れるお姫様とエトランジェ Phase-5 その2


Phase-5:『バレンタイン騒動』

5-6:夢の雫

「あら、いらっしゃいませ。美由利さん」
「ああどうも。お久しぶりです、芹沢さん」
 放課後、部活で遅くなる茜に先行して柚奈のお見舞いに来たわたしを、桜庭家のメイド長である芹沢さんが出迎えてくれた。
 柚奈の話だと小百合さんの後継者候補とも言われているらしく、まだ大学を卒業したばかりで若いというのに、既に落ち着いた女性の威厳の様な物が感じられていたりして。
「お嬢様のお見舞いに来てくださったんですね?…ありがとうございます」
「あはは…こうでもしないと、今度は家を抜け出して、わたしの家まで押しかけて来そうですし」
「……」
「……」
 そう言った後で、その場で思いついた冗談の様で全然冗談になって無い事に気付いて、思わず沈黙してしまうわたしと芹沢さん。
「まったく、お嬢様にも困ったものです…」
「本当にもう、1人で突っ走ってみんなに迷惑かけるんですから…」
「でも、その根源になってるのは美由利さんですけどね?」
 しかし、わたしの台詞を無理してそう続けると、芹沢さんは別に非難するわけでもからかう訳でも無い淡々とした表情でわたしの方を見る。それはあくまで客観的な事実だと言わんばかりに。
「うう…っ、それを言われると…」
「お嬢様がお風邪を召されたのも、元々は毎日厳しい冷え込みが続いているにも関わらず、早朝から貴女を迎えに行かれているからですし」
「…いえ、そー言われましても、わたしの方はどうしたものやらと…」
 しかも、わたしが寝ている事をいい事に、裸になって布団に潜り込んできたりするし…と、確かに身に覚えはあるとしても、わたしにとっては思いっきり理不尽な気もするんですけどね。
「まぁ、それでも以前に比べれば、随分と微笑ましい傾向ではありますが」
 その後、そんな台詞と共に、芹沢さんは口元を僅かに緩めた。
「以前…ですか?」
「多分、忘れていい過去だと思いますよ。どうかお気になさらずに」
「…はぁ」
 ちょっと気になったので掘り下げてみようとするものの、あっさりと芹沢さんに先手を打たれて、わたしの知りたかった部分はシャットアウトされる。
「それでは、後ほどお嬢様のお薬とお茶をお持ちいたしますので」
 そして、一方的にそう続けると、芹沢さんはぺこりとわたしに一礼して立ち去ってしまった。
「あ、お構いなくー」
「……」
「……」
 何か、全くつけ入るスキを見せてくれなかった感じだけど。
 ま、いいか。とっとと柚奈の部屋に…。
「…美由利さん」
「わわ…っ?!」
 向かおうとした所で、不意に後からぽんっと肩を叩かれる。
「…あ、芽衣子さん…?」
 びくっと背中を逆立てた後で振り返ると、そこには柚奈の姉の芽衣子さんがひっそりと立っていた。やや長身の均整の取れたプロポーションで、髪は妹と同じロングストレート。いつもぼんやりとした様な顔をしているものの、やっぱり柚奈の姉というだけあって、その顔立ちはもう神様の不公平さの生き証人とでもいう位に綺麗だったりして。
「こんにちは…あと、うぇるかむです…ぱちぱち」
「ど、どうも…お邪魔してます…」
 その相変わらずの台詞回しに脱力感を覚えながら、ぺこりと頭下げるわたし。
 決して嫌いとかそういうんじゃないけど、やっぱりこの人は苦手だった。
「…こうしてお会いするのも久しぶりですけど、お元気でしたか?」
「ええまぁ。お陰様で健康には気を使ってますから」
 良くも悪くも、本当にお陰様だったりして。
「…それでは、ここで会ったが百年目という事で、美由利さんにこれを…」
 芽衣子さんはそう言うと、小さな包みをどこからか取りだして、わたしの前に差し出す。
 …一体、何処に持っていたのかはまったくもって謎だけど。
「えっと、チョコレートですか?」
「…はい。柚奈が風邪を引いてたみたいだったから、きっと今日はお見舞いに来られるんじゃないかと思って用意してました」
 そして、にっこりと女神の様な微笑みを見せた後で…。
「……」
「……」
 …なんか、じっと物欲しそうな目で見られてたりして。
「ど、どうもありがとうございます…ホワイトデーには、何かお返ししますね?」
 そりゃ、芽衣子さんが何を求めているのかは分かるものの、少なくとも今は手持ちのチョコが無いので、そう言うしか仕方が無かった。
「…いいえ。お気になさらないでください…けど…」
「けど…??」
 そらきた。また何か無理難題を言ってくる気じゃないでしょーね??
「…よろしければ、下から覗き込む様な上目遣いで、『おねぇちゃん』と甘えた声で呼んでくだされば、それだけで…」
 そこで内心身構えるわたしに、ぽぽっと顔を赤らめながらそう告げる芽衣子さん。
「そんなの、柚奈に頼んでくださいよぉ…あっちの方が実の妹なんだし」
「…柚奈がしてくれるなら、わざわざ美由利さんにお願いしません」
 そうツッコミを入れるわたしだが、芽衣子さんは不満そうにきっぱりとそう返してきた。
「…ああ、そーですか…」
 やっぱり、本命は柚奈でわたしは代役って事ですか。
 相変わらずのシスコンぶりと言うか。
「はぁ…昔は私の行くところへは何処でも付いてきてましたし、寒い日は、夜中に布団の中へもぐりこんだりして来たんですけど…」
『でも、わたしに対しては、ワザワザ片道1時間半の道のりを乗り越えてまで、布団の中に潜り込んできやがってますが…』
 …いや、もちろん口には出さないけどね。
「あはは、やっぱり大きくなってしまうと難しいですよねぇ…」
 わたしには姉妹はいないから、良く分からないけど。
「……」
「…いいえ、呼んで貰えなくなったのは、私自身のせいではあるんですけど」
 そう言って、幾分表情に影を落とす芽衣子さん。
「は、はぁ…」
「という訳で、せめて美由利さんに是非あの頃の感動を取り戻させて欲しいと思いまして」
「あ、あはは…どっちかと言うと、芽衣子さんは『お姉さま』って呼ばれる方が似合いそうですけど」
「…おねぇちゃんがいいです…」
 しかし、あくまで頑固な芽衣子さんだった。
「まぁ、考えておきます…」
 実際、柚奈がわたしのお母さんに「お母様」と呼んでいた様に、わたしが芽衣子さんに「お姉さん」と呼んでも不自然じゃないんだろうけど、それでも何処か芽衣子さんをすんなりと受け入れ様としない自分がいた。
「……残念です」
 とりあえず、お茶濁しな返事を返すと、芽衣子さんは落胆したように表情を落とす。
「あ、いや。まだ別にお断りした訳じゃ…」
「…でも、こういう展開も萌えますよね?最初は拒否され続けて、すれ違いあった果てに分かり合い、『ああ…やっとおねぇちゃんと呼んでくれたのね…嬉しい♪』みたいな…」
 しかし、わたしがフォローを入れる前にあっさりと復活すると、その時のシーンが既に完璧に頭の中で演出されているのか、一人二役の演技を始める芽衣子さん。
「…いえ、別に桜庭家に嫁入りする予定は無いですから」
 とゆーか、萌えって何だ、萌えって??

