米百合カップルの奇妙な新婚旅行 その8

第八章 暁の復讐劇と愛され姫

(…………)
(…………)
(……ん……?)
 やがて、意識が再び呼び覚まされた時は、見覚えのあるがらんとした広間に座らされていた。
「……ようやくお目覚めみたいね、渡瀬十花」
(ルミナさ……くっ?!)
 それから、謁見の間の中央で正装っぽい漆黒のドレスへ着替えて泰然としていた魔王の姿を見て無意識に名を呼びつつ立ち上がろうとしたものの、言葉は出なかった上に腰掛けていた椅子から強引に引き戻される様にして身動きも奪われてしまう。
「……無理に動かない方がいい。着替えさせてここまで運ぶのは大変だったから身体は動く様にしてあげているけれど、今はそこに拘束されている身だから、無駄な抵抗は自傷となるだけ」
(着替え、“そこ”……?)
 言われてまずは視線を落として確認してみると、どうやらわたしの方もあのスケスケのベビードールから寝室に入る前のゴスロリ服へと着替えさせられているみたいで、しかも腰掛けているのはルミナさんの玉座だった。
(え、こんなトコロに座っていいの?!しかも、ここまで自分で着替えて歩いてきた……?)
「……まだ自由の身には程遠いけれど、自分で着替えてここまで来たのは合ってる。それと、私の玉座に腰掛けているのは他にいい置き場所が無かっただけだから、気にする必要もない」
 そこで、理解が追いつかないまま混乱気味に自問自答するわたしに、淡々と的確な回答が返ってきた。
(い、一体どういうつもりなんですか……?!)
「茶番よ。……ココレットが残留思念を残していたのは誤算だったけれど、やはり宿命の道はこちらの思い通りに導いてくれた」
 ともあれ、声は出なくとも意思の疎通が出来ているのを理解したわたしが前を向いて問い詰めると、ルミナさんはいつもの素っ気無い口調で独り言の様に呟いてきた。
(一体、何を言ってるんですか……?)
「言葉で説明せずとも、もうじき全ての決着が付く。……だからアナタはそこで見届ければいい」
(見届ける……?)
「そう、姿形こそいささか変わってしまったけれど、これが初めての姉妹喧嘩となるのだから、なかなかの見物でしょう?」
(姉妹喧嘩って……本気でこれから心恋と戦うつもりなんですか……?!)
 一応、先に挑んだのはルミナさんの挑発に乗った心恋の方だったとしても、あまりに立場も戦力も違い過ぎる。
「今さら埒のない質問ね。……けど、おそらく間違った認識をしているのだろうから教えておいてあげる。ココレットも私に匹敵する魔力を秘めた魔王家の嫡子で、本来は決して脆弱で劣等な妹なんかじゃない」
(え……?)
「……けれど、私の身代わりになる形で魂や因果ごと汚染し蝕む劇毒を盛られてしまったから、あの子の清純な魂を護る為には早急に肉体を滅ぼし、分離させるしかなかった」
(…………)
「そして、魔王家に伝わる転生の秘術を使い生まれ変わらせた湊心恋の魂は記憶こそ封印されたままとしても、この城へ戻ってから本来秘めていた精霊(エレメント)に関する適正は受け継がれているのも確認した。……ならば、面白い勝負になると思うけど?」
(そうじゃなくて、どうしてアナタが心恋……ココレットさんと決闘なんて……!)
 ようやくそれで全て繋がったし、心恋にも勝ち目があるのを認識した上での勝負なのも分かったけれど、問題はそこじゃない。
「私は、自分の未熟さや鈍感さ故に、最愛の妹と結ばれていた運命の糸を自ら断ち切る羽目となってしまった。あのコはココレット・F・バランタインとして最期まで私と共にする道を選びたがっていたのに、それすら叶えてやれず、ね」
「……けれど、人間として来世を迎えたあのコは、誰かさんのお陰で幸せそうにしていたから」
(何だか妬ましくなった、なんて身勝手なこと言わないでしょうね……?!)
