れるお姫様とエトランジェ Phase-6 その4


眠れるお姫様とエトランジェ Phase-6:『落下流水』

6-11:危険日。

「これはこれは、いらっしゃいませ姫宮さん。首を長くしてお待ちしておりました」
「あ、あはは…どうもお久しぶりです、芹沢さん」
 本当にお久しぶりとなる芹沢さんの、微妙に皮肉が込められた出迎えを受けて、何だか照れくささと共に苦笑い交じりの会釈を返すわたし。
 ちなみに最近知った事だけど、こうして芹沢さんが出迎えるのは、桜庭家では小百合さん直々を除けば最大級の出迎えらしい。
「いらっしゃい、みゆちゃん♪私の為に来てくれて嬉しいよ〜♪」
 それに続いて、慌しく駆け込んできた柚奈が両手を大きく広げながらわたしに飛びついてくる。
「だぁ〜っ、か、勘違いしないでよっ、わたしは勉強を教わりに来ただけだからねっ!」
(…って、うあっ。素でツンデレみたいな台詞が…)
 というか、自覚のあるツンデレほど恥ずかしいものは無いんだけど、勝手に台詞として口から出てしまうのがなんともはや。
「うんうん。みゆちゃんは私がいないと推薦してもらう為の内申書も難しいだろうしね」
 すると、そんなわたしに嬉しそうな顔で「私がいないと」を強調してくる柚奈。
「う〜〜…っ」
 悔しいけど、言い返せない。
 何せ今までの積み重ねが無いだけに、今年に入ってようやくやる気を出してみても、なかなか取り返しがつくものじゃないって事は、ここ1か月でしっかりと実感させられてしまっている訳で。
「では、色々な意味でギリギリ間に合ったって所ですかね?手遅れになる前に」
「…すみません」
 そして、柚奈に呼応してチクリと追い打ちを挟んでくる芹沢さんに、二度目の苦笑いを返すわたし。
「まったく…何度、私の方から直接説教して差し上げようかと思った事か」
「いえ、もうお説教は散々受けましたから…」
 周りの色んな人から、しかも殆ど一方的に。
「ただ、それでも今となっては終わった話です。少なくとも、それで良しと出来る段階ならば問題はありません」
「…ええまぁ、その辺はちょっとだけ安堵してるんですが」
 改めて考えると、この手のすれ違いは最悪、二度と取り返しのつかないって類のものだしね。
(とりあえず綾香の言葉を借りれば、ギリギリで主人公合格みたいだし)
 もっとも、気にしてくれてた関係者に結果を報告した時も、お褒めの言葉より「二度と柚奈を泣かす様なマネはするんじゃないわよ」と、結局はお説教の続きを受けて回る羽目になったりして。
「そうそう。今こうしてみゆちゃんと抱き合っていられるんだしぃ♪」
「抱き合うっていうか、あんたが張り付いてるだけでしょーがっっ」
 まったく、こっちは今まで照りつける空の下を歩いて来ただけに、玄関先でベタベタされても暑苦しいんですがね。
「はいはい、ご馳走様です。…では、私はお茶を御用意しますので、あとの御案内はお嬢様にお願いしてよろしいですね?」
「よろしく〜♪んじゃみゆちゃん、早速人気の無い所へ行こっか?」
「こら待て、なんでそういう流れになんのよっ?!」
 ここは普通、「私の部屋に」でしょーが。
 …ってまぁ、大して変わらない気もするけど。
「まぁまぁ。いいからいいから♪」
 しかし、そんなわたしの抗議も馬耳東風といった様子で、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら背中を押してくる柚奈。
「いいからいいからって、強引に押し切ろうとしてんじゃないっっ」
「もぉ、みゆちゃん何年私と付き合ってるの?いつもの事じゃない?」
「そういう問題じゃ無いというか、堂々と居直るなぁっ!大体、まだ1年そこそこだしっっ」
 しかも、いつも以上に今日は問答無用過ぎっ。
「…あの。お楽しみの所を誠に申し訳ないんですが、出来れば玄関口ではなく、お部屋の方で心ゆくまでベタベタしていただければと…」
 そしてそんなわたし達に、滑稽な位の冷静かつ遠慮がちな態度で横槍を入れてくる芹沢さん。
「ああゴメン。ほらほら、ここで騒ぐと迷惑になるから移動しよ?」
「ち、ちょっと手を引っ張らないで!…というか、芹沢さんも突っ込み所が違う〜っ」
 ついでに、それをまるで規定路線みたいに冷静に応対しないで欲しいんですが。
「いえいえ、私は桜庭家に仕える身ですから。ではどうぞ、ごゆっくり」
 しかし、わたしの突っ込みにも芹沢さんは涼しい顔でそう答えると、ぺこりと会釈をしながら柚奈に奥へと連れ込まれていく姿を見送っていった。
「あ、あのですねぇ…」
 もしかしたら、ちょっと早まってしまったかもしれない。
 芹沢さんがあの調子では、今日は柚奈がどんなに暴走しても自重を促してくれる人は誰一人いなさそうというか。
(でもまぁ、仕方が無いんだよね…)
 虎穴と分かっていてノコノコとやってくるってのは、自分が決めた事だし。
 …わたしと柚奈、お互いの為に。
「…………」
 ともあれ、あの夕方でのやりとりの後、わたしは週末に柚奈の家を訪ねる事になっていた。
 その目的というか名目は、一週間単位での復習と予習。

****以下回想****

「ようやくこれで、明日から元通りの生活だね。また頑張って早起きしないと♪」
「…まぁ時々だったり、休憩時間に来る位はいいんだけどさ、やっぱり毎朝迎えに来るってのは少し控えない?」
 夕焼けに照らされた閉門直前の屋上の校舎で、胸元へ顔を埋めたまま幸せそうに呟く柚奈に、わたしは優しく背中を抱きしめてやりながらも、今までタイミングを見計らっていた台詞を遠慮がちに切り出した。
 柚奈とのよりを戻しても、やっぱりこれだけは譲れない。思い返せばバレンタインの時だって、その所為で風邪を引いて高熱を出した事もあった訳で。
「え〜、だってぇ…」
「まぁ、話は最後まで聞きなさいって。…あのさ、この前の中間試験は一応自分だけの力で頑張ってはみたんだけど、やっぱり数学とかの理系科目はあんたの助けが無いと厳しそうなんだよね」
 しかし勿論、それだけでこの子が納得する訳もない事を知ってるわたしは、柚奈のぶーたれを遮って言葉を続けていく。
 …というか実際、これは名目どころか切実な問題なのも確かであって。
「う、うん…」
「だから…これからの休みの日は、わたしが柚奈の家にお邪魔するから、一緒に勉強しない?」
「え、ホント?!みゆちゃんがうちに来てくれるの?」
「…まぁ、教えてもらう立場だからね。わたしの方から教えを請いに行くのが筋ってもんでしょ」
 それでも、わたしの本音は止めても無駄な柚奈の負担を少しでも減らせてやりたいから。
 とは言え、さすがに柚奈みたいにわたしが毎朝迎えに行くってのは厳しいので、これが精一杯の折衷案とでも言いますか。
「あは、みゆちゃん大好き〜っ♪んじゃ早速、今週の土曜日の授業が終わったらミニ合宿だね♪」
「ちょっと待て。お泊りで、とは言ってないわよ…っっ?!」
「だってぇ、急いで今までの分を取り戻さないとならないでしょ?その為には、まずはみゆちゃんの現状を把握する為の時間も必要だし」
「…で、でも…お泊りだったら、お家に迷惑がかかるじゃない?」
 しかも、この調子だとヘタしたら毎週みたいにズルズルとって可能性も…。
「んふふ〜。みゆちゃん、一体この私を誰だと思ってるのかな?んじゃ、決まりだね。すぐ連絡しとくから〜♪」
 そして目を輝かせながらそう告げるが早いか、柚奈の奴はわたしが止める暇も無い早業で携帯を取り出し、家に連絡をとり始めてしまった。
「あ、もしもし〜栞ちゃん?今度の週末、みゆちゃんが是非お泊まりに来たいそうだから、おもてなしの準備よろしくね〜?うん、うん、それがたった今の話なんだけどねぇ…」
「ちょ…っ」
 勝手に予約どころか、誇張しないでってば…っ。
「うんうん…あ、そうなんだ。了解〜♪…あのね、お母さんも久々にみゆちゃんの顔を見たいって。これでもう後には退けないよ?ふっふっふ〜♪」
「…この…わがままお嬢様め…」

****回想終わり****

(…まぁ、受験生としての行動的にも全くそぐわない訳じゃないんだしね)
 あくまで勉強を教わりに来ているだけです。一応。
(でも、ずっと勉強って訳にもいかない訳だから、その間ちょっと位はまぁ、その…)
 どうせ、柚奈の奴はわたしが帰るまで側を離れたりしないんだろうし。
「ねーねー、みゆちゃん?」
「…………」
(だからまぁ、少し位はベタベタされるのは我慢するとして…)
 桜庭家の本邸だけに空調も行き届いてるから、暑苦しくもないだろうし。
「みーゆーちゃーん?」
「…………」
(あーいや。そんな堅苦しい事言わなくても、一応はこの前で観念したんだから、ちょっと位のセクハラなら我慢してあげ…)

 ぺろん

「きゃあっ?!」
 しかし、心の中で呟き終える前に突然スカートを捲られ、慌てて押さえながら我に返るわたし。
「あ、ピンクのフリフリにリボン付き〜。可愛い〜♪」
「い、いいいきなり何すんのよっ?!」
「だってぇ、みゆちゃんってば私がどんなに呼んでも無視して考え事してるし…」
「…あーいや。それは…ゴメン。でもね…」
 いきなりスカートめくりはないでしょうが…っ。
 まぁ、油断したら襲われると分かっていながら、無防備にミニスカなんて履いて来ているわたしもわたしなんだけど。
「んふ♪でも新品みたいだったし、もしかして勝負下着とかだったりしてくれてる…?」
「ち、ちちち、違うわよっ!いきなり何を…っ」
 一応というか、万が一見られる様な事があった時の事を想定して恥ずかしくない様にしているだけとでも言いますか…。
「でも……ま、いいか。むふ〜♪」
 すると慌てて弁解するわたしに、少しの間を置いた後でニタリと柚奈から邪な視線が返ってくる。
「…もう、イヤらしい目で見ないでよね」
「大丈夫だよ〜♪私はちゃんと空気の読める女の子だから♪」
「どーいう意味よ…?」
「うふふふ…何だか素敵な予感がどっきんハートにまばたきショットって感じ?」
「いや、ワケ分かんないから…」
 しかも、何だか勝ち誇った顔してるのが無性に気にくわなかったり。
「たとえばぁ、今日のみゆちゃんならこの位の悪戯をしても怒って帰ったりはしないかな…って」

 ごいんっ

「…帰らないけど、容赦ない突っ込みは飛んで来るから注意なさいね?」
 そして、腰からお尻にかけて伸ばした右手を撫で回してきた柚奈に、久々の容赦無しの教育的指導を叩き込んでやるわたし。
「うう〜っ、みゆちゃんの乱暴ものぉ…」
「いいから、少しは自重しなさいっての」
 というか、普段ならあしらい方も慣れたものなんだけど、今日に限ってはちょっと危険なのよね…。
 あんまり認めたくはないけど、さっきスカート越しにお尻を触られた時、思わず胸がどきんと高鳴ってしまったし。
(とりあえず、柚奈には気付かれない様にしないと…)
 正直、今日は柚奈じゃなくて自分自身が怖いわたしだった。

