法少女はプリンセスに揉まれて勇者となる その8


第八章 幕開け

 やがて、決戦の夜から七日が経った本日の午後、魔界の中心では歴史的な儀式が執り行なわれていた。
「…………」
 フェルネから馬車で二日がかりの帝都に聳える魔王宮パンデモニウムの大広間で、魔界中から参列してきた貴族達が見守る中、話に聞いていた通りの小柄で無垢そうな可愛らしい少女の姿をした新しい魔王が宰相の手により王冠を受けているのを、久々にドレスを着せてもらったわたしも不思議な感慨を覚えつつ、手を繋いだリセの隣で見届けていた。
(しっかし、あんな可憐なコが魔王……ねぇ……)
 もちろん、その感慨はあまりにも既存のイメージからかけ離れた、自分とあまり変わらなさそうな年頃の新魔王に対して抱いている気持ちでもあるんだけど、何より……。
(けど、まさかとうとう魔王の宮殿にまで足を踏み入れる事になるとはなぁ……)
 正直、わたしも一緒に連れて来てもらえるとは思っていなかったのもさることながら、もう千年も昔とはいえ魔王にとっての最大の敵の子孫がこうしてこっそり参列しているなんて、何だかイケないコトをしている背徳感を覚えてしまったりして。
「…………」
 ただ、一方でこの場に立てているのは自分が頑張ったご褒美みたいなものでもあるし、それを考えれば場違いさは感じてなくて、むしろ誇らしくもあるんだけど。
(だよね、ラトゥーレ姫さま……?)
 そこで、わたしはもう一方の傍らに立っている隣国のお姫様の顔を覗きこんでみると、すぐにこちらの視線に気付いたラトゥーレがジロジロ見るなとばかりに表情で威嚇してくる。
(あはは……)
 そしてさらに、そんなの彼女の傍らで、やっぱり当たり前に同伴しているルミアージュ姫が楽しそうな笑みを浮かべてくるのが、改めて報われた心地で嬉しかった。
(……でも、ホントに何とかなるもんだなぁ……)
 ルミアージュ姫から、勇者とは己の想いをチカラに変える事の出来る者をいうとは聞いたものの、本当にノリと勢いが全てを凌駕してしまうなんて、あるイミ笑い話みたいなものだけど。
「…………」
 ただ、その勢いを作ったのは、やっぱり大切なひとへの……。
「さぁ、戴冠を果たされた新しき我らが魔王陛下へ、みな熱賛の鬨(とき)を送ろうではないか!」
「ウォーーーーーーーーッッ!魔王プルミエ様万歳ッッ!!」
 しかし、その先の言葉は頭に浮かべるだけでも恥ずかしくなって中断したところで、やがて大広間に絶叫のような大歓声が響き渡り始めてゆく。
「…………っ?!あ、えっと……ん?」
「……アステル……?」
 そこで、驚かされつつわたしも一緒に叫ぶべきか迷った中、不意打ちでリセがぴったりと寄り添ってきたかと思うと……。
「え……?」
「ありがとう……」
「……どういたしまして」
 頭を撫でつつ、一番シンプルで気持ちの伝わる言葉でお礼を囁きかけてくれたのを受けて、わたしの方もリセの耳元に向けて短い言葉で返礼した。
 勇者の報酬なんて、所詮はこれで充分……。
(ん……?)
「…………」
 更に程なくして、空いていた右手に誰かのぬくもりが絡んできたのに気付いてちらりと見やると、ラトゥーレが手は離さないまま照れくさそうに目を背けてしまった。
(はいはい、どーもね?)
 ……どうやら、こちらのお姫様にも少しは感謝されているみたいで、何よりである。

                    *

「……おお、どれもこれもうんまい……さすがは魔王家の食堂……!」
 やがて、戴冠式が終わった後には宮殿の大食堂でレセプションが催され、例によってリセやラトゥーレが新しい魔王さまやら他の諸侯との挨拶回りに追われている中、やっぱり蚊帳の外なわたしは豪華な宮殿料理が並べられた前で夢中になって空腹を満たしていた。
「むぐ、むぐ……うーん、しあわせ……」
 なにせ、本日は朝ごはん抜きだったので、儀式が進むにつれてあの厳かな空気の中でお腹の虫が鳴らないか本気で心配していたくらいだし、もう誰にもわたしを止められない……。
「こーら、御馳走に囲まれているからって、レディがあまりがつがつしちゃダメよ?」
「んぐ……ふぁーい……」
 しかし、やがてそれも一緒に行動中のルミアージュ姫から見かねた様子で咎められ、手持ちのお皿に乗った料理を平らげたところで渋々と小休止に入るわたし。
 ……確かに、そろそろお腹が膨れてコルセットが苦しくなってきたかも。
「んー、アステルちゃんにもそろそろ淑女の作法を仕込むべきかしらね?」
 一方で、苦笑いを浮かべるルミアージュ姫も同じくお腹がすいているはずなのに、これらの御馳走を前にしてもワイングラス片手に冷静そのもので、これが育ちの差なのだろうか。
「えええ、別にいいですよぉ……」
 一応、似たようなことはリセやユーリッドさんからも言われてるんだけど、でも半分くらいは野生児なわたしがお姫さま教育って、なんか恐ろしく険しい道のりのような。
「でも、たまにはこういう場所でドレスも着てみたいんでしょう?いつかの時は、くるくる回ったり可愛いポーズ決めてたじゃない?」
「わわわ、まだ覚えてたんですか……っ?!」
「忘れるワケがないのよねぇ?戻ったらアステルちゃんのお父様に報告したいくらいなのに」
「ご、後生ですから、それだけはご勘弁を……ますます帰れなくなっちゃいますし」
 ……まぁ、元々帰る気なんてまだないとしても。
「そう?私の方はいっそ、その晴れ姿で家宝を持って帰らせたら面白いサプライズになるかな?って考えてるんだけど……」
「……もう、あまり好き勝手言ってると、連れて帰ってあげませんよ?」
 ともあれ、更に言いたい放題のお姫さまへ、溜息まじりに遮るわたし。
 戴冠式への出席と、この後の領有権の更新手続きが終わって戻ったら、いよいよルミアージュ姫を懐かしのマイルターナへ送り届ける予定になっているんだけど、わたしとしては家宝の返却を済ませたらさっさとリセのもとへ帰るつもりなのに、黙って聞いていれば一体何をやらされるのやら。
「んー、それは困るわね。アステルちゃんには是非ともしっかりエスコートしてもらわないと」
「……まだ、何か企んでるんですか?」
「人聞きが悪いわねぇ。せっかく幸運な偶然も重なったんだし、この機会に有耶無耶にしていた諸々に決着付けようかなと思ってるだけよ?」
 それから、念入りな口ぶりに何やら穏やかじゃない言霊を感じてわたしが突っ込みを入れると、姫さまはグラスの中の真っ赤に澄んだワインをくるくると回しながら、どこか他人事の様に返してきた。
「まさか、それって……もしかしてわたしも……?」
「ええ、いつまでもコソコソとしているのも勇者様らしくないでしょ?家訓にないの?」
「まぁ、ありますけど……」
 勇者たるもの、常に胸を張って歩むべし。
 ……たとえ、それが呵責に苛まれている時でさえも、だ。
「もう、そんな緊張した顔しないの。アステルちゃんは一番の功労者なんだし、得意顔で私を送り届けてくれればいいだけ」
「……功労者っても、元々姫さまの自作自演みたいな事件ですよね?」
 後悔はしていないとしても、わたしはその為に一族の掟も盛大に破らされてしまったし。
「あら、私は運命に抗っただけよ?アステルちゃんと同じく、ね」
「やれやれ……」
 ともあれ、どうやらまだまだ達成感に浸るには早いみたいだった。
「それで、アステルちゃんの方は今後どうするつもり?今回の経験で自信も付いて色々と欲も出てきているんじゃないかしら?」
「んー、正直いえば特に何もないですけどねー。せっかく姫さまのお陰でアルバーティンに入学できて念願だった友達にも恵まれて、ホントに楽しい毎日を送れてますから、夏休みが終わった後もリセと一緒にちゃんと卒業まで通って……んっ、その後のことはまたおいおい……」
 それから、ごちそうを眺めているうちにまたお腹がすいてきたので、手前の美味しそうな肉のゼリー寄せを取り皿へ拾い上げつつ、当たり前のコトとして答えるわたし。
 ……まぁ、強いて欲が出たといえば、気乗りしてなかった秋の学園祭でのバトル大会で優勝を目指したくなったくらいだろうか。
「ふーん、とりあえずは魔法少女に戻るんだ?」
「ラトゥーレに没収された杖も返してもらいましたし、家宝をわたしがいつまでも勝手に預かっておくわけにもいきませんし、何よりまずは魔術をしっかり勉強したいんで……あ、これおいしい……!やば……っ」
 このゼリー部分が絶妙すぎて、帰った後も作れるものなら作って欲しいかも。
「……なるほど。まぁせっかく自由の翼も得られたんだし、少しは羽も伸ばさないとね?」
「ち、ちゃんと勉強も頑張ってますってば……あっ……?」
 そこで、ちょっと人聞きが悪い言い回しにおかわりをいただく作業を中断して振り向こうとしたわたしだったものの、それより先に背後から抱きしめられてしまった。
「ひ、姫さま……?」
「アステルちゃんがいつも頑張っているのは、誰よりもこの私が知ってるつもりだから大丈夫。……それより、何だかんだでまだ今回のお礼を言いそびれていたのを思い出してね?」
「……お、お礼なんて……」
「ううん、この場でちゃんと言わせて。私の我が侭に付き合ってくれて、大切な友達も助けてくれて……本当にありがとう」
「いえ……わたしの方こそ、思えば今回も姫さまに支えてもらいっぱなしでしたし、むしろこっちがお礼を言いたい部分もあるというか……」
 何だかんだで、いつも節目の時には姫さまに背中を押されてここまで来れたんだし。
「私は、あくまで飛び立つ手助けをしているだけ。……だけどもう、自分の力で飛べるでしょう?」
「あはは、だといいんですけどね……」
 ……というか、本音を言えばルミアージュ様から完全に巣立ってしまうのも、まだちょっとだけ寂しいかもしれない。
「もう、アステルちゃんって何だかんだで結構甘えんぼうさんよね?」
「……その代わり、これからも姫さまがわたしを必要とした時は、ちゃんと力になりますから」
 ただ、出来ればもう少し大人しくしていて下されば助かるとしても。
「ふーん、だったら今晩にでも早速一つあるんだけど?」
「へ……?」

