<はいはい、予定通りだからアワてないの。今のあたしは形態を変えてアンタの武器になってる状態だから>
 そして、再び狼狽するよりも早く、今度はわたしの頭に妖精さんの声が直接響いてくる。
「えっと……」
 ぶっちゃけ、次から次へとワケの分かんないコトばかりで、一体ナニから尋ねたらいいのか混乱してきそうだけど……。
「あなた妖精かと思ってたら、ブキだったの?」
<そ。アンタに相応しいブキをあたしがあつらえてあげてるから、カンシャなさいよね?>
「感謝と言われてもさー……」
 そもそも頼んだ覚えがないのはともかくとして、とりあえず言われるがままに視線を落として確認してみると、腰にホルスター付きのハンドガンが左右に二丁、そして背中にはランチャー系の単発砲が磁力か何かでくっついているみたいだった。
「つまり、メインウェポンとサブウェポンってトコ……かな?」
<ちなみに、武装バランスは限りなくニュートラルな構成にしといたから。機動力と火力のどちらにも突出はさせてないけど、汎用性は高いハズよ?>
「ふーん……まぁ、わたしもゲームで選ぶのは大体バランスタイプだけど……」
 続けて、手に取って確認してみると、白と黒のハンドガンはそれぞれ左と右に羽根のコーデが施されていて、砲身が細めのランチャーは落ち着いた赤色に、ちょいワルっぽい表情のチュートリアル&ブキ妖精のイラストがペイントされていたりして。
<使い方は、まぁとりあえず構えてトリガー引けば攻撃デキるから、バカでも分かるでしょ?>
「バカじゃないもん……でも、なんでこのブキに?」
<そら、基本は空中戦になるのに、飛ぶのもおぼつかないシロートがいきなり近接ブキなんて持ったってやりづらいでしょ?おそらく、他の連中だって飛び道具が中心だろうし>
「……あー、まぁ確かに……」
 まだ手に馴染んではいないものの、どちらも見た目より全然軽くて扱うには問題なさそうだし、普段からシューター系のゲームをやってる自分には、確かに銃火器の方がやりやすいかも。
<んで、使用する弾は全て非物質のモノで、撃ってる側から天使の翼(エンジェル・ウィング)に神霊力が勝手にチャージされて順次補填される仕組みだからタマ切れもないんだけど、リロード時間には気をつけなさいよ?>
「神霊力?よくわかんないけど、翼に溜められてるエネルギーが弾になるってコト?」
<相変わらず、飲み込みが早いのは助かるわー。ちなみに、ハンドガンが全弾撃ち尽くしてからまとめて装填するタイプで、ランチャーが一発ずつ。右目の下辺りに神霊力の残量ゲージが出てるから、しっかりと管理しといて>
「右目、ねぇ……お……?」
 言われてみれば、確かに右の視界の下側に横へ伸びた水色のゲージと、その端に小さく100%という数字も見えているのに気付くわたし。
「え、なにこれどうなってんの……?」
 そこで、表示が見える部分へ手を伸ばしてみると、指先にこつんと硬い感触が伝わってくる。
<あー、ひとつ言い忘れてたわ。ブキと一緒にゴーグルも勝手に装備されるんだけど、そいつは情報表示スクリーンも兼ねてるから>
「なるほど……まぁ確かに目のガードはあった方が、気分的にも安心かな……?」
 天使ごっこというより、何だかサバゲーっぽいけど。
<……んじゃ、装備の確認も終わったし、そろそろ戦場へ飛ぶわよ。ココロの準備はいい?>
「いや、それもまだだけど……あの、せめて着替えさせてくんない?」
 ともあれ、説明もひと区切りして、いよいよ本番開始を宣言してきた妖精さんへ、両手を上げて制止をかけるわたし。
 ……ここへ来た時から密かに気にしてたんだけど、今のわたしのカッコって目を閉じる直前と同じ、白とピンクの水玉パジャマ姿だったりして。
<あー、入りなおすのがメンドくさいから、パスパス。どーせ負けたら、それまでなんだし>
「ち、ちょっ……」
<とにかく、バトル中もあたしがナビしてあげるから、余計なコトは気にしないでしっかり戦いなさいな?……これでも、期待はしてるんだし>
「……はぁ、分かったわよ……ええと……」
 こうなれば、諦めて流されるしかないかと、渋々ながらもため息混じりに了承した後で……。
<ん?>
「……そーいえばさ、あなたのコトはなんて呼べばいいの?ブキ妖精さん?」
 もう一つ、肝心なことを聞きそびれていたのを思い出して、水を向けるわたし。
<あー、まーあたしのコトは、とりあえず“エルビッツ”とでも呼んどいて>
「エルビッツ?……えっと、長いからエルでいい?」
<ま、お好きなよーに。んじゃ、今度こそいくわよ?>
「……あまり良くはないけど、どうせ問答無用なんでしょ?」
<ご名答〜。ではでは、一名様ご案内〜ってね♪>
「うわわ……っっ?!」
 そして、エルからの楽しそうなかけ声と共に、足元の方から三角形を二つ組み合わせた魔方陣が現れ、そこから真っ白な光が浮かび上がってきたかと思うと、そのまま溶け込ませる様にわたしの身体を包んでいき……。

