難少女は魔女の掌でオドる その4

第四章 反攻開始〜ネコが如く〜

 やがて、土日をかけて作戦会議やイメトレも重ねた翌週の月曜日、わたしは再びいつもより早く家を出て、自分の存在を賭けた乙女の追いかけっこ第2ラウンドのゴングを鳴らすべく、ターゲットの通学路で待ち伏せしていた。
「…………」
 といっても、前回と同じ轍を踏む気など更々無い。
 今の自分には、やっぱり幼馴染という歴史の強みかあっさりと“より”を戻せた軍師がいるし、相手もまだそのコトは知らないハズだから、おそらく一方的な展開続きで侮っているであろうあの魔女に、今週のわたしは一味違うぞと思い知らせてやるつもりである。
(よし、来たわね……)
 それから、ターゲットがいつもの登校時間通りにこちらへ向かって来ているのが遠目に見えたわたしは、胸元へ手を当てて深呼吸を二度繰り返す。
 ……大丈夫。行き当たりばったりだった一昨日とは違うから。
 そして、今日こそは渾身の一撃を叩き込んでみせる……!
(よし……!)
「……あ、おはよー?」
 ともあれ、呼吸も整え相手が曲がり角に差し掛かる頃合いを見計らって、わたしは宿敵の前へと静かに踏み出すと、まずは同じく偶然の鉢合わせを装って控えめに手を振ってみせた。
「あら、おはようさん風音ちゃん。今朝もはようから来て待っててくれたん?」
「……もう、やだなぁ柚月さん。わたしもそこまでヒマじゃないってば」
 すると、前回と同じくお見通しと言わんばかりの反応で馴れ馴れしく名前呼びしてきたヘンタイ魔女に、こちらは苗字呼びで素っ気無く受け流してやる。
「ふ〜っ、一昨日の今日でもうスレてしもうたんかぁ。なんかうち、寂しいわぁ」
「ま、さすがにわたしも少しは学習するからね?……ほら、遅刻しちゃうから早く行きましょ、柚月さん?」
 そこで、何やらいきなり好き勝手言われてイラっとはさせられたものの、ここはぐっと堪えて適度な距離を保ちつつも先に歩き出してゆく。
 うちの軍師からは絶対に挑発に乗ってはいけないと言われているし、それに……。
「もう、今朝はなんやつれないなぁ。ご機嫌斜めなん?」
「と言われても、このくらいが普通だと思うけど?まだ見ず知らずの他人なんだしさ」
 すると案の定、不満げな態度で追いかけてくる柚月さんへ、相手の歩幅を意識しつつ冷淡な口ぶりでしてやったりの言葉を返してやるわたし。
「も〜、いうなぁ……。けど、そろそろ次のステップには進んでる気はせぇへん?」
「と、いわれてもねー、わたしの方は実感ないしなぁ」
 まぁ、これは実際に本音でもあるんだけど。
 ……だからこそ、それを確かめるにはいい機会なのかもしれない。
「ほら、土曜日は初めて名前で呼んでくれたやん?うち、あれってすごく嬉しかったんよ?」
「ふーん。……それじゃ、あちらのわたしも柚月さん呼びだったの?」
「そうなんよ……。ただ、あちらの一ノ葉さんの方はなかなか呼んでくれへんかったけど、キミならってな。せやから……」
「……呼んで欲しい?」
 そこで、わたしはようやく足を止めると、同じく慌てて立ち止まった魔女さんの方をちらっと一瞥しつつそう訊ねてやる。
「改まって言われるとなんや照れるけど、風音ちゃんがええというなら……」
「そう……だったら……」
 そして、まずわたしは素っ気なくも短く応じた後で、相手がいつもの様にこちらへ触れようと手を伸ばしてきたタイミングを狙って逆に踏み込んで距離を詰め……。
「…………っ?!」
「……分かったわ、千歳……?」
 そのまま、すぐ側にある民家の塀へと押し込むや、利き手である右の掌を勢いよく柚月さん……千歳の真横へ叩きつける様に押し付け、互いの鼻先が触れそうな距離からここぞとばかりに名を呼んでやった。
「……っ……!」
「…………」
「…………」
「……えっと、なんてね?あはは……!」
 ……しかし、やがてすぐに恥ずかしくなってきてしまったわたしは、目を見開いて固まってしまった魔女さんへ照れ隠しに短く笑うと、あとは結局自分から離れて校門の方へと小走りに駆け出して行ってしまう。
(やっぱ、ちょっといきなり大胆過ぎたかな……?)
 でも、壁ドンを仕掛けた時のあの千歳の顔を思い浮かべれば、何やら妙にスカッとした心地にはなっているんだけど。

