れるお姫様とエトランジェ Phase-4 その3


Phase-4:『エトランジェ』

4-10:きつねとたぬき。

「ただいま〜…」
「おかえりなさい。絵里子ちゃん、お久しぶりね?」
 その後、左右に絵里子と柚奈の2人を引き連れてトボトボと帰路につくと、早速連絡を受けていたお母さんが玄関で出迎えてくれた。
「どうもご無沙汰してます、おばさん」
「学園祭に行ってたそうね。美由利ちゃんを追っかけてここまで来てくれて嬉しいわ」
「まったく、付き合いが長いというのに、美由利の奴は手紙どころかショートメールすらよこさないものですから」
「そうねぇ。昔はいつも一緒だったものね。美由利ちゃんも冷たいわよねぇ」
「…仕方が無いじゃない。こいつの所為で随分とドタバタする様に……って…」
 そこで、そんな台詞と共に振り向くと、柚奈が頬を膨らませてぶす〜っとしているのに気付く。
 どうやら、母上の口から出てきた「いつも一緒だった」に反応したらしい。
(そんな、昔の話にいちいち反応されても困るってば)
 だから、連れて来たくなかったってのに…。
「そして、あなたが桜庭さんね?こちらは初めましてかしら」
「あ…は、はいっっ、初めましてお母様♪桜庭柚奈と申します。どうか、私の事は柚奈と呼んで下さいませ♪」
 しかし、そこで母上の視線が柚奈の方へ向いた途端、コロっと憮然とした顔が天使の様な満面の笑みに変わり、これ以上無い位に人懐っこい声で自己紹介しながら深々と頭を下げた。
「あらあら、そんなに畏まらないで。貴女の事はいつも美由利ちゃんから聞いてたし、一度会いたいと思ってた所だから」
「光栄です、お母様♪私も近いうちに是非ご挨拶に…と思っておりました」
(どうでもいいけど、既にお母様と呼ぶのは確定なのね…)
 消沈状態から突然蛍光灯のスイッチが突然入ったかの様な柚奈の口調は、まるでお嫁入り前に相手の家族に挨拶する時の様で。
「もう既に知っているだろうけど、貴女のお母さんと私とはちょっとした縁があってね。それが引っ越した先で偶然うちの美由利と仲良くなるなんて、世の中の縁って不思議なものよね…」
「そうですねぇ。私なんて運命的なものを感じちゃってますが♪」
「まぁ、それでも貴方達は貴方達。わたし達の因果に縛られる必要は無いけど…」
 そこで、言葉を止めてじっと柚奈を見つめるお母さん。
「はい…?何か?」
「一応、美由利ちゃんから外見は聞いてたけど…あんまりさゆちゃんに似てないのね?」
「ええ。私はお母様似、との事ですので」
 最近の調査で、どうやら内面も似てるって事が判明したし、わたしよりもこのお母さんと柚奈が親子って言われた方が自然に見えるかもしれない。
「そうねぇ…うちの美由利が、何故かさゆちゃんに似て育ってしまったし」
(悪かったわね…)
 何とか言い返してやりたいが、ここは下手に喋ると小百合さんに対して失礼になってしまうので、ここはぐっと堪える事に。
「とにかく、これからも、美由利を可愛がってやってね?」
「はい♪それはもうたっぷりと愛情を込めて念入りに」
「…ちょっと待て、なによその『念入りに』って?!」
 柚奈の返答もおかしいけど、そもそもお母さんの言い方もおかし過ぎる。そこは「娘をよろしく」みたいな曖昧な言葉で誤魔化すのが普通だろう。
 …と言っても、まぁ結局は同じ事だろうけどね。言葉の解釈の選択肢は想像力次第で無限だし。
「良かったわねー、美由利。連れて帰った嫁が親に気に入られて」
「うっさいわね…別に嫁を連れて帰った覚えなんてないわよ…」
 絵里子から無責任な台詞と共にぽんぽんっと肩を叩かれ、ジト目でそう呟くわたし。
「でも、何だか色々と事情があるみたいね。どういう事?」
「…まぁ、ちょっとした運命の悪戯みたいなものね」
 というか、確立なんて言葉で表現できる範囲じゃないのが厄介なのよね、これが。
「とにかく、みんな疲れたでしょ?入って入って」
「おじゃましま〜す♪」
「それでは失礼致します、お母様♪」
 昔の流れで、遠慮する様子も無しに上がってくる絵里子と、一つ一つの動作に神経を尖らせ、お嬢様らしい上品な振舞いを心がけている柚奈。
 この対比は、なかなか面白いかも。
「それじゃ美由利ちゃん。既にお茶の用意は出来てるから、お部屋に案内したらキッチンまで取りに来てね?」
「いや、この中で一番疲れてるのはわたしなんだけどね…」
 …ただ、こういう時は家族が一番身内に優しくなくなるのが厳しい所よねぇ。

