れるお姫様とエトランジェ Phase-5 その1


Phase-5:『バレンタイン騒動』

5-1:sweet morning?

「ん…っっ、んん…??」
 夢の世界へ旅立っていた意識がまどろみから現実に戻ると、ひんやりとした感触がわたしの顔を撫でた。それは、寒いと言うよりは冷たいと表現した方がしっくりとくる気がする。
「……」
「う〜〜っ、やだなぁ…」
 だからと言って別に、誰かに冷水で濡れたタオルを押し付けられたとか、悪戯されたワケじゃない。
 自分でも良く分からない独り言と共に、殆ど無意識の行動で首だけを部屋の端に向けると、そこには2月分のカレンダーが壁にかけられていた。日付の上に載せられている絵柄が雪国である様に、今が一年の中で一番寒い時期なのだから仕方が無いというだけの話であって。
「…はぁ…室内なのに息が白いよ…」
 ともあれ、真冬の朝は寒くて嫌い。
 だだでさえ眠いのに、室内に充満した冷たい空気が、しぶしぶでも起きようとするわたしの意思を阻んでくるし。
 …でも、だからこそ得られる心地よさがあるのも事実だった。
「ん…っ、よ…っと…」
 所々で差し込んでくる隙間風を塞ぐ様に2枚重ねの布団を丸めると、厚めのパジャマ越しに、シーツとお布団の下に敷かれた毛布の両面から、ふんわりと柔らかい感触がわたしの身体を優しく包み込む。
 こうやって暖かい羽毛に包まれて眠る時間は、正に至高のひと時である。
「…ふゃ〜っ、ずっとこうしていたい…」
 もう、これさえあれば何もいらないっていう気分にさせられてしまう。
 幸い、まだ目覚ましは鳴っていない。まだしばらくはこの幸せな時間を満喫できる様だった。
 背中に巻いた湯たんぽも、ほんのりと心地の良いぬくもりをわたしに供給してくれているし。
「ん……?」
 背中に巻いた湯たんぽ?
 …そんなモノがあるワケが無い。
「……??」
 しかし、それでも何だか生暖かくて柔らかいものがわたしの背中に絡みついてるのは確かだった。ふさふさ感はまったく無いので、これは毛布とか、そういう類のものじゃないみたいだし。
『あれ、抱き枕でも使ってたっけ…??』
 いや、抱き枕にしては暖かいし、柔らか過ぎるし…。
 むしろこれは…。

むにっ

「ひぃぃ…っ?!」
 い、今抱き枕がわたしの胸を触った…っっ?!
「え…ええ…っ??」
 良く見ると、わたしの脇の下から、2本の白くて細長い何かが胸へと伸びている事に気付く。
「むにゃむにゃ…ん〜っ、みゆちゃんん…」
「んな…っ?!」
 その後、背中から寝言が混じった寝息をはっきりと感じたわたしは、慌てて布団から離れて振り向くと、そこにはストレートロングの黒髪を乱れさせて、無防備な寝息を立てる美少女の顔が現れる。
「…んーっ…んん……」
「ゆ、柚奈…っ?!」
 それは、紛れも無い見知った顔で、しかも…。
「ん…あ…?みゆちゃんおはよう…」
「ななな、何で裸なのよぉ…っっ?!」
 寝ぼけ眼でもそもそと布団の中から身体を起こした柚奈の姿は、一糸纏わぬ裸だった。
 いや、それ以前に何故あんたがわたしの布団の中にいる?!
 …と言うか、一体どっちから突っ込めばいいのやら??
「え〜、昨夜はあんなに愛し合ったのにぃ…むにゃ…」
「ち、ちょっとまてっっ、そんな覚えは全く無いてばっっ」
 昨晩眠りにつく瞬間までは、確かにわたし1人だったはずですけど…っっ?!
「もぅ、往生際が悪いんだからぁ〜…」
「とにかく、目のやり場に困るから何か着なさいよね…っっ」
 ただでさえ、均整の取れたスタイルが抜群な上に、雪の様に真っ白で柔らかそうな肉付きの肌は、性別を問わず無差別に魅了してしまう魔力があるというのに。
「あはは、照れることないのにぃ〜♪」
 そう言って、視線を微妙に外しながら床に投げられていた制服を持って近づくわたしに、服を着るどころか、べったりとわたしにもたれかかってくる柚奈。
「あーもう、いつまでも寝ぼけてないでよおっっ」

ガチャ

「美由利ちゃん、そろそろ起き…」
「え…っ??」
 そんな中、突然わたしの部屋のドアが開くと共にお母さんが入ってくると、そのままどさっと、手に持っていた何かが落ちる音が響く。
「はっっ?!あ、あなたたち…っ?!」
 そして、両手を頬に当てて愕然とした表情を浮かべる母上。
「お、お母さんっ?!こ…これは違うのっっ」
 もう、わたしには何がなにやら…っっ。
「……」
「美由利ちゃん…お母さんはお互いが愛し合ってるなら、女の子同士だとか、行為の是非云々についてどうこう言う気はないわ。だけど、責任はきっちりと取りなさいね?」
 しかし、そこで狼狽しまくるわたしに対して、お母さんは神妙な面持ちで部屋に入ってくると、演技かかった口調で諭すようにそう告げた。
「…あのね、それが母親の台詞??」
「ゴメンなさいお母様…でも、私の愛する想いは本物ですから…どうか許してください…っっ!!」
「あんたも、乗るんじゃないっっ!!」
「美由利ちゃん、お遊びはダメだからね?大切にするのよ?」
「…ああ、そうですか…」
 そろそろ何もかもが面倒くさくなってきたわたしは、投げやりな返事を返してやる。
 …とゆーか、柚奈とグルでしょ、お母様??

「ま、いいわ。朝ごはん出来てるから、早く降りて来なさいね?」
 やがて一通り騒ぎ終えた後で、母上はあっさりと何事も無かったかの様な口調でそう告げると、相変わらず裸でわたしの身体に張り付いている柚奈を気に止める様子も無く、部屋から立ち去ってしまった。
「……」
 なんなんだかなー、もう…。
「みゆちゃん嬉しい…っっ、これで私達は公認の仲なのね…っっ」
「あーもう、いつまでも遊んでるんじゃないっっ」
 ともあれ、未だに茶番劇を続けようとする柚奈の身体を引き剥がしにかかるわたし。
 そろそろ本気で鬱陶しいし。
「むぅ〜っ、みゆちゃんが冷たい…」
「大体、ただでさえいつもギリギリなのに、こんなコトしてる暇…ん…?」
 しかし、ベッドの横の置時計の時刻を確認すると、まだ普段起きる時間より10分程早かった。
 そう言えば、目覚ましがまだ鳴ってなかったんだっけか。
「…また今日はえらく早くやって来たのね、柚奈??」
「だって。ギリギリに来ちゃうと、みゆちゃんとのんびり出来ないじゃない♪」
「……」
 …ったく。わたしと同じで早起きは苦手な癖に、こういう時はしっかりと起きやがるのね。
「……」
「……」
「それはいいけど、着替えたいから、いい加減わたしの身体から離れてくれる??」
 と言うか、いつまでわたしに絡みついている気なんだろう…??
「ん〜、だったら、私が着替えさせてあ・げ・る」
 しかし、柚奈はそんなわたしに、殆ど間伐無しでそう告げると、素早くパジャマのボタンに手をかけてきた。
「こっ、こらっっ、やめ…っっ」
「うふふ、ちゃんと下着も付け替えないとね?」
 そう言って、更にブラのフロントホックに指を伸ばしてくる柚奈。
「い、いいってばっっ、着替えくらい自分で出来るからっっ」
「まぁまぁ、遠慮しない遠慮しない♪」
「あーーーーれーーーーーっっ」
 程なくして、わたしは実に古典的な台詞を叫ぶ羽目になってしまった。