         *

「はい、どうぞ。本当は秘密の屋根裏部屋とかに寄りたかったんだけど、みゆちゃんの強い要望で私の部屋へ直行となりました…」
「当たり前だっっ。…というか、いきなりそんな所へ連れ込んでどうする気だったのよ?」
 やがて自室の入り口まで案内した後で、何やら不満そうな顔を見せる柚奈に、額を押さえながらツッコミを入れるわたし。
 何かもう、いちいち警戒する方が馬鹿馬鹿しくなる位、今日の柚奈は自分に正直だったりして。
「んふ♪聞きたい?」
「いや、いいです…すみません…」
 しかし、そこで柚奈が頬をぽっと赤く染めて尋ね返してきたのを見て、わたしは視線を逸らせながらそれ以上触れない事にした。
「え〜?そこまで聞いておいて、みゆちゃんのいけずぅ…」
「うるさいわね…どーせ、えっちな事なんでしょ?」
「うん」
「…………」
 だから、そんなに躊躇い無く即答されても困るんだけど。
「と言ってもまぁ、いつもの事と言えばいつもの事だけどね♪あはは」
「あ…あはははは…」
 …ホントに、わたしってばよく今まで無事だったよね。
「それはともかく、さぁどうぞ中へ。みゆちゃんが来るのって結構久しぶりだよね?」
「バレンタインの時以来だっけ?お邪魔しまーす」
 まぁ、行くまでもなく柚奈が勝手に押しかけてきていたのもあるし、好き好んで虎穴に入りたがらなかったのもあるし、何より…。
「…ん〜、相変らず凄いというか、なんというか…」
 ドアを開けて入室を促した柚奈に従って一歩踏み入れた後、思わず圧倒されてしまうわたし。
 奥の窓際には去年までは鎖で施錠されていたフルサイズのグランドピアノに、数人位は余裕で眠れる広くてふかふかのベッド。更に入り口から右奥の一角は学習用のスペースがちょっとした書斎の様になっていて、対面にはうちのリビングルームよりも遥かに大きい大型のテレビが高級そうな台の上に設置され、その2メートル前には多分マホガニー製のシックなテーブルに、ベッドの代わりとして使っても充分な広くて柔らかいソファーが囲む様に備え付けられてと、正に至れり尽せり。
 しかも、それら全てが1つの部屋内に窮屈さを全く感じさせない位に余裕を持って配置されていて、これで専用のバスルームでもあれば、殆ど高級ホテルのスウィートルームである。
 …ってまぁ、実際に高級ホテルのスウィートルームとやらには泊まった事は無いので分からないけど、実際広さだけじゃなくて、1つ1のインテリアがわたしの様な庶民でもひと目で高級品と分かるものばかりだし。
(これじゃ何か理由でも無い限り、軽々しく遊びに来ようって気にはならないわよねぇ…)
 いくら仲のいい相手でも、場違い感を感じるなという方が無理というか。
「ん?どうしたの?」
「いや、柚奈の家に来るたびに、本物のお嬢様なんだなぁ…って実感させられてね」
 学校や休日を問わず、わたし達と一緒にいる時は一人浮くのを嫌っているのか、柚奈は普段着やアクセサリー類はあからさまな高級品を着けてきたりしないので、いつもはそんなに良家のお嬢様って意識を持つ事は無いものの、やっぱり家を訪ねると見え方が違ってきてしまう。
「ふっふっふっ。そうだよ?これでも桜庭家の娘なんだから」
 そこで、何だか住む世界が違うとばかりのわたしの呟きに謙遜で反論してくるかと思えば、逆に自慢げに胸を張って肯定してくる柚奈。
「おおっ、とうとう居直ったわね?」
「そして、みゆちゃんはそんな私のマイハニーだから、ここを自分の部屋だと思ってくれてもいいんだよ〜?」
 今までなら「たまたま生まれただけだよ〜」と両手を振りながら困った顔を浮かべていただけに驚きを隠せないでいると、柚奈はそう続けてわたしの胸へと静かに飛び込んできた。
「…あのね、一体どういう理屈よ…」
 何だか嬉しい様な、そこまで図々しくは無いぞと言い返したい様な。
「みゆちゃんが私の生まれを羨むなら、その私に無条件で惚れられたみゆちゃんもまた然り、という事だよ。…私はみゆちゃんの要求なら、どんな事でも断れないから」
「ま、ますますもって、無茶苦茶な理屈を持ち出して来るんじゃないっての…っ」
 しかし、続けて耳元で囁かれた柚奈の殺し文句に一瞬で顔に熱が帯びてきたわたしは、ぷいっと顔を横に向けて素っ気無く吐き捨てる。
「あ〜、もしかして照れてくれちゃったりしてる〜?」
「う、うるさいわね…あんたが恥ずかしすぎるだけだっての」
(でも…無条件で惚れられた、か…)
 その理由が今まで分からなくて散々悩んだりしてたのに、結局は単なる刷り込みでしかなかったのよね。
 …しかも、一方通行じゃなくてお互いに。
(まったく、真実って奴は…)
 真面目に悩んで空回りを続けて、全く馬鹿みたいじゃないのよ。
「でも、それなのにみゆちゃんは私に何も要求してこないんだよね…」
「まぁわたしがそういう性分じゃ無いってのもあるけど、あんただってイヤでしょ?」
 昼ドラとかに出てくる様な、タチの悪いヒモじゃあるまいし。
「……はぁ。こーいう鈍さがみゆちゃんの良い所でもあり、悪い所でもあるんだけど」
 すると、素っ気無くそう答えたわたしに、何故か深い溜息を落としてくる柚奈。
「そりゃ悪うございましたね、お嬢様」
 一応、冴草先生には「もっと傲慢になれ」とか言われた気もするけど、わたしが苦痛を感じてまで実行する気もなかった。
 …確かに、両想いなら要求される側の方が楽なんだろうけどね。
「まぁ、その辺はみゆちゃんに自分で気付いてって言うのも無理かもしれないから、これから少しずつ仕込んでいくしかないかな?」
「仕込むって…あんたが言うとイヤらしい響きに聞こえるんだけど?」
「んふふ〜。そう聞こえるのは、みゆちゃん自身が期待してる証拠…って事でいいのかな?」
「よかないわよっっ!…まぁでも、確かにひとりで居るにはだだっ広すぎるよね、この部屋…」
 そこで、背中へ回していた柚奈の手がまたも腰元へ伸びてきたのをぺしっと振り払うわたしなものの、改めてあまりにも広い部屋を一望した後に手が止まってしまう。
 天井とか机の上で背伸びしながら思いっきりジャンプしたって届きそうに無いし、何もせずにぼんやりとこの部屋にひとりでいたら、すぐに人恋しくなってしまいそうだった。
 …まぁ、わたしなら買ったけど自分の部屋で遊べなくて放置中のWii-Fitとか思う存分やったりして、柚奈よりは満喫する自信はあるけど。
「それってつまり、私が寂しそうだからみゆちゃんが住み着いてくれるって事?あはっ、みゆちゃん大好き〜♪」
「いやいやいや、別にそういう意味じゃなくってっっ」
 まぁ、確かにそう解釈されても仕方が無いと言われれば否定も出来ないか。
 …というか、今までならその後の展開を警戒して言わなかった気もするだけに、自分でもどうして口に出たのかは分からなかったりして。
「だけど、ホントに遠慮なんてしなくていいんだよ?もうみゆちゃんとは親同士で公認の仲なんだし」
「親同士って…もしかして、小百合さんの方も公認なの?」
 確かに、うちの母上には気に入られてるみたいだから公認なんだろうけど。
「うん。少なくとも、娘が自分で選んだ相手以外は認めませんって」
「…柚奈自身が選んだ、か」
 男か女かって部分はどーでもいいって辺り、さすがはうちの母上の元カノだけはあるというか。
「だ・か・ら、心置きなくここを愛の巣にしてもいいんだよ?むしろ、しよ?」
 そしてそう締めくくると、ふぅっと首筋に息を吹きかけてくる柚奈。
「はいはい、お受験が終わったら考えてもいいわよ」
「え〜?今からだから意味があるんじゃない〜?ほら、やっぱり一番苦しい時期を二人で共に乗り越えてこその伴侶だよ?」
「一番苦しい時期なのはわたしだけで、あんたは随分と余裕たっぷりに見えるんだけどね?」
 例えば、テーブルの上に乗ってるDVDラックとか。
「んじゃ、一番苦しい時期を頑張ってるみゆちゃんの支えになってあげるに変更で♪」
「どっちかと言えば振り回されてるって方が半分以上な気もするけど、まぁ頼りにしてるわ。…って事で、そろそろ辛いお勉強でも始めますか」
「え〜?まずは一緒に見たDVDがあったのに…」
「…ちょっと待ちなさい。元々わたしは何をしに来たんだっけ?」
 ほら、いきなり脱線しようとしてるし。
 そもそも、今までだって散々ベタベタしてきて勉強を始める気配が全くなかったというのに。
「でも、息抜きも必要だよ?」
「それは同意するけど、でもこれじゃ息抜きの間に勉強でしょーが」
 確かに、去年までならそれでも全然構わなかったんだけどさ。
 …ホントに辛い時期だよね。
「ちっちっちっ、勉強なんて時間をかければいいってもんじゃないんだよ?人間の集中力なんて、そんなに長続きするものでもないし」
「う……っ」
 しかし、つれなく却下されるのにもめげず、指を左右に振りながら自信たっぷりの表情でそう告げる柚奈の反論に、とうとう先に言葉を詰まらせてしまうわたし。
 心当たりがあるというか、この手の話題は実績を伴ってるという意味では、わたしに反論の余地は全く無かった。
 …たとえ、それが柚奈の都合良い様な理屈になっているとしても。
「まぁまぁ、みゆちゃんの家庭教師としてのプランはちゃんと考えてあるから、ご心配なかれだよん」
「そりゃ頼もしいわね。んで、何を一緒に見ようってのよ?」
「これこれ、『Lの世界』〜♪」
 そんな訳で、仕方が無しにわたしも態度を軟化させて尋ねてみると、柚奈は嬉しそうにボックス仕様になったDVDケースの束を取り出して見せた。
「また、随分とお約束のものを持ってきやがったわねぇ…」
 もっとも、室内の決して多くはないコミックやラノベを収納した本棚には、百合姫のバックナンバーとかその手の書籍が敷き詰められている辺り、別段驚くべき事でもないんだけど。
(…というか、元々そっちの気があってわたしに惚れたのか、たまたまわたしに惚れてそっちの道に入ったのか、どっちなんだろう…?)
 どっちでもいい様な、一応聞いてはみたい様な…。
 じゃあ、自分はどうなんだと尋ね返されるとこれまた困るし。
 柚奈がわたしにした様に、わたしが柚奈にひと目惚れしちゃったのは間違い無いんだけど、だからって別に今までそっちの道に入っていた訳でもなく、むしろ彼氏いない暦がそろそろ気になってた辺りでもあったのに、今じゃ環境のせいもあってかすっかりと染まってしまってる気がするし。
(…まぁ、そういう運命だったって事かしらん)
 いいけどね、別に。
「やっぱりこれは外せないっていうか、元々はこれを見せてみゆちゃんをその気にさせちゃおうって思ってたんだけど…ん〜、今ならもっと刺激的な方がいいかな?」
 そして柚奈はそう続けたかと思うと、ちらちらとこちらに思わせぶりな視線を向けてくる。
「し、刺激的って…?」
「んふ〜♪ズバリこれとか♪」
「却下っっ!」
 しかし、続けて取り出した別のDVDジャケットを見て、今度は即座に却下を告げるわたし。
(どっからどう見ても、レズもののAVじゃないっっ)
 パッケージからいきなりセーラー服姿の女の子が2人ディープキスとかしちゃってたりしてるし。
「いやいや、ネットで評判なんだけど、これがなかなか凄いんだよ〜?たとえばねぇ…」
「別に説明しなくてもいいからっ!…ったく、どっからそんなの手に入れて来んのよ?そっちは完全に18禁の世界でしょうが」
「ちっちっちっ、私を誰だと思ってるのかな〜?ちょっと一声かければ、この程度の1つや2つ♪」
「自慢になるか、そんなもん」
 まぁ、こんな極めて低俗なモノをパシらされた使用人の誰かさんには、御愁傷申し上げる次第だけど。
「つまり、この家での私はお姫様で、その気になればワガママ言い放題♪この意味が分かるかな、みゆちゃん?」
「へいへい、分かってますよお嬢様」
 またもや柚奈の口から続いた、普段は絶対に言いそうに無い台詞に何だか調子が狂うものの、肩を竦めながら頷き返すわたし。
 もしくは、わたしがようやく覚悟を決めた事で、今までは嫌われるのが怖くて自分の前では抑えていた部分が出ているのかもしれないけど。
「…ほほう♪」
 …しかし、それはちょっと無用心すぎたみたいだった。
 わたしの反応を受けて、柚奈の目が一瞬光ったと思うと…。
「え……きゃっ?!」

 どさっ

「分かっただなんて、そんな無防備な事を言ってると、速攻で押し倒しちゃうよぉ?」
「…だからって、押し倒した後で言わないでよね」
 勿論、わたしの抗議も押し倒されてからでは遅いんだけど、柚奈の不意打ちを受けてソファーへ押し倒されてしまっていた。
(というか、ベッドの替わりになるって分かっていながら、なんてザマかしらん)
 まったく、ガードが緩くなったもんね、わたしも。
「うふふふふ…さぁて、どうしちゃおうかしら?」
「…………」
 でも…それも仕方が無い…か。
「ところで、みゆちゃん?私が家庭教師になって教えてあげるのはいいけど、やっぱり無条件でってのはみゆちゃん自身の為にならないと思うんだ。考えてみたら、みゆちゃんって結構サボり癖があるみたいだからね」
「う……っ」
 …そらきた。
 立場的に、持ち出されると断れない伝家の宝刀。
「つまり、タダって訳にはいかないと…?」
 覆い被さった上から見据えてくる柚奈の視線を受けて、どきん、どきんと痛い位に高鳴る心臓の鼓動に耐えながら、出来る限り平静な素振りを見せるわたし。
「んふふ、みゆちゃんがそれを望まないのなら…ね。それに、口で言っても分からない時は遠慮なくお仕置きしていいって、お母様にも言われてるし」
 そしてそう告げると、柚奈の手がわたしの胸元へと伸びていく。
「ちょっ…ダメ……っ」
「あは、みゆちゃんの胸…凄くドキドキしてる…やっぱり、期待してくれちゃったりしてるのかな?」
「そ、そんなんじゃないわよ…っ!虎に押さえ込まれて食べられそうになってるウサギの心境の方っ」
「ふっふっふー。でもその割には、恐怖に怯えた顔って感じでも無さそうだけど?必死で抜け出そうと暴れたりもしてないし」
「うるさいわね…どっち道、逃がすつもりは無いんでしょ?」
「まぁね〜♪私の方は、もう我慢の限界に近づいてる事だし…いっそこのまま、強くは抵抗できないみゆちゃんの立場を利用してなだれ込んじゃおうかな〜って…」
「う……っ、でも出来れば初めてがこういう形なのは勘弁して欲しいかなーとは思うんだけど…」
 せっかく今まで、気持ちがあやふやなまま襲われそうになったのを何とか回避してきた訳だし。
「それじゃ、普通に頼んだらOKなの?」
 すると、冷汗を滴らせながら本音をぽつりと呟くわたしに、獲物を捕えた様なニヤリとした目を向けてくる柚奈。
(…しまった…)
 思わず、心の中で自分の失態を嘆くものの、あとの祭り。
「いや、それは…その…」
「えへへ〜♪」
 しかし、逃げ道を失いかけて思わず抵抗を諦めそうになるわたしに、何故かそこで柚奈から獲物を狙う眼光が不意に消えたかと思うと、無邪気で幸せそうな顔を浮かべてきた。
「…あによ、突然…そんなニヤニヤして?」
「ううん。始業式の日、クラスが離れてた時は凄くショックだったけど、今思えばそれも案外悪く無かったかもって♪」
「ど、どういう意味よ…?」
 うう、ダメだ、見抜かれてる…?
「やっぱり、押すばっかりじゃなくて時には引いてみるものなんだね。茜ちゃんの言った通りになっちゃった」
「茜が…?」
「うん。中間テストの成績を見て、きっとみゆちゃんも心配するだろうけど、ここは突き放して焦らせておきなさいって。そうしたら、予想以上の効果てきめんでびっくりしちゃった」
「…つまり、わたしはまんまと罠に掛かっちゃったって訳…?」
 何だか気持ちを利用されたみたいでムカつくものの、同時にわたしも人の事は言えない気がするのが精神的に2重のダメージだったりして。
「でも言うのは簡単だけど、結構辛かったんだよ?あの時のみゆちゃんがメールに逃げてばかりだったから、何だかわたしも腹が立ってスルー出来たけど、もし直接話をしようとかけてきてたらダメだったかも」
「そいつは、悪かったわね…」
(でも…柚奈よりわたしより、一番辛かったのはきっと…)
 ゴメン、茜…。本当にゴメン…。
「んふふふ〜♪まぁそういう事なら、焦らないでじっくりと行きますか…でも、とりあえず手付けだけは貰っていいかな?」
「はいはい。ちゅーさせろって言うんでしょ?」
「あと、スカートもめくらせて?」
「…蹴るわよ?」
 さすがにそこまで図々しいと。
「え〜?いいでしょ?せっかく私の為に可愛いの着けてるのに〜」
「そういう問題じゃ無いっ、つーかあんたの為でもないっ」
「んじゃ誰の為?」
「…いや、誰の為と言われても…」
 強いて言えば、わたし自身の為?
「ほら、たとえばデートとかでお気に入りの可愛い服を着てきたのに、相手が気付かずにスルーされるとがっくりくるでしょ〜?だから、私はみゆちゃんに失礼の無い様にじっくりと拝見して、しかるべき感想と反応を…」
「余計なお世話よ、この変態娘っっ」
「むぅ〜っ…そんな事言うなら、開き直って力ずくで捲っちゃうよぉ?」
「だ〜っ、結局はそういう展開じゃないのよぉっ?!」