「…さて諸君。このドアの向こうがわたしの部屋になるんだけど…分かってるわね?」
 その後、早速二階にある自分の部屋の前まで案内すると、わたしはドアのノブに手をかける前に二人の方へと振り返って念を押し始める。
「分かってるってば。むやみやたらと漁ったりはしないから」
「そうそう。クローゼットを開いてみゆちゃんの下着を探したりはしないし♪」
「…………」
 本当に大丈夫でしょうねぇ…と思うものの、まぁ確かにわたしの目が届いているうちはそんな真似をさせる事は無いか。
「んじゃ、どーぞ」
 不安感は拭えないものの、今更入るなって訳にもいかない。わたしは意を決すると、ノブを回して柚奈達を部屋へ招き入れた。
「わぁ〜、これがみゆちゃんのお部屋〜♪」
「おお〜っ、これがみゆの部屋〜っ…って、別に驚くもんでもないわよね?」
「普通だねぇ〜」
「…当たり前だっての」
 別にわたしは、特殊な趣味やセンスの持ち主じゃないし。
 基本的に8畳の間取りに、ソファー兼のベッドと、押し入れも兼ねたスライド式のクローゼットに化粧台。他には、大きめの本棚にCDや小物などを収納する背の高いラック、21インチのテレビと、その下の台にはゲーム機、更にノートPCが乗った勉強机と小型のテーブルといった所で、後は観葉植物とクッションと動物系のぬいぐるみなどの小物がぽつぽつと、ごく普通の部屋…のはず。色合いだって、ピンク系中心だし。
「でも、いい部屋じゃない?あたしの部屋なんて6畳半で狭いってのに」
「あはは。家は絵里子の方が広いけど、わたしは一人っ子で絵里子は3人姉妹だもんね?」
「そうそう…それで、一番広い部屋を占拠していたおねぇが県外に進学してそのまま就職したってのに部屋を譲り渡してくれないし。それどころか、勝手に入ったらぶっ殺すって脅すしさぁ…」
「あはは。まぁそれは仕方がないわよねぇ」
 誰だって、実家には自分の居場所は残しておきたいだろうし。
「…それで、あちらのお嬢様の部屋はどんな感じなの?」
 やがて会話が一段落した所で、絵里子は先程から会話に加わらないで、少し離れた場所からきょろきょろと室内を物珍しそうに見回している柚奈の方へと視線を移してそう尋ねてくる。
「どんな感じって…そうねぇ。とりあえず、三人で出来る事の違いとして、うちはテーブルを囲んでの談話か、みんなでゲームぐらいだけど、あちらは鬼ごっこやかくれんぼが出来てしまうって所かしら」
 そもそも、広すぎて具体的な数字は計算できないというか、うちの2階全部を足した広さとようやく比較が出来るって話であって。
「マジ…?って、あの子まさか本当に本当のお嬢様???」
「……??何ですか?」
 そんなわたしの返答を聞いて、絵里子が思わず指を差しながら柚奈を凝視すると、当の本人は話を聞いてなかったのか、きょとんとした顔を見せる。
「マジもマジの大マジよ…興味があるなら、ネットを開いて桜庭グループで検索してみるといいわ…あの子がどれだけのお嬢様か分かるってものだから」
「はえ〜っ…それじゃもしかして、玉の輿?」
「…そうね…わたしか柚奈が男の子だったら…ね」
 たったそれだけで万事解決って気もするけど、それは所詮結果論に過ぎないと言えばそれまでの話。そもそも、あの一族はどうも先代から百合属性が強めみたいだから、もしわたしが男の子だったら、あの時の出逢いでフラグが成立していたかどうかは怪しいしね。
「ふぅ〜ん…しかし、お嬢様学校に転入していきなり本物のお嬢様を引っ掛けるとは、美由利もなかなか侮れないわね?」
「不可抗力よ…もしかして、初日から遅刻しかけた怠惰なわたしに対する天罰かしら…」
「でも、そのお陰で新しい学校にも早く馴染めたなら、運命を司る神様の粋な計らいかもよ?」
「……。まぁ、その結論は卒業した時にでも出すとするわ」
 もしくは、わたしが柚奈に白旗を上げた時…か。
「…………」
「…なによ?」
 やがて、そんな事を考えているうち、今度はわたしの方が柚奈から不満そうな顔で見据えられている事に気付く。
「さっきから、2人だけで会話していてずるい…私だけのけ者?」
「別に内緒話してた訳じゃないわよ。あんたがわたしの部屋を物色するのに夢中になってただけでしょーが」
 まったく、ワガママなお嬢様だ。
「それじゃ、どんな話をしていたの?」
「それは…」
「…………」
 やっぱり言えねぇ。
「…内緒」
「内緒よねぇ?」
「むぅ〜っ、やっぱりずる〜〜いっっ」
 そして思わず顔を見合わせて苦笑いするわたし達に、柚奈の不平の叫びがわたしの部屋に響き渡った。
「ずるいって言うか…本人に直接言う事でも無いというか…あら?」
 そんな中、不意にわたしの携帯からメールの着信音が鳴ったので開いてみると、母上から届いたさっさとお茶を取りに来いとの催促メールだった。
 どうやら、夕食の準備で忙しくてここまで持って来てくれる余裕はないらしい。
「まぁ、それはともかくとして…それじゃ、わたしはそろそろお茶を取りに行ってくるけど…分かってるわね?」
 ともあれ、わたしは急いで部屋を出ようとノブに手をかけようとするものの、その前に一度柚奈と絵里子の方を振り返り、それぞれの目を見ながら念を押し始める。
「あは、大丈夫だってば」
「そうそう。みゆちゃんってば心配性なんだからぁ♪」
(…本当でしょうね…?)
 とは思うものの、まぁあんまり疑うのも悪いし。
 とりあえず、わたしはそれ以上念を押すことはせずに部屋を出ていく事した。

 …そして。

「…………」
「…………」
「…………」

ガチャ

「あ……」
「……あ…」
「…あんたら、お約束過ぎるんですけど?」
 やがて部屋の外に出た後で、しばらくその場で足踏みした後に10程数えて再びドアを開くと、そこには机の中を漁っている絵里子と、クローゼットの中の下着を入れたボックスを開いて物色している柚奈の姿が目に映った。
「まぁまぁ、これもお約束って言うか、様式美の1つって事で〜♪」
「もう、大親友相手にわざと足踏みして騙すなんて、美由利ってば疑い深いんだからぁ♪」
「…だったら、頼むから信用に値する行動をとってよ…」
 まったく…こういう時だけ息がピッタリだし、この2人。

