難少女は魔女の掌でオドる その9

第九章 モラトリアム少女

「……うん、うん……ん、分かった……せやね、また連絡するわ……」
「…………」
「千歳……何かあったの?……わたしにも関係あること?」
「……えっと、手短に言うとな、向こうの一ノ葉さんが帰還を拒んで夜逃げしてしもうたみたいなんよ」
 やがて、緊急の通話を終えた後もスマホを片手に呆然と立ち尽くしていた千歳へ、遅れて身を起こしたわたしがベッドの上から遠慮がちに尋ねると、多少なりとも落ち着きを取り戻した冷静な口ぶりからとんでもない報告が返ってくる。
「げ……?!そ、それで……?」
「それでな、向こうのうちが貸し出していたスマホに入っとる特別製の位置追跡アプリを使ってすぐに追いかけて行ったんやけど、一ノ葉さんが逃げ込んだ場所に不自然なゆらぎが発生して別の世界へと飛ばされてしもうたって……」
「はぁ……?!」
「なんていうか、これは完全に想定の外やったわ……うちもすぐに頭が追いつかへんくらい」
「えっと、別の世界っていうのは、他の並行世界ってこと?」
「……まぁ、そーいうコトにはなるんやけど、困ったことに追いかけて行こうにも飛ばされた先の世界のうちと連絡が取れへんらしいんよ……」
 それから、位置追跡アプリへのツッコミはあえて省略して要点を尋ねるわたしに、千歳は肩を竦めつつ本当に困った様子で首を横に振ってくる。
「え?」
「……それで、もしかしたら自分らの居ない世界かもってコトで、向こうのうちが侵入を試みたんやけど弾かれてしもうて、どうも邪魔者は一切入りこめへん世界かもって話でなぁ」
「どういう、こと?」
 元の世界に戻ろうと説得されて逃げ出した挙句に、千歳が追いかけてくるのを拒んだ世界へ飛ばされるなんて、それはまるで……。
「ん〜、確証はまだ無いんやけど、一ノ葉さんってとんでもない能力持ちやったんかもなぁ……」
 すると、今度は腕組みしてそんなコトをぼやきつつ、自分の机の上に置かれている、現在逃走中の“一ノ葉さん”とツーショットで撮った写真入りのフォトスタンドを見やる千歳。
「わ、わたしが?」
「ううん、風音ちゃんやなくて、おそらく孤立感に苛まれて自分の殻に閉じこもっとるうちに自我が肥大化しとった一ノ葉さんが、というべきか……」
「……いやその前に、そんな推測をさらっと言ってのける千歳がそもそも何者なのよ?まずはそこから説明して欲しいんだけど」
 とりあえず、自分に無関係なんかじゃない事件が起きているのは分かるものの、それでも未だ得体の知れない人が得体の知れないコトを言っている状態のままなのは、どうにも不安で落ち着かない。
「うち?うちは前にも名乗った通りでただの“魔女”やし……と言いたいけど、まぁ確かにそろそろ話しておくべきかもなぁ」
 そこで、元々このお泊りの間に確認しておくつもりだった真実を迫ったわたしに、自称魔女さんは窓から煌々と照らしてくる月を見上げつつ、観念したように切り出してきた。
「……と言うても、言葉で分かり易く説明するのはなかなか難しいんやけど、本当はこの世界の“監視人”の一人ってコトになるんやと思う」
「監視、人?」
「あんなぁ、うちって他の世界の自分と意思の疎通が出来たり記憶も共有可能と言うたけど、この能力に目覚めた人間は自ら並行世界の存在に気付き、そして個人差はあれども、ゆらぎを操るチカラをも同時に持ち合わせとるんよ」
「へー……生まれつきに?」
「まぁ、遺伝で引き継がれることの無い突発的な特異能力みたいやけど、その資質を持った者は、並行世界(パラレルワールド)間で稀に発生するゆらぎの事故で他の世界から飛ばされてきた不幸な遭難者の手助けをしたり、帰還用のゆらぎを用意して元の世界へ送り返す役目を負う事になっとってな」
「能力を持った者って……もしかして千歳以外にもいるの?」
「まぁ、何千万人に一人くらいの割合らしいんやけど、何だかんだで千人近くはおると聞いとるかなぁ。どっちみち、うち一人じゃこの世界全体なんて抱えきれへんし」
「まぁ言われてみれば、確かに……でも、それって誰に言われて?」
 ここまでの話を聞いていると、その監視人を束ねている謎組織なんかもかありそうだけど。
「……そこら辺の深掘りは勘弁しといて。ゆらぎの事故に巻き込まれてしもうた人にはある程度説明してもええ事にはなっとるけど、基本はナイショナイショの界隈やからね……」
「だから、わたしにも最初は“魔女”と名乗ったの?」
「……まぁそうやけど、実際にうちは魔女と呼ばれるだけのコトもしとるしなぁ……」
「うん、それはフォロー不可だけど……というか、大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫やないけど、まぁ大ごとになる前に元に戻しておけば何とかなると思う。監視人をクビにする言うても、次の人がいつ出てくるかは分からんしね」
「うわ、悪質だ……。でも、実際に大ごとになりかけてるんでしょ?」
「ふふ、それ言われるとぐぅの音も出ないんやけどね……。それでな、一ノ葉さんの話に戻すけど、監視人の推測としては、おそらく無意識で新しい自分だけの並行世界を創り上げてしもうたんかなって」
 ともあれ、こちらからのツッコミに苦笑いしつつ、一通り自分の説明が終わったところで千歳はこちらへ振り向くと、いよいよ本題に入ってきた。
「世界の創造主て……なんかすごい事になっちゃってるなぁ、もう一人のわたし……」
 なんか詰草ちゃんが知ったら羨ましがるどころか、崇め奉ってきそうな話だけど。
「……せやから、本来は世界の何処かに存在しているはずのうちも、邪魔者として無かった事にされとるのかもなぁ」
 そして、「どうやら向こうのうちは完全に嫌われたみたいやね……」と寂しそうに笑う千歳。
「いいから前を向いてなさいって。……んで、これからどうなるの?」
「一応、並行世界ってのは常に新しく生まれ続けるもので、それ自体は別に大した問題でもあらへんし、過去にもそういう能力持ちの記録が無かったわけでもないんやけど……」
「わたしが聞きたいのは、世界がって範囲でなくて個人レベルの話。とにかくもう一人のわたしはそこへ逃げ込んじゃったんでしょ?」
「……まぁ、とりあえず風音ちゃんは一ノ葉さんが居なくなった元の世界へ予定通りに帰ってもらえば元通りなんやけど……」
「向こうのわたしは?」