                    *

「……それで、これがお願いなんですか?」
 やがて、夕方まで続いたレセプションも終わって夜も更けてきた頃、昼間に言われた大事な用事を果たすためにルミアージュ姫に手を引かれて連れられた先は、魔王宮の賓客用に用意された大浴場だったりして。
「そーよ?結局、ラトゥーレちゃんのところじゃ裸のお付き合いが出来なかったじゃない」
 それから、脱衣場でじろじろと向けられ続けた、少しばかりイヤらしい視線に耐えつつ入浴準備を整えた後で、まずはお背中を流しながら確認してみたわたしに、姫さまは嬉しそうに頷いてくる。
「あはは、そういえばそうでした……というか、姫さまとお風呂っていつぶりでしたっけ?」
 小さい頃はよく一緒に入れてもらってたけど、一人で入るのが当たり前になった頃からは殆ど機会がなくなってしまっていたような。
「んー、最後に覚えているのはアステルちゃんが十三になって一月くらい経った頃かしら?……ほら、研究所で私があげたお人形相手に魔法をかけて一緒に踊ってたのを目撃した日の夜」
「……うう、思い出しました……というか、よく覚えてますね……」
 あの時は、まさか見られてるとは思ってなくて本気で驚いたけど、その後で口止め料がわりにこうやってお風呂で背中を流して欲しいって言われたっけ。
 ……しかも、それだけじゃ終わらなくてすごく恥ずかしい目にも遭った記憶が……。
「忘れるわけないじゃない?……だって、可愛い私の妹をあの里から解放してあげると心に決めたのがその日だったんだから」
「ルミアージュ様……」
 そう。立場を利用して色々と恥ずかしいコトもされたけど、湯船につかった後でお互いにのぼせる寸前まで自分の意志を強く持つコトの大切さを滔々と説教されたっけ。
「一緒に覗いていたエミリィがその才能に一目置いたのもあるけれど、何よりああやって一人遊びを続けていたアステルちゃんの背中が、もう不憫不憫で……」
「……えっと、わたしそんなに孤独なオーラ出てました?」
 まぁお母さん亡くなった後だったから、余計に寂しさを感じていたのは確かだけど。
「そりゃもう、漂いまくってたわよ?それで、いっそ本当に私の妹として城へ連れて帰ろうかとも考えたけど、それはアーヴァイン卿に断られちゃったから」
「いや、それって初耳なんですけど……」
 ……まさか、まかり間違ったらわたし自身もお姫様になっていた可能性が……?
「とはいえ、王族の養子になっても所詮は籠が少しばかり大きくなるだけだから、これでよかったんだけどねー」
「……姫、さま……」
 そして、少しばかり投げやりにそう続けたルミアージュ姫の言葉に、少しばかりいたたまれなくなったわたしは、思わず手が止まってしまったものの……。
「とまぁ、今となってはそんなコトはもうどうでもいいとして……」
「え……ひゃっ?!」
 しかし、そんな湿っぽくなってきた空気にあてられてすっかりと無防備になっていたところで、泡だらけのままいきなり振り返ってきたルミアージュ様に押し倒されてしまうわたし。
「ち、ちょっ……姫さま……?!」
「……というワケで、すっかりご無沙汰になった分、しっかりと成長確認しとかないとね?」
「いや、あの……」
「だいじょーぶ、今なら他の人は近くにいないし、アステルちゃんが無駄に大きな声出さなきゃ」
 そして、困惑するわたしの頬に左手を添えて見下ろしつつ、姫さまは脅し混じりにそう告げてきた。
「も、もう、さっき脱衣場で散々じろじろ見てたじゃないですか……」
「当然、あんなので満足できるワケないじゃない?まだ見てない部分はいっぱいあるし……それに視るだけが確認じゃないでしょ?」
「で、でも……」
 さすがにいきなりここでってのは、いくらなんでも恥ずかしすぎるというか……。
「まぁまぁ、もちろん後で私のカラダも好きなだけ確認してくれていいから」
「え、えっと……」
 それでも、続けて交換条件を持ち出してきた姫さまの大きさも形も絶妙な二つのふくらみが目の前でぷるるんと柔らかそうに揺れて、思わず心臓が高鳴ってしまうわたし。
(そ、それはそれでちょっと興味なくもない、かも……)
 わたしの方はコトあるごとにこういうイタズラされてきたけど、何だかんだでこちらから姫さまに触れる機会なんて滅多になかったし……。
「んふふー、そういうコトだから、大人しく観念なさいな?」
「…………っ」
 えっと、こうなった以上は仕方がない、のかな……?
「……これ、魔王の宮殿で人間二人が何を破廉恥な行為を働いておるのじゃ?……まったく」
「……わ……っ?!」
 そして、姫さまの右手がわたしのお腹のあたりへ伸びてきたのに任せて、言われるがまま観念しかけたところで、突然に顔をのぞかせてきた全裸のラトゥーレが呆れた様子で助け舟を入れてくる。
「あら、ラトゥーレちゃん、もう大切な用事は終わったの?」
「うむ、新しい魔王との謁見は済ませた故に、後の面倒くさい手続きは臣下共の仕事じゃ」
 それを受け、身を起こして振り返ったルミアージュ姫に雷帝の姫君はぞんさいに返事をすると、下ろした銀髪を揺らせてわたし達のすぐ隣にどっかりと腰掛けた。
 ……なんか色々丸見えというか、実に堂々としたもんだというか……。
「そう……。とにかく、お疲れさま」
「うむ、まっこと疲れたわ。此度は汚らわしい魔神なんぞの干渉を受けたとは言え、空白期間に隣国といざこざを起こしてしもうた所以で、諮問機関から魔姫としての自覚だの忠誠がどうたらとネチネチ追求を受けてのう?……まったく、途中で何度あやつらまとめて黒コゲにしてやろうかと……」
「あはは、よく堪えました……って言うべき?」
 もしかして、一人敵地に乗り込んだリセも同じ様に追求されるのかな?
 ……だったら、弁護にでも同席したい気持ちが芽生えるものの、まぁわたしよりもユーリッドがさんいるから心配無用か。
「ふん、それより今度はわらわの背中を流してくれぬか?ルミアージュよ」
「ええ、勿論いいけど……あ、どうせなら今日はアステルちゃんがしてあげる?」
 ともあれ、それから腕組みしつつ急かすラトゥーレに、いつもの様子で応じた姫さまは一旦ボディタオルを手にした後で、何気なくこちらの方へ水を向けてくる。
「わ、わたしが……?!」
「な、何故ゆえ……」
「だって、アステルちゃんもまだラトゥーレちゃんと裸のお付き合いしていないでしょう?ほら、親睦と仲直りの印に、ね?」
 そしてルミアージュ様は揃って戸惑うわたし達にそう告げた後でこちらにタオルを押し付けつつ、立ち上がって逃げようとしたラトゥーレの腕を掴んで引き戻してしまった。
「し、しかし……!」
「まぁ、姫さまがそう言われるなら、せっかくですし……」
 というか、こっちとしては別にやぶさかでもないんだけど、そんなにルミアージュ様以外に肌を触れさせたくないのか、ラトゥーレの方が妙に抵抗してくるのが少しばかり癪に障ってきたわたしは、泡でぬるぬるになっているタオルを受け取るや、これ以上の説得は無用とばかりに後ろから肩を掴んで座らせようとしたものの……。
「…………っ?!」
(お……?)
 触れた手に力を入れた途端、びくんっと大きく背筋を震わせたラトゥーレに、思わず手が止まるわたし。
「こっ、こら……もっと繊細に扱わんか?!」
「あっ、ご、ゴメン……?」
 いや、そんなに乱暴に扱った覚えはないんだけど……。
「ふふ、実はラトゥーレちゃんって背中がとっても敏感だから、気をつけてあげてね?」
「は、はい……」
 ……ああ、そーいうコトですか。
「ったく、だから分かっておらぬ者に触れさせたくは……ひぃっ?!」
 それから、何だか色々察したわたしがタオルじゃなく泡をなじませた指先で悪態をつくラトゥーレの両首筋を同時になぞると、今度は悲鳴のような反応を見せてくる。
 ……なるほど、つまりは極度のくすぐったがりなんだ。
「き、ききき、きさま……」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと手が滑ってさー」
(あ、でもなんか楽しい……)
 どちらかといえば、今まではいつもルミアージュ様やリセから攻めたてられる側だったから妙に新鮮なのもあるけれど、なんだろう……このむらむらとしてくる感覚。
「しっ、白々しいわ……!というか、何やら不穏な気配を感じるのだが……」
「んー、そんなコトはないと思うけど……ねぇ、姫さま?」
 一応、漆黒の雷帝だけに、あまり調子に乗って本気で怒らせたら後が恐いとしても……。
「アハハ、そーねぇ……。まぁ悪いようにはされないんじゃない?」
「いや、しかし……」
「…………」
(でも、今のラトゥーレなら、何だかんだで……)
 そこで、昼間の戴冠式の場で照れくさそうにわたしの手をぎゅっと握ってきた時のことも思い出したりして……。
「…………っ」
(い、いいよね?ちょっとくらいは……)
 どうせ、他にはわたしをけしかけてきたルミアージュ姫くらいしかいないんだし……。
「……ま、待て、今何故ゆえに喉を鳴らせた?」
「え?気のせい……じゃないかな?」
 何だか自分の口元もニヤけてる気がするけど、多分気のせい。
「ええ、そーねぇ。うふふふ……」
「……っ、こ、こら……まさか貴様ら……」
「んー、確かにラトゥーレには両面の感情持ってるしなー、わたし。……ほら、ボロボロにされた挙句に踏みつけられたことだってあるしさー?」
「い、いや待て、は、話せば……んあっ?!」
 しかし、最後まで言わせる前にそろそろ辛抱たまらなくなったわたしは、今度は指先を背中から脇腹へと下ろして軽く擽りはじめてやる。
「し、痴れ者め、やめ……そんなにされたら……!」
「されたら、どーなるの?」
「ひっ?!ご、後生じゃ、そこは本気で弱……くぁ……っ!」
 ……うわ、ダメだ。楽しすぎる。
(ごめん、リセ……これからちょっとだけ……)
「…………」
「……アステル……」
「はい……?……っ?!」
 しかし、そこからふと脳裏に浮かんだお姫様の呼ぶ声が突き刺さるような圧力混じりに聞こえて振りかえると、そこにはエプロンドレスを脱いだユーリッドさんに、バスタオルを身体に巻いたリセが無表情で仁王立ちしていた。
「り、リセ……?!それに……」
「んー、客室へ戻ればアステルさまは既に入浴に向かわれたと聞きましたので、のぼせてしまう前にわたくし達も支度を整えて合流を、と思ったのですが……もしやお邪魔でしたか?」
「……うん、アステル、すごくたのしそうだった……」
「え、いや、これは……」
 というか、いつの間に……。
「ほほう、いつの間にって顔をされてますねー?別に驚かせるつもりでこっそりと近づいたつもりはありませんでしたが」
「…………」
「え、いや……」
 いかん、リセの表情が段々といつぞやの時みたく……。
「そ、それより、大切な用事は終わったの?」
「うん……というか、今回の面談はラトゥーレと一緒だったから……」
 そこで、話の矛先を逸らせようと、わたしが出来るだけ平静を装いつつもルミアージュ姫のセリフの真似事をしてみると、リセの口から完全に盲点だった返事が戻ってくる。
「ふむ。リセリアが止めてくれたから我慢できた様なものであるしのう?」
「げ……そ、そんな……」
 最初にゆっといてよ、そーいうコトは……。
「わー、もしかして修羅場の予感?」
「モトは誰のせいだと思ってるんですか……っ?!」
 ……まぁ、だからって人のせいにしきれないのも心苦しいんだけどさ。

