れるお姫様とエトランジェ Phase-4 その1


Phase-4:『エトランジェ』

4-0:Trick or Treat?

「み〜ゆちゃん?とりっくおあ、とり〜と♪」
 ホームルームが始まる10分前、クラスメートと挨拶を済ませた後で机にうつ伏せながら惰眠を貪るわたしに、背後から柚奈の声が耳に届く。
「あ〜?何?」
 本当は知らんぷりしておきたいけど、下手にシカトしてもロクな目に遭っていない事を過去の経験で学習しているわたしは、渋々と身体を起こした。
「だ・か・ら、とりっくおあとり〜と♪」
 そして、満面の笑みを浮かべながら手を差し出す柚奈。
「…………」
 …えっと確か、訳すと”お菓子をよこさないと喰っちまうぞ”だっけ?
「…はい。これをあげるから大人しくしてなさい」
 わたしはおもむろに上着のポケットへ手を突っ込むと、ごそごそと漁った後に見つけた、袋入りの飴玉をつまみ出して渡す。
「え〜っ?!みゆちゃん、お菓子の持込は校則違反だよ〜っ?」
「あんたがよこせっつったんでしょーが…」
「むぅ〜っっ…」
 そこで明らかに不服そうな顔を見せる柚奈に構わず、再び机にうつ伏せるわたし。
 …というか、その空気を読めと言わんばかりの顔はちょっとムカつくんだけど。
「そもそも、まだハロウィンは先でしょ?もう、眠いんだから邪魔しないで…」
「そんなに眠いなら、気分が悪いって事にして保健室にいく?何なら付き添ってあげるよ〜♪」
「…目が覚めました、はい」
 しかし、そんな柚奈の申し出を受けて、わたしは再び閉じかけていた目をぱっちりと開いて背筋を正した。
 …ここは戦場でした。無防備に惰眠を貪ろうとする堕落者に待っているのは、悲惨な結末のみであって。
「むぅ…何だかみゆちゃんが冷たい…」
「いや〜、結構感謝してるけど?いつもぶっ弛んだ気持ちに喝を入れてくれるし」
 四六時中狙われてるって事は、それだけ油断の出来ない日々を送ってるという事で。
「それって、あまり褒められた気がしないんだけど…」
「まぁ、フィフティーフィフティーだからね」
 今更引き剥がすのも無理だから、少しはポジティブな考えでもしてみるかと思っただけの話。
「う〜っっ…ところでさ、みゆちゃん。今年のハロウィンはどうする?」
「どうするって…そんなにメジャーなイベントだったっけ?」
 ハロウィンって言葉を良く聞く様になったのはつい最近。5年前とかなら、「なにそれ?食べれるの?」ってレベルだったと思うけど。
「まぁまぁ。流行には乗っておかないとね?」
「…超マイペースのあんたが言うと違和感があるんだけど、何かアイデアでもあるの?」
 というか、さっきから質問を質問で返し続けてるけど、イマイチ気乗りしていない証拠ではあった。
 まぁ、それに気付いてくれる柚奈ではあるまいが。
「んふ♪良かったら、今年はうちで仮装パーティでもする?」
「仮装パーティ?コスプレ?」
「だって、ハロウィンと言えばやっぱり仮装でしょ?あ、みゆちゃんの衣装はちゃんと私が用意してあげるから心配無用だよ?」
「…何よ、道化師の格好でもさせる気?」
 もしくは、小悪魔系のモンスターとか。
「えっと、白いスクール水着の魔女っ娘か、メイド服の下にスクール水着のどっちがいい?」
「それ、絶対趣旨が違うからっ!」
 つーか、どうしてスクール水着がベースなんですか。この季節に。
 …まぁある意味、道化師みたいなものではあるけど。

4-1:まぁ、それはともかくとして…。

「う〜〜っっ、寒くなってきたわね…」
 お昼休み時、食堂からの帰り道で廊下を歩きながら、ぶるっと身体を振るわせるわたし。
 もちろん廊下の窓は閉められていて、外から秋風が吹き込むことは無いものの、それでもここ最近は室内でもすっかりと肌寒くなっていた。
 気付けばもう10月。制服も夏服から冬服への移行期間が終わり、朝晩に冷え込みを感じる様になってきた頃。夏と冬に挟まれた秋の属性も、今月に入って夏から冬へと傾いてきている様だった。
「そろそろ、暖房が恋しくなってくる頃かなぁ…」
 一応、教室や今歩いている室内の廊下はエアコン完備されているものの、残念ながら春や秋といった微妙な季節は「少々は我慢しろ」で済まされてしまっているのが辛い所であって。
「ん〜、でも最近増量した脂肪で少しは寒さの耐性が付いてるんじゃない?」
 しかし、そこで右隣にいる茜がニヤリと意地の悪そうな顔を見せる。
「う……っっ」
 確かに、ここ最近は夏場に比べて余計な肉が付き始めていたりして。
 …だってしょうがないじゃない。食欲の秋なんだからさぁ。
「太ったって…やっぱり分かる??」
 しかし当然その事は誰にも言ってないし、冬服になった事である程度誤魔化せていると思っていただけに、今の指摘は寝耳にミミズというか。
「そりゃあ、今年の夏場はたっぷりとみゆの水着姿を見せてもらったからねぇ?」
 そう言って、今度はさっきよりもイヤらしい笑みを向けてくる茜。
「…うう…っっ」
 そうだった。今年の夏は泳げないわたし(と柚奈)に、茜が単位を落とさなくて済む程度まで特訓してくれたんだった。
(ええとつまり、わたしのボディーラインはもうばっちり覚えられたって事ですか…)
 いやまぁ、それ位は仕方が無いと割り切ってはいたんだけど…う〜ん…。
「そうかな?そんなに気になる程でも無いと思うけど?」
 そんな中、もう一方の左隣で一緒に歩いていた柚奈がフォローを入れてくれる。
 …まぁ、こいつもこいつで泳いでる時間より、わたしの水着姿を眺めてた(マイルド表現で)時間の方が長かった気がするんだよね…。
 まったく、2人共それぞれが理想的なスタイルをしている癖に、幼児体型のわたしを見つめて何が楽しいんだか。
「ありがとう…そんな事言ってくれるのは柚奈くらいよ…」
 それでも、たとえお世辞なのが分かっていても、何となく嬉しい複雑なお年頃…。
「それに大丈夫だよ〜。たとえみゆちゃんの体重が三桁になっても、私の愛は変わらないから♪」
「…例えが極端すぎるのよ、あんたの場合」
 つまり、何でもいいってコトですかい。
 …それはそれで嬉しいような、鬱陶しい様な。
「それで、当社比何%くらいなの?」
「10%も増えてないわよ…っっ!!」
 しかし、そこで更に無粋なツッコミを続ける茜に、わたしは「くわっ」と目を見開いて反論してやる。
 くそっ、自分は水泳部のエースだからって余裕ぶっこきやがって…。
 …と言うか、水泳選手は陸上選手と違ってある程度の脂肪は必要と言われているけど、茜はそのバランスがお見事だった。
 基本的に贅肉は見当たらないスレンダーながら、筋肉で固められた身体という訳では無く、特に水泳選手にはどうかと思える位にふくよかな胸は、女性としての魅力をこれでもかという位にアピールしている訳で。
「ふんふん、10%以下って事は…大体8〜9%程度って事ね。つまり…」
 そんなわたしのモノローグを尻目に、指折り数える仕草を見せる茜。
「いちいち計算しなくていいってば…っ!!…って言うか、なんで茜がわたしの正確な数字を知ってんのよ?!」
 乙女の体重と3サイズはトップシークレットなのは、国際規模での常識でしょうが。
「そりゃ、ちょいと保険委員のコをてご…もとい、仲良くなってるんでね♪」
「……おい……」
 ちょっと待て、今何を言いかけた??
「お〜、さっすが茜ちゃん♪」
「あんたも感心すんな…っっ!!」
 ううっっ、今更ながら、なんて奴らを友人にしてしまったんだろう、わたしは…。
「まぁまぁ。何なら、また水泳部の練習に潜り込んできてもいいわよ?先月から室内温水プールに移動だから寒くないし」
「むぅ〜っ、やっぱり運動するしかないかぁ…」
 食事制限でのダイエットは所詮無理があるというか、易々と栄養失調で倒れるわけにはいかない事情を抱えているわたしにとっては、健康的な手段に頼るしかない。
 ……けど。
「でも、もうちょっと手軽なのは無いかなぁ…」
 いつの間にか、水泳部員扱いされるのも困る話ではあった。
 基本的に、わたしの様な怠惰な人間には部活なんて似つかわしくないのでありまして。
「…………」
「…それで、なんで目を輝かせてるのよ、あんたは?」
 そこでふと茜と逆方向から熱い視線を感じて振り返ると、柚奈が正に我が意を得たりと言わんばかりの顔で見つめていた。
「んふ、運動したいなら私の部屋で心ゆくまで付きあってあげるのに〜っっ♪」
「遠慮しとく…っっ!!」
 しかし、続いて横から抱きつこうと身を乗り出してくる柚奈の動きを予想していたわたしは、ひょいっとバックステップして避けてやる。
「わあっ?!」
 すると、不意打ちで身体を抱きしめようとした両腕がわたしの目の前で見事に空振り、そのまま勢い余った柚奈の身体がリノリウムの床へと転げていった。
「あたたたた…う〜っ、みゆちゃんのいけずぅ…っっ」
「うっさいっっ、あんたこそ往来で弁えなさいっっ」
 そして床に手を付きながら、首だけをこちらに向けて恨めしそうな顔を見せる柚奈に、わたしは両手を腰に当てながらきっぱりとそう告げてやる。
 こいつの言う運動ってのは、いわゆる……えっと、その……。
 …つまり、花も恥らう乙女が易々と口に出せるようなコトでは無い訳であって。
「おっ、みゆの反応速度も随分と良くなったわね?」
「慣れよ、慣れ。同じパターンを繰り返されれば、自然に身体の方が反応してくるわよ」
 すると、何故かそこで感心した様な顔を浮かべてそう告げる茜に、自慢にもならないとばかりに肩を竦めながら素っ気無く答えるわたし。確かに出会って間が無い頃は良く不意打ちを食らっていたけど、お陰で急激に危機管理体質が備わってきたと言うか。
「でもさ、柚奈がみゆに抱きつく時に見せるダッシュはある意味”縮地”みたいなものだから、そう簡単には避けられないと思ってたけど」
「縮地?何それ??」
「剣道とかやってる人が習得してる走法でね、前方に全体重を預けて飛び出す事で初速から最高スピードに達して移動できる高速移動法。漫画とかだと瞬間移動みたいに描写されてる事もあるわね」
「なに、そのファンタジックな技?…って、それを柚奈が会得してるって事?」
 それが簡単に会得出来るのかどうかは分からないけど、あのうずくまったまま起き上がってこない、超運動音痴のお嬢様が?
「ま、愛情の深さが為せる技って奴じゃないの?言い換えれば、愛の力」
 そう言って、やれやれと肩を竦めて見せる茜。
「…愛の力だったら、わたしに有益な能力を発揮して欲しいものだわね…」
 こいつが時々発揮する超人的な能力は、いずれもわたしの貞操を奪おうとする時に発揮するだけに、たちが悪い事この上ない。
「ほらほら、それよりお姫様がお待ちかねよ?」
「え…?」
「…………」
 茜に促されてそちらの方を向くと、そのお姫様は床で俯いたままわたしの顔をじっと見ていた。
「…………」
 …まったく、こいつは。
「ほら、手を貸してあげるから立ちなさい」
 どうやら、わたしが手を貸すまでは起き上がるつもりはないらしい。
 それを察したわたしは、仕方が無く柚奈の方へと近づいて手を伸ばしてやる。
「えへへ♪」
 案の定、柚奈の顔がころっと満面の笑みに変わると、正に待ってましたとばかりに差し出されたわたしの手を取った。
 …まぁ、ここでついつい手を差し伸べてしまう辺りは、自業自得と言えなくもないんだけど。
「んで、大丈夫?何処か傷めてない?」
「ん…ちょっと痛むところがあるかな…?」
 とりあえず尋ねるわたしに、柚奈は足元を見ながら顔を歪める。
「え、どこ?見せてみて?」
「ほらほら、ここ…」
「だから、何処よ…って…ふばぁっ?!」
 そして、よく見ようと覗き込んだ所で、わたしは突然柚奈に自分の胸元へと引き寄せられ、そのまま力任せに抱きしめられてしまった。
「あはは、捕まえた〜♪」
「ち、ちょっ…だ、騙したの…むががっっ」
 制服越しに伝わる柚奈の乳房に顔面が圧迫され、柔らかいながらも苦しいんですけど…っっ。
「あはは、みゆちゃんってすぐに引っ掛かるから好き〜♪」
「むがが…っっ、こ、この…いい加減にしなさいっっ!!」
 しかし、その台詞でとうとう堪忍袋の緒が切れたわたしは、残った力を振り絞って柚奈を突き飛ばしてやった。