「もし、うちの想像通りとしたら、一ノ葉さんが今おるのは彼女が生み出して自分の為に存在する世界やから、ずっと居続けることが出来るんよ。つまり……」
「そのまま、抜け出せないってことも……?」
「ん……あのコ自身がうちらみたいに自分の能力を自覚して操れるんならともかく、自分の世界を無意識に創ったまではええけど、そこから出る手段を知らないというハナシになれば……」
「な、何とかならないの……?!」
 そこで、わたしはベッドから飛び降りて食ってかかろうとしたものの……。
「……まぁ有事以外は禁じ手なんやけどね、せめて一ノ葉さんが居る座標が分かれば、移動先の世界から干渉してその場へゆらぎを発生させ、無理やり引っ張り上げる事も出来ると思うんやけど、生憎今は位置情報を伝えるアプリは起動しとらんそうなんよ」
 しかし千歳から返されたのは、あまり旗色の良くない返事だった。
「気付かれちゃったんだ?……そりゃ、切られちゃうわよね」
「どっちみち、バッテリーが切れてしまえば御仕舞なんやけど……うーん……」
「なにか他に、手は……」
「…………」
 しかし、それでも食い下がるわたしに、千歳はちらっとこちらを一瞥した後で、再び視線を逸らせて黙り込んでしまった。
「あるのね……しかも、わたしに何か出来るコトが」
「……仮に、あそこが一ノ葉さんのパーソナルな世界で、もしうちを含めて全ての他者の侵入を拒絶していたとしても、おそらく拒めない例外が一人だけおるんよ」
 もちろん、わたしはそれを見逃さなかったものの、千歳は苦悩した様子で続けてくる。
「例外……あ、もしかしてもう一人の“わたし”?」
「……そう。風音ちゃんが位置情報を伝えるマーカーを持ってあの世界へ入り、何処かにいる“一ノ葉さん”を確保できれば、あとはうちらで然るべき世界へ一緒に引っ張り出せると思う」
「あれ?けどゆらぎに触れて飛んだ先に同じ存在がいたら強制的に入れ替わってしまうんじゃなかったっけ?」
「……ごめんな、ある意味では完全なウソって訳でも無いんやけど、あれ風音ちゃんをとりあえず納得させる為の方便だったんよ。実際にはキミがうちの仕掛けたゆらぎに触れるのを合図に、こっちの一ノ葉さんを学校前からそちらへ飛ばすのと、今言った引っ張り出す能力を使って風音ちゃんを同時に呼び寄せるコトで入れ替わった様に見せかけたというか……」
「アンタらね……まぁもう、この際それは棚に上げとくけど、それでどうにかなるのね?」
「理屈の上ではそうなんやけど、ただ風音ちゃんにとってはあまりに危険な場所へ放り込むコトになってしまうんよ。そもそも、あの世界がどんな状態なのかも分からへんから、目論見どおりに活動できるのかすら保障できひんし」
「危険って、具体的にはどういう……」
「つまりな、キミがあの世界へ行くコト自体は可能なんやけど、それでも原則として一つの世界に存在してええ一ノ葉風音は一人だけ。……せやから、風音ちゃんが入り込んだ後で拒絶反応が起きてくるはず」
「拒絶反応って……なんか嫌な予感しかしない言葉なんだけど……」
「大雑把に言えば、世界がお腹を壊して異物を吐き出そうとするイメージやんな。風音ちゃんを追い出す為のゆらぎが普段より大量に発生してくると思う」
「うー、排泄物扱いかぁ……」
 今、ちょっとイヤな想像してしまったりして……。
「そんな呑気な話やなくてやね、なりふり構わず追い出そうとするから他の世界へたらい回しにされるかもしらんし、もし途中で転送事故でも起こればそれこそ……いや、縁起でもないからこれ以上はやめとくけど」
 と、そこで思わず苦笑いするわたしへ、千歳は深刻そのものな顔で諭してくる。
「……時空の狭間に飛ばされるかもって、アンタと最初に出逢った時に言われたのはしっかり覚えてるわよ……それで、拒絶反応が出るのはいつ?」
「もちろん、すぐって訳やないとしても……まぁ遅くとも数時間後にはって感じかな?」
「案外短いわね……そんな時間だと見つけるだけでも厳しいんじゃ……」
 相手の大まかな位置すら分からずに、しかも徒歩でとなったら、仮に同じ町内で見つけろって言われたって無理ゲーっぽい時間制限なものの……。
「ただ、一ノ葉さんが急ごしらえで創ってしもうた世界の規模はまだ凄く小さいんよ。だから、入り込めば見つかる可能性自体はそれなりに高いと思うんやけど……」
 しかし、それから千歳が続けてきたフォローは、気後れしてきていたわたしの心をひっくり返すのに充分な刺激を与えるものだった。
「……けど、うちの口からはとてもじゃないけど行ってくれとは言われへんよ。むしろ、風音ちゃんが行くと言い出しても止める思うわ」
「千歳……」
 まぁ、確かに冷静に考えれば、わたしがそこまでする理由なんてもう無い。
 自分が本来いるべき世界の一ノ葉風音は空席になって、後は戻してもらうだけなのだから。
「なんか、ええ方法が他にあればいいんやけどねぇ……」
 けど……。
「…………」
「……ま、行くだけいってみるとしますか……」
 それでも、結局わたしは渦中へ飛び込む道を選んでしまった。
「風音ちゃん……?!」
「やっぱさ、その世界にいるわたしも分身みたいなものだから、他人事じゃないんだよね……」
 ましてや、あの時に踏み出せなかったけれど、本当は踏み出したくてその後も苦しみ続けているわたしとなれば、猶更である。
「多分、風音ちゃんならそう言うとも思っとったけど、しかしな……」
「聞いてる風じゃ、行くなら早い方がいいんでしょ?」
「……確かに、今は狭い一ノ葉さんの世界も、時間が経てば経つほど肥大化すると思うから……」
「じゃ、すぐにでも行きましょうか。……ほら、さっさと準備してよ?」
「……分かった……精々気ぃ付けるんよ?」
 それから、もう意思は変わらないとばかりに急かしたわたしに対して、心配性の魔女さんは苦渋の表情を浮かべつつも頷いた。
「まぁ別にモンスターがいるとかじゃないだろうから、取って食われる事もないでしょ、たぶん」
 今から行く世界も、あくまで“少しだけ違う”並行世界の類だろうしね。
「だったら、風音ちゃんもちゃんと支度しといてな。……特に……」
 ともあれ、それから千歳は部屋の明りを点してそう告げると、じっとこちらを見つめてくる。
「ん……?」
「自分で脱がしといてなんやけど、そろそろ服を着ぃひん?」
「…………っ」
 そして、このタイミングで今まで半裸姿だったのを指摘され、ようやくわたしは慌ててシーツを手元へ引っ張り込んだ。