4-11:宴の夜は更けて。

「ね、美由利ちゃん…いいでしょう?」
「だ、ダメだよ…こんな所で…」
 後ろから肩を抱かれ、吐息を首筋に吹きかけながら耳元で囁きかけてくるお母さんに、わたしは首を横に振りながら必死で抵抗していた。
「どうして?お母さん、今までずっと我慢してたのよ?」
「だ、だって…今日は柚奈と絵里子も来てるし…」
「ふふ…いいじゃない?ありのままを見せてあげれば…」
「そ、そんな…」
「ほら、肩の力を抜いて、お母さんに任せて…」
 しかし、何とか逃れようとするわたしに構わず、お母さんは後ろから抱きかかえる様に腕を伸ばしてわたしの両手を固定すると、ブラウスのボタンを外し始める。
「…あ……やぁ…っ?!」
 このままじゃダメだ。逃げないと…と頭が危険信号を告げているのに、まるで金縛りにでもあった様に身体が上手く動かない。
 …それはまるで、蜘蛛の巣に掴まった蝶の様に。
「大丈夫。恥ずかしいのは最初だけ。じきにそれが快感になっていくわ」
「そんなの…いやだよ…」
 しかし、だからと言って大人しく食べられる訳にはいかない。
 わたしは抵抗を諦めず、動ける範囲で逃れようと藻掻き続けた。
「…もう、強情ねぇ。娘は母親の言う事を聞くものよ…?」
「く…っ、これが実の娘に対して母親のする事とも思えないってば…っ!」
 そして一瞬の力が緩んだ隙を逃さず、素早くお母さんの腕から逃れるわたし。
 これが最後の逃げ道だって、そう直感したわたしの行動は素早かった。
「…………」
「…だって、お母さん今日学園祭行けなくて寂しかったんだもん…ちょっと位はサービスしてくれてもいいじゃない…」
 すると、逃した腕を抱えたまま、拗ねた顔を浮かべてそう訴える母上。
 結局何の話なのかと言うと、わたしが夕食後に片付けを手伝おうとしたら、お母さんが学園祭で着たエプロンドレスを着てやってくれと頼んできたんだけど…。
 んで、流石に恥ずかしいのでお断り申し上げた所、実力行使に出てきたって訳。
「知らないわよ…急用が出来たんだから、仕方がないじゃない」
 まぁ、お陰でわたしにとっては、心配事の種が1つ減ってくれて助かった訳ですが。
「うう…っ、女手一つでここまで育ててきたというのに…美由利ちゃんって冷たいのね…」
「そーだよ美由利、少しくらいいいじゃない?」
「うんうん、もっとお母さんは大事にしないとダメだよ、みゆちゃん?」
「うるさい外野っっ、…というか、うちのお父さんも死んじゃいないってば…」
 ただ単に研究開発職って事で、泊まり込みが多いだけの話。
 …まぁそんな訳で、確かにわたしの教育に関しては、ほぼお母さんに任せっきりなのは否めないけどね。家族が揃うって事自体が滅多にないし。
「まぁまぁ、いいじゃない。美由利ちゃんのメイドさん姿、お父さんが見ても喜ぶわよ?」
「…いや、むしろ凹むんじゃない?」
 しかもただのエプロンドレスじゃなくて、ひらひらでふりふりで、更にミニですぜ?
「大丈夫よ。元美少女ゲーム大好きのオタクだから」
「そういう問題じゃないって…」
 いやまぁ、比較的普通の見た目によらず、結婚するまではアキバ系だったって聞いたことがあるけどね。それが一体、どういう馴れ初めでお母さんと結婚したのかは全くもって不明だったりして。
 ついでに、わたしがゲーム好きなのも、もしかしたら遺伝の影響があるのかもしんないけど。
「それに、せっかくこの日に合わせてデジカメ新調したのに…この思いのたけは何処に向けばいいの?」
「だから、知らないわよぉ…しかも、そんな化け物みたいな画素数の一眼レフなんて買ってきちゃうんだから…」
 えっと、確かわたしの携帯に内蔵されているのとは桁が1つ違っていた様な。勿論、お値段の方も通常のデジカメとは一桁違ってたみたいですがね。
「しかも、ちゃんと交換レンズも買ってきて、拡大も24倍までバッチリよ?」
「…………」
 それで一体、何を撮るつもりだったのですか、お母様。
 …というか、そんなカメラ越しの視線を後目に、ちょっと油断したら見えてしまいそうなミニのふりふりエプロンドレスを着て洗い物をしろだなんて、羞恥プレイにも程があるというか、とても母親の所行とは言えないと言うか。
「いや〜でも、オチは大体読めてたけど、それでもドキドキしたわねぇ?」
「流石はお母様…みゆちゃんの攻め方を分かってらっしゃいますわ…」
 そして、そんな母上とのやりとりが一段落した所で、テーブルの観客席から口々に感想の言葉が。
「…そこ、感心してんじゃないっっ」
「あらあら、今のはちょっと手加減したから逃しちゃったけど…何なら、本気で女の子を落とす方法を教えてあげましょうか?」
 そんな観客の声援にそう応えると、妖しい手つきと共に、獲物を狙う目をきらりと光らせるお母様。
「おおっ、おばさんがついに本気モードに?!」
「ご、後学の為に是非…っっ、どきどき…」
「くっ…あんたら、いい加減にしなさ〜いっっ!!」
 しかしそれに対してわたしは、身の危険を感じる前に、延々と人をオモチャにしてボケ倒す3人に対して、とうとう堪忍袋の尾が切れてしまっていた。
「…でも…やっぱり素敵な人ね、みゆちゃんのお母様…美しいだけじゃなく才覚にも溢れていて…流石は私のお母さんが愛したお方…」
「うんうん。久々に会ったけど、相変わらずバイタリティに溢れてて凄いよねぇ」
「…………」
 だから、あんたらはどーしてこれまでのやり取りから、そんな結論が導き出せるんですか??

