悲しみの英雄伝説
(ヤマトタケル)


 倭建命(ヤマトタケル)。日本人でこの名を知らない人は殆どいないのではないと思います。彼は生まれ持つ神かがり的なまでの圧倒的な力で国土を平定し、天皇家の国土の支配体制を固めた、古事記や日本書紀で言えば正に日本を代表する英雄です。がしかし、彼のその栄光多い業績とは裏腹に、実際の彼の人生は悲劇そのものでした。で、今回は古事記をベースとして彼の悲劇と波乱に満ちた生涯を検証したいと思います。ちなみに日本書紀との比較は卒論ページの第三章で行っているので(言うほど大した事やってませんが^^)そちらも参照してみて下さい。ちなみにかなり個人趣味入った解釈が多いですが御了承下さいませ(^^)。まあこういう解釈の選択肢もあるという事で。


・倭建命の人物像

 まず始めに、倭建命と聞いてどんな姿を連想します?実の兄を素手でひねり殺したり、降伏した出雲建を八つ裂きにしたりと結構残酷で荒々しい一面があるので、須佐之男命を連想させる様なワイルドな風貌ってのがどっちかと言うと一般論の様です。が、実は僕は逆で、中性的な美形キャラっていうイメージを持ってたりします(^^)。因みに漫画等のキャラで一番近いイメージで言えば「るろうに剣心」の人斬り抜刀斎って所ですね(10年後の”剣心”の方ではなく)。
 まあ運命に翻弄される悲劇の英雄っていう所からの僕の主観的なイメージもありますが、やはり最大の理由は「女装の似合う美男子」だからです。
 倭建命が西征(出雲一族討伐)を命じられ、その地に赴いた時、ちょうど出雲一族の代表の出雲建兄弟は宴会を催していました。そこで倭建命は女性(踊り子かな?)に化け、出雲建に近づいていって、そして彼らの気を引き、出雲建の側へ近づくや否やばっさりと兄弟のうち一人を斬り捨ててしまいました。
 ...とまあこの様に女装しても不自然じゃ無い(^^)どころか、周りにいる本物の女性よりも美しかったという想像が可能な記述が古事記の西征の段に記載されてます。まあ出雲建の女性の好みがかなり特殊(^^)だったという揚げ足も取れなくも無いですが、普通は美しかったと考えるべきでしょうね(では当時は何を以て美としたかいう突っ込みもここでは置いておきます^^)。ちなみに「日本書紀」にも「容姿端正し」とあり、どういうタイプであれ容姿に恵まれていたのは間違いなかったと思います。


・運命に翻弄される英雄

 倭建命は景行天皇の皇子の一人で、彼の物語は古事記中巻の景行行に収録されています。彼は国土を平定した英雄ですが、先にも述べた通りその栄光多き業績とは裏腹に、彼の人生は悲劇の繰り返しでした。生まれ持つ強大な力や、やや乱暴な気性故に周りの物はおろか実の父親(景行天皇)にすら恐れられ、父の寵愛どころか自分の死を望む父親自身の手により破滅への運命を歩まされる事になり、孤独な闘いに明け暮れ運命に翻弄された果てに異郷の地で朽ち果てる事になります。

 その中でもやはり最も悲しむべくは倭建命の命運を悲劇の方向にし向けたのは父親の景行天皇自身だと言うことでしょう。倭建命の力を恐れた天皇はまず命に旧敵である「出雲一族の討伐」を命じます。はっきり言ってこの命令自体かなり無茶なもので、この命令の背景には天皇の命の戦死を望む意図が確かに存在していた様です。無実の罪を着せて天皇家の名を汚すよりこの方が厄介払いとしての体裁もいい。それにうまくいけば憎き出雲族にもいくらかの被害を与えられると。
 ところがそんな天皇の意図とは裏腹に、命は何とわずか一人で見事出雲の地を平定して無事帰還してきます。しかも「倭建命」という名まで手に入れて(実は倭建命という呼び名は西征の時に出雲建が彼に殺される間際に、彼に対する尊敬と畏怖の念を以て与えた名前)。これにより景行天皇はますます彼を忌み恐れる様になり、命をねぎらうどころか今度は「朝廷に従わぬ東の神々を一人で征伐して来い」と休む間も無く非情な命令を下します。

 西征の時には父親の本音など気づくよしもなかった命も、流石にこの非道な命令を受けて「吾既に死ねと思ほし看すなり」と自分の父親の真意に気づき、せめてもの助けにと叔母より受けた草薙の剣を持って悲痛な面持ちで命は東征へ向かいました。そしてその先に彼を待ち受けていたものはあまりにも深い悲しみと自身の皮肉な終焉だったのです。


・東征物語〜激闘の中のロマンス

 東征物語といえば、彼が焼き討ちにあった時に草薙の剣で草を薙いで窮地を脱したというエピソードがあまりにも有名ですが、とにかく東征は窮地の連続でした。走水神の時には自分の妻をも失ってしまいました。そんな激闘の東征の中で命は尾張の豪族の娘である美夜受比売(みやずひめ)と出逢います。倭建命は一目で気に入ったのかすぐさま彼女と結婚の約束をします。しかし、すこですぐには祝言を上げずに、まず任務を全うしてからと再開を約束して蝦夷征伐に向かいました。あの草薙の剣や走水神のエピソードもこの時の物です。そして、大きな犠牲は払ったものの何とか蝦夷を治めた命は約束通り美夜受比売の元に戻りますが、そこには皮肉な運命が待ち受けていました。美夜受比売の元に還ってみると、何と彼女は「あの日」の真っ最中なのでした(^^;)。 