                   *

「……に、してもよりによってこの場所へ逃げ込むとはねぇ……」
 やがて手早く身支度を整え、懐中電灯を片手にもう一人の自分が逃走した地点まで千歳と二人で赴いた後に、ゆらぎを呼び出す工程は秘密だからよそを向いていろと言われ、わたしは素直に従いつつも、月明かりに照らされた馴染み深い校舎を前に呟いていた。
「けど、飛んだ先でも校内のどこかに潜んどるハズやから、見つけやすいとは思うけどな?」
「まぁ、そうかもしれないけどさぁ……」
 無意識だったのか敢えて縋ったのか、よりによって他の世界へ逃避したいと思うきっかけになった原因の場所へと逃げ込むなんて、滑稽というか皮肉というか。
「…………」
 そう、ここは夏休みに入るまでは毎日通っていて、終業式の日は二度と来る機会は無いかもしれないと少しだけ名残惜しくも感じていた高校の校庭である。
 ただ、実際にもう一人の自分が逃げ込んだのは、わたしの本来いる世界の方の高校ではあるんだけど、いずれにせようちの学校って守衛はいないし、夜中でも簡単に入り込めるのは共通しているみたいだった。
「……ふう、準備完了。これでいつでも飛べる状態になっとるよ、風音ちゃん?」
「ん?……と、言われても、わたしには何も見えないんだけど……」
 ともあれ、程なくして千歳が額の汗を拭いつつひと仕事の完了を報告してきたものの、振り返ったわたしの目にはただ何もない土のグラウンドが広がっているだけに映っていた。
「まぁ、今は暗いから余計に見えづらいやろうけど、ここからよっく見てみて?」
「ん〜〜っ………あ……!」
 しかし、それから千歳がわたしの両肩を押さえつつそう言ってきたので、改めて前方へ目を凝らしてみると、確かによくよく見たら少し離れた先で僅かに歪んでノイズがかかった様に乱れている空間があるのに気付く。
「見えた?」
「まー何となくだけど……あれが、“ゆらぎ”……?」
 それは正直、最初に教えられていないと目の錯覚で片づけてしまいそうな小さな変化。
「せやよ。うちは気配でも引っかかるけど、やっぱり風音ちゃんには見えづらいみたいやね?」
「……まぁ、不可視とかじゃないだけマシかもだけど、これじゃ気付かずに触れてしまっても当たり前って感じかなぁ」
「んじゃ、とりあえずこれを貸しといてあげるから、使うてみ?」
 すると、眉を顰めたり目を細めたりして視認性を何とか高めようとしていたわたしへ、千歳はどこからか取り出した度が入っていない伊達メガネをかけさせてくると、ゆらぎが発生している場所に半透明の灰色が付いて見えるようになった。
「お……これなら見やすい、かな?」
「んふふ、それに風音ちゃんってメガネも似合うんやなぁ。可憐やわぁ〜」
「褒めてる場合か……まぁ、ありがと……」
 伊達メガネが似合うなんて自分でも初耳だったけれど、こんな形で世界が広がりそうとは。
「けど、認識の問題は解決しても長時間の滞在は極めて危険なんよねぇ……。やっぱ風音ちゃんの安全優先で、二時間ほど経ったらうちが強制的に引っ張り戻す取り決めにしといた方がええかな……?」
 しかし、これで大きな問題は解決したにも関わらず、それから千歳は背後からぶつぶつと独り言のようにタイムリミットを告げてくる。
「え、いくらなんでも短すぎない?そりゃ、この校舎にいるんだったら何とかなるかもしれないけど、もしも……」
「……気休めかもしらんけど、その仮定は当たっとると思う。ゆらぎの準備をしとる間に向こうのうちから検証結果が出たんやけど、どうやら今あちらの世界に通じるゆらぎを起こせる場所は、この校舎の中だけみたいなんよ」
「それって、つまり……?」
「一ノ葉さんの世界は、現段階ではこのガッコだけというコトになるな。おそらく、まだ大規模な並行世界を一気に構築(ビルド)するチカラまでは無いはず」
「けど、それでも結構広いわけだし、もしわたしが間に合わなかったらあのコは……」
「…………」
「どうして黙るのよ?!大体、千歳にとってもあっちのわたしは……」
「……何も言わんといて……もちろん、一ノ葉さんも心配しとるんやけど」
 そこで、本命の相手に危険が迫っている割には薄情すぎやしないかと声を荒らげかけたものの、千歳は肩に乗せたままの手を震わせつつ、苦渋に満ちた口ぶりでそう告げてきた。
「……わかった。まぁ、精一杯頑張ってみるわ」
 いずれにせよ、自信はイマイチながら、わたしがどうにか出来れば済む話である。
「さて、段取りなんやけど、風音ちゃんにはこれからマーカーを付けてもろうて目の前のゆらぎから一ノ葉さんの創った世界へ飛び込み、まずは本人を見つけ出してな?」
「うい。……最優先でね」
