法少女はプリンセスに揉まれて勇者となる その5


第五章 すれ違う三つ巴

「うわぁ、さぶ……っ」
 空の色が紫色に染まりつつある夜明け前の上空は、冷たくて強い風が絶えず吹き付けていた。
 一応、魔界にもちゃんと四季はあると聞いたけど、それでも日中と夜の気温差が激しくて、まるで夏と冬が交互に来ているみたいである。
「……いや、寒くはないでしょ?ちゃんと防寒してるんだから」
「うんまぁ、そうだけど視覚的に……ね」
 すると、隣でかじを取る同行者から冷静なツッコミを入れられ、苦笑いを返すわたし。
 確かにこの元“先輩”の言うとおり、実際には火の精霊の力を借りた防寒障壁を張っているから夜風は直接当たってこないものの、こうも風の流れが視覚で分かるくらいだと、頭が勝手にどれくらいの寒さかを想像して実際に凍えるような気分になってしまう。
 ちなみに、専門外だけどこれが呪いの基礎原理でもあったりして。
「……それにしても、一度は殺されかけた相手の脱走を手引きして利用しようだなんて、度胸がいいと言うべきか、お馬鹿さんなのやら……」
「だって、わたしを狙ったのはあなたの独断と聞いたから。それに失敗して一度敵国に捕まってしまった以上、改めて首を取って帰ったって手柄にはならないでしょ?」
 ともあれ、二人で並んで箒に腰掛けた状態で視線を前方に向けたまま、呆れたようにぼやいてくるミスティへ、わたしは現在越えている大きな山を見下ろしながら素っ気無く答えてやる。
 フェルネとルナローザは隣国といっても標高の高いミルロイ山に隔てられていて、馬車で行き来する為の山道は整備されているみたいだけど、空を飛べるレベルの魔法使いをどちらも欲しがっているのがよく分かる景色だった。
「まぁね……。むしろ、主の怒りの火に油を注ぐだけになるかしら?」
「だから、手土産になってあげるって言ってるの。なんか、わたしに興味持ってるみたいだし」
 こうやって誰かを乗せてこんな高度を軽々と飛べる高ランクの魔術師なら、そうあっさりと見捨てられて帰還拒否されるとも思えないので、その為に牢獄破りにも協力したわけで。
「……けど、アステルちゃんなら一人で行っても入れてもらえたんじゃない?」
「そりゃ、リセを裏切って寝返るつもりだと言えばでしょ?そうでなきゃ、わたしは敵国の宮廷魔術師(見習い)なんだから」
 おそらく、わたしがあの結界を壊したのはバレてるだろうから、もう宮廷魔術師は剥奪されて罪人扱いかもしれないけど、やっぱなるべく嘘はつきたくないのよね。
 ……まぁ、結構騙してきてはいるかもしれないけど。
「それに、こうやって敵の人質に取られる形じゃないと、あの厳戒態勢の中じゃ穏便にフェルネからも抜け出せられないと思って」
 現に、山道の関所付近はどちらも多数の兵隊さんたちが陣取っていたのが見えたし、リセの国の兵士に弓を引くのだけはどうしても避けたかった。
「……ったく、ネンネなお嬢さんかと思ったら、案外策士でわがままなのねぇ?」
「まぁ、勇者一族なんてそんなもんですので……」
 家訓曰く、勇者は空気なぞ読むなだけど、所詮はわたしもその穴の狢みたいである。
「…………」
(けど、ゴメンね、リセ……)
 ただ、わたしがこの地でルミアージュ姫と再会した後から、これはただの偶然じゃなくて自分の手で解決しろという天啓なのかもしれないという気持ちがずっと燻り続けていただけに、やっぱり想いを抑え続けるのは無理だった。
 もちろん、やっぱりリセのコトを思えば胸が痛むし、せめて目的をちゃんと達成して無事に戻るのが、わたしに課せられた最低限の責任というのも分かってはいるけれど。
「で、うちのお姫様と対峙してどうしようっていうのかしら?まさか、戦いを挑むとでも?」
「いや、出来るなら穏便にいきたいとは思ってるんだけど……」
 ともあれ、それから一番悩ましい部分を突かれ、腕組みしながら首を捻る私。
 別に多くを望むつもりはないので、せめて姫さまと家宝を一緒にリセの城まで連れて帰らせてくれたら、あとはわたしが責任を持って送り届けるつもりなんだけど……。
 まぁ、帳尻合わせが大変っぽいものの、とにかく安全確保第一で。
「一応は助けてもらったからお礼代わりに忠告しとくけど、漆黒の雷帝と呼ばれるうちの主人を甘く見たら、命がいくつあっても足りないからね?自分で言うのもなんだけど、ラトゥーレ姫が相手じゃあたしでも虫けら同然よ?」
「……それは、うちの軍師さんからも聞いた……」
 更に言うなら、いくらアンゼリク兄さんが弱いといっても、マイルターナの王宮騎士相手に遅れを取るレベルじゃないし、ましてや先祖が魔王を斃しうる武器として聖霊様より授けられた聖魔剣エクスプレセアの加護で超強化された状態で歴史的大敗を喫したというのだから……。
「ま、同じ魔姫のリセリア様も、見た目によらずに恐ろしい魔力(チカラ)の持ち主だったけど……」
「…………」
 ただ、そのリセと勝負して一応は勝ったことのある自分なら、少しくらいは勝ち目もあるのかなと一抹の希望も抱いてはいたりして。
「とにかく、そんなワケだから精々話し合いで済める様に励むコトね?あたしも巻き添えはゴメンだし」
「ドラゴンの巣に入らずんば、財宝を得ず……。まぁ、なるようになるでしょ多分」
 これでも、背水の陣には慣れっこですから、わたしゃ。
「……ほら、そろそろ見えて来たわよ?ヘルヴォルト家の居城、アルストメリア城が」
「あれが……ムーンローザのお城……」
 ともあれ、それから国境上空を越えた暫く後にミスティから告げられて視線を前方へと向けると、山を越えた先にある大きな街の景色の奥に一際高く聳える鋭利な古城が見えてくる。
 横の広がりに関してはリセのレザムルース城とそんなに変わらないかもだけど、縦の階層はこちらの方が遥かに高そうだった。
「どう?なかなか歴史を感じるお城でしょ?城内は住み易い様に随分と改築されてるけど、魔界でもかなり古い部類のお城だから、外観の趣は出来るだけそのままにしてるんだって」
「確かに、いかにも歴史的建造物って感じだけど……」
 本館建物の周りにいくつもの高い塔が繋がって全体的に鋭利さが強調された設計は、荘厳ながら禍々しさも感じられて、偏見だろうがそこがリセのお城より随分と“魔界”っぽい。
「……さて、領内に入ったしここから一気に向かうわよ?しっかり掴まってて」
「へーい……」
 何だか既に気後れ気味にさせられてるけど、アンゼリク兄さんも一人でやってきてこんな城に乗り込んで行けたのなら、結末はともあれ勇者と呼んであげても差し支えないような。