■12/24 PM10時10分 市内中心街

 やがて光が収まった時、わたしは同じ夜間でも全く別の場所に移動させられていた。
「ん……っ、あれ、また他の所に……って……」
 それでも、辺りの風景は相変わらず見覚えがあって、どうやら自宅から電車で三十分ほど揺られた先にある、見慣れた市内の中心街みたいである。
 ……ただ、やっぱり地上じゃなくて眼下に見える歩道橋の遥か上空で、周囲に立ち並ぶ百貨店やホテルなど高層ビルの上層近くに浮いてるという視点の違いはあるとしても。
「ここが、戦場(バトルフィールド)……?」
<そ。ここにはアンタを含めて十人ほど送り込まれてるハズだから、油断すんじゃないわよ?>
「で、その人たちと戦え、と?」
<あによ、イマイチ気が乗ってない様子ね?>
「……うんまぁ、なんていうか、戦うとなればそれなりに理由というものがさぁ?」
 ましてや、せっかくのクリスマスイブの夜だというのに。
<ふーん、ま、やる気が無いなら別に構わないわよ?真っ先に脱落してもらうだけだから>
「さっきは期待してるって言ったくせに……まったく、自分勝手なんだか……らあっ?!」
 しかし、それから悪態をつき終える前に、不意に視界へ入ってきた何者かの銃撃を受けて、慌てて身を翻すわたし。
<お、なかなかいい反応じゃない?>
「言ってるバアイ……っ?!」
 どうやら、最初に見(まみ)えた相手はアサルトライフルっぽい連射銃を両手で構えた大人の女性みたいだけど、あちらさんはやる気満々みたいだった。
「く……っっ」
 ……となれば、こちらも応戦せざるを得ないと、止まらずに飛び回りつつ両手でペアのハンドガンを抜くわたしなものの……。
(やっぱ、撃ちづらいなー……)
 だって、アバターならともかく、目の前にいるのは翼を生やした人間そのまんまだし。
 それに、ゲームコントローラーでなら使い慣れてる武器だって、こういうバーチャル空間だと勝手が違いそうな不安も……。
「うわっと……っ!」
<ほらほら、とっとと割り切んなさい。戦場では迷った者から死んでいくって習わなかった?>
「うんまぁ、どこぞのゲームの中でなら聞いたかな……っ?!」
(……いや、ゲームの中でなら、か……)
 そこで、何やらピンときた気がしたわたしは、アサルトライフルと単発の散弾銃タイプの二種類の銃を使い分けて休みなく追撃してくる相手に対して、まずは建物や木の陰に隠れながら間合いを確保しつつ、反攻の機会をうかがってゆくことに。
「……っと……っ」
(……転じるとしたら、ライフルに持ち替えた時、かな……?)
 どうせ、飛び回ってる相手になんて滅多に当たるもんじゃないし、あれだけ撃ち続けてまだカスりもしてない程度のエイムなら、そうそう恐れるコトもない。
 それに、機動力はこっちの方がやや上みたいだから……。
(今だ……っ!)
 やがて、遮蔽物越しにショットガンを散発していた相手が、リロードの終えたアサルトライフルに持ち替えようとしたのを見るや、わたしは自分から相手の足元の方へ向けて飛び出し、一瞬慌てた様子を見せた隙に引き金を引いた。

