知な堕天使(ルシフェル)さんは一途で積極的な巫女さんに篭絡される その7

第九章 明けの明星

「ふふ、待っていたわルシフェル。……いえ、黎明朔夜と呼ばれる方がお好みかしら?」
「好きに呼べ。私にとって、どちらの名に真も偽も無い」
 やがて、金色に発光する羽根を散らせつつ、わたし達から少し離れた正面へ静かに降りて来た朔夜さんは、十六夜さんの一物含んだ出迎えの言葉を素っ気なく一刀両断してしまう。
「朔夜さん……」
 よく見たら背丈も最初に逢った頃にまで戻っているし、何だか半日会っていないだけで随分と様変わりしてしまっているけれど、間違いなく待ち人の天使さまである。
「とりあえず、約束通りに依子は無事みたいだな。それで、久方ぶりだが私の方はどう呼べばいい?先代ハニエルよ」
「今はまだ、依子ちゃんは大切な人質ですもの。……それと悪いけど、私の事は十六夜鞘華と呼んで貰えるかしら?既に天へ召されたあの人が私へ唯一残してくれたものだから」
 そして、わたしの無事を確認した後でさらりとやり返した朔夜さんに、十六夜さんは揺れることもなくクールに受け答えた。
「…………」
 そんなやり取りは、わたしの目には宿命を背負った敵同士というだけでなく、何やら久しぶりに再会した旧友同士にも見えて、それがひどく哀しく映ってしまったりもして……。
 ……このわたしが、朔夜さんを好きになってしまったばっかりに。
「ふん。そんなお前が、今度は依子と私を引き裂く役目を負って現れるとは、皮肉なものだな?」
「暫く見ないうちに、貴女もハニエルみたいな事を言うようになったものね?……とにかく約束通りに来てくれたのは嬉しいわ。後ろの方には招いてもいない観客もいるみたいだけど」
 ともあれ、そんな罪悪感が芽生えてしまった中、十六夜さんが視線で指し示した先の二点を注視すると、朔夜さんの遥か後方で大きな翼を生やした天使様二人が境内を挟んで立っているのがわたしにも見えた。
 自分が知る限りで言えば、ミカエルさんと神月さんだろう。
「……これでも、お前の後輩が我々の逢瀬に邪魔が入らぬよう、可能な限り取り計らってくれた結果だ。あまり贅沢を言うもんじゃない」
「そうね。余計な横やりを入れないというのなら、今は知らんぷりでもしておきましょうか」
「…………」
「さて、約束通りに来てやったのだから、さっさと依子を解放しろ。お前らの行為は……」
「……この期に及んで、無駄な問答はやめましょう。貴女は我々にとってもそれだけの危険を犯す意味のある存在なのだから」
 ともあれ、それから朔夜さんがいよいよ本題に入ろうとしたものの、十六夜さんは最後まで言わせる前に素っ気なく制して、説得には応じないという意思表示をしてみせる。
「…………」
「……それで、貴女は何をお望なのみかしら?堕天使ルシフェル」
「知れたこと。ならば私と勝負してもらうぞ、十六夜鞘華?」
 それから、一旦沈黙させられた後で十六夜さんから改めて問いかけられると、朔夜さんは腰に携えていた剣を抜いて短く答えた。
「ふふ、そう来るとは思っていたけれど、でもそれじゃこちらが先に依子ちゃんを手に入れた意味がないでしょう?」
「私の気分の問題だ。依子を盾に魔界へ連れて行かれてお前らに与する位ならば死を選びたくなるか、敗北を認めて割り切れるかの、な」
「……まぁ、確かに貴女がそれで納得してくれるのなら構わないんだけど、少しばかりチカラを分けて貰った程度で万が一にも勝ち目があると思っているのかしら?」
「それこそ、無駄な問答というものだろう?ましてや、私をこんな状況に追い詰めた者達が」
「本当は、もっと穏便にコトを進めたかったのだけどね。……でも、人間界へ降りてしまえば起きてしまうのよねぇ、こういうのは」
 そして、それを受けて十六夜さんも自虐気味に笑うと、自らも腰の剣を抜き放つ。
「……朔夜さん、十六夜さん……やっぱり戦うしかないんですか……?」
「避けられぬ勝負だからな。だが、まずは依子を下ろしておいてくれ」
「ふーん、二人だけの世界に入れると思えば、こんな時でも依子ちゃんのコトは忘れないんだ?」
「くだらん挑発も不要だ。……案ずるな依子、お前は安全な場所から見届けるがいい」
「……は、はい……!」
 本当は心配だし止めたいけれど、確かに今のわたしに出来るのはもうそのくらい……。
「……いいえ、悪いけどそれは諦めて貰えるかしら?」
 しかし、そこから不意に隣の十六夜さんから背筋の凍るような冷たい言葉と殺気が向けられたかと思うと……。
「え……あぐ……ッ?!」
 驚いて振り返るよりも早く、わたしの腹部は熱くて鈍い感触と共に、長く細い銀色の刃で背中から貫かれていた。
「か……は……っ?」
「依子……ッッ?!」
「……う……ぐ……っ、ど、どうし……」
 最初は何が起こったのか理解できなかったものの、痛みの代わりに失われてゆく全身の感覚と息の出来ない苦しさで意識が朦朧としはじめる中で、遅れて十六夜さんに串刺しにされてしまったのだと自覚するわたし。
「……依子ちゃんは巫女さんだったわよね?悪いけど、今宵の生贄になってもらうわ」
「…………っ」
 いけに……え……?