                    *

「ミスティ様……!まさか無事にお戻りになられるとは……」
「色々あって、手土産持参で帰還してきたわ。早速だけど、姫様への謁見は叶うかしら?」
 やがて、真夜中に出立して目的地まで着いた時にはすっかりと太陽が昇っていた長い空の旅も終わり、ミスティは中層に開放されていた発着場から城内へと入ると、驚いた様子で出迎えてきたローブ姿の若い女性へ挨拶もそこそこに素っ気無く切り出した。
「はい。既にラトゥーレ様からも、到着次第お連れするようにとの御命令を承っております」
「そう……それじゃ、早速だけど行きましょうか?」
「う、うん……」
 そして、城主からの召喚命令と聞いて緊張した面持ちになったミスティに促され、同じく胸が高鳴るのを抑えつつ頷くわたし。
 ……既にちょっと足が震えそうだけど、ここからが本番なんだから。
「あの、ところでそちらは……」
「前に少し話題になったけど、プレジールのお姫様が人間界から連れ帰った新入り宮廷魔術師のアステルちゃんよ。ラトゥーレ様も連れてこられるなら連れて来いって言ってたでしょ?」
「おおー、流石はミスティ様、転んでもタダでは起きませんでしたか」
「……まぁね。……それよりほら、急ぐわよ?」
「…………」
 とりあえず、ここまでは目論見どおりだけど、果たしてどうなるか……。