「さて、今晩の寝床の話なんだけどね。やっぱり1人は客間で寝てもらう事になるわ」
 やがて部屋に戻った後、わたしは布団の用意をしながら、一緒にゲームで遊んでいる絵里子達に声を掛ける。
 普段はゲームで遊ばない(というか、わたしと一緒の時は遊びたがらない)柚奈が珍しく積極的にコントローラーを握ってるけど、これも絵里子への対抗心からなんだろうなぁ…と。
 ちなみに、絵里子の方もそれを分かっていて相手させているのか、わたし達と遊ぶ時はもっぱら対戦格闘系が多いのに、今は入り込みやすいアクションパズル系を持ち出してるみたいだし。
「え〜?1人だけ仲間外れ?」
 すると、わたしの台詞に早速不服そうな顔を見せる柚奈。
「だって、仕方がないじゃない…布団を2つ敷くのはやっぱり無理があるんだから」
 テーブルを別の部屋に退けてようやく1つ敷けるのに、これで更に机とか化粧台とかまで移動してというのは勘弁して欲しい所だった。
「美由利のベッドに2人と、あと1人は床にしかれた布団じゃダメなの?」
「わたしのベッドに2人は狭いってば…」
 柚奈の部屋のベッドは確かに3人が普通に眠っても全然大丈夫だったけど、うちの部屋のはごく普通のシングルベッドなんだから、女子高生2人が眠るには抱き合ったりして密着でもしない限りは無理である。
 …勿論、それも勘弁してくださいというのは言うまでもなく。
「ほほう、つまりこれからあたし達で、どちらがみゆと同じ部屋で寝られるかの勝負をしろと?」
 そう言って、ニヤリとした笑みを浮かべる絵里子。
 …本当は、こいつは別にどっちでも全然構わない癖に。
「むぅ〜っ、ま、負けないんだから…っっ」
 すると案の定、それに煽られて柚奈の顔も真剣みを帯びてくる。
 …どうやら絵里子の奴は、やっぱり今日はわたしよりも柚奈で遊び倒すつもりらしい。
「まぁ、精々お互い納得できる形で好きに決めてよ…」
 こちらとしては、「みゆちゃんが選んで」みたいな無理難題をふっかけられなかっただけマシだし。

ピリリリリリ

「…あれ?」
 そんな中、またわたしの携帯がメール着信を告げる。
「あ…その前に、そろそろお風呂の時間みたいなんだけど…」
 早速携帯を開いて、それが予想通り、母上からの「お風呂が沸いた」とのショートメールだと確認すると、わたしは遠慮がちにこちらの方へ注目している2人へ告げた。
(…さて、どーしたものか)
 うちの風呂は広さ的には同時に入れるのは2人が限度で、3人同時は無理があるし、そもそも最初からそのつもりも無い。
(とは言え、絵里子も柚奈もわたしと一緒に入りたがってるのは既に分かってるし…)
 ゲームとかだと、ここで選択肢のテロップが出てくるんだろうけど、”柚奈と一緒に入る”か、”絵里子と一緒に入る”の二択しかない状態とでも言うか。
 ともあれ、寝場所以前に、わたしとしてはこっちの方が問題であったりして。
「あら、それじゃ寝床の前に、どちらがみゆと一緒にお風呂に入るかの対決の方が先かしら?」
「…絶対に負けないからっっ!!」
「うるさい。わたしは1人でしか入らないからね」
 しかしながら、出来る限りの抵抗は見せておこうと、わたしは素っ気なくそう告げる。
 これは、柚奈と付き合う時の鉄則でもあった。結果的に無駄だと分かっていても、抵抗する気力を失った時が最後だと。
「むぅ…みゆちゃんのノリが悪い…」
「…それじゃ、あたしはお先に失礼して、ここの柚奈ちゃんと一緒に入ってこようかしら」
 すると、突然絵里子はそう言うと、隣りに座っている柚奈の腕を取りながら立ち上がった。
「え…?」
「…ふえ?」
 それを見て、思わず同時に間抜けな声をあげてしまうわたしと柚奈。
「まぁ、みゆの成長確認もしたかったけど、それよりも柚奈ちゃんの方に興味があってね」
「なんだそりゃ…?」
 まぁ確かに、眺めて楽しむ分には幼児体型のわたしよりも、曲線美溢れる柚奈の方が楽しいだろうけど。
「それに、柚奈ちゃんとはちょっとだけ話をしてみたい事もあるんだけど…どうかしら?」
 そう言って、思わせぶりに柚奈へウィンクをしてみせる絵里子。
「わ、分かりました…受けて立ちますわ」
 そして、そんな絵里子の台詞を挑戦と受け取ったのか、柚奈も神妙な顔で了承する。
(な、何なの…?)
 絵里子の奴、一体どういうつもりなんだろう…?
「それとも、美由利がどうしても柚奈ちゃんと一緒に入りたいって言うなら別だけど?」
「いえいえ、その方がわたしも助かる…じゃなくて、後がつかえてるから早速入ってくれるかしら?」
 それでもまぁ、こちらの都合を考えても、絵里子を引き止める理由は何処にも無い。
 わたしは絵里子の気が変わらないうちに、とっととお風呂場へ案内する事にした。