 ガウンガウンッッ

「……う……っ?!」
 初射撃は、二発とも命中。
(あ、やっぱりそーいうコト……)
 怯ませる程度で倒せこそしなかったとしても、頭の中のもやを払うには充分だった。
「と、なれば……」
「…………っ!この……っ」
 それから、ムキになった様子で反撃を浴びせてくる相手に対して、わたしは再び回避に専念させられるものの、気持ち的には随分と優位にたっていた。
(ふっ、当たりゃーしないわよ……!)
 こういう撃ち合いゲームをやってると、仕掛けた相手の反撃を先に食らってしまった場合の行動として、意地になって反撃してくるか一旦下がるかだけど、御しやすいといえば圧倒的に前者のタイプである。
「……っ、と……っ」
 もちろん、油断してやられてしまうのが一番みっともないとしても、こういう手合いは頭に血がノボっている上に、返り討ちにあってしまうのだけは恥と、強引にねじ込もうとしてくるから……。

 ガウガウッッ

「…………っ」
 ……ってコトで、狙い付けもそっちのけで乱射しながら特攻してくる相手との距離を保ちつつ、増えた隙を突いて再びハンドガンの火を噴かせて怯ませるわたし。
(やっぱ思ったとおり、ここはゲーム仕様な世界なんだ……!)
 引き金を絞った際の反動もなければ、エイムした場所へ大体真っ直ぐに飛んでいくみたいで、狙った場所へほぼ着弾してる。
<へー、なかなかの射撃精度じゃない?なに、経験でもあったの?>
「”こっち側”ならそれなりに……ね」
 ただ問題は、やっぱりコイツ(ハンドガン)じゃ威力が足りなさそうってコトで。
(うーん……)
 連射はきくみたいだから、距離をつめて集中的に叩き込んでやれば倒せる気もするけど、さすがにもうちょっと慣れてからでないと自殺行為になりかねないし。
<ほら、少しは落ち着いてきたのなら、そろそろもう片方のも試してみなさいよ?>
「……んだね」
(やっぱ、ちゃんと使い分けるしかないか……)
 ともあれ、この距離で回避しつつ飛び回るだけなら段々と余裕も出てきたわたしは、相手のリロードがもたついたのを見てハンドガンを収めると、右手を回して背中のランチャーのグリップを手に取り、砲身を相手へ向けてみる。
 一応、ハンドガンと比べるとちょっと重量感はあるけど、この程度なら問題はない。
「お……?」
 すると、トリガー付近に付いていたスコープ越しに狙いを定めたところで、何やらロックオンカーソルっぽいものが前方の敵を捉えてゆく。
「…………っ?!」
「いっけ……っっ!」
 それから、向けられた砲口を見て相手が怯んだ隙を逃さずトリガーを絞ると、発射された細長のミサイルが翼を開いて飛んで行き、やがて慌てて逃げようとしたターゲットの背中を追尾して派手な爆発を伴いつつ命中してしまった。
「うおぅ、こりゃしゅごい……」
 一発で残量ゲージの半分近くも減ったし、ハンドガンと違ってノックバックする程度の反動もあったけど、一度ロックオンしてしまえば勝手にホーミングしてくれるらしい。
 しかも、威力も抜群らしく、命中後の相手はぴくりとも動かなくなってしまったし。
「……えっと、これでわたしの勝ち?」
<まだよ。勝負のルールは天使の翼(エンジェル・ウィング)の奪い合いだから、相手をノックアウトしただけじゃ勝ったことにならないわよ?>
 そこで、なんだかオーバーキルっぽくて気の毒にもなりながらぽつりと呟くわたしへ、エルから慌てた様子でフォローが入ってくる。
「翼の奪い合い?」
 ……というか、そーいう大事なコトは最初に説明しといてよって話だけど。
<そ。身体と背中の翼は別の部位扱いなんだけど、本体の方は勝敗には関係ないのよ>
「直接キルするだけじゃダメってコトね。……んで、どうやったら奪えるの?」
<カンタンよ。背中にある翼の付け根へ手を触れればいいだけ。ちなみに、奪った翼に込められた神霊力は、自分の翼に吸収されるから>
「なるほど、負けたらそれっきりってのは、そーいうイミか……」
 そいつは、なかなか非情な弱肉強食マッチみたいだった。
<ちなみに、本体の方はいくらやられても、時間が経てば復活してくるから>
「あーもうっ、だからそんな肝心なコトは最初に言いなさいってば……!」
 つまり、暢気に会話してるヒマなんて無かったんじゃない……っ。

