法少女はプリンセスに揉まれて勇者となる その3


第三章 ドキッ、プリンセスだらけの魔界生活

「んふふ、ちょっとした合縁になったけど、お久しぶりねアステルちゃん?」
「…………っっ」
(な、なに、夢でも見てるの、わたし……?)
 勇者たるもの、眼前に広がる光景から決して目を背けてはいけない。
 ……そんな家訓は脳裏に浮かんでいるのに、それでも思わずほっぺたを抓ってしまうわたし。
「もう、夢なんかじゃないってば」
「どうやら、みたいですね……いたひ……」
 それでも、抓った痛みの後に姫さまから苦笑い交じりに告げられた言葉で、わたしはようやく現実を受け入れ始めてゆく。
「でも、驚いちゃったわよ、まさかこんな所にアステルちゃんがいるなんて」
「そ、それはこっちのセリフです……っ!」
 正直、まだ脳の処理が追いついていないけれど、わたしの目の前に立つ金色のふわふわとした長い髪が美しい長身の女性は、確かに魔界へ連れ去られたと聞いたマイルターナ王国の第二王女にして幼馴染みのお姫様だった。
「けど、勇者の末裔でもやっぱり女の子よね。ドレスを着せて貰えてそんなに嬉しかったんだ?」
「えっと、あの、その……」
「貴女のお父様から頑なに断られたから断念したけど、やっぱりアステルちゃんは王宮へお持ち帰りしておくべきだったかしらね?ホント可愛いんだから……うふふ」
「……あうう……っ」
 しかも、悦に浸っていたトコロをまさか見られるなんて……。
「……けど、ここの領主のリセリア姫が前にお手紙で紹介してくれたルームメイトさんだったんだ?こういう合縁奇縁って、やっぱり勇者一族の生まれ持つモノなのかしらね?」
「いやまぁ、わたしもリセの素性を知ったのは“こちら”へ招かれた後なんですけど……」
 あまり何でも血筋の所為にされるのは不本意としても、ただこんな巡り合わせの連続が本当にただの偶然なのかと言われると、そろそろ自信はなくなってきそうだった。
「ふーん……けど、確かに伝聞通りの可愛らしいお姫様よね?さっき素知らぬふりして挨拶に行ってみたんだけど、アステルちゃんが入れ込むのも分かっちゃう感じ」
「入れ込むって……まぁ確かにずっと眺めていたくなる時はありますし、素直で気立てもいいですし、いかにもお姫様っていうか……ひっ?!」
「ふーん、私よりも?」
 そして、言い終える前に隣へ密着してきた姫さまにお尻を掴まれた後で、何だか面倒くさい彼女みたいなコトを言われてしまう。
「ちょっ、いや、あの……ルミアージュ様とはカテゴリが違うというか……」
「んー、久々のアステルちゃんの感触……」
「も、もう公衆の場でやめて下さいってば……」
 ……かと思えば、妙なトコロで共通点があるんだから。
「ほほう、二人きりの場所でならいいのかしら?ん?」
「あーもう……っ、そっ、それより、どうして姫さまがこんなトコロに……っ?!」
 とまぁ、ここまで「よくぞご無事で」と最初に言うべきセリフを口にしそびれてしまっているけれど、正直にいえば感動の再会を喜ぶというよりも、今はまだ疑問の方が強いかもしれなかった。
 ……とりあえず、この懐かしさ溢れるセクハラっぷりは紛れもないホンモノのルミアージュ姫だろうけど。
「どうしてって、居ちゃいけなかったかしら?私はアステルちゃんと久々に会えて、こんなにも嬉しいのに……」
「わっ、わたしだって嬉しいことは嬉しいですけど、でも……ちょっ、そこは……!」
 なんか注目集めてきてるし、胸はダメです、胸はぁ……っ。
「……でも、なぁに?」
「だ、だって、たしか今は囚われの身……ですよね?」
 それが、どうしてリセのお城のパーティ会場で自由にウロウロしているのやら。
「う……えっと、それはね……んー……」
 すると、ようやくルミアージュ様は痛いところを突かれたとばかりにまさぐる手を離すと、視線を逸らせつつ煮え切らない言葉を返してくる。
「いやその、ご無事ならそれが何よりなんですけど、よければ事情を……」
「うんまぁ、そうね……。アステルちゃんには話しておくべきかもしれないけど……」
 それでも、やっぱり他人事にはしたくないので今度はわたしの方から踏み込むと、ようやく姫さまは躊躇いがちに話を切り出そうとしたものの……。
「……おお、そこにおったかルミアージュよ」
「あ、いた!もう、ラトゥーレったらすぐ先に行っちゃうんだから……こっちは見ず知らずの場所で迷子になったら困るのに!」
 しかしそこで、先ほど絡まれた別のお姫様の声が不意打ちで背後から聞こえてくると、すぐに振り返ってそちらへ詰め寄ってゆくルミアージュ姫。
(ふえ……?)
「それもこれも、ぬしが態々他の来客と口を利いてモタモタしておるからであろう?」
「……はぁ、ラトゥーレちゃんも当主様になったんだから、少しは社交性というものもね……」
「ふん、わらわは他者に媚びるようなマネはせぬわ。魔界は力こそが流儀ゆえにな」
「そういうのは、魔王にでもなってから言いなさい」
「ぬしも結構辛辣よのう……ま、いつかは成り上がってやるつもりだがの」
「……あ、あの、ちょっといいですか?」
 そして、放置状態のまま目の前であまり険悪には見えない言い合いを始めたのに困惑しつつ、わたしは無理やりに口を挟むものの……。
「おう、そういえばこやつはルミアージュの見知りでもあったのか?」
「ええ、そーよ。とっても可愛いでしょう?」
 すると、今度はわたしを中心に置いて、やっぱり二人だけで会話を続けてゆくお姫様ズ。
「……ふむ、確かにいたぶり甲斐はありそうじゃの?くっくっくっ」
「ちょっ……?!」
 さっきは自分の配下になれって言ってたくせに……っ。
「もう、ダ・メ・よ。このコは私の妹も同然なんだから」
「えっと、そっ、それより、これは結局一体どーいうコトなんですか……?!」
「……まぁ、イロイロ事情があってね。でも、アステルちゃんも知ってるってコトはやっぱり世間に公表しちゃってるんだ?」
 とりあえず、今でも妹と言ってもらえたのはすごく嬉しかったものの、このままじゃ埒があきそうも無いのでわたしが少し強引に追求すると、ルミアージュ姫は再びばつが悪そうに視線を外してくる。
「ええ、コンチネンタル・ポストの一面に載ってましたよ?お城が精鋭魔族からの奇襲を受けて、ルミアージュ姫が魔界へ浚われたって」
「ふむ、造作も無い茶番ではあったがの」
「え?」
 それに対して、わたしが知ってる事を手短に告げると、ルミアージュ様の代わりにもう片方のお姫様が口を挟んでくる。
「……ってコトはまさか、その魔族っていうのは……?」
「うむ、わらわが浚ってやってくれたわ」
 それから、失礼ながらも思わず指を差してしまったわたしに対して、ドレスの上からでは膨らみの見えない薄そうな胸を自慢げに張るラトゥーレ姫。
「うん、浚われちゃった♪」
「……えっと……」
 そして、ルミアージュ姫もそんな上機嫌に肯定されましても……。
「アハハ、ちゃんと説明するから。……実はね、前々からアーヴァイン家とお父様の間で、一つの縁談話が水面下で進められていたのよ」
「縁談?」
 そこで、とうとう言葉を失ってしまったわたしを見て、ルミアージュ様も苦笑い交じりに説明を始めてくれたものの、その内容は更なる混乱を呼びそうなものだった。
「そ。元々勇者アーヴァインの出生は不明なんだけど、千年前の戦いの後で安住の地に選んでもらって以後は、マイルターナ王家がどうにかしてその血筋を系譜に取り込みたいと企んできたみたいでね?」
「でも、うちの一族って、そういうのには一切縛られないのが掟って聞いたような……」
 だから、士官の道を選んだフレデリク兄さんもマイルターナではなくて世界最強の軍事力を保有するギルサーク皇国の門を叩き、勇者一族の長兄として間違いが起こらないか内部から監視するつもりだと言ってたし。
「ええ、こちらもそういうのは承知の上で庇護してきたし、大事な跡取りをってワケにいかないのもお互い様だったんだけど、ようやく余りものが出るほど子沢山の世代を迎えたから」
「余りものって……」
「……つまり、この私とアンゼリク君ってこと」
「っっ?!アンゼリク兄さんと、姫さまが……結婚?!」
「けど、余りものだろうと勇者アーヴァイン直系の血筋と王家の子女のあからさまな政略結婚ってのはやっぱり反発も多そうだから、ラトゥーレに協力してもらって魔界へ連れ去られた姫を若き勇者が救うというロマンスを仕込んだってわけ」
 そして、肩を竦めつつ「ホント、くっだらないわよねー」と吐き捨てるルミアージュ姫。
「……なるほど。だからアンゼリク兄さんだったんだ……」
 記事を読んで感じていた違和感の正体がこれで分かったし、姫さまのぼやきにも個人的には全面的に同意である。
 ……けど。
「それじゃ、こっちへ救出に向かったはずの兄さんは今どこに?」
「ん?あのひ弱なガキなら、少々痛めつけて身包み剥がした後に叩き返してやったぞ?」
 それでも、今の状況への説明には不充分ってことで質問を続けると、今度は悪役のお姫様から素っ気無くも物騒な答えが返ってきた。
「は?」
「ちょっとアンゼリク君には悪いコトしちゃったけど、まぁ命までは取ってないから……」
 そこで思わず目を見開くわたしに、苦笑い交じりでフォローを入れてくるルミアージュ姫。
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「……ほら、やっぱり王女だからってお相手は自分で選びたいじゃない?」
「そりゃまぁ、気持ちは分かりますけど……」
 わたしも、あのまま家にいたら父が勝手に選んだ高名な剣士なり魔術師のところへお嫁に出されるのを嫌がって飛び出したクチだし。
「選ぶ以前に、そなたは男と結婚自体が真っ平ゴメンなのであろう?」
「それを言っちゃったら、身も蓋も無いんだけどねー。ふふふ……」
(えー……)
 昔、姫さまはよくおままごとに付き合ってくれて、中でもわたしと新婚さんごっこするのを特に好んでいた気がするけど、もしかして実は……ってのはやぶ蛇っぽいから聞かないとして。
「……つまり、肝心な所で裏切っちゃったんですね、二人して」
「もう、人聞き悪いなぁ。あんまりにも姑息で両家にとっての名折れになるかもしれないから、途中で“やらせ”をやめただけじゃない?」
「同じです……はぁ……」
 わたしより二つ上のアンゼリク兄さんはまだ修行中というのもあるけれど、父からいっそ女に生まれれば良かったのに、なんて言われてたぐらいだったのは姫さまも知らないワケないし。
「それにしても、退屈しのぎにもならぬ脆弱な小僧であったのう。……ま、ルミアージュの企て自体はなかなかに痛快であったから構わぬが」
「……まったく、一体これからどーするおつもりなんですか?身包み剥がしたってコトは、聖魔剣も取り上げちゃったんですよね?」
「うむ、ルミアージュとあれを人質にしつつ忌々しきアーヴァインの子孫の無様な姿を見せしめにしてやれば、彼奴らも当面は指を咥えて見ておるしか出来まいて。くっくっくっ」
(実は、わたしもその一族なんですけど……)
 しかも、家宝まで奪われてるって、ちょっと兄さんの方が心配になってきたりして。
「大丈夫よ、ほとぼりが冷めれば一緒に持って帰るから」
 ……そして、被害者じゃなくて首謀者と判明したルミアージュ姫の方は、まったく悪びれる様子すらなしときたもんだ。
「ほとぼりって、いつ冷めるんですか……」
「さーてね、目的は達成されたも同然だろうし、あとはせっかくの異世界でもうちょっと羽を伸ばしたらってトコかしら?」
「やれやれ……あまり心配かけないでくださいよね……」
 たった二日分だけど心労を返してというか、御無体にも程がある。
「ゴメンなさいね。……でも、アステルちゃんも心配してくれてたんだ?」
「当たり前です……もう……」
 まさか、自分の中では理想のお姫さまだったルミアージュ姫にこんな強引でワガママ極まりない面があったなんて、幻滅とまではいかないけどショックだった。
「んじゃ、何なら戻る時はアステルちゃんが連れて帰ってくれる?」
「……今はこのお城の主から仕事を請け負っているので約束はできませんけど、まぁ機会に恵まれればってコトで……。それじゃ失礼します……」
「宮廷魔術師見習い、だっけ。アステルちゃん、この前に私が出した手紙は読んでくれた?」
 ともあれ、何だか妙に脱力感を覚えつつも頭を整理したくなり、挨拶もそこそこにこの場を立ち去ろうとしたわたしへ、姫さまは背中越しに確認の台詞を向けてくる。
「もちろん、ここへ来る前に返事も出しときましたよ?」
 この様子じゃ、いつ読んでもらえるか分からないけど。
「ならいいわ、それじゃまたね?」