「身勝手なのは否定しないけれど、少し違う。もう私の役目は終わっているのだと分かったから、最期に一つだけ愚姉の我侭に付き合ってもらおうと、ね」
(ワガママ……)
「たのもーー!!」
 そう言って、ルミナさんが儚げな微笑を浮かべたすぐ後、謁見の間の扉が古風な叫びと共に派手に開かれたかと思うと、決闘者(デュエリスト)という言葉の似合うドレスを着込んだわたしのコイビトが勢いよく乗り込んできた。
(心恋……!)
 姿が見えないと思えば着替えてきたらしく、同じ純白ベースで所々に黒がアクセントで入ったプリンセスドレス系ながら、可愛らしさよりも動き易さを重視した衣装を選んできだスタイリッシュな出で立ちと、覚悟に満ちた凛とした瞳の輝きが、戦いに来た心恋の意思を物語っている様に見えた。
「ふふ、気高くも凛々しい姿になってきたじゃない?魔王の相手ならばそうでなければ」
「十花……もう少しだけそこで待ってて。必ず取り戻すから」
(うん……)
 言葉さえ発せられるなら、わめき散らしてでも止めにかかるんだけど、ルミナさんはわたしに見届けさせても一切の邪魔はさせないつもりみたいだから、今は黙って信じるしかない。
「……では、武器を取りなさい」
 そして、心恋がある程度の間合いを取った状態で足を止めて対峙したのを頃合いに、ルミナさんは翳した手に同じ形のペアになっている細身の剣を二本顕現させると、うち一本を相手の眼前へ柄を上にして差し出した。
「それは、妹の生前に二人で剣の稽古をしていた際に使っていたもの。軽くて頑丈だから扱いに修練を必要としない」
「分かった……でも、あたしから挑んどいてなんだけど、どうしてそんな乗り気なのさ?」
「余計なコトは考えなくていい。貴女には私に打ち勝つしか手立ては無いのだから」
 それを見て、心恋はすぐに手を伸ばしかけたところで一旦止め、わたしもずっと気になっている猜疑心を向けたものの、やっぱりルミナさんは取り合わなかった。
「……一応、言っておいてあげるなら、渡瀬十花は未だ私に魅入られている状態。今でこそまだ心は貴女の事ばかり考えているとしても、このまま長引けば身も心も侵食されて記憶は上書きされてしまうでしょうね」
(…………っ)
 事実、その通りだった。
 抵抗はしているものの、意識が戻った後から脳みその中へ常時ドロドロとしたものが注入されてくる様な感触が入ってきていて、なにやら洗脳みたいなコトをされているんだろうなというのは感じている。
「……分かった。やるよ」
 すると、心恋は取り乱すことなくルミナさんと同じく淡々とした口ぶりで短く答えるや、右手で支給された細身の剣の柄を手に取り、そのまま軽く薙ぎ払って見せてきた。
 その姿が妙に様になっているというか、惚れ直しそうになったのはともかくとして。
「ちなみに、この剣自体に刃は付いていないから、直接相手を刺し殺すのは無理だけど……だからこそ簡単に屈服させることも出来ない」
「じゃ、どうやって決着付けるのさ?」
「……こうするの」
 それから、ルミナさんはこれから決闘する相手へ短くも的確に扱い方の説明をすると、手本を見せる様に手持ちの刀身へ真紅に輝く魔力らしきものを込めた。
「刃は魔力で付与すると思えばいい。魔力の込め方だけど……貴女なら頭の中でイメージするだけでいいはず」
「……本当に?って、あ、ホントだ!面白いこれ……!」
 そして、ルミナさんの言葉に従って試したら自分の刀身にも緑の色と小さな竜巻のようなものが付き纏い、興味津々に目を輝かせる心恋。
(こらこらこら……暢気にはしゃいでる場合か……!)