                    *

「あはは、みてたよー風音ちゃん?なかなかイイ感じだった」
「はぁ、はぁ……っ、まぁ、結局は恥ずかしくなって逃げてきちゃったんだけど、あんなので良かったのかな?」
 それから、ひとり校門をくぐったところで待っていた軍師さんからお褒めの言葉をいただき、息を整えつつ苦笑いを返すわたし。
 何だかんだで、オチは前回と変わってないような気も。
「もっちろん♪あのあと柚月さんはしばらく動けなかったみたいだし、こうかはばつぐんだったと思うよ?」
「だったら、いいんだけど……」
 でも、言われてちらりと来た方を振り返ってみれば、件のヘンタイ魔女さんは何やらしおらしい雰囲気を醸しつつトボトボと歩いてきているみたいだった。
「……あれ、もしかして千歳って意外と自分がぐいぐい攻められるのは耐性無さげ……?」
「かもしれないねー?とにかく、これで空気は変えられたと思うから、ここからもっと畳み掛けていこ〜♪」
「り、りょーかい……」
 わたしの方も慣れないコトをさせられてぎこちなさは残っていたと思うけど、終始こっちがリードしていたのは確かにこれが初めてだし、掴みは悪くないはず。
「……でもさ、他に見てた人とか引いてなかったかな?」
「んー、まぁ私の知ってる風音ちゃんだと考えられない行動だから、驚いた人は驚いたかも?」
 ただ、心配ゴトとしては通学時間帯だけにわたしの壁ドンを見ていた人は少なからずいるだろうってコトなんだけど、詰草ちゃんの方もそれはあっさりと認めてしまう。
「えっと、それってまずくない……?」
「けど、だからってあれは他の世界から入れ替わった風音ちゃんかもって、すぐに考える人はいないと思うよ?」
「まぁ、そんなの素直に信じるのは詰草ちゃんくらい、か……」
「あはは、そうだね〜♪」
 ……なるほど、もういっそ細かいコトは抜きで開き直れと。
 既に詰草ちゃんには事情を話して引き入れたんだから、きっと元に戻った後のフォローも面倒みてくれるだろう。
(よし……!)
 こうなったら、もっと自分らしく攻めていくとしますか。

                   *

「おじゃまっしまーす……」
 それから、ホームルームを経て一時間目が終わった後の休憩時間を迎えるや、わたしは早速次の一手を打つべく、隣の1組の教室へと移動していた。
 勿論、お目当ては窓側の席で優雅に文庫本を読んでいる深窓の魔女さんで、こっちへ来て他の教室に入るのは初めてという緊張感はあるものの、せっかくいい滑り出しになったのだから怖気づきは禁物というものである。
「……あれ、風音ちゃんどしたん?」
「きちゃった」
 ともあれ、いきなりの訪問で予想よりも驚いた顔を見せてきた麗しのターゲットに、堂々と腰に手を当てて短く答えるわたし。
「カノジョかっっ」
「あはは、ツッコミありがと〜。まぁ用事はちゃんとあるんだけどね、はいこれ」
 と、千歳の代わりに近くの生徒がツッコミを入れてくれたのに笑顔で応えたわたしは、予め用意していたセルフ包装済みの小包をポケットから取り出して机の上に置いた。
「……おろ、なんなんこれ?」
「例の利息の代わりと、まぁいつもお世話になってるお礼も兼ねてってトコかな」
「別に、そんなん気にせんでもええのに……」
「まぁまぁ、こんな程度で済むとは思っちゃいないけど、たまには何か返さないとってね?」
 すると、これまた完全に想定外だったのか、突然のプレゼント攻撃にきょとんとした顔を見せる魔女さんへ、肩を竦めながら口実を語るわたし。
「けど……」
「心配しなくたって、お金も殆どかかってないし。まぁ、口に合わなかったらゴメンだけど」
 そして、未だ納得していない様子の千歳へわたしは苦笑い交じりにそう告げると、軽いやけどした箇所を包む絆創膏が巻かれた左の指を見せた。
「……え、初耳やけどそんな趣味あったん……?」
「まぁ昨日は休みだったし、実は前からちょっと新しいコトに挑戦してみようかなとも思ってたからね。んじゃ、そーいうコトなんで気が向いたら食べてみてよ?」
「んー、これはこれで嬉しいけど、お礼ならちゅーの一つでもしてくれるだけでええのに……」
 すると、千歳はまず小箱をしっかり受け取った後で、続けてすぐ前に立つこちらの身体に触れようと手を伸ばしてきたものの、それは咄嗟に後ろへ引いて避けてやるわたし。
「ふふん、そっちはお安くないんだから♪なんちゃって……んじゃ、またね?」
「あ、ちょっ……」
 それから、わたしは冗談半分にそう告げてやると、呆気に取られた様子で引き留めようとする千歳に手を振って教室から出て行った。
(……うんまぁ、お菓子作りに興味が湧いたってのはウソなんだけどさ)
 これも、実際は詰草ちゃんからの入れ知恵。
(さて……)
 ってコトで、教室に戻った後でケータイを取り出してマイ軍師へ報告のメールを送ると、すぐに『おっけー、この調子でサプライズを重ねていこ?』という手短な返事が戻ってきた。
(サプライズ、ね……)
 まぁ、何だかんだでさっきも結構驚いていたから、とりあえずは奇襲成功と言っていいんだろうけれど。
『……それと、猫ちゃんが如くってのも忘れないでね?』
(はいはい、分かってますってば……)
 それから、すぐ追記とばかりにもう一通届いたのを見て、わたしは『にゃ〜ん』と一言だけ返信してやると、チャイムの後で次の授業が始まったにも関わらず、広げた白いノートへぼんやりと視線を向けつつ昨日のやり取りを思い返してゆく。
「…………」