5-2:もうすぐあの日

「う〜っ、朝っぱらから一日分の体力を使い果たした感じ…」
 その後、柚奈のお陰ですっかりと騒々しい目覚めになってしまった後のキッチンで、母上からコーヒーカップを受け取りながら脱力気味にぼやく。
 一応、何とか素っ裸にされる直前で逃げ出せたけど、それに費やされたエネルギーたるや相当なものだった。
「……」
 そもそも、奴の家とわたしの家との距離は片道で1時間以上も離れているだけにすっかり油断していたけど、柚奈がこんなに朝早くから襲撃してくるなんて。
「でも、お陰で目が覚めたでしょ??」
 そして、そんなわたしに対して、能天気にそんな台詞を吐く柚奈。
「…目は覚めたけど、心臓に悪いからやめて」
 というか、起きる以前に安眠出来やしないから。
「んじゃ、今度は目覚めのちゅー程度に留めておくね?」
「余計眠れんわっっ!!」
「あらあらまぁまぁ、青春ねぇ。お母さんも昔、そういう時代あったわ…」
 そんなわたし達のやりとりを見て、お母さんは微笑ましさ全開と言った様子で、ウェーブがかった髪を揺らせて、その端正な顔に笑みを浮かべる。
 齢はもうじき40になろうとしているというのに、下手したら20代の女性と張り合えてしまう様な若さと美貌を保っているのが恐ろしい所だった。
「…母さんは黙ってて」
 ともあれ、どっちかと言うと、あんたはその美貌を生かして(?)片っ端から女の子を口説くか襲撃してした側だったでしょーが。
 …きっと、メインターゲットにされていた小百合さんも(余談だけど、わたしは学生時代の小百合さん似らしい)、今のわたしと同じ様な朝を迎えたりしていたんだろうなぁ。
「もう、そういうつれないコトを言ってると、桜庭さんに嫌われちゃうわよ??」
「あはは、それは大丈夫ですよお母様?」
「そうね。きっち美由利ちゃんは照れてるだけね」
「……」
「…ま、いーけどさ」
 そろそろツッコミ疲れたので、今日の遅刻は楽勝で免れそうだという現実だけを受けとめておく事にするか。
 …所詮、もう来るなと言っても無駄なんだしさ。
「ところで、今朝はえらく寒いわね…」
 とりあえず話題でも変えようかと、そんな独り言を呟きながら窓の外を見てみるわたし。
 どうやら、雪は降っていないみたいだけど。
「昨晩雪が降ってたのに、今朝は綺麗に晴れたから。その代わりに空気は澄んでるけどね」
「ああ、なるほどね…」
 合点がいった。確か雪の時は雲で阻まれていた寒波が、晴れた時には何も覆うものが無くなってそのまま吹き込んでくるんだっけ??
「天体観測には持って来いな日和ですよね、お母様♪」
「うふふ、今夜は星が綺麗なロマンチックな夜になるかもね?」
「こんな寒い日に、お外で天体観測なんてする奴の気がしれないわよ…」
 いやまぁ、星空を眺めるのは嫌いじゃないけど…寒さを我慢してまでかと言われると、やっぱりわたしの台詞通りなのが正直な心情というものであって。
「ん〜。うちだったら、お風呂入りながら見られるよ?1階のよりは少し狭いけど、3階にも天井がマジックミラーになってるお風呂があるから♪」
「うあっ、このブルジョア娘が…っっ」
 あれだけ広い浴室があって、まだ別の場所に露天風呂気分のお風呂ですか。
「あは。みゆちゃんだったら、いつでも入りにきてもいいんだよ?」
 そして、「もちろんお母様も」と付け加えて、人懐っこい笑みでそうのたまう柚奈。
「…どうせ、1人じゃ入らせてくれないんでしょ?」
「そりゃあ、こういうのは、みんなで見たほうが楽しいと思うし♪」
「んー、あんたが本当に見たいのは、綺麗な星空じゃ無い様な気がするのは、わたしの気のせいかな…??」
「き、気のせいだよぉ…あはははっっ」
「……」
 豪華なお風呂も、貞操と引き換えとなると考え物だよねぇ??
「でも、雪は今夜からまた降ってくるみたいよ?」
「まぁ、もう2月だしね…」
 誰にともなくそんな事を呟きながら、キッチンの壁にかけられたカレンダーを見る。
 そう言えば、カレンダーを見るのも今日これで既に2回目だけど、何となくこの時期はカレンダーを見ながら過去に耽る事が多くなっていた。
『確か、転校が決まったのが1年前の今日だったっけ…?』
 何事も無いハズの夕食時、突然に転勤を告げられて。
 その日の晩は、頭が真っ白になって眠れなかったんだっけ…。
「……」
 あれから、友達との別れを惜しむ暇すら無くドタバタした挙句に、殆どギリギリで転校手続きが間に合ってようやく落ち着いたかと思えば、今度は柚奈と出会ってしまった事で、やっぱり落ち着かない日々が続く羽目になってしまってるワケだ、これが。
「……」
 一体、1年前のわたしが、転校初日に通学路でぶつかったお嬢様にひと目惚れされて、付きまとわれる事になるなんて想像できただろうか?
 確かに悪友の絵里子には大分ちょっかいを出されたけど、あくまで友情の範疇だったし。
『…しかもそれだけじゃなくて、柚奈のお母さんとわたしのお母さんは、何かしらの因縁持ちときたもんだ』
 むぅ…。改めて考えてみると、結構数奇な運命を辿ってるよね?わたしも。
「そうそう、2月と言えばもうすぐだね?」
「あー、何が…??」
 そんな事を考えている最中、ココアの入ったコーヒーカップを両手で幸せそうに持ちながら話を切り出してくる柚奈に、面倒くさそうに返事をするわたし。
 でも、そういう仕草がちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だけど。
「やだなぁ、もうすぐバレンタインデーじゃない♪」
 すると、柚奈は待ってましたとばかりに満面の表情を浮かべて、そう返してきた。
「あーはいはい、日本中がチョコレート作ってる会社に踊らされる日ね」
 一体いつから続いてるのかは知らないけど、いい加減世界規模でかけられている集団催眠が解けたりはしないんだろーか?
「…む〜っ、みゆちゃんの思考が荒んでる…」
「だって、うちの学校でそんなもん関係あるの??」
 そもそも、共学の学校に通っていた頃にも大して縁はなかったけど、女子高に通っている現在は更に輪をかけて関心の薄い行事ではあった。
「そうでもないよ?結構、普段仲のいい友達とか、お世話になってる人にあげたりとかしてるみたいだし」
「ああ、まぁそういうのも案外アリかもね」
 そーいえば、最近は”友チョコ”なんて言葉も出てきているみたいだし。
『…と言うか、それもチョコレート会社の陰謀なんだろうけどさ』
 まったく、奴らは何処まで貧乏学生から搾り取れば気が済むのだろーか。
「うんうん、それに普段は厳しくて嫌われてる先生が、急にモテモテになったりとか」
「…そりゃ、賄賂って言うんじゃないの??」
「やぁねぇ、人聞きの悪い。お歳暮みたいなものよん♪…って、誰かが言ってた気がする」
「って、本質的には、大して変わらないでしょーが?」
 そもそも、御機嫌取り目的には違いないワケだし。
「…あー、いやでも…それならそれで、わたしも用意しておいたほうがいいのかなぁ??」
 確か、赤点ギリギリの科目がいくつかあった様な。
 んー、学年末だしなぁ…。春休みを補修で潰すくらいなら…。
「ダメだよ、そんな姑息なことしちゃ。ちゃんと正々堂々がんばろーよ??」
 そんなわたしの呟きに、ぷんすかと怒った態度を見せる柚奈。
「…つまり、ヤキモチを焼いてると」
 と言うか、社交辞令に嫉妬されても困るんだけど。
「だってぇ、みゆちゃんって天然の誘い受け体質だから、元々その気がなかった相手まで誘い込んでしまいそうだし…」
「そんなスキル持った覚えはない…っ!!…はず…だけど…」
 思い当たる点が全く無い訳でも無いのが辛い所だったりして。
「あらあら、うふふふ…そういう所も小百合ちゃんに似てきたわねぇ」
「……」
 そこで追い討ちをかけるのは止めてください、お母様。

「…でも、去年の茜ちゃんは本当に凄かったよ?」
 その後、昨晩に降り積ってうっすらと白く薄化粧された通学路を柚奈と並んで歩きながら、去年のバレンタインの話を続けるわたし達。
 まるで冷蔵庫の中にいる様な冷気は冷たいけど、この澄みきった空気は嫌いじゃ無かった。
「あーやっぱり、下駄箱を開けたらドサドサって感じ??」
 お約束だけど、充分あり得る話なのは想像できる。こういうイベントだと、正に”白薔薇の王子様”の面目躍如とでもいうのか。女子校の中において、長身で中性的な凛々しい顔立ち。更に水泳部のエースでスポーツ万能とくれば、イヤでも王子様役の宿命を背負わされるというもので。
「ううん、茜ちゃんが昇降口に着いた時には既に下駄箱にも入りきれなくなって、周囲が山積みになったチョコの箱で埋まってる状態だったよ?」
「ぐあっ、わたしの想像より、現実の方が遥かに上回っているし」
 事実は小説よりも奇なり…と言うより、そういう光景が現実にある事が驚きではあった。
「んで、茜ちゃんの方も予想もしてなかったみたいで、途方にくれてたけど」
「あはは…そりゃそーだ。それで、先生に見つかって没収されなかった?」
「うん。そうなんだけど、そうしたら茜ちゃん、生活指導の先生に『このチョコには、一つ一つくれた人の想いが詰まってるんです』なんて真顔で言って拒否しちゃったの」
「おいおい…」
 茜もキザな台詞をあっさりと吐いてしまうのね…。
「それで更に先生から意地悪な顔で、『それじゃ、その山の様なチョコは全部食べるのね?』と尋ねられると、茜ちゃんは『ええ。あたし水泳部でいっぱい運動してるから大丈夫です』って、にっこり笑みを浮かべながら答えちゃったりして」
「…おいおいおい…」
 そんな台詞を吐く奴なんて、今時ギャルゲーの主人公でもいないよ、ねえ??
「それで、どーなったの?」
「するとね、そのやり取りを見ていた周りの生徒から『きゃーっ、茜様素敵ーーっっ』とか、『抱いてーっっ』とか、黄色い声援が次々と飛び交っちゃって」
 それで結局、風紀指導どころの騒ぎじゃなくなって、「いいからさっさと持っていきなさい」と先生の方が折れてしまったとの事だった。
「あー、もうすっかりアイドル状態ね?すっかりみんな、そのキザな言い回しにシビれてしまったと」
「ん〜、茜ちゃんはキザというより、実直なだけだよ?別に気取ってる訳でも何でもなくて、あれが紛れもない本音なんだから」
 しかし、そこで柚奈はあっさりとそうフォローしてくる。
「そっか…」
 いやでも、本音でそんな台詞をあっさりと吐けるってのもそれはそれで凄い気もするが。
「うん…だから、もし茜ちゃんが誰かを本気で好きになったりしたら、きっともの凄く一途になるんじゃないかな…?」
「まぁ、それはわたしも思ってたけど…」
 そこで、あんたと比べるとどうよ?と口に出かけた所で止めるわたし。
「それで、みゆちゃんはどう?」
「え…わたし??」
「みゆちゃんがもしあの場にいたら、茜ちゃんに惚れちゃったかな?」
「…さぁねぇ。正直、あんたと一緒に馬鹿やってる茜しかイメージにないし…」
 それに、わたし的にはそーいうキザな茜より、普段自分の知ってる茜の方が好きだった。
「あはは、私も後で、『柚奈ぁ、ちょっとでいいから手伝って』って困り果てた顔で泣きを入れてきた茜ちゃんの方が好きかな♪」
「だよねぇ♪」
 それでこそ、我らの茜である。