 まぁそんな心恋だから魔王とも戦えるんだろうけれど、その姿を見ていると生前のココレットさんとは正反対なのか実は近かったのか、そんな埒も無い興味が湧いてもきたりして。
「レクチャーはお仕舞い。……では、始めましょうか」
 ともあれ、相手が戦えるコトを確認した魔王ルミナさんは素っ気無くそう告げると、静かに、しかし凍りつく様な威圧を込めた目線を心恋へ向けつつ構えを取り……。
「いつでもいいよ。……斃すつもりの全力でいくから」
 勇者心恋もそんな魔王の殺気をものともせずに正面から受け止めると、書庫で以前に見た背中に半透明の翼を生やして両手で構えつつ相手をまっすぐ見据え……。
「さぁ踊りましょう、湊心恋……!」
「言われなくとも……!!」
 やがて、互いの間合いに踏み込んで異なる色の刀身同士が合わさる甲高い音と共に、ルミナさんの望み通りの最初で最後になるかもしれない姉妹喧嘩の幕が上がった。
(……心恋、ルミナさん……!)

「えやぁぁぁぁぁっっ!!」
「……ッッ!そう、その調子……まだ踏み込みが少し甘いけど……!」
 まずは心恋が全力で駆け出し、両手で握った剣を力任せに魔王へ向けて振り下ろすと、ルミナさんは強烈な一撃を真っ向から受け止め、まずは満足そうに褒めつつも鋭い眼光を飛ばして逆に押し返してゆく。
「く……っ、そんなの知らないってばさ……!こういうのも初めてだし……ッッ」
「この決闘は後にも先にも今宵限り。……精々、この魔王ルミナを失望させないで」
「分かっ……てるってば……!……くっ?!」
「なんの……ッッ」
 やがて、技量で上回っているルミナさんが鍔迫り合いの膠着状態から捌いて弾いたものの、そこから攻守交替となるかと思いきや、それより先に心恋が最初よりも更に鋭い踏み込みと速い動作で再び斬りかかっていた。
(はや……!)
 多分、ああいうのは頭で考えるよりも先に身体が動いている証拠なんだろうけれど。
「…………ッッ、やる……!」
「あたしゃ勇者だからね……!でやぁぁぁぁぁッッ!!」
「ふふ、そうね……。でも、まだスキは多いけど……!」
「うぁっ?!なんのぉ……っっ!」
「…………」
 それから、続けざまに新米勇者が荒削りな連続攻撃を繰り出し、魔王ルミナさんは冷静さを崩さないままそれを受け流しつつ間隙を突いて反撃に転じてと、目まぐるしく攻防が入れ替わってゆくのを必死に目で追ってゆく中、いつしかわたしの頭の中に“天才”と呼ばれるのはどういう類の人物なんだろう?という漠然とした思考が浮かんできていた。
「よし、だんだん慣れてきた……ッッ」
「……そうね、打ち込むたびに研ぎ澄まされてきてる……かも……?」
「けど、こんな程度じゃゼンゼン余裕、と……」
「……潜った修羅場の数が違うもの。これはどう……?!」
「わわっ?!まだまだぁ……ッッ」
 最初は様子見に徹していたルミナさんも次第にカウンターを狙って鋭い突きを交えたりと反撃の頻度を高めていっているものの、それでも持ち前の反射神経なのか直感なのか、そのたびに心恋はひらりと回避してゆく。
(心恋……すごい……!)