4-12:絵里子の真意。

「お待たせ〜。ふぃ〜っ…いいお湯だった〜♪」
「…あ、お帰り〜」
「…………」
 そしてそれから、絵里子達が戻ってきたのは1時間近くも経った後だった。
「おばさんが、続けて美由利にさっさと入るように言ってくれってさ。モタモタしてると、身体を洗ってる途中で乱入しちゃうわよって」
「へ〜い」
 うわ、それは一大事。柚奈達を待っている間に遊んでいたゲームがキリのいい所までって言ってる場合じゃない。
「…………」
「……??」
 しかし、そこで慌ててゲーム機の電源を落として立ち上がった所で、柚奈の様子が何だかおかしい事に気付く。
「どしたの、柚奈?さっきから黙り込んで」
「…あ、ううん…何でもないの…先にドライヤー借りるね?」
 そんな私の台詞に柚奈は無理矢理に笑顔を作って首を振ると、トボトボとドライヤーが置かれている化粧台の方へと向かっていった。
「…………」
 何なんだ、一体??
「ん〜、思ったよりショックだったのかな?」
「…絵里子、あんたまさか柚奈に妙なコトをしたんじゃないでしょうね?」
 とりあえず、思い当たるのはこいつしかいない。
 わたしは着替えを持って部屋を出る前に絵里子とすれ違うと、柚奈に聞こえない程度の小声で尋ねてみた。
「だったらどうする?怒る?」
「…ううん、ちょっと尊敬する…かも」
 わたしが知る限りだと、唯一柚奈に敵意を持たせて上で黙らせた女という事になるんだけど。
 つまり、あの石蕗さんは間違いなく超えてる訳で。
「別に大した事じゃないわ。ちょっとだけ、昔の話をしてあげただけよ」
「え…?」
「…それに何だか、自分ばかり不幸ぶってたみたいだしさ」
「……っっ?!」
 そんな絵里子の台詞に、一瞬だけわたしは感情が高ぶるものの…。
「…………」
「……はぁ…ホントにあんたって、お節介焼きよねぇ…」
 やがて、すぐにクールダウンすると、わたしは溜息混じりにそう告げる。
「まぁまぁ、今に始まった事じゃないでしょ?」
「…まぁね…元々は余計な心配をかけたわたしが悪いんだし」
 そう。これでも絵里子はわたしにとっては姉妹に近い間柄なんだから。
 つまり、不誠実なのはわたしの方。
「でも、いい娘じゃない?ちょっとだけ安心した」
「やれやれ…これで、一番の大親友にまで公認の仲ですか」
 まぁ、いい娘なのは確かなんだけどね…。そんな事は今更言われるまでも無く。
「あとは、最大の障害を乗り越えるだけって所かしら?」
「…何よ、最大の障害って」
「誰かさんがもう少しだけ素直になるって事…かな?」
「…余計なお世話よ」
 まぁ、確かに最大の難関ではあるけどね。
 まだまだ、ゴールは見えてないんだから。