5-3:悪戦苦闘

「さーて、明日はいよいよ14日だねぇ?」
 放課後、一緒に帰っていた通学路で、茜が夕暮れの空を眺めながらぼんやりと呟く。
 朝の食卓にバレンタインの話題が出てから、特に何事も無い普段通りの日々が続いていくうちに、いつの間にか日付は2/13になっていた。
「あら。何だかんだ言いながら楽しみにしてるの、お・う・じ・さ・ま?」
 そんな茜に、わたしはニヤリとした笑みを見せてやる。可愛いというより、ハンサムという言葉の方が似合いそうな彼女が、明日の主役になるのは疑い様の無い所であって。
「うーん、楽しみな様な、怖い様な…」
 すると、眉間にシワを集めながら、複雑な表情を浮かべる王子様。
「結局、去年貰ったチョコはどうしたの?全部食べた?」
「うん…多少手伝ってもらったけど、なんとか…」
「…それで全然太ってないってのも、凄いよね?」
 実際の量がどの位だったかは知らないけど、下駄箱に入りきらないって位だから、推して知るべしと言うか。
「そりゃもう、食べた分は消化しようと運動したよ…お陰で、春の大会で優勝できたりしたんだけどね」
「あはは。それじゃ、また今年の春も持っていけるんじゃない?」
「いやー、アレは正直辛かったからなぁ…」
「んじゃ、楽しみなのは?」
「…甘いモノは好きだから」
「ああ、なるほど…」
 チョコが沢山食べられる事自体は嬉しいんだ。供給過多なだけで。
「でもあたしより、今年は柚奈の方が凄く楽しみにしてるみたいだけどね」
「そう言えば、最近は何だか落ち着かない様子だったし…」
 そんな事を思い出しながら、今日は用事があるからと先に帰ってしまった、柚奈がいつもいる右側のポジションをちらりと見る。
 その用事というのは、やっぱり明日のバレンタインが絡んでくるのは想像に難くないワケで。
「……。ねぇ、やっぱり手作りじゃないとまずいかな…??」
 手作りと言っても、もちろんカカオから作る事では無い。
 …いい加減使い古されたお約束だけど、まぁ一応。
「んー、みゆがくれたチョコなら、どんなのでも大喜びすると思うけど?」
「…う〜っ、やっぱり作る…」
 そう言われてしまうと、尚更手を抜くわけにはいかなかった。
「あはは、あたし、みゆのそういう所が好きだよ」
「そりゃどーも…」
 いや、わたしとしては損な性格だよなーと思うんだけど…。
「それじゃ、ついでにあたしのもお願いね?」
「へいへい、分かってるわよ」
 …そして更に損な事に、わたしはえこひいきというのも苦手な性分でもあって。
「んじゃ、材料を買いに寄ってく?」
「ん、そーね。そーする…」
 まぁいいか…。そんなに難しい作業でもないだろうし。

「さて…と」
 家に帰った後で、制服も着替えずにキッチンへ向かうと、早速買って帰った材料を並べていく。
 とりあえず、材料になるチョコからラッピング用の紙まで、家にあるのか無いのか不明な物は全部買って来たので、これで不足は無いはずだった。
「今は誰もいないみたいだし、早速始めますか…」
 お母さんが家にいない所を見ると、夕食の支度をするにはまだ時間があるみたいなので、今のうちにさっさと済ませてしまおう。
 …と言うか、柚奈達の為にチョコを作ってる所は、お母さんには何となく見られたくないのが本音だったりもするし。
「結局は、溶かした後でこれに流し込んで固めればいいだけだよね?」
 簡単簡単♪手早くエプロンを着けた後で、クーベルチュールチョコレート(と言うらしい)のかたまりと、ハート型になっている型をそれぞれ手にとってみるわたし。
 多分、今同じ事してる連中は、全国で山ほどいるんだろうなぁ。
「これだけで、”手作り”になって格別な物になってしまうんだから、お手軽だよねぇ?」
 全く、思い込みの力って偉大だよねー、あっはっは。
 …閑話休題。
「とにかく、まずは溶かさないとね…」
 わたしは確認する様に呟くと、小さな鍋にぽいっとチョコのかたまりを放り投げて火をつける。
「あとは、ドロドロに溶けたら適当に型へ流し込んで…」
「………」
「……」
「…」
「…あれ…??」
 しかし、そんなわたしの想像とは裏腹に、火をかけてから20分位経っても、鍋の中のチョコは一向に溶ける気配が無かった。
 それどころか、何だか鍋の中からぶすぶすと焦げ臭い匂いが立ち込めてきた様な…。
「うわわわわっっ?!」
 ようやく事態が飲み込めると同時に、慌てて火を止めるわたし。
「しまった…いきなりチョコを炭にしてしまう所だった…」
 一応、材料は多めに買ってはいるけど、もったいないお化けに取り憑かれてしまいそう。
「もう、なんで溶けないのよぉ…」
 火で炙った氷みたいに、あっという間に溶けて液体になるかと思ってたのに、これは正に想定の範囲外だった。
「困ったなぁ…材料はこれでいいはずなんだけどな…」
 とりあえず買ってきたのは、クーベルチュールチョコレート、ココアパウダー、キスチョコレート(一口サイズの小さい奴)、あとは生クリームって所。
 あとは、ハート形の抜き型さえあれば、残りの必要な物は家にあるとの事だったけど…。
「ん〜〜っ、鍋だけだと足りないのかなぁ…??」
 この際、チョコのかたまりをナイフやヤスリで削ってハート形にしてしまうという手も…。
「ただいまー」
 そんな荒技を本気で試してみようかと思い始めた時、玄関の方から聞き慣れた母上の声が耳に届く。
 …どうやら、ここでタイムアップになってしまったみたい。
「んー、焦げ臭いわよ?何やってるの?」
「何やってるって…見ての通りだけど?」
「見ての通りって言われても…チョコレートと生クリーム、ハート形の抜き型に、小型の鍋…これでどうしてたの??」
 わたしとしては大真面目にそう返したのに、母上はまるで難解な謎かけでもされているかの様な困った顔を浮かべてこちらを見る。
「どうしてたって…明日は何の日か考えたら分かるでしょ?」
「まさかと思うけど、バレンタインのチョコを作ろうとしてたとか?」
「…まさかって何よ、まさかって」
 と言うか、その「まさか」はどういう意味ですか?
「……。美由利ちゃん、念のために聞いておくけど、作り方知ってる?」
 そして、少しばかり考え込むような間をおいた後で、そう訪ねてくる母上。
「だから、このチョコのかたまりを鍋で溶かして型に入れて冷やすだけでしょ?」
「……」
 うわ、また難しい顔を浮かべて黙り込まれてしまった。
「もしかして、やり方間違ってた?」
「…はいはい。それじゃ、ちゃんと教えてあげるから、夕飯の後でお母さんと一緒にやりましょうね?」
 そこで恐る恐るそう尋ねるわたしに、母上は首を横に振りながら、優しげな口調でそう告げてきた。
 
そして…。

 夕食の片付けも終わった後、お母さんに呼ばれて再びキッチンに立つと、そこにはやけに色々な道具が並んでいた。
「なにこれ??」
 少し変わった形の包丁に、大きさの違うボウルが3つに、パレットナイフと木べらに、温度計…??
「チョコを作る為の道具。ちゃんとテンパリングしないと固まらないでしょ?」
「てんぱりんぐ??」
 そんな専門用語、初耳だった。
「…はいはい。これを読みながら、ゆっくりやりましょうね?」
 そう言うと、母上はプリントアウトした紙の束をわたしに手渡してくる。
「なにこれ??」
「とりあえず、バレンタインのチョコ作りに関する資料をネットで集めておいたから。これを見ながらやれば、多分大丈夫よ」
「おおお…文明開化だねぇ」
 図書館や本屋に行かなくても、欲しい情報がお手軽に手に入る。
 まったくいい時代に生まれてきたもんだ、わたしも。
「まぁ、女の子のたしなみとして、チョコの作り方位は覚えておかないとね?」
「言い寄られてるのが、女の子だけだとしても?」
 正直、あまりわたしの人生に役立つとは思えないんだけどね。
「女の子のたしなみって言ったでしょ?それとも、女の子である事を捨てるつもり?」
「…いーえ。このままじゃ、女の子の元へ嫁入りさせられそうだけどさ」
「まぁまぁ。愛し合ってる者同士で結ばれるのが一番だから」
「いや、別にまだ愛し合ってる訳じゃ…」
「ほらほら、おしゃべりはその位にして、作業を続けないと」
「……」
 なんか、都合のいい所で押し切られた感じだけど、まぁいいか。
「えっと…まずは、クーベルチュールチョコをナイフで細かく刻む…ありゃ、刻まないとダメなのね」
「じゃないと、いつまで経っても溶けないでしょ?」
「へいへい、左様でございますね…んで、この包丁はいつものとは違うの?」
 用意されていたのは、包丁と言うよりナイフに近い形状で、普段の料理で使ってるのとは微妙に違う感じだった。
「チョコレートは固いからね。こういったナイフの方がやりやすいの。あと、角から斜めに切るとやりやすいわよ?」
「ふーん…」
 ともあれ、わたしは言われるがままに、チョコのかたまりをまな板に置くと、用意してもらったナイフでトントントンと刻んでいった。
「……」
 いや、トントントンというより、ガリガリガリって感じだけどまぁいーか。
「何か、チョコの千切りを作ってる気分…」
 このままキャベツの代わりに、こっそりと明日の朝食の付け合せにでも出したらびっくりするかな?
 …いやでも、フルーツサラダとかには結構合うかも。
『いや、それはとりあえず置いておいて…』
 どうも、わたしは脱線癖があっていけない。
 その為、集中力に欠けてるのがわたしの欠点というのか…。
「…ほらっ、よそ見してたら指を切るわよ?!」
「え…あ…っ?!…あた…っっ!」
 そこでお母さんの鋭い声が飛んで我に帰った瞬間、わたしの指先に痛みが走った。
「もう、言ってる側からっ!」
「ご、ゴメン…あいたたた…」
 深くは無いのが幸いだけど、指先を少し切ってしまったみたい。
 ううっ、まさに自分で自覚した通りだったりして。
「…いいから、刃物を使っている時は集中しなさい」
「はーい…」
 あああ、情けない。
「ほら、指を見せて」
 そして、そう言ってわたしの手を優しく取ると、お母さんはそっと怪我した指先を口に含み…。
「え…??わわ…っっ」
 ゆっくりと生暖かい舌で、傷口の辺りを優しく舐め取っていく。
「お、お母さん…??」
「いいから…ちゃんと綺麗にしておかないと…ん…っ…」
「……」
「……」
 お母さんの口の中は温かいし、舐めて傷を癒してもらってるみたいで、その行為そのものは決して悪い気分じゃなかった。
 いや、無いんだけどね…。
「あ、あの…お母さん…?そんなに丁寧にやらなくてもいいから…」
 なんか、次第に舌使いが執拗になってるような気がするんですけど…っっ。
 傷口だけでなくて、お母さんの口に埋没した指全体にわたって舌が這い回っていると言うか…。
「ん〜っ…ひ(ち)ょっと気持ちよくない…??」
「むずむずして、ちょっと変な感じ…」
 なんだか、指先から背筋へとゾクゾクした感覚が広がっていって、心臓がちょっとドキドキしてきたりして。
『うう〜っ、どうして、指を舐められてるだけにのに、こんなに…??』
 そう言えば、指先って一番敏感な部分なんだっけ…??
「んふ…っ、まだまだお母さんの腕も捨てたもんじゃないでしょ?」
「…何の腕よっっ、なんのっっ」
 と言うか、実の娘にそんなテクニックを発揮してもらわなくても結構なんですが。
「うふふふ…必要になったら、いつでも伝授してあげるわよ?」
「いや、わたしには関係の無いスキルだと思うので、遠慮しときます」
「あらあら、ネコちゃんでも覚えておいて損は無いと思うけど?」
「だーかーらーっっ」
 なんでわたしの周りには、こういう人しかいないのよおっっ。