 まぁ、天才なんてすっかりと使い古された言葉でその定義も様々だろうけれど、うち一つはその場の“ノリ”で何となくこなしてしまう不合理な人たちのコトなんだろうなと。
「それにしても、初めてとはとても思えない身のこなし……元々剣術の心得があったの?」
「あるわけないじゃん……っ!けど、いちいち教わらないと使えないブキでもないでしょーに」
「……っ、成る程、確かにそうとも言えるかかしら……」
(いやいやいや……)
 おそらく心恋もそんな類の一人なのか、もしくは前世から無意識に引き継いだ能力なのか、剣術の心得なんて無いと言いつつ、勇者と化したわたしのコイビトは魔界で最強の存在であるはずの魔王に遅れを取ることなく立ち回っていたりして。
 というか、おそらく……いや前提の話として剣術の基本的な腕前は相手の方が比べ物にならないくらいに高いものの、それでもすぐに決着が付かなかったのは勇者心恋との決闘の時間を楽しみたいと思っている魔王ルミナさんがレクチャー込みの初手から少しずつ動きの強度を上げていっているからなんだけど、それでもしっかり付いていっているのが凄いというか、喩えるなら決闘が始まった時のレベルは1だったのが、なんとか凌いでいるうちに気付けばクリアレベルにまで近付く急成長を遂げている感じだろうか。
「……なら、そろそろ準備運動は終わり。もう少しだけ本気でいくから」
「へ……?」
 すると、魔王ルミナさんも心恋の潜在能力を認めた様子で静かにそう告げるや、おそらく最初から火のチカラを込めていた自らの赤い刀身に紅蓮の炎を猛らせ……。
「さぁ、もっと激しく踊りなさい!炎の剣(フレアサージュ)……!」
「うわっと?!だったら……氷の盾(フロストシールド)……ッッ」
 おそらく、今度は鍔迫り合いから刀身伝いに相手を焼き払うつもりで斬りかかったものの、心恋は咄嗟にバックステップで間合いを取りつつ、自分の刀身を蒼色の氷に変えてすぐ目の前を星型に振り払うと、それが冷気の壁となって防いでしまう。
(すご……一体いつの間にそんな魔法を……)
 いや、それよりも……。
「ふー、ホントに出るのかダメもとだったけど、やっぱりちゃんと応えてくれる剣みたい」
(…………)
 それから、唖然とするわたしをよそに、ルミナさんから渡された剣を満足げに眺めつつ頷く心恋を見て、ぶっちゃけどうやって氷の壁を出したのかよりも、むしろ初めて受ける攻撃を前にして瞬時にそれだけの判断をして、しかも動けているという方に驚いていた。
「……やるわね。流石は私の……いや、何でもない……」
 そして、炎の剣を防がれたルミナさんもいささか驚いた様子で唸っているし、わたしもそんな心恋の頼もしくもカッコいい姿に改めて見惚れそうになったりはしているものの……。
(……”私”の、か……)
「さて、コツも掴んできたし、どんどん行くよー!」
「ええ、これからが本番……!」
(……けど、やっぱりどうして二人が戦わなきゃいけないんだろう?)
 ただ、そんな中でもわたしはどうしても違和感が拭いきれず、純粋に心恋の勝利だけを応援できないでいた。
「おりゃあああああ!!はぁ……ッッ」
「……っ、だからといって、力任せで押せると思わないで……!」
「うああ……ッッ」
(…………)
 身動きさえとれるなら身を挺してでも止めたい気持ちがまだ残っているけれど、この決闘のきっかけはルミナさんが自身でも言っていた茶番。
 そもそも、あの人が本気でわたしを奪おうとしてくるとは思えなくて、寝室でのコトは明らかに心恋を挑発するのが目的だったはず。
「はぁ、はぁ……そっちこそ……やっぱりラスボスだね……!」
「生憎、まだ小娘魔王だけど……それでも人間に後れを取るわけにはいかないから……!」
(……だけど、なんで……?)
 その前のテラスでは心恋からお友達になろうと言われて嬉しそうな顔もしていたし、ルミナさんはココレットさんに恨みどころか、逆に後悔と呵責に苛まれ続けてきたというのに。
「けど、魔王を倒すのは人間の勇者なんでしょ……ッ?!」
「……そうね、その通り。もちろん、出来るものならだけど……!」
「く……あっ!!負けるもんか……っ」
(……思い出せ、わたし……!)
 やっぱり、何だかんだでまだ新米勇者は魔王に剣が届く懐にまでなかなか踏み込めさせてもらえていないのもちょっと心配になってきたし、何か思い当たる手がかりは……。
(…………)
(…………)
 そういえば、わたしの回答は結局満足して貰えなくて……。
『……私はね、もうヒビだらけなの。あと一押しされれば粉々に砕け散ってしまいそう』
『けれど、私とココレットを引き裂いた者達への復讐はまだ終わっていない。……ならば、どうすればいいと思う……?』
 その先にルミナさんが望んだのが心恋との決闘、という事は……。
(え、まさか……?!)