                    *

「……ふん、よくぞノコノコとわらわの前へ舞い戻れたものよの?恥さらしめが」
 その後、ミスティに付いて早速出向いた五階の大広間では、久々となる小柄で銀髪のお姫様が、玉座に足組みしつつ嘲る様な視線をこちらへ向けてきていた。
「も、申し訳ございません!……しかし……」
「言い訳は無用じゃ。我が命に叛いた挙句、敵地で捕虜になるなぞ言語道断!」
 それから、早速ミスティが弁明しようとするも、ラトゥーレ姫は一切聞き入れる素振りも見せずに立ち上がり、問答無用といわんばかりに玉座の横に立てかけられていた漆黒の華美な杖を手に取ると、翳したその先にどす黒い閃光を火花の如く弾けさせてくる。
「ひ……?!」
(な、なにアレ……?!)
 ……もしかしたら、あれが噂の漆黒の雷ってやつなのかもしれないけど、吐き気がする程の禍々しいチカラの混じった魔力の塊だった。
 あの杖の先に見える黒曜色の球体は確かに闇の精霊石で、そこに膨大な闇属性のエレメントが集まっているんだけど、それだけじゃなくて何やらドロドロと淀んでいるというか、邪悪さに満ちた何かが上乗せされた、精霊魔法でありながらまた違う別物の類の魔術。
「……だが、その前に一つ訊ねておこう。わらわが与えてやった杖はどうした?アレに仕込んでおいた槍でリセリアへ宣戦布告してこいと命じたはずであるが?」
「そ、それが……交戦中に闇魔力の制御を誤り、破損してしまいました……」
 ともあれ、そこから続いたラトゥーレ姫の更なる問い詰めに、ミスティはわたしも確かに見た事実を恐る恐る答えるものの……。
「……ほう。つまり、うぬの魔力負荷にコアが耐え切れずに砕け散ったと?」
「は、はい……おそらくは魔術の並列行使による暴走……ひっ?!」
「たわけが!あれはわらわが精製した魔姫用のコアじゃ。うぬ如きの操る魔力で許容量を超えるなど有り得ぬわ!」
 しかし、ラトゥーレ姫は気に食わなかった様子で激しく一喝すると、その感情を示すが如く闇の閃光を一際強く弾けさせた。
(……こわ……っ)
 正に、気性においても雷帝って感じだけど、ただ以前に会った時とは雰囲気が違う気がする。
 相変わらず、見た目の幼さと刺々しさが独特の妖艶さを引き出しているけれど、それでもここまでギスギスともしてなかったような。
「あ……ぁ……っ」
「……どうやら、貴様には再教育が必要であるな。何が起きたのかを把握しておらぬばかりか、下郎の分際で魔姫たるわらわを侮りすぎじゃ!」
「お、お許しを……きゃああああああああっ?!」
 そして、一段と険しくさせた真紅の瞳にギラリと殺気が宿ると、掲げた杖の先から迸った漆黒の雷撃がミスティを襲い、そのままボロ雑巾の様に転がっていった。
「…………っっ」
「……っ、…………」
 一応、ほぼ一瞬で気絶させられながらも、辛うじて息の根までは止められていないみたいだけど……。
「……さて、一度はわらわの誘いを断った者が、わざわざ小細工まで弄して再び眼前に現れるとは、何が目当てなのかくらいは聞いてやろうぞ?」
 それから、ラトゥーレ姫はミスティには目もくれずに再び玉座へどっかりと腰を下ろすと、今度はわたしへ向けてピリピリとした圧力を視線に込めて水を向けてくる。
「……え、えっと……」
 正直なところ、気圧されてかなり足が震えてきているのは自覚していた。
「も、もちろん、ルミアージュ姫のことです!わたしに人間界へ連れて帰らせてください!」