どんっっ

「きゃあんっっ!!…もう、暴れちゃダメだよみゆちゃん?」
「はぁ…はぁ…っっ、あんたが言うなっっ!!…って、ん?」
 そこで続けてヘッドロックの追い討ちをかけようとしたわたしの前に、ひらひらと一枚のA4サイズ位の紙が舞い落ちてくる。
「あ、壁のポスターが剥がれたみたいだね?」
 どうやら、さっきのやりとりの間に肘でも当たってしまったらしい。
「…まったく、いい加減にしないと先生に怒られちゃうわよ…ってあら、生徒会選挙の告知?」
 とりあえず拾い上げて確認してみると、選挙日を一ヵ月後に控えた告知ポスターの様だった。
「ああ、もうそんな時期なのね」
「そんな時期って、ちょうど学園祭と重なってるじゃない?」
 学園祭が半月後くらいなので、ちょうどそれに続いての選挙という日程になる。
「だからちょうどこの学園祭を仕切るのが、生徒会長として最後の花道になってるって所ね」
「ふぅ〜ん…」
 何だか忙しないな〜とは思ったものの、わたしにとってそれほど関係がある話ではなかった。
 生徒会長なんてのは、頭が良くて人望もあって、面倒見が良さそうな人物がなるべきだろうし。
「…………」
 そう言えば、該当しそうな人材が身近にいる様な気がするんだけど。
 しかも2人。
「今ふと思ったけど、柚奈って立候補してみたら面白いんじゃない?」
 そこで、思いつくがままにそんな事を打診してみるわたし。
 この柚奈は体育以外は学年トップクラスの秀才で、均整のとれたプロポーションに黒髪のストレートロングが似合う、正に”大和撫子”と形容される美貌に関しても学園代表と言って過言ではないお嬢様。面倒見については良く分からないけど、イザとなったら相手に有無を言わせない押しの強さや迫力も兼ね揃えているし。スキあらば襲ってくる変態という事を除けば、生まれも素質も”完璧”って言葉が最も近い存在だった。
「へ?どうしていきなり?」
「いや、考えてみたら向いてるんじゃないかなーって」
 先述の通り、一応変態という欠点があるものの、どうやらそれを見せるのはわたしの前でだけみたいだし。
「…ん〜っ、あんまり興味は無いけど、みゆちゃんが秘書やってくれるならやってもいいよ?」
 すると、あっさりと拒否されるかと思っていたのと裏腹に、思わせぶりな目でわたしを見ながらそう答える柚奈。
「秘書?」
「そうそう♪…例えば…」

(以下、柚奈の妄想)