(……そのまさか、なんですよねぇ……)
 そして、わたしの中である結論が浮かび上がった時、すぐ背後から馴れ馴れしい口調でそれを肯定してくる声が脳内に届いた。
(フローディアさん!?……どうやって?)
 いまだ縛り付けられているので振り返ることは出来ないけれど、特徴的で聞き覚えある声なので間違いない。
 どうやら、決闘(デュエル)中の魔王の片腕である堕天使さんが、背もたれの高い玉座の裏までこっそりと紛れ込んで来ているみたいである。
(一応、別口から姿を透過させて念入りに認識阻害まで適用してこっそり入って来てますので、今は闘っているお二人にわたしは見えてませんよ?たぶん)
(……まぁ、それでも普段なら魔王陛下に通用するなど考えにくいんですけど、それだけ今は心恋様と二人だけの時間に夢中になっておられるみたいで)
「ふぅ……。死闘の中だというのに、なんだか楽しい……昔はこうやってココレットとじゃれあっていたのを思い出す」
「あたしだって、楽しくないってコトもないけどさ……十花に手を出してなきゃね……!」
 ……どうやら、フローディアさんにも静観していられない所以があってここまで入り込んで来ているみたいだけど、今はそんな個人的な事情は棚に上げておくとして。
(それより、わたしのまさかってやっぱり的中なんですか……?)
(ええまぁ、おそらく十花様はココレット様を失った憎しみの矛先のコトが頭に浮かんだのではないかと思いまして。……だとすれば御明察で、今心恋様がお使いになられている剣には、ルミナお嬢様の手により“転生の秘術”がエンチャントされているんです)
(転生の秘術って、つまり……)
(……つまるところ、お嬢様の悲憤がお兄様方だけに留まらず、やがては先代陛下やこのわたしにも向いてしまったんですよねぇ。そうして思いつかれた復讐劇が……)
(ココレットさんが転生した心恋の手によって、自分も人間に生まれ変わろうと?)
 お友達になりたがっているというわたしの結論を生温いと切り捨てた本音がそれですか。
(ええ、それで全ては台無しです。先代陛下の宿願は潰えて、わたしもお払い箱ですね。もしも仮にそうなった場合の次の当主は最果ての地に幽閉中の”力無き”マーテル様となりますから、バランタイン家の系譜こそ尽きませんが、魔王家としては終焉となるでしょうね)
(…………)
 つまり、自分が魔王になった頃から周到に考えていたってコトか。でも……。
(そこまで分かっていながら止められないんですか?しかもすぐルミナさんの喉元にまで近付けているというのに)
(残念ながら、お嬢様が魔王に即位された際に主従関係の契約を更改しましたので、わたしからはルミナ様への一切の叛逆行為は許されませんし、だからといって逆に心恋様の方へ手出しをした場合も、八つ裂きで済めばいい処となるでしょうね)
(心恋に手を出したらわたしだって許さないわよ……!でも……)
「く……っ、このバリア……硬い……!」
「ほら、早く突破してみせなさい……私が焦れてしてトドメを刺したくなる前に……!」
「うわ……っ!!」
 一方、フローディアさんから話を聞きつつ目は離さないままの戦場(いくさば)では、敢えて試すかの様に防御姿勢をとりつつ半透明の魔法の盾を張る魔王ルミナさんへ、心恋が刀身にバチバチと弾ける程の雷の様な魔力を込めて何度も打ち込んでいたものの、やがて時間切れとばかりに相手から振り払われた剣先より反撃の衝撃波が発せられ、大きく後方へ吹き飛ばされてしまった。
(心恋……っ!)