「その後、元の世界へ戻るよう説得して応じてくれたら一番ええんやけど、そうでなかった場合も何とか捕まえてもろうて、このマーカーを着けて欲しいんよ」
 ともあれ、それから千歳は一旦わたしの隣へ移動して簡単にやる事を説明すると、ポケットから何やら緑色に発光するバンドみたいな物を差し出してきた。
「これがマーカー?わたしには?」
「風音ちゃんには全く別のものを用意しとるんで、心配いらへんよ。とにかく、これを一ノ葉さんに着けさせてもらえれば、うちの方から強制的に引っ張り上げられるようになるから」
「なるほど、分かったわ……」
「あともう一つは、追跡アプリがオフになっとる一ノ葉さんに貸したスマホを見つけて貰うコトなんやけど……。あのコの性格的に、借り物のスマホをみだりに壊したり捨てたりはせぇへんと思うんで、きっと電源だけ切ってまだ持っとるんやないかなぁ」
「確かに、わたしも借り物にそんなコトはしないし……」
「もし、スマホを見つけてくれて追跡アプリの起動が確認出来れば、すぐにこっちから連絡するんで待っててな?まぁ、もし見つからんか使用不能になっとっても、一ノ葉さんさえ確保しといてくれれば二時間後に一緒に引っ張り上げられるんで、そっちを優先でよろしゅうね?」
「まぁ、やれる限りの善処はしてみるけど……それで、もし全て上手く行ったら、わたしはそのまま元の世界へ戻るの?」
「もちろん、そうなるなぁ。もともと二人を元の世界へ戻す為の作戦なんやから」
「ふーん、なら惜しい事したわよね?もう少し連絡入るの遅かったら、わたしの全部が見れてたでしょーに」
 しかも、わたしの方も覚悟完了していた絶好の機会だったわけで。
「いや、あのまま邪魔が入らんでも、最後まで続けられたかの自信はあらへんから……」
 すると、嫌味っぽく軽口を入れたわたしに対して、自虐っぽく本音を告白してくる千歳。
「そっか……んじゃ、仕方がないと思って諦めなさいな」
 まったく、相変わらず肝心なところでヘタレなんだから。
 ……まぁ、そういうトコロも好きなんだけど。
「ん……さて、残るは風音ちゃんにマーカーを付けてもらうだけなんやけど、装着物だと何らかのアクシデントで落として紛失してしまう可能性があるやんな?」
 ともあれ、それから千歳は少しだけ寂しそうな笑みを見せつつ、いよいよ後回しにしていたマーカーの話に入り……。
「まぁ、滞在時間を考えても探す暇なんてないから命取りになるわね。気をつけないと」
「そこでな〜、風音ちゃんには絶対に落さないマーカーを用意してきたんよ♪」
 まずは懸念されるリスクにわたしが素直に頷いて応じると、続けて指を得意げに揺らせつつ心配無用とばかりに言葉を続けてくる千歳。
「絶対に、落さない……?」
「つまりやね、うちがこれから風音ちゃんの身体に直接マーカー付けるんで、場所を指定してもらえるかな?」
 何やら自信満々に言い切られ、一体どんなマジックアイテムを用意してきたのやらとわたしがきょとんとする前で、魔女さんは赤いリップをポケットから取り出してそう告げると、まずは自分の唇へ塗りはじめていった。
「え、マーカーってそんなのもアリなの……?」
「まぁ、“魔女”であるうちが直接誰かに付ける場合の限定手段なんやけどね、この口紅で付与されるマーカーはな、洗い落とそうとしても半日は消えへんのよ。原始的かもしれへんけど、今回はこれが一番確実なやり方やと思うから……」
「なるほどねぇ……まぁそういうコトならば……」
 ついでに今までで一番「魔女」っぽさもあるし、悪い手じゃないのは認めましょう。
「それで、どこがええかな?んふっ、なんなら口には言えへん場所でも……」
「隙あらばヘンタイに戻ってんじゃないわよ!……んじゃ……」
 ただ、何やら良からぬ下心もアリだったみたいだけど、生憎わたしに選ばせてもらえるのなら一つしかない。
「さぁ、どこなりと……んっ?!」
「…………っ」
 そこで、わたしは油断しきっていた千歳の懐へ飛び込み、自分から唇を重ね合わせてやった。
「……ッッ、か、かざ……?!」
「わたしのファーストキス、いい記念になったでしょ?じゃあね……!」
 果たして鮮やかに不意打ちが決まり、眼を見開いて呆然とした顔を見せる愛しのヘンタイ魔女さんへ、わたしはしてやったりの片目を閉じて大きく手を振りつつ、いよいよ全てに決着をつけるべく駆け出していった。
「風音ちゃん……ッッ!」
「……さて、行くわ……ッッ」
 何やら長い一日になったけれど、これでいよいよ大詰め……っ!
「…………」
「…………」
「……へ……?」
 ……と、躊躇いなく目の前で口を開けて待っていたゆらぎへ意気込んで飛び込んだのはいいものの、あの時と同じくシームレスに変化した別の並行世界の風景は、そのわたしの足を一瞬止めてしまうものだったりして。
「あれ……?」