 ただ、こんなお姫様のもとへ身を寄せているのなら、ルミアージュ姫がますます心配になってきたのも確かなので、思い切って一歩踏み出して訴えたものの……。
「断る」
 極めて短い言葉で即座に拒否されてしまった。
「う……」
「まだ、約束した日まで少々ある。予定より前に帰しては意味がないし、ルミアージュ自身も望んでおらぬのでな?」
「……だったら、その時が来るまでの安全と、確実に帰すコトを約束してくれますか?」
「さぁて、リセリアの手の者相手に、そこまでしてやる筋合いもないがのう?」
 それでも、せめてもの保証が欲しくて食い下がるわたしに、敵国のお姫様は思わせぶりな笑みを見せつつ一蹴してくる。
「つまり、まずは寝返れと?」
 ……やっぱり、言われるとは思ってたけど。
「ここまで踏み込んだ以上、もう既に半分は裏切ったも同然であろう?」
「そ、そうかもしれないですけど、でもリセはわたしにとって主従とかじゃなくて、一番の友達だから……」
「友達、だと……?くくく、ふははははは!!」
 そこで、ムシがいいのは自覚しつつわたしが本音を吐露すると、大きな高笑いが返ってきた。
「人間と魔族で友人の関係を結ぶのが、そんなにおかしいとでも?」
「……いや、そこまでの否定はせぬ。だがそれでも、貴様がリセリアと友情とは……くっくっくっ、まっこと笑わせおるわ」
「…………っ」
 今はまだ交渉中だから我慢するとして、凄くカチンときたんですけど、わたし……。
「……ふ、余程気に食わなかったと見えるの。いい貌になってきおったわ」
 すると、表情に怒りが表れてしまったらしいわたしに、漆黒の雷帝は嘲りながらも残忍で楽しそうな笑みを浮かべると……。
「態々ここまで無駄骨を折りにとは愚鈍かつ無礼極まりないが、まぁよい。せっかくリセリアの奴を挑発してやったというに一向に乗っては来ぬし、このところ少々退屈しておってな?」
 ラトゥーレ姫はそう続けた後で、ミスティを一撃で沈めた魔術を放った杖の先を、今度はこちらの方へ向けてくる。
「う……っ」
「ルミアージュより訊いたが、貴様もかのアーヴァインの血を引く子孫らしいの?……ならば兄同様に、わらわが自らもてなしてやろうぞ」
「…………ッッ」
 やっぱり、こうなっちゃう宿命か。
「……それじゃ、もしもわたしが勝てたなら、要求を聞いてもらえます?」
 なら、もう逃げ道も塞がれたっぽいし、ちょっと頭にもきてるし、一か八か戦うしかない。
 わたしは覚悟を決めて挑戦を受けると、左手で縦に握った杖の先の精霊石へ、夜明けを迎えてから密かに溜め込んでいた光のエレメントを集約させてゆく。
「ふむ、それが遥か古よりの流儀であるからのう?」
「……なら、全力でいきます……っ!!」
 魔界は光のエレメントの割合が極端に少ないために量を集めるのが難しいけど、逆に住人の耐性も低いと聞いたし、なによりリセから一本取れたのもこの魔法だから、光属性を最も得意とする勇者一族の末裔としても、賭けるならこれしかない。
(この一撃に……すべてを!)
 おそらく、二の太刀はあり得ない勝負だろうから……。
「はぁぁぁぁぁ……っっ」
 やがて、手持ちのマナ全てをこの一撃に注ぐつもりで、わたしは右手で具現化させた非物質の弦と矢を力の限り引くと……。
「暗き世界を切り裂く希望の光よ、集え……マギカ・アーヴァレスト……ッッ!」
 先手必勝を期し、眩い白銀の閃光を発しながら禍々しい漆黒の魔力を纏う雷帝めがけて一気に解き放った。