「それじゃ、おやすみ〜♪良い夢見てね?」
「…何だそりゃ?おやすみ…」
「おやすみなさい…」
 やがて、お風呂から出たわたしが部屋に戻ると、絵里子が「今日はみんな疲れてるから、早めに眠ろーか」と言い出し、更に自分から「あたしは客室で寝る」と宣言した事で、結局わたしと柚奈が同じ部屋で眠る事になってしまった。
 先程はゲームで勝負を決めるとか言ってた割に柚奈へ気を利かせたつもりなのか、それとも何か意図があるのかは分からないけど、絵里子の言うとおり、昼間の重労働で疲れてるのも確かだし、ここは素直に従っておく事に。
 …それに、何だか元気が無くなってる今の柚奈なら、別に警戒しなくても良さそうだし。
「んじゃ、電気消すわよ?」
「うん……」
「おやすみ…」
「…おやすみ…」
 そして、もう一度だけ2人で小安の挨拶を交わすと、わたしはリモコンで部屋の明かりを消した。
(さぁて、とっとと眠るわよ…)
 今晩は安全だろうけど、明日の朝は柚奈達より先に起きなきゃね。
 柚奈もだけど、実は絵里子は人の寝起きに悪戯するのが大好きなトリック・スターだし。
 …まぁだからと言って、いきなり素っ裸にされたりはしないだろうけどさ…。
「…………」
 うん、考え事してるうちに意識が遠のいてきた…。
「…………」
 よーしよし、このまま順調に眠りの世界へ…。
「…………」
「…………」
「…………」
(…あれ?おかしいな…??)
 しかし、そこからナチュラルに寝付けるはずが、何故かギリギリの所でわたしの意識が眠りの世界へと入るのを拒んでいた。
 …つまり、結論から言うと眠れない。
「…………」
(…むぅ…っっ)
 やっぱり、大人しくしてると言っても柚奈とすぐ近くって事で、無意識に警戒してるのかなぁ?
「…………」
(んで、柚奈の奴はもう寝てるのかしらん?)
 そこでふと気になったわたしは、布団の中でなるべく静かにぐるりと身体を回転させて、柚奈の方へ背を向けていた体勢を反転させた。
「…………」
「…………」
 すると、柚奈はわたしに背を向ける様な横向きの体勢で横になっていて、ここからだと目が開いているのかどうかは分からないものの、とりあえずぴくりとも動いてなかった。
(やっぱり、寝てるのかな…?)
 こっちは警戒心が抜けきれずに眠れないってのに、ちょっと腹が立ってきたりして。
「…………」
「…………」
 しかし、室内は布団が擦れる音が響く程にしんと静まりかえっているというのに、さっきから柚奈の寝息は全然聞こえてこなかった。
(もしかして、実はわたしが油断するのを待ってるとか…??)
 その可能性も大いにアリだけど、でも、お風呂から上がって来てからこっち、何だか元気がなかったみたいだしなぁ…。
「…………」
 もしかして、わたしが眠れない本当の理由って…。
「…………」
「…ね、柚奈。寒くない?」
 そこでわたしは少し考えた後で、柚奈の背中へ向けて恐る恐るそんな事を尋ねてみた。
「…………」
 柚奈からの返事は無い。
 どうやら、やっぱり眠っている…。
「…ううん、大丈夫…」
 …のかと認識しようとした所で、背中越しに静かな口調でそんな返事が返ってきた。
(ありゃりゃ…やっぱり元気がないみたいね…)
 だって普段の柚奈なら、ここで大袈裟に震える素振りを見せて「寒いからみゆちゃんのベッドに入らせて」とでも言ってくるはずなのに。
「もしかして、柚奈も眠れないの…?」
「うん…疲れてるはずなのにね…」
 まぁ、柚奈の場合は枕が変わったから眠れないってのもあるんだろうけど。
 それに普段と比べて、随分と劣悪な睡眠環境だろうし。
(…いや、劣悪って言っても、世間的な水準で言えばごく普通だと思うけどさ)
 いや〜、難しいもんだね、世間離れしたお嬢様を泊めるってのも…。
「…………」
 …って、勝手に決めつけて何1人で考え込んでるのよ。
「まぁ、明日は日曜だからいいんだけどね…いつかは眠くなるだろうしさ」
「…うん…」
「…………」
「…………」
(…静かだなぁ…)
 もしかしたら、これも眠れない原因の1つなのかも。実際、柚奈の家に泊まった時は、意識が完全に眠りに就く瞬間まで大騒ぎしてたし。
「…………」
 あの時は、いつになったら安心して眠れるのかって思ってたけど、今は逆に静かすぎて落ち着かないなんてね…。
「…………」
「…………」
「…あのね、みゆちゃん…」
 そんな事を考えながらしばらく経った後、不意に柚奈が静かに静寂を破ってきた。
 矛盾してるっぽいけど、まさにそんな感じの、ぽつりと呟く様な声で。
「ん?」
「…私ね、絵里子ちゃんから色々聞いたの…」
「それで…?」
 わたしが昔の話を全然聞かせなかったと責められるなら、お互い様なんだけど。
「…それでね、私ってまだまだだなぁ…って。どうして絵里子ちゃんが突然訪ねて来たのか、全然理解してなかったし」
「あいつは…根っからのお節介焼きだし。わたしがこっちで上手くやってるのかどうか、自分の目で確かめたかったんでしょ」
 そういう奴である。わたしをからかう事に生きがいを感じてると豪語する反面で、誰よりも気にかけてくれていた。
 …そして、それを分かっているから、今まで些細な事で喧嘩をした事も少なくなかったけど、それでもわたしが絵里子を心から嫌いになる事は無かったし、絵里子もそうだったと思う。
「みゆちゃんが絵里子ちゃんと話している時の楽しそうな顔を見て、負けるもんかって対抗意識を燃やしてきたけど…結局、今の私じゃ全然適わなかったみたい」
「え〜?わたし、そんなに楽しそうにしてたっけ?」
 楽しそうというより、むしろ呆れてた時の方が多かった気が。
「…自分じゃ気付いてないだけで、顔にはっきり出てたよ。みゆちゃんが絵里子ちゃんの事をどう思ってるかって」
「そ、そうかな…」
 あれれれ、おかしいな…そんなハズは…。
「…もちろん、それは悔しいけど…でも、私はまだ絵里子ちゃん程に優しくなれていないから…」
「そんなの、仕方が無いじゃない?お互い、出逢う前の事は知らなかったんだし」
 正確には、今じゃ知らないのはわたしの方だけって事になるのかな?
「……ね、みゆちゃんも知りたい?」
 すると、柚奈は少しの間を置いた後で、静かにそう切り出してきた。
「何を?」
「私の過去の話。どうして、去年は”氷の女王”なんて呼ばれてたか」
「…………」
 そりゃまぁ、気にならないと言えば嘘になってしまうけど…。
「…ううん、いい。別に聞きたくない」
 それでもわたしは、同じ様に暫くの時間を置いた後で、はっきりとした言葉でお断りを入れる。
「どうして…?本当は私の事なんて、どうでもいいから…?」
「…お馬鹿。今知ってしまったら、お互い傷の舐め合いになってしまうでしょ?せっかく何もない所からここまで積み重ねて来たのに、あんたはそれでもいいの?」
 少なくともわたしにとっては、それこそが柚奈との仲を誇りに思えてる部分だった。同情とか憐れみとか、そんなのは一切無しで純粋にお互いが好きになれてる事が。
「…わたしは、別にどちらでもいいよ。ただ、みゆちゃんが後悔しないやり方で私の事を好きになってくれさえすれば」
 しかし、そんなわたしに対して、今度は間を置くことも無く、きっぱりとそう告げてくる柚奈。
「え……?」
「それが運命に流される形だろうと、抗う道だろうと…わたしにとっての真実は1つだけ」
「…………」
「どんな形だろうと、たとえこれからみゆちゃんに嫌われたとしても…わたしがみゆちゃんを好きって気持ちは変わらない。あとは、この想いが適う日を待つだけだから…ね?」
 そしてそう続けると、柚奈はようやくこちらを向いて、そろそろ目が慣れてきたわたしに満面の笑みを見せた。
「…………っっ」
「…ば、ばかっっ、何恥ずかしい台詞をぬけぬけと…っっ」
 それを見て、今度はこちらが目を逸らせる番だった。
「え〜?元々はみゆちゃんが尋ねてきたんじゃない?」
「いや、それはそーだけどさ…」
 そこで、しまったと後悔するけどもう遅い。
 わたしの顔は真っ赤に火照って、ますます眠りから遠ざかってしまっていた。
「…ね、みゆちゃん。もし私の過去の話が聞きたかったら、いつでも話してあげるよ。ううん…それだけじゃなくて、私の心も身体も、扉はいつでも開けておくから」
「…………」
「だから…その扉はみゆちゃんが開けて?」
「…柚奈…んう……っ?!」
 そんな柚奈の告白を受けて思わず振り返った瞬間、わたしはそのまま不意打ち気味に唇を奪われてしまった。
「………っっ?!」
「んふふ〜♪やっぱり、一回くらいはこれがないとね?」
「…あ、あんたね…自分で扉を開けろって言っておいて…」
「これは約束の証だもん♪これで契約成立って事で」
 そう告げると、嬉しそうに照れた笑みを見せる柚奈。
「…………」
 普段なら、無理矢理唇を奪われた後は、「ゆ〜い〜なぁぁぁっっ」とでも叫びながら、ヘッドロックの1つでも掛けてやる所なんだけど…。
 でも、今の柚奈の笑顔が妙に可愛く見えて、わたしは言葉が出てこなかった。
「ね、もし良かったら…ここでさっそく扉を1つ開いてみる…?」
 そして柚奈はそんな台詞を続けた後で、今度はちらりと何かをねだる様な上目遣いを見せる。
「う……」
 その渾身の上目遣いと、パジャマの一番上のボタンが取れてちらりと見える胸元に、一瞬どきんと高鳴ってしまうわたしの心臓。
 まずい…今のわたし、柚奈を好きにしたいって考えてるかも…。
「みゆちゃん…私、本当はみゆちゃんに…」
「…………」
 ああもう…っ、そこでとろんとした目でわたしを見ないでってば…。
 今までの経験から、柚奈って一方的な攻めタイプかと思ってたのに、誘い受けで誘惑してくる一面もあるなんて…。
(ダメ…そろそろ我慢が出来なくなっちゃう…)
 はっきり言って、今回は完全にわたしの負け。ほんの僅かな隙を突かれて、あっという間に陥落されてしまった。
 …だけど…。
「…残念だけど、扉の向こうにお邪魔虫がいるみたいだから、今夜はお預けね」
 そんな台詞と共にわたしは柚奈を抱きしめかけた手を下ろすと、ふと見つけてしまった違和感の方へと視線を向ける。
 …まぁ、お陰で助かったと言えば助かったかな。柚奈にはご愁傷様かもしれないけど。
「え…?」
「…こらっ、そこで覗いてる2人っっ!!」
 そして、わたしは夜中で近所迷惑なのも顧みず、少しだけ開いたドアの向こうへ向けて力一杯のお叱りの台詞を飛ばしてやった。
「……っっ?!」