                   *

「……風音ちゃんいらっしゃい♪ささ、入って入って〜」
「おっじゃましま〜す……」
 元の世界へ一日も早く戻る為に手を結んだ翌日の日曜日、わたしは午前中から詰草ちゃんのお宅へ招かれ、いささか落ち着かない心地で敷居をまたいでお部屋まで案内されていた。
 と、いうのも……。
「昨日はほんっと久しぶりに風音ちゃんのお部屋へ行ったけど、うちにお招きするのも何か月かぶりくらいだよねー?」
「あー、やっぱそうなんだ?……まぁどっちみち、“わたし”は始めてなんだけど……」
 そう、元の世界ではお互いに勝手知ったる第二の我が家も同然なんだけど、生憎ここは同じ様でも違う場所。
 というか、ほとんど同じ並行世界で大体は見慣れた風景なのに、思ったより異世界感を受けてしまっているのは、やっぱりこの世界でのわたしは“異物”だからだろうか。
「あ、そっかー。んじゃ、改めましてようこそマイルームへ♪」
「はいはい、どーも……」
 ともあれ、居心地の悪さを噛みしめつつ、階段を上がって案内された二階の幼馴染のお部屋は、場所や間取りこそは一緒だったものの、室内の風景は思ったより別物だった。
 机やベッドなどの大きなインテリアのレイアウトは自分の記憶にある風景と同じなんだけど、ざっくりいえば元の世界の詰草ちゃんはここよりも大きなテレビがあって、複数台のゲーム機やコントローラーが並べられていたけれど、こちらはゲーム機は一台だけにとどまっている代わりに本棚が増えていて、漫画や文庫本サイズの小説などで埋め尽くされている。
 ……つまり、同じオタク気質な幼馴染でも、どうやら夢中になっているカテゴリは少々異なるみたいだった。
「最初は、私が面白そうなのを選んで貸してあげようかとも思ったんだけど、いちいち運ぶのって重たいからね〜。悪いけど、風音ちゃんの方に来てもらった方がいいかなって」
「貸すって?本を?」
「だから、参考資料だよ〜。柚月さんともっと親密な仲になる為に色々頑張るんでしょ?」
「……面と向かって言われるとなんか照れるけど、つまりこの中の漫画からヒントを得ろと?」
「そ〜そ〜、実はぜひ風音ちゃんにやって欲しいコトもあってね?」
 そして、わざわざ招かれた理由は読書会のお誘いだったのかと、まずは呆気にとられたわたしへ、軍師殿は本棚から一冊の女の子同士が密着している表紙の漫画を差し出してきた。
(うわぁ……)
 もしかして、わたしの為とか言いつつ結構楽しんでませんかね……?
「あと、呼んだ理由はもう一つあって、お昼からこれを一緒に作ろうかなと♪」
 それから、いささか過激な女の子同士の恋愛漫画をパラパラと捲るわたしへ、詰草ちゃんは続けてお菓子のクッキング本をこちらへ見せてくる。
「お菓子?……もしかして、手作りクッキーでも作ってあげようとか?」
「うん♪柚月さんって、もともと風音ちゃんのことは好きみたいだから、こういう手作りのプレゼントは効果あると思う」
「でも、わたしそんなの作ったことないんだけどなぁ……?」
 直近の記憶で言えば、中学の時の家庭科で手作りチョコを作って詰草ちゃんと交換したのを覚えているくらいで。
 ただ一応、家庭環境もあって料理自体はそこまで苦手なワケでも無いんだけど……。
「けど、風音ちゃんがそういう反応ってコトは、柚月さんはもっと予想してないはずだよね?」
「まぁ、それはそうだろうけど……」
 百合系漫画の勉強会の後にお菓子作りとは、思ったより面倒くさいことになってきてる……。
「ん〜それとも、小細工ナシでもっとストレートな色仕掛けの方がいい?」
「い、いやまぁ、なるべく健全路線の方がいいよね、あはは……」
 とは思ったものの、それから煮え切らない返事をしているうちに、詰草軍師が本棚の奥から何やら大判の怪しげな本を取り出そうとしたのを見て、結局は喜んで同意することに。
 先日に屋上でそういう空気になった時は本気で自分を見失いかけていたし、出来ればわたしもそっちの路線は一番最後の手段にしておきたいところである。