(……はー、やれやれ……)
「お、アステルさまいらっしゃいましたね、お嬢様がお探しですけど?」
 やがて、二人から離れてしばらく歩いたところで、まるで図ったようなタイミングでユーリッドさんが横から声をかけてくる。
「へーへー、分かりましたよ……」
 まぁ、今はそういうのにツッコミを入れる気力もないですが。
「……ふむ、ナニやらあまり顔色がすぐれてなさそうですけど、お疲れですかー?姫様への挨拶詣でがようやく一段落してお腹が空いたので、ご一緒にお食事なさりたいとのコトです」
「なるほど、そいつはご苦労さま……」
 生憎、こっちはお腹が膨れてるばかりでなく、食欲自体がすっかり無くなっているのに。
 ……まぁ、だからってリセに落ち度は何もないので付き合いますがね。
「……ところで、先程は隣国のラトゥーレ姫と親しげにされてましたけど、ちゃんとお話相手を見つけられたじゃないですか?」
「いや別に、親しくしてたわけでもないんですけど……」
 むしろ、あまり関わり合いになりたくない絡み方をされたし。
「まぁまぁ、それで何か言われました?」
「んー、どこまでホンキかは知らないですけど、リセじゃなく自分に仕えないかって……」
「……やれやれ、相変わらずみたいですねーあの強奪姫は」
 ともあれ、一番気になっていたっぽいやり取りの内容を訊ねられ、わたしがそのまま答えてやると、ユーリッドさんは困った顔で苦笑いを見せてくる。
「なんですか、それ?」
「実はですねー、ラトゥーレ姫は他人(ひと)のモノばかり欲しがる困ったお方で、特に幼馴染みのリセリアお嬢様には昔から何かと対抗意識を燃やして競ってこられてまして」
「ふーん……仲が悪いんですか?」
「一応、千年ほど昔に両家の間に亀裂は入りましたけど、元々のお付き合いは長いですし、招待状を出せば何だかんだでこうしておいで下さってもいますから、敵対中とも言い切れませんが……」
「つまり、“ライバル”ってこと?」
「まぁ、あちら様は色々拗らせてしまって、何らかの形で決着を付けなければ気がお済みになられない状態っぽいですねー。迷惑なお話ですが」
「まったくです……」
 そして頼むから、わたしまで巻き込もうとするのはマジ勘弁なんですけど……。