 …まあ、それはともかくとして。

がちゃ

「柚奈ー、具合はどう?」
「ごほっごほっ、う〜っ…みゆちゃん…苦しいよぉ…」
 やがてノックもそこそこに、柚奈の部屋に入って声をかけると、緑の水玉パジャマを着た柚奈がワザとらしい動作で咳き込みながら、演技かかった台詞を返してくる。
 来てくれてありがとう以前に、どうやら病人という立場を利用してわたしに甘えたいらしい。
「はいはい。無理して登校したりするから、そーなるのよ」
 …まぁ、そりゃ病気の時くらいは優しくしてあげるけどね。
 もっとも、さっきみたいにナース服を着ろというのは却下するけど。
「どうでもいいけど、帰って怒られなかった??」
「あはは…お医者さんや芹沢さんに、もの凄く怒られちゃった」
 そして、柚奈が横になっているベッドの端に腰掛けてそう尋ねると、全然反省していない様子の苦笑いが返ってきた。
「…当たり前でしょ。わたしだって引っ叩いてやろうかと思ったくらいだし」
「それって、私を心配してくれてるってコト…??」
「え…いや…まぁ、そりゃ、友達だし…」
 本当の”友達”ならあっさりと言えるハズの台詞が、何故か柚奈の台詞に胸がドキっと高鳴り、言葉がもつれてしまう。
「えへへ…」
 そしてその理由を知っているのか、妙に幸せそうな柚奈の顔が妙に憎らしかったりして。
「とにかく、あんたが暴走すると、わたしまで責められるんだからね」
「え……??」
「だから、いつも柚奈が暴走するのは、わたしが根源だって言われてんの」
「んふふ。それって、私とみゆちゃんはもう一心同体って事?」
「…せめて、一蓮托生といいなさい」
 いつ、わたしがあんたと1つになりましたか。
「ごめんねぇ。でも、何かこう、私の魂がみゆちゃんを求めてしまうし〜♪」
「だから、言ってる側からくっついてくるなっっ、風邪が移るっっ」
 そもそも、マスクなんて気の利いたアイテムは持参してないワケだし。
「むぅ〜っ…みゆちゃんが冷たい…」
「いいから、まずは風邪を治しなさい」
「…健康になったら、くっついてもいいの?」
「別に、ワザワザわたしの許可を取らなくても、くっついてくる気でしょ?あんたは」
 そんな柚奈の台詞に、わたしは肩を竦めながら素っ気無く返してやった。
 今更、許可云々のやりとりをする自体がアホらしくなってきてるというか。
「まぁ、そうなんだけどね〜♪」
 しかし、柚奈は悪びれもせずにそう断言すると、抱きつきにかかってくる。
「こらっ、不健康のままじゃ不許可っっ」
「まぁまぁ、抱きついた位じゃ移ったりしないからぁ〜♪」
 そう言って、わたしの身体に絡みついてくるパジャマに染み付いた汗の匂いが、ふんわりと鼻腔を擽ってきた。
「…そういう問題じゃなくて…って、結構汗くさいわね、柚奈?」
「うう〜っっ、何だか分からないけど、横になってるだけでべっとりと汗かいちゃうんだよぉ…」
「そりゃ、熱があるんだから、しょうがないでしょうが」
 しかも、さっきから全然大人しくしてやがらないし。
『…と言うか、わたしが来たから柚奈は余計に大人しく養生しなくなってる…??』
 だとしたら、お見舞いは逆効果って事になる様な…。
「……」
「はぁ…そろそろ帰るわ、わたし」
 ここは、敢えて心を鬼にするのが真の友情というものなのかもしれない。
 わたしは溜息混じりにそう告げると、絡みついた柚奈の腕を振り払って立ち上がる。
「ええ〜っ、どうして??」
「なんか、わたしがいると全然養生にならないみたいだし」
 もしかしたら、それは柚奈じゃなくて、わたしの方が気を利かせてあげないといけない問題なのかもしれない。
 何だか後ろ髪を引かれる思いなのも確かだけど、わたしが本当に、柚奈の事を大事な友達だと思ってるなら…。
「…そんな…」
「まぁ芹沢さんもいるし、茜も後で来るみたいだから、それまでおとなしく…」

ぎゅっ

 しかし、そこで柚奈は素っ気なく背を向けたわたしの服の裾をぎゅっと掴んでくる。
「……。離してくれる?」
「…行かないで…お願い…行かないで…ひぐっっ」
「柚奈…?!」
 わたしを引き止める声に涙が混じっているのに驚いて振り向くと、柚奈は裾を掴む手を強めながら、ボロボロと涙の粒を零して必死に訴えていた。
「行っちゃやだぁ…っ、ここにいてよぉ…ぐす…っ、みゆちゃん…私を捨てないで…うう…っっ」
「す、捨てるって、そんな大袈裟な…」
「……??」
 突然豹変してしまったと言ってもいい位に、いつもとは違う柚奈の様子に戸惑いながら、わたしは思わずその場に硬直してしまった。
「ぐす…っ、それに…病人は寂しいと死んじゃうんだよぉ…?」
 そして柚奈はそう続けると、黒曜色の瞳から流れる涙を払うことなく、まるで捨てられた子犬の様な弱々しい目でわたしを見る。
「……」
「…そりゃ、うさぎさんでしょ?」
 これも病気の所為なんだろうか…?
 ともあれ、こんなに崩れた柚奈は始めてだった。出会ってからこれまで、どんな時でも悠然とした、何処か余裕を感じられる雰囲気を纏っていたのに。
「…ひぐ…っ、ぐす…っ、行かないで…でないと、また私…ううっっ」
「……」
「……」
「んじゃ、大人しく寝てる…?」
「…うん…ぐす…っっ」
 もしかしたら、風邪で精神が不安定になっていた所へ、わたしは柚奈の古傷に触れてしまったのかもしれない。
 …もしここで強引に振り払ったら、今までの全てが消えてなくなってしまう。わたしに縋る柚奈の目からは、そんな予感すら感じさせていた。
「分かったわよ…。落ち着くまで側にいてあげるから、横になってなさいね?」
「……」
 事情は良く分からないけど、今は柚奈の側にいてやるしかないか。
 わたしは母親が子供に言い聞かせる様な口調でそう告げると、柚奈は無言でこくりと小さく頷いて、再びふかふかのシーツの上へと身体を預けていった。
「まぁ、確かにこういう時に独りぼっちになると、悪い方向にばっかり考えがいっちゃうのかもね…」
「…うん。前にこうして、涙が枯れるんじゃないかって位に泣いた時の事を思い出したから…」
「…そりゃ、悪かったわね。過去の古傷に触れさせてしまって」
「ううん…みゆちゃんは、私の側に居てくれてるから…」
 そう言って、柚奈は熱を帯びた手でわたしの手を取る。
「柚奈…」
「ね、しばらくこうして手を繋いでいてもいい…?」
「へいへい。好きにしなさいよ…」
 そんな柚奈に、わたしは素っ気無い返事を返すのと同時に、こちらからも軽く握り返してやる。
 血が有り余ってるんじゃないかと思わせる程に満ち溢れていた普段と違い、繋いだ手から伝わってくる今日の柚奈の生気は、随分と弱々しく感じられていた。
「えへへへ…」
 まぁ、これじゃ放ってはおけないよね…。
 随分と世話をかけさせると呆れても、そう思ってしまったらこちらの負けな訳で。
 よく恋愛は惚れた方が負けっていう言葉があるけど、こういう時は「ああ、なるほどなー」と何となく理解できる気がしていた。
『でも…その割には、惚れられた側であるハズのわたしは押されっぱなしなんだけど…』
 うーん、どうしてなんだろうなぁ…?? 