 ひさかたの 天の香具山 利鎌に さ渡る鵠 弱細 手弱腕を 枕かむとは 我はすれど さ寝むとは 我は思へど 汝が著せる 襲の裾に 月立ちりにけり 

とうたひたまひき。これに美夜受比売、御歌に答へて曰く、

 高光る 日の御子 やすみしし 我が大君 あらたまの 年が来経れば あらたまの 月は来経往く 諾な諾な 君待ちがたに 我が著せる 襲の裾に 月立たなむよ

とうたひき。故、ここに御合いしまして〜(以下略)

 「月立ち」ってのは要するにいわゆる月経の事でありまして(汗)、倭建命が蝦夷征伐を終え、前に結婚の約束をした美夜受比売の元に再び還ってきたとき、再開した美夜受比売の着物の裾に月経が付着していたのを見て倭建命が歌を歌い、それに美夜受比売が答えたのが上の問答歌です。
 当時、女性のあの日、つまり生理は不浄なるものという風習があり、場所によっては生理中の女性を隔離していた地方もありました。当然この時期に結婚(男女の契り)などもってのほかだった訳です。せっかく晴れて美夜受比売と結ばれると思ったのに当の美夜受比売が生理中で結婚出来ませんという事で、その落胆を表現したのが上記の歌の意味な訳です。ちなみに美夜受比売の回答の方は「ずっと待っていたのにあなたが来るのが遅すぎたから」って感じの倭建命を少し非難する歌になってます。まあ美夜受比売にしてみれば「帰って来るのが遅かったのはあなたの方でしょ。何勝手な事おっしゃっているんですか。」って感じでしょうかね。

 しかし、この一風変わったロマンスのメインパートはここからです。とりあえず結婚は出来ませんという状況で倭建命はじゃあ仕方ないなと諦めたかと言うとそうではなく、それでも命は美夜受比売を強引に抱き寄せ、契りを結んでしまいます(赤の引用文参照)。それが禁忌な行為だと知りながら...
 その理由としては、おそらく傷心の命が飢えた愛情への渇望が満たされるのを切実に求めていたからでしょう。まず命は先の蝦夷征伐の折りに走水神を鎮める為、愛する妻である弟橘比売が自分を守るためその命を犠牲としまし、そのときに命は「あづまはや」と心がはちきれんばかりに泣き叫びました。又、東征の出発の時には父親の自分の戦死を望む心中を察し、悲痛な面持ちで出発したという事は以前に述べた通りです。
 そんな中で命の心は荒んでいき、蝦夷征伐を終えた時、命は精神的にかなり追いつめられていた様です。だからこそ安らぎを求める為に、禁忌と分かっていながら美夜受比売を強引に抱いたのだと思います。美夜受比売の生理が終わるのを待つ余裕はあの時の倭建命には無かったという事です。

 しかし、皮肉な事にこれが彼の命運を終焉へ向かわせる伏線となりました。美夜受比売と一夜を明かしてよほど安心したのか(美夜受比売っていう字からも何となくそんな連想が浮かびますよね)、はたまたすぐに次の任務に旅立たねばならない事に対する美夜受比売への心遣いか、命は自分の愛刀草薙の剣を美夜受比売の枕元に置いていってしまいます。そして、これが次に赴いた伊吹山の神との闘いの敗北の原因となりました。彼自身、死の間際で「あの時草薙さえあれば...!」と草薙を置いていった事を後悔しています。
 この敗北で命は足を煩い、とうとう一歩も動けぬ体になってしまいました。やがて命の短い人生の終焉の間際になった時、倭建命は辞世の句として数種の歌を詠みます。その内容は故郷へ戻れずに異郷の地で果てる事の名残と、置いてきた美夜受比売と草薙の剣(上記の草薙の剣を置いていった事への後悔)への歌でした。タブーを犯してしまった為に自分の運命を狂わせた。言うのは簡単ですけど、その結果を導いた起因は東征へ向かわせた彼の父親である景行天皇、さらに言うには肉親すら恐れさせた彼自身の天賦の力という事になります。つまり、高貴な生まれという宿命と、そしてあまりにも大きすぎた天賦の才が彼に悲劇の人生を歩ませた.............

 名実ともに日本を代表する英雄倭建命。しかしその実像はあまりにも悲しい運命を背負った一人の孤独な戦士でした。


・天駆ける白鳥

 こうして倭建命は数人の部下が見守る中、孤独にその短い人生(大体30歳位と言われてます)を終えました。しかしその直後、彼の魂は美しい一羽の白鳥へとその姿を変え、大空へ羽ばたいていきました(正確に言えば彼の故郷である大和の地へ)。不遇な運命に縛り付けられ、逃れる事かなわなかった命ですが、運命を全うした果てに遂に大空という自由を手に入れた様です。

 

 

 幻想神話論へ戻る