                    *

「はー、苦しかった……」
 やがて、お昼に食べ過ぎた影響で軽めに済ませた夕食の後に客室へ戻り、ようやくドレスを脱ぎ捨てたわたしは、下着姿のままえもしれぬ解放感と共にベッドの上で手足を伸ばしていた。
「……まだまだ修行が足りないなー、わたしも……」
 念願だったプリンセスドレスを着られたのはいいけど、これを日常の衣装として着こなすには、まだまだ鍛錬を積む必要がありそうである。
(それに、思ったより汗ばんでるし……)
 まぁ、汗なら怒られないと思うけど、やっぱり立ち振る舞いからしてなってないのかな?
 ……とはいえ、半分以上はあのお姫様たちによってかかされた冷や汗の気はするとしても。
「…………」
(ルミアージュ姫……まさかこんなトコロで出くわすなんて……)
 一応、無事が確認できたのはいいとしても、本当に大丈夫なんだろうか?
 どうやら、今回の騒動はルミアージュ様が黒幕で話が進められてるみたいだし、二人仲良く過ごしている風でもあったけど、でもあのラトゥーレとかいうお姫様からは何やら危険な香りも感じるし、このまま放っておいていいんだろうか。
(うーん……)

 コンコン

「……ん?あ、ご、ごめんなさい、まだ着替えは……って、あれ……?」
 それから、頭の中が故郷のお姫さまのコトで一杯になりかけたところで、控えめに部屋の扉をノックする音が二度聞こえ、衣装の回収に来た洗濯係のメイドさんかと慌てて身を起こしたものの……。
「リセ……?」
「……うん……」
 わたしがどうぞと言う前にドアを開けて入ってきたのは、このお城の主だった。
 しかも、その両手には真っ白のバスタオルと寝間着らしい着替えを抱えて。
「どうしたの?」
「一緒におふろ入る……今日は思ったより一緒にいられなかったから……」
「まーいいけど、もしかして寂しかった?」
「そこまでいかないけど……ものたりない感じ?」
「あはは、なるほどね」
 まぁ、何となく分かる……かも。

「……そーいえばさ、リセって見た目じゃ全然魔族って分からないよね?」
 それから客室の奥に備え付けられている、これまた個室向けとは思えない広いお風呂に一緒に入ることになり、ボディタオルでリセの背中を流してやりながら話を切り出すわたし。
 寮生活の間でもちょくちょく一緒に入浴してるから今さらではあるんだけど、リセの滑らかな手触りで綺麗な背中には翼の付け根はないし、腰からお尻にかけてのちょっとばかり寸胴だけどそれが可愛らしい曲線にも尻尾なんて見当たらなければ、頭にツノとかが生えているワケでもなく。
「ん……そういう種族だから……」
「ユーリッドさんやラトゥーレ姫も?」
「……ラトゥーレも同じだけど、ユーリッドは収納してるだけで翼と尻尾ある……」
「へー……」
 ……ただ唯一、二人に共通している宝石みたいな真紅の瞳を除けばってところだけど、赤目な人間も希少ながらいるコトはいるので、絶対的な根拠にはならないし。
「けどもしかしたら、それもリセが人間界への留学担当になった理由の一つかもね?」
 一応、魔術で隠す方法もあるみたいだけど、ああいう魔力を消費し続ける常駐系魔法は突然に効力が切れたりしてボロが出やすいものだし。
「……そして、アルバーティンへ行かなかったら、アステルとも逢えなかった」
「んー……認めたくはないけど、やっぱわたしの血筋のせいもあるんだろうなぁ……」
 それから、洗い役を交代した後で、今度はわたしの背中をごしごしと擦りながら呟いてくるリセに、確信めいた苦笑いを返す。
「え……?」
「ほら、勇者ってのは色々と引き寄せてしまう人種らしいからさー」
 困っている者やら魑魅魍魎やら、精霊やら魔族や天使といった人ならざる者やら……。
「…………」
 もしかしたら、お姫様(プリンセス)も……なのかな?

「……は〜っ、やっぱ広いお風呂はいいなぁ……」
 やがて、汗もすっかり流した後で程よい加減で沸いている湯船へ揃って入ると、首まで浸かりつつ手足を思いっきり伸ばすわたし。
 もちろん、寮の大浴場より広いってことはないとしても、あちらは数十人で共用しているのに対して、こちらは十人程度は楽に入れそうなお風呂を二人占めである。
 ……しかも、このお湯はこの地方で湧き出ている温泉から引っ張ってきてるんだそうで。
「……気に入ってくれてるなら、よかった」
「もっちろん♪ただ、こんなおもてなしを受けてたら、寮に戻った時につらそうだけど……」
 お誘いを受けるまで、寮が閉鎖される間の住む場所にすら悩んでいたコトを考えれば、まったくリセ様々である。
「……ずっとお城暮らしだった私がちゃんとやれてるから、大丈夫。それより、何度もいうけど遠慮だけはしないで……」
「いやいやいや、もう充分すぎて恐縮なくらいだけど……」
「……でも……」
「……って、一体どうしたの、リセ……?」
 しかし、それでも納得していない表情のリセから、なにやら焦りのような感情が読み取れて少し心配になったわたしは、肩に手をやって尋ねるものの……。
「……アステル、ラトゥーレと会ったんだよね?」
「え?……う、うんまぁ、そーだけど……ユーリッドさんから聞いたの?」
 すると、少しの沈黙を経て今度は浮気を疑うお嫁さんみたいな視線と一緒に理由が切り出され、何となく口ごもってしまうわたし。
「うん……それでルナローザに来ないかと誘われたって……」
「それはすぐ断ったし、余計な心配をかけたくなかったから、敢えて言わなかったんだけどね」
 ……ただ、こうなってしまえば一気に後ろめたくなってしまう。
「……それに、一緒にいた女性とすごく仲よさそうだったとも聞いた……」
「一緒にいた人って……あーえっと、あまり大きな声では言えないんだけど、実はわたしの故郷(くに)の王女であるルミアージュ姫さまなの」
 ともあれ、こうなってしまえば仕方が無いと、正直に話し始めるわたし。
「ルミアージュ……昼間にラトゥーレと一緒に挨拶にきたから、何となく覚えてる。我が友だとしか紹介してもらってないけど……」
「ほら、寮にいる時に時々お手紙が届いてたし、わたしも会話に出したことあると思うんだけどさー」
「……あまりよく覚えてない。けど、でもどうしてそんなひとが……」
「んー、かなり個人的な理由かつ、国家機密にも絡んでるんで詳しくは聞かないでって感じなんだけど、とにかくルミアージュ姫はあのラトゥーレっていうお姫様の所に滞在してるみたいなのよね……」
 だから、あのラトゥーレ姫のコトも忘れてしまおうとはいかないワケで。
「……今日、ちょっとぼんやりしてたのも、そのせい……?」
「あ、ぼんやりしてた?……うんまぁ、自分にとっては憧れのお姫さまだしね……いつも綺麗で優しくて、燻ってたわたしに魔術師への道を示してくれたりもして」
 まぁ、憧れのお姫様「だった」と、過去形になるギリギリだけど。
「…………」
「何より、アルバーティン魔法学園に入れたのも全てはあの人のお陰だし、大恩人としても知らんぷりは出来ないから……って、うおっと?!」
 それから、想い出の情景を脳裏に浮かべつつ話しているうちに饒舌になってきたところで、不意にリセが遮るようにしてわたしに覆いかぶさってくる。
「リ、リセ……?」
 なんか、柔らかくて生暖かい感触がわたしの同じ膨らみとモロに当たってるんですけど……。
「あのお姫さまのことは分かった……でも、私との約束……」
「もちろん心得てるって。リセから請けたお仕事を勝手に放棄したりはしないから」
 とりあえず、心配は心配でも姫さま自身は当面困っていそうな様子はなかったし。
「うん……だから、ほしいものがあったら何でも言ってくれたらいい……」
「もう、心配性だなぁ……」
 ともあれ、リセがどうしてわざわざ一緒にお風呂に入りに来たのかは分かった。
 たぶん、ユーリッドさんもそのつもりで話したんだろう。
「……いつもじゃ困るけど、そのくらいの方がいいときもあるって、ユーリッドが……」
「あはは……まぁそうかもしれないけど……」
(けどね、リセ……)
 ……まだ何もしていない状態から、あんまりハードルを上げないで欲しいかも。