                   *

「…………」
 それから、まるで狐につままれた様な違和感を覚えつつ、わたしは日付も変わっている真夜中に日差しの照り付ける校舎の中を歩いていた。
 真っ暗かと思えば、まさかの日中で思わず立ち止まってしまった転送先の校庭をとりあえず横切って校舎の入り口で来客用のスリッパを借り、落ち着かない心地で私服のまま廊下を歩いていると、同じく思い思いの服装をした生徒達とすれ違って、まるで夢の中にいるかの様な錯覚を覚えるものの、頬っぺたを抓っても痛みだけで目の覚める気配などない。
(ん〜、うちの学校って、夏休みの登校日は私服OKだったっけ……?)
 お陰で悪目立ちしなくて済んでいるのはいいとして、本当にここはちゃんと並行世界なのかと疑いたくもなるものの、ただ誰も制服を着ていない以外は夢の中と違って風景に曖昧でおかしい部分も見当たらなくて、確かにちゃんとしたリアル世界なのだろうとは思う。
 あとは、校舎の時刻が手持ちの腕時計の指している時間と十時間くらいのズレがあるものの、学校に生徒が溢れているってことは、更に一日先の月曜日の登校日なのかもしれなかった。
「……ん?この絵って……」
 しかも、職員室の横から踊り場を目差して歩く途中で、壁に飾られた横長の見慣れた絵画の前を通りかかった時に、そこに描かれている風景画を見てさることに気付くわたし。
 実は、ここに飾られている絵画は二つの世界間での違いの一つだったんだけど、今見えるのは飛ばされた先の昔の市内の風景ではなくて、元々いるべき世界にあった創設当時の校舎の絵の方である。
(と、いうコトはやっぱりここって……)
 実は、校舎へ向かい始めてから何となく懐かしい雰囲気を感じてはいたけれど、あながち的外れじゃなかったらしい。
 ……まぁ、だとしてもここがもう一人の自分が創った別の場所に違いはないんだけど、まさかこんな形で先に懐かしの母校へ戻ってくることになろうとは。
「…………」
 ともあれ、“一ノ葉さん”がわたしの侵入に気付いているのかは気になるものの、ここまでの状況から何となく彼女が今どこに居るのかアタリも付いたので、駆け出したりはせずに真っすぐ慎重に向かってゆくことにした。
(に、しても……早速役に立ってるわね、このメガネ……)
 ゆらぎ対策のつもりがちょっとした変装グッズになろうとは、偶然の巡り合わせって面白いものである。

                   *

「……ね、この前の実況動画20万超えてたじゃん?すげーわ」
「あれ面白いもんね。ビビリかわいい幼馴染とホラーゲーやってみたシリーズだっけ?」
「そうそう、一ノ葉さんすぐ怖がるから見てて飽きないのよねぇ。叫ぶはベソかくわ、しまいには拗ねるわで。たまに画面揺れすぎて見えづらいけど」
「……う〜っ、だってホントにホラー系苦手だから……」
「んで、時々ガチで怖がってるみたいだけどさ、実況中にお漏らしとかしちゃった経験ない?」
「え、そ、それは……」
「んふ〜。実はねぇ、風音ちゃんったら初回の幽霊が出てくるゲームで遊んでた時に……」
「わっ、わ〜〜っ!」
「え、どこどこ?ちょっと見返してみる……!」
「やめてぇぇぇぇ〜〜っ」
「あはははは!かわいいかわいい、よしよし」

(……まぁ、ホラー系は確かにわたしも苦手なんだけど、さ……)
 やがて、踊り場から階段を一つ上がって1年2組の教室の側まで着いたところで教室の中を覗いて見てみると、中央付近で鏡越しには毎日顔を見ている水色のチュニックワンピの女の子が詰草ちゃんやクラスメート達に囲まれて楽しそうに談笑している姿が目に入り、まずは全開になっている窓から聞こえる会話を盗み聞きしつつ、心の中で溜息を吐くわたし。
(……なるほど、詰草ちゃんの奴、わたしを実況に誘ったホンネはそれだったのか……)
 小さい頃からそういうのがずっと苦手だったのを知っているあのコは、わたしを怖がらせて楽しむというちょっとばかし困った趣味もあったからなぁ。
「…………」
(まぁでも、なるほど、ね……)
 ともあれ、これで完全に理解した。
 確かにここは、もう一人のわたしが創り出したパラレルワールドという確信と……そしてどういう分岐をさせた世界なのかも。
(なにやら、随分と都合のいい能力(チカラ)を持ってるみたいだけど……)
 正直、羨ましさも感じてはいるものの、それでも可哀想だけどこのまま捨てては置けない。

「……ただねぇ、最近はちょっと風音ちゃんの方も慣れてきちゃったな〜って感じあるんで、ホラーはちょっとお休みして、次はほのぼの系にしようかなって」
「う、うん、まぁわたしも出来ればその方が……」
「んで、ほとぼりが冷めてきたところで、またとっておきのをやっちゃうんだけどね〜♪まだまだやりたいゲームは沢山あるし」
「ちょっ、やめてよぉ……!」
「……あー、詰草さんってさ、結構ドSなトコあるよね?」
「そうそう、実況見てても怖がる一ノ葉さんを楽しげにイジってるし」
「ん〜まぁ、それも小さい頃からずっと一緒で気心知れてる風音ちゃんが相手だから、だけど」
「なずな……」
「あーもう、爆発しろ案件?いつの間にか呼び方も変わってるしさぁ」
「んふふっ、この夏は一緒に危ないつり橋渡りまくってますから〜♪ゲームでだけど」