 こんこん

「え〜、だれ〜?」
 そこで業を煮やした柚奈にスカートの裾を掴まれ、「あーれー」とでも叫びたくなった所で不意にノック音が聞こえると、柚奈は邪魔をされた不機嫌さを隠す事なくドアの方へ視線を向ける。
(はぅっ、助かったぁ…)
「…お楽しみの所、失礼します。突然で申し訳ないんですが、主人が姫宮さんとお会いしたいとの事なので、お迎えに上がりました」
 一方で、わたしにとってはピンチを脱した事になるんだけど、用件を告げた後で静かに入室してきた救いの神は芹沢さんの様だった。
「お母さんが…?」
「前に姫宮さんがいらっしゃるという連絡を頂いた時に言いませんでしたっけ?姫宮さんの来訪を待ち望んでおられたのは、お嬢様だけでは無いという事です」
「……むぅ……」
 そして流石というかメイド長の貫禄とでも言うのか、珍しく不満に満ちた渋い顔を見せたままの柚奈を涼しい顔でスルーしながら、いつもの口調で会話を続ける芹沢さん。
「あの…会いたいって、わたしと2人で…ですか?」
「ええ、元々夕食を御一緒にという予定だったんですが、急遽1時間後に出かけなればならなくなりまして、せめてお話だけでもと」
「はぁ…」
「え〜っ、お母さんずるい〜っ」
「おそらく芽衣子お嬢様も小百合様も、四六時中姫宮さんを独占している柚奈お嬢様へ同じ事を思っておられると思いますよ。…という事で、よろしいですか?」
「ええまぁ。元々御挨拶はしておきたかったので、別に構いませんけど…」
 断る理由は無いものの、でも改まって会いたいって事は、何かわたしに用件でもあるんだろうか?
「それは重畳。では早速…と言いたい所ですが…」
 しかし、そこまで言いかけた所で、芹沢さんはじっとわたしの姿を見据えてきた。
「…へ?」
「まずは居住まいを正すのが先ですかね?着衣が乱れてちらちらと見えてますし、お母様が泣きますよ?」
「あうう…っ」
 そして、指摘された後で慌てて確認してみると、確かにスカートは引き下ろされて下着が半分くらい見えちゃってるし、ブラウスのボタンも半分位は既に外されていたりして。
 柚奈の奴、いつの間に脱がしにかかってたんだか…。
「もう、みゆちゃんったらガードが固い様で無防備なんだからぁ♪」
「おそらく天然なんでしょうけど、私もその絶妙な誘い受け加減は羨ましいと思う事がありますね」
「う、うるさいっっ」
 ホントにもう、お嫁に行けなく…なろうがなるまいが、まぁ今となってはどっちでもいいか。

6-11:小百合さんの本音。

「お久しぶりね、美由利さん。よく来てくれたわ」
 やがて芹沢さんに案内されて書斎へと移動すると、この家の主で、柚奈の母親である小百合さんが今まで座って待っていたらしい接客用のソファーから立ち上がってわたしを出迎えた。
「お久しぶりです…というかすみません、いつもろくにご挨拶もせずお邪魔して」
 背丈はわたしと同じかやや小さい位の小柄ながら、落ち着いた色合いの高そうなスーツを完璧に着こなした上品な物腰と、やや丸顔で童顔の顔つきとは裏腹に鋭い威厳というか威圧感の様な空気も兼ね揃えていて、流石は代々続く名家の当主を務めているだけの風格を感じさせるといった所だろうか。
「いえ。この屋敷では栞が私の代理だから、気にする必要はありません。それに、どうやらあなたは今後も大切なお客様…いえ、そんな他人行儀な表現では不自然な間柄になるのかしら?」
 ともあれ、こちらへ伸ばされた手を取りながら恐縮するわたしに、穏やかな笑みを返してくる小百合さん。
(相変らず、若いなぁ…)
 手に取ったお肌も、年代を考えたら信じられない位にスベスベだし。
 所謂”セレブ”らしく、おそらく美容には人一倍のお金と神経を費やしているんだろうけど、色んな意味でお母さんと同い年には見えないというか、高校生の娘がいる様にはとても見えなかった。
 というか、実際うちのお母さんも実年齢より10歳程度は楽勝で若く見られる美貌の持ち主なんだけど、この小百合さんは全く違うベクトルでそれ以上に若く見えたりして。
 …ただそれでも、常に感情を押し殺した様な印象から、どうしても「鉄の女」ってイメージが先行してその事を気にする人はあまりいないんだろけど。
「えっと…事情は大体ご存知なんですか?」
「本人に詳しく聞いたりはしてないけれど、普段の態度を見ていれば大体分かります。柚奈は元々隠し事が下手な子だから」
「まぁ確かに…」
 何だかんだ言って、柚奈はすぐに感情が顔に出るからね。
 …という事は、わたしと離れてからの間、屋敷の人達にも随分心配をかけたのかもしれない。
「いずれにしても、その辺りの事情を私から詳しく聞き出すつもりはありません。これはあくまで、あなた達二人だけの問題ですもの」
「そ、そうですか…」
 わたしはてっきり、今回の件で詳しい事情徴収でもされるかと思ってたんだけど。
「ええ。今日は久々に来てくれたあなたの顔を見て他愛の無い話でもしたいと思っただけだから、別に身構えなくても大丈夫よ?さ、座ってちょうだい。栞、美由利さんにも私と同じものを」
「はい。かしこまりました」
「あ、いえお構いなく…」
「まぁそう遠慮せずに。ちょうどシャンパーニュから、コニャックになる前のちょっと珍しいスパークリングジュースが届いてるの。これはあなたの母親…春菜もお気に入りだったものよ。飲んでみないかしら?」
 そう言って、自分の手元にあるボトルを見せながら優しい笑みを見せる小百合さん。
「は、はぁ…では、いただきます…」
 まぁ、そこまで勧められてしまえば、これ以上の遠慮は逆に失礼になるという事で、わたしは小百合さんに促されるまま、対面のソファーへ腰を下ろした。
 何だか落ち着かない心地と共に室内を軽く見回してみると、柚奈の部屋に比べれば比較的こじんまりとしていて(勿論、うちの居間よりもはるかに広いけど)、飾りっ気の無い内装に来客用のテーブルとソファー、他には本棚や、飲み物や軽食を用意する為の簡素なキッチン、そして数台のPCやプリンタなどが置かれた執務用の机がある程度で、本当に仕事用のみの部屋という印象だった。
「ふふ、やっぱりこういう場所だと、くつろげと言われても無理があるかしら?応接室か私の部屋に案内させても良かったのだけど、予定外の事だったから家の者を騒がせたく無かったの」
「あはは…いえ、多分どの部屋でも大差は無いと思いますけど…」
 ただ場違い感に加えて、確かにこの部屋だとセキュリティの為なのか室内に窓が無い分、余計に息苦しく感じられるのは否めないかもしれない。
 個人的には仕事部屋とはいえ、独りで閉じ込められるのは勘弁願いたいかも。
「どうぞ、姫宮さん」
「あ、どうも…では、いただきます」
 ともあれ、程なくして芹沢さんから差し出された小百合さんが持っている物と同じ、薄い琥珀色の飲み物が注がれたグラスを受け取ると、わたしはとりあえず一口含んでみた。
「…………」
「どうかしら?」
「えと…ちょっと慣れない感じですけど、おいしいです…」
 それは、今まで飲んできたスパークリング系のグレープジュースとは違う味だった。見た目はアップルジュースに近い薄めの色ながら糖度が高く濃厚なんだけど、酸味もしっかりしていて甘味だけが強調されていない深い味わい。
 お値段的にどの位の価値があるものかは知らないものの、あまり喉が渇いたからとグビグビ一気飲みする様なものじゃなくて、ワインとかみたいにゆっくりと味わっていく為の飲み物っぽい。
 強いて言えば、本格的なノン・アルコールのシャンパンに近い…のかな?
「強引に勧めてしまったから少し不安だったけど、お口に合って良かったわ。美由利さんは、ブドウはお好きなのかしら?」
「ええ。果物の中では好きな方です」
 どちらかと言えば、デラウェアより巨峰派ですが。
「そう。このジュースに使われている葡萄はユニブランと言って、栽培されたほぼ全てがコニャックの材料として使用されているの。つまり、ブドウは好きだけどブランデーが飲めない人には味わえないって事になるわね」
「まぁ、そうなりますかね…」
「…でも、それって考えたら不公平だとは思わない?今飲んでもらってるのはポール・ジローのきまぐれで美由利さんに振る舞えているだけだけど、元々は売るつもりはなかったそうよ?しかも、毎年出回るのはごく少数だけだし」
「いやでも、それは仕方がないんじゃないですか?」
 汎用として出来上がったのを強引に買い占めているならともかく、最初からそういう目的で作られてるんだし。
「そうね、普通ならそう思うのが当たり前よね。昔からそうだったんだし、疑問を持つ方が本来はおかしい事なのだけど…」
「あの、どういう事なんですか…?」
 一応、小百合さんの言いたい事は理解出来ない事も無いんだけど、話が見えないというか。
「いえね。女の子が女の子に惚れてしまうってのは、そういう事なんだろうなって。春菜が昔、『綺麗に花咲かせた女の子を同じ女の子が愛でるのを異常とする理屈は不条理よね?』と、良く言ってたのを思い出すわ」
「お母さん……」
 我が親ながら、発想がフリーダム過ぎ。
 きっと学生時代とか、白薔薇の君なんて仇名の裏だと”女狼”なんて呼ばれてたんじゃなかろーかとか思ったりして。
「だけど、それは物理的に不可能なんじゃなくて、単に年月を積み上げて作られた常識という束縛の中に身を置いているから叶わないだけ。少しだけ発想を変えてしまえば、何て事はないんだけれどね」
「…………」
「私は、ああいう既存の枠組みに縛られるのを嫌っていた春菜が好きだった。自分で言うのもなんだけど、それはまるで自由を愛する悪漢に心を惹かれてしまうお姫様の心境に近かったかしらね」
「でも、柚奈もそういう一面を持ってるみたいですけどね。…強いて言えば、芽衣子さんも」
 わたしとクラスが離れる事になると知ってからの柚奈の暴走っぷりはムチャクチャだったし。それこそまるで、世界は自分中心に回ってるんじゃないかって思ってるフシがある様な。
 …もちろんそれも、単にお嬢様だからというだけじゃなくて、確固たる自信に裏付けられた自他共に認められる能力のバックグラウンドがあっての話なんだろうけどね。
「そうみたいね。まぁ、娘達には小さい頃から『無茶でも強引に通せば、道理なんて引っ込むものよ』と躾けてきてはいるんだけど」
「…えっと…」
 それって、”躾”って言うんでしょーか?
 …いやまぁ、噂に聞く帝王学って奴なのかもしれないけど。
「それで、あなたは春奈からそういう教育は受けていないのかしら?」
「いやぁ、覚えは無いですねぇ…。ただ、甲斐性の無い子はダメだと随分言われて来た気はしますけど。今回の件でも、自分自身は柚奈の為にと思っていたのに、お母さんはそんなわたしを軟弱娘と言い放ったりして、時々口論になってましたし」
 でも今思えば、確かにお母さんの言い分の方が正しかったとは思うけど。
 結局、わたしは引き返せない岐路に差し掛かった所で、自分の本音を貫くのが怖くて逃げ出していただけなのだから。
「ふふ、春奈らしいわね。それじゃ、今回の件であなたが選んだ結論は話したのかしら?」
「ええまぁ、簡単にですけど一応は。何だか複雑そうな顔してましたけどね」
 …と言うか、躾が甘かったとか散々言われてたので、「その位の事も出来ない様では我が娘とは認めません」とでも言ってくるかと思えば、意外なまでに反応が静かだったというか、むしろ何か感傷に浸っていたみたいと表現した方が正しいのかもしれない。
「そう…昔の古傷が痛んだのかもしれないわね。栞、ここはもういいから準備を」
 すると、小百合さんは一度溜息をついた後で表情に影を落とすと、入り口で控えてた芹沢さんへ向けて静かに手を振った。
「はい、失礼します…」
(人払い、か…)
 何だか空気が重苦しくなってきたから、出来ればわたしも早めに退散したい所だけど。
「……えと、古傷…ですか?」
「そう。完全無欠の様に見えて、春奈は案外打たれ弱いヘタレさんだったから。ずっと気に病み続けてるんでしょうね。まったく…」
 ともあれ、芹沢さんが退室した後で遠慮がちに話の続きを切り出すと、小百合さんは今度は呆れた様な口調で呟きながら、テーブルの上の飲み物が入ったグラスを手に取る。
「えっと、それはどういう…」
「…ああ、ごめんなさい。今、あなたに話すべき話題じゃなかったわね。私と春奈の関係に、あなたと柚奈の関係へ影響を与える因果は存在すべきじゃない。柚奈があなたを選んで、あなたがその想いに応えてくれる気になったのなら、それで充分。勿論、今後別れの時が来たとしても、言うべき事も無いわ。ただ…」
 しかし、小百合さんはそこで一度口をつぐんでしまい…。
「ただ?」
「…………」
「…ね、美由利さん。もう一度、春奈は私と会う気は無いのかしら?」
 それから少しだけの間を置いた後で、躊躇いがちにぼそりとそう切り出してきた。
「さ、さぁ…以前に小百合さんの話をした時は何だか微妙な反応で、会いたいとも会いたくないとも分かりませんでしたけど…」
 というか、柚奈の家へ行く前に小百合さんの事を聞かされた時と、偶然その本人に会った後で話をした時のお母さんの反応に随分とギャップがあったのは、わたしも気にはなっていた。
 …勿論、初対面でお母さんの名を聞いて、ひと目もはばからず涙を流した小百合さんも含めて。
「そう…まぁ確かに、今更どうなる訳でも無いんだけど…」
「あの、何でしたらそれとなく伝えておきましょうか?せっかくだし、久々に会いたがってたって感じで」
「いいえ、お気遣いなく。先ほども言った通りこれは私達の問題だし、それに…本音を言えば春奈の方から会いに来て欲しいから、誰かに取り成してもらうってのは気に入らないのよね。私の方から、強引に押しかけたするのを含めてね」
「え〜と…それはなんていうか…」
 意外にというか、結構小百合さんも困ったちゃんなのかもしれない。
 もしかしたら、一月前の柚奈の心境も似た様なものだったのかもしれないけど。
「わがままな了見じゃないかって?…だって、元々私を口説き落としたのは春奈ですもの。…そして、終わりを告げてきたのも春奈だけど」
「…………」
「自分と同じ過ちを繰り返さなかったあなたを見て、古傷が痛んでしまった春奈を癒してあげられるのは多分私だけなんだろうけど、それでも…ね」
「結構、手厳しいんですね…?」
 やっぱり、小百合さんにとってお母さんはヒーローみたいなものだったから、弱った姿は見たくないのかな?
「そうでも無いわよ。むしろ逆だったんだけれど」
 しかし、そんなわたしの内心とは裏腹に、小百合さんの口からは素っ気無い返答が返ってくる。
「でも、当時を見ていた人の話だと、お母さん小百合さんの為に必死で努力してたって」
「…そんな一方的な思い込みは、不幸しか招かないものよ。その事については、あなたも身を持って学んだはずでしょう?」
 すると今度はそう告げた後、不機嫌さを含めた幾分の強い語気を込めてこちらを見据えてくる小百合さん。
「え、ええまぁ、それは…」
「例えば…もし私が柚奈の立場なら、むしろ好都合だもの。好きな人が自分の助け無しでは何も出来なくなってしまえば、逆に言えばもうずっと離れられなくなるという事でしょう?」
「…………っ」
 そう言って、含みを持った微笑をこちらへ向けてくる小百合さんに、わたしは一瞬ぞくっと背筋に寒気を感じてしまう。
(これも、1つの愛のカタチって奴なのかしら…?)
 元々お母さんの方からアプローチしたと言っても、小百合さんの方の愛も尋常じゃ無いって言える程だったみたいね。
 …いや、もしかしたら”だった”じゃなくて…。
「なのに、春奈はそういう意味だと可愛げの無い人だったわね…。桜庭家の子女のパートナーとして誰もが認める人物になってみせるなんて、頼みもしない約束を一方的に持ち出して、私なしでは生きられない様にしてしまおうと仕掛けた束縛を悉くすり抜けて行ったんだから…ふう…」
「…いや、それは…その…」
 というか小百合さん、ちょっと行き過ぎた愛情が暴走してダークサイドに入りかけてる気がするのは、わたしの気のせいでしょうか?
「…………」
(でも、二人ともそこまでの間柄だったのに、どうして最後は別れの道を…?)
 まぁそうなってなければ、わたしも柚奈も生まれてこなかった訳だけど。
「…ああ、ゴメンなさい。話が逸れたけど、友達にせよ恋人にせよ、パートナーが自分に何を求めているかを理解するのは、愛や友情の証を差し出すよりも遥かに大切な事よ。勿論、知ってるからと言っても全てを叶えてあげられるかどうかは別問題だけど」
「まぁ、言うほど簡単じゃありませんけどね」
「そうね…私もそう思うわ。だからこそ…あなた達が羨ましいとも思うし」
「あの、小百合さん…あなたはもしかして…」