「……さて、一時はどうなるコトかと思いもしましたが、これにて領土維持案件は無事に目処が立ちまして、まずは何を差し置いてもアステルさまのご尽力に深く感謝ですよー」
 ともあれ、それからルナローザの姫君はやっぱりルミアージュ様にお任せしつつ、リセの機嫌を戻すのにたっぷりと時間を費やした後で、ようやくみんな揃って絶妙な湯加減の湯船に浸かると、ユーリッドさんが安堵の表情を隠すことなく切り出してきた。
 ……いやホント、わたしとしても一時はどうなるコトかと思ったし、よかったよかった。
「うん、改めて感謝感激……」
「……ふむ、何度も言うてはおるが、わらわもそこは認めてやろう」
「ホント、良くやってくれたわね、アステルちゃん?」
「あーいや、正直わたしは成り行きに任せていただけだから……。それに、一度はリセを裏切るマネもして心配かけちゃったし……」
 それから、続けて更にリセ達が口々に賞賛してくれるのを受け、嬉しさよりも頭を掻きながら恐縮してしまうわたし。
 もちろん精一杯頑張ったし、諦めかけていた勇者デビューを果たせた達成感はある反面で、リセやユーリッドさんには迷惑もかけまくった分、手放しで褒められてもちょっと心苦しさがあったりして。
「……たしかに、それはまだちょっと怒ってる……」
「えっと、ごめんて……」
 ただ、もしあのちょっと(?)不安定になったリセが一人で魔神に勝っていたら、今頃わたしはどうなっていたんだろうなーと、何となく聞いてみたいような怖いような。
「でも……アステルは母さまの願いを叶えてくれたから……ゆるす……」
「ああ、そういえば遺言だったんだっけ?」
「ええ、この期に及んで大変申し上げにくいのですが、実はプレジール家は千年前にですね……」
「魔王ルドヴェキアに付いて人間界を侵略した側なんでしょ?それはラトゥーレから聞いた」
 そこで、珍しく心苦しそうに口ごもるユーリッドさんへ、素っ気無く続けてやるわたし。
「御存知でしたかー。当家は代々魔王家に絶対の忠誠を貫いてきた一族でして、当時も反対派が多かった中、ミモザ様の曾お爺様にあたるベニーロ様は陛下に付いてゆく道を選ばれました」
「……ただそれでも、晩年は悔恨の念に苦しまれておられた様でして、さりとてその後は魔界と人間界の道は一旦閉ざされましたので、償いも和解も望めない状況になっていたのです」
「それでもやがて、異次元転送術を得た人間の手で再び魔界への扉が開かれ、それを今わの際で耳にされたベニーロ様は、子孫へさる悲願を託されたそうです」
「悲願?」
「……はい、いつしか侵略行為を犯した人間界の住人と、友情と呼べる関係を結んで欲しいと」
「……なるほどねぇ。……それを良案と言うべきか都合いいと怒るべきかは、当時を生きていないわたしには分からないけど……」
 でも、それがリセの御先祖なりのケジメの道だったわけだ。
「……私も、そこまでは知らなかった……」
「人間界へのご留学が決まったお嬢様には、敢えてお伝えにならなかったのでしょうね。友情というものは本来、外部の余計な要因に影響されるべきではありませんから」
「それは言えてる。……ただ少なくとも、わたしは純粋にリセと逢えて、友達になれて良かったと思ってるから、まぁそれだけでいいかな……」
 まぁ一応、その悲願が結果的にわたしとリセを引き合わせてくれた要因の一つなら、感謝もしようってものだし。
「アステル……」
「ふん、くだらぬな……と言いたいところであるが……」
「あら、私は前向きで素敵な考えだと思うけど?」
「そう言って頂ければ、先代様もさぞお喜びになられましょう。それに、色々ありましたが結果的には此度の一件がきっかけでフェルネとルナローザの間に新たな和睦も結べましたし、迅速な英断を下さったラトゥーレ様にも改めて謝意を表させていただく次第ですよ」
「……うん、よく取りまとめて合意してくれた」
「自分の及び知らぬ時代の怨嗟にいつまでも囚われていがみ合っても意味はなかろう?わらわは潮時に従ったまでじゃ」
 それから、続けて矛先が向けられるや、素っ気無くも照れくさそうに視線を外すラトゥーレ。
「ふふ、それに本当はラトゥーレちゃん自身はリセリアちゃんとも仲良くしたかったのよね?」
「……っ?!ばっ、莫迦を言うな」
「うん……わたしも、ラトゥーレとは友達のほうがいい……」
「む……無論、無駄な諍いなど誰も望んではおらぬが、しかし、わらわ達は魔姫としてライバルはライバルぞ!」
(うーん、やっぱかわいいなぁ……)
 実は、本当は誰よりも寂しがりやだったのかもしれない。
「んじゃ、よかったらわたしともお友達の契りを結んどく?」
「……か、勝手にするがよいわ。まったく、どいつもこいつも……!」
「うふふ……これでめでたし、めでたしかしら?」
「……ええ、これで少なくともリセリアお嬢様の時代は安泰となりそうで、わたくしもようやく肩の荷が下りた心地ですよー」
 ともあれ、何だかんだと和気藹々にお話も締めくくり、疲れとやり遂げた達成感の混じったため息を吐いてくるユーリッドさん。
「うん……ユーリッドも本当にご苦労さま……」
「……まぁそれでも、一千年以上も和解とケンカを繰り返してきている間柄ですし、また時代の節目がくればひと悶着もあるかもしれませんが、もうその様な先にはわたくしも生きてはいないでしょうから」
「えー、そうは見えないけどなぁ……」
 なんとなく、まだ二、三百年くらいは何にも変わらず生きてそうだけど……。
「いえいえ、実はお恥ずかしながらわたくし、これでも種の寿命を考えれば結構なお婆ちゃんなのですよ」
 そこで、笑いながら疑いの目を向けるわたしへ、かつて年齢を聞いた時に威圧を向けてきたユーリッドさんは肩を竦めつつ爆弾発言を返してきた。
「うそぉ……っ?!」
 というか、今回初めて生まれたままのユーリッドさんを見たけど、まだまだ肌もハリがあって綺麗だし、着やせするタイプらしい豊満な体つき的にも全然……。
「……確か、ユーリッドはもう千年近くいきてる……はず……」
「まぁ、不死などではありませんが、老いも早々に止まってしまう種族でして。そんなワケで、此度の案件がわたくしにとって最後の大仕事となったかもしれないという意味でも、一層感慨深いのですよ」
「……うん、そのあとは私が頑張るから……」
「んーまぁ、なんにしても、ひと安心してもらえたなら良かったよ」
 何だかんだで、今回わたしが一番メイワクかけたのって、このコンビニ軍師様だと思うし。
「……いえ、実はもう一つだけ懸念材料は残っておりまして……」
 ともあれ、これで一件落着と締めくくろうとしたものの、そこからユーリッドさんは腕組みしつつ言葉を続けてくる。
「へ?」
「あとはアステル様さえうちのお嬢様の幸せの源になって下されば、わたくしの肩の荷も完全に下りるというものなのですが、どうも勇者というのは気の多い種族な模様で……」
「……うん、さっきもラトゥーレに手を出しかけてた……」
「え、ちょっ……」
 まさか、ここで蒸し返してきますか?!
「ふむ、先ほどは何やら不埒な気配を感じたのう?」
「アハハ、アステルちゃんって昔は私のお嫁さんになりたいとも言ってたよね?」
「…………っ」
「逆です、逆……っ、わたしが男の子だったら姫さまをお嫁にしたいって……わぷっ?!」
 しかし、それから意味の無い突っ込みを最後まで入れる間もなく、わたしは水しぶきをあげて胸元へ飛び込んできたリセにのしかかられていた。
「り、リセ……?」
「……やっぱり……ここで白黒つけておく……」
「ま、待った待った……こーいうのは無理やりじゃイミが……」
「おや、確かアステルさまには以前、魔界の流儀についてお話しませんでしたっけ?」
「魔界の流儀って……まさか……」
「……うん、ちからづく……」
「ち、ちょっ……?!」
 まさか、みんなが見てる前で……?!