                   *

「……でね、やっぱり基本は不意打ちだと思うんだよねぇ……よっと……」
 やがて、勧められるがままに女の子同士でイチャイチャしている漫画やらアニメをたっぷりと鑑賞されられた後の昼下がり、キッチンを借りて二人並んでのエプロン姿でバターや卵、それに薄力粉やココアパウダーなどを混ぜつつそれぞれ二色の生地を作っている中で、不意に詰草ちゃんが軍師っぽいセリフで水を向けてきた。
「ん……っ、まぁ一応、昨日のもサプライズのつもりだったんだけど……」
「あれは、柚月さんにとっては予想の範囲だったからダメなんだよ。それに風音ちゃんの方も露骨にぎこちなくて無理してるのが見え見えだったし」
「むぅ、手厳しいなぁ……えっと、厚さはこんなもん?」
 ただ、今思えばあまりに無策の行き当たりばったりだったのは認めざるを得ないけれど。
「うん、イイ感じ。……けど、今なら敵さんも油断してるだろうから、この機を逃さずにガツンとかましちゃおーね?」
「ま、その為にたっぷり勉強もしたんだしね……」
 一度に見せられ過ぎて、それはもう目を閉じれば百合色の絡みが浮かんできて困るくらいに。
「……あ〜それと、もう一つ大事なコトいっておくけど、これからしばらくは自分から柚月さんに迫ったりしても、相手からは触らせちゃダメだからね?」
「え……?」
 それから、こねくり過ぎないように気をつけつつ、少し余分めに作った生地を平たく伸ばしてラップに包んで冷蔵庫へと放り込んだ後で、詰草軍師がこちらへ背を向けたまま再び不意打ち気味に助言を切り出してくる。
「柚月さんってさ、風音ちゃんにいっぱい触りたいんだよ。それでいて、風音ちゃんがスキだらけなお陰でいつでも触れることができて満足してるから、いつまでも状況が変わらなかったんだと思うの」
「隙だらけで悪かったわね……」
 まぁそれと、わたしを唯一助けられるらしい千歳の機嫌を損ねたくないという卑屈な気持ちがそうさせていたのかもしれないけれど、軍師さん曰く逆効果だったと?
「……だから、これからは風音ちゃんの方から近寄りつつも簡単には触れないようにして、少しずつモヤモヤとさせていくのがいいかなって」
「ん〜、何だかそれってさ……」
「そう、明日から風音ちゃんは猫さんになるのだ〜!にゃ〜ん♪」
 そこで、さる生き物の姿がピンときてツッコミを入れようとしたわたしへ、ようやく振り返ったノリノリな幼馴染は握った両手を曲げて猫にゃんのポーズを見せてきた。
「ネコにって……わたし、そんな属性あったかなぁ……?」
「あったかなぁじゃなくて、なるんだよ。……ってコトで、ネコミミあるけど着けてみない?」
「いや、学校には着けていけないでしょーが……」
 そもそも何で持ってんだというか、もしかしてコスプレとかにも興味アリですか。
「むぅ、せっかく用意したのにぃ……。ん〜だったら、せめて生地が冷めるのを待ってる間にでもお部屋で見せてくれないかな?ひとりで恥ずかしいなら、二人分あるから私も一緒に着けてもいいし。ねっ?」
「えっと、まぁ動画に撮ってアップするとか言い出さないのならいいわよ?」
 すると、無駄にはしたくないのか詰草ちゃんが折衷案を出してまで食い下がってきたのを見て、わたしは冗談のつもりで軽口を返したものの……。
「ぶ〜、結構伸びそうなんだけどなぁ……」
「マジでやるつもりだったんかい……」
 ……ゲーマーじゃないとしても、こういうトコロは変わらないなぁ。
 というか、やっぱりこっちの詰草ちゃんもこの夏休みに配信者デビューでもするつもりだったんだろうか?

「…………」
(……しかし、なんだかんだで的中してみせてるよね……)
 とまぁ、ここまで詰草軍師の計略は順調そのもので、何だかんだで普段からしっかり観察しているんだなと感心するし、一方で幼馴染の裏面が垣間見えた様なフクザツな心地もあるけれど、自分だけじゃ対抗は無理と悟って求めた助力だから、当面の間は有難く知恵を借り続けるだけである。
(さて、お次は……)

                   *

「なぁ風音ちゃん、ええ天気やし今日も一緒に外でお昼たべひん?」
「……あーごめ、今日は詰草ちゃんと約束してるから」
 やがて、壁ドン、プレゼントと奇襲が立て続けに決まってゆく中で迎えたお昼休み、教室を出たところではんなり魔女さんが待ってましたとばかりに出てきてお誘いをかけたきたものの、昨日の作戦会議で決めていた次なる一手を打つべく、つれなくお断りを入れてやるわたし。
 先週までの自分なら、無防備にチャンスを運んで来やがったと無邪気にほくそ笑んだのだろうけれど、軍師さん曰く相手が踏み込んできた時は引くのが定石なんだそうで。
「へ、詰草さんと?また仲ようなったん?」
「まぁ、小学一年からの幼馴染だし。といっても、わたしは三人でもいいけど加わる?」
「……いや、うちは遠慮しとく。ほなまたね……」
 ともあれ、本日三度めの驚いた顔を見せた相手にしてやったり感を覚えつつ、わたしが素っ気なく折衷案を向けてやるも、千歳は寂しそうに手を振って引き下がってしまった。
「あ、うん……」

「……これで、よかったのかな?」
「うん♪とにかく、今は焦らして焦らしてモヤモヤを溜めてあげないと」
 それから、千歳と別れて4組の教室の前で待っていた詰草ちゃんと合流した後で独り言の様に呟いたわたしに、軍師さんの方は満足そうな笑みを浮かべてきた。
「それ、溜まった後が恐いんだけど……」
「んふっ、がんばって〜♪どっちみち、大きく動くとしたらその時だから」
「ひぇぇ……」
 つまり、ここからはある意味チキンレースというワケですか。
 まぁそれでも、詰草ちゃんがしっかりサポートしてくれるなら大丈夫とは信じているけど。
「…………」
 ……ただ、なんだろう?
 またもヘンタイ魔女さんを返り討ちにできて痛快なはずなのに、遠慮しとくと言われた時の顔を見た時にちょっとズキっときてしまった。
「ん〜、ちょっと風音ちゃんも罪悪感でてきた?」
「……いや、まだ始まったばかりでしょーが」
 すると、顔に出てしまったのか、詰草ちゃんから見透かされた様な言葉と視線を送られたのを受けて、即座に肩をすくめて否定してやるわたし。
 確かに今まで見たことが無い表情だったけれど、こんなところで早くも躊躇なんて感じていたら、ヘンタイ魔女の思うつぼでしかない、はず。
「そもそも、思いのほか効いてるっぽいのは柚月さんの自爆だから、風音ちゃんが気に病むことじゃないと思うよ?」
「うん……まぁ、元々は向こうから挑んできた戯れだしね……」
「それに、別に風音ちゃんに構われなかったからって、あの人がぼっちになる心配もないし」
「あはは、確かに……」
 それから詰草ちゃんに言われて再び千歳の方へ視線をやると、クラスメートの赤木さんを含めた数人の取り巻き達に囲まれて移動して行っている背中が目に映る。
「…………」
 確かに、あの麗しの魔女さんなら、いつでもよりどりみどりなんだろうけれど……。
 それでも、わたしにちょっかいをかけ続けてくるのは、何か理由でもあるんだろうか?