ばさばさばさっっ

「あ…会議に使う書類が…」
「あらあら、みゆちゃん。書類運びもロクに出来ないの?」
 もうじき始まる会議で配布する資料を盛大にぶちまけた、ちょっとドジっ娘属性を持つ秘書の姿に小さく溜息をつきながら、私は手近な物から拾い始めた。
「ご、ゴメン柚奈…」
「もう、柚奈じゃないでしょ?ここでは生徒会長と呼びなさいって言わなかったかしら?」
 まったく、口の利き方も未だに覚えてくれない。
 …ここは、少しお仕置きが必要かしら。
「ご、ゴメンなさい会長…っっ」
「だぁ〜め、しっかりとお仕置きしておかないと、また失敗を繰り返すでしょ?」
 私はそう告げると、拾った書類を机に預け、物覚えの悪い秘書の肩を後ろから両手で抱きかかえてやる。
「あ…ダメ…です…っ」
 これからどんなコトをされるのか想像しているのか、肩をびくっと小刻みに震わせながら、か弱い声を絞り出すみゆちゃん。ダメですと言いながら耳元を擽る様な可愛い声を出すあたり、私にしてみれば誘っている様にしか見えないんだけど。
「ふふふ…ダメって言いながら、本当は期待してたんじゃないのかしら?」
「そ、そんなコト…ひぁ…っっ?!」
 そんな台詞と共に指で背中の中心付近をなぞると、みゆちゃんの身体から一気に力が抜け、控えめな胸よりも少しだけ豊満に膨らんだ可愛いお尻をこっちに向ける様な体勢で、上半身が机の上へうつ伏せになっていった。
「あらあら、そんなはしたない格好しちゃって…やっぱり誘ってるでしょ?」
 こんなにも美味しそうな据え膳を食わずとあれば、たとえ私が女とて恥というもの。
「ち、違います…はぁ…っ?!」
 私はみゆちゃんの反論を無視して、後ろから服の中に滑り込ませた手を胸元へと伸ばす一方で、もう片方の手でスカート越しに可愛いお尻を撫で始めた。
 その適度な弾力を持った柔らかい感触に、私は思わずみゆちゃんの双丘を鷲掴みにしてしまう。
「ひゃうっ?!」
「うふふ…嘘をついてもだ・め・よ?身体に聞けば一発なんだから」
 みゆちゃんには悪いけど、既に私の理性なんて遥か彼方に吹っ飛んでしまっていた。
 いや、そんなモノ最初からあったかしら?
「ん…あ…っ、でも…もうじき会議が…」
「…んふふ、だから手早く済ませてあげる。みゆちゃんの弱点は知り尽くしてるんだから…ね?」
 それでも、うわ言の様に「会議が…」と呟きながら抵抗にならない抵抗を見せる出来の悪い秘書に、わたしは耳たぶを甘噛みしながらそう囁きかける。
「あく……っ?!」
 もうじき会議だろうが何だろうが、ここまで来て止められる訳なんてないのに。
 今の私にとって、これ以上最優先すべき事項なんてあろうはがもなく。
「や…あ…っ、こんな所で…恥ずかしいです…っっ」
「恥ずかしいから、余計感じるんでしょ?」
「そ、そんなコト…ないです…」
「それじゃ、確認してみましょうか?」
 そしてわたしはスカートをまくりあげ、黒のストッキングとレースのショーツに包まれたお尻の谷間へと顔を埋めると、ふるふると鼻先で感触を楽しむ。
 当然、空いた指は滑るようになぞらせるのも忘れない。
「ひ…?やぁ…っ、そんな…ぁ…っっ」
「ん〜、いい感触…」
「やめ…そんなコト…ふあ…っ」
 やめてと言われても、喘ぎ混じりの可愛い声で懇願しながら、足をガクガクと震わせて必死で耐えているみゆちゃんの反応は、逆にわたしの欲望を滾らせていくだけだった。
 …まったく、未だに自分が天然の誘い受けって事に気付いてないんだから。
「んふふ…それじゃ、そろそろ本格的に可愛がってあ・げ・る…」
 そう告げると、わたしはストッキングの端から指を滑り込ませ、ゆっくりと下ろして行った。
「あ…っ、脱がせちゃ…見ないでぇ…っ」
「本当は見られたいんでしょ?一番恥ずかしい所を奥の奥まで…」
 さ〜て、今日はちょっとばかり調教しちゃおっかな?
「は…はぁぁぁぁ…っっ?!」

「…案外、いいかも」
「こらっ、ロクでもない妄想をいつまでも続けてんじゃないっっ!!」
 ぼたぼたと溢れる鼻血を手で抑えながら、不埒な妄想を暴走機関車の様に走らせ続ける柚奈に、わたしは18歳未満完全お断りとなる前に制止をかける。
「大体、いつの間にわたしの身体を知り尽くしたって言うのよ?!」
 いやまぁ確かに背中は弱いし、ドジっ娘や物覚えについては否定しきれない所が悲しいけど。
「ん〜、まぁ大体の事は分かって来てるんだけど…やっぱり肝心な部分がねぇ…」
「……っっ」
 そう言って視線だけをこちらに向け、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる柚奈に、わたしはぞくっと背筋に冷たいモノが走るのを感じた。
「そもそも、生徒会長秘書なんて役職はないでしょーが?」
「え〜、だったら作らせるからいいもん。会長権限で♪」
「…………」
 やっぱり、こいつに権力を与えてしまうのは考えものかも。いくつもの会社を束ねる企業グループオーナーのお嬢様だけあってか、こいつには独裁者の素質が備わっているのかもしれなかったり。
「それとも、みゆちゃんが生徒会長に立候補するというなら、副会長になってもいいよ?」
「わっ、わたしはそんな器じゃないわよ…」
 おいおい、突然何を言い出しやがりますか。
「え〜、そんな事ないよぉ。ねっ、茜ちゃん?」
「まぁ、みゆもある意味生徒会長に向いてるとは思うんだよね」
 すると、茜も微妙な言い回しで頷く。
「その、”ある”ってのはどういう意味よ??」
「いや、その…みゆの為だったら、結構みんな一生懸命に頑張ってくれるんじゃないかと…」
 そこで当然追求するわたしに、やや苦笑い気味にそう答える茜。
「…それって、ただ単に危なっかしくて放っておけないとかいう理由じゃないの?」
「…………」
「…………」
 するとビンゴだったのか、2人は一斉にわたしから視線を外していく。
「ちょっとぉ〜っっ」
 そんな情けない求心力なんていらないってば…。