ばたん

「あ……」
「まったく…油断も隙もない」
 その後、慌ててドアが閉まる音を聞いて、溜息混じりにそう吐き捨てるわたし。
「あはは…でばがめさん達がいたのね…」
 それを受けて、柚奈も苦笑いを浮かべる。
 これですっかりと、先程までの空気は台無しになっていた。
「まぁいいわ…さて、これで一応すっきりしたし、お邪魔虫も追い払ったしで、今度こそ安心して眠れそうね…」
 何だかんだで、眠気が脳内に充満してきたみたいだし。
 …そろそろ、身体の方が限界って奴かしらね。
「う、うん…」
 こちらも同じ様な感じなのか、やや残念そうにしながらも頷く柚奈。
「んじゃ柚奈、改めておやすみ…」
「あ…っ、みゆちゃん…」
 しかし、そう告げたわたしに、柚奈が恐る恐るわたしを呼び止める。
「あによ…?眠いんだから、もう明日にして…」
「…あの…その…やっぱり、ちょっと寒いかなーって…」
「…………」
「…だったら、エアコンを利かせるか、わたしのお布団を1枚剥ぎ取って持っていってもいいわよ…おやすみ…」
 そんな柚奈にわたしはそう答えると、もう話は終わりとばかりに背を向けてやった。
「うう〜っ、みゆちゃんのいけずぅ…っっ」
 …うっさい。そうそう簡単に落とされてたまりますか。
 