                   *

「……お、いた……」
 積極的に動いた午前中と違って、昼休みから午後にかけては一転して放置に転じたままで迎えた放課後の時間、わたしは本日最後の予定を果たすべく、昇降口で靴に履き替えた後で取り巻きさん達から囲まれている人気者な魔女に近付いていた。
 正直、三度も攻めたんだからもういいんじゃないの?と思わなくはないものの、詰草軍師からはむしろ今日こそが勝負なんだからと突撃指示が出ているだけに仕方がない。
(あの中に入っていくのか……しかも……)
 とはいえ、千歳を囲んでいるコ達の心境を考えるとやっぱり躊躇は覚えるし、何より気が進まないもう一つの理由として、あの中の一人にスレンダーで顔立ちも綺麗だけど、鋭いツリ目からいかにも性格がキツそうな空気を漂わせている、わたしの天敵がいるということ、だけど……。
(いや、もう天敵なんかじゃない、はず……)
 この世界の自分にとっての太白さんはまだ天敵かもしれないけれど、あの時に断ち切った“わたし”にはもう「かつて」が付く過去の話であって、パラレルワールドの中だろうが、もう彼女への日和見で行動を制限されたり振り回されるなんて、まっぴらゴメンだから。
(よし……!)
 わたしはかつての様に心を奮い立たせると、敢えて太白さんの隣に空いている隙間を狙って歩み寄っていき……。
「柚月……いえ千歳さん、お手隙ならこれから私たちと何処か寄って行きませんか?」
「……気持ちは嬉しいんやけど、今日はそういう気には……」
「あの一ノ葉ってコのことなら気にしなくてもいいんじゃないかしら?あの子には詰草さんっていう幼馴染みがいるし、ここ最近はまたいつも一緒に行動してるみたいだしで」
「…………」
「そーそー、今日のお昼だってあの二人は一緒だったけど、そもそもお誘いをかけたのに断られたんでしょ?」
「なんか最近はちょっと生意気で目障りにはなってきてるけど、まぁそれはそれとして……」
「……お待たせ。んじゃ帰りましょうか、千歳?」
 それから、何やら自分の名前が聞こえてきたものの、わたしは気にせず強引に割り込んでやると、珍しく困った様な態度を見せていた魔女さんの背中をぽんと叩いて促してやった。
「…………っ」
「へ……風音ちゃん……ええの?」
「まぁ、もう名前で呼び合う仲なんだから、いちいち気兼ねはいらないでしょ。ほら行こ?」
 案の定、不意に割り込んできた自分を見る太白さんの目が険しくなって一瞬だけ動悸が高まったものの、わたしは構わず本日四度目の驚いた顔を見せる千歳の手を取ると、あとは振り返らず昇降口の外へと連れ出していった。
「…………」
「…………」
(ふ〜〜っ……)
 別に仕返しのつもりはないとしても何だか痛快に感じつつ、でもそこに居たのが彼女じゃなければこんな大胆にもならなかったと思うと、やっぱり確信犯でもあるんだけど……。
「か、風音ちゃん……」
「ん?何か対応に困ってた様に見えたから、ちょっと気を利かせてみたんだけど、もしかしてメイワクだった?」
「ううん、あの太白さんちょっと強引やから助かった。けど……」
 ともあれ、校門を出たところで困惑気味に名を呼ばれたのを受けて、わたしが一旦手を離して振り返ると、千歳は首を横に振りつつ煮え切れない態度で返事をしてくる。
「けど?」
「……ううん、なんでもあらへんよ、ありがとな?」
「どういたしまして。……ほら、行きましょ?」
 その後、魔女さんはお礼を述べつつ離した手を名残惜しそうに見つめてきたものの、そこはスルーしてやるわたし。
 ……悪いけど、まだ向こうから触らせちゃダメって指示だし、ここで情に絆されたら水の泡というのも理解はしているから、心を鬼にしておかないと。