「はい。これで大丈夫よ。今度は気をつけてね?」
「…へいへい。もう大丈夫ですよー」
 ともあれ、バンドエイドを貼ってもらって仕切りなおすと、わたしは再びナイフを持ってチョコのかたまりへと挑む。
「ああ、そうそう。もう1つ言い忘れてた」
 しかし、そこでふと思い出した様に切り出してくる母上。
「なに…??まだ何かあった?」
「あのね。女の子を落とす際は、さっきみたいに指を丹念に舐めてあげるのを忘れちゃダメよ?相手を安心させるのと、気分を盛り上げる効果があるから。ちなみに、指と指との間が性感帯のコは結構多いし…」
「だから、その話はもう終わったから…っっ!!」
 勝手に妙な講座を続けないでくださいっっ。
「そうねぇ…桜庭さんに教えたほうがいいかしら??」
「それもダメ…っっ」
 どっちみち、被害を被るのはわたしなんだから。
「もう、美由利ちゃんはわがままねぇ〜」
『…絶対違うと思う…』
 とは思ったものの、口には出さないでおく。
 いちいち過敏に相手してたら、また指を切っちゃいそうだし。
『ホントに、柚奈の同類だよねぇ…』
 でも、前はこんな事は無かったのに。今みたいに絡んでくる事も殆ど無かったし。
 こっちに引っ越してきてから…と言うか、柚奈と付き合い始めて(友達としてだよ)から、段々と奇行が目立つ様になった感じで。
「……」
 柚奈に昔の自分の姿を見たから?それとも、久しぶりに小百合さんの名前が出てきて、学生時代の自分を思い出したから…?
『ま、いいか…』
 何か、お母さんと小百合さんの間には、何か影みたいなのを感じたし、明るく振舞っているならそれはそれに越した事は無いしね。
 いやもちろん、柚奈みたいにいつ襲ってくるか分からないのは勘弁だけど。
「……」
 だからとりあえず、気にしないでおこう。
 …じゃないと、チョコと一緒に自分の手までザクザクと刻んでしまいそうだし。
「よ…っ…と。こんなもんかな?」
 ともあれ、一応怪我に気をつけながらチョコを全て刻み終えた後で、わたしは再びレシピのプリントを見る。
「えーと…細かく刻んだら、今度はボウルに入れて、湯煎で溶かす…か」
 あー、直接火にかけちゃダメなのね。
「その時のお湯やチョコの温度も細かく書いてるでしょ?失敗したら固まらないからね?」
 そう言われて確認すると、確かに58℃〜60℃程度の湯煎で溶かして、チョコを55〜58℃位まで温めると書いてある。
「…なるほど。その為に、この温度計が必要なのね…」
「ああそれと、その後で冷やさないとならないから、いいタイミングで大きい方のボウルに水と氷を入れておくの忘れないでね?」
「え?型に流す前に冷やすの?」
「違うわよ。一度28℃位に下げた後で、また32℃位まで湯煎して上げるの。ちなみに、氷は入れすぎると急速に冷えすぎて失敗するから少なめの方がいいわね」
「ううっ、面倒くさい…」
 …すみません。チョコ作りをナメてましたわたし。
 溶かして固めるだけって言っても、ちゃんと手順を踏んでたら、それなりに手間がかかるのね…。
「まぁ、女の子なら誰もが一度は通る道なんだから、頑張ってね」
「へいへい…」
 別にそんな道、通らなくても良かったんだけど、まぁここまで来たら後にも引けないし。
 わたしは小さく溜息を付くと、鍋にお水を張って次の工程へと進んでいった。

そして…。

「うあーっ、やっと出来たぁ…っっ!!」
 それから温度調整を失敗する事何回か、わたしはようやく成功の雄たけびをあげた。
 28℃まで冷やして32℃まで上げるという微妙な部分が難しいけど、ここを失敗するともう一度冷やしてやり直しになるのだから面倒くさい事この上ない。
 しかも途中で何度か火傷してしまうし、これじゃ確かにホワイトデーには倍返しでもしてもらわないと割に合わないかも。
「ご苦労様。ようやく、型に流す作業に入れるわね?」
「うぐ…っ、そう言えばまだまだ終わりじゃないんだよね…」
 考えたら、さっきまで鍋に放り込んで待つだけだと思ってた作業分に過ぎない訳だったりして。
「まぁまぁ、ここからはそんなに難しい作業じゃないから」
「うん…」
 とりあえず、わたしは気合を入れなおして、再びプリントを見る。
「ええと…出来たチョコを抜き型に注ぎ、パレットナイフで整えながら冷蔵庫で15分程冷やす…か」
 ふむふむ…。このパレットナイフはその為にあるのね。
「あと、冷やす前に木べらで型の端を叩いて空気を抜くのを忘れないでね。手を抜くと病気みたいな斑点が出来ちゃうわよ?」
「へいへい…あとはお好みで自分の髪の毛や恥毛、爪を粉末にしたものを混ぜたり…って…」
「…はい…??」
 何か、一気に黒い世界に入っていってしまってるんですけど…??
「なになに…『バレンタインで成功するおまじない』…??」
 そこで慌てて右上にプリントされたタイトルを見ると、そう書いてあった。
「あら、バレンタインのチョコに何かのおまじないを仕込むのは、昔からの常套手段でしょ?」
「いや、だからって…こんなの、まるで黒魔術みたいな…」
 何となく、呪いのわら人形とかを思い出してしまうわたしだった。
「だって、おまじないと言うのは、呪うという字で、”お呪い”と書くんだし」
「こっっ、怖っっっ」
 あのさ、やっぱり手作りチョコは色んな意味で衛生上危険だから、禁止する様にするべきだと思うのですよ、わたしは。
「他には、眠り薬とか媚薬を仕込んだウィスキーボンボンを作るとか言うのもありがちよねぇ?」
「……」
 見かけとは裏腹に、バレンタインってロクでも無い世界なんだなぁ…。
「まぁいーや。わたしには関係ないだろうし」
 多分、柚奈はこーいうドロドロしたことはしてこないと思う。
 お嬢様故なのか、王道に真正面から力技で押し切るのを良しとしてるみたいだし。
「……」
 いや、それはそれでどーかと思わないでもないけどさ。

「それで、結局桜庭さんにあげる分を作ってるの?」
「ん…ついでに茜のもね」
 やがてハート型に流し込んだチョコをパレットナイフで平らに整えながら、素っ気無く答えるわたし。
 …まぁ、女の子の為に手作りしてるなんて、やっぱり何かが間違っている気もするけど。
「あら。貰うほうじゃなくて、あげるのね」
「んー、多分柚奈もくれると思うけど…」
 ある意味、クリスマスとかのプレゼント交換と変わらない気もする。
 つーか、まさかホワイトデーもこうやって交換するんだろうか??
『それはそれで、二重出費過ぎるんですけど…』
 さすがに、手作りクッキーを作れというのは勘弁してもらわないと。
「ところで、お母さんには無いのかな…?」
「分かったわよ…お父さんとお母さんの分も、一緒に作ってあげるわよ」
 娘にバレンタインチョコを要求してくる母親なんて初めて聞いたけど、まぁ手伝ってもらったお礼もあるしね。
「うふふ、美由利ちゃんは親孝行ね」
「そう言われると、ますますわたしは何やってんだろうなぁ…って思ったりするんだけど」
 明日は、父の日母の日のどっちだったっけ??
「まぁまぁ、アメリカとかでも性別は関係なくて、親しい人にあげるのが通例みたいだし」
「郷に入りては郷に従えを尊重したいけどね、わたしは。えっと…あとは冷やした後で、クリームでメッセージを添えればいいんだっけ?」
 とりあえず、名前だけ入れておいてやればいいかな。
 …なんか、オムライスの上にケチャップをかけてる気分だけど。
「そうね。”with love”(愛を込めて)とでも入れてあげればいいかも」
「えー、また誤解を生む様な事を…」
「あら、愛情には性別は関係ないわよ?」
「……」
 …まぁ、いいか。それじゃ、”友愛を込めて”としておこう。
 友チョコだしね。うん。
「……。んっ…と、こんな感じかな…??」
 とりあえず、ローマ字で名前を入れて、ついでに愛情も適当な具合に込めてやる。
「ちょっと不恰好だけど、まぁいーか」
 慣れない事で字が崩れたりしてるけど、それも手作りの味って事で。
 …そーいうことにしてちょうだい。頼むから。
「はい、よく出来ました」
「あとはラッピングか…ううっ、もう眠くなっちゃったよ…」
 すっかり疲れてしまったのもあるけど、壁にかかった時計を確認すると、既に日付は変わってしまっていた。
 と言うか、お母さんと馬鹿やってたタイムロスも相当あるんだろうけど。
「それじゃ、あとラッピングはお母さんがしておいてあげるから、もうお風呂に入って寝なさい?」
「あー、うん。そーする…」
 …まぁいいか。とりあえず約束どおり本体は自分で作ったし。
 手先が器用でない事も自覚しているわたしは素直に頷くと、あとは任せて自分の部屋へ着替えを取りに行った。