「あ、そうだ…みゆちゃん、はいこれ」
 それからしばらくした後で、突然柚奈が思い出した様に上体を少し起こすと、枕もとに置いてある小さく折り畳まれた白いレースの生地を手にとって、わたしの方へと差し出してきた。
「何それ?」
「今日、さっきまでわたしが穿いていたショーツだよ」
「な、なんでわたしにそんなもん…って…ああ、そういう事ね…」
「うん、そういう事…♪保険医の先生に聞くまで知らなかったんだけど」
 そう言って、差し出したままでにっこりと笑みを浮かべる。
 うちのお母さんの入れ知恵…というか策略とは言え、わたしは柚奈と茜には本命チョコをあげた事になってるんだっけ。
「だから…ね。受け取ってくれる…?」
「……」
 受け取るも受け取らないも…。
「…そう言うのは、気を利かせて無理やり押し付けなさいよ」
 ここで「要らない」とあっさり言えるなら、苦労はしない。わたしはそんな台詞と共に、ひったくる様にして柚奈の下着を受け取った。
 そもそも、一応形式の上ではわたしの方から仕掛けた事なんだし、これは柚奈からの返事という事になる。
「…私だって、いつもみゆちゃんに突き放されない自信がある訳じゃないんだよ…?」
「…う……」
 しかし、そこで返ってきた柚奈の反論に、わたしは何故か痛いところを突かれた気分になってしまう。
「で、でも、どうしてあんたまで脱ぎたてなのよ?」
「んふふ〜。今日はみゆちゃんに脱ぎたてをもらったから♪」
「……」
 どういう理屈だ、それは。
「まぁ、それはともかく…古から伝わる儀式によれば、これでカップル成立?」
「ん〜、先生に聞いた話だとまだ続きがあって、お互いに受け取ったのを着けて、見せ合ったり色々なコトしたりとかするって聞いた様な…」
「…おいおい…」
 なんか、どんどん無責任に尾ひれが付いていってる気がするんですけど??
「……」
「だから、もの欲しそうな目でじっとこっちを見ないでよぉ…」
 そして、顔を紅潮させたままで熱い視線を送ってくる柚奈に、わたしは思わず後ずさってしまう。
「…むぅ〜っ、普段なら多少強引にでも押し切るんだけどなぁ…重ね重ねこんな大事な日に熱を出した自分の迂闊さが憎い〜っっ」
 そんなわたしを見て、ベッドの上から悔しそうにうめく柚奈。
「あんたね…」
 逆にわたしにすれば、もしも今日柚奈がいつも通りだったら一体どうなってたんだろうと考えると、背筋に寒気が走ったりして。
 それと同時に、ようやくいつものノリに戻ってきた事に安堵感を覚えたりはしてるんだけど。
「…ま、とりあえずは何も考えないで養生して直しなさいって事ね」
 ともあれ、わたしはそう言って立ち上がると、はね除けられた様に捲れ上がっている布団を手にとって、柚奈の身体に被せてやろうとした。
「あ、ううん…お布団はいいよ…何だか暑いから」
「暑いかもしれないけど…あったかくしてないと、こじらせちゃうでしょ?」
「ん…でも、結構汗でベタベタ…」
 しかし、柚奈はベタついてるらしいパジャマを引っ張ったりしながら、不快そうな顔でそう訴える。
「仕方が無いじゃない?少しは我慢しないと」
「うう〜っ、だって気持ち悪いんだもん…」
 そう諭すわたしだが、柚奈は駄々っ子の様に頬を膨らませて譲らない。
「……」
 病気になると、結構ワガママなのね…。やっぱり精神が不安定になってる影響??
 …それとも、相手がわたしだからワザと甘えてる…??
「んじゃ、どーしろっていうのよ?」
「…汗、拭いてくれる?」
 溜息混じりにそう尋ねると、柚奈は上目遣いのねだる様な視線を向けながら要求してきた。
「ふ、拭くって言われても…」
「ほら、タオルはあそこにあるから…」
 そう言って柚奈が指差した先にあるワゴンの上には、水が溜まった洗面器と、その前にタオルが置いてあった。
「帰って着替えてから、まだ一度も汗を拭いてないから…気持ち悪いの…」
「……」
 何やら、危険な予感はするんだけど、だからと言って、友達がしてあげる範囲を外れてる要求でもないしなぁ…。
「…分かったわよ。タオルを絞るから脱いでなさい」
 これはあくまで看病なんだから、一切余計な事は考えまい。うん。
 出来るだけ素っ気無くそう返すと、わたしはタオルを絞ろうと立ち上がった。
「ん〜、みゆちゃんが脱がせて…?」
「んな…っ?!」
 しかし、そこでわたしの思考と行動をあっさりと台無しにしてしまう様な要求を続けてくる柚奈。
「そっ、その位は自分でやりなさいよ。子供じゃないんだから」
「は〜い。まだ私は18歳未満なので児童でーす♪」
『…このヤロ…』
 病気で気弱になっているとは言え、相変わらず口では勝てそうも無かった。
「へいへい…お嬢様のお望み通りにいたしますよー」
「……」
「…お嬢様…」
 そこで投げやりに呟いた「お嬢様」という言葉にぴくりと反応して、柚奈がこちらをじっと見る。
「…なによ?」
 もしかして、わたしにそういう言われ方するのは好きじゃなかった?
「ね、みゆちゃん。今からでも、メイド服に着替えてこない??」
「来ないわよ…っっ!!」
 違うスイッチが入っただけですか、おい。
「まぁまぁ。こういう時しか、みゆちゃんに脱がせてもらったりできないし」
「そりゃ、脱がせてもらうより、わたしを脱がせようとする方に忙しいからでしょ?」
 休む間も無く、一方的に攻め続けてきてるんだから。
「ん〜。まぁ私自身がそう決めたから…だけど、同時にみゆちゃんから迫られてみたいかなーって願望もあるんだよ?」
「……」
「嫌いな人には絶対にされたくない事ほど、好きな人にはして欲しいことだから」
「……。別に心配しなくても、わたしは身体を拭いてあげる以上の事はしないわよ」
 そんな柚奈の台詞に対して、わたしはあくまで突き放す様に返してやるものの、実は結構効いてたりして。
 …と言うか、今まで本気で誰かに好きって言われた事が無かったせいか、面と向かってこういう事言われると、どうも弱い。
「むぅ…つまんない…」
「ほ、ほらほら、無駄口ばっかり叩いてると話が進まないでしょ?」
 そう言って無理やり会話を終了させると、わたしは絞ったタオルを横に置いて、両手で柚奈が着ているパジャマのボタンを一番下からひとつひとつ外していく。
「ん……」

ぷち

「……」

ぷち

「……」
 熱の所為なのは分かってるけど、顔を紅潮させて、恍惚なのか虚ろなのか、とろんとした目でわたしを見つめる柚奈の表情が、妙に色っぽくて…。
『う〜っっ、何だかイケない事をしている感じが…』
 いや、あくまでわたしがやってるのは看病の一環であって…。
 …そうじゃなくて、そもそもそんな事を考えてしまう自体がおかしいんだっけ。
「……」
 やがて、ボタンを4つほど外した所で、柚奈の胸元を包んだ白い下着が覗いてくると、図らずもわたしの心臓がどきっと高鳴ってしまう。
「みゆちゃん…」
「……」
 …だから、そこで上目遣いで見ながらわたしを呼ばないでってば。

どきどきどきどき

 高鳴った心臓は収まる事無く、継続的にわたしの心臓を圧迫していく。
『ああもう、色っぽいにも程があるってば…』
 それに、わたしさえその気なら、柚奈は何を求めたって受け入れるだろうし、独り占めも出来てしまう。先ほど聞いた台詞の影響もあるのか、そんな感情が今更むくむくと脳裏に浮かんで、わたしの理性に良からぬ影響を与えていった。
「……」
 もちろん、それを抑制している理性側の根源は、そうなってしまえばその逆も然りって事だけど。
 そっちの方の防波堤が崩れない限り、実際に手を伸ばす事は無いワケであって。
「…んじゃ、脱がせるよ?寒くない?」
「ううん…暖房が効いてるから大丈夫だよ」