                   *

「いよいよ今週から夏休みねぇ……。出来るものなら終業式は元の世界で迎えたかったんだけど、難しそうかな?」
「せやねぇ……風音ちゃん急にいじわるになってしもうたし」
 それから、しばらくは横に並びつつも無言でゆっくりと通学路を歩いていた中、何気なく核心に迫ってみたわたしに、千歳は皮肉っぽい言葉でつれなく返してくる。
「だって、誰かさんが隙あらばセクハラしようとしてくる癖に、肝心の時には見ず知らずの他人扱いなんだから、まぁ距離感みたいなのは考えちゃうわよねぇ?」
「…………」
 それに対して、こちらも負けじと皮肉交じりにやり返して、ちょっとばかり舌戦でも挑んでみるかと意気込んだものの、魔女さんの方は俯き気味にそのまま黙り込んでしまった。
(千歳……?)
 もう、そこで黙り込まれたら話が続かないんだけど……。
「…………」
「……なぁ、風音ちゃんはそんなに早う帰りたい理由が何かあるん?」
 しかし、一旦会話が途切れた後でどうやって掘り下げてやろうかと思案していたところへ、やがて今度は千歳の方が遠慮がちに切り出してくる。
「ん〜、ぶっちゃけ“ココ”はどうにも居心地が悪いってのはあるし、向こうの幼馴染との約束も抱えてるしね……」
 ただやっぱり、実況のパートナーなんて気は進んでいないんだけど。
「ふーん、やっぱり仲ええんやねぇ、詰草さんとは」
「それはもう、年季が違うからねぇ。友達というより熟年夫婦みたいだって言われたこともあったし」
 もちろん、それはあちらの世界でのわたし達の話ではあるものの、何だかんだでこっちの自分と詰草ちゃんも大きく変わらないんじゃないかとは思っている。
 ……だって、今日はこうして早速名コンビっぷりを発揮できたんだし。
「そっかぁ、ええなぁ……」
 すると、別にノロケのつもりでもなかったものの、何やら魔女さんは孤独に満ちた遠い目でぼそりと呟き返してきて、その横顔が心に突き刺さってしまうわたし。
「…………」
 その感情の正体は分からないとしても、何やらこの先の交差点で今日はこのままお別しちゃいけない様な気もしてきていたりして。
「どしたん?風音ちゃん急に黙って……」
「……ね、千歳。今日はまだ時間ある?」
 そこで、わたしは少しだけ気持ちを整理する間を置いてそう切り出すと……。
「ん?」
「せっかくだし、これからちょっとデートしよっか?」
 さっきの太白さんじゃないけど、やがて自然とそんな誘いの言葉が出ていた。
 ……もちろん、ここからは完全に予定外なアドリブである。
「…………っ」
「といっても、今からだと寄れる場所なんて限られるだろうけど、希望はある?」
「ん〜。そんじゃ家も近いし、おうちデートする……?」
「げっ……いや、それはまだもうちょっと……」
 しかし、それから試しに尋ねてみた相手の希望を聞いていきなり腰が引けてしまうわたし。
 というか、魔女の館へ乗り込むには、まだレベルが足りていない気がする。
「もー、肝心なトコロでヘタれるんやから……」
「ええい、お互い様でしょーが……」
 というか、雰囲気にあてられて油断していたらまた食べられそうになったし(?)、やっぱり勝手に先走りなんてしないほうがいいのかもしれないけれど……。
「ふふ、それじゃあ今日のところはちょっとお茶でもしばいて帰ろか?」
「まぁ、妥当な線よね……でもちょっと待って、その前に……」
 ともあれ、それでも無難なところへ着地したのに安堵しつつ、新たな目的地へ踏み出そうとしたところで佳乃に言われていた約束を思い出したわたしは、寄り道するからちょっと遅くなると手短にショートメールを打っておくことに。
「おろ、家族に連絡?風音ちゃんも律儀やねぇ?」
「そ。こっちの佳乃は心配性でね?ちょっと遅くなっただけで大騒ぎだから」
 以前に言われたのがどこまで本気なのかは分からないけれど、ホントに一人で探しに出かけてしまっても、姉としてはそっちの方が心配だし。
「ああ、あのコなー?うちも前に睨まれたコトあったから知っとるよ?貴女におねぇちゃんの何が分かるんですか?!とか詰め寄られて。可愛いことは可愛かったんやけど……」
「うわぁ……」
 甲斐甲斐しいのはいいとして、やっぱり少し行き過ぎじゃないですかね?こっちの妹よ。