「……うおっほんっ!」
「え……?」
 しかし、そこからまたも不意打ちで本日二度目の助け舟が入り、リセを抱きとめたまま声のした方へ首をやると、背中に翼を生やした派手なエプロンドレス姿の見知らぬ(見た目は)若い女性がこちらへ近づいてきていた。
「お邪魔して申し訳ありませんが、少々よろしいですか?」
「……あらあら、フローディア殿ではありませんか」
 それを見て、何となくうちのコンビニ軍師様に近い雰囲気を感じていると、そのユーリッドさんが特に驚いた様子もなく名を呼んだ。
「フローディア?」
「ええ、わたくしと同じ希少種同士で知らない仲でもないのですが、プルミエ様が幼少の頃よりお仕えしておられる筆頭秘書兼、メイド長兼、護衛役も務める超有能な魔王陛下の懐刀です」
「そりゃまた……」
 どうやら、ユーリッドさんと同類っぽいけど、よっぽど便利屋に向いてる種族なんだろうか。
「それでも、私は貴女ほど器用ではありませんけどね、ユーリッド。それよりプルミエお嬢様、いえ魔王陛下よりそちらのアステル様への言伝を承って参りました」
 ともあれ、フローディアと呼ばれた魔王の側近らしい女性は、ユーリッドさんからの紹介を軽く流してしまうと、わたしの方をじっと見下ろしつつ用件を告げてくる。
「魔王……さんが?」
「はい。是非ともアステル様と二人きりでお話をされたいとの事ですので、湯浴みが終わった後に御足労願えますか?」
「わっ、わたしと?!」
 しかも、二人きりて。
「ええ、勇者アーヴァインの末裔である貴女様と、です」
「……は、はぁ……」
 まさか、魔王がわたしに会いたがってるだなんて……。
 ……というか、なにやら全部バレてるっぽいし。
「アステル……」
「……いやまぁ、とにかくお呼ばれしてるなら行くしかないよね?」
 と、その場はリセたちへ平静を装ってはみたものの……。