5-4:どうにも間違ってる人達

「ふわあああ〜、おはようお母さん」
「はい、包んでおいてあげたわよ?」
 次の日、起床してキッチンに下りると、テーブルの上にはそれぞれ、ピンクと青色の包装紙とリボンでラッピングされた小箱が置かれていた。
「んー、ありがと」
 さすがは母上。わたしと違って何をやらせても器用である。
 …だから、ちゃんと遺伝させてってば。
「ちなみに、ピンクの方が桜庭さんの方だから、間違えちゃダメよ?」
「ああうん、分かった」
 柚奈に、茜への友愛をあげても仕方が無いしね。
「……」
「……」
「…どうしたの、美由利ちゃん?」
 その後、チョコを受け取るわたしを見ながら、何故か含み笑いをしている様な母上が気になったわたしは、じっと相手の顔を見つめる。
「いや、どうしてそんなにニヤニヤしてるのかなーって…」
「ううん。きっと2人共喜ぶわよ…って思って」
「……」
『何か、怪しいなぁ…』
 こういう時は、なんか企んでる様な気もするんだけど…。
「……。まぁいいか」
 チョコは確かに自分で作ったし、苦労した分だけ、喜んでもらうことにやぶさかじゃないし。
 とりあえず気にしない事にして、わたしは既に用意されていた朝食にとりかかっていった。

「ん…?」
 やがて、登校中の生徒で賑わう学校の昇降口まで来た時、自分のすぐ側にある茜の下駄箱の入り口に、張り紙がしてあるのに気づく。
「なになに…『他の生徒の迷惑になりますので、バレンタインのチョコを下駄箱に入れるのはご遠慮ください』…??」
 そして張り紙の右端には、生徒会の印が押されていた。
「あはは。生徒会まで動かしちゃったか」
 更に良く見ると、茜へチョコを渡す為の特設会場への道案内が記されていて二度びっくり。
「今年も、白薔薇の王子様は健在みたいね」
 受付時間を見るに、今ちょうど特設会場でファンの女の子達に取り囲まれている頃だろう。
 これじゃ、今日は朝練もへったくれもなさそうだった。
「……」
 ちょっと見に行ってみたくはなったものの、列に巻き込まれたら当分抜け出せそうも無さそうだから、やめておこうかな…。
 どうせわたしは、友情特権で茜が教室に戻ってきたところで、悠々と渡せばいいんだし。

ざわざわ

「…ん、あれは何だろ??」
 やがて、上履きに履き替えて校舎内に入ろうとすると、昇降口の入り口付近に人だかりが出来ている事に気づく。
「ほほほ、今年もまたこの時が来たようね?」
「ふん、去年は不覚を取ったが、今年は負けねぇぜ?」
 そのまばらに出来た人だかりの中心では、いったいセットに何時間かかるのか聞いてみたくなる様な縦ロールの髪で高飛車な物言いをしているお嬢様風の生徒と、それとは対照的な、ショートカットの似合うボーイッシュな2人が対峙していた。
『…って、片方は生徒会長じゃない…』
 全く、何をやってるんだか。
「ふふふ…ならば、今年は敗北に続いて絶望という言葉を教えてあげますわ」
「けっ、ぬかしやがれ。今回這い蹲るのはてめぇの方だ!!」
 そして、お互いにチョコの包みを突きつけたまま、バチバチバチと視線で火花を飛ばしていく。
「な、何なの、一体…??」
 雪景色で冷たく澄んだ空気が、ここら一体はすっかりとあの2人の熱気で揺らめいていた。
 きっと、ゲームとかだとラスタースクロールのエフェクトがかかっていそう。
「あはは、あの2人って根っからのライバル同士でね。中等部の頃からああやってバレンタインの日に手作りチョコを持ち寄って、お互いのお菓子作りの腕を競いあってるの」
 そんな中、呆然とした目で2人のやりとりを見つめるわたしに、プリントの束と小箱を抱きかかえた、三つ編みに丸眼鏡の知らない女性徒が楽しそうにそう告げてくる。
「んじゃ、それぞれ持ってるのは、相手に渡す為に作られたチョコって事…??」
「そ。お互いの対抗意識を剥き出しにしながら、徹夜で作ったんでしょ。…まぁこれも、ひとつの愛の形と言えるのかもね?」
「はぁ…愛っすか…」
 それが好意だろうが憎しみだろうが、一番意識している人間な事に変わりは無い…か。
『ある意味、わたしと柚奈もそんな感じなのかもね』
 愛って、業が深いなぁ…。

「まぁ、それはともかく…はい。おひとつどうぞ?」
「え…?」
 やがて、わたしに話しかけてきた女の子が、三つ編みを僅かに揺らせて笑みを浮かべながら、小さなチョコレートが詰まった箱を差し出す。
 中には、ハート型や星型、丸型と色んな形をした一口サイズのチョコが並んでいた。
「わたしにくれるの…??」
「ええ、美味しいですよ?1つ食べてみてくださいな」
 そう言って、さっきよりもう一段階人懐っこい笑みを返してくる。
「う、うん…ありがと…」
 もしかして、わたしはこの女の子にバレンタインのチョコを貰ってるって事になるんだろうか??
 形が綺麗にまとまっている辺り、手作りではなさそうだけど。
「…あ、美味しい…?!」
 ともあれ、その笑みに誘われるようにして1つを口に含むと、わたしは頭で考えるより先に声を大にして感想を口に出していた。
 それは、まるで粉雪の様に優しい口溶けに、絶妙の甘さ加減。普段食べてるスーパーで買っているお菓子とは、まるで次元が違う味だった。
「気に入っていただけましたか?」
「あ、うん…これ、何処で買ってきたの??」
「それでは、そんな貴方にはこれを1枚どーぞ♪」
 すると、彼女は嬉しそうな笑みを見せながら、1枚のチラシの様な紙をわたしに手渡してくる。
「ん…??天才パティシエ、石楠花(しゃくなげ)先輩のバレンタイン限定ショコラ、購買部で正午より販売開始♪限定100個、売り切れ必至…??」
「あら、知らないの?石楠花先輩は調理部の先代部長で、数多くのコンテストに優勝した天才パティシエとして有名なのよん♪」
「…ああ、そう言えば…」
 思い出した。確かこの学校の調理部には、全国大会のコンクールで常に優勝、または上位入賞してしまう天才部員がいるって。
 素材から頑固にこだわり、作業工程には一切の妥協を許さない。その技術も精神も、既にプロの世界でも一流のパティシエとして認められているとか。
「……」
 …あー、いや。それはいいとして、何事かと思ったら、結局はチョコの試食販売ですか。
「先輩、今年で卒業しちゃうから、これが最後の作品よ?売り切れ必至だから急いでね〜♪」
 そしてそう告げると、今度は別の人に売り込むつもりなのか、小走りにわたしの元を立ち去っていった。
「…なんなんだかなぁ…」
 うーん、いくら天才パティシエの作品だからって、バレンタインの日に女の子が女の子から手作りチョコを買ったりするってのもなぁ…。
『でもせっかくだから、わたしも後で行ってみようかな…??』
 …いやほら、やっぱり美味しかったしさ。
「あれ…??」
 ともあれ、気を取り直して教室に向かおうとした時、今度は廊下の壁に大きく貼られたポスターと視線が合う。
『本日調理室にてバレンタイン恒例、全長2メートルの巨大チョコレートケーキ試食会♪参加希望者は…』
「……」
 なんか、みんな情熱の傾け方を何処か間違ってる気もするんだけど…。
『とりあえず、この特大ケーキはヤケクソ気味よねぇ』
 ま、いいか…。わたしも人の事言えないだろうし。
 わたしは自虐気味に小さく肩を竦めると、今度こそ教室に戻っていった。