 こんこん

「小百合様、そろそろお時間ですが…」
 しかし、そこでわたしが続けようとした言葉は、扉の向こうから届いた芹沢さんの声で遮られてしまう。
「…………」
「あら、もう出かけなきゃならない時間なのね…残念。出来ればもっとゆっくりお話したかったのに」
 そこで、冷水を掛けられた形で思わず黙り込んでしまうわたしに、残念そうな溜息を小さく落とした後で立ち上がる小百合さん。
「…ゆっくりお話したいのは、お母さんの方なのでは?」
「別に、今日は春奈の代替としてあなたを呼び出した訳じゃ無くて、純粋に姫宮美由利って人物に興味があったからのつもりよ?」
「わ、わたしに?」
「だって、この私の娘二人を魅了した女性だもの。見た目のタイプは違っても、やはり血は争えないって事なのかしら?」
「二人って…もしかして…」
「柚奈がいるから表に出す事は無いけど、芽衣子も少なからず興味はあるみたいよ?あなたがもしその気になれば、この桜庭家を乗っ取れるかもね?」
 そしてそう告げると、小百合さんは妖艶な笑みを浮かべると共に、伸ばした指でわたしの顎をくいっと持ち上げてくる。
「ご、ご冗談を…」
 一方でわたしの方は、冷汗混じりに首を小刻みに横へ振りながら硬直していた。
 …大体、言ってる事は全く冗談になっていないってのに、どうしてそんな楽しそうな顔を見せるんですか、小百合さん…。
「ふふ…とにかく、あなたが柚奈と添い遂げようと思うのならば、今後一切の心配は要らないわ。無理な背伸びなんてしなくても、力が及ばない所からの邪魔者は、この私が一切近づかせないから」
「…小百合さん…」
「だから、あなたは出逢った頃と変わらないあなたのままで柚奈の側にいてあげてちょうだい。あの子の望みはただ1つ、好きな人といつまでも一緒に居たいだけのはずだから」
「…………」
「まぁ、変わらないままでいてっていうのは、少々難しい注文かもしれないけれど」
「…えっと、生意気な口を利く様ですが、干渉しないって言った割には随分お節介なんですね…?」
「いいえ。正確にはあなた達の為じゃなくて、私自身の為だもの。つまり、親バカではなく利害が一致してるとでも思っていてちょうだい」
「そして、お母さんの為でもあると…?」
「さぁ、それはどうかしらね?春奈本人に聞いてみない事には」
「…………」
 正直、小百合さんがどういうつもりなのかは未だに測りきれないけど…。
「…分かりました。とりあえず、わたしは何も見なかったし、聞かなかった事にします」
 それから、わたしは少しの思考時間を置いた後でゆっくりと腰を上げると、静かにそう答えた。
 多分、素っ気無い上に失礼な事を言ってる自覚はあるものの仕方が無い。
「そう…それでいいわ。時間を無駄にさせて悪かったわね」
「いえ……」
 …だって話をしているうちに、先ほど触れた小百合さんの肌があんなにスベスベとしていた理由に気付いてしまったから。
 二人の別れのいきさつは知らないけど、小百合さんの方は…多分まだ諦めてないんだと思う。
「それじゃ、そろそろ栞も待ってる事だし、部屋を出ましょうか」
「…あ、あの、それじゃ最後にわたしの方からも1つ聞いていいですか?」
「なにかしら?」
「その…小百合さんはもしお母さんとの再会が叶ったら…どうするつもりなんです?」
 聞くのは怖いけど、やっぱり聞かずにはいられない。
 勿論、どんな答えが返ってこようと協力も妨害もする気は無いけど。
「…………」
「…そうねぇ。少しだけ弄った後で二人で愚痴でもこぼしながら、一晩中飲み明かそうかしら?」
 すると、小百合さんは自虐的な笑みを浮かべながら、肩をすくめてそう答えた。

6-12:なし崩し。

「あ、みゆちゃんお帰り〜♪」
 やがて小百合さんと別れた後、自分の代わりにと芹沢さんから指示された他のメイドさんに食堂まで案内されると、待ちくたびれた様子でテーブルに伏せていた柚奈が身体を起こして、嬉しそうにこちらへ手を振ってきた。
「待たせちゃったかしら?何なら先に食べ……」
 それを見て、思わず苦笑いを浮かべながらそう言いかけた所で、ふと言葉を止めるわたし。
「…………」
 ああ、そっか。ここが無神経とか鈍感と呼ばれる所以なのね。
 …よし、ちゃんと学習した。
「ゴメンゴメン。それじゃ用事は終わったから一緒に食べよっか?」
「うん♪それじゃ、ナプキン付けてあげる〜」
「う、うん、ありがと…」
 だから、そんなの1人で出来ると思っても、ここは素直に柚奈の好意を受け入れておくべきだろう。
「あ、みゆちゃん結構肩がこってるね〜?ちょっとほぐしてあげる〜♪」
「そ、そう?悪いわね…」
「ううん♪この位のサービスはお安い御用だよ〜」
 もみもみ
 もみもみ
(…別に揉んでもらわなきゃならない程でも無い気がするけど…)
 でもまぁ、これも柚奈の愛情表現なんだろうし、あんまり無粋な事言うのもね。
 一応、もうわたしは柚奈を受け入れたんだから、少し位はガードを緩めてやってもいいかなとも思い始めてる事だし。
「みゆちゃん、気持ちいい〜?」
「うん、まぁね…」
「うふふ、指先の全てに愛情がこもってるからね〜♪」
 もみもみ
 もみもみ
 もみもみ
「…………」
(…でも、ちょっとそろそろ鬱陶しいかも…)
 というか、正直もうお腹がペコペコなので、マッサージよりも目の前に並ぶ豪華な食事を早く頂きたいんですがね。
(いや、それ以前に…)
 柚奈の揉みほぐす手が、首の付け根辺りから肩口へと移動して、そのまま段々と下がってるのは気のせいだろうか?
 もみもみ
 もみもみ
 もみもみ
 もみ……。
「だぁ〜〜っ!そこまで来たら、もう”肩”じゃないでしょーがっ」
 やがて、揉みながらゆっくりと移動していく柚奈の手が肩から二の腕まで下がった所で、わたしはとうとう我慢の限界を迎えて振り払った。
 まったく、人が大人しくしといてやれば、すぐ調子に乗ろうとするんだから…っ。
「え〜?だって、ずっと同じ箇所だけ揉んでも効果がないじゃない?」
「…と言いながら、スキあらば胸を揉んでやろうとか狙ってたでしょ?」
 柚奈の両手が肩口にさしかかった辺りから、最初は普通に揉んでいた指の動きが微妙にぎこちなくなって、ついでに呼吸も乱れてたし。
 悪いけど、今までのやり取りの中でそういった変化にはすっかりと敏感になっているのよね。
「やだなぁ。マッサージと呼んで♪」
「やかましいっ!」
 …しかし、だからと言って突っ込まれてもヘタに誤魔化さずに開き直るのが柚奈だけに、実際は大して役には立たないんだけど。
「だあってぇ…みゆちゃんがいなくなった間、凄く寂しかったんだもん…その位はいいでしょ〜?」
「う……っ」
 更に、柚奈からそう続けられてしまうと、今のわたしは強く言えないのが厳しい所だった。
「あー、いや…でもそろそろ、わたしもお腹空いたし…」
「大丈夫♪食事の方はこれから二人で『あ〜ん』しあったりとか、ワザと頬っぺたにご飯粒をくっ付けてちゅーで取ったりとか、更にはケーキのクリームをあんなトコロやこんなトコロに塗りたくったりして…きゃあん〜っ♪」
「きゃあん〜っ♪じゃないっつーの、慢性発情変態娘っ!大体そんなコトしてたら、いつまでも片付かなくて困らせちゃうでしょーがっっ」
 前言撤回。やっぱり調子に乗せすぎると、こいつは何処までも暴走してくれやがるみたい。
 ついでに、ここが柚奈の部屋で二人きりだったら押し切られてたかもしれない事を考えても…ね。
「そお?結構みんな楽しんでるみたいだよ?ほら」
「え〜〜?」
 そこで柚奈にそう言われて振り返ってみると、確かに後ろで控えてるメイドさん達の目がニヤニヤしてたり、笑いを堪えているのか、口元を手で抑えたりしていた。
「…………」
 いやあの、別にバカップルコントを披露してる訳じゃないんですがね。
「ん〜。まぁでも、確かにあんまり脱線してばかりだと、この後の予定がつかえちゃうかもね?」
「大体、わたしが来た目的はまだ何1つ済ませてないでしょ?現状学力の確認とか、宿題とか…」
「うんうん、一緒にお風呂で洗いっこしたりとか…」
「そうそう…って、ええっ?それも規定路線なの?」
 というか、どさくさ紛れに油断も隙も無いというか…。
「んふふ。今日はお姉ちゃんいないし、お母さんも出かけちゃったから、好きな時間に遠慮なく入れるよ〜?」
「いや、でも……」
 そういう問題じゃなくて…。
「それに、いくら私が望んでやってると言っても、お勉強教えてあげてるんだから背中ぐらいは流してくれたりしてもバチは当らないよねぇ?」
 しかし、弱々しくなりながらも抵抗しようとするわたしに、柚奈は両手を肩に添えながら、語尾にイヤらしさをたっぷり含めた口調で畳み掛けてくる。
「うぐっ、それを言われると…」
 …とは言っても、今日はまだ何にも教わってはいないんですがね。
 ただ、今までのツケも考慮したら、やっぱりそれ以上はイヤとは言えないんだけど。
(む〜〜っ、何だか今日はノリが違う…)
 今までと比べて、今日の柚奈は妙に強気というか押しが強いし。
(…もしくは、やっぱりわたしの抵抗力が弱まってるのかな?)
 実際、そろそろ疎まくもなってきてる事だしね…勿論、口には出さないけど。