「ハニエルッッ、き、貴様何のつもりだ……!!」
「ふふ、うろたえないで。まだ息の根までは止めてしまった訳じゃないわ。同時にすぐには死なない程度の継続回復術(リジェネ)もかけてあるから」
 それから、すぐに剣を引き抜かれて感覚の無いまま社殿の瓦屋根へ崩れ落ちた後で、取り乱した様子で叫ぶ朔夜さんに、十六夜さんはわたしにもよく響く声でそう告げてくる。
 ……そういえば、あれだけ派手に貫かれたのに、剣を抜かれた後であんまり出血してない気もしなくもない……けど……。
(でも……もう視界が霞んで……)
「なに……?!」
「このまま普通に戦っても、あまりにも結果が見え過ぎた勝負だもの。任務は任務としてもそれじゃつまらないから、愛しの依子ちゃんを生贄に、貴女により本気になってもらえるゲームを仕組んでみたってわけ」
「…………」
 ゲームって……。
「私の回復術で依子ちゃんの命が繋ぎ止められるのは、これから精々三十分ってところかしら。それまでにこの私を斃せれば助けることも出来るでしょう」
「……もしくは、貴女のちょうど足元の地面には魔界へと続くゲートが起動してあるんだけど、あそこへ私に引きずり込まれたら負け。どう、なかなかスリリングなゲームでしょ?」
「…………」
「……ただし、依子ちゃんはその間ずっと苦しむ羽目になるかもしれないから、助けてあげるのならなるべく早い方がいいとは思うけど」
「……ッッ、いいだろう!ならば三分で貴様らを消滅させてやる!!」
「…………っ」
 そして、いよいよもって意識を失いそうになった間際、怒りのままに叫んだ朔夜さんの身体がまた一回り大きくなり、背中には眩くもおびただしい数の翼が沸き上がる様に増え広がったのが見えた。
(朔夜、さん……!)
「ふふ……あはははははは!そうこなくっちゃ、ね……!」
「すぐに思い知らせてやる……貴様らが呼び覚ましたのは救いの神などではなく、死神だとな!!」
 朔夜さんなら……きっと勝てると信じてるけど……。
 でもどうか……どうか、憎しみには囚われない……で……。
「…………」

                    *

「……おおおおおおおおッッ!!」
「……ッッ……っ?!」
 久しく忘れていた全身を押し上げる様な神霊力の滾りを背に、私は怒りと今まで感じた事も無い殺気に任せて敵の懐へと瞬く間に斬りかかっていた。
「ふん、よくぞ受け止めたとは言わん。ここからなのだからな……!!」
 併せて、最初の攻撃で自分の思い通りに近い動きが出来ているのも確認した私は、決められるものならいきなり決めるつもりだった渾身の振り降ろしの一撃を相手が受け止め鍔迫り合いになった処で、更に翼へ爆発的なチカラを込め……。
「……この、馬鹿力……っ?!」
「沈め……ッッ!」
 こちらの勢いに押されて敵の態勢が一瞬崩れた隙を狙い、残像を周囲へばら撒いての分身攻撃で間伐入れず仕留めにかかった。
「……く……そこよ……ッッ?!」
「ち……損ねたか……だがな……!」
 それでも、辛うじてといった様子で十六方向からの同時攻撃を見極められてしまったものの、未だこちらが押している流れに乗って、翼と一緒にチカラが戻った天使剣をひたすら打ち込み続ける私。
 たたただ、収まることのない怒りに任せ、憤りの赴くがままに。
「……っ、もう、いきなり激しすぎ……っ!」
「お前の……貴様のおかげでな……!はぁぁぁぁぁぁ……ッッ」
 だが確かに、不思議と言えば不思議な感覚だった。
 永きに渡って務めた天使軍の指揮官経験で身に染みている筈の戦術や駆け引きなどを考えるのも億劫で、ただ敵へ向けて手に持った剣を打ち込み続けずにはいられないこんな衝動は、神に叛逆した時でさえも記憶にない。
(……この衝動の根源は、憎しみか?それとも……)
「ふふ、どうやら生贄の効果は想像以上だったみたいね……けど……!」
「……う……っ?!」
「だからって、そんな程度で押し切れるとでも……ッ?!」
 しかし、相手は元々熾天使(セラフィム)時代でも同格だった存在というのもあり、それからすぐにこちらの大振りのタイミングを狙われたカウンターで強引に押し返されると、今度は私の方が先代ハニエルの立て続けに繰り出される素早く的確な剣捌きを防ぐ側に回らされてしまった。
「ち……っ、そうそう簡単にケリは付かないか……!」
 だが、こちらも相手の太刀筋はしっかり見えているし、力負けも無く充分互角に戦えている。
 それが依子の命が脅かされた故にとなれば、やはり腸が煮えくり返りそうだが。
「……まったく、神霊力(チカラ)が戻ったのはいいけど、かつての熾天使(セラフィム)とは思えない粗野な攻めだこと」
「ふん、だから何だと言う……?!」
「そんな姿を見せられたら、依子ちゃんもさぞかし幻滅……あらあら残念、早々と意識を失ってしまっているみたいね?」
 そう言って、鞘華の奴がちらりと足下近くの依子の方へ視線をやったのに合わせてこちらも一瞥すると、確かに腹部から血を流し続けたまま動かなくなってしまっていた。
(依子……くそっ!)