はらり 

 柚奈が頷いたのを見て、ゆっくりとパジャマをスライドさせてシーツの上に落とすと、柚奈の綿雪の様な白い肌から、むんわりと何処か甘酸っぱい様な汗の匂いが鼻腔を擽ってくる。
「うわ、相当汗かいてるのね…」
 汗が肌に染み付いてしまっているのは見た目にも明らかで、確かに、これじゃ気持ち悪いのも無理は無い話だった。
「ん…背中もベタベタだから」
「それじゃ、背中から拭いてあげるわね」
 そう言って、わたしは柚奈の背後に回り、背中を覆っている絹の手触りにも似た、柔らかくてしなやかな黒髪を掻き分けて、向こう側へと移動させていく。
「えへへ…♪」
 すると、そこで何故か嬉しそうな笑みを浮かべる柚奈。
「…何よ?」
「みゆちゃんに髪を触られるのが、何だか嬉しくって♪」
「そ、そう…?」
「ん〜っ、みゆちゃんと一緒に暮らせたら、毎朝髪のセットとかお願いするのになぁ…」
「セットって…わたしは結構身だしなみとか不器用な方だよ?」
 自慢じゃないけど、お化粧とか髪のセットとか、そーいったものはかなり苦手な方だった。
 自分の髪型でツーテールが多いのも、実は整えるのが結構楽ってだけだしね。
「いいのいいの♪そんなコトは全然問題じゃないから」
「…そうだとしても、こういうのは慣れちゃうとありがたみが消えてしまわない?」
 芥川龍之介の『芋粥』じゃないけど、むしろずっと適わぬ夢でいた方が幸せだったという事もあると思うけど。
「そんなコト無いよ。少なくとも、私がみゆちゃんの事を好きでいる間は…ね?」
「……っっ」
 しかし、ちらっとことらの方へ視線を向けながらわたしの意見を否定してくる柚奈に、再びどっきりと胸が鳴る。
 …なんていうか、「好き」とか、「愛しのみゆちゃん」とか、そう言った言葉は普段から当たり前の様に聞いているのに、何故か今日の柚奈の口から出てくる言葉は重みというか、いつもより真剣さを帯びたものとしてわたしの心が受け止めていた。
『これも、バレンタインデーという特別な日の魔力なのかな?』
 …それとも、わたしの為にお馬鹿としか形容できない無茶をした事からだろうか??
「まぁいいわ。それはまたいずれ考えるとして…とりあえず、背中を拭くわよ?」
 だから、きっぱりと否定の言葉ではなくて、こんな台詞がわたしの口から出てしまう。…後で墓穴になるのは分かっているのに。
「…うん。その前に、ブラのホックも外して?」
「え゛…っ??」
 しかし、そこで突然ぽつりと出てきた柚奈の爆弾発言に、思わずタオルを落としかけるわたし。
「だって、背中を拭くのに邪魔でしょ?それに…下着の中とか、胸の隙間にも結構汗が溜まって蒸れてるし…」
「……。ああ、そーですか。そりゃ気が付かなくて悪ぅございましたね」
 どーせ、わたしの胸は隙間が蒸れて汗が溜まるほど膨らんじゃいませんよーだ。
「…みゆちゃん、拗ねてる??」
「いーのいーの。気にしないで。それより、ちゃんと手で隠しておきなさいよね?」
 きょとんとした顔を浮かべる柚奈に投げやりに答えると、わたしは後ろにあるホックへと指を伸ばして外してやる。
「んふふ〜。まだ恥ずかしい?」
「なっ、何がよ??」
「いーのいーの。でもまぁ、髪で隠れてるから大丈夫だよ」
「…むぅ…っ、何だか気に入らない言い草ね…」
 そんな柚奈に、タオルでゆっくりと背中を拭いてやりながら、口を尖らせるわたし。
 …と言うか、ニヤリと口元を歪めて見せた柚奈の意図は何となく分かる。女の子同士なのに、わたしが裸を見たり見せたりするのを恥ずかしがっているのが、楽しくて仕方が無いんだろう。

ごしごし

「ん…っ、汗でベタついてたから、気持ちいい…」
「まぁ、不潔なままでいるのが一番苦痛だっていうからね、人間ってさ…」
「……」
 …だって、それは明らかに「ただのお友達」で済ませてる相手に対しての反応じゃないから。
「……」
「ね、みゆちゃん…いま私、とっても幸せだよ?」
 やがで、本当に幸せそうな表情を満面に出しながら、そう告げてくる柚奈。
「…呑気でいいわね、あんたは。みんなに心配かけてるっていうのに」
 その表情に、わたしの心臓がまたもどきっと高鳴るのを感じながら、意図的に突き放す様な台詞を返してやる。
 …このままだと、こんなに幸せそうな笑みをさせてあげられるなら…とか考えてしまいそうだし。
「罪作りなのは分かってるけど、ホントに幸せなんだから仕方が無いよぉ」
「……。そりゃまぁ、気弱になって鬱々としてるよりはいいと思うけどさ」
 病は気からって言うし、それで柚奈の回復が早まるなら、それはそれで本望だけど…。
「んふふ〜♪災い転じて福となすってところかな?」
「……」
 もしかして、たまには熱だして倒れるのも悪くはないなんて思ってないでしょうね?柚奈。

「ん…っ。みゆちゃん、背中はもういいよ…ありがと」
 やがて、タオルが背中を一通り通過した後で、わたしが尋ねるより先に柚奈がそう告げた。
「あ、うん…それじゃ、一度タオルを絞ってくるね」
「ううん…いいよ。そのまま、前の方もお願い…」
 そう言って一旦ベッド離れようとした所で、わたしは柚奈に手を掴まれて止められる。
「柚奈…でも…」
「いいから…ね、ほら」

ぐいっっ

「あ…っっ?」
 そして、ベッドに背中を預けた柚奈に引き込まれる様にして、強引に柚奈との密着距離へと戻されてしまった。
「……」
 …いやまぁ、強引に引っ張り込まれるのはいつもの事なんだろうけど…それでも今の構図は、柚奈に覆い被さる様な体勢で、まるでわたしが迫っている様な雰囲気になってたりして。
「わ、みゆちゃんに襲われてるみたいで、ドキドキしてきちゃった…」
「…無理矢理引っ張り込んでおいて、あんたが言う台詞じゃないでしょーが?」
「んふふー。でも、今茜ちゃん達が入ってきたらどう見えるかな?」
「まったく…はしたなくてよ、お嬢様?」
 そんな軽口と共に、視線を柚奈の瞳から上半身へと移動させると、白い肌の上に乱れ落ちている黒髪が、妙に艶やかな光景としてわたしの目に映った。
『うう…っっ』
 なんでこんなに色っぽいのよ、あんたは?
「どうしたの?私の身体、拭いてくれるんでしょ…?」
「…拭くわよ。その前に髪を除けるから、胸を隠しなさいって」
 思わず釘付けになった視線から見抜いているのか、何処か挑発する様に告げる柚奈の台詞で我に返ると、わたしは視線を逸らせながらそう返す。
「は〜い♪」
「まったくもう…こんな調子でやってると日が暮れちゃうじゃない…って、もう日暮れなのか」
 今日の授業は5限で終わりだったから、いつもよりは来るのが早かったとはいえ、窓の外からは日没を告げるオレンジ色の夕陽が差し込み始めていた。
「あは。遅くなったら、泊まっていってくれてもいいんだよ?」
「…それは遠慮しとくわ。何処から拭いたらいい?」
「んーっと、脇の下とか結構溜まってるから…」
「へいへい…」
 わたしは淡々と返事を返すと、お姫様のお申し付け通りに、タオルで肌に溜まった汗を拭き取っていく。