「それにしても…予想はしてたけど、凄い量ね…?」
 教室の後ろに、まるでお正月の福袋セールの様にいくつも並べられている、チョコで満たされた紙袋を眺めながら、わたしは素直に感想を述べた。
 漫画とかで見た光景が実際に現実として広がってしまえば、皮肉とかそんなの抜きで感嘆してしまうのが正直な所であって。
「あうう…っっ、何故か去年より更に増えてるし…」
 いくら甘いモノ好きと言えど流石に処分に困っているのか、茜はぐったりした様子で机にうつ伏せながら、どんよりとぼやく。
 茜が教室に戻って来た時、生徒会の人達の手を借りて運び込んでいた事からも、とても1人じゃ持って帰れない量だし。
 専門のリアカーでも引っ張ってこないと無理かな…?
「どーでもいいけど、これ、全員に返してたら破産だね??」
 そしてわたしの頭の中では、「悲惨!!ホワイトデーがきっかけで借金地獄に落ちてしまった名門女子高生」とかいう、ワイドショーの見出しが浮かんでいく。
「いや、それより…これもし全部食べちゃったら、いったいあたしは何キロメートル泳がないとカロリー消費出来ないんだろうって…」
「んー、日本一周位しないとムリなんじゃない…??」
 何となく、アレを全部溶かしたら、チョコ風呂にでも入れそうだった。
「…さすがのあたしでも、それは難しいかなぁ…」
「まぁ、一年分のおやつを貰ったと思うしか無いんじゃない??」
 とは言っても、一年も賞味期限がもつのかどうかは分からないけど。
 柚奈の家にある、業務用の巨大冷蔵庫に保管させてもらうとか。
「しっかし…ここまで積んでるなら、もうわたしのチョコは不要ね??」
 わたしもそれなりに苦労して作ったんだけど、何だか渡すのが気の毒になってきたりして。
「…いる」
 しかし、そんなわたしの台詞に、がばっと顔を上げて即答してくる茜。
「あはは…はいはい、ちゃんと作って来たわよー」
 そう言って、わたしは青色の小箱の方を茜に渡す。
「ありがと♪」
「ちゃんと手作りで、愛がこもってるんだからね?」
 小一時間程度で済ませるつもりが、4時間以上もかかったんだから。
「みたいだね。慣れない作業なのに、一生懸命作ってきてくれたみたいだし」
 すると、茜は微笑を浮かべながら、真っ直ぐわたしの目を見てそう返してきた。
「え…??」
 ど、どうしていきなりそこまで見抜いてますか??
「ほら、その指。たくさんバンドエイドを張ってるじゃない?昨日の放課後までは無かったのに」
「あ…いや、これは違うのっっ、別にチョコを切ってる時に指を切ったとか、湯煎をしてる時に火傷したとかじゃなくて…っっ」
 …って、何を口走っている、わたし。
「いいのいいの。そういうの、すっごく嬉しいよ」
 しかし、そんな慌てるわたしにそう告げると、茜はぎゅっと両手で身体を抱きしめてくる。
「う〜っっ、見られたら恥ずかしいから、朝起きて登校する前に剥がしておこうと思っていたのに…」
「別に剥がす事ないじゃない?柚奈が見たら、きっと涙を流して喜ぶわよ?」
「いや、これ以上柚奈の好感度を上げても…ねぇ…」
 だだでさえ常時MAX気味なんだから、これ以上オーバードライブされても困る。
「ふふ…あたしの好感度も急上昇よん。元々高かったけど」
 そう言って、スリスリと頬ずりしてくる茜。
「こらこらっっ、調子に乗らないっっ」
「ん〜?あたしはただ感謝の気持ちを示しているだけだよ?」
 わたしにしてみたら、半分くらいはセクハラなんですけど…。
「……」
「…もしかして、去年のホワイトデーはこれで済ませなかった?」
 しかしそこで、ふと乙女の第六感が働いたわたしは、茜の腕の中でそう尋ねてみた。
「ぎく…っ、勘がいいわね、みゆ…」
「やっぱり…真摯に受け取った割には、結構お返しはおざなりに済ませてるのね?」
「だって…飴とかクッキーとか買って返してたらそれこそ…ううう…っっ」
 そして、少し意地悪そうに続けてやると、茜は両手をふるふると震わせながら泣きを入れてくる。
「あはは、まぁ冗談だけどねー」
 さすがに、これ以上追求するには可哀想すぎる。
「んー、でも何なら、みゆには特別にあたしの身体で返そっか…?」
「いっ、いや…っ、わたしもこれで充分だから…っっ」
 なんだかその響きにゾクリと寒気が走ったわたしは、即座に遠慮させていただく事にした。
「ふふふ、別に気を使わなくてもいいのよん?擦り傷を作ってまで手作りチョコを作ってくれたんだから、あたしも誠心誠意で返さないと」
「…いえ。茜の方こそ、どーぞお気遣いなく」
 お願いですから、ヘンな気を起こさないでくださいませ。
「まぁ、これ以上進んじゃったら、柚奈が妬くだろうしね?」
「…あれ、そういえば柚奈は??」
 そう言われて、ふと忘れかけていた柚奈がすぐ近くにいない事に気付くわたし。
 時間的にも、もうホームルームが始まる時間なのに。
「そう言えば、まだ来てないわねぇ??」
 ここ最近良く来ていたのに、今日は迎えにも来なかったし。
「どうしたんだろ?まさか、今日に限って休むとは思えないんだけどね」
「もしかしたら、みゆを驚かせようと何か企んでるんじゃない??」
「ううっ、それを言われると何だか寒気が…」
 それを聞いて、わたは思わずぞくっと冷たいモノが背筋を走って身震いしてしまう。
「あら。だったら、あたしが暖めてあげようか?」
「いいから…って言うか、いい加減離してくれない??」
 何だか、クラスメートの目もこっちに集中してきているみたいだし。
「ん〜っ、抱き心地がいいから名残惜しい…」
「あんたねぇ…」
 とまぁ、そんなやり取りを、担任の先生がすぐ側にくるまで気付かず続けていたんだけど…。
 結局柚奈が来ない理由は、その後すぐに始まったHRで聞かされた。
 …どうやら、昨晩から熱を出して寝込んでしまったらしい。
「…まったく、肝心な日に…」
 最近付き合いが悪いと思ったら、体調不良だったのね。
 わたし達と一緒にいる間は、全然そんなに素振りを見せなかったのに。
「やれやれ。結局チョコ用意してきてあげたのに、来ないんだ…」
「学校終わったら、見舞いついでに届けてあげたらいいじゃない?」
「まぁ、そうなんだけど…」
 本来のタイミングで渡せないと、何だか損をした気分だったりして。
「でも、柚奈なら這ってでも来ると思ってたけど、やっぱり無理があったかしらね?」
「まさかー、流石にそこまではねー」
 …と、この時は笑って済ませていたんだけど…。

「み、みゆちゃ〜ん…」
 それから3時間目が終わった後の休憩時間、よろよろと教室の入り口が開くと、柚奈がフラフラした足取りで教室の中へと入ってくる。
「ゆ、柚奈…?!」
「あはは…やっと来れたよぉ…」
 まるで体力を使い果たした様に蒼白な顔を浮かべ、力ない声でそう呟くと、柚奈は今にも倒れそうな身体を教室のドアに預けた。
「ちょっと、あんた…どうしたの??」
「だって…今日はバレンタインだし…せっかくみゆちゃんがチョコくれるっていうのに…」
 そして、真っ青な顔に無理やり笑みを作ってそう答える柚奈。
「お馬鹿っっ、だからって病人がこんな雪の日に…」
 全く、何考えてんのよ…。
 そんな柚奈に、教室の入り口まで慌てて向かいながら、何だか無性に腹が立ってくるわたし。
「…あんたね。来るにしたって、誰かに送ってもらわなかったの?」
「ん〜、だって…家の人に言っても絶対出してもらえなかったし…」
「まさか、こっそり抜け出してきたの…??」
「大丈夫、大丈夫…チョコ貰ったら、保健室で休んでる…か…ら…」
 それだけ言うと、柚奈はそのままやってきたわたしの身体に、ぐらりともたれかかる様にしてダウンしてしまった。
「柚奈…やっぱり馬鹿だ、あんたは…」
「はぁ…はぁ…っ、馬鹿でもいいもーん…こうしてみゆちゃんに抱きついていられるんだし」
 呆れと怒りといじらしさとが混ざった様な、何だかやりきれない気持ちで冷え切った身体を支えながらそう告げるわたしに、柚奈はぜぇぜぇと苦しそうな息を荒らげながらそう返す。
「…はぁ。別に、わたしは何処にも逃げたりしないってば」
「うん……」
 逃げないというか、これじゃイヤでも放っておけなくなってしまう。

5-5:寝耳に水

「…ふむ、39度6分か」
 短い電子音が鳴った後で体温計を取り出し、保険医の先生が呆れた様な溜息と共にそう呟く。
「何のつもりで登校してきたかは知らないが、本来なら絶対安静だな」
 そして、さぞいつもの通学路が長く感じたであろうと付け加える先生。
「あはは。空とか風景がぐるぐると回って、目が回りそうでしたけど」
「…では、敢えて言ってやろう。馬鹿であると」
「ええ、わたしもフォローしません」
 だだでさえ道路が凍って滑りやすくなっているのに、事故でもしたらどうする気だったのよ…。
「うう〜っ、みんなが容赦ない…」
「全く、いらない仕事を増やしおって…。仕方が無いな、昼休みになったら私が家まで送っていく」
「すみません、お手数かけます…」
 柚奈のかわりに、深々と頭を下げるわたし。
 なんだかすっかりと保護者気分だったりして。
「それで、桜庭は一体なんだってこんなに無理をして登校したんだ?」
「それが…わたしのチョコを受け取る為だけらしいですけど…」
「……」
「……」
「少し前まではいつも冷めた態度で世の中を見つめていたお嬢様が、実はこんな直情型だったとはな。全く、罪深いものだ」
「罪深いって、もしかしてわたしの事ですか…??」
「ふふ…さてな」
 そこで、ジト目で尋ね返してやるわたしに、先生はニヤリとした笑みを浮かべた。
 …何だか、激しく理不尽なんですけど。
「さて、私は次の時間授業があるのだが、どうする?」
「あ、わたしも授業があるので戻りま……」
「…みゆちゃあん…」
 しかし、そこでわたしを行かせまいと、子猫の様な声で呼びながら、ぎゅっと手を握ってくる柚奈。
「……」
「…だ、そうです」
「ふむ。では桜庭の看病は任せたぞ」
「はぁ…試験が近いから、ちゃんと出ておきたいのに…」
 普段なら授業をサボる口実になってラッキーと思う所なんだけど、今は学年末試験に関する情報が得られる貴重な時期なので、少しばかり状況が違っていたりして。
「大丈夫…だよ。後でわたしが家庭教師してあげるから…」
「……」
 うわ、しかもどんどんドツボのコンボが繋がってきてるし。
「なら、心配無用だな。安心して任せておける」
「…いえ、別の意味で心配ですけど。色んな意味で」
 そう言えば柚奈と出会ってから、安心って言葉から随分と遠ざかってるなぁ…。
「まぁ、桜庭の事は任せたからな。しっかり頼むぞ?」
「はいはい…ちゃんと看てますよ…」
 とは言っても、今更逃げ出すという訳にもいかないで、素直に頷くしかない。
「うむ…ああ、そうだもう1つ」
 そして、引き戸に手をかけて保健室を出ようとした所で、ふと先生は思い出した様にこちらを振り向いた。
「はい…??」
「いくら2人きりだからって、不純同性交遊は控えておけよ?一発で移ってしまうぞ」
「しませんから…っっ!!」