「……だが、その方が好都合だ。貴様を八つ裂きにする私の姿など……くっ、見せたくもないからな……!」
 しかし、野蛮だろうが今は沸き上がる戦意に身を任せる。
 天使の輪(エンジェル・ハイロウ)の無い今の私では神霊力の出力が不安定になるのは避けられないし、何より一分一秒でも早く敵を退けなければ。
「ふふ……八つ裂きにしてやるだなんて、現役時代の貴女じゃ絶対に口にしない言葉だったわよね……ッッ?!」
「もう私は黎明朔夜だと言っただろうが……ッッ。……だが、八つ裂きにしてやる前にもう一度訊いておいてやるが、何故こんなマネを……?!」
「だから、単なる戯れよ。チカラを失ったまま一方的に捻じ伏せられたって、どうせあちらへ連れて帰られても納得なんてしないでしょ?だから、少しばかり引き出してあげたの」
 それから刃を交えつつ、どうにも納得出来ない所業を今一度問い質す私に対し、先代ハニエルは涼しい様子でさらりと挑発じみた回答を返してくる。
「……ま、後はちょっとした復讐も込みかしら。今頃は後ろで傍観している新しい熾天使(セラフィム)様が余計なマネをしてくれたと歯軋りしてるわよ、きっと。うふふふふ……」
「戯れだと?!それだけの為か……?!それだけの為にお前は依子を……」
「ええ。だって……」
 それを聞いて、益々頭に血が上った私に対し、鞘華はこちらの喚き声をさらりと受け流した後で、紅い目に鋭い殺気を宿らせたかと思うと……。
「…………っ?!」
 図らずも単調な連撃になっていた間隙を突かれて強烈な一撃を叩き込まれ、態勢を崩されたまま吹き飛ばされてしまう私。
(しまっ……?!)
「……さぁ、今度は貴女が串刺しになる番。漆黒の刃よ、踊れ……ッ!」
「ぐぅ……ッッ?!」
 更に、そこから咄嗟に態勢を立て直す間もなく、追い打ちとして夜闇に溶け込んだ漆黒の鋭利な魔力の刃が四方八方から立て続けに突き刺さって来た後で……。
「……腑抜けた成れの果て如きを相手に、この私がそんな程度で後れを取るなどあり得ないからに決まっているからでしょうッッ?!」
「が……ッッ?!」
 咄嗟に心臓部を庇って致命傷は避けたものの、手足、背中と同時多発で全身を切り裂かれたダメージで次の動作が鈍ってしまい、その隙に懐へ踏み込んで来た相手に顔面を押さえつけられると、そのまま急滑降して石造りの参道へと後頭部から叩きつけられてしまった。
「ぐ……っ、くそ……!」
 それでも、自動で張り巡らされる防護網が復活していたお陰で、めり込んだ石畳の上に真っ赤な花を咲かせてしまうのは免れたものの……。
(この私が腑抜けた、だと……?!)
「……ほらほら、ぼさっとしていていいのかしら?ここは魔界へ続くゲートの上よ?」
 しかし、その言葉の意味を探る間もなく、魔界からの刺客の言葉通りに私が叩きつけられた周囲から立ち上る光が輝きを増してゆく。
「な……っ?!」
「さて、このまま抜け出せない様ならこれで御仕舞なんだけど、カウントダウンでもしてあげましょうか?」
「ぐ……ッ、この私を……ナメるな……ッッ!!」
 そこでなりふり構っていられず、私は翼に全力を込めつつ、どうにか落とさなかった天使剣で斬り付けて先代ハニエルの奴を振りほどいたものの……。
「無駄よ。あなたはもう網に掛かっているのだから」
 続けて、再び高く舞い上がってゆく敵を追撃しようとした私の背後から、何やら強烈な引力が働いて石畳の床へと引き戻されてしまう。
「……ッッ、これは……?!」
 ゲート自身が意思を持って、私を引きずり込もうとしている、だと……?!