4-2:お呼びでない人。

「ああでも、生徒会選挙といえば去年の生徒会長選、実は柚奈も候補者だったんだけどね」
 その後、ポスターを戻して帰ろうとした所で、ふと思い出した様にそう切り出してくる茜。
「え〜〜っっ?!」
 それを聞いて、わたしは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
 さっきは自分で柚奈に生徒会長になってみないかと打診したものの、本心ではこういうのは絶対やらないだろうなと思っていただけに。
「候補者って言うか…私の知らないうちにそうなっていただけだもん…」
 すると、柚奈は苦虫を噛み潰した様な、面白くもなさそうな顔を見せる。
「んで、結局現会長と接戦の果てに敗れたんだけど、何と得票差は僅か一票差でね。そして、請われた副会長のポストも断って、そのまま一般の生徒に戻ったって訳」
「ふえ〜っっ…一票差って…」
 正に紙一重。事実は漫画よりも奇なり。
「まぁ惜しいと言うか、決め手になった一票が柚奈の票だったんだから、辞退したと言った方がいいのかもしれないけど」
「へ、どうしてそん…」
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇっっ?!」
 しかし、わたしが「どうしてそんな事を?」と尋ね終わる前に、突然背後から耳をつんざく様な甲高い声が響く。
「わあっ?!な、なに??」
 そして振り返ると、長身で大きな縦ロールを左右に決めた見覚えのある様な無い様な女生徒が、わなわなと肩を震わせながら立っていた。
「桜庭さん…あなたって人は…!!」
「う、うわ…っっ、何時の間に…」
「あ…この人ってもしかして…」
 思い出した。確かこの人は件の現生徒会長である、石蕗(つわぶき)さんだ。
 確か転校した直後に、生徒会室に招かれて挨拶されたっけ。
「あの時、副会長の就任を断ったばかりか、何処までこの私を愚弄するのですか?!」
 鋭い調子で柚奈にくってかかりながら、元々キツめの目尻を更に吊り上げて睨みつけてくる石蕗さん。
(…何か、にこやかに歓迎してくれたあの時とはえらくイメージが違うなぁ…)
 元々、迫力がある人だとは感じたけど、それはまぁ生徒会長としては必要な資質なんだろうし。
「ぐ、愚弄だなんてとんでもない。私はただ石蕗さんの方が相応しいかなーと思って…」
「余計なお世話ですわ!!つまり、この1年間の私は、貴女に踊らされただけのピエロですの?!」
「いや、そんな大袈裟な話にされても…」
 そして涙を滲ませながらそう捲し立てる生徒会長に、流石の柚奈も冷汗混じりに苦笑を浮かべる。
 というか、わたし相手の時と比べて余裕が全く感じられないんだよね…今の石蕗さん。
「…えっと、この話ってもしかしてオフレコだったの?」
「あはは…まさか近くに会長がいたとは…」
 この様子では、どうやら柚奈の一票の行方について知っているのは茜だけだったらしい。
 なんともまぁ間が悪いというか、それともここまで来たら運命なのか。
「と・に・か・くっっ桜庭さん。今年こそ、このわたくしと正々堂々と勝負なさいっ!!」
「いやです」
 しかし、そこで正面から挑戦状を叩きつけてきた石蕗さんに、間伐も無しであっさりとお断りを申し上げる柚奈。
「どうして?!私に勝つ自信が無いんですのっ?!」
「ん〜、別にそれでもいいです」
 そう言うと、柚奈はぎゅっとわたしの袖を掴む手に力を込めて擦り寄ってきた。
 まるで、察してくれとでも言わんばかりに…。
「んな……ッッ?!」
(…おいおい…)
 …案の定、石蕗さんの睨みつけた視線が柚奈からわたしの方へと移動してきてるし。
 まさか、わたしの所為とでもおっしゃるおつもりで??
「愛に溢れた日々を送っている今の私達に、権力など興味はありませんから」
「あ、愛…っ?!」
 そんなワザとらしさすら感じる台詞と共に柚奈がぷいっとそっぽを向くと、背景に雷を落としながら愕然とした表情を見せる石蕗さん
(…何だか暑苦しいというか、随分と熱血な人みたいね。うちの生徒会長…)
 いや、それはどうでもいいとして…。
「ねぇ…『私達』って、もしかしてわたしも含まれてるの?」
「え〜?みゆちゃん、私のこと嫌いなの?」
「ちょっと待て、そーいう問題じゃないでしょ…」
 先述の通り、わたしにとっては日々戦場みたいなものなんですが。
「…………っっ」
 しかし、そんな柚奈の態度を真に受けたのか、石蕗さんのわたしを見る視線がどんどんと険しくなっていく。
「ふ、ふふふ…ふふ…」
 そして、しばらくワナワナと肩を震わせていたかと思えば、今度は突然薄ら笑いを浮かべ始める石蕗さん。
 …いや、これはこれでかなり怖いんですけど…。
「なるほど、あの氷の女王とも呼ばれた桜庭柚奈が腑抜けてしまったというのは本当だった様ですわね…」
「こ、氷の女王??」
「その様な呼び名、私は覚えがありません。勝手に名付けないでいただけますか?」
 そこで思わず間抜けな声をあげてしまうわたしに対して、柚奈は腕にしがみついたまま、初めて石蕗さんへ敵意のこもった視線を向けた。
「…覚えがありませんとは、随分惚けられたものですわね」
「あなた方が勝手に名付けた下品な通り名など、迷惑なだけです」
 その敵意が更に上昇しているのか、柚奈の台詞に刺々しい形容詞が付随していく。
「あらあら、本当の姿に自分自身が気付いておられないとは、愚かな事ですわね?」
「私は私が考えている自分が真実です。貴女の評価など何の関係もありません」
(いや、だからね…)
 わたしを挟んで殺気を込めた会話の応酬はやめてくださいませんか、お嬢様方。
 …そもそも、柚奈もすっかりと丁寧語でお嬢様スイッチが入ってるし。
「ふふふ…いい感じに尖ってきましたわね。それでこそ私のライバルですわ」
「…………」
「いや〜ん、生徒会長が睨みつけてくるのぉ、みゆちゃん助けてぇ♪」
 しかし、そこで石蕗さんがニヤリとした笑みを浮かべると一転、柚奈は甘えた子猫の様に、抱きついている手の力を強めた。
(おいおい…)
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」
 だからぁ、それでとばっちりを食うのはわたしなんだってばっっ。
「ま、まぁまぁ…とりあえず柚奈にはやる気は無いみたいだし、そんなに突っかからなくても…」
 とりあえず、このまま放っておいても埒があかないと思ったわたしは、取り出したハンカチを噛みながら地団駄を踏む生徒会長さんに恐る恐る声をかける。
「どうして貴女にそんな事が断言出来るのですか?!」
 すると、即座にわたしの方を向いて睨みつけてくる石蕗さん。
「ど、どうしてって言われても…」
 さっきから本人がそう言ってるだけなのに…。
 頭に血が上ったら、人の話を全く聞いてくれないタイプなのかな??
「大体、貴女は一体桜庭さんの何なんですの?!」
 そして、これをきっかけに今までは間接的だった石蕗さんの怒りの矛先が、本格的にわたしの方へと向いていく。
「何なんですのって…」
「私は今、桜庭さんとお話しているのに、口を挟んでくるとは失礼ではありません事?!」
「……っっ」
 しまった。やっぱり余計な口出しをしたかと後悔するも既に手遅れ。
 相手はもう怒りで我を忘れかけてる状態なのに。
「大体、貴女の様な方が場違いも弁えずにしゃしゃり出られるのが、一番不快なんですわ!!」
「ゆ、ゆい…」
「…石蕗さん。貴女が対抗意思を燃やすのは勝手ですけど、それ以上みゆちゃんに八つ当たりするのは止めてもらえませんか?」
 やがて威圧感と恐怖心でわたしの目から涙が溢れようとしたその時、柚奈がわたしを庇う様にして前に出ると、言葉に静かな怒りを込めてそう告げた。
「……っっ」
 わたしの視界からは後ろ姿でその表情は分からないけど、今まで怒鳴り散らしていた石蕗さんの表情が一瞬で凍りついてしまった辺り、相当鋭い視線を送っているらしい。
「や、八つ当たりなど…」
「はっきりと申し上げておきますが、私は貴女の自己満足の為に時間を割いて差し上げる筋合いなどありません。これ以上絡まれるおつもりなら、こちらにも考えがあります」
 その口調はあくまでも静かながら、相手のことなんてほんの少しも気遣っていない台詞回しは、本当に氷の様に冷たく感じさせられた。
「な……っっ」
(…柚奈、もしかして本気で怒ってる…?)
 いや、実際に今まで本気で怒った姿を見たことは無いけど、それでも今の柚奈はそう感じられるほどの強い威圧感を言葉と視線に込めて、前方の石蕗さんに浴びせていた。
 何だかんだで、いざという時は有無を言わせない押しの強さを持っていたけど、今の柚奈の身体から発しているオーラはそれとは質が異なって、相手を排除しようとする意思を含んだ、寒気すら覚える冷たいもの。
 手こそ出してはいないものの、石蕗さんにしてみれば凍りついた手で平手打ちを食らった様な感覚なのかもしれない。
 …そして、皮肉にもそれが石蕗さんの言葉に真実味を与えてしまっていた。
「ふ、ふふふ…考えがあるとは、どの様なお考えかしら?」
「…………」
「いや〜ん、やっぱりみゆちゃん怖〜いっっ」
 しかし、冷汗混じりに石蕗さんが切り返すと、再びいつもの甘えた口調に戻してわたしにしがみついてくる柚奈。
「…あんたね…」
 全部、ぶち壊しかよ。
「もう、そこまで挑まれるんだから、相手してあげれば?」
 しかし、腕越しに伝わる柚奈のぬくもりで、少なくとも先程までの張り詰めた恐怖感が消えたわたしは、溜息混じりにそう告げてやる。
 とりあえず、今度は分からない様にワザと負けてあげれば気が済むんじゃないですかね。
「みゆちゃんと遊ぶ時間が無くなるから、やだ♪」
「…あのね…」
 何よ、その小学生のような理屈は。
「く…っ、あ・な・た・と・い・う・ひ・と・は……っっ」
 あーあ、そろそろブチ切れて爆発しちゃうよ…生徒会長さん。