                    *

「……は〜〜っ……」
(来てしまった……)
 やがて、早めにお風呂を切り上げ、フローディアさんに連れられたパンデモニウム宮殿の最上階の奥にある重厚で華美な赤い扉を前に、わたしは脈打つ胸に手を当てて大きく息を吐いた。
(この先に、魔王がいるんだ……)
「…………」
 さすがに足が震えるほどではないとしても、水を打ったような静けさの支配するこの階層は、漂う空気からしてまるで違うし、せっかくのお風呂上りなのにもう汗も滲んできていたりして。
「……そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ?ほんの他愛も無いお話を少々なさりたいだけと伺っておりますし、戴冠式でご覧になった通り、当代の魔王陛下はリセリア卿とお歳の近い女性ですので」
「ええまぁ、式典は見せてもらいましたけど……」
 ついでに、リセとも面識があって家同士の関係も良好とは聞いているから、確かに身の危険を伴う心配はないんだろうけど……。
(……でも、まさかこのわたしに魔王と対峙する時が来るなんて……)
 そんな状況が武者震いみたいなのを引き起こしているのは、やっぱり勇者一族の遺伝子なんだろうか。
「では、御取次ぎいたしますので、深呼吸でもなさっておいて下さい」
「は、はい……。お願いします……!」
 ともあれ、気後れしてちゃダメだ……堂々としてないと。
(すーはー、すーはー……)
「……失礼致します。プルミエ陛下、アステル様をお連れ致しました」
「ありがとう。後はいいから、フローディアも下がってて……」
 やがて、フローディアさんによって寝室の扉が開かれ、その先の部屋というよりは豪華絢爛な広間の中央で、小柄な少女の姿をした襲名したばかりの当代魔王が、こちらへ視線を向けつつ人払いを告げた。
 着ているものが正装とナイトガウンの違いだけで、自分の視線の先に居るのは確かに昼間に見た女の子で、その真紅の瞳から向けられる視線からは、確かに尋常ならざる気配も感じられている。
「……かしこまりました。では皆さん、その様に」
「…………」
(え、えっと……)
「…………」
「……いつまでもそんなところで黙り込んで、どうかしたの?」
 そして、恭しい仕草と共に応じたフローディアさんが室内のお世話係のメイドさん達を引き連れて寝室から出た後で、ひとり取り残されたわたしが身動きに困っていると、肩まで綺麗な黒髪を伸ばした魔王が穏やかな笑みを湛えて先に声をかけてきた。
「あ、いえ……その……」
「やっぱり、いきなり呼び出して困惑させたかしら?……それとも、こんな私が次の魔王なのがよっぽど意外だった?」
「……事前にお話には聞いていたので、改めて驚きはしませんでしたけど、まぁ正直言えば……」
(本当に、昼間見た女の子が魔王なんだ……)
 他人事として戴冠式を眺めていた時はやっぱりそうなんだってくらいだったけど、こうしてこんな場所で二人きりになると、今さら信じられない様な気持ちが芽生えてきたりして。
「ふふ、正直なのは結構。……腹の探り合いなんて、面倒くさくて嫌いだから」
「…………」
 しかし、そんな猜疑心を隠せなかったわたしに、当代魔王は満足そうに笑った後で……。
「……ともあれ、因縁浅からぬ勇者アーヴァインの末裔よ、ようこそ魔王宮へ。わたしが本日をもって第17代目の“魔王”となったプルミエ・A・バランタイン。まずは見知りおきを」
 改めて歓迎の言葉と名乗りをあげて、わたしへ向けて右手を差し伸べてきた。
「ど、どうも……アステル・F・アーヴァインです……」
「……フェルネとルナローザで起きた一連の報告は聞いてる。あの地に封印されていた魂喰らいの魔神イクリプスを、勇者一族に伝わる聖魔剣を以って退治したそうね?」
 そこで、引き込まれる様に彼女に駆け寄って両手で握手を受けたわたしに、魔王プルミエは全ての事情は知っていると言わんばかりのセリフを続けつつ、左手で肩を軽く叩いてくる。
「いえ、わたしだけじゃなく、リセとの共闘の結果ですけど……」
「謙遜ね。貴女なら喩え単独だろうとやってのけたでしょう?」
「……そう言われても、返事に困ります……それより、他愛もないお話と聞きましたけど、本当にそれだけなんですか?」
「ええ、せっかくだから顔合わせしておきたかったの。久方振りに魔界と深い関わりを持ちそうな勇者ですもの、間接的かもしれないけど貴女とは長い付き合いになるかもしれないから」
 それから、答えにくい質問を向けられて矛先を変えるわたしに、新しい魔王はそう言って思わせぶりな笑みを見せてきた。
「へ?!い、いや、わたしは勇者だなんて……」
「?あの聖魔剣に認められた主でしょうに、違うとでも?」
「……まぁ一応、代々の掟だと娘であるわたしには継承権は無いはずなので、おそらく正式な跡取りは三人の兄のうちの誰かじゃないかと……」
 ぶっちゃけ、本来のわたしは家宝を握るコトすら許されてはいないけれど、状況が状況だけに無断で使わせてもらっただけである。
「そう……」
「…………」
「……わたしにもね、兄が二人いた」
 すると、わたしの返答の後で握っていた手を離した魔王プルミエは、こちらから背を向けてしばらく沈黙した後で、やがて徐に再び会話を切り出してくる。
「え……」
「正確には、兄二人と姉が一人の四人兄妹で、わたしは貴女と同じ末っ子。……だから、幼い頃はいつか父の跡を継いで魔王になるのは、どちらかの兄と疑っていなかったんだけど……」
「……しかし、代々一族に伝わる選出方法により、宮廷預言者から指名されたのは、このわたしだった」
「…………」
「当然、それから納得のいかない兄たちとの間で、宮廷を巻き込んだ骨肉の争いが起きて……」
「病床ながらも存命中の父の前で暗殺すら常態化した泥沼の抗争を繰り広げた末……最後に勝ち残ったわたしが予言通りに次期魔王の継承権を得る結果になったの」
「……そう、だったんですか……」
 こんな、虫を殺すのも躊躇いそうな無垢でか弱そうな女の子なのに、そんな過酷を乗り越えてきているなんて思いもしなかった。
(それに、兄妹で骨肉の争いって……)
「結局、かつての仲良し四兄妹で、父が崩御した後の葬儀に参列できたのは次の魔王であるわたしだけだったけど、後悔はしていないわ。……勿論、哀しみはあろうが最後は自分で道を決めたから」
「…………」
(自分で……)
「…………」
「……ね、アステル?」
 そしてそれから、なんて声をかけていいか分からないまま、また少しばかり沈黙の時間が続いた後で、魔王プルミエは静かにわたしの名を呼んできたかと思うと……。
「は、はい……?」
「まだ、勇者を継ぐとは限らないとしても、やはり今宵をもって私的な誼(よしみ)を結びましょうか」
 ゆっくりと振り返って好意に満ちた笑みを見せつつ、わたしにそう告げてきた。
「し、私的な?どうして……」
「境遇は対照的だけど、貴女は何だか他人の様な気がしないから」
「つまり、えっと……それってお友達にってコトです、よね?」
 一体、何の用事か分からないまま自分を奮い立たせて訪ねた先に待っていたのが、当代魔王からの交友のお誘いとは、さすがに予想の範囲外で返事の前に確認してしまうわたし。
「そう解釈してくれて構わない。ただし、立場上あまり吹聴されると角が立つかもしれないけど」
「あはは、確かに……でもまぁ、わたしでいいのなら……」
「……良かった。それじゃ、改めてこれからよろしく……アステル・F・アーヴァイン」
「こ、こちらこそ……」
 正直、少しばかり戸惑いを感じているのは確かだけど、かといって断る理由もないし、やっぱり友達になろうと言ってくれたコト自体は嬉しかったのもあって、わたしも笑みを見せて快く了承すると、今度は嬉しそうに両手を差し伸べてきた魔王プルミエと改めて強く結び合った。
「あまり会える機会はないかもしれないけど、もし折が合えばまた訪ねてきて。フローディアに相談してくれれば上手く調整するだろうから」
「わ、分かりました……」
「それと……中途半端な敬語もここまで。お友達になったんでしょう?」
「あ、うん……えっと、それじゃまた……ね?プルミエ……」
「ええ、次に会う時はどんな姿になっているか楽しみにしてるわ、アステル?」
「どんな姿、って?」
 ……しかし、そこで友の契りの挨拶も一区切りと思えば、プルミエから最後に思わせぶりな言葉を向けられ、手を離す前にぽかんと訊ね返すわたし。
「……アステル、貴女は正しく自覚しているのかしら?先の戦いで辿り着いた境地に」
「境地?」
「そう……たとえば……」
 それから、手を繋いだままプルミエの真紅の瞳から不意に強烈な気配が宿ったかと思うと、彼女の周囲を取り巻く様に発生した深くて澄んだ漆黒の魔力がこちらへ流れ込もうとしてくる。
「…………ッッ?!」
「…………」
「……え……?」
 ……しかし、思わず身構えようとしたのも束の間、プルミエの魔力はわたしの体内へ入り込む前に通り過ぎていってしまった。
(な、なに……?)
 もしかして、からかわれたの?
「……わたしから見れば、もう答えは出てしまっていると思うのだけどね」
「と、言われても……わたしはどうすれば……」
「貴女は心の赴くままに任せ、あとは運命の俎上(そじょう)に身を任せればいいと思う」
「心の、赴くままに……?」
「……さて、もっとお話していたいけど、そろそろ時間が来てしまったみたいね。ごきげんよう、アステル」
 それでも結局、その真意は尋ねられないまま、室内の大きな柱時計を見やったプルミエから終了を告げられてしまった。
「う、うん……」

                    *

「…………」
「……ねぇアステルちゃん。昨日は魔王さんとどんな話をしたの?」
「あーいえ、一応は内緒にしといてって言われたんで……」
 やがて、当代魔王との面会から一夜明けた翌日、帰りの馬車の中で対面に座るルミアージュ姫から昨晩のことを尋ねられたものの、わたしは窓際で肘を付いて流れる風景を眺めたまま、気の無い返事を向ける。
「……私もきのう戻ってきたあとで聞いたけど、答えてくれなかった……」
「まぁまぁ、魔王陛下がわざわざ寝室へお呼びになられて二人だけでお話となれば、それなりに機密性の高い内容だったと思いますし……」
(……いや、そこまで大層なお話でもなかったんだけどね……)
 まとめると、その魔王プルミエと個人的にお友達になったで片付いてしまうものの、あまり言いふらすなと釘は刺されたし、確かに無用な波風を立てない為にも、まだリセたちには黙っておいた方がいい気もする。
「そういえば、戴冠式で見た新しい魔王さんって可愛らしい感じの女の子だったわよね?そんなコと寝室で密会だなんて、まさかアステルちゃん……」
「まさか……と言いたいところじゃが、まことならばその豪胆さに敬服ものであるのう?」
「……だから、そーいうのはありませんって……」
 まったく揃って人聞きが悪いというか、どうも最近は不名誉な称号が付きかけているような。
(んー……)
 けど、振り返ってみたらプルミエは思ったより遥かにわたしのコトを知っていた気はする。
 これまでの出来事も見てきたかの様に把握していたし、さらりと実家の家族構成まで知っていたみたいで。
 ……まぁ、魔界の中枢を掌握している魔王家の当主なんだから、そのくらいの情報収集力に驚くべきでもないのもかもしれないけど……。
「…………」
 でもつまり、それでわざわざ顔合わせを望んだのは、プルミエは全てを踏まえた上でわたしが次の勇者と認識してるってコトなんだろうか。
(心の赴くまま、運命に身を委ねろ、か……)