「…………」
(小さい頃からずっと一緒で気心知れてる風音ちゃんだから、か……)
 ……そう、それは彼女の世界の詰草ちゃんだって変わらない。
 だから、あのコも戻ってあげなきゃいけないんだ。
(……よし、いくか……)
 わたしは残っていた同情も憐憫も一旦棄てて心を鬼にする決心を固めると、勇気を振り絞り教室の扉を開けて一歩を踏み出した。
「……失礼しまーす」
「ん……?」
「……あ、あれ、あなた……?」
「え……もしかして……ええええ?」
「…………っ」
 眼前に見える自分との分岐点となった中学3年のあの時、わたしは背負わされていたイジメられ役から抗い抜け出す一歩を踏み出せたのを今まで心の支えにしてきたけれど、振り返ってみればあれから同じくらい勇気のいる一歩を踏みだす必要に何度迫られてきたか。
「…………」
 ……結局、あれは一世一代のって程でも無くて、今思えば、自分が自分でいる為に普段から当たり前に出来なきゃならない普通の行動に過ぎなかったんだろう。
 だからこそ、もう一人のわたしにも……。
「……あ、あなたは……!」
 ともあれ、わたしが入った途端に教室内の空気がざわついたのにも構わず、目当てのもとへと近づくと、当たり前だけど自分と瓜二つの一ノ葉風音は席に座ったまま、驚きと敵意が含まれた視線でこちらをじっと見上げてきた。
「はじめまして。やっと逢えたわね、別世界の“わたし”さん」
「……こんなトコロまでやって来て、一体何の用なんですか?」
 それでも、そしらぬ振りをして席の側まで接近したわたしが、メガネを外してポケットに押し込みつつ素っ気なく挨拶すると、“一ノ葉さん”は更に警戒に満ちた顔を浮かべ、慇懃な口ぶりで冷たく尋ね返してくる。
 ……出来れば、もっと友好的なカタチで初顔合わせしたかったんだけどね。
「決まってるでしょ。一緒に現実に戻る為に迎えに来たの」
「ここだって“現実”ですけど。夢の世界なんかじゃないです」
「まぁ、そうかもしれないけどさぁ……」
 それでも、ここは限りなく身勝手で夢物語な虚構の世界。
「確かに、わたしがずっと身を置いていたかった世界は本来は貴女が居るべき場所。もちろん、いずれ追い出されてしまう運命なのも最初から承知の上でしたけど、それでも柚月さんから改めて通告された時は泣いてしまいました」
「その挙句が“これ”ってコト?悪い方向に拗らせただけになってるじゃないのよ」
 好きになった人の将来を案じて禁忌(タブー)まで犯してしまった一途な魔女も、これじゃあまりに報われないというか。
「知った風なコト言わないで!!一体あなたに何が分か……らないわけはないですね……」
 すると、容赦ない言葉を浴びせてやったわたしに、“一ノ葉さん”は瞬時に沸き上がった怒りのまま席を立ったものの、すぐに冷静に戻って座り直す。
「そうね……。だから、今回のこともアナタには怒ってるつもりはないの」
 けど……。
「……貴女の世界、本当に居心地のいい場所でしたよ。佳乃は少しばかり反抗期でしたけど、接する人たちは好意の目で見てくれる方ばかりで、クラスメートのみんなは居眠りも出来ないくらいに構ってくれましたし、なずなには新しい体験にもいっぱい誘ってもらえて」
「正直、まさかアナタが詰草ちゃんの実況配信に付き合ってるとは思わなかったけど、案外上手くいったみたいね?」
 ぶっちゃけ、この点に関してだけは素直に感心してしまっていたりもする。
「最初は、せっかくいつも一緒に居られている世界なんだから嫌われたくないとか、別世界のわたしとバレないようにとか、そういうつもりで渋々付き合ったんですけど、案外やってみるものだなって。お陰であの動画を見てくれた人とも新しい交流が生まれましたし」
「……それが出来たなら、もう大丈夫でしょ。きっとアナタなら、元の世界に戻った後でも……」
 まぁ、わたしの方はそれを引き継がなきゃならないかと思うと、頭が痛いけれど。
「いいえ……それは、あの世界の空気だから踏み込めていただけ」
 しかし、そんなわたしのフォローも、“一ノ葉さん”はきっぱりと否定してしまった。
「…………」
「貴女なら上手く立ち回れたのかもしれませんが、わたし側の世界はつらかったでしょう?」
「確かに、色々と面倒くさかったのは否定できないけどね。わたしも何だかんだで詰草ちゃんにはいつも助けてもらってたから、あちらで離ればなれになっていたのは困ったし、アナタの人脈で千歳がすごく好意的だったのは助かったけど、そのせいで取り巻きの一人だった太白さんには睨まれるしで。……まぁ、それでも何とかここまで来られたんだけど」
「……そうですか、それは流石ですねとでも言うべきなんでしょうね。わたしの方は変わり損ねた自分を仕切り直す為にってつもりでしたけど、でもやっぱり元の世界じゃ自分はやっていけないと改めて思い知らされたので、これからは“此処”で暮らすことにしたんです」
 それから、どこか嫌味含みで感想を問われて、わたしもやや皮肉交じりに応じてやったものの、一ノ葉さんは揺れる様子もなく冷淡な誉め言葉の後で、感情を押し殺した声で自分の結果を語ってきた。
「こんな、狭い世界で……?」
「今はそうですけど、じきに完全な形になります。……ほら、窓の外を見てください」
 言われて、校庭側の壁の窓の外へ視線を移してみると、確かに最初はこの学校だけといわれていたのが、いつの間にやら風景が随分と広がってきているのが見て取れた。
「……みたい、ね……」
 どうやら、やっぱり急いで追いかけきて正解だった、みたいだけど……。
「柚月さんから一方的に夢の時間の終わりを告げられ、このまま元の世界へ戻るのがどうしてもイヤだったわたしは家を飛び出してしまったものの、行き場が無くてつい戸締りが無用心な高校の校庭へ入り込んだ後で途方に暮れていたんですが、いつの間にかすぐ目の前にゆらぎが出来ていたのに気付いたんです」
「……果たしてこれは助け舟なのか、もしくは罠なのかと少し迷った末に、どうせなら自分が幸せに暮らせるこの世界とほぼ同等な並行世界へ行きたいと願って飛び込んだら、ホントに叶ってしまった感じになってますけど、これってやっぱりただの偶然じゃ片付けられないんですよね?」
「うんまぁ、予想外の特異能力持ちだったとは千歳も驚いてたけど、でも本当に……ホントにいいの、それで?」
 道端に転がっている石ころの位置が少し違う程度の差異しかない並行世界もあるそうだから、確かにここはじきに彼女のほぼ希望通りな世界となってゆくんだろうけれど……。
「もちろんです。そもそもあちらの世界に、わたしの居場所なんて無いですし……」
「…………ッッ」