 しかし……。

「う……そ……こんな……っ?!」
「……ふん、他愛の無い。兄妹揃ってわらわの前では塵芥か」
 程なくして、あっさりと決してしまった勝負の後、わたしは冷たい石造りの床へ這い蹲り、冷徹な眼で見下ろす魔姫に踏みつけられていた。
 全霊で放った一撃必殺のつもりだった光の矢は、座したまま受け止めてきたラトゥーレの障壁を破れず、その後はわたしもミスティと同じく雷帝の一撃で沈められて、まるで勝負にすらなっていない。
「ここまで……力の差があるなんて……リセとだっていい勝負が出来たのに……」
「身の程知らずとは罪なものよ。それはあ奴に手加減されておったのを真に受けたに過ぎぬわ」
 そして、思わず泣き言を呟いてしまうわたしへ、言葉でトドメの駄目押しが入る。
「ぐ……っ」
「それにどうやら、ミスティとの勝負を分けたという魔姫の杖のコア破壊、あれがリセリアの助力というのは貴様も気付いておらぬ様であるな?あ奴もなかなか酷なマネをする」
「…………っ」
(そっか、そういうコト……だったんだ……)
 リセは最初からわたしに勝ち目が無いのは分かっていたから、必死で止めようと……。
「全く、この様な取るに足らぬ半端者に寵愛を傾けるとは、あ奴も目が曇ったか、もしくは遥か古よりの償いのつもりか」
「つぐな……い……?」
 それから更に容赦なくラトゥーレ姫からの罵倒が降り注ぎ、正直悔しさよりも情けなさや、リセへの申し訳なさで泣きたくなってくるものの、それ以上に気になる言葉が。
「くくく、貴様は随分とリセリアに絆されておる様だが、真実を承知の上でなのか?」
「……やつらの一族はな、千年前に魔王ルドヴェキアに従い、人間界を攻めた側であるのだぞ?言わば、アーヴァインの血を引く貴様とは仇同士であるというのに」
「……え……?」
「そしてわらわのヘルヴォルト家こそが、ルドヴェキアと反目し人間界侵攻計画への協力を拒否した側。……どうじゃ、己の間抜けさが分かってきたであろう?」
「……っ、そ、そんなの、もう遠い過去の話……わたしの知ったことじゃな……ぐぅっ?!」
 しかし、それでも自分の気持ちは変わらないと、いつかのユーリッドさんの言葉で反論しようとしたものの、言い切る前により強いチカラで背中を踏みつけられてしまう。
「たとえ貴様がそうであろうが、わらわはそうはゆかぬ!……ルドヴェキアが失脚した際、千年前に奪われた先祖伝来の領土を取り戻す機会と思えば、奴らは姑息にもあるゆる手段を尽くして新たなる魔王家に取り入り、保持しおったのだからな?!」
「…………っ?!」
(今、別の気配がぞくっと……)
 更に、ラトゥーレ姫の激昂に合わせて踏みつける爪先の圧力が増していくのに恐怖を感じながらも、言い難い違和感を覚えるわたし。
「……まぁよいわ。わらわにとっての貴様は配下へ引き入れるに足りぬ虫けらだが、利用価値となればまた別じゃ」
「…………」
「くくく……例えば、あ奴の大事なモノを無残な姿に壊してやれば、あの虫も殺さぬ顔が一体どの様に変わるかのう?」
 そして、その違和感の元である禍々しい気配は冷たくも強烈な殺気へと変わり、背筋にぞくりと寒気が走ってくる。
(殺される……ッ?!)
「…………」
「…………」
「……ふん、冗談じゃ。貴様はルミアージュの気に入りでもあるがゆえ、殺しはせぬ」
 そこで、わたしはいよいよ死を予感させられたものの、しかしそれから暫くの不自然な空白時間を経た後に言葉や足先から殺気が抜けてゆく。
(助かった……?)
 けど……やっぱり何かがズレてるような……?
「まぁよい、交わした約束に基づきルミアージュは時期が来れば帰してやるが、どうしても自らの手で連れ帰りたいと申すのならば、その日が来るまで待っておるがよいわ」
「待つって……ここで捕虜として?」
「精々、ルミアージュの話し相手にでもなっておれ。わらわの興は既に冷めたわ」
 ともあれ、それからラトゥーレ姫は冷淡にそう告げると、玉座に戻りつつ周囲で控えていた家臣へ「共々連れてゆけ」と命じた。
「…………っ」