         *

「ところで、結局お母さんとはどんな話をしたの?」
「ん〜、まとめてみると、結局は似た様なお説教…なのかな?」
 ともあれ、それからようやく豪勢な夕食にありつけた後で、食後のコーヒーを片手に尋ねてくる柚奈に、わたしはデザート用のスプーンを軽く回しながら、曖昧な答えを返した。
(…結局は、去年と何も変わる必要なんてないんだから、勝手な思い込みでいらん事をするなって事だよね)
 氷室先生に説得されたとはいえ、結局受験生になったからと浮き足立ってたのは、わたしだけだったって事ですかい。
「あは、大丈夫だよ〜♪私だけはちゃんとみゆちゃんの愛ゆえだって事は分かってるから」
「へいへい…そう評価してくれたのは、確かに冴草先生を除けばあんたと御影さんだけよ」
「御影さん?」
「うん。実際、御影さんが出てきて励ましてくれなかったら、どうなってたか分からないしね」
 そういう意味では、一番に感謝すべき相手という事で真っ先に報告したんだけど、「わざわざノロケに来たんですか?」と軽く睨まれて突き放されてしまった。
「むぅ…そういえば、初詣の時に会ってからの御影さん、やたらとみゆちゃんの事を気にする様になった…」
「そうなの?…あ、そう言えば…」
 占ってもらった後、柚奈と別れる羽目になった時に立候補もされてたっけ。
(…そっか。だから何だか不機嫌だったのか)
 という事は、もしかしてあながち冗談でもなかった…??
「むむむっ、みゆちゃんにも心当たりあるの?」
「ん〜。心当たりというか、あんたがわたしにひと目惚れしたって以上に不可解というか…」
 普段からあまり表情が豊かじゃないのに加えて、柚奈と違って好意を前面に押し出してくる事が無いから余計に分かりにくいし…。
 …ってのは、まぁ置いておくとして。
「……む〜っ……」
(あ、面白く無さそうな顔してる…)
 元々話を振ってきたのは柚奈だけど、ちょっといらん事まで言っちゃったかな?
「…あの、柚奈さん…?」
「…………」
「…………」
「みゆちゃん。最悪、私は2号さんでもいいけど、でも捨てないでね?」
「あのね……」
 そんな大それた甲斐性はありませんっての。

6-13:わたしの負けだから。

「それじゃ、まず私から入ってるね〜?」
「う、うん…お願い…」
 浴室の入り口の引き戸に手をかけながら、いつも通りの笑みを浮かべつつも僅かな不満の影を乗せてそう告げる柚奈に、通路の側から自分の着替えを抱えたまま小さく頷くわたし。
 夕食後、約束通り(殆ど一方的にだけど)一緒にお風呂に入る事になったものの、脱衣所まで一緒にってのは恥ずかしいので(というか、わたしが懇願した)順番に入る事にしてもらった次第だけど、やはり柚奈的にはかなり不満らしかった。
「はぁ…ホントは、みゆちゃんと脱がしっこからしたかったのに…」
「悪かったわねぇ。わたしは恥ずかしがり屋さんなのよ」
 ともあれ、大袈裟にがっかりした溜息を嫌みったらしく吐く柚奈に、わたしは普段は決して自分で言ったりしない台詞を素っ気無く返してやるものの…。
「だよねぇ。…むふっ♪」
 すると、そこで「自分で言うな」という突っ込みが来るかと思えば、今度はこれ以上無いって位の邪悪で好色なオーラが溢れる笑みを向けてくる柚奈。
 …よく分からないけど、何だかツボってしまったらしい。
「あによ、そのイヤらしい笑みは?」
「別にぃ。でも、これから色々楽しみだな〜って思って♪」
「だーかーら、なにがよ…?」
「うふ♪そんなに詳しく聞きたい?」
「あ、いや…その……」
 しまった。このパターンでドツボにハマってしまったのは一体何回目なんだろう…と自己嫌悪してしまうものの、もう遅い。
「もう、こういう時はスルーしちゃえばいいのに、ムキになって追いかけてくるみゆちゃんがもう可愛くって可愛くって♪…お風呂入る前にちゅーしちゃってもいい?」
「う、うるさいわねっっ」
 こうなってしまえば後は終始柚奈のペースというか、悲しい位に反論の余地がないわたしは、赤くなりながら視線を逸らせるのが精一杯だったりして。
「だから、今まで悪い虫が付いてしまわなくて良かったと思ったけど、そこら辺は絵里子ちゃんに感謝感激かな?」
「…ああ、確かに心当たりはあるわ」
 それを聞いて、わたしは苦笑い混じりに逸らせた視線を戻しながら、目の前のお嬢様をまじまじと見据えてしまう。
「ん?どうしたのみゆちゃん?」
「いや、別に……」
 言われてみれば、去年の3月に小学校の頃から一緒だった絵里子と初めて離れて即だったわね。
「でも大丈夫。これからは私が付いてるからね〜♪」
「はは…そりゃ、頼もしい事で」
 そして、わたしも同じくひと目惚れしてしまったとは言え、とうとうこうして押し切られちゃった訳で。
「まぁでも、詳しく聞きたいならすぐ後でた〜っぷりと教えてあげる♪みゆちゃんのお背中でも流しながら、ね?」
「〜〜〜〜っ」
 ちょっと待った、わたしはそんなつもりじゃ…。
 …と思うものの、何故か胸が高鳴るばかりで言葉として出てこなかった。
(もう、何なのよぉ……)
 まぁ、言葉にしたってどうせ結果は同じだったろうからいいけどさ。
「んじゃ、そろそろ閉めるけど…でも、入り口が引き戸だからって、こっそり覗いちゃいやんだよ〜?」
「誰が覗くかっ、あんたじゃあるまいしっっ」
「え〜〜?少し位はいいじゃない?ちょっと傷つくなぁ…」
「いや、その…」
 少なくとも、覗かれる立場の人の台詞じゃない気がするんですが、それ。
「いいもんいいもん。気付いてくれないなら、気付かせちゃうまでだし。…んじゃ、私の準備が終わったら声をかけるからね?」
「へいへい。急がないから、ごゆっくりどーぞ」
 ともあれ、柚奈はさっきから苦笑いを浮かべてばかりのわたしへ、拗ねた様に口元を尖らせながらそう続けると…。
「みゆちゃんも、あまり遅れちゃダメだよ?んふっ♪」
 一度だけ思わせぶりな笑みをわたしに見せた後で、ゆっくりとスライド式の引き戸を閉めていった。
(う〜〜ん…)
 何て言うか、今更疑う余地もない位にヘンなコトする気満々だよね。
 …だけど、分かっていた所で今更中止とは言えないし。
(あうっ、何だか胸がじんじんとしてきた…)
 それは、まるで幽霊にでもなったかの様な、何だかふわふわして地に足が付いてない心地。
 今までとは違うこの高揚感は…緊張と怖さと…もしかして、期待も含んでる…?
(…いやいやいやいや…)
 落ち着け、わたし。
 ヘンに意識しすぎたら、またそれはそれで柚奈の思うつぼになってしまう。
 ここはひとつ、いつも通りの平常心で。背中の流し合いなら、初めて来た時もした訳だし。
「…………」
「…………」 
(…う〜っ、でも…) 
 こうも落ち着かない心地だと、待ってる時間が凄く苦痛だったりして。
(もう、さっさと準備しなさいよ…ん…?)
 そんな時、ふと柚奈とわたしを隔てている引き戸を見ると完全に締め切られておらず、ほんの数センチ位の隙間が空いているのに気付く。
(こらこら、完全に閉めてないじゃないのよ、あのコは…)
 そう言えば、柚奈の奴が扉を閉めた時に衝突音が聞こえなかったっけ。
(まったく、お嬢様ともあろう者がはしたない)
 逆にお嬢様だから、いちいち細かい所に気を配らなくても勝手にフォローしてもらえるのかもしれないけど、まぁそれは置いておくとして。
(ホントに、世話が焼けるんだから、もう…)
 という事で、仕方が無いのできちんと最後まで閉めておいてやろうと、引き戸の前まで近づくわたしなものの…。
(う、うわわ…っ?!)
 取っ手に手をかける前に、薄い隙間の向こうから下着姿になっていた柚奈の肢体が視界に映り、わたしは思わず目を見開いて釘付けになってしまう。
(…あによ、柚奈も今日は妙に気合を入れてるんじゃない…)
 純白の上品で高級そうなレースのお揃い上下に、しかもガーター付き。学校へ通ってる普段はわたしと同じコットン系が多いので(というか、お揃いのをワザワザ買ってるみたいだし)、柚奈なりの勝負下着って所だろうか。
 それでも流石は柚奈というか、多分高級ブランドものだと思う下着セットに全く負けてなくて、違和感どころか完璧なまでに自分の魅力を引き立てていた。
「…………」
 まるでバージンスノーみたいな綺麗な肌に、ふっくらと自己主張しながらも大きすぎず、形のいいおわん型の胸。そして無駄な肉の付いていないお腹と、安産型でやや大きめのお尻が描く、背中から腰にかけてのヒップラインの曲線美は芸術的とも言える美しさで。
(久々に見るけど、うっとりする位に綺麗だよねぇ…)
 端から比べたりするのが馬鹿馬鹿しくなるというか、嫉妬の溜息も出ないというか、ここまでお見事だと素直に見入ってしまうしかない。
 しかも、誰が為の美貌かと言えば、別に誰を喜ばせる為でもなく…って…。
(えっと…強いて言えば、わたしの為だったりする…?)
 …そっか。
 遂に柚奈の一途さに負けて落とされてしまったって意識が強かったから忘れてたけど、あの夕方の時から、同時に柚奈も正式にわたしのものって事になるんだよね。
(あ〜、だからさっき「誰が覗くか」って冷たくあしらった時、妙に不満そうな顔を見せてたのか…)
 本当は、柚奈がいつもわたしにしている事は、自分にもして欲しいって思ってたのかもしれない。
「…………」
 …なんて考えると、さっきはちょっとわたしのデリカシー不足だった…のかな?
 それにあの時はばっさりと切り捨ててしまったものの、いざこうして覗いてると、何だかあの背中のラインとかに指を這わせてみたりとか、色んなトコロを触ってみたくなったりとか…。
(ん?覗き……?)
「…………(にやりん)」
(わわ……っ?!)
 そこで、柚奈が不意にこちらへニヤリとした視線を向けながら手を振ってきたのを見て、慌てて背を向けるわたし。
(…しまった、まんまと…)
 また柚奈の手のひらの上というか、ワザとわたしを覗きへ誘い込む為に締め切らなかったのね。
(ホントに、こういうしょーもない事させたら天下一品なんだから…)
 まぁ、今までも散々この手のトラップには引っ掛かり続けてきてるんだけど。
「…………」
「…………」
 考えたら本当に、よく今まで乙女の純潔を守りきってきたわよね、わたし。
 何だかんだで頼ってる部分が多くて弱みは沢山あるんだし、その立場を利用されて強引に迫られたりしたら断りきれなかっただろうに。
「…………」
 そう言えば転校して間もない頃、宿題を見せてもらう見返りにお触り放題って事があったけど、あの時も結局、初ちゅーを奪われた位でそんなに過激なコトはしてこなかったし…。
(…もしかして自分が思ってる程、柚奈に余裕は無かったって事…?)
 あれだけ自分の気持ちを隠す事もなしに愛情を差し出し続けながら、心の底だとわたしに嫌われるのを恐れていてたんだとしたら、それは自分のやりたい放題している様に見えて、実際は凄く勇気が必要だったんじゃないかとか今更思ったりして。
「…………」
 今思えば、もっと早く気付いてやれば良かったかな。
 わたしの推測が正しいなら、もう随分と長い間苦しい思いをさせて来てるんだろうし。
 それに散々焦らしちゃった分、遠慮が無用になった時の反動も大きいって可能性も…。
「…………」
(ええと、やっぱり何とか逃げた方がいい…?)
 1年以上お預けを喰らって餓死寸前のライオンの元へ、ウサギが無防備にノコノコと乗り込んでいくなんて…。
「みゆちゃん、もういいよ〜♪」
「…へいへい。分かったわよ…」
 しかし、そこで余計な足掻きを真剣に考え始めた所で、脱衣所の方から柚奈からの準備完了の声がわたしの耳に届く。
(まぁ、今更ジタバタしても仕方が無いか…)
 この期に及んで、いつまでも往生際の悪い女と言われるのもイヤだしね。
「…………」
「…………」
「…………」
 だったんだけど…。
(うう、何だか脱ぎづらい…)
 向こう側の浴室に繋がる扉が閉じた音を確認した後で静かに脱衣場へと入っていき、柚奈の丁寧に畳まれた着替えが入った籠の隣でわたしも1つ拝借して、いよいよ…って所で、わたしの動きはブラウスのボタンに手をかけた所で止まっていた。
 別に誰かの視線を感じる訳でもないのに、何だか無性に躊躇いを感じてしまうというか、一度脱いでしまえばもう後には引けない感じがしたりして。
(だからって、あまりモタモタしてると柚奈が痺れをきらせて顔を出してくるかもしれないってのに…)
「…………」
「…………」
「…………」
(はぁ、やっぱりダメか…)
 つくづく、どうしようも無いヘタレだよね…わたしって。
 さすがに自己嫌悪のひとつも感じてしまうものの、このままいつまでもここで踏ん切りが付くまで待つ訳にもいかないし。
(仕方がない。ちょっと柚奈には悪い気するけど、やっぱりこれを使おうかな…)
 …という事で、わたしは”一応”持ってきていた例のものへとちらりと視線を向けた。