4-3:先代。

「あら〜、やっぱり今年は出てくれないのぉ〜?」
 しかしそんな時、突然わたし達の背後から間延びした声が届いたかと思うと、爆発寸前だった空気が弛緩していく。
「え…?」
 振り向くと、そこにはウエーブかかった髪をゆっくりとなびかせ、おっとりとした雰囲気を漂わせた生徒が1人、いつの間にかそこへ立っていた。
「柊(ひいらぎ)先輩…」
「め、名誉会長…」
「残念だわ〜、今年こそは柚奈ちゃんにやってもらおうかと思ってたのに」
 そう言って、柚奈から柊先輩と呼ばれた人は、残念そうにまゆを八の字に曲げる。
「去年だって、先輩が強引に指名したんじゃないですか…」
「それは〜、柚奈ちゃんが生徒会長に相応しいと思ったからだし」
「でも、根拠がいまいち希薄だった気がするんですけど…」
「私の勘に外れはないのよ〜?それは知っているでしょう?」
「いやまぁ…それはそうかもしれませんけど…その…」
 そして柊さんとのやりとりに押され気味になりながら困った顔を見せる柚奈だけど、なんだか苦手な相手を見る目をしていた。
「その、な〜に?」
「いえ…その…石蕗さんも立派に生徒会長されてると思いますけど?とっても熱心に活動されてるみたいですし」
 そう言って、皮肉たっぷりに石蕗さんを見やる柚奈。どうやら、彼女への怒りはまだ完全に収まってはいないらしい。
「ん〜、でも出来れば今年は柚奈ちゃんの務める生徒会も見てみたいなぁ…って」
「そ、そんな…名誉会長、私に何か至らぬ点でも?」
「ん〜ん。石蕗ちゃんは良く頑張ってくれてるけど、個人的に柚奈ちゃんの生徒会長も見たいなぁって思っただけ。それに、2期連続ってのは好ましいとはされていないでしょう?」
「………っっ」
(…ああ、そういう事か…)
 ここでようやく、わたしにも石蕗さんの怒りと柚奈への執拗な対抗意識が理解出来てきた。
 この先代の生徒会長の柊さんが自分の跡取りとして本命視していたのは柚奈の方なんだ。
 それでも、実際の選挙でそれを覆したかと思えば、結局は投票の結果が柚奈の八百長だったって聞いたら…。
(まぁ、歪んでしまうわよねぇ…普通…)
 随分とプライドも高そうだし、ちょっと石蕗さんが可哀想に思えてきたかも。
「申し訳ありませんけど、私はそのつもりは無いので、立候補は期待しないでください…」
「…う〜ん、まぁ好きな人が出来たなら仕方が無いわねぇ…」
 ともあれ、相手のご機嫌を伺うかの様にトーンを落としてそう告げる柚奈に、あらあらといった様子で頬に手を当てる柊さん。
「すみません…」
「でも、柚奈ちゃんもすっかりと変わっちゃったねぇ?」
 そして、じっと柚奈の顔を見る。
「…………」
 柊さんの口からも出た「変わった」という言葉。何だか、わたし以外の柚奈を知る者からの共通のキーワードになっているみたいだけど…。
「変わった…ですか?」
 そこで、わたしは何気なく柊さんの言葉に食いついてみる事に。特に深い意味がある訳じゃないんだけど、自分だけ置いてけぼりのまんまなのは癪に障るし。
「うん。以前のクールな柚奈ちゃんもカッコ良くて好きだったけど…」
「柊先輩…あの…」
 そんな台詞を独り言の様な口調でぼんやりと呟く柊さんに、柚奈の顔が明らかに困惑顔に変わっていく。
「…でも、いいんじゃないかな〜?今の柚奈ちゃんの笑顔も可愛いよ?」
 しかし、柊さんはそんな柚奈に構わず、にっこりとした笑みを浮かべてそう続けた。
「あ、ありがとうございます…」
 それに対して、相変らずの困惑顔で照れた顔を浮かべる柚奈。この柊さんの登場はわたしにとっては助け舟の様な存在だけど、柚奈の方はどうにも居心地が悪そうなのが面白い。
「あなた、お名前は?」
 …とか思っていた所で、今度は柊さんの矛先がわたしの方へと向けられてきた。
「え?ひ、姫宮美由利です…」
「美由利ちゃん、か…」
 そして、名乗ったわたしの名前を復唱しながら、柊さんは更にじろじろと値踏みでもするかの様にわたしを凝視してくる。
(おいおい、まさか芽衣子さんの時みたいな事は無いでしょうね…?)
 いや、こういう考えは自惚れなのは分かってるけど、今までの体験上…ねぇ?
「…ふ〜ん…」
「ねぇ、ちょっと思ったんだけど、美由利ちゃんが会長、柚奈ちゃん副会長ってのはどうかしら?」
 やがて、わたしの周りをぐるぐると2周ほどした後で、グッドアイデアを思いついたかの様に、オーバーアクションでぽんっと手を打つ柊さん。
「だ〜か〜ら〜っっ、わたしは器じゃないですからっっ!!」
 一般人を無理やり闘場へ引っ張ってきて、ライオンと戦わせるような真似はしないで下さいっっ。
「そうかなぁ?面白そうだけどなぁ…。結構票も集まると思うよぉ?」
「実は私も、みゆちゃんが会長になるか、もしくは副会長になってくれるなら、立候補してもいいかな…とは思ってるんですけどね?」
「……ほほう。じ〜〜っっ」
「じ〜〜っっ」
「…だから、2人してモノ欲しそうな目で見てダメですってば…」
 どうして、どいつもこいつも酔狂な連中ばかりなんだろう…??

4-4:王子様とお姫様。

「まったくもう、なんなんだか…」
 その後、もう休み時間が無くってきたからと適当な理由をつけてあの場を逃れられたのはいいけど、すっかりと疲れ果ててしまった。
 これから午後の授業というのに、まったくもって迷惑な話というか。
「まぁまぁ、昔から柊先輩はああいう人だから」
「何て言うか、つかみ所が無い人だったなぁ…」
 人の話を聞いてくれてるのか、聞いてくれていないのか良く分からないんだよね。何があっても笑みを浮かべていそうな温厚な雰囲気を漂わせている反面で、自分が言い出した事は曲げない意志の強さも垣間見えてたし。
「まぁ、天使か菩薩様かって言われてる人だしね。実際、先代会長の任期中は独断専行でやりたい放題だったみたいだけど、それでも誰も文句を言えないというか、あの人の笑みを見ると全ての抵抗感が無効化しちゃったり」
「ああ、そう言われればそうかも…」
 この辺りは、惚けた顔して力ずくの芽衣子さんといい勝負かも。
 …と言うか柚奈もだけど、本当にうちの学校に通うお嬢様って得体が知れないというか、底知れずな人達ばっかりというか。
「でも、みゆちゃん柊先輩に気に入られてたみたいだね?」
「うーん…それはどうかなぁ…」
 人に好かれるのはやぶさかじゃないけど、立候補期間中ずっと無理難題を言われ続けるのは、ちょっと御遠慮願いたい所だった。

ガラガラ

「お、ようやく戻って来たわね」
 ともあれ、ようやく教室に戻ると、綾香を中心にした輪の視線が一斉にわたし達へと向いてくる。
「え?おみやげは無いわよ?」
「お昼の後でそんな物要求しないわよ。用があるのは、あんたの腕にしがみついて離れようとしないお姫様と、その側にいる王子様の方」
 わたしのジョークをあっさりとスルーしてそう言うと、トレードマークの丸眼鏡越しに意味深なウィンクを飛ばしてくる綾香。
「???」
「学園祭も近いでしょ?今年も演劇やるなら、演目をそろそろ決めないとって話してたのよ」
「ふえ?またやるの?」
「ああ、そう言えばそうだったわね…」
「今年も?演劇??」
 なんか、わたしだけ話が見えてないんですけど…。
「ああ、みゆには言ってなかったわね。もうすぐ学園祭でしょ?うちは去年の出し物は演劇をやったのよ。柚奈がお姫様、茜を王子様役にした白雪姫をね」
「ほほう…そりゃまたベタな」
 白雪姫でなければシンデレラ。ある条件が揃えば、正しくキング・オブ・ベタの題材。
 …その条件と言うのは、王子様とお姫様役に相応しい役者がいる条件を満たしているという、実に罪作りなものだけどさ。
「ベタゆーな。それでね、結構好評だったから今年も何かやろうかと思ってるんだけど」
「なるほど。まずは主演にお伺いって訳ですか」
「そゆこと♪どうかしら?お二人さん」
「ん〜っ、出来れば今年は勘弁して欲しいかなぁって思うんだけどね…」
「あはは、あたしも悪いけどパス。去年はお稽古とかで大分部活の時間が潰れちゃったし」
 綾香の打診と共に一斉に全員の視線が集まるものの、揃って遠慮しますのポーズを見せながら苦笑いを浮かべる柚奈と茜。
「ありゃ、柚奈はともかく去年の茜は協力的だったのに」
「去年は去年で事情が違ったからね。今年はもう無理に動く必要もないみたいだし」
「なるほど。茜が目覚めさせたお姫様は、もう元気に走り回ってるものね」
「……綾香っ」
 そんな茜の台詞を受けて、綾香がやれやれと肩を竦めると、柚奈の視線が一瞬険しくなる。
「茜が目覚めさせたお姫様?どういう事?」
「大した話じゃないわよ。ただ、去年の柚奈はみゆが知ってる柚奈とはちょっと違うってだけでね」
 しかし、綾香はその視線をあっさりとスルーすると、食いついたわたしに思わせぶりな台詞を返してきた。
「綾香、その話は…」
「まぁまぁ、今となっては懐かしい思い出でいいんじゃない?」
「…………」
 そして、諭すように切替されて沈黙してしまう柚奈。
 …理由はよく分からないけど、さっきの石蕗さんの時といい、どうやら柚奈は昔の話には触れて欲しくないみたいね。
「ん〜、今の柚奈がわたしが知ってる柚奈と少しイメージが違うっていうのは聞いてるんだけどさ」
「え、ええっ?!」
 それを聞いて、動揺した顔を見せる柚奈だが、さすがにわたしもそこまで鈍くはないやい。
「そうそう。去年の柚奈は深窓のお嬢様だったからね。いつも教室の隅で窓の外をぼんやりと眺めて、まぁ今みたいに積極的に話しかけてくる事はないというか、むしろ『私に構わないで』っていう高嶺の花みたいなオーラが出ていた様な…」
「ち、ちょっ…」
「そんなもんだから、しばらくはクラスでも用事がある時以外で柚奈に声をかける人はいなかったんだけど、茜が無理やり引っ張り出してきて競演すると言い出してね」
 そして、それがきっかけで打ち解け始め、今に至ると続ける綾香。
 …それにしては、何だか随分と変わり具合が急激っぽいのは気のせい??
「ふ〜ん…でも、ちょっと見てみたかったかも、去年の劇。ビデオに撮ってないの?」
「多分、放送部が録画してると思うけど…どうせなら、直で見てみたいと思わない?」
 そう告げる綾香の目は、眼鏡越しながら正に我が意を得たりと輝いていた。
(なるほど、こういう展開に持ち込みたかった訳か)
 ともあれ、わたしも見てみたいのは確かなので、ここは敢えて綾香の策に乗ってやる事にしよう。
「それもそうね…ねぇ柚奈に茜、せっかくだから今年もやってみたらいいじゃない?」
 何がせっかくなのかは自分でも良く分からないけど、ともあれ、わたしは援護射撃となる様に、柚奈達にねだる様な視線を向けながらそう促した。
「あははは…どうする、柚奈?」
「……ん〜、みゆちゃんと共演なら、出てもいいよ?」
 すると、困った様な顔を見せる茜に対して、少しの間を置いた後で、逆にこちらへねだる様な視線を向けながらそう告げる柚奈。
「へ?共演??」
 ちょっと待て、話が妙な方向へ進み始めた様な…。
「ふむふむ。…んじゃ、もしみゆを主役にした演目をやるって言ったら、柚奈と茜も共演してくれる?」
「え、ええええっっ?」
 しかも、わたしが主役??
「そりゃもちろん♪ね〜、茜ちゃん?」
「まぁ、そうだね…みゆが主役なら付き合うしかないか…」
 その言葉を待ってましたと言わんばかりに意気揚々と柚奈が頷くと、茜も諦めたかの様な顔を見せる。
「わ、わたしが主役って…どんな題目を?」
 しかし、人生で初めて向けられた主役という言葉にちょっと胸をドキドキさせながら尋ねるわたし。
「ほい、マ○みて♪」
「却下っっ!!」
 そして、カバンの中に入れていた文庫本を取り出す綾香に、わたしは全力でお断りを入れた。
「え〜?あんたはちょうどツインテで誘い受けだし、柚奈と茜にもぴったりのキャラがいるしさ」
「誰が誘い受けだっっ」
 そもそも、柚奈は外見的には例のお姉様に近いかもしれないけど、中身は茜と思いっきり被ってるっての。
「あら、オリジナルの方がいいならシナリオ書くわよ?R指定くらいで」
「黙れ」
 R指定ってなんだ、R指定って。
「でも、実際みゆが主人公にぴったりの演目って結構難しいのよねぇ」
「悪かったわね、十人並み以下で…」
 そんな事は端から分かってる。去年は白雪姫をやったって言ってたけど、わたしじゃ白雪姫に嫉妬する妃役がいい所だろうし。
 ええと、わたしが妃で柚奈が白雪姫だったら…。