                    *

「あら、アステルちゃんお久しぶりね?元気にしていたかしら?」
「……姫さまの方こそ、お変わりないようで」
 やがて、家から持ち出した愛用の杖を没収された状態で、衛兵からお城の上層にある来賓の間へ案内されたわたしは、純白のプリンセスドレスを完璧に着こなした探し人の、いつもと変わらぬ優しい笑みでの歓迎を受けた。
 ルミアージュ姫さまの方は自分の知る雰囲気そのままで、どうやらご無事っぽいのは安心したものの、先程までの緊迫したやり取りの後でこの反応は、いささか拍子抜けといわざるを得ないかも。
「でも、わざわざここまでどうしたの?」
「いえ、助けに来たつもりだったんですけどね……」
 結局、アンゼリク兄さんに続いて、わたしもこのザマですが。
「助けに?」
 すると、こっちは命がけで来たというのに、姫さまの方はきょとんとした顔を見せてくる。
「だって、魔界の情勢が不安定になったのに乗じて、ここのお姫様が領土を奪おうとフェルネに戦いを仕掛けて緊張状態ですから、このままじゃルミアージュ様も巻き込まれて危険が及ぶかもと思って……」
「そうねぇ……でも大丈夫よ、私の安全はラトゥーレが保証してくれてるし」
「いや、わたしの方は、そのラトゥーレ姫に何かされやしないかと心配して来たんですけど……」
 どういう形であれ、必死の思いで目的のお姫さまのもとへ辿り着いたというのに、何なんだろうこの噛み合わなさは……。
「ラトゥーレが私に?……そうねぇ、全くナニもされてないってワケじゃないけど……」
「え?!や、やっぱり……!」
 しかし、それからルミアージュ姫が思わせぶりな笑みを浮かべてきたのを受けて、わたしは身を乗り出すものの……。
「そんなに心配なら、これからはアステルちゃんも一緒にお楽しみしちゃうかしら?」
「は……?おたの……?」
 なんか、自分が思っているのと違いそうな話の上に、すっごくイヤな予感が……。
「……ふふ、とにかくアステルちゃんが抱いている様な心配は無用よ?私とラトゥーレは少なくとも掛け替えの無い親友なんだし」
「親友って……素直に信じていいんですか、それ?」
 ともあれ、こちらの反応を見て楽しそうに笑う姫さまからようやくマトモな回答が得られたものの、やっぱり疑問の目を向けてしまうわたし。
「もう、アステルちゃんも隣国のお姫さまとお友達になってる癖に、頭が固いんだから」
「……まぁ、そう言われればそうなんですけど……」
 何せ、さっきから、どこまでホンキか冗談なのかの境界が曖昧なもので。
「ほら、ちょっとこっちへ来て、アステルちゃん?」
「へ?」
 すると、ルミアージュ姫はわたしを手招きして広い部屋を横切らせると、その壁にかけられている大きな肖像画を指し示してきた。
「……ほら、これ」
「えっと、描かれているのはルミアージュ様とラトゥーレ姫ですよね……って、えええ?!」
 その絵の主役である二人が誰なのかは一目瞭然だけど、驚かされたのは背景が桜の舞う王立大学の正門で、どちらも正装の上にマイルターナ王家の家紋入りガウンを纏い、頭に角帽を被った姿で卒業証書入りの筒を握り締めつつ肩を抱き合っているというコトで。
「ね、分かったでしょ?実はラトゥーレって、ちょうど私が大学へ通っていた時にお忍びで魔界から留学に来ていて、卒業まで一緒に学んだ仲なのよ」
「お忍びでって……」
 まさか、リセみたいなコトを既にラトゥーレ姫もやっていたなんて……。
「んーまぁ、さすがに魔界から来たとは正直に申告できないから、海を隔てた遠い国から来たってコトになってたけど、私も卒業するまで敢えて黙ってたし」
「……人のこと言えませんけど、姫さまも割と困ったお方ですよね……?」
 幻滅というよりも、ああやっぱりわたしってこの人の妹なんだっていうか。
「んふふー、やっぱり入学当初は心細そうにしていて放っておけなかったし、あの通り、お人形さんみたいに綺麗でカワイイコだったしね?……それに、王族としても魔界の姫と繋がりを持っておくのは悪くないんじゃないかと思って。色んなイミで」
「それが、今回の婚約ぶち壊し事件に繋がるんですか?……ったく、もう……」
 途中まではいいお話だと思うけど、早速悪用しているのがなんていうか……。
「ま、人間のお願いを素直に聞き届けてくれる魔界の眷属なんて、探したってそうそういるもんじゃないでしょうしね。けど、ラトゥーレちゃんが友達に義理堅いコなのはよく分かっていたから、ホント助かったわ」
「はぁ……」
 そりゃまぁ、親の都合で自分の意思と関係なく結婚させられようとした事情は自分も汲んで余りあるし、何より大恩人ですから姫さまの為の労力を惜しむ気もさらさらないんだけど……。
「あら、ヤキモチでも焼いてくれた?」
「……むしろ、一体なんの為にわたしはここまで来たんだって脱力してますけど」
 リセへの裏切り行為までやらかしてここまで辿り着いたのが、こんな真相だったとは……。
「でも、もう一つ目的はあるでしょう?アンゼリク君の手から奪われた家宝が」
「……それも、姫さまが一緒に持って帰ってくださるとうかがってますけど?」
 もう、なんか色々馬鹿らしくなってきたので、勇気の翼を広げて一人で帰ろうかと真面目に考え始めたわたしは、素っ気無く肩を竦めるものの……。
「んーそれなんだけど、実はラトゥーレが新しい魔王への献上品にしたいって言っててね?」
「え……?!」
 しかし、そこから聞き捨てならない言葉を素っ気なく告げられ、動きが止まるわたし。
「このままだと、魔王家のコレクションに入ってしまいそうなのよねー、あの聖魔剣が」
「ちょっ、シャレになってませんよ、それ……っ?!」
 考えうる中で最悪の展開というか、勇者一族の歴史でも最大級の汚点である。
「……取り戻したい?私が協力したら何とかなるかもしれないけど」
「そ、そりゃもちろん……!」
 いくらわたしが家出娘だからって、到底見過ごせるハナシじゃない。
 ……もし本当に魔王の手に渡ってしまえば、一族の存亡を賭けた争いにも発展しかねないし。
「ふんふん。……それじゃ、ちょっと耳を貸してくれる?」
 そこで、もちろん即座に頷いたわたしへ、ルミアージュ姫は手招きで呼び寄せてくると……。
「は、はい……って、へ……?!」
「……お願い、ラトゥーレを救ってあげて。それが条件」
 他の誰にも聞こえないひそひそ声ながら、今までとは一転した真剣な口ぶりで思いもよらなかったセリフを囁きかけてきた。