 パァンッ

「…………っっ?!」
 それから、知った風な口で投げやりな言葉を吐き捨てられて、とうとう頭に血が上ってしまったわたしは頭で考えるより早く一歩踏み込み、手加減なしでもう一人の自分の頬を引っ叩いていた。
「よくも、そんなコト言えるわね!何も知らない……いや、知ろうとすらしなかったくせに!」
「…………っ」
「その居場所が無いと思い込んでるアンタの世界でも、大勢じゃないにしたって本気で執心したり心配してくれてる人たちはちゃんといるのに……!」
「…………」
「そんな鈍感で身勝手だから自分から友達も出来ないし、イヤな連中に目も付けられるのよ!!」
「……か、勝手なコトばかり言わないで下さい……ッッ」
「うぁ……っ?!」
 しかし、そこから呆然としていた後で激昂に転じたもう一人の自分が力任せに机を押し出して反撃してくると、後ろへ強く突き飛ばされて尻餅をついてしまうわたし。
「そんなのは所詮、傷の痛みを知らない者が他人の傷跡を嘲笑う言い分です……!何も知らない、知ろうとしなかったって言葉、そっくりそのまま貴女にお返ししますからっ」
 そして、立ち上がった“一ノ葉さん”は憎悪の目でわたしを見下ろしつつそう続けた後で、背を向けて教室の外へと駆け出してゆく。
「ちょ……っ、待ちなさいよ……!」
 当然、それを見たわたしは即座に立ち上がって追いかけようとしたものの……。
「……ああ、その前にこれを託けておきますね?わたしにはもう邪魔なだけですから」
 しかし、そんなわたしに“一ノ葉さん”は出入り口の前でポケットから千歳に借りていたと思われるスマホを取り出して見せると、こちらへ大きく弧を描かせて放り投げてきた。
「わ、バカ……!」
 その相手の意図はすぐ察したものの、それでも反応せざるを得なかったわたしが慌てて身を乗り出してキャッチすると、案の定視線を戻した時には既に視界から消えてしまっていた。
「く……っ」
 ああもうっ、時間が無いっていうのに……!
 ともあれ、すぐに後を追って教室の外へ向かいつつ、オフになっていたスマホの電源を入れてみると問題なく起動してくれて、まずは一安心したものの……。
(よかった……って、あれ……?)
 ただ、バッテリー残量が半分を切っているのが心もとないながら、それより驚いたのは電波アンテナがちゃんと立っているということ。
「え、繋がってる……?」