ごしごし

「ん…っ、あ、それと胸の下の方とかも…」
「はいはい…拭いてあげるから、ちょっと上の方に寄せてくれる?」
「こ、こう…??」
 そう告げると、柚奈は胸を押さえた両手で、乳房を上方向へと押し上げる。
「…そうそう…って…はぁ…」
 その相変わらず大きすぎる事の無い、理想的な形の乳房が変形する様を見て、思わず溜息が漏れてしまう。
「ん??どうしたの?」
「いや…相変わらず羨ましい乳してるなぁ…って」
 そして、汗が溜まってるという胸の付け根の部分をごしごしと拭きながら、そうぼやく。
 本当に美乳としか形容の出来ない様な、一種の芸術品のような胸だけに、羨ましく思う事自体が烏滸がましいのかもしれないけどさ。
「別に、羨ましがる事は無いと思うけど…」
「…そりゃ、勝者の余裕って奴だから」
「んー。私にとっては、みゆちゃんの体型が理想的に見えるんだけどなぁ?」
「…前から思ってたけど、まさかあんたってロリ…ごほんっ、なんでもない…」
 いや、いくら自覚があるとしても、自分で認めてどうする。
「あはは。もしかしたら、これもみゆちゃんへの愛ゆえなのかもね?」
 しかし、途中で口ごもったわたしに、柚奈は嬉しそうな笑みを浮かべながらそう告げた。
「……。もう、勝手に理想視しないでよ…恥ずかしいから」
 好きになったからこそ、相手の全てが盲目的に誰よりも良く見えるのか、誰よりも良く見える部分を見つけたからこそ好きになったのか。
 大抵は後者のはずなんだけど、インプリンティングにも似た性質を持つひと目惚れというパターンになると、好きという感情ありきの前者になってしまうんだと思う。
 ”一体、わたしのどこがそんなに気に入っているのか”。柚奈との出逢いからずっと持ち続けている疑問だけど、結局、さっきの柚奈の台詞がその答えなのかもしれない。
 もちろん、それにしたって原因というか、何らかのきっかけはあるはずだけど。
「まぁまぁ、愛っていうのは思い込みの産物だって言うじゃない?」
「その愛に理由を求めるのって、罪なのかな…?」
 特に答えを期待している訳でもなく、そう続けてみるわたし。
「ん〜っ、前にも言ったかもしれないけど、私が決めたから…としか言いようがないんだけどね」
 すると、わたしの質問に、柚奈は苦笑いを浮かべてそう答えた。
「決めたから…??」
「そう。みゆちゃんと通学路でぶつかった後、私のクラスに転校してきたのを見て、『ああ、きっとこの人が私にとっての運命の人なんだ』って…」
「そう決めたの?」
 何だか、”決める”という言葉に不協和音を感じてしまうのは気のせいかな…??
「うん、決めたの。そうしたら、たちまちみゆちゃんの全てが好きになってきたっていうか」
「…そんなものなのかな?途中で幻滅したりしなかった?」
 こういっちゃなんだけど、わたしは全てにおいて十人並みか、それ以下って自覚はあるんだけど。
「そんなコトはないよ。…みゆちゃんはもう少しだけ、自信を持った方がいいとは思うけど」
「そ、そうかな…??」
「気付いてない?みゆちゃんって結構人気者なんだよ…?」
「…そりゃあ、わたしみたいな天然自爆娘は、オモチャにするにはおあつらえ向きなんだろうし…」
 今日のナース服での一件だってそうだ。柚奈の所為で…とは思いつつも、結局は迂闊なわたしの自己責任なんだし。気付けば、いつも1人で空回りばかり。
「それも、みゆちゃんの魅力なの。決して、誠実さだけは捨てない裏返しなんだから」
「……っっ」
 そんな柚奈の台詞に、何だかじんわりと目頭が熱くなってくる。
「きっと私も茜ちゃんも、みゆちゃんのそういう所に惹かれてるんだと思うよ?」
「……」
 一生懸命やってるつもりなのに、何故かいつも躓いてしまう。今までずっとそんな生き方の繰り返しだったけど…こんな風に言ってもらえたのは初めてだった。
「…そりゃ、買いかぶりすぎ。所詮、優柔不断で不器用なだけなんだから」
 それでも、わたしは滲んで溢れかけれた涙をこらえて、素っ気無く返す。
 だからこそ、わたしはいつまで経っても柚奈達からイニシアチブを取れないんだし。
「ん〜っ、素直じゃないなぁ?これも前から思ってたんだけど、みゆちゃんってもしかしてツンデ…」
「ああもう、うっさい…っっ。勝手に妙な専門用語を当てはめないでっっ」
 そこで、わたしは柚奈の台詞を最後まで言わせず、ぴしゃりと会話を打ち切って身体を拭くのに集中していく。
 …何だか顔が火照って来ているのが、どうにも恨めしいというか。

ごしごし

「あたた…っっ、みゆちゃん乱暴だよぉ〜っっ」
「え…あ…っ、ごめんっっ」
 しかし、すぐに柚奈が顔を僅かに歪めて痛みを訴えた所で、慌てて手を離す。
 …しまった。そう言えば今日の相手は病人だった。
『ああもう、今日はどうにもやりづらいなぁ…』
 いきなり泣き出して縋りついて来たかと思えば、今度はわたしの心の琴線に触れてくるし。
「むぅ〜っ、そういう短気な所は、直して欲しいなぁ?」
「元はと言えば、あんたが悪いんでしょーが。妙なことばかり言ったりしてきたり…」
「…でも、今はみゆちゃんを一番理解してるのって、私だと思わない?」
 すると柚奈は、にんまりと屈託のない笑みを浮かべて、そうのたまった。
「……」
 まったく、こいつだけは…。
「…べ、別に思わないっ。まだせいぜい40%ほどなんだから…っっ」
 だからわたしも、つい強がってしまう。
 どうして柚奈が相手だとここまで素直になれないか、時々自分でも不思議に思う事はあるけど。
「そだね。考えてみたら、まだまだ私の知らない事も多いよね…?」
「そ、そうそう。そもそも人間はそんなに単純には出来て…」
「例えば、みゆちゃんの身体の恥ずかしい部分とか〜」
「…今から、この真っ白な肌をひりひり真っ赤に変えてあげようか?」
 いや、今思い出した。この油断大敵なエロガッパめ。
「あはは、冗談だってばぁ〜♪」
「……」
 …もう何度も同じ台詞を聞いたけど、本当に冗談だったためしは無いくせに。
「…まぁいいわ。はい、終わったわよ」
 やがて、脇の下から胸、お腹の辺りへと満遍なく拭き終わった後で、わたしは終了を告げてやる。
 結構、柚奈の綺麗な肌と柔らかい感触にドキドキさせられたものの、色んなやり取りしているうちに、いつの間にか終わってしまったって感じだけど。
「ありがと♪みゆちゃんの理性が吹っ飛んだりしなかったのが残念だけど」
「飛ぶか、お馬鹿っっ」
 まったく、あんたはもっと病人の自覚を持ちなさいよね…。
 まぁ、柚奈にしてみたら治る、治らないなんてどうでもいい問題なのかもしれないけどさ。
「んじゃついでに、足の方も拭いてあげよっか?」
 その後、ふとそんな事を思いついたので尋ねてみる。上下お揃いで厚めのパジャマだけに、結構両足とかも汗が染みついてるんじゃないだろうか。
「あ、嬉し……う、ううん…そっちはいいよ。うん」
 しかし、それを聞いて一瞬嬉しそうな顔を見せた後で、首を横に振りながら訂正する柚奈。
「そう?ならいいんだけど…」
「……??」
 それを聞いて、わたしもそう答えかけた所で、ふと頭の中で何かが引っ掛かる。
 本来なら、わたしの方から言わなくても当然の如く求めてくると思ったけど。
「あはは。あんまりみゆちゃんに甘えすぎるのも良くないかなーって…」
「…別に、わたしは構わないわよ?汗で結構蒸れちゃってるんじゃない?」
 そこで、何かあるんじゃないかと察したわたしは、親切心を装って食い下がってみる。
「あー。でも…やっぱり恥ずかしいし…」
「恥ずかしいって…さっきはわたしにブラまで外させておいて?」
 むしろ、こっちの方が恥ずかしくなる様な要求を続けておいて、今更そんな事言われてもねぇ。
「あははは…それとこれとは話が別というか…」
 そう言って、更に突っ込んでくるわたしに、苦笑いを浮かべる柚奈。
「……」
 とは言え、柚奈がズボンの方は脱ぎたがらない理由って何だろ。
『もしかして、穿いてない??』
 さっき、脱ぎたてって言って柚奈のショーツを貰ったし、実はそのまま何も着けてないとか。
 …でも、仮に穿いてないとしても、柚奈だったら逆に脱がせた後でわたしが動揺するのを楽しんでそうだし。わたしもその位の事はこいつの事を把握してるつもりだしなぁ。
「……」
「……」
 …もしかして。
「ねぇ、ふと思ったんだけどさ。さっき保健室であげたわたしの下着、どーしてる?」
「え??あ、それは…その…」
 そこで口ごもる柚奈を見て、わたしは頭の上に電球が浮かぶ。
「もしかして…あんた…」
「あ…あのね、そろそろ栞ちゃんがお薬持ってくる時間だと思うから…」
「いいから、見せなさい…っっ!!」
 言うが早いか、わたしはすばやく柚奈のパジャマのズボンを一気に引き下ろしてやった。
「やあんっっ」