                    *

「……送ってくれてありがとう、アステル……」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃまた明日ね、リセ?」
 やがて、長風呂になり過ぎてのぼせかける直前に衣装を回収する為にやって来たメイドさんに声を掛けられて入浴を切り上げ、寝間着に着替えて湯冷めを防ぐハーブティを淹れてもらって一緒に飲んだ後で、わたしはお城の最上階にある寝室の入り口までリセを送って来ていた。
「おやすみ……でもなんかヘンな感じ、かも……」
「あはは、出逢ってからずっと一緒だったもんね?」
 確かに、今さら別室で寝るのもちょっと慣れない感じではあるけど……。
「でも、どーせ夏休みが終わったら、また寝ても覚めても一緒になるんだから」
「……うん、そうだね……」
「んじゃ、おやすみー」

「……ん……?」
 それから、リセと別れて自分の部屋に戻っていく途中で、通路から繋がっている広いテラスの出入り口の向こうに、見覚えのある甘ロリ系エプロンドレスの後ろ姿を見つけるわたし。
「…………」
(あれ、何やってんだろう……?)
 そこで気になったわたしは、その背中を追ってテラスに出て行き……。
「ユーリッドさん、こんな所でなにしてるんですか?」
「…………」
 やがて相手のすぐ隣まで近づいて声をかけるものの、リセのメイド長兼軍師サマはわたしに一瞥もしないまま、いつになく神妙な面持ちで星空を見上げていた。
(ん……?)
「巨星が……墜ちようとしてますねー……」
 そして、わたしも倣って見上げたところで、独り言のように呟いてくる。
「え……?」
「……どうやら、新たな時代の到来みたいです。まぁこちらに大きな影響はないとは思いますが」
「んー、よく分からないですけど、ユーリッドさんって占星術もするんですか?」
「それはもう、軍師たる者のたしなみですから」
「へー……」
 言われてわたしも変化を見つけようとしたものの、そもそも何処に着目すればいいのかすら分からないので、単に満天に輝く美しい星の海にしか見えなかったりして。
「……ただまぁ、今の段階であまり滅多なコトは言えませんので、今夜のところは気にせずお休みになられて下さいな。明日からはいよいよお勤めをお願い致しますから」
 それから、ユーリッドさんはそれだけ続けると、一度だけわたしの肩を軽く叩いて通路の方へと戻っていった。
「…………」
 巨星に、新たな時代って言われても……。
「あ……!」
 しかし、程なくして星空から一本の赤く輝く筋が落ちる様に流れてゆくのが見えると、何やら胸騒ぎが走ってくる。
(なんだろう……)
 ユーリッドさんの言うとおり、悪いコトの前触れじゃなきゃいいんだけど。

                    *

「……へー、ここですかぁ……」
「ええ、もう永いこと使われなくて閉鎖状態だった離宮ですけど」
 翌日、いよいよ宮廷魔術師見習いとしての一日が始まり、最初のお仕事としてリセや同僚さん達と馬車でユーリッドさんに連れて行かれた場所は、城下町の外れにある古びた宮殿の敷地だった。
「……私も使った覚えがまるでない……」
「まぁ、それでも程ほどに手入れはされてますので、ヘンな魔物が棲み付いてたりいきなり崩れたりする心配はないはずですよー?」
「いや、笑えない冗談ですから……」
 ともあれ、正門を開錠する間にまずは見せてもらった見取り図によれば、大きな山に面して広大な敷地を持つこのデタンジェ離宮は、全部で七階建ての本館と違って、いくつもある平屋の建物が通路や道で繋がっていて、確かに学校を作るには向いている構造かもしれない。
 ……ついでにいえば、うちの実家もこんな感じで山の麓に訓練施設や倉、住居などの建物が複数ある小さな里みたいになっているんだけど。
「先代様のご遺言で、この離宮一帯を魔術師養成所の敷地として提供されるだけでなく、大規模な改装するなり、いっそ一度更地にして新たに建て直すことも厭わないというコトでして、どちらの方が良さそうかについてもご意見をいただければと」
「費用とか、そういう考慮もなしで?」
「まぁ、おカネに関してはわたくしめと蔵相の仕事ですのでご心配なくー。予算に関しても最大限の便宜を図る様に申し付けられておりますし」
「うん……私も稟議が上がってきたらすぐサインする……」
「なるほどねー……」
 まぁ、思っていたより本気でやろうとしているのは伝わった。

「……でも、ここだけじゃそれほど大きな施設にはならないよね?」
 それから、開門された後で敷地内へと入り、とりあえず庭園の道沿いに一周しながら率直な感想を呟くわたし。
 確かに学校を作れそうなくらいに広いことは広いけど、学園都市と呼ばれるアルバーティンとはとても比べられる規模じゃない。
「ええ、将来的には分校を創るなり拡充を想定するとしても、立ち上げ時はおそらく帝都のシュタインヘイガー魔術学院と比べても十分の一程度になりますかねー?」
「アルバーティンと比べても、多分そんなかんじ……」
「……だったら、もっとコンパクトなところを参考にした方がいいんじゃないんですか?」
 ならば、視察する相手を間違ってるんじゃないかなーと疑問を向けるわたしなものの……。
「いいえー、同程度の施設を参考にすれば、殆ど変わらない模倣した学び舎しか出来そうもないですし。それよりも、一番設備が充実している所から取捨選択していった方が個性も出せる上に、限られた中で最高のものを造れると思います」
 しかし、それもあっさりと論破されてしまった。
「まぁ、そう言われればそうかもしれないですけど……」
「というわけですから、お二方には今後アルバーティンで学ばれた経験をもとに、その取捨選択をお任せするコトになると思いますので、あちらに戻られた後も意識に置いていただければと」
「がんばる……」
「うん、頑張れ……って、しれっとわたしも数に入ってるし?!」
「そーですよ?先日客室へご案内した際に、今後もよろしくお願い申し上げなければならないと言いませんでしたっけ?」
「ぐえ……っ」
 さすがは軍師というべきか、やっぱ策士だユーリッドさん……。
「でもいつか、アステルには初代の学園長になって欲しいかも……」
「あはは、それはまだまだ気の長すぎるハナシかな?」
 ……でも、設計の段階から参画した魔法学園の最初の学園長に、か。
「まぁ、今のところは十年後くらいまでに開校の目処が立っていれば、とは思ってるんですが」
 確かに、結構面白そうだから悪くないかもしれないけど……。
『アステルちゃん、この前に私が出した手紙は読んでくれた?』
 ……ただ、あのお姫さまはなんて言うかな?