「所詮はその程度?……貴女の魂に秘められた魔力はそんな程度ではないはず」
「うるさいなぁ……あたしはあたし、ココレットさんじゃないんだってばさ……!」
「ふぅ……分かっているのだけど、やっぱり重なってしまうよね……」
 しかし、心恋もすぐに跳ねる様に立ち上がりつつ煩わしそうに反発すると、対峙し続けるルミナさんは弱音とも思える言葉を吐いて溜息交じりに呟く。
「それでも、あたしはキミを“お姉ちゃん”とは絶っ対に呼ばないからね……?!」
「ええ、私もそれだけは願い下げかしら。……それより、もう万策尽きた?」
「んなワケない……!まだまだこれからぁ!!」
 そして、再び駆け足で間合いを詰めた心恋がフェイント交じりに動き回りつつ、また刀身に様々な色の魔力をとっかえひっかえに乗せて動きを読ませまいと纏わりついてゆく。
「元気なのはいい取り得……とはいえ、賢しい小細工を弄しているに過ぎないけれど」
 ギインッッ
「うあっ?!」
 ただ、それも長くは続かず、魔王の言葉通りにあえなく相手の武器を狙ったルミナさんの強烈な一撃で心恋の剣は弾かれてしまった。
「……ほら、早く拾いなさい。まだ夜明けまでには長いわ」
「…………っ、強い……!」
「魔王ですもの。……そして、貴女は何者かしら?」
「ッッ、もちろん……勇者だっての……!!」
「……それでいい。それでこそ私……いいえ、当代魔王を斃す者……ッッ」
 しかし、一瞬だけ弱気になりかけるも不屈の闘志で剣を拾い上げて再び対峙してゆく勇者心恋に、魔王ルミナさんは嬉しげな顔に鋭い殺気を込め、魔剣を振りかぶって攻めのお手本を見せるかの如く自ら打って出ていった。
「なんの……!あたしだって、そろそろ見えてきてるんだから……!」
(…………)
 それでも、まるで息ぴったりに演舞しているかの様な二人の攻防を見ると、宿命の決闘というよりも仲良し姉妹の稽古に見えなくもないのが、何だか胸を締め付けられる思いにさせられていた。
(でも、心恋は絶対に姉とは呼ばないし、ルミナさんもそれだけは願い下げ、か……)
 これから心恋に何をさせようとしているのかを考えれば、それも当然として。
(……だからって、ココレットさんの件で散々苦しんだはずなのに、同じ苦しみを味わわせようとするなんて……)
(あー、実はですね……元々あなた方を人間界へ戻す際には、この城で過ごされた間の記憶は全部消去するつもりでして……)
(…………ッッ、ほんっっと、どこまでも身勝手なんだから……!)
(……ですから、わたくしめに出来るのはこれだけ)
 それから、さすがにわたしも無性にむかっ腹が立ってきたところで、フローディアさんは静かにそう告げてくると……。
「……え?って……あ……!」
 不意に背中からの枷が外された解放感と共にわたしの身体が軽くなり、驚きが久々の短い言葉となって声に出る。
「…………っっ」
 そして、一体何をしたのかと立ち上がって振り返ると、まるでその代償だったかの様に姿を具現化させたフローディアさんが喀血しつつ、音を立てて倒れ込んでしまっていた。
「フローディアさん?!」
「……フローディア!?貴……」
「スキありぃっっ!!」
「くッッ……?!」
「ルミナさん……っ!?」
「不覚……取った……」
 しかも、こちらのやり取りでようやくルミナさんもフローディアさんの存在に気付いてこちらへ振り返ったものの、その余所見が決定的な隙となって心恋からの横薙ぎの一撃をモロに受けて派手に吹き飛ばされると、すぐに上体は起こしたもののダメージ箇所を片方の手で押さえつつ苦痛に歪んだ表情を浮かべて立ち上がれないでいた。
(ちょっ……)
「……これが、造反の代償。このままルミナお嬢様の筋書き通りとなってもわたしは死んだも同然の身となりますから、後のコトは貴女に託すこととしま……す……」