                   *

「しかし、こっちだと珈琲店になってるんだココ……。まぁこの店も近くにはあったけど」
「キミの世界ではお好み焼き屋さんやしね?というか、店の場所が入れ替わっとるだけなんよ」
「ほー、そういうパターンもあるんだ……」
 それからやがて、千歳に案内してもらって商店街の入り口付近にある喫茶店に入った後で、小ぢんまりとした二人向けの席で向かい合ってわたし達は他愛ない雑談を交わしていた。
 飲食店の立地条件的にはこちらの方が全然いいものの、ただ割と最近に進出してきた珈琲チェーンのこのお店に対して、あのお好み焼き屋さんはお母さんが学生時代に通っていたというくらいに昔からある個人経営店だから、一体どこでどう分岐して今に至っているのかはなかなか興味深くもあるんだけど……。
「ちなみに、こっちやとここは元々青龍亭(せいりゅうてい)っていうラーメン屋さんで、あのお好み焼き屋さんの方は昔から動いてなかったりするんやけど」
「え、青龍亭って確か二丁目の路地裏にあった様な……」
「ふふ、辿れば辿るほど頭がこんがらがるやろ?……ただ、風景が大きく変わってしまっとる世界でも、実はほんの些細な分岐からってのも多かったりするんよ」
「……うん、なんか頭痛くなりそうだから、この話はやめよう」
 興味本位での間違い探しはあまり深入りしないに限るってコトかな、やっぱ。
 ただそれでも、ちゃんと紐解かなきゃならない時だってあるんだろうけれど……。
「おまたせしましたー。メープルパンケーキセットのお客様は」
「ああ、はいはい、こっちです」
 ともあれ、程なくして注文の品が届き、生クリームとメープルシロップがたっぷりと乗ったパンケーキとアイスコーヒーのセットを頼んだ自分に対して、千歳の方はアイスティーのみ。
「わぁ、風音ちゃんのおいしそうやなぁ」
「……うん、けど千歳はホントにそれだけでいいの?」
 さっきもオーダーが出そろった後でつい「ダイエット中だった?」とか聞いてしまったけれど、もしかしたら夕食前にこんなモノ食べようとするわたしの方がおかしいのか。
「んふっ、うちはコレをいただこうかと思ってな。ここで食べてええ?」
 そこで、なんだったら一口くらい分けてあげようかと今一度確認するわたしに、千歳は今朝に渡した小箱をテーブルの上に出してきた。
「あ〜、まぁどーぞどーぞ」
 それで納得というか、手作りのお菓子を面前で食べられるのってちょっと気恥ずかしいけれど、確かに食べるタイミングなんて今くらいしかないかもしれない。
「ふふ、なんかこういう瞬間ってドキドキするなぁ。貰った相手の服を脱がせとるみたいで」
「うるしゃい、さっさと開けなさいヘンタイが……むぐ」
 ……という事で、先に食べ始めているわたしの了承を得た後で、リボンをほどいて丁寧に包装紙も剥がして小箱を開封すると、透明の袋に包まれた二色のクッキーを取り出す千歳。
「ほー、素朴というか普通やね。ある意味風音ちゃんらしいというか」
 すると、形こそ様々ながら〇△□に☆型と、どれも定番の型をした一つを手に取ってまずは忌憚のない感想が返ってくる。
「ん……まぁ初心者だし。その分余計なコトもしてないから、安心して食べられるはずだけど」
 分量もあくまでマニュアル通りで、試食した感想も普通に美味いだったし。
「ふーん、髪の毛入れてみようとか思わんかった?」
「……誰がしますか、そんなマネ……」
 というか、こっちの食べている物までマズくなりそうだからやめて。
「誰がしますかと言われても、これが案外に身近な話だったりするんやけど……」
「……え、も、もしかして……?」
 すると、存外にこれがネタじゃないとでも言いたげな魔女さんに、わたしも思わずパンケーキを食べる手が止まってしまうものの……。
「ああ、キミから手作りのお菓子をもろうたんは、”一ノ葉さん”含めてこれが初めてやから」
「そ、そう……」
 ……よかった、もう一人のわたしにヤンデレ属性なんてなかった。
「それより、せっかくやしもうひと声サービスしてくれへんかな?」
「もう一声って……あー、お約束のアレ……?」
 それから、手に取ったクッキーをそのまま食べるのかと思えば、何やら期待に満ちた眼差しを向けてくる魔女さんを見て、わたしもすぐに察して苦笑い。
 もちろん、調子に乗んなと突き放してもいいんだけど、今回は自分から誘ったデート中だし……。
「仕方がないわねーえ……。一つだけよ?」
 なぜだか、今は妙に乗り気になっていたわたしは一旦ナイフとフォークを置いて応じると、お手拭きで一度清めた後で千歳の手にある星形のクッキーを受け取った。
「そういや、ハートの型はなかったん?」
「なくも無かったけど、まぁそれは次に作ってあげる時に、わたしのハートごと食べて♪みたいなキモいコト考えるくらいになってたらね。……それよりほら、一応は心を込めてやったんだからしっかり味わいなさいよ?はい、あーん」
「あーん♪……あはは、なにやら甘さが増した様な気がするわぁ」
「一応、ちゃんと加減は考えて作ってるから、それもどうなんだろう……?」
 まぁ無糖のアイスティーはすすむかもしれないけど……ってのはともかく、お望みどおりに自分の手で食べさせてあげた後で、何やらベタな言葉で嬉しそうに咀嚼するターゲットの魔女さんを見て、照れくささを覚えつつ言葉を返すわたし。
「ん……っ、そういやこれ、風音ちゃん一人が作ったん?」
「まぁ、生地作って焼いたのはちゃんとわたしの手でだけど、昨日詰草ちゃんに教えてもらいながら一緒に、ね」
 そもそも、自分一人だと手作りのお菓子をプレゼントなんて発想はまず出てこなかったし。
「そっか……ええなぁ……」
「だから、あにがよ……?」
 というか、ついさっきも同じ様なやりとりをした気がするんだけど。
「いや、うちにはそういう相手がおらんからねぇ。ついでに、他の世界のうちらも同じ様なものやし」
「ふぅん……」
 こんな美人で学校内でも人気者なのに。
 ……いや、だからこそ孤独を背負いやすいものなのかな……?
「実はな、一ノ葉さんからデートに誘われたのも、さっきのキミ、風音ちゃんが初めてなんよ。まぁシャイなコやから無理な相談かもしらへんけど」
「…………」
 まったく、狙ってこちらの憐憫を引き出そうとしているのか、はたまた天然なのかは知らないけれど……。
「……んじゃ、初デート記念にもう一つサービスしてあげる」
 それでも、お昼に断った時のあの儚い笑みが未だに脳裏から消えないわたしは衝動的にそう告げると、使っていたナイフとフォークの柄の部分をそれぞれ差し出して握らせた。
「ん?」
「今度は、千歳の方から食べさせてよ?なんかイタいカップルみたいで恥ずかしいけどさ」
「風音ちゃん……もう、キミかてあざといやんなぁ」
「だから、お互いさまでしょ?ほら、ちょうだい?」
 ……もしかしたら、お友達らしいもう一人のわたしも、この麗しの魔女さんから孤独の色を感じ取ったのかもしれないと、そんな漠然としたコトも考えつつ。
「あは♪さらにおいしゅうなるとええなぁ。はい、あーん……」
「ん……。というか、シロップとクリーム乗せすぎ……」
「んふー、口元に付いとるのも、拭いてええ?」
「それ込みでやったのなら、まぁこちらの負けってコトでそれも素直に受けてやるわよ……」
 何だか、そうこうしているうちに本格的にデート然としてきている気がするし、まったく油断ならないんだから。
「ふふ、風音ちゃんのそーいう面倒くさいトコロは嫌いじゃないで?」
「アンタにだけは面倒くさいと言われたかないけどね……。んで、別に急かすわけじゃないけどこれからどうする?時間はもうちょっとだけあるし、もし他に行きたい場所でもあるのなら」
 ともあれ、ふきふきしてもらった後で何となく周囲の視線的に長居しづらい心地になったわたしは、残りのパンケーキを片付けつつ水を向けてみる。
「ん〜……それじゃ、一つあるけど……ええ?」
「まぁ、ここから近くて健全な場所だったら、どこにでも」
「時間的にはまだ健全タイムやと思うけど、風音ちゃんの言葉を借りて初デート記念に……な」
「ん……?」
 なにやら、それは嫌な予感がしてくる言葉の響きだけど……。