                    *

 “それ”に気付いたのは、ここへ来て間もなくだったと思う。
 ……まず発端は、大切な友人が悪い夢に魘されているのを目の当たりにしたこと。
「…………っ、はぁ……ぅっ」
「お、お父様……わ……分かって……おります……んっ」
「……わっ、我らの悲願は……先祖伝来の領地を……うう……っ」
「ラトゥーレ……」
 それが、いつからなのかは分からない。
 少なくとも、学生時代に寄宿舎の相部屋で生活していた時は見なかったので、こちらにいる時……これは私の勘だけど、卒業後に魔界へ戻って間もなくに亡くなった父親の跡を継いで、この城の主になってからだと思う。
「はぁ、はぁ……」
「そして全てを奪……い……やがて憎きプレジールの血は……根絶やしに……!」
「…………」
 いつもうわ言の様に繰り返される、怨嗟に満ちた不穏な寝言。
 まるで、夢の中で誰かに刷り込まれているかのよう。
「……ん……ぅっ……」
 それでも、この城へ客として招いて貰った最初の頃から、頻繁に見ていたわけじゃない。
 決まった周期があるのかどうか、心に留める気も起きなかったくらいの「時おり」だったから、若くして家督を継いで領主となった心労の影響じゃないかと思っていたのだけど……。
「……わ、わらわは必ず略奪者を……!」
「うう……っ」
 ……けれど、ここ最近、具体的には前魔王の死が告知された日の夜から、ラトゥーレは毎夜の如く苦しめられるようになっていた。
 それでも、朝になれば何も覚えていないし、夜に眠りにつくのを恐がっている素振りも見せなければ、いつも通りに私を求めてくる時もある。
「…………」
 ただ、そんな中で宮中で囁かれ始めた声が気になった。
 最近のラトゥーレは何かと殺気立ち、すっかりと近寄りがたくなってしまったらしい。
 ……姫様は、以前はあんな御方では無かったのに、と。
「はぁ、はぁ……だから……もう……」
 ……それを聞いて、ようやく私は感付いた。
 今のラトゥーレには、亡き父親か、もしくはもっと古い先祖かは知らないけれど、古き時代から蓄積された恨みを引きずる怨霊が取り憑いているのだと。
「ぐ……っ、はぁ、はぁ……っ」
「く、くるし……んぐ……っ」
「…………」
 それから、程なくして使命感も芽生えた。
 私の願いを聞き届けてくれた恩人であり、大切な友人の……このコを助けてやらなきゃって。
「……ぅぅ……ぁ……っ」
「やめて……!ぐぅ……っ」
「……大丈夫よ、ラトゥーレちゃん」
 やがて、のたうつ様に苦しみ始めたラトゥーレを無理やり起こす代わりに、私は優しく抱きしめて頭を撫でてやる。
 それが効果的かどうかは定かじゃないとしても、でもこうすることで……。
「…………」
「……ルミアージュ……?」
「ええ、私はここにいるわ。おはよう、ラトゥーレちゃん」
 やがて、ラトゥーレが私の名を呼びつつ目を覚ますと、もう一度頭を撫でながらしっかりと答えてやる。
「……ちゃん付けはいい加減によしてくれと、何度も言うておろう?こう見えて、わらわはそなたの何十倍もの時間を生きておるのだぞ?」
 すると、ラトゥーレは不服そうに撫でる手を押しのけてくるものの、嫌がっているというより、むしろ照れくささからというのが、私にとってはたまらなく可愛らしかった。
「私にとって、ラトゥーレちゃんはいつまでもラトゥーレちゃんよ。うちの大学で一緒に帝王学を学んでいた時からのね?」
「……ふん、そなたもそなたで、どこまでいっても変わらぬな?」
「ええ、お陰様で。……それよりまた魘されてたけど、ちゃんと眠れてる?」
「そうなのか……?わらわには分からぬが……」
 ともあれ、それからまた自覚はないんだろうなと思いつつ水を向けた私に、ラトゥーレは予想通りの反応を返してくるものの……。
「……いや、そうなのであろうな」
 続けて自分の額に手を当ててぐっしょりと溜まっていた寝汗を払い落とすと、他人事の様に呟いた。
 特に、昨晩はひどく魘されていたから、絶え間なく滴り落ちる汗がシーツを濡らせ、ナイトウェアも透け透けで、不謹慎ながら妙に色っぽかったりもして。
「とにかく、着替えの前に湯浴みで汗を流した方がいいかしらね?」
「ふむ……付き合ってくれるか?」
「ええ、もちろん」
 これも、私のすべき役目だから。