ぴしゃんっっ

「…ったく、もう…」
 ワザワザ、そんなお約束の台詞はいりませんってば。
 まぁ確かに、誰もいない保健室に2人きりという、よく考えなくても危険極まりない状態だけど、さすがの柚奈も今の状態では襲いかかってはこれないでしょ。
「う〜っ、ごほごほごほっっ」
「……」
「さて、何かして欲しい事はある?」
「……。とりあえず、ナース服で看護して欲しいかな…」
 すると、人が仏心でそう尋ねてやったと言うのに、いきなり無茶な要求を突きつけてくる柚奈。
「無いわよ、そんなもん」
「えっと、確かロッカーの中に新品のが何着かあるはずだけど…」
「そーいう問題じゃないっっ!!って言うか、なんでそんなもんがあんのよ?いや、そもそも何のためにっっ?!」
「う〜っ…一度に聞かれても困るよぉ…」
「ぜぇ、ぜぇ…ツッコミ所が多すぎると、こっちも疲れるわよ…」
 ともあれ、柚奈はわたしにナース服を着て欲しくて、しかもそいつは都合よくロッカーの中に入っているらしい。
「あはは、きっとこういう時の為に用意してくれてるんだよ?」
「…うーん、そこまで、世の中都合よく出来ていないと思うんだけどなぁ…」
 そんな独り言を呟きながら、試しにロッカーを開けてみると、確かに白とピンク色のナース服が2着ほどハンガーにかけられていた。
「……」
 いやまぁ、確かにここは保健室だから、普通のクラスルームのロッカーにあるよりは不自然じゃないと思うけど。
『いや、ありえないって。常識的にはっっ』
 まさか、保険委員の女の子に着せてたりするんじゃないでしょーね??
「ううう〜っ、苦しいよぉ〜っっ、着てくれないと死ぬ〜〜っっ」
「…はいはい、分かったわよ。」
 普段だったら、「アホか、あんたは」で済ませてしまう所でも、病人が相手だとどうにも断り辛い。
 わたしはしぶしぶと観念してピンクの方のナース服を手に取ると、柚奈が横になってるベッドの周囲のカーテンを閉めた。
「あー、カーテンずるい〜っっ」
「うるさい。病人はおとなしく寝て待ちなさい。覗いたら着るのやめるからね?」
 本当は意識が朦朧としてるくらいのはずなのに、どうしてそんなに元気なんだか…。
『やっぱり、わたしの所為…??』

そして…。

「はい、着たわよ…これでいい?」
 やがて、手早く着替えた後で、わたしは閉めたカーテンを再び開けて柚奈の前に姿を見せた。
「おお〜っ、似合ってるよ〜みゆちゃん♪ひゅーひゅ〜♪」
「ああもう、恥ずかしいからはやし立てないで…」
 こんな格好させられて恥ずかしいとか言ったら、看護士さんに失礼かもしれないけど、これは本職の人が着る制服で無くて、所謂コスプレという奴であって。
「だって、とっても可愛いよ?」
「そりゃどーも。お気に召して結構ですー」
 サイズが小さめなのか、割とぴったりとくっついているのに、生地が薄めだし。
 しゃがんだりしたら、お尻のラインが下着越しにくっきりと出てきそうだった。
「うんうん。みゆちゃん看護師にでもなったら?」
「うるさい…それで、着替えたら次はどうして欲しいの?」
「ん〜、恥ずかしそうにスカートめくって?」
「…殴っていい??」
 いや、殴らせろ。わたしの気の済むまで。
「あはは、冗談だよぉ♪…出来ればして欲しいけど」
「だから、はしゃぎすぎなのよ、あんたは…っっ」
 そこで堪忍袋の尾がぶちっと切れたわたしは、拳で柚奈の頭をグリグリとしてやる。
「痛い、痛い〜っ、私病人〜っっ」
「もう、あんたは熱があるんだから大人しくしてなさいってのっ。さもないと、ネギの束をお尻に突っ込むわよ?」
「……」
 しかし、そこで即答で拒否の台詞が返ってくると思えば、柚奈は顔を赤らめて、くねくねとベッドの上でしなをつくる。
「…なによ?」
「あの、優しくしてね…?」
「冗談だからっっ!!」
 ネタだよ分かれよっっ。
「むぅ…みゆちゃんにだったら…って思ったのにぃ…」
「…はいはい、ありがた迷惑だから」
 まぁ、それをやらないと命が危ないとか、それくらい切迫した場面なら考えなくも無いけどさ。
「あーでも、高熱なら座薬ぐらいは刺しておいたほうがいいかも…」
「うう…っ、高熱で意識が朦朧としてきたぁ…みゆちゃん助けてぇっっ」
 そんなわたしの台詞を受けて、殆ど反射的に眩暈を起こした素振りを見せながらベッドに倒れこむ柚奈。
「ワザとらしいのよ、あんたは」
 逆に、この状況下でよくもそこまでバタバタとしたリアクションを見せられるもんだと称賛したりして。
「うう〜っっ、ワザとじゃないもん。重病だもん…」
「んじゃ、それだけ朦朧としてるなら、やっぱり今日はコレを渡すどころじゃないわね?」
 それでも食い下がる柚奈に、わたしは用意したチョコの包みをちらつかせてやる。
「う゛……っ、それは…」
「仕方が無いわねぇ?せっかく柚奈の為に一生懸命作ったんだけど」
「一生懸命?もしかして、手作り…??」
 そんなわたしの台詞に、目を大きく見開いてこちらを見る柚奈。
「そーよ。結構苦労したんだから、神妙にありがたく頂きなさい」
 そう言って、わたしは柚奈の前へ彼女の為に作ったチョコを差し出した。
「…み、みゆちゃん…」
『…お、来るか…っっ??』
「……」
「…く…うう…っっ」
「……??」
 しかし、そこで喜びのあまり抱きついてくるかと身構えするものの、柚奈はその場から動かず、ぷるぷると身体を震わせていることに気付く。
「???」
「……。くう〜っ、みゆちゃんがエプロン姿でチョコ作ってる姿を見たかったよおっっっ!!」
 そして一生の不覚とばかりに、拳を握り締めながら保険室内で魂の叫びをあげる柚奈。
「大声で叫ぶな、お馬鹿…っっ!!」
 聞いてるこっちが恥ずかしいからっっ。
「そもそも、わたしのエプロン姿なんて調理実習の時に見てるでしょ?」
「だってぇ、バレンタインのイブだよ?甘々だよ??ほっぺたに付いたチョコをちゅーして取ってあげたりとかのイベントが満載だよ?」
「お生憎様、昨晩はチョコが頬にくっつく様な場面なんて無かったわよ」
 なんだか、分かった様な分からない様な理屈で駄々をこねる柚奈に、わたしは素っ気無くそう返してやる。
「むぅ〜っ、みゆちゃんには夢が無い…」
「だって、普通にやってたら、無理やり擦り付けたりしないと無理でしょ?ハンドミキサーとか使う訳じゃないんだから」
「……」
「……」

ぶはっ

「…ゆっ、柚奈…っ?!」
 そこで突然、鼻血をだくだくと流し始める柚奈に、思わずぎょっとしてしまうわたし。
「…う、ううん、ちょっと裸エプロンでチョコ作ってるみゆちゃんに、指で掬ったチョコを擦り付けて舐めてあげたりする光景を想像しちゃったから…」
「勝手にヘンな妄想するんじゃないっっ!!」
 誰がそんな破廉恥なコトしますかっっ。
「うう〜っっ、やっぱり昨夜は命をかけてでもみゆちゃんの家に行くべきだったかも…」
「うっさい。来たって、無理やり追い返したわよ」
 それこそ、救急車を呼んででもね。

「…それはともかく、開けていい?」
「好きにしなさいよ。別に変わったモノが入ってる訳でもないし」
「うん……」
 熱なのか嬉しいのか、頬を蒸気させた顔で嬉しそうに頷くと、ゆっくりとリボンを解いていく。
「ん…??」
「あれ…??」
 リボンを解いて包装紙を開いた後で、昨日わたしが作ったハート型のチョコが出てくるかと思っていたら、淡い桃色にフリルと赤いリボンの付いた生地が目に入ってきた。
「なにこれ…?」
「さ、さぁ…」
 いや、でも何だか見覚えのある様な気がするんだけど…。
「…って、ちょっ…それは…っっ!!」
「わぁ…みゆちゃんサービス満点〜♪」
 そして、正体を確かめようと柚奈が生地を開いた直後にわたし達の目の前に現れたのは、紛れも無いわたしのショーツだった。
「か、返してっっ」
「え〜〜っっ、だってもう貰ったもんっっ」
 それを見て、わたしは慌てて回収しようとするものの、柚奈の方はがっしりと両手で掴んでそれを拒む。
「だ、だって…それ一番のお気に入りなのに…」
 本来の問題はそこじゃないんだろうけど、今のわたしにとっては、それが一番大きな問題だった。
「…んじゃ、みゆちゃんが今穿いてるのと交換なら、いいよ…?」
「んな…っっ?!」
「んふふ〜?私はどっちでもいいんだけど?」
 い、言うに事欠いてなんという取引を持ちかけてきてくれやがりますか、こいつは。
「……」
 ううっ。…でも確かに今日穿いているのだったら予備もあるから、別にあげても構わない奴なんだけど…。
「……」
「…はぁ。背に腹はかえられないか…」
 それから少しだけ考えた後で、わたしは渋々と観念して頷く。
「やた♪交渉成立〜♪」
「んじゃ、ちょっと向こうで脱いでくるから…」
「え〜?せっかくだし、ここで脱いでよぉ?」
「そ、そんな事出来るわけ…」
「んふふ〜?交渉の条件にするって言ったらどうする〜?」
「……」
 この、悪魔…っっ。
「分かったわよ…ここで脱げばいいんでしょ、脱げばっっ」
 わたしは半ば自棄気味にそう吐き捨てると、スカートの中に手を伸ばして、今履いている下着の端に指をくぐらせた。
「……」
「……」
 しかし、そこからがなかなか難しかったりして。
『うう〜〜っっ』
 いくらスカートで隠れていると言っても、人前で下着を脱ぐのはどうも落ち着かない…。
 しかも、今着ているナース服の生地は薄めだし。
「……」
 一方で、柚奈の奴は黙り込んで、まるで透視でもしている様にじっと凝視してるし。
「あ、あんまり見ないでよ…っっ」
「ん〜、自分で脱ぎにくいなら、私が脱がせてあげよっか?」
「…じ、自分でやるわよ…っっ」
 いくら恥ずかしくても、柚奈にしてもらうのは危険すぎる。わたしは更にもう一段階観念すると、通した指をゆっくりとひざ下まで引き下ろしていく。
『うう〜〜っっ』
 辛うじて膝上まで覆っているナース服の生地が薄めという事と、柚奈の熱い視線も手伝って、身体が火照ってくるのを感じたりして。
「ね、今スカートめくったりしたら怒る??」
「…目ぇ潰すわよ、本気で」
 わたしは冗談抜きで、殺気を言葉に込めて睨みつけてやった。
「むぅ〜っ、ちょっとくらいいいじゃない…ね、ちらっとだけ?」
「エロオヤジか、あんたは…っっ」
 もしくは、エロガッパって言うんだっけ??