                   *

「……へ〜、結局あれからデートしちゃったんだ」
「そ。ちょっと勝手に突っ走ってしまったかなぁ?」
「別に、私の言いなりじゃなくていいんだよ?そもそも、風音ちゃんがどうしたらいいか分からなくなって困ってたから、私もちょっとお手伝いしてるだけなんだし」
 その夜、帰宅後に携帯電話で独断専行したのを気にしつつ報告を入れたものの、詰草軍師からはむしろいつまでも私に頼ってちゃダメだと言わんばかりの言葉を返されてしまっていた。
「うん……」
「逆に、そうやって風音ちゃんから動けるようになったのなら、もう私の役目も終わりなんだろうけど、それでなにか分かったこととかある?」
「いや、まだもうちょっと手伝って欲しいかな……ってのはともかく、んー、なんか思ったより寂しがり屋なのかもしれない。あのひと」
 おそらく、お昼に感じた罪悪感の正体はこれなんだと思う。
 学校内ではキラキラと華やかな存在感を輝かせつつも、どこか寄せ付けない様な空気を醸し出してはいるけれど、決して孤高を楽しんでいる様にもわたしの目には見えない。
 そういうイミだと、わたしよりあの魔女さんの方がよっぽど猫っぽいかもしれなかった。
「柚月さん、モテモテなんだけど誰かと特に仲がいいっていう話はあまり聞かないからね〜」
「ふむ……。まぁだからこそ、ああやって取り囲まれてアイドルみたくなってるのかもしれないけど……」
「強いて言うなら、今の学校で一番仲がいいっぽいのは風音ちゃんだしね?特に今の風音ちゃんが来てからはいつも一緒にイチャイチャしてるってウワサになってるし」
「ヘンなところで反発受けるのはゴメンなんだけど、でも今日が初デートだったとも言ってたよ?ましてや手作りのお菓子なんてもらったことなかったってさ」
 一応、入れ替わる前のわたしと千歳が元々親しい間柄だったっぽいのは、ここで改めて詰草ちゃんから教わる情報でもないとして、ただそれでもまだお互い苗字で呼び合う程度なカンケイのはずである。
「……ん〜〜、そもそも柚月さんってこれからどうしたいんだろうね?」
「え……?」
 ともあれ、そんな中でふと詰草ちゃんから素朴な疑問を投げかけられ、言葉に詰まるわたし。
「自分をその気にさせろって言われたんだよね〜?あれって改めてどういうイミなのかなって」
「どういうって……?」
「……もしね、柚月さんが向こうの風音ちゃんよりも今の風音ちゃんの方が好きになっちゃったら、むしろ逆に戻したくなくなるんじゃないかなぁ?って」
「げ、それは困る……けど、ただ黙っていてもいつかは勝手に戻されるものらしいし」
「だけど、それを早める為に今の風音ちゃんと特別な存在になりたいのも、何かヘンだよねって」
「うーん……一応、下手したら命がけの儀式になるから、とは聞いてたんだけど……」
 だから、相手にとってそれだけのリスクを負える存在にならなきゃって今まで意気込んでいたものの、言われてみれば何かが引っ掛かるような、ただの深読みのような。
 ……でも。
「……だったら、もう少しだけ飛び込んでみる?あの魔女さんの深層に」
「うん、丁度わたしも同じコト思ってた。……流石はわたしの軍師様ね」
 そして、頭に浮かんだ言葉を先に向けられ、阿吽の呼吸に嬉しさを感じつつ頷くわたし。
「んじゃ、また明日から一緒にがんばろーね?」
「よろしくー。……ね、ところで詰草ちゃんはやっぱり早くこっちのわたしと会いたい?」
「今の風音ちゃんも好きは好きだけど、でも私の風音ちゃんはそっちだからね〜」
 それから最後に、いずれ千歳に向けるつもりの問いかけを先に別世界の幼馴染へ向けてみると、嬉しいような寂しいような返事が戻ってきた。
「ん……まぁ、そっか」
 なんだかんだで、しっかりと愛されてはいるみたいなんだよね……こっちのわたしも。
「…………」
(……だったら、この写真を見せてもヤキモチは焼かれないかな……?)
 実は今ちょうど、さっきのデートの締めに千歳のたっての希望で一緒に撮ったプリ画が目の前に並んでいるんだけど、ね。

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