                    *

「……やれやれ、やっと我が居城に帰り着きおったか」
 やがて、途中の一泊を挟んでなお日暮れが近い頃にルナローザのアルストメリア城正門が見える場所まで辿り着き、まずは城主のラトゥーレがうんざりした顔で肩を竦めて見せてくる。
「まったく、魔王詣に滞在するより移動時間の方が長いのが辺境の辛いどころですよねー……。うちは魔法学園も開校予定ですし、交通面も併せて考えとかないとならないかもしれませんが」
「んじゃ、もう百年ほどよろしく、ユーリッド……」
「……姫様も言われるようになりましたね……いったいどちら様の影響やら?」
「わ、わたしは知りませんからね……?!」
 むしろ、図太くなったという意味で思い当たるのは……。
「うーん、馬車慣れはしてるつもりでも、さすがに丸二日の移動はつらかったわね……。お尻が痛くなるどころか感覚が無くなりそうだけど、アステルちゃんは大丈夫?私が入念にほぐしてあげよっか?」
「結構です……ひぃっ?!」
 そして、件の姫さまも立ち上がりつつ両手を怪しくうごめかせてきたのを見て、慌てて逃げようと腰を上げたものの、その隙に隣から伸びた手にお尻を揉まれてしまうわたし。
「……ほんとうに痛くない?感覚ある……?」
「だーかーらー……こらっ、やめ……っ」
 ……ホント、このお姫さまズは油断も隙もないんだから。
「ま、ともかくじゃ、今宵はゆっくりと大浴場に浸かって久々に自分のベッドで……む?」
 しかし、そんな弛んだやりとりも束の間、やがて解放された正門前で衛兵たちが何やら慌てた様子で馬車を止めてくるのに気付いて、ラトゥーレの顔に緊張が走る。

「……どうした?留守中に何ぞあったのか?」
「は……それが、来客と言っていいのか、敵襲ですと御報告すべきか……」
 それから、止まった馬車の中からラトゥーレが面倒くさそうに駆け寄ってきた衛兵に向けて尋ねると、何やら物騒で曖昧な返答が戻ってきた。
「敵襲じゃと?!一体何処の馬鹿者どもじゃ、魔王家の式典参列中の留守を突いて来おるとは」
「まったく、命知らずもいいトコロですよねー。これじゃ魔王家に喧嘩を売ったのも同然でしょうが、プルミエ様ってあれで敵対する者には容赦されないお方ですのに……」
「いや、ちょっと待ってください……来客かも?とも言いましたよね?どういうコトですか」
「あの、それが……乗り込んできたのは、人間界からの異邦者でして……」
 そして、早速激昂する城主と話に乗るユーリッドさんが騒ぎ出すのを横目にわたしが気になった質問を冷静に続けると、困惑した表情の衛兵さんから思いもよらない台詞が返ってきた。
「は……?」