         *

「えっと、おまたせ…」
「いらっしゃいみゆちゃん♪んふ、もう一日千秋の想いで待ってたよ〜♪」
 やがて、準備を終えてゆっくりと浴室へと続く引き戸を開いて中へ入ると、湯船の近くで椅子に座りながら待っていた柚奈が嬉しそうな声でこちらに振り返る。
「いや、それはいくらなんでも大袈裟だってば」
 多分、わたしが来るまでにのぼせたり湯冷めしてしまわない様に、そのまま待っていたんだろう。
 ちなみに、柚奈の奴は当然の如く裸だけど、乱れた長い髪で胸とか肝心な部分が隠されてるのが、逆に色っぽかったりして。
「え〜、だって実際に日数で換算すると……」
 しかし、それからわたしが湯気を超えて自分の姿をしっかりと把握出来る場所まで近づくと、柚奈は絶句したかの様に言葉を止めた後で、そのまま顔を硬直させてしまった。
「あ、あはは…これはえっと…」
「…って、みゆちゃん、また水着着てるぅ…」
 そして、わなわなと肩を震わせながら続きの言葉を搾り出した柚奈は、まるでこの世の終わりでも迎えたかの様ながっかり顔だった。
「あ、あはは……やっぱり、だめ?」
「だぁめ。前にも言ったよね?桜庭家ではお風呂で水着は認めませんって」
 落胆させてしまうのは分かっていたけど、それでも予想以上過ぎた反応に思わず苦笑いを浮かべてしまうわたしに、言葉の強さとは裏腹に泣きそうな顔を浮かべて訴えかけてくる柚奈。
 こんなに悲しそうな柚奈は一旦離れようと告げた時以来というか、その位のレベルで落胆させてしまったらしい。
(さすがにちょっと、柚奈に申し訳なくなってきたかも…)
「う〜〜っ…分かったわよ。んじゃ脱ぐから、あっち向いてて?」
 …という事で、渋々観念したわたしは以前の流れに沿ってそう告げるものの…。
「やだ♪」
 しかしあの時と違い、今度は柚奈から間伐無しにきっぱりとお断りを入れられてしまう。
「や、やだって…」
「やぁ〜〜だ。このまま脱いで見せて」
 そしてそう続ける柚奈の表情と口調は駄々っ子のそれながら、同時に不退転の強固な意志が込められていた。
「…………」
「…………」
「…………」
 どうやら、ここまでみたいね…。
「…分かったわよ」
 もう逃げ道は無い…というか、心の中のある部分を施錠していた留め金が静かな音を立てて外れてしまったのを確認したわたしは、柚奈の対面へ椅子を運んできて座ると、肩ひもへ手を掛けながら小さく頷いた。
「え、い、いいの…?」
「実は冗談でしたって言ったって、見逃してくれるつもりはないでしょ?」
「う、うん…何なら、このまま土下座してでもお願いしようかと思ってたけど…」
「あほうっ。そんなコトされたら、わたしの方がやりにくくなるっての」
 まったく、この子はもう…。
 しかも、これで天然ボケとか嫌味でも無くて、本気そのものなんだもんなぁ。
「えへへ…だあって、本当にあと一押しなんだもん…その為なら、私はどんな事だってするし」
「はいはい…」
 分かったわよ。そこまで言うなら応えてあげるわよ。
「わくわく♪」
「…もう、口に出して言わないの」
「どきどき♪」
「…………」
 既に、意識と視線がこちらに釘付けになって聞いちゃいないですか。
「あ、それと…っ、途中で触ろうとしたりしたら中止するからね?大人しく見てるだけよ?」
「大丈夫大丈夫♪私、頑張ってみせるから」
「…ばか」
 ともあれ、ようやく覚悟を決めたわたしは、正面から見据える柚奈の視線を受けながら、ドキドキが止まらない心臓の鼓動と共に、肩紐をゆっくりとスライドさせる。
「…………」
(わたし、とうとう柚奈に……)
 やがて、肩の端から両方の紐がするりと手元へ向けて滑り落ちていくと共に、熱を帯びたわたしの内部から、何だかくすぐったい昂揚感が湧き出る様にして身体中へと巡っていった。
(……見られてる……)
 それは明らかに女の子に見せてる時の反応じゃないというか、「あくまでお友達」と自他共に主張し続けながらも、実際はわたしの方も柚奈をお友達なんて範疇で認識していなかったって事を改めて実感させられていたりして。
「…………」
 そして、一方の柚奈の方は…。
「お、おおおおお……っ!」
 露になったわたしの胸をしばらく無言でじっと見ていたかと思うと、突然椅子にしゃがみこんだまま興奮しきった様に、わなわなと身体を震わせながら奇声を挙げ始めていた。
「ちょっ、ヘンな声出さないでよ…っ?!」
「だって、長かったもん…ひと目惚れしてから、みゆちゃんのおっぱい見せてもらうまで1年以上も…」
 それを見て思わず後退りしてしまうわたしに、心底感慨深そうな口調で訴えてくる柚奈。
 ついでにその感慨が誇張なんかじゃない事は、こちらを見る柚奈の潤ませた目が証明していた。
「…ばか…」
「でも、我慢して待った甲斐があったって位にかわいいよ…ホントにふくらみかけって感じで…先っちょも綺麗な桜色でちっちゃくって…」
「ち、ちょっと、どうして指を近づけてくるのよっ?!」
 そしてそのまま、胸元へ伸びてきた柚奈の手を慌てて避けるわたし。
「ねね、後生だからちょっとだけ触らせて?いや、あ、洗わせて?」
「だ、ダメっ、見せるだけって言ったでしょ!」
 それだけでも、火が出る位に恥ずかしいというのに。
「え〜っ、ちょっとだけでいいからっ、ね?先っちょを少し舐めるだけっ」
「こらこらこらっ、要求がどんどん厚かましくなってるじゃないっ」
「いやいや、別に決してイヤらしい意味じゃなくて、目の前の光景が蜃気楼じゃないかちょっと確認してみるだけだから…」
「ああもう、ワケわかんないっていうか、そんな血走った目で言われても信憑性が無いってばっっ」
 というかもう、ツッコミ所が何処かすら分からなくなってくるんですけど。
「…あやや、それは失礼…こほん。うん、まだ理性を完全に飛ばしてしまうには早かったよね」
「まだって…」
 つまり、後から飛ばす気は満々なんですね、お嬢様…。
「だって、まだみゆちゃんは脱ぎ終わってないし……じ〜〜っ」
 しかしそんなわたしの警戒心に構わずそう続けると、柚奈はワザとらしい擬音を口走りながら、視線を未だ水着の生地に包まれた腰元から下腹部の方へと向けていく。
 その視線が何を求めているかは、今更聞くまでも無いんだけど…。
「え…えっと…やっぱり、こっちも脱ぐの?」
「脱いで」
 目の前から容赦なく向けられる熱視線にたじろぎながら尋ねるわたしに、まるで命令するかの様な口調で即答してくる柚奈。
「……っ、や、やっぱり…見たいの?」
「見たい」
(うううっっ)
 その、真剣そのものの表情で即答してくる柚奈の言葉は短いながらも、まるで有無を言わせない強い言霊が込められていて…。
「う、うん…」
 わたしはまるで柚奈の魔法にかかって魅入られたかの様に頷き返した後で少しだけ腰を浮かせ、おなかの辺りまでずらせた水着の残りを小さく震える手でゆっくりと引き下ろしていく。
(こ、こんなコト…恥ずかしくて泣きたくなる位なのに…)
 でも、どうしてだろう…?
 顔から火を噴きだしそうな位に恥ずかしいのに…そして、どくんどくんと心臓が高鳴って痛い位だというのに、でも決して不快感なんかじゃなくて。
(…それに…さっきから身体が熱い…)
 いずれにしても、こんな感覚は初めてだった。
 昔は絵里子と良く一緒にお風呂入ったりもしたけど、少し位は恥ずかしいと思った事があっても、ここまで無駄にドキドキしてしまう事なんて一度も無かったのに。
「…………」
 結局、わたしは1年間柚奈の魔の手から逃げ回ってきたつもりだったけど、本当はいつの間にか身も心も侵食されてしまっていたのかもしれない。
(それも、何だかムカつく話だけど…でも…)
 仕方が無いか。
 ひと目惚れはお互い様だったって弱みがあるんだしね。
「ぬ…脱いだわよ…これでいい?」
「だめ」
 やがて、両足を潜らせて完全に脱ぎ捨てた水着を隣に置いた後で尋ねるわたしに、柚奈の方は視線を全く逸らせまま即断で言い切ってしまう。
 …またも、有無を言わせぬ強い言霊。
「うう〜っ…」
 まぁ、間違いなくそう言うとは思ってたけどさ。
「足を閉じて椅子に座り込んだままってのはずるいよ…ほら、立ち上がって」
「え、えええ…っ、その…つまり…」
 この状態で立ち上がるという事は…。
「うん。みゆちゃんの一番恥ずかしいトコロ…見せて?」
「……っっ」
 そして追い打ちをかける様に続けられた柚奈からの直球の台詞を受けて、ただでさえ早いテンポで鼓動し続けていた心臓が、一瞬津波の様にどくんと大きく脈打った。
 それこそ、今日一日だけで一体何年寿命が縮んだんだろうって位に。
「ね、いいでしょ?…というか、強権発動しちゃったりして〜♪」
「う〜〜っ…ここぞとばかりにぃ…っ」
「んふふふふ、その為の切り札だよ?ね、みゆちゃん?」
「…わ、分かったわよ…」
 どうせ、今日のわたしは柚奈の要求に逆らえない身なんだし。
 わたしは未だに緊張と恥ずかしさで震える両足を手で抑えると、ゆっくりと腰を上げて自分の秘部が柚奈に見える様に立ち上がった。
「…………っ」
(とうとう、胸ばかりかこっちの方まで…)
「か、かわいい…っ?!つ、つるつるで、ぷにぷに…」
 すると、柚奈の奴は今度は殆ど間を置かずに目を見開き、辛抱たまらんといった様子で腰を浮かせながら近づいてくる。
「こっ、声に出して感想言わなくていいから…っっ」
「い、いやいや…これは…ごく…っ」
「ええい、喉を鳴らすなっっ、変態お嬢様っっ」
 しかも、据わった目つきがもう完全にアブない人のそれだったりして。
「いやいやいや…変態にもなろうってもんだよ…。ね、ねぇ、みゆちゃん…その神々しいまでのつるつるって、もしかして…?」
「…わ、悪かったわね、この年になってもまだ生えてなくて…」
 つーか、人の気にしてる部分に妙な形容詞を付けないでもらいたいんですけどねっ。
「悪いなんて…とんでもない…むしろ…はぁはぁ…」
「こ、こらっ、だからお触りは無しって言ったでしょっ?!」
 そして、吸い寄せられる様に下腹部へと伸びてきた柚奈の指先を慌てて避けながら、両手をぶんぶんと振って訴えるわたし。
「え〜?だって指で拡げないと、中まで見えないじゃない〜?」
「ひ、拡げ……っ?!」
 言うに事欠いて、何て事をっっ。
「そうだよ〜。綺麗にぴったり閉じちゃってるんだから、指で拡げてみないと」
 あまりの大胆な要求に頭が一瞬でパニック状態になるわたしへ、柚奈は天使の様な笑みを見せながら、指を左右に開いたり閉じたりして見せる。
「そ、そんなコト…っ」
 …って言うか、そこまでするって聞いてませんってばっ。
「それじゃ、みゆちゃんが自分で拡げて見せてくれるの?」
「ば…っ?!」
「もぉ、往生際が悪いなぁ…見せてくれるって言ったんだから、最後まで…ね?ちゃんと後で私のも見せてあげるから。んふ♪」
「い、いや、そういう問題じゃ…」
「だぁめ。もう待てとか我慢しろって言われても無理っ♪」
 そして柚奈は強引に会話を締めくくると、問答無用でわたしの腰元へとしがみついてきた。
「ひゃあ…っ?!」
 正に目にも留まらぬ早業…って程でも無かったものの、すっかりと足がすくんでいたわたしは咄嗟に逃げられず、そのまま柚奈にがっちりと押さえ込まれてしまう。
「あ…や…っ、ちょっ…ダメ……っ」
「ダメと言われて止められるなら、苦労はしないってね♪うふふふふ、すごい…みゆちゃんの、間近で見てもとっても綺麗…」
 やがて、柚奈は視線をわたしの秘所のすぐ前へと移動させて妖しく囁いたかと思うと、ふうっと息を吹きかけてきた。
「ば、ばか…ひゃうんっ?!」
「もう、逃げちゃだ・め」
 反射的にくすぐったさと恥ずかしさで腰をくねらせて逃げようとするわたしなものの、すぐさま柚奈の手が大事な部分に伸びて動きを止められてしまう。
「あ?!やぁ…っ!」
「ほぉら、あまり暴れると私の指がヘンな所に当ったり入りこんじゃうかもよ?」
 そして半分脅しめいた台詞を続けると、今度はゆっくりと感触を楽しむ様に入り口付近を弄り始めてくる柚奈。
「うう〜っ…この悪党…っ」
 …と、他の人なら嫌悪感で泣き出したりとかしそうなのに、何故かそのまま足がすくんで動けず、しかも何だか弄られてる下腹部がじんじんとしてくるし…。
「うわぁ、みゆちゃんのスベスベですごく柔らかくて…指に吸い付いてくる感じ…」
「んあっ!だから…そんなに弄っちゃ…ダメだってば…!」
(こんなのヘンだよ…というか、何だか自分の身体じゃなくなっていくみたいだし…)
 恥ずかしいから早く抜け出したいって思う心とは裏腹に、まる身体は柚奈の愛撫を求めてる様な。
「んふふふ〜♪…でも、こうもつるつるでぷにぷにだと、凄くイケない事してる気が…」
「今更気付いたって、十分に変態でアブない人になってるわよ…っ!」
 多分、同性でも訴えたら勝てそうな位にっっ。
「まぁまぁ。私の中の変態さんの因子は、愛するみゆちゃんにだけだから♪」
「フォローになって…うぁっ、ないわよぉ…っ」
 というか、こういう時に「愛する」なんてさり気なく加えるのってずるい…。
「んふ…それじゃ、そろそろ中まで見せてもらおっかな?」
「…………」
 だって…。
「…と思ったけど、やっぱり立ったままだと見えにくいし不安定かな…。ね、みゆちゃん、やっぱりそこの腰掛けに座って見せてくれる?」
「ゆ、柚奈…」
「ね、いいでしょ?一番好きなみゆちゃんだから、全部見たいの」
 そうやって、澄んだ目で真っ直ぐ見据えられながら要求されると、どんな恥ずかしいコトでも断れなくなってしまうから。
「…う、うん…」
 わたしは柚奈の押しに負ける様にして小さく頷くと、言われるがままにさっきまで座っていた腰掛けに腰を下ろし…。
「ほら、後は好きに…み、見なさいよ…」
 自ら太股を拡げる代わりに、視線を逸らせながらぼそりとそう告げた。
 …いくら観念したと言っても、やっぱり自分から見せるのはまだ無理っぽいし。
「ありがと♪では遠慮なく…」
「…………っ」
 すると、嬉しそうな笑みを浮かべた後で柚奈の手がわたしの太ももに添えられると、そのままゆっくりと持ち上げる様に拡げられていき…。
(〜〜〜〜〜っっ)
「ちょっ…タンマっ!やっぱり無理っっ」
「だぁ〜め。私の方こそ、もうお預けは無理だから」
「で、でもでも……やぁぁ…っ」
 その途中で、恥ずかしさに耐えられなくなったわたしは足を閉じようとするものの、しかし柚奈の肩に太ももを固定される形でがっちり抑えられ、そのまま押し切られる形で一番恥ずかしい秘所を晒していった。
「うふふふ、やっぱりこの態勢だとつるつるのワレメちゃんが丸見えだね…これなら奥まで見えちゃいそう」
「……っ!や…あ……っ」
 そして、柚奈はワザと羞恥心を煽るような言葉を囁きながら、そのまま両手でぴったりと閉じられた入り口を左右へ押し広げると、本当に遠慮なく中を覗き込んでくる。
「…………っ」
(あうっ、とうとう今まで誰にも見せた事の無かった部分を、奥の奥まで…)
 思わず耳の先まで高熱を帯びて沸騰する顔を両手で覆うわたしなものの、それでも腰の震えや全身のドキドキは消えなかった。
「わぁ…中もちっちゃくて…凄く綺麗なピンク色……それに…」
 やがて、感覚で視線を感じる位にじっくりと観察されていく中で、何かに気付いた様にぽつりと感想の台詞を止める柚奈。
「な、なによ…?!」
「んふ♪みゆちゃん…やっぱりバージンだったんだ?」
「……っ、な、何か文句でも……っ?!」
「文句なんて…んふふふふ、よくぞ今まで私の為に守り通してくれたって感謝したい位だよ♪」
「べ、別にそんなつもりじゃなかったわよ」
 ただ単に、機会が無かっただけですっ。
「ところで、今まで誰かにこんな風に見せた事ってあるの?」
「あ、あるワケ無いでしょ…っ」
 まったく、親が泣くっての。
 …いやまぁ、その母親が中学に上がった時に毛が生えたか見せろと迫ってきた時は逃げたけど。
「絵里子ちゃんにも?」
「まぁそりゃ、お互いに成長確認ぐらいはしたけど…あんたみたいに大胆には…」
 精々胸がどれだけ膨らんだかとか、ウェストが1センチ太いとか細いとかの低次元の比べ合いとか、あとは生えてるとか生えてないとか程度の話だし。
「成長確認…むぅ、何だか羨ましすぎる響きだけど、でもみゆちゃんって小さい頃からあまり変わっては無さそうだよね?特にこことか」
 すると、何だか絵里子に嫉妬する様な呟きの後で、一旦離した指先で指し示す様につんつんと弄ってくる柚奈。
「お、大きなお世話よ…っ!」
 順当に中学に上がった頃から生え始めていた絵里子にもからかわれたけど、この手の先天的な要因は自分ではどうしようもないのであって。
 結局、一番問題なのは…。
「いやいや、みゆちゃんにはとっても似合ってて可愛いよ。思わず舐め回したくなるくらいに♪」
「…それ、フォローのつもり…?」
 自分の好きになった人がお気に召すかどうかなんだけど、どうやらその心配はなさそうだった。
「それにね、今私、正直すっごく嬉しい気分なんだよ?」
「嬉しいって…まさか柚奈…」
 やっぱり、かなりアブない趣味の人…?
「だって、ホントに私とみゆちゃんって仲良しこよしさんだったみたいだから♪」
 …と実際に言いかけた所で、柚奈の口から突然脈絡の無い台詞が返ってくる。
「な、何よ突然…?」
「んふふふ〜♪ほら、私のもよく見てみて?」
 思わず面食らってしまうわたしに、柚奈はそれだけ告げて立ち上がると、自分の手を後ろに回した後で少しばかり距離を開けていった。
「…………っ?!」
 それからやがて、自分の視線の先にはっきりと映った柚奈の下腹部を見て、わたしは思わず目を見開いてしまう。
(おう、なんてこったい…)
 こんな所に”同士”がいたなんて。
「んふ♪分かった?」
「ゆ、柚奈…それ…?」
 そう。わたしと同じく、柚奈の完璧に近い曲線美の先には無駄な毛が全く見えなかった。
 …ただ、柚奈の場合はわたしと違って幼さじゃなくて、女性的な美しさを増長してるって感じなのが不公平だけど。 
「もしそうじゃなかったら、みゆちゃんとお揃いになりたくて私もつるつるにしてたと思うけど…こういう偶然って何だか嬉しいよね〜?」
 ともあれ、半分呆然としたまま指差すわたしに、幾分顔を赤らめながら、本当に嬉しそうな笑みを返してくる柚奈。
「…………っ」
 対するわたしの方は、嬉しいというより何だか恥ずかしいやらくすぐったいやらで、返す言葉が見つからなかったりして。
「だ・か・ら、私となら一緒にお風呂に入ったって、何も恥ずかしがったりする事なんて無いんだよ?う〜ふ〜ふ〜」
「……っ?!い、いや、あんたと一緒の場合は別の心配事が……っ」
 しかし、それから両手をわきわきとさせながら、柚奈の目がきゅぴーんと妖しく光ったのを見て我に返ったわたしは、今まで眠っていた本能的な危機感を覚えて踵を返すものの…。