                    *

「……あ、この広場いいなぁ」
 やがて、お昼ご飯を挟んで午後も離宮内の見分を続けていた中で、敷地の奥に土が剥き出しのまっさらな広場を見つけて、何やらピンとくるものを感じるわたし。
「ここなら、闘場(コロシアム)を造れるかも?」
 規模こそはやっぱり小ぢんまりしたものになりそうだけど、周囲に建物がない外れた場所でこれだけの広さを確保できるなら、魔法勝負にはうってつけである。
「闘場(コロシアム)ですかー……。そういえば、アルバーティンの定期試験には生徒同士が魔法で戦うものもあるんでしたっけ?」
「うん……アステルつよかった……」
「いやいや、驚かされたのはこっちだから……」
 今でも覚えてる、あの手加減無用と言われた直後の、背筋が本気で寒くなった圧力。
 ……ついでに思えば、ラトゥーレ姫と逢った時も、似たような威圧を感じたような。
「まぁ、何だかんだで魔界は力無き者は生き残れない世界ですからねー。その頂点に君臨する魔界貴族を侮っては命がいくつあっても足りません、これ豆です……ってのはともかくとして、実はシュタインヘイガーにも大規模なコロシアムがあって、魔王家主催の御前試合も定期的に開催されてるんですけど、やっぱりあった方が面白そうですかね?」
「精霊と契約して、座学で扱い方を学んでも使えるにはならないし、うちでやってる様な魔法障壁のぶっ壊し合いだったら比較的安全に勝負できるんだけど、こっちでも用意できるかな?」
 あれって、一旦消すことなく張り続けたままリアルタイムで全属性にバリアチェンジ可能という相当高度な魔法障壁だから、言うほど簡単じゃないはずだけど……。
「だいじょうぶ……あれ、元々こっちの魔術で私も陣を書けるから……」
 しかし、そんな懸念も間を置かずにリセからあっさり払拭されてしまった。
「え、まじで?」
「ちょっとばかり皮肉な話なんですけどね、実は大昔にルドヴェキア陛下が人間界を攻める際に持ち込んだ魔法技術の大半が、今はあちらでも流用されているのですよ」
「例えば、姫様のご帰還の際に使われたエレメンタル・ゲートも然りで、あの侵略戦争は人間に異次元転送術をもたらす結果ともなってしまいまして……」
 それから、「その責任もあってルドヴェキア家は失脚だけでは済まず、最後はお取り潰しとなりましたけど」と付け加えるユーリッドさん。
「なるほどねぇ……」
 もう遠い過去の話と言ったのは、そーいう意味ですか。
「……とまぁそれはともかく、闘場の検証でしたら、せっかくですので今から試してみます?」
「へ?」
 ともあれ、話も一段落して「それじゃ後の検討課題に」で締めようとしたわたしだったものの、そこからユーリッドさんに不穏な提案をいきなり向けられ、目を見開いてしまう。
「ほら、本日はまず予定地を見て頂きたくて、魔術師チームとの顔見せもまだでしたけど、実は一緒に主力メンバーを帯同させてますので、挨拶代わりにここでお手合わせでもと」
「え、えええ、いきなり?!」
「まぁまぁ、わたくしとしても、あのルドヴェキア陛下を退けた英傑の子孫が受け継ぐチカラをまずは一度生で拝見したかったですし、ご準備をお願い出来ますかねリセリア様?わたくしは今から招集をかけますのでー」
「……わかった……ちょっと時間かかるけど……」
 そしてリセも頷くや、手持ちの杖の端を使って地面に印をガリガリと書き込み始めてゆく。
「ち、ちょっ……?!」
 ……マジですか?

                    *

「……く……っ、つ、強い……?!」
「はぁ、はぁ……っ……ふー、これでいい……?」
 やがて、得意の雷撃魔法で最後の相手の魔法障壁を砕いた後で、ツノを生やしたアンゼリク兄さんくらいのローブ姿の男性魔術師が愕然としながら膝を突いたのを見て、額の汗をぬぐいながらユーリッドさんの方へ振り返るわたし。
 一緒に来ていた十数人全員と総当りはさすがに無理なんで、ユーリッドさんが選んだ五人と立て続けに戦わされる羽目になって、特に苦戦した相手はいなかったものの、さすがに休み無しの連戦は集中力の持続が苦しかったかも。
「おお……全員ぬいた……」
「さっすがですねぇ。うちの姫様と互角に渡り合ったと伺いましたので期待しておりましたが、現状でも筆頭格としてお迎えできそうですよ?」
「いやいやいや、わたしはまだ全然修行中の身ですから……ていうか、そういえば今の宮廷魔術師長ってどなたなんですか?」
 すると、少し離れた場所で見ていたリセが拍手してくれたのに続いて、同じく隣で観戦していたユーリッドさんも満足げに頷きつつ身に余りすぎる評価を出してきたのを受けて、わたしは慌てて首を横に振りつつ、今まで聞きそびれていた質問を返す。
 ……というか、新入りらしく最初に挨拶しておきたかったのに、引き合わせてもくれなかったので気にはしてるんだけど。
「はい?今ちょうど目の前にいるじゃないですかー」
 しかし、そんなわたしに対して、メイド系軍師さんは何を今さらといった顔で返してくる。
「え……まさか……」
「ええ、今はメイド長兼軍師兼、宮廷魔術師長でもありますので。何ならコンビニエンス軍師とでも呼んで下さいませ」
 そして、思わず思いっきり指をさしてしまったわたしへ、改めてスカートの裾をちょこんとつまんだカーテシーで会釈してくるユーリッドさん。
「盛りすぎ、盛りすぎ……っ」
「ユーリッドは、何をやらせてもすごいから……」
「うふふ、お褒めに預かり光栄ですねー。ただ、宮廷魔術師長は元々の人が去年に辞めてしまったので、暫定的にわたくしが引き継いでいるだけですが」
「辞めてしまった?」
「……引き抜かれた。ラトゥーレに……」
「ありゃ……」
 だからユーリッドさんが強奪姫と呼んで、リセも不安になっていたのか。
「ちょっと性格面で難はありましたが、腕は凄く立ってたんですけどねー。……ともかく、そんなわけで今は新しい看板魔術師探しも急務中なんですが、いかがです?」
「けど、ぶっちゃけユーリッドさん一人いれば、結構どうにでもなるんじゃないですか?」
 リセが全幅の信頼を置いているのも当然というか、有能にも程がある。
「まぁ今は確かに何とかしてますけど、ただわたくしとて不老不死な存在ではありませんので」
 そこで、苦笑い交じりに言葉を返すわたしへ、肩を竦めてさらりと返してくる万能軍師様。
「……そういえば、ユーリッドさんっておいくつなんです?」
 人間としての見た目なら二十代の半ばくらいだけど、確か先代から仕えていてリセのおしめも替えたって聞いた気がするし。
 ってコトで、これも前から訊ねそびれていた質問を続けたわたしなものの……。
「あら、レディに対して気軽に歳を聞くものじゃありませんよ?うふふー」
「……っ、そ、それは失礼しました……?」
 悪戯っぽく片目を閉じつつ、僅かながら高濃度の圧力が込められた笑みと言葉で回答拒否されてしまった。