                    *

「……よぉ、やっと戻ってきたか。待ちくたびれたぜ」
「もう、指定された日はとっくに過ぎていますよ、姫様?」
 それから、急いでまだ修繕中の大広間に揃って移動すると、中央付近に立っていた見覚えのある男女二人が咎めるような言葉を向けてくる。
「げ……?!」
「……あら、そうだったかしら?でも、当初の予定外だったから仕方が無いわよね」
 それに対して、ルミアージュ姫さまはいつもの飄々とした様子で釈明するものの、わたしの方はユーリッドさんの影に隠れつつ思わず逃げ出したくなっていた。
「だったら、心配かけないように連絡してください……と言ってもまぁ無理ですね、はぁ……」
 なぜなら、そこにいた異邦者というのは、ルミアージュ姫さま付きのメイドさんで、プリンセスガードも勤める元魔法少女のエミリィさんと……。
「……んでもって、王に泣きつかれて二人で迎えに来てみれば城のあちこちがぶっ壊れてるし、お転婆な姫さんには全くハラハラさせられるぜ」
「…………っ」
「……で、なんでアステルもここにいんだよ?」
 そしてもう一人の、こそこそ隠れようとしたわたしに気付いて腕組みのまま冷たい視線を送ってきた、自らのマスコットネームでもある竜狩りの大剣(ドラゴンスレイヤー)を背中に負った屈強な男性の方は、勇者一族次男のシャムロック兄さんだった。
「なんでと言われも、偶然といえばそれまでだし、詳しく話せば長くもなるけど……」
「大体のあらましは、ここで待ってる間に聞いた。……が、この俺が言いたいのは、どのツラ下げて目の前に出てきやがったのかってこった」
「……ッ、勝手に来たのはそっちじゃない!今さらになって……!」
「ハッ、里から逃げるように飛び出した半端者が、無断で家宝握っての勇者ゴッコはさぞ楽しかったろうな?」
「…………っ」
「あらあら、可愛い妹に随分な言い草ね?これでもこのアステルちゃんはこの国と隣国のフェルネと、そしてこの私を救った救国の英雄よ?」
 それから、いきなりぶん殴られる代わりに心を刃で突き刺すかのごとき容赦ない罵声を浴びせられて言葉を失ってしまうわたしに、ルミアージュ姫が厳しい目つきで割って入ってくる。
「姫さま……」
「人間界じゃあなたの積み上げた勲功に到底及ばないとしても、この魔界で見下される謂れもないんじゃないのかしら、シャムロック?」
「……ちっ、まさかアステルを巻き込んだのもアンタの策謀か?」
「まったく、疑り深くて困るわねぇ……それは流石に想定外の重なり合いよ。でも、だからこそ“運命”というものなのかもしれないけど」
「悪いが、俺ァ元々信用できなかったからな。慰問と称してうちの里へ頻繁に出入りしていたが、実際に姫さんがやってたのは何でも言うコトを聞く妹を意のままに拐かしただけ。そーだろ?」
「わっ、わたしはそんな……兄さん、いい加減に……!」
「いいのよ、アステルちゃん。……けどそれにしたって、自国の王女様に向かって言いたい放題ね。少しは言葉を選ぶ気すら無いのかしら?」
 しかしそれでも、口を慎むどころか更に言いたい放題の兄に我慢できなくなって言い返そうとしたわたしなものの、ルミアージュ姫はそれを制止して、怒るよりも呆れたように肩を竦めてみせる。
「アンタこそ、いつまでも調子に乗ってんじゃねーぞ?少なくとも、俺や兄貴はマイルターナの臣下になった覚えなんざねェ」
「確かに、あなた達にとっては勇者一族の勇名に目が眩んだうちの王家は体のいいパトロンですものね。……いや、金蔓とでも言った方がいいかしら?」
(いやいや姫さま、さすがにそれは……)
 ……というか、もしかして内心は相当怒ってます?
「……そっちこそ、王族の癖に言葉を選ばない王女サマだな。アンタの様な奔放で爆弾みてーな姫さんはいっそこのまま戻らない方がマシなのかもしれねーが、王は何があっても連れて帰れだとさ」
「ええ、勿論これから戻るつもりだったわよ?……ただし、アステルちゃん以外のエスコートを受ける気は無いけど」
 すると、さすがに今度はシャムロック兄さんの方が呆れたような口ぶりで再び話を戻すと、姫さまは物怖じせずにハッキリと言い放った。
「ルミアージュ様……」
「何度も言うけど、今回私を助けてくれたのはこのアステルちゃん。……そうでしょう?」
「は、はい……」
 更に、強い口調で続けた後で姫さまがこちらを一瞥してきたのを受けて、釣られるように頷くわたし。
「……なるほど。姫さん、アンタの企みが見えてきた。無欲そうな顔してエグいコト考えてそうじゃねーかよ?」
「まったく、さっきから人聞きが悪い言い方ばかりだけど、勇者の末裔の癖に性根が歪んでるんじゃないかしら?」
「ん、だと?!」
「私はただ、己が信念に従って行動しているだけよ。……王族だろうが平民だろうが、きっと誰もが何かを成し遂げる為に生を受けるもの。もちろん、勇者の一族に生まれた継承権のない女の子でもね」
「…………っ」
 それは、いつだったか姫さまにかけられた言葉で……。
「けれど、成し遂げたい想いを不合理な押し付けで阻むというのなら、それこそが私にとっての唾棄すべき“悪”」
(姫さま……)
 やがて、わたしが里を出る決意を固めるきっかけにもなった言葉だった。
 そして……。
「ふん、口だけの無力な王女が精々自分に酔ってろよ。……とにかくだ、アンタが望もうが望むまいが、力ずくでも俺たちが連れて帰らせてもらう。無論、家宝も一緒にな?」
「……そこに拘る意味は、つまりアンゼリク君との婚姻の件はまだ立ち消えてはいないという事かしら?」
「筋書きは作り直しになるだろうが、王家の悲願らしいからな。ウチの親父も欲に目が眩みやがってくだらねェし、アンタが義理の妹になるなんざ反吐が出るが」
「あら、珍しく気が合うわね?私もよ」
「…………」
 自分で選ぶコトから逃げていたら何も出来やしないし……。
「なら、抗ってみるか?ここでアンタにそれだけの能力(チカラ)があれば、だが」
「そうねぇ……エミリィはどうするの?」
「わっ、私は……個人的には姫様の味方でいたいですが、国王陛下に召抱えて頂いている身でもありますから……」
「あら、そう……となれば、少々風向きが悪いかしらね……」
 決して幸せなんてやって来ない……か。
「……いえ、それでもここまで来たら最後まで戦いましょう、姫さま?」
 それから、エミリィさんも敵に回ったのが確定して、困った表情へ変わったルミアージュ姫へ、昔にかけられた言葉に後押しされつつ今度はわたしが一歩前に出て……。
「アステルちゃん……?」
「兄さんにどう思われようが、わたしはルミアージュ様の信念に救われて……欲しかったモノや、やりたいコトも見つかってきて、ようやく幸せという言葉が実感できるようになったから……」
「……だから、今度はわたしがあの時のご恩、今こそ返します……!」
 聖魔剣はシャムロック兄さんの遥か後方の玉座に立て掛けられて手に届かない場所にあるものの、それでも実家から持ってきた相棒の杖の矛先を、倒すべき“敵”へ向けて宣言した。
「…………」
「アステル、ウチの家訓の第127条は覚えているか?」
 すると、そんなわたしに兄さんは腕組みしつつ少しだけ沈黙した後で、徐に尋ねてくる。
「……勇者とは、可能性の存在する偉業に挑むものを言う、でしょ」
「万に一つの勝ち目もあると思ってンのか?お前に、しかも俺ら二人を相手に、だ」
「それでも、時には退けぬ戦いもある……ってね」
 続く第128条に。
「……だったら、仕方がねーか。ならば……」
「ふん、大概にするがよいわ、不躾な侵入者共が」
 しかし、それから兄さんが背中の剣の柄に右手を当てたところで、ラトゥーレが漆黒の雷を魔姫の杖に纏わせつつわたしの隣へ踏み込んできた。
「あん、テメェもジャマする気か?」
「無論、ルミアージュの友としてもあるが、黙って聞いておれば、城主であるわらわをいつまでも蔑ろにしおって……貴様ら覚悟は出来ておるのであろうな?!」
「ラトゥーレ……!」
「……私は事情を知らないし、ルミアージュもすきになれないけど……。でも、“私”のアステルを侮辱したのは、だれであろうと絶対に許せないから……」
「り、リセ……?」
 更に、続けてリセも修復済みの家宝の杖を翳してもう一方の隣へ歩み出ると……。
「代償として、敗北の屈辱を刻みつけてくれるわ……!」
「代償として、敗北の屈辱を刻みつけてあげる……!」
 魔姫二人がわたしを挟んで肌の粟立つような殺気を放ちつつ、ほぼ同じ台詞をハモらせた。
「ちょ、ちょっと……?!」
 もしかして、ヘタしたら自分より殺る気満々ですか、お二方……?
「では、もののついでにわたくしも少しだけ……」
「うわ……っ?!」
 そして、魔界のお姫様がたの加勢に嬉しさと戸惑いを覚えるわたしへ、最後に傍観していたコンビニ軍師様までもが背中からもたれ掛かってくる。
「……まさか、ユーリッドさんも助太刀してくれるんですか?」
「わたくしが出すのは手ではなく、口ですけど……では、お耳を拝借……」
 それから、その体勢のままわたしに耳打ちした後で……。
「…………」
「…………」
「……では、情熱的かつ沈着に御励みくださいませ。貴女さまは我がフェルネにとっても、それはそれは大切な人材ですから」
 締めくくりに励ましの言葉をかけて再び下がっていった。
「あ、ありがとう……」
「……ふふ、やはり持つべきものは友人、ってコトかしらね?」
「てめぇ……!どのクチが……」
「……どうせ本格的な改修工事はこれからじゃ、もう一度ぐらい派手にやらかしても構わんぞ、リセリア?」
「ありがとう……修繕費は私も後で補填するから……」
(やれやれ、何だか大変なコトになっちゃいそうだけど……)
 でも……。
「ふん、窮した挙句に魔軍の姫を両輪に侍らせて俺に対抗たぁ、最早先祖に顔向けできねえ程に腐りきっちまってるみてぇだな?」
「……何とでも言って。みんなわたしの大切な仲間だから」
 家訓曰く、戦友は剣であり盾であり……そして、命である。
「しゃーねぇ。さっき言いそびれたが、血縁だろうが手加減は無しだぜ?掟に従うなら、お前はここで俺に討たれても文句は言えねぇ立場なんだからな?」
「……後で姫様に恨まれそうですが、確かにそんな余裕のある戦いじゃなくなりましたね」
 ともあれ、覚悟を決めたこちらに対して、シャムロック兄さんはいよいよ背中の大剣(ドラゴンバスター)をスライド式の鞘から抜き放ち、その隣に寄り添っていたエミリィさんもポーズを決めつつ愛用の魔法少女の杖を構えて臨戦態勢を整えてきた。
「別に恨んだりはしないわよ、エミリィ?ただ私の方は純粋にアステルたちの勝利を願うけど」
「う〜っ……それも辛いんですけどね……」
「ちっ、面倒くせぇ……どいつもこいつもまとめて俺が始末してやるよ……!」
「……来るようじゃな。……さて、どう攻めるのじゃ、アステル?」
「まず兄さんはわたしがこっちに引き付けるから、二人はエミリィさんをお願い。……でも油断はしないでね?あれで疾風の守護剣(フェンサー)と呼ばれる王国随一の使い手だから」
 そして、それを見てラトゥーレ達が作戦を尋ねようと密着させてきたところで、ひそひそ声で指示を出すわたし。
 普段は気弱でちょっと抜けてる面もあるので油断されがちだけど、魔術師(魔法少女)の実力はわたしが今まで目標にしていたくらいのホンモノだから。
「……わかった、二人ですぐにかたをつけて取り囲む。たぶん、さっきのユーリッドの指示だろうけど、アステルこそ気を逸らせないで……」
「分かってる……どうせわたし一人じゃ歯が立たないんだし……」
 それもユーリッドさんから釘を刺されているというか、おそらく一番告げたかったことなんだとも思う。
「くくく、すぐにいっそ殺してくれと懇願するほどの責め苦を与えてくれるわ……!」
「えっと、一応は実の兄なんで……いや、いいか……」
 ……どうせ、殺しても死なない兄さんだ。
「なにをゴチャゴチャといつまでもくっ喋ってやがんだ!いくぜ……!」
「のぞむところ……!」
 やがて、痺れを切らせたシャムロック兄さんが振りかぶってこちらへ突進してきたのを決戦の皮切りに、わたしは後ろへ退きつつ、こっそりと杖の先に溜めておいた炎のエレメントで目の前に障壁を作る。
「ち……ッ?!」
「今……っ!」
 果たして狙い通り、炎の壁の前で兄さんが動きを止めたのを見てわたしが号令をかけるや、それぞれ翼を広げた魔姫二人が疾風の如き勢いで左右からエミリィさんへ襲いかかっていった。
「ひっ……?!え、ええと……っっ」
 兄さんは基本イノシシ武者だし、エミリィさんは後方支援に徹するつもりで、まずこちらの出方を伺うつもりだったんだろうけど、その初動の遅れが災いして早速防戦に追われる羽目になったみたいである。
(よし、狙い通り……っ!)
 普段は組む機会のない二人だけに、いきなり巧みな連携は取りにくいだろうし、相手の事はある程度知っているわたしに対して、兄さん達は彼我戦力の見極めが遅れるのがこちらの優位点。
 ……と、これが軍師さまの助言だったんだけど……。
「へっ、お前の方が囮たァ少しは俺の妹らしいじゃねーか?だがな……ッッ!」
 しかし、慌てるエミリィさんに対して兄さんの方は余裕の笑みを見せると、両手での強烈ななぎ払いで炎の壁を消し飛ばし、返す刃で流れる様な連続攻撃を繰り出してくる。
「…………っっ」
 もちろん、それも予想していたわたしは勇気の翼を広げ、相手を向いたまま全速力で後退しつつやり過ごそうとするものの……。
「オラオラオラオラオラァァァ!!」
(速い……っ?!)
 同じく背中に翼を生やして追尾してくる兄さんの動きは、予想以上のキレと素早さで……。
「くっ、雷よ踊れ……っ!ダモクレスストームッッ!」
「くぉ……ッッ?!」
 たまらず、今度は続けて集めていた風のエレメントのチカラで雷の槍を放ち、相手が武器で防いだ瞬間に弾ける二段構えの大技で足留めすると、今度は間合いは無視して広い大広間を立体的に逃げ回ってゆくわたし。
「……はぁ、はぁ……っっ」
(落ち着け、わたし……!)
 ここまでは予定通りだから、あとはリセ達が出来るだけ迅速にエミリィさんを戦闘不能に追い込んで合流してくれればいいんだけど……。
「……ふはははは、チカラ勝負でわらわに勝てると思うでないわ……ッッ!」
「う……く……っ、私が……押されてるなんて……っ?!」
「ラトゥーレ、そのまま……私がしとめる……!」
(……お……?)
 そこで、飛ぶ速度は緩めないまま、一方の空中戦の様子をちらりと見やると、激しく閃光を弾かせながらラトゥーレとエミリィさんが束にした雷撃同士を正面から激突させていて、更にそれを好機と見たリセが釘付けにされた敵の背後から以前にわたしも雁字搦めにされたことのある大量の漆黒のイバラを解き放とうとしていた。
(うわぁ、リセも結構エグいなぁ……)
 ……けど、これで決まったかも?
「なんの……っ、ま、まだです……ッッ!」
「……なんじゃと……ッ?!」
「……きえた……?!」
 しかし、リセの蔓の先が届きかける直前にエミリィさんの姿は煙のごとく掻き消え、やがてすぐに二人の攻撃から逃れた中間距離で再び姿を現してくる。
「ちっ、ちょこまかと……!」
「……すばやい……」
「わっ、私にだって意地があります……ッッ!はぁぁぁ……っ、シャイニング・レイン……!」
 そして、図らずも足が止まった魔姫達へ向けて、即興で生成した小さな雨雲から光属性の輝きの雨を降らせてゆくエミリィさん。
「ち……っ?」
「……く……うっとうしい……!」
(……あちらも、思ったよりてこずってるな……)
 エミリィさんは自前の翼こそ持っていないものの、風のエレメントを最も得意とするだけに杖を介して自在に空中を泳ぎ回れるどころか、超が二つか三つは付くほどの高度な空間移転魔法まで実戦で使いこなしていて、リセ達でも捕まえるのは存外に苦労しているみたいだった。
 一応、二人が返り討ちになりそうな気配まではないとしても、逆にラトゥーレ達から攻め立てられ続けている分、エミリィさんが守りに徹しているのは、わたしにとって都合が悪すぎる。
(まずい、あんまり長引くと、こっちが……)
 ……ただ、みんなの加勢のお陰でゼロから勝ち目を生み出してくれたんだし、それを無駄にするわけには……。
「…………ッッ」
 けど……。
「ヘッ、どうしたどうした?!余所見をしてる余裕は無いハズだぜ?!」
「く……っっ、まだまだぁ……ッッ」
 しかし、こうしている間にも何とか時間を稼ごうと、持てるチカラを振り絞り手を変え品を変えで休みなく魔法攻撃をばら撒いているのに、ことごとくあの大剣の一振りでかき消されてしまっていたりして。
(わたしが言えた義理じゃないけど、ずるい……っっ)
 一応、只の武器でもないだろうと警戒はしていたけど、兄さんがコイツさえあれば他にいらねぇと豪語していた愛刀の正体は、竜のブレスすら振り払えそうな攻防一体の武器らしかった。
「所詮は、お前なんざまだまだ半端者の小娘ってこった……そろそろ観念しとくか?!」
「そんなの、最初から覚悟の上だし……っ!」
 ……しかも、そんな大剣(ドラゴンバスター)のチカラ以上に、体力や集中力といった基礎的な部分での地力の差がありすぎるというか、やっぱり今のわたしが兄さんに対抗するには聖魔剣が必要なのかもしれないものの、生憎今は到底手が届かない遥か遠く。
「オラ、捉えたぜ……!」
「…………っ」
(というか、やっぱりもたない……っ?!)
 やがて、じわりじわりと追いつめられてゆく中、ジリ貧状態で放った力のない火球をシャムロック兄さんは強引に突破してくると、とうとう大剣の間合いまで接近されてしまい……。
「……終わりだ。さぁ首を刎ねられる前に降参しな!」
「誰が……ッッ!!」
 降伏勧告の後で右から凪がれた強烈な一撃を、受けられるはずがないのは承知の上で、咄嗟に手持ちの杖を差し出して物理的に防ごうとするわたし。
 このままでは、杖ごと真っ二つにされるか、それは免れてもどのみち吹き飛ばされて一巻の終わりだけど……。
(……お願い聖霊様、どうかわたしに今一度でいいからチカラを……!)
「…………?!」
「アステル……?!」
「……わ……?」
「なに……ッッ?!」
 しかし、いよいよわたしが最後にやれるコトだった神頼みをやぶれかぶれに祈ると、手持ちの杖が突然輝きを発してきて……。