するり

「あ……」
「……。あははは…」
 すると案の定、柚奈の腰には見覚えのある、今日の午前中まで確かに着けていた青と白のストライプ柄のショーツがぴったりと張り付いていた。
「やっぱり、穿いてやがったわね…柚奈…」
「だってぇ、まだみゆちゃんの温もりが残ってたからぁ…」
「…そんなの、理由になってないっっ。こらっ柚奈っっ、はき替えなさい…っっ!!」
 つーか、それなら尚更不許可って言うか、次の瞬間、わたしは問答無用で柚奈の腰元へと腕を伸ばして脱がしにかかる。
「え…あ…っ、ちょっ…さすがにそこは恥ずかし…」
「わたしの下着を柚奈に着けられるのも、充分恥ずかしいのっっ」
 しかも、脱ぎたての一枚という生々しさが、余計に増長させてたりして。
「あんっ、みゆちゃんだめぇ〜っっ」

がちゃ

「やっほー、柚奈の具合はど…」
「お嬢様、お薬をお持ちしまし…」
「……」
 そして、わたしが正に脱がそうとショーツの端に手をかけた所で突然開かれたドアの入り口には、茜と芹沢さんの姿が。
「……」
「……」
「ちっ、違うの…っ!!これは…っっ」
 そんな呆然とした顔で見ないで…っっ。
「いや〜ん、みゆちゃんのえっちぃ〜っ♪」
「うっさいわ…っっ」

5-7:甘すぎだから

「ああびっくりした。てっきり、みゆが病人の柚奈に襲いかかってるのかと思った」
 その後、テーブルを囲んで芹沢さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、なんとか誤解を解くわたしに、驚くどころか、楽しそうな顔を見せながらそう呟く茜。
 明らかに、分かっていて楽しんでいる様子なのがムカつくけど、まぁ余計な事は言わないでおくか。
「そりゃまぁ、立場が逆ならあり得たろうけどね?」
 お陰で柚奈と出逢ってからというもの、健康管理には人一倍気をつけていたりして。
 これで骨折でもしようものなら、これ幸いとばかりに陵辱の限りを尽くされそうだし。
「違いないわね。あっはっはっ♪」
 …いえ、全然笑い事じゃないんですが。
「え〜っ、私だってちゃんと心を込めて看病してあげるよぉ?」
 そして、テーブルに移ったわたしを追いかけてベッドを抜け出した柚奈が、ぴったりと隣に張り付きながら、そうのたまう。
「多分、詭弁とはこういう事を言うんだろーなぁと思わなくもないんだけどさ…」
「それでも、愛はたっぷりと込められてるわよ?」
「うん、まぁ…それが一番厄介なんだけどね」
「え〜っっ、みゆちゃんひど〜いっっ。私はみゆちゃんの為なら、どんなコトでも尽くしてあげる覚悟があるのに〜っっ」
 …そう思うのなら、少しは自制してくれたまえ。
 ただ、茜が入ってきた後で部屋が更に賑やかになるのに従って、柚奈もわたしが来た時より随分と元気を取り戻しているみたいなので、敢えて何も言わないでおく。
「それはそうと。今年は結局、柚奈は体調不良でチョコ無し?」
「ううん。もっちろん用意してるよ?ほら…」
 そう尋ねる茜にウィンクして答えると、柚奈は先ほどからテーブルの上に置かれてあった、銀色のいかにも高級そうな食器の蓋を開ける。
「これ私のお気に入りで、フランスの三つ星レストランから航空便で取り寄せたショコラだよん。この1つが、なんと2000円もするの♪」
 そう言って、蓋を開けたお皿に乗っている一粒を手に取りながら、自慢気な笑みを浮かべる柚奈。
「おおっっ。お嬢様らしく、今年は直球成金攻撃できましたか」
「ひ、ひとつ2000円って…」
 ひーふーみー、えっとお皿の上には全部で12粒乗っているから、全部で24000円ですか。
 …ひぃ、わたしのお小遣いの約2ヶ月半分っっ。
「茜ちゃんと2人で、はんぶんこして食べてね?」
「……」
 んー、手作りじゃないのがちょっと意外だったけど、まぁいーか。
 …変なモノ仕込まれてる心配もないしね。
「とっても美味しいんだよ〜♪とりあえず、ひとつ食べてみない?」
「う、うん…」
 今朝食べた石楠花先輩が作ったのと、どっちが美味しいか気になる所だし。
「それじゃ、あーんして?」
「……」
 …まったく。油断ならないと言うか、お約束を外さない女である。
「……。…あーん…」
 まぁいーや。どうせ茜しか見てないし、いちいちこの程度で抵抗するのも疲れたし。

ぱくっっ

 …しかし、そこでわたしがあーんに応じてやると同時に、柚奈は手に持った一粒を自分の口の中へと放り込んでしまった。
「あ〜〜っっ!!」
「うふふふふ〜♪」
「ちょっ…ひどいじゃないっっ」
 と、思わず身を乗り出して非難しようとしたところへ…。
「ん…っっ♪」
「ん…んんーーーーーっ?!」
 スキありとばかりに柚奈が迫ると、そのままわたしは唇を奪われてしまった。
「……っ!!」
「ん…っっ、…ほら…受け取って…??」
 そして熱い吐息と共に、柚奈の舌から唇を通って、半溶けになったショコラの粒がわたしの口へと入り込んでくる。
「んんっ、んぐ……っっ??」
「…んふふふふ〜♪こうすれば、いつもよりずっと甘くなるでしょ…?」
「……っっ」
 やがて、ふんわりと絶妙な甘さのチョコがわたしの口の中に移動すると、柚奈はようやく唇を離してそう告げた。
「あは。もう1つ食べてみる…?」
「ゆ、柚奈ぁぁぁぁぁっっ」
「うう〜っっ、本当はこれをクラスのみんなの前でやりたかったのに…」
 そして、拗ねた様な顔で恨めしそうにそう呟く柚奈。
「そんなコトされてたまるかぁっっ!!」
「あはは。実はクラスで、あんたらがどんなバカップルぶりを見せてくれるか、楽しみにしてたみたいなんだけどね?ごちそうさま」
「…バカップルゆーな」
「んじゃ1日遅れだけど、明日クラスでやってみよっか?」
「冗談じゃないわよっっ!!」
 また転校させる気か、あんたは。
「あー大丈夫。ちゃんと保存してるから♪」
 しかし、そんなわたしにお構いなく、ニヤリとした笑みと共に自分の携帯を見せる茜。
「こらーーーーっっ、消せっっ」
「あはは、冗談冗談。撮ってないってば」
 …全く、何処まで油断もスキもないんですか、あんたらは。