                    *

「では、本日はこれで御開きにして、そろそろ戻りますか……おや?」
 ともあれ、やがて日も傾きかけてきた頃合になり、ユーリッドさんが帰宅を告げようとしたところで、上空から姿を見せた一羽の大鷲に似た鳥がリセのもとへと急降下してくる。
「リセ、あぶな……!」
「いえ、あれは魔王家の伝令鳥ですー。ほら、足に書簡が託されてるでしょう?」
「あ、ホントだ……」
 言われて見てみると、リセが水平に曲げて掲げてやった左腕に止まった伝令鳥の右足には、丸めた黒色の手紙が括りつけられていた。
「あの色の書簡は魔王家から領主へ向けた親書ですね。おそらくリセリア様以外の者には受け取らせるなと命じられているハズですけど……」
「ふーん……」
「……よしよし……ありがとう……」
「…………」
「……それで、どの様な内容でした?」
 そして、大人しくじっと待つ伝令鳥の足から書簡を外して開封してゆくのを待ち、目を通した頃合を見計らって声をかけるユーリッドさん。
「……うん、魔王陛下が昨晩に崩御されたって……」
「やはり、そうなりましたかー……」
「んじゃ、昨晩に言ってた巨星墜つってのは……でも、どうして?」
「まぁ、四百年近くも魔界を治められたヘルリベット陛下はもうそれなりのご高齢で、ここ近年は体調を崩されがちでしたので、天寿を全うされたと言えばそれまでですが」
「えええ……老衰で亡くなってしまう魔王て……」
 ……いや、そこで思い出されるのは、さっきのユーリッドさんの言葉か。
「魔族といえど、永遠の命を持つ種族など殆どいませんよー?魂だけの存在となって他者の身体を乗っ取り続けるか、生きる屍となって悪臭を撒き散らせながら血肉を食らい続けていくかの、見るに堪えない無様な姿に堕ちない限りは」
「……とまぁ、それはともかくとしまして、お悔やみは申し上げるとしても何年か前より想定されていた事態ですし、既に次期魔王を巡っての跡目争いも決着済みですので、中央で混乱が起こる心配はないでしょう」
「ちなみに、次の魔王は親子というより祖父に近いくらいに歳の離れた時期に生まれた、私とそんなに変わらない年代の女の子……」
「へー……」
 どうやら、魔界は性別とか序列には縛られていないみたいで、そこは正直羨ましいかも。
「付け加えれば、現在の魔王家と当家の関係も良好で、次期魔王となられるプルミエ様とは面識もありますので、引継ぎに関しての懸念要素も無いはずなんですが……」
 そしてユーリッドさんはやや歯切れの悪い言葉を続けた後で、腕組みしたまま暫し黙り込んでしまうと……。
「ですが?」
「……いえ、確証を得る為の調査は必要かもしれませんが、まー大丈夫でしょう」
 やがて、自ら払拭するように首を横に振って自己完結させてしまった。
「…………」
「さて、とにかくお城へ戻りますかー。そろそろお腹も空いてくる頃ですし」
「うん、続きはまたあした……」
「…………っ」
(……あれ、何だかまた胸騒ぎが……?)
 ただの思い過ごしならいいんだけど、こういう時の勇者一族の直感って……。

                    *

「ふ〜〜っ……」
 やがて、何となく言葉少なめになってしまった帰りの馬車に揺られてお城へ着くや、本日のお勤めは終了で解散となり、昨日と同じくリセと一緒に夕食をいただいた後で客間のテーブルにしがみ付いてしばらく夏休みの宿題を消化していたわたしは、やがて一息入れたくなって手足を伸ばす。
「……はー、けっこー進めたわね……」
 夕食の席ではユーリッドさんにアルバーティンでの寮生活の話を聞かれるなどして会話も戻っていたものの、それが終わった後は円卓の会議室で一部の首脳だけを集めての緊急会合が開かれることになり、参加対象に入らず客室に戻されたわたしはモヤモヤする気持ちを紛らわせようと大量にある座学の課題に取りかかっていたけど、何だか予想以上に捗ってしまった。
(でも、今日のところはもういいかな……?)
 ともあれ、蓄積されてきた疲労感もあってやる気が途切れたわたしは立ち上がると、昨晩のユーリッドさんの後ろ姿を思い出しながら、相棒の杖を取ってテラスの方へと歩いてゆく。