 がしっ

「あう……」
 後ろを向いた瞬間、柚奈にがっしりと手を掴まれ、そのまま引き寄せられてしまった。
 …確か手を伸ばしても届かない距離だったはずなのに、どうしてこういう時の運動神経は超人的になるんだろう…?
「あらあら。今更どうして逃げるのかな〜、みゆちゃん?」
「いや、だって…」
 そんなに妖しい目つきで、しかもはぁはぁと荒い息をあげてたら誰だって逃げます。
「もう、これからがお楽しみのお触り…もとい、お背中流しタイムなのに」
(…ほら、既に本音ダダ漏れでお触りとか言っちゃってるし…)
 とは言え、既に掴まってしまったわたしは抵抗する権利はなく、柚奈に後から抱きしめられたまま、強引に腰掛けの上へと引き戻されてしまう。
「ち、ちょっと待って…確か、わたしの方が背中を流してあげるって話じゃ……」
「細かい事は気にしない気にしない♪ほんの少しだけ立場が入れ替わっただけだから♪」
 そして柚奈はわたしの抗議を軽くスルーしてしまうと、近くにあった腰掛を手にすぐ後ろへ座り込み、鼻歌まじりにボディーソープをスポンジに馴染ませていった。
「ああもう、全然細かくない……ひぃっ?!」
 しかし、言い終わらぬうちに柚奈のぬるぬるとした指先が脇腹の辺りをソフトタッチで這い回り、わたしの身体は電気が走ったかの様に仰け反ってしまう。
「おっ、早速みゆちゃんの弱点発見?」
「ちょっ…いきなり何すんのよ…っ?!」
「何って、早速洗ってあげてるだけだけど〜?」
 その予想外の不意打ちに、左右に身体を振りながら抗議するわたしなものの、柚奈の方はまるでお構いなしといった様子で脇腹に触れた両手を今度は脇の中へ潜り込ませ、左右同時にうねうねと蠢かせてきた。
「これのどこが…あっ?!ちょっ、ばか…わき…くすぐっちゃ…ん…っ!」
 確かに指先で掻き出す様な感じで、厳密に言えば柚奈の主張通り”洗ってる”のかもしれないけど、やっぱりわたしにしてみたら擽りプレイを受けてる以外の何ものでもなかったりして。
「んふふ、みゆちゃんってくすぐったがりだから弄りがい…もとい、洗いがいがあって楽しいよ」
「ちょ…っ、今弄りがいって…んあっ?!」
「言ってない言ってない〜♪うふふふふ〜、洗ってあげてるだけ〜♪」
 一方で、柚奈はそんなわたしの反応を楽しくて仕方がないといった口調で反論してくると、次第にヌルヌルと潤滑する指先が脇から脇腹、腰元へと下がり始めていった。
「ひっ、あ…ああっ、あ、洗ってあげてるだけって…」
「ん〜?何か問題でも?」
 そして、柚奈の指はまるでわたしの身体を侵食するかの様な動きで太ももの裏からふくらはぎと、足の指先へ向けてゆっくりと移動していき…。
「はぁ…ぁ…っ、も…もう…っ、さっきからワザとくすぐったい所ばっかり狙って…って、ちょっ、足の裏はやめ…んひぃっ?!」
 やがて足の指を経由してその裏へと回り込み、先ほど脇に潜り込んだ時の様に擽り始めた所で、わたしは思わず悲鳴をあげてしまう。
「え〜。でも、普通お風呂に入った時は全身を洗うでしょ?…それとも、みゆちゃんって普段はくすぐったいからって、カラスの行水だけで済ませてるの?」
「はぁ、はぁ…っ、す、少なくとも、あんたみたいに素手で洗ったりしてしてません…っ、というか、さっきのスポンジはどうしたのよぉ…っ?」
「あれは、泡立てるのに使っただけだよ?大体、みゆちゃんのお肌に合うかどうかも分からないし」
「…そんな事言ったって、去年一緒に入った時はスポンジ使って普通に洗ってたじゃない?」
 大体、ここにあるのは桜庭家本邸に備え付けられた高級品だと思うんですけどっ。
「まぁ、それはそれ。これはこれ♪」
「ええい、強引に誤魔化さな……ひぃぃぃぃっ?!」
 そこで振り返りながら「いい加減にしろ」と突っ込みを入れようとした瞬間、またも不意打ちで柚奈の指先が背骨の中心を一気に滑り落ち、わたしの身体が再び大きく仰け反った。
「もう、お風呂場であまり騒いじゃダメだよ、みゆちゃん〜?」
「はぁ、はぁ…っ、あ、あんたの所為でしょうがぁ…っ」
「うふふふふー、ホントいい反応だよね〜?ワクワクぞくぞくしてきちゃう♪」
 しかし、柚奈の方は聞く耳持たずとばかりにわたしの非難をまたもスルーすると、更に右手の指先を使って今度は背中に何やら文字の様なものを書き始める。
「はぁ…っ?!ちょっ…今度は何して…やあんっ!」
「いやせっかくだし、このカラダは私が売約済みですよーって、署名入りで書き込んでおこうかと」
「ば…っ…ひぁんっ!や、やめ…はぁ…っ?!」
 色々とツッコミたい部分はあるけど、とりあえずその指の動きがあまりにくすぐったいので振り払おうとするわたしなものの、既にもう片方の手で肩口をがっしりと押さえられていて抵抗できなかった。
(ああもうっ、さっきから完全に柚奈のオモチャにされてるじゃないのよぉ…っ)
 …っていうか、柚奈って背中に文字を書くの好きだよね。書かれてる方は肉体的にも精神的にもくすぐったくて仕方がないってのに。
「ん〜、売約済みってのもちょっと人聞きが悪いから、”私の嫁”とでも書き直しておこうかな?」
「はぁ、はぁ…っ、どうでもいいけど…もう背中は勘弁してよぉ…」
 とはいえ、いい加減文字入力と称した背中くすぐり地獄に耐えられそうになくなり、虚勢を捨てて弱々しく懇願するわたし。
 いつもならともかく、何だか全身が敏感になりすぎてる今日は…もう無理。
「ふ〜ん…んじゃ、背中じゃなきゃいいんだよね?」
「う、うん…?」
 すると、柚奈は意外とあっさり背中から指を離してくれて、わたしは思わずホッとするものの…。
「んじゃ、いよいよ前の方を…むふっ♪」
 しかし、そこで一瞬緩んだのが油断大敵。不意に柚奈がそう続けるや否や、ガードが甘くなった脇の下からぬるりと手が伸びてきて、今度はわたしの乳房を鷲掴みにしてしまった。
「やぁ…っ?!ば、ばか…っ!ドコ触って…」
「だって、せっかくお背中流してあげてたのに嫌がるんだから仕方がないじゃない〜♪」
 そのあまりの大胆行動に再び顔を沸騰させながら狼狽するわたしに柚奈は白々しくそう告げると、ボディーソープの泡でぬるぬるした手が胸の感触を楽しむかの様に、指を軽くめり込ませながら揉み始めてくる。
「やぁぁ…っ、だ、だからって…そんな……んっ!」
「あは、久々のみゆちゃんの胸の感触〜。でも、こうして直接触れるのはこれが初めてかな?見た目も小ぶりで凄く可愛かったけど、触り心地の方も繊細で柔らかくって…むふっ♪」
「あ、あんたに褒められても…イマイチ実感ないわよ…っ」
 むしろ、下手したら嫌味かって位に完璧なモノをお持ちの癖にっっ。
「いやいや、今まで何度もみゆちゃんの胸にむしゃぶりつきたいと思いながらも、やり過ぎて嫌われちゃうのが怖くて、どうしても次のステップに踏み出せなかったけど…ホントに感無量だよ〜」
「はぁ…っ、だ、だからって遠慮無さ過ぎだってば…ああん…っ」
「だって、もうみゆちゃんは私のモノだから〜♪さてさて、感度の方もいいみたいだけど、こっちはどうかなぁ…?」
 しかし、自重を求めるわたしにお構いなしで一方的に会話を続けると、今度は左右の人差し指を胸の先にある一番敏感な部分を避ける様にして円を描いていく柚奈。
「ひ…っ!…やぁ…っ、だ、ダメぇ…っ」
 そんな強い刺激が近付いて遠ざかっての繰り返しに、いよいよ身体を這い回る柚奈の指先がクリティカルな部分へ近付いているのを実感させられ、直接触れられても無いというのに、わたしの心臓は強く圧迫されて胸が苦しくなってくる。
「んふふふ〜。焦らされてる気分はどう〜?ね、そろそろ真ん中の可愛いつぼみちゃんの方も弄り回して欲しいんじゃない?」
「そ、そんなコト…だめ…っ、怖いから…だめぇ…っ」
 でも、確かに怖いんだけど…同時に何だかすごく切なくて…。
「…んもう。ダメダメばかり言ってたら、いつまでも次へは踏み出せないよ、みゆちゃん?」