 ピリリリリリ

「わ……?!」
 そこで、一体何処から繋がってるんだろうと頭に疑問符が浮かびつつも、試しにブラウザの起動を試みようとしたところへ早速着信音が鳴ってきたので、とにかく通話ボタンを押してみるわたし。
「もしもし……一ノ葉さん?」
「千歳……?」
「あ、“風音ちゃん”の方やね?けど、一ノ葉さんから千歳と呼ばれるのはなんや照れるわぁ」
 すると、スピーカー越しにこのスマホの持ち主が恐る恐るといった様子で声をかけてきたので応じたわたしに、今度は訳知りで何やら嬉し恥ずかしといった反応が戻ってきた。
「……いや、喜んでる場合じゃないでしょ。あとメンドイからこのまま呼ぶわよ?」
 どうやら、通話相手は“わたし”の世界の柚月さんらしいけれど、今はお久しぶりの挨拶を交わす時間も惜しい。
「もちろんよ〜♪って、今どうなっとるん?」
「こっちはおそらく月曜の登校日で、目当ては教室で見つけたんだけど、言い合ってるうちに逃げられて追いかけるとこ。今は視界には見えないんだけど、あのコの位置は分からない?」
「そら、今スマホ持っとるのはキミの方やし……」
 というコトで、早速状況を聞かれて、こちらもこのスマホの通信環境はどうなっているのかのツッコミを省略して手短に答えつつ尋ね返すも、戻ってきたのは語るに落ちた返事だった。
「……あーもう、先にマーカーバンド付けてから引っ叩いてやればよかった……!」
「どのみち、追跡アプリに気付いとるなら、逃げ出す間に棄てられるやろうから……」
「まぁ、見た目からして怪しいしね、コレ……昼間なのにずっと光ってるし」
 ぶっちゃけ、こんなモノを渡して無警戒で着けてくれる程の間柄なら、こんな苦労はしていないってハナシである。
「うーん……デザインは一ノ葉さんが着けてくれそうな可愛らしいのにしとるんやけど、光るのだけはどうにもならんからなぁ」
「次があるなら、そこが一番の改良点ね。……んじゃあさ、そちらからこっちの世界へゆらぎを設置できるなら、あのコの行動を先読みして罠にかけられない、千歳?」
「無理よ〜。そんなポンポン出せるわけやないし、そもそも昼間の登校日いうたら人もいっぱいおるんよね?他の生徒さんが引っかかったら困るし」
「あー、もう……っ!」
 別に全部が相手の狙い通りってわけでもないんだろうけど、条件が悪すぎてこちらの手札が次々と潰され、思わず役に立たないわねと八つ当たりしかけたのを飲み込むわたし。
「ただ、逃走者の心理として、自分もよく知らない場所へ隠れようとはしないんやないかな?」
「……確かに、夜逃げ先にこんな場所を選ぶくらいだから……」
「ゴメンなぁ、うちが今手伝えるのはそのくらいで……」
「……ううん、ちゃんと助かってるから。バッテリーが半分もないから無駄なお喋りは控えるけど、一応電源は入れといた方がいい?」
「半分あったらまだ大丈夫やけど……それより、タイムリミットの方があと一時間半を切っとるよ?」
「うーん、お互いにそこまで追いかけっこを続ける体力はないから大丈夫でしょ。ちなみにだけど、場合によったらの延長ってなし?」
 言われて左手の腕時計で時刻を確認したら、一時間半どころか二十分も切ろうとしていて気が焦りそうではあるんだけど、今はいかに冷静になれるかが勝負の分かれ目、のはず。
「ナシやし、それどころか、まだ一時間半くらいあると思わん方がええかもな?おそらく、既にその世界はキミを異物と認識したと思うから、じきに追い出すためのゆらぎが勝手に発生してくると思うよ?」
「千歳が区切った時間を迎える前に?」
 そこで、わたしはメガネを外したままだったのを思い出して慌てて着用すると、今のところはまだ出てきていないみたいだけど……。
「彼女と接触できたのが思ったより早かったら、おそらくなぁ」
「分かった……出来るだけ早くなんとかしてみる」
 ともあれ、今はただ走り続けるしかないのは確かみたいである。
「今はキミだけが頼りやから、頑張ってな。……ところで風音ちゃん、うちって一ノ葉さんに嫌われてしもうたんかな?」
「ま、フォローしきれない部分はあるけど、少なくともわたしの方は嫌ったりしないわよ」
「ん……ありがとさん」
 そして、最後に自虐気味に尋ねてくる魔女さんへ、わたしが答えになっていない返答を返してやると、短い感謝の言葉で会話が締めくくられた。

                   *

「……ち、こっちじゃなかったか……まぁいいけど」
 それから、とりあえず学校の外へ出られたら厄介なので昇降口へと急いだものの、自分の下駄箱を見るにまだ靴はあるし、校庭を駆け抜けてゆく自分の姿も見えず。
 これで一旦は見失ったコトになるものの、まだ校内のどこかにいるのだけは確かだから……。
(さーて……ここからどうするかな……)
 一応、ここは学校から出る時に必ず来るはずの場所なんだけど、わたしに先に押さえられた後は相手も警戒して迂闊には近付かないだろうから、この場所で貴重な残り時間を費やしてじっと待っているべきなのかはイマイチ自信がない。
(うーん……ただ、待ち伏せ作戦自体はアリよりのアリよね?)
 見つけた後でもひと悶着はあるだろうし、無駄に体力を消耗させない為にも。
 ……ただ、“一ノ葉さん”の行きそうな場所についてはわたしじゃイマイチ思い浮かばないので、もうちょっと千歳に相談してみるべきだろうか。
「…………」
 いや、それよりわたしに関する相談なら真っ先にしておきたい相手はいるんだけど、さすがに今から事情を説明して協力してもらう時間は無さそう……。
「…………」
「……あの、風音ちゃん……?」
「へ……?」
 と、わたしの脳裏に懐かしの向日葵の笑顔が思い浮かんだところで、背後から馴染み深い声で名前を呼ばれてしまった。
「……やっぱり、風音ちゃん……なんだよね?」
「あはは、混乱したでしょ?ゴメンね、ちょっとばかり込み入った事情があってさ」
 振り返ってみれば、立っていたのはさっきの教室でもう一人の自分の向かいに居た詰草ちゃんだったので、とりあえずメガネを取って苦笑い交じりに謝るわたし。
 あの時は頭に血が上ってしまって周りが見えていなかったけれど、どちらも本物にしか見えない幼馴染二人が言い争っていたら、そら追いかけてきたくもなるか。
「事情?」
「ん……正直に言っていいものか分からないけど、おそらくこのままじゃ誰も幸せになれそうもないから、何とか元サヤに戻さないと」
「元さや……」
「だって、気はあまり進まないけど、幼馴染とホラーゲーやってみた、だっけ?は本来このわたしが付き合わなきゃならなかったんだし、ね」
 出来ればお漏らしまでしてしまいそうなとっておきのは勘弁して欲しいとしても、あちらの詰草ちゃんが一緒にやりたがっていたのは“わたし”の方なのだから。
「…………っ!」
「んでさ、ちょっとヘンテコな相談だけど、もう一人のわたしが何処にいるのかって思い当たらない?もうあんまり時間がなくてさ……」
 と、肩を竦めつつそう告げた後で、わたしはせっかくだから自分の世界にいる方に近いこの世界の詰草ちゃんにもう一人の自分の行方を尋ねてみると……。
「…………」
「……えっと、風音ちゃんとはいつも大体一緒だったけど、時々休み時間とかに一人になりたがって出かけることもあったような……」
 わたしとしてはダメモトのつもりだったものの、詰草ちゃんは少しだけ躊躇うような間を置いた後で、気になる情報を話し始めてくれた。
「うそ、どこに……?!」

次のページへ  前のページへ  戻る