「……ん〜、やっぱり、あの流れ星が知らせだったのかな……?」
 それから、昨晩よりもやや強い夜風が吹き付けるテラスへ出たわたしは、ぼんやりと月明かりに照らされた星空を見上げながら呟く。
 結果から辿るなら、確かにあれは分かりやすかったかもだけど、ユーリッドさんはその前に予兆していたのだから、軍師のたしなみ恐るべしってトコロだろうか、ってのはともかく……。
「……はー……」
 わたしに余計な心配をかけまいとしているのか、正式に仕官してるわけじゃないから関係者扱いされないのかは知らないけど、こういう時に外されてしまうのは心の安静に悪い。
 ……とはいえ、リセやユーリッドさんは将来的なお付き合いまで見通してくれているのに対して、わたしの方はまだ態度をはっきりさせていないから、それも当然なんだろうけど。
(まさか、どのお姫さまに仕えるのか悩まされる立場になりそうとは……)
 ただ、それ以前に自分が抱えている当面の問題として、隣国に身を寄せている件(くだん)の姫さまと、ついでと言えばなんだけど奪われているらしい家宝が本当にちゃんと戻るのかを今一度確認しておきたいところだった。
「んー……どうしたもんかなぁ……」
 家訓曰く、ドラゴンの巣に入らずんば財宝を得ず。
 さすがにこの件でリセやこの国に迷惑をかけるワケにはいかないし、イザとなったらお休みを貰って隣国へ潜り込むのも考えなきゃならないかもだけど、とにかく情報が乏しい今の時点じゃいくらなんでも無謀すぎる。
 ……ただ、何か混乱でも起これば隙が生まれるかもしれないし、このたびの魔王の(老衰)死で何か情勢が動いたりしないのかは気になるところである。
(とにかく、今はリセたちの会議が終わるのを待つしかないのかな……)
「…………」
「ん……?」
 と、結局は無難な方向に考えが落ち着き、あとはごろ寝でもして待っていようと思い始めたところで……。
「……はぁい、こんばんは♪」
 いつの間にやら、見上げるわたしの視界の先に姿を見せていたのは、一人の魔女だった。
 中空で水平に浮く箒へ腰掛け、夜闇に溶け込んだ漆黒のローブにとんがり帽子、手には特大サイズの精霊石が付いた杖といういかにもな出で立ちで、こちらへ向けて手を振ってきている。
「え、えっと、どちらさま……?」
「誰なのかと言われれば、あたしはミスティ・トワイライト。……けど、別に名前なんてどうでもいいわよねぇ?」
「い、いやまぁ、その……」
(な、なんなの……?)
 随分とざっくばらんな魔女さんだけど、とにかく得体が知れなさすぎて対応に困ってしまう。
「…………」
 ただ……。
「ふふ、それで貴女がこの城の新入り宮廷魔術師のアステルちゃん、で合ってるかしら?」
「そうですけど……そういうあなたは一体……」
「あら、それは良かったわ。まずはちゃんと確かめておかないとね?……でないと……」
 それから、ミスティと名乗った招かれざる訪問者は、続けて友好的な口ぶりで確認のセリフを続けてきた後に……。
「人違いで消されちゃ可哀想だものね……ッッ!!」
 唐突に強烈な殺気を放ちつつ、杖の先から即座に発生させた巨大な灼熱の火球でわたしを押し潰そうと振り下ろしてきた。
「…………ッッ」
(やっぱり……っ!)
 しかし、穏やかな物言いの裏で相手の精霊石から禍々しい魔力の昂ぶりを感じ取っていたわたしは、慌てず自分の杖の端っこを両手に身構える。
 あの火球は高密度で重たい単一エレメントの塊だから、ヘタに受け止めようとするより……。
(土と風の精霊よ……わたしに力を貸して……っ!)
「えやぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」
 わたしは手持ちの杖に二種類の属性のチカラを込めつつ、自分の身長よりも大きな火の玉をギリギリまで引き付けて掬い上げるようにフルスィングすると、見上げた先の敵へ向けて打ち返してやった。
「っと……!あらぁ、なかなかやるじゃない?」
 すると、魔女は弾き返された魔法を手元に届く前にあっさりと散らし、楽しそうに笑みを浮かべてくる。
「はぁ、はぁ……っ」
 まぁ、ほぼ間違いなく敵だろうとは思っていたけど、問題は相手の所属とその理由。
「……ほら、いつまでもそんなトコロから見上げてないで、こちらへいらっしゃいな?それとも、まさか飛べないなんて言わないわよね?」
「飛べるわよっ!……アーヴァインの名において我が背に宿れ、勇気の翼(ブレイヴ・ウィング)っ!」
 ともあれ、わたしは挑発に乗ってやる形で勇者一族に伝わる精霊のチカラを借りた非物質の翼を背中へ発生させて跳躍すると、カウンターを警戒しつつ相手を迂回するように羽ばたき上がって行った。
 元々これは、純粋にお空を散歩してみたくてこっそり覚えた秘術なんだけど……。
「あら、魔法使いが箒じゃなくて背中に翼を生やしちゃうんだ?」
「そちらが時代遅れなだけです。……それで、わたしに一体何の用なんですか?」
「ふふ、言うじゃない……いやね、古巣のお姫様が新しい宮廷魔術師を連れて来たと聞いたんだけど、新しい雇い主もすっかりとそのコに興味津々になっちゃって、また欲しい欲しい病を拗らせかけて困ってるのよ、コレが」
 それから、小技で牽制し合いつつ用件を尋ねるわたしに、ミスティと名乗った魔女は綺麗な顔に残忍そうな目つきを乗せて世間話のノリで答えてくる。
「え……?」
「……まったくもう、せっかく頑張ってルナローザのお姫様からお給料三倍の好条件でヘッドハンティングを受けられるまで名を売ったのに、このままじゃ台無しよ」
「…………っ」
 この人、もしかしてユーリッドさんが言ってた……。
「……だから、立場を脅かしそうな簒奪者さんは早めに始末しておかないと、ね?」
 そして前任の宮廷魔術師長はそう告げるや、わたしの周囲に無数の短剣を発生させてハリネズミにでもしようと時間差で襲い掛からせてきた。
「く……っ、自分勝手すぎぃ……っ!」
「魔界ってのは、そういう世界でしょ?何か幻想でも抱いてた?」
「ああ、そうですか……ッ!」
 だったら、こっちもエンリョしないから……!
 わたしは直進の加速を増して次々と現れる短剣の雨を振り切りつつ、回避と同時に反撃の形のイメージを固めていき……。
(……返礼に勇気の翼のチカラ、見せたげるわよ……!)
 まさか、このわたしがご先祖みたく魔族狩りをする羽目になるとは思わなかったけど……。
「お返し……っ!イリュージョンフェザーっ!!」
 充分にマナを仕込んだ後で、勇気の翼の羽ばたきから付け根が鋭利な刃になっている大量の白銀の羽根を、追撃してくる魔女へ向けて撒き散らせてやる。
「きゃあ……っ?!」
(……お……?)
 すると、飛ぶ速度は緩められないので背後の様子を確認する余裕はないものの、程なくして相手の短い悲鳴と共に、付きまとっていた短剣が消え去っているのに気付くわたし。
(もしかして、モロに入っちゃった……?なら……ッッ)
 そこで、そんな願望交じりの手ごたえを感じたわたしは、宙返りで相手の背後を取ろうとしたものの、円を描いて向きを変えたところで、追いかけて来てるはずの相手の姿は見えず。
「……っ、いない?!……ってコトは……」
「なんて、残念でした♪」
「……う……?!」
 しかし、墜落したかと一瞬緩みかけたところで、背後から凍りつくような殺気が背筋を走り、状況を把握した頃には全身が炎に包まれながら吹き飛ばされていた。
(〜〜〜〜ッッ?!)
 それから、声にならない激痛が濁流の如く全身を侵食し、死の予感と一緒に意識が飛ばされそうになるものの……。
「…………?」
(あれ……?)
 程なくして、氷水の中へ飛び込んだ様な感触で痛みが中和され、辛うじて保った意識で態勢を立て直すわたし。
 ……なんだかよく分からないけど、助かったらしい?
「あらあら……貴女、なかなかズルい能力(チカラ)を持ってるみたいだけど……」
(……いや……)
「でも、あんな程度であたしを撃墜出来るとでも思った?」
「……く……っっ」
 まだ、全然助かっちゃいない。
「ほら、もうちょっとだけ遊んであげるから、かかってきなさいな?」
「言われなくとも……ッッ」
 わたしは余裕綽々の相手とは対照的に芽生え始めてきた恐怖心を払拭すべく、敵との一定の距離を保ちつつ、風をベースとした複合属性の魔法を休み無く繰り出してゆく。
「……ふふ、なかなか健気で可愛いじゃない?けど、怯えてきてるのは丸分かりよ?」
「だっ、誰が……ッ」
(落ち着け、わたし……!)
 夜中の空中戦じゃ、使える属性は限られている。
 この辺りに漂う精霊の分布は、やっぱり風と闇が圧倒的で、月の明かりでもたらされる光や大気に混じる火、水も無くはないものの、大地のチカラはほぼ及ばない。
 そのうち、魔界の住人は闇を操るチカラに関しては人間とは比較にならない適正を持つと聞いているから、事実上わたしが頼れるのは風しかなかった。
「…………」
 ただ、逆に地のチカラが及ばないというコトは、互いの風魔法をしのぐ有効手段が無いのを意味するわけだから、防がれるよりも避けられない攻撃の方に重点を置けばいい。
(風の精霊よ……今のわたしにはあなたしかいないから、我が祈りに応えて……!)
 そこでわたしは、牽制しつつ上空の強い風に満ち溢れるチカラを集めていき……。
「あらあら、頑張って大技を企んじゃって……バレバレだけど?」
「……だったら、どうだっていうのよ……ッッ?!」
 準備が完了するや、まずは急停止をかけて強引に向きを変えると、逆に相手へ向けて一気に距離を詰めてゆくわたし。
「おっと……?」
 一応、同じ魔術師として伝統的飛具を否定したくはないけど、やっぱり箒より背中の翼の方が機動力は上だから……。
「……さて、どうするのかしら?」
「こうするのよッッ、吹き荒れろ、ヴォルテクス・トルネード……!」
 そしてわたしは相打ちも覚悟で相手の懐へ飛び込むや、杖を持った腕を振り上げ自分を軸とした巨大竜巻を発生させた。
「……ッッ?!ちょっ……ああああああっ?!」
「……はぁ、はぁ……」
「く……っ、今度こそ……やった……?!」
 その直後、敵が飲み込まれてきりもみしながら上昇していくのを見届け、わたしは今度こその勝ちを確信しかけたものの……。
「……さて、そろそろ気は済んだかしら?」
「え……?!」
 しかし、竜巻が落ち着いた後に頭上から冷酷な声が届いて慌てて見上げると、箒に腰掛けた魔女の杖の先から、先ほどの火球がこちらへ向けて再び落とされようとしていた。
「……く……っ!」
 タイミング的に今度は弾き返す余裕の無かったわたしは、慌てて風と残っていた水のエレメントの力を借りて受け止めようとしたものの、高密度かつ重たい塊の圧力で押さえつけられて身動きが取れなくなってしまう。
(まずい……!)
 このままだと、力負けして障壁が壊れるか、押されて潰されてしまうか……。
「……ま、それなりの秘めたモノがあるのは認めてあげるけど、動きは完全に戦処女のお嬢さんね?というか今まで実戦経験なんて無かったでしょ、アステルちゃん?」
「ば、馬鹿にしないでよ!これでも試合じゃ負けなしだったんだから……!」
 それから、勝ち誇った様子で馬鹿にしてくるミスティへ、気迫を込めるついでに叫び返してやるわたし。
 ……あと、馴れ馴れしいのがムカつくんですけど……っ。
「試合……ね、それじゃ戦った相手を焼き殺したコトは?」
「え、殺……?」
「自分や相手の放つ魔法がどれだけの痛みを伴うのかすら知らない半端者が、よくも得意顔で刃向かってこれたものね?これでも、あたしはこの国の為に百は下らない敵を斃してあげたけど」
「…………」
「……まぁいいわ、それならそれで綺麗なままお姉さんが散らせてあ・げ・る」
 そしてミスティはそう告げた後に、手に持った杖の先から禍々しい闇のチカラを増幅させると、わたしの全身よりも大きな漆黒の槍を召喚してきた。
「…………ッ?!」
 やば……アレでこの火球ごとわたしを……?!
「闇と炎は相性がいいの。精霊の護りを持つ者だろうが、こいつは保護が追いつかないわよ?」
「精霊の、護り……?」
 言ってるイミは分からないけど、ただこうやって身動きが取れなくなるから、重たい火球は受け止めたくなかったのに……。
「貴女に恨みは無いけど、ゴメンなさいね?強いて言えば、未熟者が迂闊に魔界へ足を踏み入れたのを後悔すべきかしら?」
「よ、余計なお世話……ッッ」
 けど、口では強がっても、ここから逆転する手が思いつかない。
(そんな……こんなトコロで……?!)
「さぁ、信じるモノに祈りなさ……なにッッ?!」