「……えっと、ここ?」
 それから、武器を収めつつ気絶させた相手の近くまで急いで寄ると、背中の上部にある蒼白い付け根の部分におそるおそる指を向けるわたし。
<いちいち尋ねてないで、ジブンで試してみなさいっての>
「もう、ナビゲーターの癖に気まぐれなんだから……って、お……なんか吸い取ってる……?」
 ともあれ、モタモタはしてられないので思いきって指先を触れさせると、相手の翼が明滅しつつ、熱を帯びた感触がわたしの方へ流れてくる。
<そんなに時間はかからないから、そのまま待ってなさいな>
「といわれても、こーいう時ってすごく長く感じるよね……?」
 やがて、二十秒もかかってはいないだろうけど、この間に他の敵に襲われないかと警戒しつつ少々焦れてくる程度の時間を要した後に、倒した相手の背中から翼が消え去り……。
「わっ、あぶな……!」
 そして、そのまま地面へ落下してゆくのを見て慌てて腕を掴んだわたしだったものの、程なくして翼に続いて相手の姿そのものがロストしてしまった。
「……えっと、つまりこれで決着……?」
<一人は、ね>
「やれやれ、そーいえばまだ8人いるんだっけ……って、うわ……っ!」
 それから言うが早いか、今度はビルの陰の方からリールガンの様な銃撃音を響かせ、こちらへ掃射の不意打ちが襲ってくる。
<んで、最後に残った一人が今夜の勝者だから、せーぜいガンバんなさい?>
「あーはいはい、やればいいんでしょ、やれば……っ!」
 ……正直、まだ気分は乗り切ってないけど、やっぱりいざ勝負となれば負けたくはないし。