白雪姫(as柚奈):「お妃様ぁ、お待ちしておりましたぁ〜っ♪」
妃(asわたし):「ち、ちょっと何、いきなり抱きついてこないでっっ」
白雪姫(as柚奈):「うふふふふ、嫉妬深いお妃様ですもの。鏡にこの世で一番美しいのは私だって言わせれば、きっと毒入り林檎を持っていらっしゃると思ってましたわ」
妃(asわたし):「んなっっ、まさかハメられた…?!」
白雪姫(as柚奈):「くすくすくす…ここまで来た以上はもう逃げられませんわ。全てを捨てて、ここを私達の永遠の愛の巣と致しましょう♪」
妃(asわたし):「ち、ちょっ…どこ触ってんのよ…っっ?!」
白雪姫(as柚奈):「あらあら、意外とウブでいらっしゃるのね?でも大丈夫、今に私無しではいられない身体にしてさしあげますわ…さぁ、身体の力を抜いて…」
妃(asわたし):「ひ…やめ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」

(…………)
 ちょっと待て、明らかに展開がおかしいから。
「あ、じゃあおしんとかどう?みゆがおしんで、柚奈が奉公先の意地悪な躾役とか」
「それも悪く無いんだけどさぁ、下手したらR指定どころか、18禁の陵辱調教ものになってしまいそうなのよねぇ」
 その後、話の輪に混ざっていたクラスメートから出た次の提案に、綾香は手をひらひらと横に振りながらあっさりと却下する。
「ちょっと待て、何をさも当然の事の様に…」
「そうだよ!私だってみゆちゃんに意地悪するだけの役なんてやりたくないもん」
「柚奈……」
「それに、ちゃんと愛をたっぷり込めて調教しちゃうつもりだから。うふ♪」
「うふ♪じゃないだろそこはっっ!!」
 …どの道、この案は大却下で間違い無さそうだった。
「大体、別にわたしを主役にしなくてもいいじゃない?」
「ん〜でもさ、柚奈か茜が主役で、みゆがいいポジションの脇役って演目を探すのも難しいのよねぇ。大体、ただのチョイ役にしたら柚奈が納得してくれないでしょ?」
「と〜ぜん♪あと、熱いラブシーンも必須の方向でお願いね?」
「…それは、わたしの方がお断りだっての」
 こっちとしては、ベタベタな恋愛物は避けるのが必須条件と言うか。これみよがしに脚本を無視して暴走するのは目に見えてるし。
「となると、ロミオとジュリエットって手もあるかな。みゆがロミオで柚奈がジュリエット。茜はジュリエットの婚約者で」
「あ、いいね♪」
「却下しとく」
 綾香の提案を聞いた柚奈が声を弾ませるものの、わたしはぴしゃりとそれを遮った。
「え〜、どうして?」
「ベタベタな恋愛物はやだって言ったでしょ?」
「でも、これって悲劇恋愛ものじゃない?」
「…いや、こいつの事だから、毒を飲む前に土壇場で強引な駆け落ちエンドとかやらかしそうだし」
 というか、ポジティブ属性120%の柚奈には「悲劇恋愛」ってイメージが湧かないのよねぇ。両家の宿命に翻弄されてあれこれと悩んだり小細工をするより、真正面から堂々と「私達は愛し合ってるんです、文句ありますか?!」とタンカを切ってしまいそうとでも言うか。
「あ、そういうのも悪く無いわね。最後は逃げ延びた先で、満月の夜に永遠の愛を誓う口付けを交わして美しく締めってのも…」
「それ採用ね♪セットの予算が足りないなら、いくらでも裏で都合するよ〜?」
「既に暴走してんじゃないのよ、あんたはっっ」
 言ってる側から、目の色を変えてるんじゃないっての。
「もう、あれも嫌だ、これも嫌だって、みゆはワガママねぇ…」
「ホントだよ。みゆちゃんって協調性が足りないよねぇ?」
「…それ、絶対違うと思う…」
 と言うか、わたしが悪いの…??
「でもまぁ実際の話、いい演目が見付からないなら、無理に演劇にこだわる必要も無いんだけどね」
 しかしその後、会話も一段落した所で、思わせぶりにそう切り出してくる綾香。
 それは、まるで初めから何かアテがある様な口ぶりだけど。
「例えば?」
「そうねぇ…例えば…」

キーンコーンカーンコーン

 そう綾香が何か言いかけた所で、5時間目の始業を告げるチャイムに阻まれてしまう。
「おりょ。続きはホームルームでって事みたいね」
「わたしの目には、何やらアイデアがある様な口ぶりに見えるけど?」
「アイデアって言う程の物でも無いわよん。まぁお楽しみに」
 そんなわたしの台詞に綾香はそう答えると、大きくウィンクしてみせた。