4-13:多分、もう大丈夫。

「それじゃおばさん、お世話になりました」
 そして次の日、案の定遅起きになったわたし達は遅めの朝食(というより、ブランチね)を摂った後で、早めに帰るという絵里子を見送ろうと玄関の外へ出ていた。
「あらあら、もっとゆっくりしていればいいのに…」
「そうしたいのは山々なんですけど、明日はもう学校だし、早めに帰って休んでおかないと。何せ一昨日は5時起きだったし、昨晩はあまり眠れなかったしで…ふぁぁぁ…っ」
 そう言って、大きな欠伸をしてみせる絵里子。
「昨晩のは自業自得でしょーが。…ったくもう…」
 お母さんと2人でわたしと柚奈のやり取りを覗いていて寝不足だってんだから、悪いけど同情の余地はありません。
「あははは。でも、昨晩は惜しかったわねぇ…もう少しで凄い光景が目撃出来たかもしれないのに」
「そうねぇ…もう少しだけ小さく開ければ良かったかしら?」
「…その前に、覗き行為そのものを反省して下さい。頼むから…」
 いやまぁ、結果オーライの面があるので、わたしとしてもあまり強く言えないのが辛い所ですが。
「でも、安心したわ。これで多分、もう大丈夫…かな?」
「大丈夫、みゆちゃんは私が守るから」
 そして絵里子の台詞を受けて、わたしの隣りで今まで黙っていた柚奈がどんっと自分の胸を叩きながらそう宣言した。
「それは頼もしいわ…ま、昔から素直じゃない奴だけど、見捨てないでやってね?」
「あはは、大丈夫〜。ツンデレなみゆちゃんも魅力だから♪」
「誰がツンデレだっっ」
 勝手に人を特殊萌えキャラ扱いにしないでってば。
「だって、昔からそうじゃない?」
「…まったくもう…絵里子こそ、いい加減お節介なのはやめたら?」
「やれやれ。言うようになったわね、美由利も」
「…………」
「…ちゃんと、感謝くらいはしてるわよ…多分、これからもずっと」
 多分、今のわたしがあるのも絵里子のお陰って言える位はね。
「……。そうね。その位はしてもらわないと割が合わないかな?」
「まぁ、また遊びに来なさいよ。絵里子ならいつでも泊めたげるからさ。…あとは、ケーキくらいなら奢ってあげるし」
 そうは言っても、改めて貸し借りがどうのとか、他人行儀にお礼をする様な間柄じゃないのも確かで。
 …だから、わたしに言える感謝の言葉ってのは、こんなものなんだろうけど。
「ありがと…それじゃ、今度は彼氏も連れてくるから紹介するわね?」
「…うんうん……って…え…??」
 しかし、続いて絵里子の口から出てきた”彼氏”という言葉に、思わず目を丸くしてしまうわたし。
 ついでに、柚奈も隣で呆気にとられた顔をしてるし。
「あら、言ってなかったかしら?」
「初耳だってばっっ」
 高校1年まではわたしと同じく彼氏いない歴=実年齢だった癖に、何時の間にっっ。
「んじゃ、そういう事よん♪ともあれ、これであんたの子守りからも解放されそうだし、ようやくあたしも自分の幸せを満喫できそうね」
「ああ、そーですか…」
 そりゃ、重ね重ね悪かったわね。
「まぁまぁ。あたしの彼氏っても、美由利の相手ほどお金持ちじゃないし美人でもないし」
「…それ、フォローのつもりなの??」
「人の愛や幸せってのはあらゆる形があるもんだから、細かいことは気にせずにお互い幸せになりましょ?」
「だから、もういいってば…」
 そう言って、バンバンと人の肩を叩きながらフォローになってないフォローを続ける絵里子を黙らせようとするわたし。このまま放っておいたら、ノロケ話にまで発展しそうだった。
「あとは、時々でいいからメールくらいはよこしなさいよ?柚奈ちゃんとどうなったのかの近況は知りたいし。代わりにあたしも…」
「…彼氏とのノロケ話を写真付きで送ってきやがったら、着信拒否するからね?」
 そこで絵里子の台詞が読めたわたしは、皆まで言い終える前に釘を差してやる。
「はぁ…10年来の大親友に、何とも冷たい台詞ねぇ…あたしゃ泣いちゃいそう」
「いきなりやって来て、散々掻き回してくれた人間が言う台詞じゃないっての…」
 でもまぁ、やっぱり絵里子とはこの位の方がいいのかもね。湿っぽいのはどうにも似合わないと言うか。
「あははは、そりゃそーだ。それじゃ、突然の台風はそろそろ去るとしますか」
「はいはい、今度はせめて予告してやってきてよね…」
 それならまだ、対策のしようがあるし。
「へいへい。あんまり期待しないで待ってて♪んじゃねぇ〜」
 そしてそう告げると、今度こそ絵里子は大きく手を振りながら立ち去っていった。

「…はぁ…何だかどっと疲れた…」
「あはは、見事にしてやられちゃったね、みゆちゃん?」
 やがて絵里子の姿が見えなくなった後で、がっくりと肩を落とすわたしに、隣で苦笑いを浮かべる柚奈。
「ま、いいけどね…確かに、絵里子も自分の事だけを考えられる様になるならさ…」
 それがきっと、お互いの為って奴だろうから。
「大丈夫だって。これからは私がちゃんとみゆちゃんを守ってあげるから。絵里子ちゃんと約束したもん♪」
「…わたしを守るって、一体どうするってのよ?」
 そもそも、守って貰う必要があるのかどうかも分からないけど。
「それは、もちろん…んふっ♪」
 そこで柚奈は突然意味深な笑みを浮かべると、力一杯にわたしの身体を自分の腕の中へ引き込んできた。
「わわっ?!」
「絵里子ちゃんみたいに、影ながら支えてあげるのもいいけど、やっぱり私的にはこうやって直接守ってあげる方がいいかなーって…」
「こ、こら…っ、離しなさい、ゆ〜い〜なーーーっっ!!」
「だぁ〜め。みゆちゃんに何かあったら、絵里子ちゃんに顔向けできないもん♪」
「あらあら…これじゃ、お母さんもお邪魔虫みたいね。それじゃ先に戻ってるから、ごゆっくり」
「…ちょっ…お母さんってばっっ」
 このまま取り残されたら、わたし達は単に往来で見せつけてるだけのバカップルだって。
「ああそれと、みゆちゃんのお家も分かったし、これからは朝もお迎えに行ってあげるからね〜?」
「え〜っ?!別にいいってば…っっ」
「だって、みゆちゃんっていつも遅刻ギリギリだし」
「あんただって、そうじゃないのよ…」
「だから、今度はお互いに遅刻しないようにってね。転校する前は、絵里子ちゃんに起こしてもらってたんでしょ?」
「…いや、確かにそーなんだけどさ」
 だからって、別にそこまで真似しなくても…。
 というか…。
(つまり、結局は前より余計にベタベタされるって事じゃないのよぉ…)
 ほんっっっとうに、絵里子のお節介焼き…っっ。


*******おわり*******

前のページへ   戻る