                    *

<……へー、見込み通りなかなかやるじゃないの?これでアンタの勝ちよ、愛奈?>
「ぜぇ、ぜぇ……ま、まーね……わたしにかかれば、このくらい……!」
 やがて、最後に残っていたちょっと別格っぽい強さのオタク風男性の翼を何とか奪い取った後で、肩で息をしつつもエルからの祝福を受けるわたし。
(……っていうか、雷撃発生銃(サンダーガン)ってアリ?)
 一人目を倒してからしばらくは順調に勝ち進んでいってたけど、最後の相手が持っていた多数の雷撃の束が一度に襲い掛かってくる中距離の特殊武器には随分と苦しめられてしまった。
 一応、連射は出来ないみたいだったし、雷の威力も見た目ほど高くはなかったものの、なにせ建物の壁や地面を反射してしまうので、狭い地形に追い込まれたら回避不能になるのが実にズルいというか。
 ……ただまぁ、あの手のブキは今まで遊んできたゲームでも時々見かけていて、有利不利な地形や攻撃範囲などもイメージし易かったんで、初見でも何となく反応はできたけど。
「ったく、たまにバランス壊れてそうなブキ持ってる人がいるよね……」
<アンタもその一人でしょ?>
「え〜?……いや、まぁそうかも……」
 確かに相手にしてみれば、ほぼ一撃必殺の威力で、しかもホーミング能力つきの筒を持ってるわたしに言われる筋合いもないのかもしれない。
<ま、アンタにいきなり脱落されちゃ全てがダイナシだから、それでいーんだけど>
「へ?それはどういう……」
「……ナンにせよ、扉を開きし最初の勝者にセラフィム・クエストへようこそ、だわさ?」
「え……?」
 それから、思わせぶりな言葉を呟いたエルに意味を尋ねようとしたところで、不意に頭上方面から会話に割り込んでくる乱入者が一人。
「あんたが噂の天衣愛奈だわさ?……まずは、悪くない滑り出しと言うべきだわさか」
 すかさず、わたしは声のした方を見上げると、すぐ近くのビルの屋上から幾重にも重ねられた神々しい翼を持つ小柄な女の子が、無地の包み紙を手に見下ろしてきていた。
「だ、誰……?」
 ついさっきまでは確かに居なかったハズだし、ひっそりと佇んでいるだけなのに、今まで対戦した相手とは明らかに異質な雰囲気を纏っているけど、まさかボスキャラか何かだろうか?
「別に警戒する必要はないだわさ。あたしは偉大なる“主”に仕える一介の天使で、今大会の管理者の一人だわさから、正規参加者が危害を加えられる心配は無用だわさ。むぐむぐ……」
 ともあれ、条件反射で身構えるわたしに対して、頭の上に輪っかを浮かべた天使らしき少女は、包みに入っているお菓子か何かをポリポリと食べながらぞんさいに答えてくる。
「天使って……優奈お姉ちゃんの仲間?」
「だわさ。尤も、このセラフィム・クエストの総責任者がアイツだから、あたしは部下の立場になるだわさ」
「セラフィム・クエスト……?」
 とりあえず、お姉ちゃん絡み以外でも気になる用語が次々と投げかけられてくる中で、一番気になった言葉を無意識に復唱するわたし。
 ……あと、管理者さんならボスといえばボスキャラなのかもしれないけど。
「んぐんぐ……天使軍がシステム構築及び主催している仮想対戦イベントで、人間界での開催は今回が初めての試みとなるのだわさ」
「……なので、至らぬ点もあろうが、どうぞ広い心で見守ってやって欲しいだわさ。むぐ」
「でも、一体何のために……?」
「んー、その問いにはまだ答えられないだわさ。……というか、勝ち抜いた先のお楽しみってコトで納得して欲しいのだわさ、むぐむぐ」
「…………」
 どうやら、核心に迫る部分はまだ話す気が無さそうだけど……。
「それじゃ、どーしてわたしの前に現れたの?」
「運営側として一言の挨拶と、あの優奈と同じ聖魔の力を宿し者の末裔として、あんたに興味があるからだわさ」
「う〜〜っ……また、よく分からない単語並べてくるし……」
 まったく、今夜は情報を洪水みたいに浴びせられて、意識が溺れてしまいそうだった。
「いずれにせよ、せっかくだからスリル溢れるイベントを存分に楽しんで欲しいのだわさ。既に今宵だけで予想を遥かに超える人数にご参加いただいて、感謝の極みなのだわさー」
「はー、結構物好きが多かったのね、うちの地元……」
 わたしなんて、エルにお尻叩かれながら、渋々ここまで来た様なものなのに。
「それはまぁ、優勝者は“主”によって一つだけ何でも願いゴトを叶えられるのだから、参加しておかない手もないだわさ?」
「え、ホントに……?!」
 初耳なんですけど、それ。
「まだ聞いていなかったのならば、詳細はナビゲーターにでも尋ねるだわさ。どの道、あんたにはあたしも優奈も注視しているのだわさから、期待を裏切らないのを願っているだわさ」
「おねえちゃんが……?あっ……」
 しかし、わたしの念押しへの反応が返る前に、天使の女の子は一方的に会話を締めくくってしまうと、大きな翼を悠然と翻し、星空高く飛び去って行ってしまった。
「……まったく、なんなんだわさ……ん……?」
 それから、呆気にとられている間もなく、辺りの風景がホワイトアウトしてゆく。
<バトルが終わったから、現(うつつ)に戻るのよ。本来は最後の一人が残った時点ですぐに終了プロセスへと移るんだけど、今回はあのコがちょっと時間を止めてたから>
「まぁ、一介の天使なんかには見えなかったし、シナリオ進行イベントってトコかしらん?」
 ……と、肩を竦めているうちに、やがて来た時と同じように足元から魔方陣が現れ、そこから上ってきた光がわたしの身体を包み込んできて……。