 …そして。

「…って事で、今年のクラスの出し物ですが、主役候補のみゆが色々とワガママを言って演目が見つからないので、趣向を変えてメイドカフェを提案します」
 やがてロングホームルームの時間になると同時に、学園祭のクラス代表実行委員である綾香が教壇に向かったかと思うと、単刀直入かつ、とんでもない言いがかりを含めた切り出し方で発案してくる。
「ちょっと待て、何でわたしの所為なのよっ?!」
「何でって、マ○みてもロミジュリも、私がオリジナルで脚本書こうと言ったのもぜ〜んぶ拒否してくれたのは誰だっけ?」
「……ぐっ……」
 そしてその綾香の台詞と共に、わたしの方へと一気に集中してくるクラスの視線。
 あの、やっぱりわたしが悪いとでも…??
「というか、綾香の提案にマトモな企画が無かっただけじゃないのよぉ…」
 オリジナルって、大体R指定とかどうとか言ってた癖に。
「却下。という訳で、代替案としてみゆを看板娘にしたメイドカフェでもやってみようかなーと思ったんですが、いかがでしょうかね?」
「ななななな、なんでわたしが看板娘っっ?!」
 今まで、そんな単語とは無縁の生活をしてきてるんですがわたしは。
「だって、演劇案が頓挫したのはみゆの所為だし。責任はとってもらわないと」
「責任って…元々は去年に引き続いて柚奈と茜を主役にした演劇って言ってた癖に…」
 無茶苦茶な言い分ですがな、それは。
「その柚奈と茜が、みゆと一緒じゃないとやらないって言ったから、あんたを主役に抜擢しようとしたのに以下略だからって事よ。女らしく観念なさい」
 そこで尚も食い下がるわたしだが、やれやれと首を横に振りながら理不尽な物言いで一蹴されてしまった。
「そんなの、知らないわよぉ…大体、看板娘なら柚奈の方が適任じゃない?」
 外見だけで言えば、これ以上の美少女はそんじょそこらにはいないと断言できますが。
「まったく、分かってないわねぇ。柚奈は生粋のお嬢様であって、メイドさんには向かないし。茜はむしろ執事の格好で頑張ってもらった方が売れそうだしで」
「う…っ」
「今の日本のメイドさんのイメージに求められてる萌え要素ってのは可憐さと、ちょっとしたドジ属性。つまり、思わず守ってあげたくなる様な危なっかしさって所なの。分かるかね、うん?」
 そう言って、ちっちっちっと左右に揺らせた指先をわたしの方へと向ける綾香。
 …言葉の意味は良く分からないけど、とにかく凄い自信らしい。
「それが、わたしに備わっていると?」
「うん。アンケート取ったら、うちのクラスで一番よってたかって構い倒したくなる生徒No.1があんただったから」
「ちょっと待て、いつ取ったのよそんなアンケートっっ」
 そもそも、わたしは受けた覚えが無いんですがね。
 …と言いたいものの、何故か周囲だとうんうんと同意してる人多いし…。
「ともかく、あんたには良いメイドさんとしての確かな資質が備わってるの。この私が言うんだから間違い無いって」
「…んじゃ、悪いメイドさんの資質ってのは?」
「ぶっちゃけ、柚奈みたいなタイプ」
「ああ、そうですか…」
 つまり、完璧すぎる人ってのは向かないと言いたいのね。わたしみたいに不完全とか未熟って言葉が似合う女の子の方が相応だと。
 …悪かったわね。
「…って事で、満場一致で決定って事でいいですね?勿論当日は、殆ど全員参加になるからそのつもりで。部活をしていない人は、この期間は専属で手伝って頂きます」
 そして綾香がそう宣言すると、期せずして賛成を告げる拍手がクラスの空気を包んでいった。
(おいおいおい…)
 勝手に満場一致にされたけど、これじゃ採決の余地もありゃしない…。
「頑張ってね〜みゆちゃん。私も応援してるからね♪」
「…何なんだかなぁ…」
 確かさ、温室育つのお嬢様が集まる学園じゃなかったっけ?ここって。
 何だって、こんなにノリとフットワークが軽いんだか。

4-5:怖いもの。

「そう言えば、もうすぐ学園祭ね?クラスで何をするか決めたの?」
 やがて帰宅後の夕食時、いつもの様にキッチンでお母さんと2人で食べている最中に、わたしはお母さんから、ふと思い出した様にそんな事を尋ねられる。
「え?うん、まぁ…大体…」
 突然のタイムリー過ぎる話題に、思わずお茶を濁すような返事を買うしてしまうわたし。
 それはまるで語らずとも今日の出来事を知っているかの様で…もしかしてこれが、母親の勘って奴なんだろうか??
「そろそろ出し物を決めて申請しなきゃならない時期でしょ?これから忙しくなるんじゃない?」
(…ああ、そっか)
 あまりにタイミングが良すぎるので驚いたけど、そう言えばうちの母上はOBだったんだっけ。
「一応、メイドカフェやるんだって。今更ありがちというか、なんというか…」
 とりあえず納得すると、わたしは箸を置いた後で、軽い溜息混じりにそう告げる。まぁ、元々が演劇だっただけに、ロールプレイという発想から飛んだのかもしんないけど。
「でも、最近は試しに行ってみたいって思ってる女の子も割といるみたいだし、悪くないんじゃないかしら?…それに、普段は言えない変身願望を持ってる女の子もいて、やってる方も楽しいものみたいだしね」
 そう言って、何か思い起こす物があるのか、ニヤリとした笑みを浮かべる母上。
(…………)
 ちょっと気になったが、ヤブヘビになりそうなので詳しくは聞かないでおこう。
「お母さんの時代も、制服が可愛いと評判になった某ファミレスに触発されて、似た様なお店をやった事があったのよね。それで、『当家の子女がこの様な恥ずかしい格好、やってられませんわっっ』とか喚いていたクラスメートのお嬢様がいたんだけど、実はその裏でこっそりと家庭科準備室の姿見の前で変身した自分の姿を映しながら、心底楽しそうな顔で小躍りしてたのよねぇ…。そして、きょろきょろとしながらエプロンドレスを抱えて家庭科室へ向かう彼女の姿を追いかけ、その場面を目撃したお母さんは…うふふふふふふ…」
 そう言って今度は怪しい笑い声をあげながら、両手をワキワキと怪しく動かしてみせるお母様。
「ああもう、敢えて聞かなかったのに…っっ」
 せめて、その女の子がその後どうなったかまでは聞くまい。…と言うか、お願いだから話さないでくださいませ。
「だから、美由利ちゃんも気をつけなきゃ駄目よ?試着して悦に浸るのは、ちゃんと家に帰ってからね」
「…いや、お母さんの話を聞いていると、家の方がよっぽど危ない気がするんだけど…」
「あら、大丈夫よ?親としてちょっと記念撮影等をするだけだから」
 しかし、頬に手を当てながらにこやかにそう告げるお母さんの目は、獲物を見る様な目に見えて仕方が無いんですが。
 というか、柚奈達と付き合い始めてからその辺の感覚は鋭くなってるだけに…ね。
「…”等”って何よ、”等”って…」
 そもそも、最近は母上と柚奈の区別が付かなくなってきてるんですが、気のせいだろうか?
 そっくりに育ったという小百合さんの証言通り、外見のタイプも同じだし。
「まぁそれはともかく、つまり当日は美由利ちゃんもメイドさんになって接客するのね?」
「う、うん…何だか良く分からないうちに、看板娘になれって綾香が…」
 無理難題を押し付けられている様で、”看板娘”という響きに対してはそれ程嫌な気もしてはいなかったりと、少々複雑な心地だけど。
「ほほう。なら、そろそろデジカメを新調しようと思ってたけど、ちょうどいい機会になったわね。ビデオカメラも一緒に買っちゃおうかしら♪」
「…店内撮影は禁止です、お母様」
 いや、まだ禁止にする事は決まってないけど、これは是が非でも通さねばなるまいて。
「んじゃ、お家で撮影するわ。それでいいでしょ?」
「やだってば…」
 こういうのは、撮ってる方は愉しいのかもしんないけど、撮られてる方は恥ずかしい事この上ないのであって。
「え〜、せっかく可愛い娘の晴れ姿じゃない?カタい事は言いっこなしにしましょ?」
「晴れ姿って言うのかなぁ…」
 むしろ、後で黒歴史になる可能性の方が高い気がするんですがね。
「まぁ、それはそれとして…しかし、うちの学園祭はみんな結構真剣にやるから、なかなか活気があるでしょ?」
「そうみたい…ちょっとびっくりしてるけど」
 何だかはぐらかされた様な気もするものの、ここは素直に頷くわたし。今日も出し物が決まった後、みんな積極的にアイデア出しに参加してたり、準備を面倒くさがる様子も見えなかったし。
 前にいた学校だと、厄介な行事として全体的にやる気ナッシングだった事を考えれば、この活気は雲泥の差とも言えた。
「お母さんの頃も楽しむだけじゃなくて、ライバルのクラスに負けてなるかとばかりに盛り上がったものよ。理由があるとは言っても、うちの学校は競争心が旺盛な娘が多かったからね」
「ああ、それは多分今も変わらないと思う…」
 石蕗さんとか見てると、それは妙に納得出来てしまったり。
 やっぱりお嬢様って人達は、何でも自分が一番じゃないと気がすまない性質なのかなぁ?柚奈だって、何だかんだ言って成績トップだしね。
 …まぁ、これに関しては別の思惑があるからみたいだけど。
「ともかく、憧れのメイドさんの格好を堂々と出来るからって浮かれるのもいいけど、しっかりね。昔と制度が変わっていないなら、結構みんな真剣勝負だろうから」
 そう言って、母上は意地悪な目でウィンクして見せた。
「どうして、憧れって分かるのよぉ…」
 まったく、油断も隙も無いと言うか、流石は母親とでも言うか。