「……さて、年貢の納め時ね。あちらで数多の同胞達が待っているわ」
 そして、更にそんな私を先代ハニエルは冷酷な眼で見下ろしつつ、天使剣を一旦収めた後に右手の先へ禍々しくも赤黒い槍を顕現させてきた。
「…………っ」
「たかが一人の人間の為に覚醒して見せた貴女には共感を禁じ得ないし、本当はもっと戦いも楽しみたかったけれど、せっかくの勝機なのだから潮時ね」
(馬鹿な……せっかく戦える程のチカラを取り戻したのに、こんなにあっさりと……!)
 しかも、このままでは……。
「ぐ……っ、依子だけは……死なせん……!」
「……まぁ、今なら後方で見物を決め込んでいる私の後輩が助けるんじゃないかしら?まだ依子ちゃんがこと切れるまでの猶予はあるし、我々は貴女の身柄さえ確保出来ればそれで構わないんだから、ね?」
「…………」
 ……確かに、依子が浚われた時はそれでいいとも思っていた。
(だが……本当にそれでいいんだろうか……?)
『囚われの彼女が貴女ともう二度と会えなくなるのと引き換えに解放されたとして、果たして喜んでくれると思いますか?それで果たして大切な人を護りきったと言えますか?』
『私が入れ知恵したとはいえ、依子ちゃんの方は先に奇蹟を起こしてくれましたよね?……実はあの超が重なる程に難しい再構成術には、彼女には知らせていない条件があったんですよ』
「…………」
 そしてその後で、ハニエルが私の耳元で囁きかけた言葉は……。
『……それは、同情や共感などではない一点の曇りなき愛。あなたはあなたを慕う彼女の想いにより復活させてもらったんです』
「くそ……っ、わ、私は……まだ……!」
 せめてその想いに報いる為にも、依子は私が守ってやらねばならないというのに……!
「……いいえ、もうゲームオーバーよ。さぁ、眠りなさい……!」
 しかし、もがく私に先代ハニエルはゲームの終了を告げると、トドメとなる槍を振りかざし、一思いに投げ下ろしてきた。
「…………っ!」
 だが、何を為せば彼女を守ってやったことになる?
 ……ただ、この身に代えても生き永らえさせてやるだけか?
(……違う……!)
 守らなければならないのは、依子との日常そのものだから。
 ならば……。
「……うおおおおおおおおおお……ッッ!!」
「…………ッッ?!」
 そこで、いよいよもって最期の瞬間を迎えようとした直前に何かが吹っ切れた感覚が芽生えた私は、気合一線でゲートの光からの拘束を力任せに引き千切ると、すかさず側へ転がっていた天使剣を手に飛び上がり……。
「そんなモノで……このルシフェルが斃せると思うなァァァァァ!!」
 相手の槍と同等以上の神霊力を込めた斬り上げの刃で一刀両断してやった。
「な……っ?!」
「はぁ、はぁ……ふ、ふははははは……!」
 ……この溢れんばかりに猛る神霊力こそ、真なる久々の感触だった。
 依子が刺された際に沸き上がった怒りに満ちた昂ぶりよりも純粋に滾るこの清清しいチカラ、これこそが二度とは取り戻せまいと覚悟していた……。
「……まさか、あと一歩というところだったのに……」
「あくまで一時的な増幅だろうがな。だが、その間に貴様を仕留めてみせる……!!」
 そして、ようやく驚きの顔を見せた訳知り堕天使へ、勝機を感じ取るがままに改めて天使剣の切っ先を突き付け宣言してやる私。
 これは、依子に与えて貰った最後のチャンスでもあるのだから。
「……なるほど、ホント妬ましい話ね……?」
 すると、先代ハニエルは僅かの間を置いてぽつりと呟くや、彼女の方もこれまでとはまるで比較にならない、空気を震わせる程の強烈な威圧をこちらへ放ってきた。
「ふん……全く、お前も人が悪い……」
 どうやら、これでもすんなりとは終わらせて貰えそうもないらしいが……。
「では、お互い本気となった事だし、後は邪魔が入らない処で楽しみましょうか?黎明朔夜?」
「……ああ、束の間の逢引とゆくか、十六夜鞘華……!」
 とにかく無駄口を叩いている暇は無いと、互いに改めて名を呼び合った後に、私は躊躇いなく翼を全力で拡げて自ら斬りかかってゆく。
「覚悟……ッッ」
「……貴女がね……!!」
 それから、小細工抜きの必殺を期した一撃の応酬で激しく火花を散らせつつ、示し合わせた様に煌月へと向かって共に舞い上がって行き……。
「さぁ、受けられるか……っ?!」
「その程度……ッッ!!」
 やがて、程よい高度にまで到達した所で一旦バックステップで離れると、互いの掌に圧縮させた神霊力や魔力の塊を真正面から激突させ合い、眩い爆発を生んでゆく。
「く……うおぁ……っっ!」
「う……あ……ッッ?!」
「……ちっ、こいつで消し飛ばしてやるつもりだったのだがな、元七大天使?」