 そこで、一度に状況が動きすぎ……!と狼狽えるわたしだったものの、心恋が少し離れて様子を伺っているのを見てまずはフローディアさんの方へもう一度振り返ると、腹部から血を流しつつ、息も絶え絶えにこちらも身勝手な言い分を伝えてきた後で……。
「託すって、でも……」
「わたしは……強制的に陰腹を詰めさせられましたけど、運が良ければ死にはしません。これでも堕天使は頑丈です、から……それより……」
「それより?」
「……いえ、あとはお気の召すまま……に……」
 最後に、ルミナさんの片腕は元天使らしい笑みを浮かべつつ、祈るように両手を結んだまま両眼を閉じて動かなくなってしまった。
(お気の召すままに、って……)
 確かに、このまま黙って見ているだけなのは我慢ならなくなっていたけれど、でもいきなり武器も無しで舞台の上へ放り上げられて、このわたしにも勇者になれと言われても。
「やはり、堕天使は根からの反逆者(リベリオン)ということ……。私が台無しにしてやる前に盤面をひっくり返そうとしてくるなんて」
 しかも、片膝を付いたまま黙ってこちらを見ていたルミナさんはやがてよろよろと立ち上がりつつ、いつもの調子で淡々と呟いたかと思うと……。
「……だけど、それで一体何が出来るというの?まだ私の魅了までは解けていない」
「……う……っ」
 素っ気なくそう告げて鋭い視線でこちらを見据えてくるや、わたしはそのまま立ち上がった足が震えて動けなくなってしまった。
「結局、状況は変わっていない。……この私を斃さない限りはね、湊心恋?」
「……つまり、まだ勝負を続けるということ?」
「無粋な輩に水を差されてしまったけれど……決闘には相応しい幕引きの形というものがあるでしょう?」
 それから、手負いのルミナさんとの決闘の続行を躊躇う心恋へ、魔王は微笑を浮かべて応えると、最後の勝負を誘うかの如く背中の漆黒の翼を大きく広げつつ、全身から深紅の陽炎の様な魔力を立ち昇らせてきた。
「そうだね。……十花を返す気がないのなら、あたしは勝つまで全力を出すよ」
 そして、対峙する心恋も言葉なんかじゃ終わらないのは察していると、覚悟に満ちた言葉と共に両手で持つ剣に眩いほどの輝きを込める。
「心恋……」
「……この局面で全てのチカラを一極集結させるなんて、一体どこで覚えたの?」
「ん〜よく分からないけど、魔王を倒せる勇者の剣が欲しいって念じたらこうなった」
 こうなったって……。
「全く、無常ね……貴女がエレメントのチカラを自由に操れているのはココレットが私と一緒に苦労して契約を交わした“遺産”なのに、あのコはそんな使い方はしなかったろうから」
「お生憎さまだけど、今のあたしは十花の旦那さんで、それ以上でも以下でもないんだ……!」
 それから、何やら感慨深そうに使っている本人もおそらくよく分かっていないチカラの正体を解説してくるルミナさんへ、心恋は剣先を向けてつれなくもきっぱりとそう宣言した。
「……心、恋……っ」
「そう。……だったら、その手で幕を引くといい。今の私は貴女達を引き裂こうと邪魔をする魔王に過ぎないのだから」
「……そのつもりだよ。ゴメンね?」
(どうしよう……このままじゃ、ホントに何にも変わらないじゃない……!)
 おそらく、ルミナさんは次に繰り出されてくる心恋からの渾身の一撃でお仕舞いにするつもりなんだろう。
「…………」
 正直、フローディアさんの思い通りになってあげるどころか、むしろ今でもルミナさんへの憐憫の気持ちの方が強いけれど、でもやっぱりこのまま黙って見ていることなんてとても出来やしない。
 わたしにだって、譲れないものが一つあるのだから……!
(……ふぅん、だったらチカラを貸してあげよっか?)
 と、言葉にはせずとも強く念じた時、わたしの頭に別の知らない女の人の声が届く。
「え……?」
 ……というか、脳内に直接語りかけてくる人、ちょっと多すぎやしません?
(そんなコトはいいから、このあたしを手に取りなさい。望みを叶え得る助力をしてあげる)
(と、言われてもあなたは一体……って、まさか……?)