「…あれ?」
 その後、お風呂から上がって脱衣場に戻ると、脱いだ服のポケットから取り出して籠の中に置いていた携帯から、着信音が鳴り響いてるのに気付く。
(ああ、このメロディーは柚奈からか)
 と言っても、特別のメロディーを入れているのは柚奈と母上だけだから、いちいち頭の中で検索する余地も無いんだけど。
「はい、もしもし?」
「あ、みゆちゃん…ちょっと今いい?」
 とりあえず、濡れた頭をバスタオルで拭きながら電話に出ると、いつもとは違って何だか控えめな口調で切り出してくる柚奈。
「ん〜、今お風呂から上がったばかりだから、髪を乾かした後だと嬉しいんだけど」
 どうせ、長話になるんだろうし。
「あ、お風呂上りなんだ。ごめ…」
「…………」
 しかし、最後まで言い終わる前に、柚奈の台詞がフリーズしてしまった。
「なによ?」
「ね、みゆちゃん今何処にいるの?」
「何処って、脱衣場。まだ身体も拭いてないし」
 だから、風邪を引いてしまう前に一旦切ってしまいたいんですがね。
「…って事は、今みゆちゃん裸?」
「流石に、自分の家まで水着を着て入らないわねぇ」
 いやまぁ、あの時も結局は強引に脱がされてしまったけどさ。
「…………」
「…………」
 すると、しばらく受話器の向こうの柚奈が黙り込んでいたかと思うと…。
「……??」
「ううっ、こんな事なら、テレビ電話をさっさとみゆちゃんの家に届けておくんだった…っっ!!」
 声を震わせながら、心底悔しそうに魂の叫びをあげた。
「…送りつけられても、脱衣場になんて置かないわよそんなもん」
 まったく、アホの子ですかあんたは。
 いや、とっくにこいつがアホの子である事は理解はしてるけど。
「それで結局、用件はなんなの?」
 とりあえず、なかなか話が打ち切れそうも無い事を予感したわたしは、片方の手に持ったバスタオルで、やや乱暴に頭と身体をがしがしと拭きながら尋ね直す。
 これで風邪でも引こうものなら、正に奴の思うつぼって奴だろうし。
「うん…ちょっとお話したかったんだけど、今みゆちゃんが身体を抜いて着替えている姿を想像したら、それ所じゃなくなったかな〜って…」
「…切るわよ?ついでに、いつまでもセクハラしてると着拒するわよ?」
 いやまぁ、わたしとしてもこういう流れになるって事位は予測すべきなんだろうけど…。
 何故だかいつも、こうなってから無防備だったなぁ…と気付いてしまうのよねぇ。
「あはは、ごめんごめん。…でも、やっぱり電話越しにみゆちゃんがあられもない姿になってるってのは、私にとっては脳に毒っていうか」
「知らないわよ、そんなの…」
 時々思うんだけど、もしかして、わたしが必死で見られまいとしているのが、余計に柚奈の欲望に火を点けてるんじゃないかと思わない事もないのよね。
 …まぁ、だからって見せてやる気は無いけどさ。
「とにかく、もう下着も着けちゃったから、煩悩は振り払って本題に入りなさい」
「下着……。ねぇねぇ、何色の下着着けてる??」
「…………」
 さようなら、柚奈。
「ああっ、ごめんってば…っっ、あのね、今日の事なんだけどね…」
 これ以上は相手してらんないと本気で切ろうとした所で、ようやく柚奈が本題を切り出してくる。
「今日の事?色々ありすぎてどれの事やら」
「…えっと、その…お昼に石蕗さんと色々あったよね…?」
「ああ、氷の女王とかなんとか言ってた奴?」
「…………」
 すると、どうやらビンゴだったのか、そのまま黙りこんでしまう柚奈。
(はっはーん…)
 ああ、そういう事か。今日は昔の話が沢山出てきたから気にしてるんだ。
 そう言えば、石蕗さんや綾香から去年の話を持ち出されると、何故かムキになってたわね。
(う〜〜ん…)
 本音を言えば、どうして柚奈が昔の話に触れられるのをそんなに嫌がってるのかは分からないけど、人には言いたくなくない過去なんて山ほどあるものだろうし。
 それにしても…。
「氷の女王…ねぇ。あだ名を付けるにしたって、石蕗さんもいまいちセンスが無いよね?」
 …やっぱり、柚奈にこの呼称は似合わないよね。確かに、あの時はお嬢様モードのスイッチが入って少し驚いたりもしたけどさ。
「え…?」
「わたしの知ってる柚奈は、相手の事をお構いなしにベタベタと四六時中付きまとってくる、変態さんだし」
 やっぱり、わたしにとっての柚奈の真実はこっちの方であって。
「へ、変態…」
「違うって、はっきり否定出来るかね?んん?」
「…せめて、それだけみゆちゃんの事が好きって言って欲しいなぁ…」
 とりあえず否定は出来ないと思ったのか、遠慮がちにそう返してくる柚奈。そして、それを石蕗さんは腑抜けと言った。
 …でも、本当にそうなのかな?
「まぁ、今更石蕗さんの言葉が真実でも困るんだけどね。明日からいきなり冷たくされてもさ」
「え…?」
「何だかんだで、結構アテにしちゃってるからねぇ…テストとか、宿題とか」
 ともあれ、わたしは苦笑まじりに本音を話してやる。
「…それに、わたしにとって、この学校へ転校してきて一番最初に出来た友達はあんたなんだから、やっぱり特別な存在には変わりないのよ」
 正に良くも悪くも、ね。そもそも出逢いが出逢いだし、縁が無いと言ってしまえば嘘になる事ぐらいは自覚しているつもりだった。
「み、みゆちゃ…」
 そんなわたしの台詞を聞いた途端、突然スピーカーの向こうから途中で途切れた言葉と、そしてドサっと柔らかい物の上へ何かが倒れる音が小さく響いて、そのまま静まりかえってしまった。
「柚奈…?おーい柚奈??」
「あはは…いきなりみゆちゃんが嬉しい事言うもんだから、思わず立ちくらみが…」
「お馬鹿。それに、あくまで友達よ友達っ、他意は無いんだからねっっ」
「うん…分かってる。これから慌てずに進展されていくつもりだから♪」
「…ああ、そーですかい」
 ちょっとだけ心配して損した。
 わたしが柚奈の頭上に高々とそびえ立ててしまったフラグは、一つや二つの爆弾程度で簡単に折れるものじゃないって事か。
「まぁとにかく、わたしはあんたに関しては、自分の知ってる事しか信用はしないわよ。いちいち余計な事を勘ぐったり、掘り返そうとしたりなんてしないから、安心しなさい」
「う〜ん…それもちょっと寂しい様な…」
 しかし、そこで綺麗に締めようとするわたしに、柚奈は不満そうな声でそう返してくる。
「あのね…あんたの過去に捕らわれて欲しいのか欲しくないのか、どっちなのよ…」
「もう、乙女心が分からないんだから、みゆちゃんはぁ…」
 そして、溜息。
 …ちょっと待て、わたしが鈍感なのが悪いと言いたいのか??
「んじゃ、どーしろってーのよ?」
「ん〜。やっぱりここはお互い、身も心も裸になって相手の事を良く知り合うってのがいいんじゃないかと。今週末とかどう??」
「結局はそれかっっ、この変態お嬢様っっ」
「むぅ〜っ、あんまり変態変態って言ってると、本当の変態さんとはどういうものなのか教え込んじゃうよぉ?」
「…悪かった。もう言いません」
 柚奈の台詞が冗談なのか本気なのかは分からないけど、確かに今背筋がゾクゾクっと凍り付いたし。
「でもまぁ…みゆちゃんに特別って言ってもらえただけで嬉しいよ。今はそれだけで充分♪」
「まぁ人間、色々あるでしょ。無い方がおかいってもんだし」
 柚奈も、ここに転校してくるまでのわたしは一切知らない。
 知って欲しいとも思わないから…まぁそーいうもんだって事よね。
「みゆちゃんも、何かあるの?」
「さぁね…んじゃ、そろそろ脱衣所の前でお母さんが戸を叩いているから切るわよ?」
 そしてそう告げると、わたしはこちらから通話を終了させた。
「…………」
 相手の過去…ね。不必要だから敢えて触れないでいるってのが一番楽と言えば楽なんだけど、それも許されない時ってあるとは思う。

 …でも、それが今じゃなくてもいいよね。永遠に機会が来なければ、それまでの話。

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