「この私以外の相手ならばそうだったでしょうね、神の分身さん?」
「…………」
 それにしても……ああそうか、そうだったのだな……。
「……ホント、つい先日までロクに飛べもしなかった抜け殻がここまで復活するなんて……」
「まぁ、それは正直私自身も驚いているがな……」
 沸き上がる神霊力(チカラ)の質こそ懐かしいものだが、それを再び呼び覚ましたのは現役時代に欠けていたと言われる全く別の出処なのだから。
「けれど、まだ勝てないって程では無いかしら?さぁ、踊りなさい……!!」
「……ちっ?!」
 それから、距離を詰めて再び斬りかかろうとしたものの、相手が剣ではなく翼を強く羽ばたかせて無数の鋭利な羽根を弾幕の様にこちらへばら撒いて迎撃してきたのを受け、私は途中で慌てて横転(ロール)させつつ、こちらも背中の翼の先から放つ大量の光線で撃ち落としてゆく。
「…………」
 ただそれでも、かつては共に天界の頂点に君臨していた元大天使といつしか互角の戦いをこうして当たり前に繰り広げている自分の姿を改めて自覚した時、ようやくハニエルに言われた言葉が身をもって理解出来た気がしていた。
 ……結局、私のチカラは奪われたのではなく、自分自身が喪失していたのだなと。
「……唐突だがな、鞘華っ。お前、堕天使になった後も魔界で守るべき者はいるか……?!」
「くっ、急に何を言い出すのかと思えば……っ、私は……私が愛し仕えるのはただ一人だけ!」
「では、何故今も生き永らえている……!ただ天界に……神に復讐する為だけなのか……ッ?」
「そんなの、もうどうでもいいに決まってるじゃない……!だけど……ッ」
「だけど、何だ……?!ぐぅっ」
「……もうっ、突然に馴れ馴れしいわね……っ?!まさか今更、墜ちて尚チカラを得られた一部の堕天使の秘密にでも気付いたつもり……?」
「いや……だが、やっぱりそうか……」
 己への自信と……天使の原則的な存在意義を見失ってしまったが故に。
「……っ、まさか貴女、天使の癖にここへ墜ちてくるまで……」
「ふ……どうやら、そのまさからしい……捉えた……ッッ!」
「う……ッッ?!」
 やがて、羽根の弾幕と光線が火花を散らす中で刹那の隙間が見えた私は、瞬時に懐へ踏み込んで抜刀一閃で薙ぎ払うものの、それも相手の剣で止められてしまう。
「……ちっ、いい加減に斬られろ!そろそろ依子が危ないだろうが?!」
「何を勝手なコトを……はぁぁぁぁぁぁ……ッッ」
「煩い、元々勝手なのは貴様らの方だろう……!!」
 そして、すぐに捌かれて再び続くのは罵り合いながらの刃の応酬。
(全く、依子や夢叶も含めて、私の周りはどいつもこいつも身勝手な奴らばかりだ……)
「…………」
 結局、ハニエルの奴がどうしてあれ程の節介を焼いてきたのかは分からずじまいだが、思えば確かに私は最強と呼ばれつつ、最も天使らしからぬ存在だったかもしれない。
(ふん……)
 だが、堕天使となった後だろうが、折角の機会を与えられて未だ手遅れでないのなら……私も一度くらいは天使らしくなってみるとするか。
「ふふ、さぁどうするのかしら?彼女の命の灯火が消えるまで、もう十分も残ってないわよ?!」
「…………っ」
 とにかく、このままでは埒が明かない。
 今の私が鞘華の奴に遅れを取っているとは思わないにせよ、逆に相手を圧倒するのも難しいのならば、ここから短時間で決着をつける為の残された手立てといえばもう……。
(一か八か……いや……)
 そういえば、私にはまだ依子との果たしていない約束が幾つもあったか。
「ふん、それだけ残っていれば充分だ。はぁぁぁぁぁぁ………ッッ」
 そして私は覚悟を決めるや、残った神霊力を一度に燃焼させるリミッター解除を試みると、翼と身体が融合したかの様な一体感と共に全身が金色に輝いてゆく。
「…………っ?!」
(翼よ、我が命を燃やし、今一度私に望みを手にするチカラを……!)
 こいつを使うのは、メタトロンとの戦いでトドメを刺した時以来だが、今の私では維持可能な時間はほんの瞬く間だけだろう。
「……何をしてくるかと思えば、結局は力任せかしら?……ま、貴女らしいけど……」
「認めたくは無いが、既に万策は尽きかけているのでな……!」
 すると、それを見た鞘華から嘲笑する様な反応が返り、素直に認める私。
 おそらくこのまま普通に戦い続ければ、夜が明けても決着は付いていないだろう。
「……そう、ならば綺麗な装束を纏った処で、そろそろ華々しく散らせてあげる……!」
「やってみるがいい!やれるものならな……!!」
 ……だから、私に残った“勝機”と呼べるものは、ただ一つ。
(依子……もし敗れた時は……いや……もう少しだけ辛抱してろ……!)