その夜…。

「さーて、お風呂にでも入るかな…」
 夕食後、部屋に戻ったわたしは、わざわざ声に出すまでもない独り言を呟きながら、大きく背伸びをする。
 まぁ予想はしてたけど、えらく疲れた1日だったわね…。
 …疲労の所為か、何だかいつもより体がだるいし。
「とにかく、こういう日はさっさとお風呂に入って寝るに限るってもんね…」
 柚奈も、明日は元気で登校してくるのかな?
 まさか、また朝起きたら裸で潜り込んできてるなんて事はないだろうけど。
「……」
 そんな事を考えているうちに、ふと着替えの下着を選びながら、先程柚奈から貰ったショーツの事を思い出す。
 確か、スカートのポケットに入れてたと思うけど…。
「あ、あったあった…」
 危ない危ない。入れたまま忘れて学校に持って行った挙げ句に見つかったりしたら、また何を言われるか分かったものじゃないし。 
「……」
 さーて、どうしよう…。
 もらったはいいけど、処理に困ったりして。脱ぎたてって言ってたけど、柚奈みたいにどうこうする趣味はないしなぁ。
 …当然、額に入れて飾っておく訳にもいかないし。
「……」
 そうなると、後に残された利用手段と言えば…。
「……」
「……」
 さっきは、わたしの脱ぎたてショーツを着けていた柚奈を見て、つい頭に血が上ったりして無理矢理剥ぎ取ろうとしたけど…。
『でも、みゆちゃん…いま私、とっても幸せだよ?』
「……」
「……」
「明日も体育は無いし、別にいいかな…」
 毒を喰らわば皿まで。こうなったら、わたしも最後まで付き合ってやるか。
 …もちろん、見せ合いっこはお断りだけどね。
 そして、わたしは新しい下着を選ぶのをやめると、純白のレースに合いそうな上の下着をごそごそと探し始めた。
『確かに来年も交換するなら、上下お揃いの方がいいかもね…??』

5-8:まぁ、お約束ですから

そして…。

「んー、熱が38度4分程あるみたいね??」
「せっかく迎えに来たのに、これじゃ学校行けないですねぇ??」
「ごほっごほっ、うう…っっ」
 次の日の朝、わたしは布団の中で咳き込みながら苦しんでいた。
「みゆちゃん苦しそう…大丈夫〜?」
「…柚奈。あんた、謀ったわね…??」
 残念そうな台詞とは裏腹に、枕元で何処か嬉しそうな笑みを浮かべる柚奈へ声を振り絞る。
 お約束といえばそれまでだけど、まさかこんなオチなんて…っっ。
「え〜?大好きなみゆちゃんを謀るなんて、そんなぁ…」
「う〜〜っっ…」
 謀るも何も、あれだけ病人に密着した上に、チョコの口移しなんてすれば、移ってしまうのは当たり前の話ではある。
 と言うか絶対、わたしに風邪を移す事を考慮に入れていたでしょ、柚奈…??
「それにしても、困ったわね…お母さん、今日はこれから出かけなきゃいけないのよ…?」
「なんなのよ、それ…?!」
 病気で動けない自分の愛娘を、オオカミの前で放置するより大切な用事なの、それは??
「大丈夫ですよ、お母様?私が責任を持って看病しますから♪」
「あら、いいの?学校は??」
「あはは、愛するみゆちゃんの為なら、無断欠席の1日や2日なんて♪」
「ううっ、美由利はいいお友達を持ったわね…お母さん感激だわ」
 全く嘘偽りの無い、澄み切った青空の様な声でそう断言する柚奈に、目元をワザとらしく覆いながらそう告げる母上。
 感激したそぶりか、本当に感激したのかは判断できないけど。
「わ、わたしとしては、柚奈にはちゃんと授業に出てもらって、わたしの分も聞いておいて欲しいんだけど…?」
「ん〜?今度のテスト範囲はもう予習済みって言わなかったっけ?出題ポイントも茜ちゃんに聞けば教えてくれるしね?」
 しかし、わたしの小賢しい抵抗も、涼しい顔であっさりと一蹴されてしまう。
「う…っ、それは…そうかもしれないけど…でも…」
「みゆちゃんだって昨日、授業をサボってまで看病してくれたんだから、今度は私の番って事で♪」
「…いや、でも、しかし…」
「それに私に言わせれば、こういう時の為に普段から勉強して、トップの成績を維持しているんだからね〜?これも前に言わなかったっけ?」
「……」
 ああああ、どんどん袋小路に追い込まれていく…。
「そういう事なら、今日はとことん桜庭さんに任せちゃおっかな?」
「ええ、ご心配なく。お母様も大船に乗った気持ちでお出かけしてくださいな♪」
「ちょ…っ、そう簡単に信用しちゃ…」
「んじゃ。ご飯もあるし、おかゆの材料なら冷蔵庫にあるから、後はお願いね?」
「はーい。それではいってらっしゃいませ〜♪」

ばたん

 …そして、とうとう母上はオオカミの甘言を信じて立ち去ってしまった。
「……」
「……」
「…あーもう、好きにして…」
 こうなったら、もうヤケを起こすしかない。
 まな板の鯉ならどーでもいいや。変なコトして来やがったら、逆に移し返してぶりかえさせてやる。
『そして、今度はお見舞いなんて行ってやらないんだから…っっ』
「んふ♪それじゃ早速、熱さましにネギを…」
「却下っっ!!」
 前言撤回っっ。ヤケなんて起こしてる場合じゃなかった。
「ん〜、やっぱり座薬の方が良かったかな?」
「あ、後で病院に行くからいいってば…っっ」
 ここで無理やり柚奈にお尻の処女奪われるくらいなら、多少痛くても病院で点滴なり注射でも打たれた方がマシだし…っっ。
「大丈夫♪お医者さんはうちの主治医の先生を呼んであげるから。でも、今からお願いしてもお昼過ぎになってしまうだろうから、それまでは私がじっくりと看病してあげる♪」
「う…っっ」
「ほらほら、飲み薬が辛かったら、こういうのもあるみたいだよ?」
 そう言って、軟膏みたいな入れ物を取り出す柚奈。
「ぬ、塗り薬…??」
 一体、うちの母上は何のつもりで救急箱にそんなモノを…っっ。
 いや、そもそもそれは本当に風邪薬っっ?!
「さーて、とりあえずどっちにする?それとも…両方試してみる?」
 嫌な予感警報が煩いくらいにわたしの中で鳴り響く中、左手に座薬、右手に塗り薬を手に、「ふふふふふ…」と、妖しい笑みを浮かべながら近づいてくる柚奈。
「ちょっ…い、いいってば…っっ、わたし苦い薬でも平気だから…っっ」
 そんな柚奈に、わたしはふるふると首と手を横に振りながらご遠慮申し上げた。
「大丈夫だよぉ〜♪痛くはしないからね?それとも…先に身体を拭いてあげよっか?」
「大体、なんであんたはそんなに元気なのよぉ…っっ?!」
 いつも通りというか、寧ろ元気が有り余ってるというのか。
 顔艶といい積極性といい、昨日の今日でまるで別人の様だった。
「それはぁ…もちろん、みゆちゃんの愛情がこもったチョコと看病のおかげで回復したに決まってるじゃない♪」
「ううううう…っっ」
 しまった。わたしは小悪魔を生み出す手助けをしてしまったのだろうか…?!
「だから…今度は私がたっぷりと愛を注いで治してあ・げ・る♪」
「くっ、くるなよるな助けて〜っっ!!」
 そう言って、がばっと覆い被さる様に突進してきた柚奈を、わたしは紙一重で避ける。
「むぅ〜っっ、助けてって人聞きが悪すぎ〜っっ。もう…大人しく横になってないと、私も心を鬼にして両手を縛っちゃったりするよ?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ」
 そんな台詞と共に、柚奈が後ろ髪を束ねていたリボンを解いてニヤリとした笑みを浮かべた瞬間、わたしの悲鳴が2人っきりの家に響き渡っていく。
「ほらほら、座薬を刺したら楽になるんだから観念して〜♪」
「こっこらっっ、ズボン脱がせないでっっ」
 その直後、強引にパジャマのズボンの裾を引っ張りにかかる柚奈に、必死で引き戻そうと抵抗するわたし。
 …って言うか、考えてみたら今日のわたしの下着は…っっ?!
『昨日と立場が逆転してるし〜〜っっ』
 これも因果って奴ですか、神様…??
「ええ〜いっっ♪」