 パキィッッ

 しかし、それからいよいよ死の宣告と共に漆黒の槍がわたしの頭上へ投げ落とされようとした直前に、魔女の杖の先で闇の魔力を弾けさせていた精霊石が大きな音を立てて砕け散ってしまった。
(チャンス……っ?!)
「はぁぁぁぁ……っ、風の精霊よ押し返してッッ!そして……」
 それと同時に相手の槍が消え失せ、更に押し潰しに来ていた火球の圧力も緩んだのに素早く反応したわたしは、風の障壁に残った力を加えて吹き消す様に散らせた後で……。
「こんな?!……どうして……」
(風の精霊よ、もういっちょ……)
「雷の槍よ、勝利の鉄槌を!ダモクレス・ランス……!」
「きゃああああああああッッ?!」
 続けて高密度に集められたエレメントのチカラを利用して反撃の雷撃魔法を落とすと、魔術師にとっての制御タクトである杖を失って混乱を見せていたミスティの頭上に直撃して甲高い悲鳴が響き、今度という今度こそボロ雑巾の様に墜落していった。
「……はぁ、はぁ……はー……何とか勝て……いや……」
 あまりにも絶妙なタイミングでの幸運に助けられて、勝ったと言えるんだろうか?
 ……とはいえ、連続で順番に使うならともかく、魔法の複数同時発動は恐ろしく高度かつ危険な行為で、ああやって制御に失敗したチカラが暴走してコアを壊してしまうのも魔術師あるあるの一つだから、相手の敗因に説得力はあるんだけど……。
「……ま、いいか。生き残れただけでも良しとすべきよね……ふぅ……」
 これで、戦処女じゃなくなってしまったかもしれないけど。
「……ご苦労様でした。お見事でしたよー?」
「うん……アステルがんばった……」
「え……?」
 ともあれ、初めての実戦で生き残った安堵と共に気持ちを割り切らせたところで、背後の方から二人分の知っている声が届いてくる。
「ユーリッドさんにリセ……来てたの?!」
 振り返れば、うちの宮廷魔術師長代理兼軍師様とお姫様が、それぞれ漆黒の翼を背に纏ってわたしと同じ高度まで近づいて来ていた。
「……というか、ユーリッドさんは聞いてたけどリセにも翼あったんだ?」
「うん……たぶん、アステルのと似たようなかんじ……」
「なるほどね……」
 だったら、いずれ平和な夜空のお散歩でもしてみたい気分だけど、それはともかくとして。
「まったく、驚きましたよー。会議の途中でいきなり城の上空で派手にドンパチやってる魔術師たちがいるとの報告を受けまして」
「もしやと思ってみたら、ミスティとアステルが戦ってた……」
「わたしも驚いたわよ……テラスで星空を眺めていたら、いきなり攻撃されたんだから」
「そうですか……やはり、仕掛けてくる気なんですかねー、あちらさんは……」
 それから、わたしからの手短な経緯を聞いたユーリッドさんはそう呟くと、大きな溜息を吐く。
「……めいわく……」
「あちらさんって、隣国(ルナローザ)のこと?」
「……ま、その件に関してはまた後日でもってコトで、まずは戻りませんか?」
「うん……」
(……どうやら、胸騒ぎは的中みたいかな……?)
 隣国との対立が深まる事になれば、わたしにとっては心配の種が増えるばかりだけど……。
『未熟者が迂闊に魔界へ足を踏み入れたのを後悔すべきかしら?』
 ……この言葉、もしかしたら一番向けるべきなのは、あの親愛なるお姫様かもしれなかった。

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