「……そういえば、昨日に潜り込んで来おったあの小娘の様子はどうじゃ?」
「アステルちゃんのこと?何やらラトゥーレちゃんに手も足も出なかったからって自信喪失してたみたいだけど、私に言わせればここまで来られただけでも大したものなんだけどね?」
 やがて、優しく脱がせた後で予め準備してもらっていた寝室内の浴場へ二人で入り、早速手触りのいい銀色の綺麗な髪を撫でるように洗ってあげている途中で、きのう突然にやって来た幼馴染みのことを聞かれ、苦笑い交じりに答える私。
「ふん、己の分を自覚せずに思い上がれば敢無く踏み潰されるだけであろう?まだ、ルミアージュに免じて生かしてやっただけ有り難く思うがよいわ」
「ええ、ありがとうね……。ちゃんと覚えていてくれて」
「当然であろう?そなたはわらわにとっての、唯一の友人なのじゃからな」
「唯一、かぁ……そう言って貰えるのは嬉しいけど、ちょっとフクザツでもあるかな?そろそろ他のお友達を作ってみる気はない?」
 尤も、こっちではその候補者を探すのが大変だろうけど。
「ふん、余計なお世話じゃ……しかしどの道、時期がくればそなたを送り届ける者が必要になるが故、あ奴なら丁度よかろうて」
「時期、かぁ……正直、戻るのが面倒くさくなってきてるんだけどなぁ」
「わらわの方は、いつまで居ても構わぬのだぞ?」
「うーん、残念ながら、そうもいかないでしょうねー……」
 ただでさえ、今でもこのラトゥーレを筆頭に多方面へ迷惑をかけまくっているけれど、さすがに私が二度と戻らないとなれば、穏健な父とはいえ我慢の限界を迎えてしまうだろうから。
 ……となれば、その前にラトゥーレのコトも何とかしてあげないといけないんだけど。
「…………」
「……それにしても、災難であったの?」
「ん?なにが?」
「せっかく、こちらへ滞在しておる間は羽根を伸ばさせてやろうと思っておったのじゃが、戴冠式までは碌に身動きが取れなくなってしもうたからな」
「ううん、そういうのは言いっこなし……ホント感謝感激だから」
 ともあれ、それから洗髪が終わって今度は背中を流してあげていたところで、今度は人前では決して見せないしおらしい言葉を向けられたのを受けて、優しくほぐす様に肌を滑らせつつ謝意を返す私。
 魔界の民は神なんて信じていないだろうけれど、巡り合わせとは天の導きだし、私がラトゥーレを癒してあげられているのなら、今回の茶番もむしろ天恵だったのかもしれない。
(それに、もしかしたらあのコがここへ来てしまったのも……)
「感謝感激か……実はわらわもそなたにそう言いたい気分じゃ」
「それはそれで凄く嬉しいけど、でも本当に告げるべき相手はまだ沢山いると思うわよ?」
「……ふん、そういうお節介な所がなければの」
「アハハ。でも、それが心地いいって言ってくれたから友達になれたんだものね?」
「悪くはない、と言ったまでじゃ……ったく……」
「ふふ……」

「……それじゃ、いってらっしゃい?ラトゥーレ」
「うむ、そなたの気に入りを置いてはやる事にしたが、勝手にウロチョロされてもかなわぬから、しっかり目張っておくのだぞ?」
 やがて、湯浴みも終わって領主のドレスに身を包んだ後で寝室の入り口まで送り出す私に、漆黒の雷帝に戻ったラトゥーレが素っ気無く釘を刺してくる。
「はいはい、心得てますってば。……それじゃ、また今夜ね?」
「ああ……」
「……ラトゥーレ?」
 それから、私は部屋の外へ一歩踏み出した親友を今一度呼びかけ……。
「む?」
「……王たる者、常に自らの信念で、ね?」
「ふん、既に耳にタコが出来ておるわ」
 今の私に出来る最大限の言葉を贈ると、ラトゥーレは吐き捨てる様に返した後で、今度こそ大広間へと向かって歩みを進めて行った。
(……きっと、解放してあげるからね、ラトゥーレ……)
 それでも、どうやったら助けられるのか、すぐには思いつかなかった。
 ……けど、ラトゥーレからアーヴァイン一族の家宝を新しい魔王への供物にして見返りを得たいという話を聞かされた時に運命の如き閃きを覚え、私は高い山を隔てた隣国に居るはずの幼馴染みの顔を思い出した。
 理不尽な理由で後継候補から外されながらも、誰より聖霊に愛されているはずの彼女ならば、あるいは……。

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