ずるり

「…きゃあ…っっ」
「…あ…??」
「……」
「……」
 やがて、わたしの必死の抵抗虚しく、一気に引き下ろされて露わになった途端、柚奈の手がフリーズした様に止まった。
「みゆちゃん…やっぱり、着けてくけれてたんだね?」
 そして、ぽつりとそう呟く柚奈。
「う〜〜っっ、今日は体育のない日だし、あんたにバレる事は無いって思ってたのに…」
 昨晩、何だか身体がだるかったのを、ただの疲れと思い込んでしまっていたわたしの不覚ではあったんだけど。
「みゆちゃん…」
「……」
 やばっ、これで完全に柚奈の暴走スイッチを入れちゃった??
 熱で身体の動きが鈍い今の状態に加えて、家に2人っきりというこの状況だと、完全に逃げ道も無いワケで。
『うう…っっ、いよいよ観念するしかない…か』
 年貢の納め時なんて、こんなにあっさりと来てしまうものなのね…。
「……」
「……」
「…まぁ、みゆちゃんが飲み薬が飲めるって言うなら、大丈夫かな」
 しかし、心の中で絶体絶命の覚悟を決めたわたしに対して、柚奈はしばらくの間を置いた後でそう告げると、塗り薬と座薬を救急箱に戻していく。
 既に、先ほどまで柚奈が暴走気味に纏っていた煩悩というか勢いは、すっかりと抜けきっている様だった。
「突然、どういう心境の変化よ…??」
 どうやら助かったみたいだけど、納得はしていないわたしは、訝しさを隠す事も無くそう尋ねる。
「ん〜?心境の変化だなんて、また人聞きが悪いなぁ」
 うるさい。さっきまで暴走モード全開だったくせに。
「まぁ、私の心に根付いていた不安感が、またひとつ払拭されたみたいだし…ってのはあるけど」
「不安感…??」
「昨日も言わなかったかな?これでも、結構気にしてるんだよ…?」
 そこで、わたしは昨日柚奈から脱ぎたてのショーツを渡された時の言葉を思い出す。
『…私だって、いつもみゆちゃんに突き放されない自信がある訳じゃないんだよ…?』
「……」
 えっとつまり、柚奈の暴走は、実はわたしの自業自得…??
「それに、私がみゆちゃんに看病してもらってる間、すっごく幸せだったから…だから、出来ればみゆちゃんにも幸せを感じてもらえると嬉しいし…ね?」
「…う…っ…」
 こいつは…ここぞという時に、恥ずかしい事この上ない台詞を臆面も無く…。
「そういう可能性があるんだって分かったら、方向転換してもいいかなーって」
 そう言って、にっこりと優しい笑みを見せる柚奈。
 すると、先ほどまでの小悪魔から一転、今の柚奈は天使に見えてしまうから不思議なものである。
「柚奈…」
「まぁ、みゆちゃんがやっぱり座薬と塗り薬の方がいいっていうなら、私は喜んでそうするけど?」
 しかしそれも長くは続かず、再び「きゅぴーん」と柚奈の目が妖しく光る。
「いっ、いや…っっ、わたしも優しく看病してもらう方が嬉しいから…っっ」
 それを見て、慌てて首をぶんぶんっと横に振りながら遠慮の意思を主張するわたし。
 …つまりまぁ、どっちの因子も持ってるって事だろうけど。
「ん〜、心配しなくても優しく入れてあげるよ?ちゃんとほぐして痛くない様にして」
「こらこらこらっ、またさっきのノリに戻ってきてるってばっっ」
「むぅ…それじゃ、どうして欲しいか、みゆちゃんの方から教えて欲しいな?」
「……」
 ああ、そういう事か…。
「…んじゃ、お薬飲む前におかゆでも作ってきてくれると嬉しい…かな」
「うん。了解だよ〜♪」
 そして、少し考えた後で遠慮がちにお願いするわたしに、柚奈は嬉しそうに頷くと、「それじゃ、ちょっと待っててね」と告げた後で、意気揚々と部屋から出ていった。

ばたん

「……」
「…そっか、そうだよね…?」
 やがて、柚奈が出ていった後で、わたしは改めてふかふかのシーツに身体を預けながら独り言を呟く。結局、わたしがどう思っているのか分からないから、柚奈は例え一方的になっても、自分の想いを見せ続けるしかない。
 …このままお互い、付かず離れずが理想的かな…とも思ったことがあったけど、それは単なるわたしの側の都合に過ぎない訳で。
「……」
 もう少しだけ、柚奈との事を真剣に考えてもいいかな…?
 まだ、素直になりきれない抵抗感があるのは確かだけど…それでも多分わたしを一番理解してくれるのは、柚奈なんだろうから。

がちゃっ

「やっほ〜っ♪おまたせ〜♪」
 それからしばらくした後で、片手に湯気の立ち上った器が乗ったお盆を片手に、柚奈が底抜けに明るい笑みを浮かべて戻ってきた。
「うぃ〜っ、おかえりー…って…」
 反射的に口から出たお帰りを告げた後、その柚奈の姿を見て、わたしの目は思わず点になってしまう。
「私の愛を込めて作った、特製のおかゆだよ〜ん。早速食べさせてあげるね?」
 良く見ると、戻ってきた柚奈の奴は、裸にエプロン一枚という姿だった。
「…ちょっと待て。その前に、なんで裸エプロンなのよ、あんたは??」
「もちろん、これでみゆちゃんを誘惑…もとい、看病したら元気になるかなーって」
「なるわけないでしょ、お馬鹿っっ!!」
 突然、なんて事を思いつきやがりますか、こいつは。
「え〜?病人は人肌で暖めるのが一番だって言わない?」
「…そうだとしても、あんたの風邪がぶり返すでしょうがっっ?!」
 ただでさえ、病み上がりのくせにっっ。
 うああ、なんだか熱が上がってきた気がする…。
「まあ、その時はきっとまたみゆちゃんが看病してくれるだろうし♪」
「……」
 …いや、やっぱりこいつに決めてしまって本当に後悔しないか、よ〜〜〜っく考える必要はあるかも…ね?


*******おわり*******

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