「……征くぞ……これで終わりだ!」
 それに賭けた私は、天使剣を構えて同じく自分の愛刀を手に迎撃の構えを見せる相手へ向けて、いよいよ最後の突撃を仕掛けていった。
「ああああああああああッッ!!」
 目指すは、無論前方の十六夜鞘華……。
「いざ、勝負……ッッ」
 ……の、剣の切っ先……!
「……そこよ……ッッ!!」
「ぐ……ッッ?!」
 それに対し、先代ハニエルはこちらの勢いに気圧されることなく、やがて自らも翼を羽ばたかせて距離を詰めるや、こちらへ正確なカウンターの一撃を突き入れてきた。
「これで終わり!さぁ、眠りなさ……ッッ?!」
「……貴様がな……!!」
 しかし、それを読んでいた……というより、誘い入れるのが目的だった私は、的確に心臓部を狙って突いてきた矛先を僅かに逸らせて“受け止める”と、刀身に込めた魔力を爆発させてトドメを刺してくる前に、ようやく捕まえた十六夜鞘華のがら空きとなった身体の中心部へ向けて天使剣の切っ先をすかさず突き立てた。
「っ?!そ、そんな……貴女が相打ち覚悟で……しかも……」
「最後の最後で……そんな神業を見せてくるなんて……ぐっ」
「……すまんな、お前を捕まえるにはこれしか無かった……」
 だから、残された最後の勝機は、彼女が知っている現役時代のルシフェルならば頭の片隅にも存在しなかった捨て身の戦法を私が選ぶとは予測していなかったであろうコト。
「成る程……ふふ、堕天使になった後の方が随分と天使らしくなったじゃない……?」
「……ふん、私にとってはらしくない真似の連続になったが……まぁ、これも悪くは無い。今の私は……黎明朔夜なのだからな」
 ともかく、これで依子も救われる。
 ……そして、彼女との日常も。
「ほんと、妬ましいわ……。私なんて“主”よりも一人の人間を愛してしまった罪で、自分自身は魔界へ墜とされ、更に私を愛してくれたあの人も記憶を弄られて出逢いそのものを無かったコトにされてしまったのに……うっ……」
 すると、互いの身体へ刃を突き立てた状態のまま自虐込みで笑う私に、先代ハニエルも投げやりに語りかけてくる。
「…………」
「……うぐ……っ、それなのに、貴女はこれで私を斃して全てがハッピーエンド。こんなコトなら、私も先に天使を辞めておくべきだったのかもしれないけれど……」
「では、なぜそうしなかった?……それも可能だったろうに、結局は七大天使の地位を手放せなかっただけじゃないのか?」
「ふふ、そんなんじゃない……わ……。一つだけ天使でいることに未練があってね……」
「未練……?」
「ほら、やっぱり天使だもの……。出来れば大切に想う相手の幸せを願い、ずっと見守ってあげたいじゃない……」
「……そうか、そう言えば守護天使のミッション中だったな……」
 あの頃は、七大天使の一角があんな木っ端の仕事をやりたがるとは、なんと酔狂な事だと嘲笑っていたが、今なら私にも理解出来るかもしれない。
「ふふ、まぁいいわ……。そろそろこの辺でお邪魔虫は退散……しましょうか……。まだ、あの人の来世の幸せを見届けるまでは……死ねないしね……」
「……すまん、魔界にいる同胞達によろしく頼む……」
 そして、彼女に突き立てた天使剣を引き抜いた私がもう一度短く謝罪を繰り返すと、かつて美と愛を司った元天使は安らかな笑みを浮かべて木の葉の様に舞い落ちていった。
「…………」
 ……さて、急がねば。

                    *

「…………」
「依子、よりこ……っっ」
「…………」
「目を覚ませ、依子……より……う……っ」
(くそ……っ、視界がぼやけてきた……)
 やがて、こちらの意識も朦朧としてくる中で、依子の頭を膝の上に乗せて何度も呼びかけを続けたものの、一向に目を覚まそうとはしなかった。
 緩やかに上下している胸や、肌から伝わる体温からまだ命の灯が尽きていないのは分かるし、脅かす者達もどうにか撃退して治癒術で傷も塞ぎ、あとは依子の意識が戻ってくれるだけなのだが、未だ深い眠りに囚われてその気配がない。
「……困ったな、どうすればいい……?」
 鞘華の奴から致命に至る程の深手を負わされているだけに、今は揺らせたり身体へ無用な刺激を与えるのは厳禁だろうが、このまま呼びかけ続けても埒が明かない気がしてきた。
「…………」
 思えば、エレメント状態から復活させてくれた時の依子も、身体を復元した後で私の目を覚まさせるのに少しばかり苦労したみたいだが……。
(ん……?)
 そういえば……。
『わあっ?!朔夜さん目が覚めてたんですね……っ?!』
『こ、こここれは違うんですっ!カラダは元に戻ったのにすぐ目を覚まさなかったから、昔に読んだ絵本の通りにキスでもしたら起きてくれるかなってそんな邪なつもりでは……』
 そこで、あの時に依子が慌てふためきながら必死に弁解していたセリフを思い出す私。
(絵本の通りにキス、か……)
 どういう根拠かは分からんが、あの時の依子は最終手段として私に口づけしようとしていたみたいだったな……。
「…………」
(……私も、試してみるか?)