 ガキィィィィィーーーーッッ

 すぐに甲高い衝突音と視界が揺らぐ激しい衝撃、そしてまばゆい閃光が大広間に響き渡った後で、わたしはそこへ踏みとどまっていた。
「え……?」
「受け止め……やがっただと……?!」
 そして、わたしが状況を把握するよりも先に、交叉する武器の向こう側のシャムロック兄さんの目に驚愕の色が浮かぶ。
(うそ……)
 ここで現実逃避なんて愚の骨頂としても、まさか兄さんの必殺の一撃を魔術師用の杖で衝撃ごと受け止めてしまうなんて。
「…………」
「……確かによ、お前が勝手に持ち出したその“聖霊の杖”は、聖魔剣と同じ素材とコアが使われてる姉妹武器みてぇなモンだから、妹ごとぶった斬るこたーねぇと思ってたが……」
「そ、そうだったの……?わたし知らずに適当に持って……わっ?!」
 しかも、更に今さら初耳だった情報に驚いた直後、いつかの魔神との決戦で聖魔剣のチカラを解放した時と同じ、爆発的なチカラの奔流がわたしの全身を駆け巡ってくる。
「え、これって……?!」
 まさか……。
「アステル……てめぇ……!」
「……く……っ?!」
 そして、何が起こったのかを同じく勘付いたらしい兄さんが強引に捌いて鍔迫り合いを振り解くと、わたし達は仕切り直しに一旦間合いを開けてゆく。
「チッ……どうやら、俺らを差し置いてマジで聖霊に気に入られやがったらしいな、アステル……」
「これでも、こっちに来て何度も修羅場をぐくってきたから……」
 ……主に、ここにいるお姫様がたのお陰(せい)だけど。
「……フッ、んじゃもう言葉なんざいらねェな。……ただ、己がウデで示してみやがれ……ッッ」
 すると、わたしの返した言葉にシャムロック兄さんは殺気交じりの吹っ切れた様な笑みを見せた後で、愛刀を上段に構えつつ精神統一を始める。
「ハァァァァァァァ……ッッ」
(あれは……)
 巨大な竜をも一撃で屠るという、シャムロック兄さんの文字通りの必殺技。
 確か、斬撃を衝撃波として飛ばす系の技だけど、放たれる真空の刃はあの剣の何倍もの大きさで……そしてその切れ味は竜の鱗ですら容易く切り裂くという。
「…………」
(と、なれば……)
 それに対して、わたしも真っ向から受けて立つ覚悟を決めると、手持ちのマナの全てを次の一撃に注ぐつもりで、聖霊の杖を軸として具現化させた非物質の弦と白銀に輝く矢をチカラの限り引き絞り……。
「暗き世界を切り裂く希望の光よ、我が手に集え……」
 兄さんの刃がわたしを切り裂くか、自分の矢が貫くか。
 雲の上の存在だった兄を相手に生死を賭けた紙一重のやりとりながら、迷いは無かった。
 なぜなら……。
「いっけェェェェェェッッ、龍覇灰燼斬ッッッ!!」
 ……今のわたしなら、負ける気がしなかったから……!
「マギカ・アーヴァレスト……ッッ!!」
「…………っ、うあ……っっ?!」
 それから、ほぼ同時に放たれた互いの切り札は真正面から衝突し合い、やがて均衡が崩れると光の矢が着弾した爆発と四散した衝撃波で未だ修繕前の大広間に砂埃が舞い散った後で……。
「…………」
「…………」
「ちくしょう……やっぱもう……しゃあねぇ、のかよ……」
 程なくして兄さんの悔しそうに呟く声と……遅れて、石の床へ墜落する音が聞こえてきた。

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