 きゅっ

「あひぃっ?!」
 やがて、柚奈の呆れた様な言葉と同時に乳頭を摘まれた瞬間、わたしの身体を今までで一番強くて痺れる様な刺激が襲った。
「うあ…ああ…あ……っ」
 ただでさえ普段から敏感な部分だというのに、まるで今まで焦らされて蓄積していた感度が一気に弾けたかの如く、一瞬目の前が真っ白になってしまうわたし。
「うふふ…今までしっかり伏線張ってたから、凄く敏感になってたでしょ?気持ち良かった?」
「はぁ、はぁ…っ、で…でも…刺激が強すぎて…もうやめ…」
「大丈夫♪今度は優しくしてあげるから」
 しかし、息を荒くさせながら懇願するわたしの願いも柚奈はまったく聞き入れてくれる事なく、今度は中指の爪先で優しく掻きだす様にして、敏感になりきった乳頭部を弄り回してくる。
「あひ…っ、ひぃ…っ、あ…はぁぁぁぁ…っ!」
 痛い位に強かった先程と比べて、今度は絶妙な力加減の刺激が休む事なく続いていき、わたしは抵抗するどころか、段々と声を抑える事から出来なくなっていった。
「ね、気持ちいいでしょ?これからは、みゆちゃんが望めば毎日でもしてあげるよ?」
「……っ、毎日でも…って…」
 そんな柚奈の囁きに、普段なら問答無用で「余計なお世話よ」と突っぱねる所なのに、何故か下腹部の辺りが熱くなってしまうわたし。
 摘まれたりするのはもう勘弁だけど、でも確かにこうやってヌルヌルした指先で優しく弄られるのは気持ちいい…かも…。
「しかも、弄られれば弄られるほど感じやすくなるから、すぐに癖になっちゃったりして♪」
「ちょ…っ、それ困…やぁん…っ」
「別に困らないでしょ〜?私がみゆちゃんの側にいる限りは…ね?」
「んんっ、そ、そういう問題じゃなくて…はぁんっ」
(ううっ…わたし、どんどん柚奈に仕込まれていってる…?)
 それも、こんな短時間でなし崩し的に…。
「ほらほら、こういうのもどうかな〜?」
「はひ…は…ぁっ、はぁ、や…らめぇ…っ」
 しかし、いくらなんでもそんなに簡単に落ちる訳にはいかないと少しは耐えようとするわたしなものの、柚奈の方も攻める手を緩めることなく、今度は人差し指と中指で軽く挟んだりこねくり回したりしてきて、頭の中が次第に胸から伝わる未知の刺激で一杯になっていった。
(…やだ、こんなの…ホントに癖になっちゃいそう…っ)
 そんな中、次第にわたしの中でもう許して欲しい様な、一方で本当にやめられるのが怖い様な、矛盾した複雑な感情が渦巻き始めていく。
「んふっ♪ちょっと触っただけなのに、もうすっかり固くなってる…お風呂で綺麗にしたら、後でたっぷりと私の舌で気持ちよくあげるからねぇ〜?」
「…………っ」
 指だけでもこんなに敏感になってるのに…柔らかい柚奈の舌で舐め回されたら…。
(あ、やば…また…)
「あは♪今、一瞬期待してくれたりした?」
「え?!そ、そんなコト…あっ?!…はぁ…はぁぁ…っ?!」
 だからと言って素直に頷くわけにもいかず、「そんなコトはない」と反論してやろうとするものの、緩急をつけた絶妙な力加減でねちっこく乳頭を刺激し続けてくる柚奈の指遣いの前に、わたしの口から出てくるのは喘ぎ声だけだった。
(ど、どうしてそんなに上手いのよぉ……っ?!)
 もしかして柚奈、女の子相手は結構手慣れてるとでも?
「もう、みゆちゃったら触れるたびにびくん、びくんって身体を奮わせちゃってかわいすぎ〜♪普段は恥ずかしがり屋さんなのに、身体の方はすっごく敏感でHに出来てるってのが、もうたまんないって感じだよ?んふふふふ〜っ♪」
「く…っ、さっきから言いたい放題言ってんじゃ…ひんっ?!」
 しかし、言葉とは裏腹にわたしは腰の力がすっかりと抜けてしまい、何をされても抵抗出来なくなっていたりして。
(…もう、しっかりしなさい、わたし…っ)
「んふ♪口では強がっても、カラダは正直だよぉ?ほらほらほら〜♪」
「ふぁあっ、はぁぁ…っ、もう、やぁ…っ!」
 だって、このままだと…。
(くやしい…でも、感じちゃう…かも…)
 うう…っ、これだけは頭の中でも言いたくなかったのに…。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁ…っ、ゆ、ゆいなぁ…らめぇ…っ」
「うふふふ〜、みゆちゃんってばとってもイイ顔してる…ね、ひとりで弄ったりするよりずっと気持ちいいでしょ?」
「ひ、ひとりでなんて…んっ!してないわよぉ…っ」
「ホントかなぁ?密かに今まで、私にHなコトされちゃう妄想しながらしてくれちゃったりしてない?」
「し、してないってば…っ」
 というか、何だか柚奈でしたら負けの様な気がしてたし。
「…むぅ。でも1回位はあるよね、ね?」
「ああもう、してないってばっ!何なのよさっきから……んぁぁっ?!」
 しかし、言い終わらないうちに突然きゅっと乳頭を強めに摘まれ、痛みが半分混じった様な強い刺激がわたしの身体を駆け巡った。
「もう、こういう時は嘘でもした事があるって言って欲しかったなぁ…」
「し、知らないわよぉ…っ」
 よく分からないけど、どうやら後ろに張り付いてるワガママお嬢様はお気に召さなかったらしい。
「まぁいっか。これからそういう風に仕込んじゃえば。すぐに私なしではいられないカラダにしちゃったりして。んふっ♪」
 それでも、すぐに気持ちを切り替えたかの様にそう告げると、再び「洗う」と称した胸への執拗な愛撫を続けてくる柚奈。
「あっ、もう…やめてぇ…っ、それ以上弄られたら…わたし……っ」
 心の片隅にあるスイッチが入ってしまいそうで…。
「ちゃんと責任とってあげるから大丈夫だよん♪みゆちゃんに飽きられたりしない様に努力もするし」
「で、でも……っ」
「…それとも、こうやって私に触られるのはイヤ…?」
「えっと…それは…その…い、嫌…じゃないけど…」
 というか、ここでそんな質問なんてズル過ぎ…。
「ありがと。愛してるよ、みゆちゃん♪」
「〜〜〜っ!」
 すると、柚奈は耳元で満足そうに囁いた後にわたしの耳たぶを甘噛みすると、ぴくんと顔が波打った隙を突いて、今まで胸を弄っていた右手をお腹から下腹部の先へ向けて潜り込ませてきた。
「あ…っ、そ、そこは…やぁぁんっ?!」
 そして、ぬめり気たっぷりの3本の指で秘部の表面を優しく擦りつけてくる柚奈の愛撫に、わたしの下半身が一気に熱くなっていく。
「ほらほら、こっちも綺麗に洗っておかないと♪…まぁ、あえて洗ってないのを舐めて綺麗にしてあげるってのも、私的には憧れてるんだけどね〜?」
「ば、ばかっ、ヘンタイ…っっ」
「ん〜、愛情表現と言って欲しいなぁ。いくら綺麗な人が相手だからって、好きでもない人にはそんなコトまで出来ないでしょ?」
「んぁ…っ!…そ、そりゃまぁ…そうかもしれないけど…」
 更にわたしの立場で言えば、相手が好きな人だからこそ、ここまで好き勝手に恥ずかしい部分を見られたり弄り回されても受け入れてしまう…か。
「んふふふ♪まぁでも、今までひたすらガードが固かったみゆちゃんが、恥ずかしいトコロを弄られながら私の手の中で喘いでるってだけでゾクゾクして仕方がないんだけどね?ほぉら、こんなトコロも触っちゃうよ?」
 しかし、わたしの肯定を聞いて更に調子づいた口調で柚奈はそう続けると、秘所の一番先にある包皮の部分を指で押し込むようにして剥き、空いた指先でその中にある一番敏感な部分へ直接触れようとしてきた。
「え、ちょっ…?!そこ…はひぃ…っ?!」
 やがて、ヌルヌルとした柚奈の指先が剥き出しになったクリトリスを軽く弾いた瞬間、わたしは強烈過ぎる刺激に一瞬我を忘れて悲鳴をあげてしまう。
「ほらほら、ここも普段は隠れてるんだから、ちゃんと綺麗にしないとね?」
「あ…ああ、あああ…っ!いやだめ…だめだめ…あひぃ…っ?!」
 そしてそのまま、痙攣させるかの様に小刻みな動きで攻めてくる柚奈の指使いに、半狂乱に近い嬌声をあげさせられてしまうわたし。
 元々、皮を被ってる上から触れただけで結構敏感だったのに、こうして直接触れられた時の刺激はとても言葉で表現しきれない程で、はしたない声を出すのを我慢するとか、そういう余裕すら無くなってしまっていた。
「わっ、みゆちゃん落ち着いて…。…えっと、もしかして、直に触れたりするのって初めてだった?」
 すると、わたしの過敏な反応に最初は驚き、慌てて一旦手を離す柚奈なものの…。
「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、あ、当たり前…でしょ…っ?!まだ経験無いんだから…っ」
「あはは、ごめんごめん♪…やっぱり、いきなりはちょっとキツかったみたいだし、徐々に慣らしていかないとね?」
 すぐにゴメンと言いながら全く反省の色が見えない楽しそうな声色でそう告げると、今度は直接触れるのをやめて、また包皮に包まれた上から爪先で小さく掻く様にして弄ってくる。
「いや、だから…んくっ?!や…あ…ああ…っ」
 しかし、わたしにとってはそれだけでも十分過ぎる程なので出来れば勘弁して欲しいものの、そこまで自重する気はないらしい。
「まぁまぁ、最初は痛いくらいかもしれないけど、だんだん良くなってくるから♪」
「はぁ、はぁ…っ、なんであんたはそんなに嬉しそうなのよぉ?」
 もしかして、Sっ気でも出てきたって言うんじゃないでしょうね?
「そりゃあ、私にとってはみゆちゃんのカラダで私色に染められる部分が多ければ多いほど、嬉しいに決まってるじゃない?また楽しみが1つ増えちゃった気分♪」
「うう〜っ、さっきからカラダカラダって、最初からわたしの身体が目当てだったみたいに…」
「え〜?だってしょうがないじゃない〜。みゆちゃんってニブいから、言葉だけじゃ伝わらない気持ちも沢山ありすぎるし」
「…もう…上手い事言って単にHなコトがしたいだけじゃ…ひあっ?!」
「むふふふ〜♪100%否定はしないよん。私は言葉よりも、肌を重ね合わせて愛情を確かめたいってタイプだし♪」
「あう…っ、本当に、とんでもない変態お嬢様に引っ掛かってしまった…」
 だけど言葉とは裏腹に、わたしは自らその変態お嬢様の毒牙にかかり、こうしてじっくりじわじわと身も心も剥かれていってる訳だけど。
「ふっふっふっ、今更気付いても遅いし〜♪…とか言ってみたりして」
 すると、そんなわたしの負け犬の遠吠えに等しい捨て台詞を柚奈の方は満足感というか、幸福感がたっぷりと詰まった口調で返してくると、今まで秘所を愛撫する右手に合わせて胸を弄り回していた左手を離し、今度は腰元からお尻と腰掛けの間に空いた僅かな隙間へと指を潜り込ませてきた。
「あっ?!ち、ちょっ、だめそこは……ひゃうっ?!」
 もちろん、その左手が何処を目指してるのかすぐに悟ったわたしは腰を引いて逃げようとするものの、それでも右手で前の方をしっかり掴まれて固定されてる以上は逃げ道もなく、あっという間にお尻の谷間の一番奥にある部分へと到達されてしまった。
「…ほぉら、みゆちゃん力を抜いて?」
「や…あ…っ、ああっ、そんなトコロまで…ぇ…っ」
 そして、そのまま擽る様なソフトタッチで周囲を刺激され、再び未知の刺激への戸惑いと恥ずかしさで、思わず身体が過敏に反応してしまうわたし。
「え〜?本来は一番しっかりと洗わなきゃいけない部分でしょ?ほらほら、逃げちゃだ・め♪」
「だ、だからって……んっ!や、やぁ…んっ」
 100歩譲って普通は素手で洗ったりしないわよって突っ込みはしないとしても、そんなに執拗に弄くり回したりはしないってば…っ。
「んふ♪指を動かすたびにびくびくと身体を震わせて…やっぱり、みゆちゃんお尻も弱いんだ?」
「は…あ…っ、よ、よく分からないよ…こんなの…」
 なんていうか、くすぐったさが思いっきり増幅されてるっていうか、胸の先を弄られた時とはちょっと違う感覚。
 ただやっぱり、柚奈の指先で弄られていくたびに何だか変な気分になってくるのは共通だけど…。
「でも、それだけ感度がいいんだから、すぐにこっちも癖になっちゃうよ?まぁ、後でたっぷりと教えてあげちゃったりするけど♪」
「後でたっぷりと…って…お、お尻まで…?」
「んふ♪だ・か・ら、こうやって綺麗にしてるんじゃない?」
「…………っ」
 あ…またドキドキしてきた…。
 しかも、この何だか地に足の付かない、身体の芯からふわふわするような感覚は怖いとか、嫌な事を間近に控えた時のドキドキじゃなくて…多分、期待感。
 他人にお尻の穴を弄り回されてるなんて、普通なら相手を張り倒したり大声で泣き出したりしてでも逃げようとするのに、逆にこんな気持ちになるなんて…。
「…うう〜〜っ」
「え、どうしたのみゆちゃん…?やっぱりここはイヤだった?」
 そこで思わず、ぶすっと顔をむくれさせるわたしに、人の気も知らない柚奈が手を止めて狼狽するものの…。
「違うわよ…その逆だから、なんだかムカつくの。他の人なら嫌な事なのに、あんたにだけならいいかなって、一瞬でも考えちゃったから…」
 わたしは不機嫌そうな顔を変えないまま、ちらりと幸か不幸か運命の出会いを果たしてしまったお姫様の方を向いて、ぶっきらぼうに答えてやった。
「み、みゆちゃん…わ、私っ、きっとみゆちゃんを幸せにしてみせるからねっ?!」
「はいはい…って、ああんっっ?!」
 …もう、人のお尻とか弄りながらプロポーズしてんじゃないっての、変態お嬢様っ。

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