 正直、眉唾もいい所だが、ここは藁にでも縋ってみるとしよう。
 何より、依子の身体に余計なダメージを与えない方法なのが良い。
「…………」
 そこで私は、未だ昏睡状態の依子を抱き留めたまま、幾分動悸も昂るのを感じつつ、蒼白で生気が失われた唇へ自分の顔を近づけてゆく。
(しかし改めて見ると、可愛らしい顔をしているな……)
 いや、今はそんなコトを考えている場合じゃないのだが、それでも見慣れている筈の丸顔で幼気(いたいけ)な依子の寝顔を改めてまじまじと眺めると、愛おしさの様な感情が沸き上がってくる。
(ふん、これが先代ハニエルが求めて……そして破滅の原因となったモノ、か)
 体躯も華奢ながら、驚かされる程の行動力をその身に秘めていて、神をも恐れぬ芯の強さは頑なで危なっかしさこそあるものの、結局は“それ”がこの私を救ってくれた。
(……そう、全てはお前のお陰だ、依子……)
 ぜひ、言葉でしっかりと感謝を伝えたいから……。
「…………」
「さぁ、眼を覚ましてくれ依子。……私はもう、何処にも行かなくて済んだのだから」
 そして、私は小さくそう囁きかけた後で……初めて自ら唇を重ねた。
「…………」
「…………」
 それから、柔らかくも生温かい感触に特別な感慨を覚えつつ、またあの平穏で騒がしい日常が戻ってくる願いを込めて口づけを続けるものの、依子に変化は見られず。
(やっぱり、無意味なのか……?)
 くそっ、もう猶予もなくなってきて……るのに……。
「…………」
「…………」
「……っ、ん……?」
 しかし、やがてこちらの目も霞んできて諦めかけた頃、ようやく依子の唇がもぞもぞと動いて、両眼もうっすらと開いたかと思うと……。
「…………?!」
「より……」
「え……?さっ、さくや、さん……?!」
「う、うむ……」
「え、えええええ……っ?!」
 やがて、目が覚めたのを確認してようやく唇を離した私に、自分が何をされていたのか認識した依子は顔を真っ赤にして取り乱し始めてゆく。
「……まて、傷が開くから落ち着け。あんまりにも目が覚めないものだから、以前に依子が私にしようとしたコトを試してみただけだ」
「以前に……って、あーそういえばそんなこともありましたっけ……」
「一体どんな絵本を読んで思い付いていたのかは知らんが……迷惑だったか?」
 いやまぁ、この行為が人間達にとってどんな意味を持つのか程度は認識しているつもりだから、もしかしたら悪い事をしてしまったのかもしれないが。
「いいえ、そんなコトは決してないですけど。ただ……」
 すると、依子は迷惑って部分はすぐに否定しつつも、含みを持った言葉を加えた後で……。
「ただ?」
「……でも、ちょっとだけ遅かったですよ……。やっぱり、あの時に強行しておけば……」
 尋ね返す私に、視線を逸らせてどこか不満そうな顔を見せくる。
「ん、なにがだ……?」
「いーえ……あ、それより、わたしは……」
「心配はいらん。既に奴らは退けて、お前の命はこの私が取り留めた」
 ともあれ、それから思い出した様に上半身をむっくりと起こして自分の身体の状態を見回す依子へ、結果だけを短く告げてやる私。
 十六夜鞘華との激闘を制して間もなく依子が横たわる社殿屋上まで戻り、約束通りに手出し無用で行末を見守ってくれていたかつての同胞達へ礼と別れを告げた後で、正に風前の灯だった彼女の生命を救う為に残った神霊力を全て注ぎ込むつもりで回復術を唱えたが、どうにか間に合ったみたいで何よりである。
(ま、ギリギリもいい所だったがな……)
 一応、息の根が完全に止まっていない限りは元通りに回復可能という、対象者が背負っていた本来の運命の流れをも歪ませる程の効果を齎すが故に人間への使用は禁じられていた秘匿術だが、もう私にはハニエル達とは違って縛られる謂れはないし、理不尽な理由で魔界からの堕天使に殺されかけたのを止めたのだから、神の奴も黙認せざるを得ないだろう。
「朔夜さんが……?それじゃわたし……助かった、んですか……?」
「うむ。出来ればもうしばらくは安静にした方がいいだろうが、大丈夫か?」
「……って、朔夜さんこそ血だらけで……うわ、そのお腹どうしたんですか……?!」
 いずれにせよ、ようやく目を覚まして意識も記憶もちゃんと戻っているのを確認して自然と安堵の笑みが零れる私に、依子が自分よりもこちらの有様をじろじろと確認しつつ驚いた声をあげてくる。
「案ずるな、天使というのは頑丈に出来ていると言ったろう。戦いに負けて念入りに殺されない限りは息の根まで止まる事などそうそう無いし……しかも、私の場合はあのエレメント状態に戻るだけだしな」
「……それに、確か気を失う前まではもっとたくさん翼もあったような……?」