                    *

「……んお……?」
 やがて、再び気付いた時のわたしは、自分の部屋のベッドに寝そべっていた。
「あ、戻ってる……かな?」
 まるで夢から覚めたみたい……というか、妙なけだるさを感じているのも含めて、うたた寝の後の気分にそっくりだけど。
「そ。勝っても負けても、終わってしまえばモトどーり。気分はどう?」
「は〜、思ったより疲れたかも……」
「ふーん、身動きできそうもないくらい?」
「いや、そこまではいかないけど……」
 ただ、目は覚めたけど、まだもうちょっと横になっていたい夜更かし後の朝って感じで。
「ならば、特に問題ナシかしら。……で、初戦を終えた感想の方は?」
「……んーまぁ、基本的なコトが分かってきた後は、結構楽しかったかな?」
 あの仮想空間って、舞台こそリアルに再現されていたものの、面倒くさい部分は抜きで割と誰でも撃ち合いが楽しめるように調整されていたみたいだし、ちょっと未来的なゲームと思えば。
「ま、そのノーテンキさは大事よ?別に負けたところで何か失うわけでもないし」
「それ、ホメてるのか貶してるのか分からないんだけど……あーそうだ、さっきのだわさ天使が言ってたのは本当なの?優勝者には何でも願いが叶えられるって」
「ん、まーね。ただ……」
 ともあれ、それからさっきのやりとりで気になっていたコトを思い出したわたしが上半身を起こしつつ確認しようとしたら、エルはちょっと歯切れの悪い反応を返してくる。
「ただ?」
「さすがにもう取り返しのつかない過去は弄れないから、あくまで未来が対象なんだけど」
 そして、詰め寄るわたしにエルは肩を竦めつつ、心を見透かした様に釘を刺してきた。
「う……」
 そりゃあ、既に火葬済みのおねぇちゃんが今更生き返っても大混乱かもしれないけど。
「だから、ご愁傷サマだけど人間としての天衣優奈はもう滅びてしまってるの。魂を召され天使として生まれ変わったけど、もう戻すのはムリだから」
「…………」
「んじゃさ、えっと……その、天使になったお姉ちゃんとまた一緒に居たいってのは、ダメかな?」
「……さー、ぶっちゃけ即答はしにくいけど、まぁアリっちゃアリなんじゃない?」
 そこで、突きつけられた言葉に改めてショックを受けつつ、続けて浮かんだ二番目の願いを恐る恐る口にしてみると、再び素っ気なく肩を竦められつつも、今度は前向きな返事が戻ってきた。
「そっか。……んじゃま、ひとつ張り切ってみよっかな?」
「やーれやれ、ホントにあの駄天使のコトしか考えてないのねー。若い美空で一生使い切れない富を手に入れるコトだって叶うんだから、過去なんてバッサリ捨てりゃいいのに。案外、あのコもアンタにはそっちの方を望んでるかもしれないわよ?」
「と言われても、わたしのモチベーションの問題だし」
 仮に、お姉ちゃんが本当に思い出の中に仕舞っておいて欲しがっているとしてもね。
「あっそ。……ま、それが心の支えになるのなら、否定はしないから精々頑張りなさいな。あたしもその少しばかり歪んだ想いのチカラがどこまで通用するのかは興味あるし」
「……ありがと」
 なにやら言い方に思いっきりトゲは感じるけど、とりあえずやる気は出てきたかも。
「あーそれと、今夜のコトは全てナイショの方向で頼むわよ?……でなきゃ、あのコもこの街に居られなくなるし、セラフィム・クエストの進行にも支障が出ちゃうかもしれないから」
「う、うん、わかった……」
 できれば、親には教えてあげたかったけど、今は自分だけのヒミツにするしかないか。
(……それに、わたしだけってのも、それはそれで悪くない響きだし……)
「この、ヘンタイめ……。ナニ考えてるのか、カオに出てるわよ?」
「……わわ……っ」
 ……とにかく、これで絶っっ対に負けられなくなっちゃったワケだ。

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