「ほら、これあげるから返しなさい」
「わ〜、脱ぎたて〜っ♪」
 やがて、脱いだショーツを差し出して交換すると、早速嬉しそうに頬ずりする柚奈。
「だーーーーーっっ、止めなさいヘンタイっっ」
「だって、まだみゆちゃんの温もりが…」
「だから余計ダメなのっっ」
 しまった。やっぱり交換に応じたのは早計だったかも…。
「もう…ヘンなコトに使わないでよ??」
「ヘンなコトって…?」
「い、いや…だから…その…」
 確かにわたし頭の中では、随分と不健全な光景が広がってたりはするんだけど、とても口に出して言えるものではなくて。
「ん〜?一体、私がみゆちゃんの下着を使って、どんなコトをするって想像したのかな〜?」
 そんなわたしの妄想を見抜いているのか、ニヒヒとイヤらしい顔を向ける柚奈。
「…うっ、うるさいわねっっ」
「あはは。でも、手作りチョコだけじゃなくて、みゆちゃんの脱ぎたてショーツまで貰えるなんて、やっぱり無理して来た甲斐があったかも♪」
「…お馬鹿…」
 もしかして、家で大人しくしていればやるって言えば、大人しくしてたかな??
「ぜひ来年のチョコにも付けてね〜?出来れば今度は上下お揃いで」
「…はいはい、調子に乗らないの。まったく…どういうつもりかは知らないけど、うちのお母さんは悪趣味なんだから…」
「うにゅ?みゆちゃんのお母様が入れてくれてたの?」
「そうよ…って、だから神を見る目でお母さんの姿を思い浮かべるなっての」
 わたしには、寧ろ悪魔の姿として思い浮かぶんだけど。
 疲れてたからってのもあるけど、油断してラッピングを任せたばっかりに…。
「……」
 ちょっと待って。ラッピングって…。
『…そう言えば、柚奈のに入ってたって事は、もしかして…』
 そんな時、ふとある仮定がわたしの頭の中に浮かんでくる。
「……」
「…どうしたの?」
「ゴメン、ちょっと教室に戻ってくるね?」
 そして、その仮定の真偽がどうしても気になったわたしは、いてもたってもいられなくなって保健室を出て行った。
 ちょうど、チャイムが鳴って休憩時間になったみたいだし。


がらがらっっ

「…茜、ちょっといい??」
 やがて教室に帰るや否や、わたしは問答無用でクラスメートと楽しそうに話をしている茜を捕まえると、小さく袖を引っ張りながら教室の隅へと促していった。
「ん?どーしたの??柚奈の具合は…って…」
「あのね、今朝あげたチョコについてちょっと聞きたい事が…ん?」
 しかし、そこで言葉に詰まった様子で呆然とした顔を見せる茜の視線に気付くわたし。
「みゆ、あんたその格好…」
「え…うわわっ、しまった…っっ?!」
 そしてようやく、わたしも今の自分の状態を思い出す。
 …思いっきり、ピンクのナース服姿だった。
「あんたら…一体保健室でナニしてたの??」
「ちっ、違うのっっ、柚奈がナース服で看病しろなんてワガママ言うもんだから…っっ」
「へぇ。風邪引いたら、みゆがナース姿で看病してくれるんだ?」
 そんな茜の台詞と共に、たちまちクラス中の視線がわたしに集まっていく。
「ちっ、違うのこれはっっ、見ないでっっ」
「んー、なかなか似合ってて可愛いわよ?ねぇ?」
 そう言って、クラスメート達も、うんうんと頷く。
「いや、こんな所で可愛いって言われても恥ずかしいから…っっ」
 うああっ、わたしまで熱が出てきそうだった。
「それで、そんな格好で戻ってきて、あたしに何か用なの?」
「え…あ、そのね…さっき、わたしのあげたチョコなんだけど…中身見た??」
 ともあれ、背伸びしながら身長差が15センチ以上ある茜の首根っこを抑えると、耳元でひそひそとそう尋ねる。
「んー?もう食べちゃってるけど、何か?」
 すると、過去というより現在進行形らしく、むぐむぐと口を動かしながら自分の口元を指差す茜。
「いや、えっと…そのチョコと一緒にね、あの…」
「なに??」
「…いや、まぁ別に気になる物が無かったならいいんだけど…」
 包みの中にわたしの下着が紛れてなかったかなんて、尋ねにくい事この上なかった。
「気になる物??」
「えーと…なんていうか…」
 ううっ、どうやって自然に誘導尋問してやろうか…。
 ただでさえ注目を浴びてるのに…っっ。
「…それにしてもみゆ、こんなローレグを持ってたなんてねぇ??」
 しかし、そんな思案をめぐらせていた所に、茜はポケットの中からチラリと白くて小さい生地を見せてそう告げてくる。
「うああっ、やっぱり…っっ!!」
 し、しかも、こっちはよりによって一番人に見せられない分類の奴を…っっ。
「これってさぁ、穿いてても見えちゃうんじゃない??」
「うっさいわね…返してよっっ」
 そんなのは、百も承知だった。
 …下手したら、まだニップルか何かで隠した方がマシじゃないかって位のローレグ具合だし。
「んー、もう貰っちゃったしなぁ…どうしようかなぁ…」
 くっ、あんたも柚奈と同じ事言うか。
 しかし、もう交換してくれは出来ないし…。
「とっ、友達じゃない、ねぇ?」
「……。んじゃ、友達価格でまけといて、コレを着けた姿を見せてくれるならいいわよ?」
 そこで泣き落としにかかるわたしに、友達価格と言いながら、とんでもない条件を提示してくる茜。
「い、いや…それはちょっと…」
 …と言うか、ゴメンなさい。それってホントに端の方が見えちゃうんです。
 しかも、隠す茂みも無いわたしの下腹部だと尚更。
「んじゃ、みゆがその気になるまで返さない♪」
「うーっ、けちーっっ」
 それでも、転校以来の友達ですかっっ。
「でも、何だって下着なんて入れておいたの?」
「知らないわよぉ。昨日の晩に、お母さんが勝手に入れたんだから…」
 どうやら、お風呂に入っているスキを狙われたみたいだけど。
「んー、でもね。綾香に聞いたけど、これってうちの学校に古くから伝わる、バレンタインで告白する方法なんだって?」
「…って事はつまり、本命チョコの証明みたいなもん??」
「そうそう。それで、お返しに告白したい相手からショーツを貰ったら、告白成立。おめでと〜っ♪…ってワケ」
「なんだ、そりゃ…」
 つまり、お互いの下着を交換して愛を確かめる儀式って事?
 せめてロザリオとか、指輪とか、そーいうのにしようよ…。
「まぁ、あたしも受け取ったのはみゆからが初めてだけど」
 …ったく、うちの母上は何考えてんだか。
 しかも柚奈と茜のどっちにも加えるなんて。
「んで、茜はわたしのショーツを貰ってどーするの??」
「ん〜、お返しにあたしのをあげてもいいけど、流石にノーパンで過ごすのは辛いしねぇ。…だからって、みゆからもらったのを穿くのも、ちょっとアレだし」
「悪かったわね…そんな恥ずかしい下着持ってて…」
「でも、これでこれから、クラスメートの関心事に、今日のみゆのスカートの中身が加わった訳だ」
「く、クラスメートって…」
「あら?さっき綾香に聞いてみたって言わなかったっけ?」
「え、えええっっ?!」
 そこで慌てて周囲を見てみると、相談を受けた綾香を中心に、こちらを見ながら何やらひそひそと会話をしている姿が目に映る。
「いくら、うちの学校が下着の制限が無いからって、あれは大胆すぎよねぇ?」
「でも、みゆにはお似合いって感じだし、ちょっと穿いてるのを見てみたいかも…」
「やっぱり、普段もこっそりとああいうの着けてきてるのかな?」
「うんうん、体育の無い日辺りが狙い目よね??」
「案外、今日辺りも…」
「あー、バレンタインだしねぇ??実は勝負下着とか…」
「こらっ、ワザと聞こえる様な声で内緒話しないでよ、そこ…っっ!!」
 うう〜っ、どうしてこうなるんだか…。

ガラッッ

「はいみなさん。席についてー」
「……」
「あら、姫宮さん。看護科にでも転科したの?」
 やがて、次の授業(現国)の担当である葉山先生がいつもの間延びした声と共に入ってきたかと思うと、わたしの姿を見て、興味深そうにそう尋ねてくる。
「…してません。ちょっと不幸な偶然が重なっただけです」
 そもそも、普通科しかないでしょ。この学校は。
「あらあら、でもこれで授業中に気分が悪くなった生徒がでても大丈夫ね?こんな可愛い看護師さんがいるんだから」
「いえ、だから別に好きでこんな格好している訳では…」
 そんな葉山先生のおっとりとした反応に、クラスからどっと笑い声が響く中、わたしは顔を真っ赤にさせながらそう答える。
 多分悪気は全く無いと思われる天然ボケが入ってる先生だけに、余計にウケてるみたいだった。
「まぁいいわ。せっかくだから、その格好で授業受ける?」
「すみません。ちょっと着替えに戻らせてください…」
「あらあら、別にいいのよ?とってもよく似合ってるし。ねぇ?」
「…いや、ですからそういう問題じゃなくてですねぇ…」
 うう…っ、こんなに短時間で2度も一生クラスの不覚を味わう事になるとは…。
「とっ、とにかくっ、着替えてきます…っっ!!」
 ともあれ、こうなった以上は一刻も早く、この恥ずかしさが雪だるま式に増幅されている空間から逃れたい。
「…うあ…っ?!」
 しかし、その恥ずかしさ紛れに慌てて教室を出ようとした所で、わたしは足を縺れさせてしまった。

どたっっ

「あたた…」
「みゆ、大丈……」
 そして、盛大に両手をついてフロアに転んだわたしに、茜が慌てて声をかけようとしてくれるものの、その台詞が途中で絶句した様に止まってしまう。
「……」
「え……??」
「みゆ、あんた…お尻…」
 そして、顔を赤らめながらそう呟く茜。 
「……」
「……」
 そう言えば、さっき柚奈に渡す為に下着を脱いだ後で…。
『うああああ〜〜っっ!!』
 次の瞬間、わたしは心の中で声にならない叫びを挙げた。

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