「ん……まぁ、夢でも見たと思ってくれ。奴との戦いと依子を回復させた分でまたすっからかんになりかけていて、今は”この姿”を維持するだけでも精一杯なんだ」
 本当は、熾天使(セラフィム)時代に極めて近付いた勇姿も見せてやりたかったが、そんな余力を残して勝てる相手ではなかっただけに仕方が無い。
 ……それどころか、今はよもすれば依子より私の方が厳しい状態かもしれない訳であって。
「ご、こめんなさい……」
「……気にするな。たまには私の方がそれくらいしてもいいだろう?また、この街で地道にチカラの源を集めればいいだけだしな」
 だが、もちろん後悔どころか、今はそれが誇らしくもある。
 何故ならば……。
「それじゃあ、やっぱりこれからも……?」
「今の私は、黎明朔夜だ。それ以上でも以下でもない」
 それから、私の言葉に期待と不安の混じった眼差しで見上げてくる依子へ、きっぱりとそう言い放ってやった。
「朔夜さん……!」
「さて、もう少し休んだら帰ろうか。……まぁ、翌朝の学校は病欠した方がいいだろうがな」
「えへへ、そうですね……それじゃ明日、いえ今日は二人で一日中ごろごろしましょうか♪」
「ああ、そうだな……」
 今は何やら、私の方が無性に依子を求めたくて仕方がなくなっている事だし、悪くない……。
「…………」
「……いいえ。申し訳ありませんが、そこまでです」
「なに……?!」
 しかし、それからこのまま約束の証にもう一度口づけでも交わしてやろうかと思った所で、不意にミカエルの声が届くと、それを阻止する様に私達の前へ降り立って来た。
「ミカエルさん……?!」
「……堕天使となった後でさえ、かつての七大天使を退ける程のチカラを一時的とはいえ本当に取り戻すとは、やはり貴女はこの世界でも放置してはおけない存在の様です」
 そして、更に一方的にそれだけ告げると、輝きに満ちた腰の天使剣を抜き放つミカエル。
「ミカエル、どういうつもりだ……?!黙って静観する約束だったろう」
「ええ……。先代ハニエルとの決闘の邪魔をしない取り決めは交わしましたが、その結果次第で貴女を見逃すという約束までは結んでいませんから」
「ふざけるな……ッッ」
 まさか、ここで動いてくるとは、話が違う。
 ……いや、もしくは過去にもこうして土壇場で裏切ったミカエルに対して想定をしていなかった私の方が甘かったと言うべきなのか?
「……よって、当初の予定通りにこれより貴女を回収いたします。お覚悟を」
「……く……っ」
「先程は不覚を取りましたが、この状況では最早抵抗も叶わないでしょう。手荒な真似はさせないで頂ければ有難いのですが?」
 いずれにせよ、ミカエルの言葉通りもう私には抗うどころか、依子を連れて逃げる余力も残ってはいない。
 ……というか、そもそも二人で無事に下山出来るのかすら怪しい状態というのもあって、後ろで見ていたこいつらを頼るつもりだったのだが、とんだ悪い冗談となってしまった。
「…………」
 となれば、あとの頼みはハニエルなのだろうが……静観したまま動かず。
(ここまで来て詰み(チェックメイト)か……くそ……っ)
 そもそも、水と油の二人でどうして意思の疎通が出来ているものと思い込んでいたのだか。
「ま、待ってください……!」
 しかし、いよいよもって諦めたかけたその時、依子がふらふらした足取りで立ち上がると、ミカエルの前へ両手を広げて立ち塞がった。
「おどきなさいませ。……邪魔立てするのであれば、貴女とて排除します」
「依子……!よせ……っ、ミカエルも馬鹿な真似は……ぐ……っ」
 それに対して、ミカエルの奴は手負いの人間へ向け、情け容赦の無い威圧を放ち脅しをかけるものの……。
「いいえ、どきません!だって……だって朔夜さんはわたしのものですから……!」
 それでも、依子は真っ向から対峙しつつ、一歩も引かないまま宣言してしまった。
「…………ッッ」
「依子……」
「……そうですか。ならば……」
(……まずい……!)
 そこで、天使剣を持つ手を震わせつつ依子を見据えるミカエルの視線に鋭い殺気が宿ったのを察するや、私は咄嗟に最後のチカラを振り絞って前方へ飛び出し……。
「ここで諸共送って差し上げましょう……!」
「…………っっ」
「依子……ッッ!!ぐ……ぅっ?!」
 すぐさま依子の腕を掴んで強引に後ろへ引き離すと、私は代わりに間合いを詰めて振り下ろされたミカエルの必殺の一撃を肩口から浴びていた。
「……が……ッッ」
「朔夜さん……ッッ?!」
「……ルシフェル……様……?!」
「ふ……ん……っ、まさか結局、お前に二度も斃される羽目になるとは……な……」
 ……全く、運命とやらは何処までも皮肉で……残酷なものである。

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