 ともあれ、その声が聞こえた方を辿ったものの、その先にあったルミナさんの玉座に立て掛けられている漆黒の剣を見て目を見開いてしまう。
 ……いや、手に取れとか言われても、これって確かルミナさんが魔王の象徴として所持していて、また全ての元凶とも言える家宝の封魔剣……。
(あたしだって当代魔王以外の者の手に触れさせるのは虫唾が走るけど、ここは取引きといきましょうか。ほら、手遅れになる前にさっさと手に取る!)
「わ、分かったわよ……!」
 ただ、「取引」という言葉で全てを察したわたしは、魔剣に封じられた何者かに促されるがまま柄を手に取り、自分でも楽々振り回せそうな重さなのを確認しつつ一気に鞘から引き抜いた。
「…………っ」
 ルミナさんには気の毒だけど、どうやらこのコ(?)も……。
「と、十花……?!そこでなにしてんの!?」
「……ッッ、どうしてアナタが封魔剣を……?!」
「いや、なんかチカラを貸してくれるっていうから……」
 ともあれ、許可は得ているものの傍から見れば血迷っているとしか思えないだろう行為に、心恋とルミナさんが同時にこちらを向いて仰天したのを見て、苦笑い交じりに答えるわたし。
(んじゃ、上手くやんなさいよ、人の子さん?)
 やれるかどうかの自信は無いですが、まぁできるかなじゃなくてやるんだよって局面よね。
「……っ、そう……私の魅了にかかって一時的に眷属になっているから……!けど、魔剣に封じられた守護霊さえも私を裏切るというの……?!」
「…………」
「く……どうして、どうして私はいつも裏切られるの……!!私がココレットを裏切ったから?!だからみんなそんなに私のコトが……!」
 そして、流石にこれは効いたのか、ルミナさんはとうとう魔王の仮面が剥がれて戦闘中にもかかわらず不安定に泣き叫び始めてしまった、けど……。
「…………」
 お生憎様だけど、嫌っているどころかその逆なのだろうから。
「……ルミナさん。悪いとは思うけど、やっぱりアナタは今のままもう一度自分を見つめ直した方がいいと思う」
「そだね……あたし達でよかったらお友達になるって言ったしさ?」
「利いた風な口を……!!」
 そこで、わたしが敢えて突き放すように諭し、心恋も小さく頷いて同調したのを見た魔王ルミナは抑えきれない感情や殺気を魔力として向けようとしてきたものの……。
(……さて約束通り、願いを叶える為のチカラを貸して貰うわよ、剣の妖精さん?)
(あたしゃ魔神だっての……まぁいいわ。人間にしちゃ悪くない魂の輝きだし、一度だけね)
 ……まぁ自分としても、そう何度もこんな場面に出くわしたくはないですが。
「それじゃ、旅の締めくくりに二人の共同作業といきましょうか、心恋?」
「オーケー!いつでもいいよ、十花?」
 こちらも、今まで見ていた二人に倣って自分の想いを封魔剣の刀身に込めると、あとは阿吽の呼吸で理解してくれたコイビトと頷き合う。
「……もう見てられない……だったら、私を斃さざるを得なくしてあげる……!!」
 そして、すぐにわたし達は互いに駆け寄り、ルミナさんが容赦なくこちらへ放ってきた紅黒い負の感情が込められたチカラに対して、二人の願いが込められた刀身を全力で重ね合わせると、そこから発生した白と黒色の障壁が魔王の魔力を正面から受け止めてゆき……。
「よし、受け取めたよ……!」
「いいわよ心恋、このままチカラを込めて……!!」
「うおおおおおおおおッッッッ!!」
「い、いける……負けてない……!」
「く……っ、そ、そんな……この私……魔王ルミナの魔力を……?!」
「よぉし、このまま押し返し……って、壊れ……わああああああっ?!」
「ちょっ、まぶ……きゃあああああああっ?!」
 やがて、激しい力比べの果てにこちらの盾は砕け散ってしまったものの、そこから魔王の魔力が突き破ってわたし達を飲み込んでくる前に、そのまま謁見の間は暴走を引き起こしたかの如く眩い閃光に包まれていった。

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